2218 件中 1 〜 20 件
金, 宥暻 KIM, Yu-kyeong
本研究の目的は,「日本語と韓国語の文構成は杉田(1994b)が主張するように異なっているかどうか」と「韓国人日本語学習者の日本語能力と日本語の文構成能力の関係」を明らかにすることである。そのため,日本人16名,韓国人64名を対象に12の論説文を配列する課題を課す方法で調査を実施した。その結果,次のことが明らかになった。(i)杉田(1994b)の研究とは違って日本語と韓国語の文構成はよく似ている。(ii)韓国人は日本語能力の向上につれ日本人と非常によく似た文構成パターンを示すようになる。(iii)習得に関しては,結論部より冒頭部の文構成の習得が容易である。
長嶺 聖子 Nagamine Seiko
韓国語と日本語は語順がほぼ同じで、文法も類似しており、中高年層の韓国語学習者も少なくない。中高年層の多くが好きな映画やドラマの内容を韓国語で知りたいと望んでいるようだが、筆者が教えている大多数の大学生も会話主体の韓国語の学習を強く希望している。ところで、韓国語には、格式体表現と非格式体表現があり、映画やドラマなどでは、後者の非格式体表現、つまり会話体の打ち解けた言い方である「パンマル」体が非常に多く使われている。しかし、最近日本の一部の著書において、この韓国語の「パンマル」と日本語の「ためロ」がまるで同一であるかのように扱われていることがよくある。本稿では、この安易な同一視から生じる誤解や混乱を避けるため、まず韓国語における「パンマル」の概念を明確にし、次に日本語の「ためロ」に関する一般的概念を、筆者が実施したアンケート調査を基に明らかにして、その基本的な違いを比較する。その上で、「パンマル」を含めた待遇表現の指導方法を提示する。
Shimabukuro Moriyo 島袋 盛世
本稿はアイヌ語、韓国語、日本語の超音節的特徴を類型論的に共時的そして通時的観点から比較分析したものである。アイヌ語、韓国語、日本語は高低音調を分別するピッチアクセント言語であると言われているが、本論文ではそれらの言語の方言がすべてピッチアクセント言語ではなく、音調の高低が分別的機能を持たない方言も存在することを指摘する。さらに、ピッチアクセントではない言語・方言間の超音節的特徴を上げ、アイヌ語、韓国語、日本語間で相違点を比較考察する。
宮岡, 弥生 玉岡, 賀津雄 林, 炫情 池, 映任 MIYAOKA, Yayoi TAMAOKA, Katsuo LIM, Hyunjung CHI, Youngim
日本語と韓国語はともに漢字文化圏にあるといわれているが,現在,韓国ではハングル専用が完成されており,日常生活で漢字が用いられることは少ない。そのため,韓国語母語話者は,漢字の音韻的表象は持っているが書字的表象は持っていないと考えられる。そこで本研究では,韓国語を母語とする日本語学習者がどのような漢字想起と書字のメカニズムを用いているのかを明らかにするために,漢字二字熟語の書き取りテストを実施し,漢字二字熟語の記憶に対する(1)語彙使用頻度,(2)学習者の日本語能力の高低,(3)日本語と韓国語の語彙の音韻的類似性の影響を検討した。分析の結果,(1)漢字二字熟語の記憶に対する語彙使用頻度の影響が見られた。このことから,韓国語を母語とする日本語学習者は,日本語母語話者と同様に,日本語の漢字二字熟語を一字単位ではなく二字単位で捉えて記憶している可能性があると考えられる。(2)学習者の日本語能力については,語彙力の高いグループのほうが,低使用頻度語彙の記憶において特に優れていた。(3)音韻的類似性は,漢字二字熟語の記憶に対する影響が見られなかった。
鄭, 惠先 JUNG, Hyeseon
本研究は,文学作品と意識調査結果を資料として分析を行い,韓国語と日本語の複数形接尾辞の使用範囲の特徴を明らかにすることを目的とする。考察の方法としては,小説の対訳資料と両言語話者に対する意識調査結果を分析する。まず,前接する人名詞による共起領域の違いと関連して,つぎの2点を明らかにする。(1)普通名詞が不特定多数を指示する場合,韓国語では頻繁に複数形接尾辞を後接するが,日本語では複数形接尾辞を後接しない。(2)集団名詞や準集団名詞に,韓国語ではよく複数形接尾辞を後接するが,日本語ではあまり複数形接尾辞を後接しない。つぎに,意味解釈における用法の違いと関連して,つぎの2点を明らかにする。(3)韓国語の複数形接尾辞「들」は近似複数を表せないが,日本語の複数形接尾辞「たち」は,同質複数と近似複数の両方を表すことができる。(4)近似複数を表す日本語の「たち」に似通った性質を持つ韓国語の複数形接尾辞に「네」がある。
郭, 永喆
日本語と韓国語とは、漢字使用や文法的構造の類似性などから他の国の言語より親密性を持っている。これらの漢字使用と文法的構造の接点は古くからあり、日韓両国語は互いに間接影響しあうようになったと見られる。韓国語における日本語との交渉という面は、歴史的には非常に古いと言えるが、その具体的接触は朝鮮通信使の使行記録からであると言ってよい。
ポッペ, クレメンス POPPE, Clemens
日本語と韓国・朝鮮語は共に高低アクセント方言が存在し,その中には類型論的に見てよく似たアクセント体系がある。しかし,両言語の諸方言における形態構造とアクセントの関係の類似点と相違点についてはまだ詳細に解明されていない。本稿では,その解明の第一歩として,日本語の東京方言,京阪方言,韓国・朝鮮語の慶尚道方言,咸鏡道方言を取り上げ,複合語と接辞・助動詞・助詞などの付属形式のアクセント上のふるまいを中心に形態構造とアクセントの関係を比較し,それぞれのアクセント体系に見られる共通点と相違点について考察する。主な相違点として,次の点が挙げられる。まず,韓国・朝鮮語の方言に比べて,日本語の方言においてアクセント・トーンに関わる形態音韻過程の種類が多い。また,これに関連して,韓国・朝鮮語の二方言ではアクセント型の決定において句と語の区別がほとんどされていないのに対し,日本語の二方言では句と語の区別がはっきりとされており,形態構造や接辞の種類等によって様々な過程が見られる。この相違点を説明するにあたり,類型・機能論的観点の議論を進める。
張, 元哉 CHANG, Won jae
現代韓国語において,日韓同形漢語が多いことの理由の一つに,近代以降,多量の日本製漢語が韓国語に取り入れられたことがあげられている。しかし,近代語におけるその実態は明らかにされていない。本稿は,日韓語彙交流史の19世紀末に焦点をあて,同形漢語や日本製漢語の実態を調査したものである。1895・6年の『国民小学読本』(近代最初の国語教科書)と,『独立新聞』(近代最初の民間新聞)における漢語(3621語)のうち,同時期の日本語の資料に見られる同形漢語は,2393語で66,0%を占めている。そのうち,同義である2290語の各語において中国・日本・韓国の資料を調べ,それぞれの用例の有無を確認し,出自の判断を行った。その結果,日本製漢語と思われる語は,229語であり,10%を占めていることが明らかになった。
尹, 鎬淑 迫田, 久美子 川崎, 千枝見 YOUN, Ho-Sook SAKODA, Kumiko KAWASAKI, Chiemi
本研究は,日本語を第二言語として学習している韓国語話者を対象として行った作文の誤用に関して,以下の3つの課題を明らかにすることを目的とする。
奥野, 由紀子 金, 玄珠 OKUNO, Yukiko KIM, Hyonju
本研究は「の」の脱落による誤用をターゲットとして言語転移の様相を探ろうとするものである。日本語学習者の名詞句における「の」の脱落は,複数の母語を対象とした作文及び発話データから,母語にかかわらず生じる誤用であることが明らかとなっているが,上のレベルになるにつれ漢字圏学習者により多く見られることが指摘されている。そこで本研究では韓国語と中国語を母語とする上級日本語学習者に対して文法性判断テストによる調査を実施し,日本語と同様に修飾部と被修飾部をつなぐ働きをする「의 (韓国語)」「的(中国語)」の有無が,日本語でも母語でも必要な「一致」か,日本語では必要であるが母語では不要な「不一致」か,母語ではあってもなくてもどちらでもよい「任意」かという観点から,「の」の脱落に対する正答率の差を検討した。その結果,中国語母語話者は,「一致」が「不一致」「任意」よりも有意に高く,母語との対応関係が一致しているほど正しく判断していることが明らかとなった。一方,韓国語母語話者は「任意」が「一致」「不一致」よりも有意に高く,母語との対応関係以外の要因が関与している可能性が示された。韓国語では「任意」であるケースが日本語と比較して非常に多く存在することから,韓国語で「任意」の場合には日本語では「の」が必要であるとする,学習者なりの認知的判断が関与している可能性が示された。従来の「正と負の転移」の枠組みでは説明しきれない言語転移のメカニズムの一端として報告する。
申, 媛善 SHIN, Wonsun
日本語におけるスピーチスタイルシフトの生起要因は多くの研究から指摘されているが,それがどういった仕組みで行われているのかについては未だ十分な説明がされていない。そこで,本稿では韓国語との比較を通し,日本語のスピーチスタイルシフトが「どのように」起こるのかを考察した。日本語と韓国語による大学院生二者間の初対面会話を,日時を隔て録音し,(1)回を重ねるにつれての変化(会話間),(2)1つの会話内での変化(会話内)の2つの側面から文末スタイル使用率の変化を追った。その結果,日本語会話の場合,会話間においては基本スタイルが敬体から常体に変わり,会話内においては相手のスタイル変化に合わせる「同調」という一定のパターンが存在することが分かった。このことから,日本語話者は基本スタイルをシフトさせる過程で「同調」という手段を取っている可能性があると指摘した。「同調パターン」は,韓国語会話でも一部見られたものの,傾向として認めるほどの数には及ばなかった。
任, 炫樹 YIM, Hyun soo
本稿の目的は,日本語と韓国語の断り談話において理由表現マーカーがどのように現れるかを明らかにすることにある。ロールプレイ調査から得られた資料を基にして,理由表現マーカーを分析した結果,次の3点が検証された。(1)両言語の理由表現マーカーの使用頻度には,後続節の省略ができるかどうかということが関係している。(2)日本語ではウチ・ソト・ヨソ意識が理由表現マーカーの使用に明確に反映されるのに対して,韓国語ではそのような意識の反映が日本語ほど顕著ではない。(3)韓国語では,後続節が省略された「理由表現マーカー中止文」を用いるだけで聞き手に対する丁寧さや配慮を示すことができるが,日本語では必ずしもそうではなく,どのような理由表現マーカーを用いるか,どのような内容で断り談話が構成されるかが問題になる。
謝 福台 金城 尚美 Xie Futai Kinjo Naomi
本稿は、日本語学習者にとって習得が困難だとされる助詞の中でも特に「は」と「が」の使い分けに関する論考である。とりわけ、助詞があるという点で、日本語と統語論上、似た体系を持つとされる韓国語の母語話者と、日本語の文法体系とは異なり、格助詞や係助詞がない中国語の母語話者に調査を行い、「は」と「が」の誤用の分析を行った。その結果、「は」と「が」の使い分けについて中国語母語話者と韓国語母語話者を比較すると、韓国語母語話者は誤用率がかなり低いことが明らかになった。これは母語からの正の転移がかなり寄与していると推察される。しかし「は」や「が」が出現する条件によっては、誤用率が高くなることから、「は」と「が」の出現条件に関する知識が不足している部分もあることがわかった。一方、中国語話者にとって「は」と「が」の使い分けは誤用率がかなり高いことが示された。この結果から、中国語話者にとって「は」と「が」の使い分けは予想以上に複雑な言語処理を要求することが推察された。本研究によって、「は」と「が」使い分けに関する条件や規則など、指導に生かすべき点がいくつか明らかになった。
宮田, 剛章 MIYATA, Takeaki
本稿の目的は,中国人・韓国人日本語学習者を対象に敬語動詞における中間言語を数量化し,その結果を基に,第二言語としての敬語動詞の習得状況を量的中間言語という観点から解明することである。概して,日本語学習者は日本語運用能力が日本語母語話者に近づくにつれ,量的中間言語が発達することが確認されたが,それを構成する正用的および誤用的中間言語の発達は学習者の属性により異なる。また,母語の影響については,韓国人学習者の謙譲語の一部に確認されたのみであった。言語的転移以外に心理言語的・社会心理的転移も考えられたが,どの敬語種・対応群でも心理言語的・社会心理的転移の可能性が低いと思われる。
林, 炫情 玉岡, 賀津雄 深見, 兼孝 LIM, Hyunjung TAMAOKA, Katsuo FUKAMI, Kanetaka
日本語と韓国語の呼称選択における適切性判断について,日本人154名と韓国人184名に質問紙調査を行ったところ,次のことが明らかとなった。(1)日本人と韓国人においては,上下関係が呼称選択に大きな影響を持っている点は共通である。しかし,韓国人に比べ,日本人は,兄・姉に対する名前の使用に関して寛容である。(2)子供を起点にしたテクノニミー(teknonymy)は,日韓において,子供の名前,配偶者の姻族の呼び方など条件によって微妙な違いが見られた。(3)親族名称の虚構的用法において,年下の人,とりわけ初対面の小学生を「お兄ちゃん・お姉ちゃん」と呼ぶことに対して,韓国人は日本人に比べるとかなり抵抗を感じている。(4)両言語の「―君」と「先生」は日韓で同じ漢字で表記されるが,「―君」と「先生」の使用に関する適切性判断の日韓差は呼びかける相手が誰かによって,その違いが見られた。(5)年齢の低いグループより年齢の高いグループのほうが,また男性より女性のほうが呼称の使い分けにやや敏感である。
野田, 尚史 宮崎, 聡子 NODA, Hisashi MIYAZAKI, Satoko
韓国語ハングルによる日本語音声表記というのは,韓国語の表記方法における文字と音声の関係に従って日本語の音声をハングルで表記するものである。たとえば,[ヒツヨー](必要)は「히츠요오」と表記する。日本語の音声をハングルで表記するときには,一般的に韓国で規範とされる「外来語表記法」が使われている。しかし,この表記法には実際の日本語音声と異なる音声になるものがあったり,長音が表記されなかったりする問題点がある。そこで,そうした問題点を改善した日本語音声表記を提案することにした。韓国語ハングルによる日本語音声表記を提案するために,2つの調査を行った。1つは書き取り調査である。日本語を知らない韓国語母語話者に日本語の音声を聞いてもらい,それをハングルで書き取ってもらう調査である。もう1つは読み上げ調査である。書き取り調査によって絞られたそれぞれの音声表記の候補を読み上げてもらい,日本語らしく発音される可能性の高い表記を確認する調査である。この音声表記の主な特徴は,(a)から(e)のようなものである。(a)母音[ア,イ,ウ,エ,オ]は,それぞれ「아,이,우,에,오」で表す。ただし,[ス][ツ][ズ]の母音は[으]を使って,「스」「츠」「즈」のように表記する。(b)カ行とタ行の子音は,激音のハングルを使って表す。カ行は「ㅋ」,タ行の[タ][テ][ト]は「ㅌ」,[チ][ツ]は「ㅊ」で表記する。(c)長音[ー]は,前のモーラの母音に応じて,「아,이,우,으,에,오」のどれかで表す。[ヒツヨー](必要)は「히츠요오」のように表記する。(d)促音[ッ]は,促音の直前のハングルの終声と促音の直後の濃音の組み合わせで表す。[スッカリ](すっかり)は「슥까리」のように表記する。(e)撥音[ン]は,ア行・カ行・ハ行・ヤ行・ラ行・[ワ]・ガ行が後続する場合は「ㅇ」,サ行・タ行・ナ行・ザ行・ダ行が後続する場合は「ㄴ」,マ行・バ行・パ行が後続する場合は「ㅁ」で表す。たとえば,[レンアイ](恋愛)は,「렝아이」のように表記する。
安, 龍洙 AN, Yong-su
本研究では,非現場指示コソアにおいて日本語母語話者が複数使用可能であると判断した用法について調査を実施し分析を行った。その結果,以下の5点が示された。(1)母語の転移に関しては,学習の初期段階でその傾向が最も強い。(2)非現場指示コソアの使用傾向について,学習が進んだ上級では韓国人学習者と中国人学習者の間に差が縮まるか,なくなる部分が多い。(3)韓国人学習者は学習レベルによる使用状況の変化に差がはっきり見られたのに対し,中国人学習者は学習レベルによる差がほとんど見られなかった。(4)韓・中日本語学習者ともに,ソ系とア系の使い分けには非現場指示の用法間の対立(つまり,日本語の規則)が強く関わっている。(5)日本語学習者(特に,韓国人学習者)の非現場指示コソアの習得には,母語と日本語の両方の規則が影響しており,学習の初期段階では母語の影響を強く受けるが,学習が進むにつれて徐々に日本語の影響を強く受けるようになる。
ヴォヴィン, アレキサンダー
最近日本祖語、琉球祖語と日琉祖語の再構が非常に進んだとは言え、まだ不明な箇所が少なからず残っている。特に、日本語にない琉球語の特別な語彙と文法要素、また、琉球語にない日本語の特別な語彙と文法要素が目立つ。それ以外にも、同源の様でも、実際に説明に問題がある語彙と文法要素も少なくない。この論文では、そうしたいくつかの語彙を取り上げる。結論として次の二つの点を強調したい。先ず、琉球諸言語の資料を使わなければ、日琉祖語の再構は不可能である。第二に、上代日本語と現代日本語の本土方言には存在しない韓国語の要素が琉球諸言語に現れていることを示そうとした。私の説明が正しければ、ある上代韓国語の方言と琉球祖語の間に接点があったことを明示する事になるであろう。
島崎, 英香 SHIMAZAKI, Hideka
本発表では『多言語母語の日本語学習者横断コーパス』(I-JAS)を用いて、中国語を母語とする日本語学習者と韓国語を母語とする日本語学習者の書き言葉における副詞の使用実態を量的に調査し日本語母語話者と比較したうえで、副詞の過剰使用、過少使用の実態を分析する。調査の結果、以下のような点を明らかにした。
山下, みゆき YAMASHITA, Miyuki
日本語母語話者及び中国人・韓国人学習者に意見提示の前置き表現の印象調査を行った結果,次のことが観察された。(1)全体的に日本語母語話者と中国人学習者は前置き表現の使用を評価していた。(2)日本語母語話者には用例間で前置き表現の評価に差が見られたが,中国人学習者には差が見られなかった。(3)日本語母語話者は説得の下地を築いたり対人的な配慮を示したりする前置き表現を,韓国人学習者は意見を明確に述べる機能を持つ前置き表現を高く評価した。前置き表現の研究は,作文指導の他にもスピーチの意見表明や聴解・読解指導における意見箇所の予測にも応用可能な意義あるものである。
齋藤, 秀紀 SAITŌ, Hidenori
東アジア諸国(中国・日本・韓国)との間で科学技術の交流が盛んになり,日本語教育に対する重要性が増している。しかし,日本語教育に利用できる資料は,十分であるとはいいがたい。一方,国立国語研究所には,用語用字調査で得た現代日本語に関する資料が500万KWIC用例,漢字データベースなどがあり,日本語研究教材作成に利用できる環境にある。本稿では,これらの資料を総合的にコンピュータで管理する方法と,日本語研究者にデータ提供を円滑に行うためのシステムの試案を述べる。また,蓄積されている漢字・単語・用例などのキー長の異なるデータを統合する方法として,疎結合方式が有効であることを示す。さらに,中国・日本・韓国の相互のデータ交換を想定した統一漢字コードを提案する。
山泉, 実 YAMAIZUMI, Minoru
日本語の左方転位構文(文頭への移動などの派生は想定しない)を検討し,3つの主張をした。(I)左方転位構文の通言語的な機能:従来,左方転位句は文の題目をアナウンスすると言われてきたが,日本語・韓国語・英語では焦点をアナウンスすることもできる。(例(誰が一朗を殺した犯人でしたか?)山田次朗,彼[=焦点]が犯人でした。)(II)情報構造理論:日本語・韓国語では変項を含んだ命題を表す間接疑問節が左方転位され,文の題目をアナウンスできる(例 なぜ帰ったのか,理由は簡単だ。)。従って,それが表わす変項を含んだ命題も題目やdiscourse referentになれると言える。(III)日本語の題目的な無助詞名詞句と言われているものは指摘されている機能が左方転位句のものと酷似しており,左方転位名詞句で主節内にそれを受ける代名詞がないものだと考えられる。
石原 嘉人 Ishihara Yoshihito
ベトナム語話者が日本語を学ぶ際の特徴として、母語の漢字語棄(漢越語)の知識が有利に働くことが挙げられるが、その半面で母語の干渉による誤用が生じやすいことも見逃せない。中国語や韓国語も同様の特徴を持つのであるが、これらの言語に比べるとベトナム語は日本ではなじみが薄く、教材や辞書などの学習ツールが不足している。本稿では、ベトナム語話者に対する漢字語彙の指導を効果的に進めるためにいくつかの提言を行う。
影山, 太郎 Kageyama, Taro
世界諸言語の中で日本語は特殊なのか,特殊でないのか。生成文法や言語類型論の初期には人間言語の普遍性に重点が置かれたため,語順などのマクロパラメータによって日本語は「特殊でない」とされた。しかし個々の言語現象をミクロに見ていくと,日本語独自の「特質」が明らかになってくる。本稿では,世界的に見て日本語に特有ないし特徴的と考えられる複合語(新しいタイプの外心複合語,動作主複合語など)の現象を中国語,韓国語の対応表現とも比較しながら概観する。
布施, 悠子 石黒, 圭 FUSE, Yuko ISHIGURO, Kei
本研究は,日本語学習者が作文を執筆する際に,なぜ修正するのかという自己修正の理由を明らかにすることを目的に,中国語,韓国語を母語とする上級日本語学習者,および日本語母語話者の大学生各20名がパソコンを用いて執筆した説明文,意見文,歴史文の3種,2,000字程度の作文,計180本の執筆過程を分析した。分析の結果,まず,「修正の理由」の全体的な傾向として,日本語母語話者は,適切な表現の選定に重きを置き,文章全体の展開も見据えた修正を行っていた。一方,韓国人学習者は,既出の表現を豊かにすることを重視し,同時に文章の全体構成に意識を向けて修正していた。そして,中国人学習者は,入力操作や文法の間違いを直すために局部的な表現に着目して修正する傾向にあった。また,ジャンル別に「修正の理由」の特徴を見たところ,日本語母語話者は説明文,意見文,歴史文といったジャンルの影響を受けないのに対し,日本語学習者はいずれも書きにくいジャンルの影響を強く受けることがわかった。さらに,母語別に「修正の理由」の特徴を見たところ,日本語母語話者は,①節レベルでの表現の選択,②文の先の展開を考えた文入力途中での文法の修正,③先行文脈との対応を考えた前後の表現調整,④文章全体から後続の流れを考えた展開の変更といった特徴が見られ,韓国人学習者は,①読点の入力や削除による試行錯誤,②表現の豊饒化による意図の明確化,③文よりも大きい段落単位での修正といった特徴が見られた。そして,中国人学習者は,①句点に注目した調整,②語句単位の短い表現に対する修正,③既出の文内の述語にあわせた係り受けの修正,④文単位での修飾や移動の修正といった特徴が見られた。
田中, 啓行 石黒, 圭 TANAKA, Hiroyuki ISHIGURO, Kei
本研究は,日本語学習者の大学生が作文を執筆する際に,どの部分をどのように修正しているかを明らかにすることを目的として,パソコンを用いて執筆した2,000字程度の作文の執筆過程を分析したものである。執筆中にEnterキー,Deleteキーなどを押した箇所を記録し,その記録を基に,修正の位置と種類のタグ付けを行った。分析対象とした作文は,中国人日本語学習者,韓国人日本語学習者,日本語母語話者の大学生各20名が書いた説明文,意見文,歴史文の3種,合計180本である。まず,「①修正数」は,韓国人学習者,中国人学習者,母語話者の順に多かった。次に,「②修正の種類」は,3グループともに,多い順から「変更」「挿入」「削除」「反復」「移動」であり,いったん入力した表現を消して打ち直す修正がもっとも多いことがわかった。各修正の割合は,中国人学習者と母語話者が似た傾向を示し,韓国人学習者は「挿入」と「反復」が多いという特徴が見られた。さらに,「③修正の位置」は,中国人学習者は執筆中の作文の文字列の先端部分である「先頭部」を修正する「入力」が多かったのに対して,韓国人学習者は先頭部がある段落とは別の段落を修正する「段落外」が多かった。母語話者は,他のグループよりも,先頭部を含む文の中を修正する「文内」の割合が高かった。また,「②修正の種類」「③修正の位置」とは別に,ある箇所を修正した後,先頭部に戻らずに続けて別の箇所の修正を行った部分に「推敲」というタグを付けて集計したところ,韓国人学習者の修正の半数近くが「推敲」であり,「推敲」が約30%の中国人学習者,約20%の母語話者よりも割合が高かった。以上より,母語話者は,入力中の先頭部の文節だけでなく,その文節を含む文の範囲を考慮に入れながら修正を行う一方,複数箇所の修正を連続で行うことは少ない,韓国人学習者は,作文をある程度書き進めてから,書き終わった段落を中心に修正し,複数箇所を続けて修正することが多い,中国人学習者は,入力中の文の先頭部を中心に修正しながら執筆していることが明らかになった。
ダンタイ, クインチー DANG THAI, Quynh Chi
本研究では,『多言語母語の日本語学習者横断コーパス』(I-JAS)のストーリーテリングのデータを用いて,アメリカ人,中国人,韓国人,ベトナム人の,各中級日本語学習者の母語による視点の相違について検討した。その結果,主語の観点から見ると,学習者の各群は多くの場面で,特に新しい登場人物が出現する場面で主語を交替させる傾向があり,その傾向は母語によって異ならないことが明らかになった。述語の観点から見ると,述語における視点表現の使用量と使用形態が母語によって異なっていることがわかり,それぞれの学習者群の母語からの影響も観察された。述語の視点表現の選択傾向から談話全体での視点の置き方を見ると,アメリカ人日本語学習者は学習者の各群の中で,固定視点の割合がもっとも高いのに対し,中国人日本語学習者は移動視点の割合がもっとも高く,韓国人日本語学習者は移動視点の割合と中立視点の割合が同様で,ベトナム人日本語学習者は中立視点の割合がもっとも高いことがわかった。
李, 漢燮
本稿は、一九世紀末に韓国に来てキリスト教の宣教活動をしたカナダ人牧師J・S・ゲールについて書いたものである。J・S・ゲール牧師は西洋人の韓国宣教活動を考える上で大変重要な人物で、一八八八年韓国に来て一九二七年帰国するまで、約三〇年間韓国で活躍をしている。J・S・ゲール牧師の韓国での活躍をまとめると次のようなことがあげられる。
石原 嘉人 Ishihara Yoshihito
漢字圏の学生が日本語の漢字語彙を使用する際に母語の干渉による誤用が頻繁に生じることはよく知られている。本稿では「○○スル」 の形式をとる漢字語彙を対象に、中国語話者と韓国語話者に共通して見られる典型的な誤用を分析してその特徴を明らかにした。また、分析結果に基づいて381個の動詞を分類し、誤用を回避するための効率的な指導方法について考察した。
元, 智恩 WON, Jieun
本稿では,ポライトネスの観点から,主節が省略された日本語と韓国語の「中途終了文」と,主節が省略されていない可能表現の否定文(以下「行ケナイ文」)および通常の否定文(以下「行カナイ文」)を比較分析した。研究方法としては,教官と友人の依頼を断わる場面における「中途終了文」,「行ケナイ文」,「行カナイ文」のポライトネスの度合いについて,日韓両言語の母語話者の意識を問う質問紙調査を用いた。日韓両言語を比較すると,「行ケナイ文」と「中途終了文」は,「行カナイ文」よりポライトネスの度合いが高いということ,「中途終了文」は「行ケナイ文」より間接的に表現する「オフ・レコード」の度合いが高いということが共通している。しかし,韓国語の「中途終了文」は,会話参加者のフェイスの保持に配慮する「ポライトネスの普遍的原則」や親近感を示す「ポジティブ・ポライトネス」の度合いが高いが,日本語の「中途終了文」にはこのような特徴が見られない。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
2009年10月に始まった共同研究プロジェクト「日本語レキシコンの音韻特性」の中間報告を行う。このプロジェクトは,促音とアクセントを中心に日本語の音声・音韻構造を考察し,世界の言語の中における日本語の特徴を明らかにしようとするものである。促音については,主に外来語に促音が生起する条件およびその音声学・音韻論的要因を明らかにすることにより,日本語のリズム構造,日本語話者の知覚メカニズムを解明することを目指している。アクセントについては,韓国語,中国語をはじめとする他の言語との比較対照を基調に,日本語諸方言が持つ多様なアクセント体系を世界の声調,アクセント言語の中で位置づけることを目指している。本論文では本プロジェクトが明らかにしようとする問題点と近年の研究成果を総括する。
波多野, 博顕 王, 可心 陳, 凱僑 林, 良子 Hatano, Hiroaki Wang, Kexin Chen, Kaiqiao Hayashi, Ryoko
日本語母語話者および学習者による疑問・非疑問発話を対象に、韻律の定量的な比較・検討を行なった。科研「三重データコーパスを用いた日本語韻律の習得・評価に関する多面的研究」によって構築中の音声コーパス「KANI-J(Kobe Archive of Nonnative Intonation in Japanese)」を用い、中国語・イタリア語・韓国語・ロシア語母語話者による動詞一語の発話を分析した。韻律データに階層的クラスター分析を行なうことで典型性を捉えるとともに、学習者の日本語学習歴からその要因を検討した。また、疑問発話の韻律を日本語母語話者と学習者で比較し、学習者韻律の特徴を分析した。その結果、学習者では非疑問・疑問の別によってアクセント核の現れが異なることや、疑問上昇に至るまでの韻律動態に違いが見られた。
酒井 彩加 Sakai Ayaka
「共感覚的比喩」の「一方向性仮説」(五感内の意味転用にみられる左から右への一方向性)は、これまで人間が生理学的に普遍であること等を論拠に、世界の言語共\n通に認められる「言語普遍性」の現象のひとつとされてきた。しかし研究が行われたのは英語と日本語のみであり、日本語の調査についても不十分なものである。従って、英語と日本語をはじめ他の言語についても本当に言語の違いを越えて共通に認められる現象であるのかどうか、十分に調査し検証する必要がある。酒井(2003)では、現代日本語における共感覚的比喩について多数の実例に基づき検証し、日本語においては比喩の一方向性が認められないという結論を得た。そこで本調査では、この酒井(2003)での結果を踏まえ、7つの言語(中国語、アラビア語、英語、スペイン語、韓国語、タガログ語、ロシア語)を対象とし「各言語の共感覚的比喩体系には、様々な多様性が認められる」という仮説を立て検証した。要点は、以下の5点にまとめられる。1.今回の調査で最も多く一方向性仮説に反する例が認められたのはタガログ語である。しかし、2番目に多い日本語、そして3,4番目の中国語、英語までは数値的に大きな差は無く、日本語だけでなく複数の言語においても多数の反例が存在することが明らかになった。2.「視覚→触覚」表現については、日本語と韓国語が7言語中、最も少ないのに対し、中国語においては多くの反例が存在する可能性がある。しかし「視覚→味覚」および「視覚→嗅覚」表現と比較すると、「視覚→触覚」表現は他の言語においても用例数が少ない可能性がある。3.「視覚→味覚」表現については、日本語が目立って多い。次いでタガログ語、英語、中国語にも比較的多くの反例が存在するが、スペイン語とアラビア語を除く他の言語においても、多くの反例が存在する可能性がある。4.「視覚→嗅覚」表現については、タガログ語および日本語に多く用例数が認められる。英語、中国語、アラビア語、ロシア語、韓国語にも用例が認められるが、スペイン語だけは極端に少ない可能性がある。5.7言語中、「うすい」「こい」「あわい」に相当する語においては、どの言語においても多数の転用例が認められる。一方、「あかるい」「くろい」「うつろな」「くうどうの」「ピンクの」といった語においては、今回の調査ではどの言語にも全く用例が認められなかった。本稿全体の結論として、日本語以外の7つの言語においても数多くの反例が認められる。従って、今後他の言語についてもさらに調査すべき必要性があることが確認できた。なお本調査は、今後予定されている20言語を対象とした言語調査に先立つ予備調査である。
舩橋, 瑞貴 FUNAHASHI, Mizuki
日本語と韓国語の口頭発表における修復(注釈挿入と言い直し)を取り上げ,修復を実現する際の言語的手段が異なることをみる。助詞の言い直しにおいては,選択される言語的手段が助詞と名詞の膠着度の異なりとかかわっている可能性を示す。さらに,助詞と名詞の膠着度が低い日本語に関しては,言い直しの開始位置と関係があることを示す。従来の対照研究では,言語体系内の要素を対照単位とするアプローチが多くとられるが,日本語教育のための対照研究においては,ある言語行為を行う際の言語的手段の選択というアプローチも必要であることを主張する。
齋藤, 努 Saito, Tsutomu
日本と韓国で出土した青銅資料について,鉛同位体比からみた原料の産地推定を行った結果をまとめた。韓国研究機関の研究者によって,韓国産鉛鉱石のデータが新たに報告されたことにより,これまで困難であった日本の古墳出土資料の原料の産地を推定できる可能性がきわめて高くなった。また一方で,韓国出土資料であっても,朝鮮半島産のほかに中国産の原料が使用されたと推定される場合があることもわかった。
川森, 博司 Kawamori, Hiroshi
来訪者を歓待したり冷遇したりすることによって,幸運を得たり不幸を招いたりするという形の説話は,世界各地で広く語られているが,本稿はその中で,日本と韓国の事例について比較研究をおこなうことを目的とする。韓国では,やってきた僧を虐待したために長者の家が陥没して池になった,という内容を骨子とする「長者池伝説」が幅広く伝承されており,日本では,「大歳の客」とよばれる類型の昔話が多い。このタイプの説話の基本的な登場人物は,〈来訪者〉,〈来訪者を歓待する者〉,〈来訪者を冷遇する者〉の三者である。まず,来訪者を歓待する者と冷遇する者としてどのような人間関係が設定されているか,を検討すると,韓国の「長者池伝説」では〈舅:嫁〉の対立関係が圧倒的に多く,日本の「大歳の客」型の昔話では〈隣同士〉の対立関係が多い。このことは,それぞれの文化における人間関係への関心のあり方が反映されているものと考えられる。次に,来訪者のヴァリエーションを見ると,韓国では仏教の僧を中心とするが,それに道士というイメージが重なっていることも多い。日本では旅の宗教者や盲目の宗教者が多く登場している。これは,それぞれの宗教的背景や説話の管理者の違いを反映したものである。第三に,「長者池伝説」で来訪者が冷遇された後の過程の変異型を見ると,来訪者が「風水」の知識にもとづいて長者を滅ぼすという形で語られるものが多い。このように来訪者をめぐる説話に風水の思想が結びついた形は日本では見られず,韓国の場合のひとつの大きな特徴と考えられる。説話のように国際的に共通した類型が多い分野では,日本国内の伝承の意味づけをおこなう上でも,国外の類似した伝承と比較して,類似点と差異点を検討することが必要とされるのである。
鄭, 惠先 JUNG, Hyeseon
本稿では,方言を役割語の一種として定義した上で,日韓両国での方言意識調査を通して,役割語としての両言語方言の共通点と相違点を具現化した。最終的には,日韓・韓日翻訳の上で,両言語方言を役割語として有効活用することが本研究の目的である。考察の結果,以下の4点が明らかになった。1)両言語母語話者の方言正答率から,韓国の方言に比べて日本の方言のほうで役割語度が高いことが予想される。2)「共通語」対「方言」の対比的な役割語スタイルは,両言語母語話者の方言意識の間で共通している。3)「近畿方言」と「慶尚方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,一部のステレオタイプの過剰一般化が役割語度アップを促進していると推測される。4)「東北方言」と「咸鏡・平安方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,「東北方言」に比べて「咸鏡・平安方言」の役割語度がきわめて低い可能性がうかがえる。以上の結果をもとに,両言語方言の役割語としての類似性を巧く生かすことで,より上質の日韓・韓日翻訳が実現できると考える。
鎌田, 美千子 仁科, 喜久子 KAMADA, Michiko NISHINA, Kikuko
本研究では,難易度が異なる文章をもとに中国人・韓国人日本語学習者によるパラフレーズの使用実態を調査した。その結果,難易度が高い文章,難易度が高くない文章双方において,学習者は母語話者に比べ,パラフレーズよりも原文からの抜き出しに有意に偏り,長い抜き出しが目立つこと,また,学習者は,難易度によってパラフレーズと原文からの抜き出しの割合に差がないことが明らかになった。このことから,要約において単に文章を提示しただけでは学習者が原文からの抜き出しにとどまる可能性があるため,パラフレーズを促す工夫や働きかけが必要であることが示唆された。
高橋, 圭子 東泉, 裕子
現代語の「もちろん」は「論ずる(こと)勿(なか)れ」という禁止表現から発生したと説明されることがある。近代以前のデータベースを検索すると、古代の六国史に代表される漢文体の文献では、「勿論」の用例は「論ずる(こと)勿れ/勿(な)し」という意味であり、否定辞「勿」と動詞「論」から構成される句であった。現代語とほぼ同様の意味の「勿論」の語の用例は、中世の古記録や『愚管抄』『沙石集』など和漢混交文体による仏教関連の文献から見られるようになる。用法は文末における名詞述語が主であった。近世には、ジャンルも文体も多様な文献に用いられ、文中や文頭における副詞用法や応答詞的用法も出現する。古代の禁止表現と中世以降の「勿論」の関連は不明だが、日本語のみならず中国語・韓国語においても漢字語「勿論」の研究が進められ、さまざまな知見が見出されている。通言語的な議論の深化が期待される。
島村, 恭則 Shimamura, Takanori
日本における現代民話研究は,すでに少なからぬ研究の蓄積を見ているが,日本の現代民話を日本以外の社会の現代民話と比較検討する作業は,まだまったくといってよいほど行なわれていない。この研究動向上の欠を補うべく,本論文では,韓国社会で語られている現代民話について,日韓比較の視点から検討した。本論文で行なった指摘を列挙すれば,次のようになる。
林, 容澤
金素雲訳『朝鮮詩集』は植民地時代に刊行されたもので、様々な意味合いを持っている。韓国人から見て気になるのは、日本的情感に密着した翻訳態度で、それによって、韓国と日本の文化は根本的に同質だとみられる可能性がある。現に、本稿で取り上げた、佐藤春夫の跋文と藤島武二の扉絵がそれを裏付けており、彼らは、はっきりと日本優越主義的な視線で同詩集を眺めている。しかし、訳者には祖国の詩心の優秀さを当時の日本人に知らせようとする目的があったように思われる。したがって、この訳詩集を当時の日本文学に主体的に同化しようとしたものと見做すのは間違っている。『朝鮮詩集』からは、日本語という”権力”の言語をもって祖国の詩の存在性をアピールするという戦略的意味合いを読み取るべきである。
金, 慶南 KIM, KYON-NAN
本稿は、韓国における大統領記録物の管理と大統領記録館の設立に関する経過と展望について、既存の研究や議論をふまえ、論じたものである。まず、歴代大統領別に、大統領記録管理の規定、政府及び民間が所蔵する大統領記録物の状況を具体的に検討することによって、政権の変動が記録物に隠蔽や毀損などの深刻な影響を及ぼしていることを提示した。第二に、大統領記録の引継・引受について、現行の記録物管理法に照らして検討し、その実施による収集成果、問題点についてみた。第三に、民間で所蔵される大統領記録物と民間設立による大統領記録に関する施設の経緯をたどって、従来の大統領記録館設立のための法律規定と未備点を検討しつつ、今後の韓国における大統領記録館設立の方向性を探った。韓国大統領記録物の管理と大統領記録館の設立の動きは韓国における民主化の発展とともに歩んできたものであることをふまえて、政府レベルでの諸課題遂行が重要である。
田中, ゆかり 早川, 洋平 冨田, 悠 林, 直樹 TANAKA, Yukari HAYAKAWA, Youhei TOMITA, Haruka HAYASHI, Naoki
言語景観研究に基づく地域類型論の構築を目指した事例研究として,本稿では,外国人来訪客の多い地域でありながらサブカルチャーの街としても知られるJR秋葉原界隈,通称アキバをとりあげ,2010年に行なった調査結果に基づき報告を行なう。調査対象は実店舗の掲示類,並びに店舗運営のWebサイトである。実店舗・Web調査結果からは次の点が明らかになった。(1)「日本語」「英語」以外の言語として,「中国語(簡体字)」への対応が手厚い。一方,「韓国語/朝鮮語」は単言語としても併用言語としても出現頻度が低い。(2)家電系や免税系は多言語傾向が顕著だが,サブカル系は「日本語」単言語が主流。上記結果から,アキバは他地域における“標準タイプ”化と異なる多言語化の状況にある特異性をもつことが確認された。また,この背景には外国人来訪者の傾向性や店舗分野の違いといった,アキバの街を構成する要素が関係していることを指摘した。
岩本, 通弥 Iwamoto, Michiya
本稿はこれまで概して「日本独特の現象」ともされてきた〈親子心中〉に関し、韓国におけるその事例を紹介することで、そうした言説に修正をはかるとともに、両者を比較することにより、より深いレベルにおける〈親子心中〉の諸現象、すなわち〈親子心中〉という行為だけでなく、それをめぐる社会や文化のより大きな象徴的システムのうち、何が普遍的であり、あるいは何が日本的であるのか、そのおおよその見通しを得ることを目的としている。そのため本稿では、これまでほとんど日本には報告されてこなかった、韓国における〈親子心中〉を含めた「自殺の全体像」を提示することからはじめるが、資料としては、その代表的な中央紙である朝鮮日報と東亜日報における自殺記事を、一年分収集し、これを分析した。新聞を資料として用いることに関し、方法的な視角を述べるならば、新聞記事というニュースの性質を、単なる情報の〈伝達〉という機能から捉えるのではなく、むしろ、より読み手(decorder)の役割を重視した、神話的な〈物語〉を創出していくものとして、繰り返し語られるニュースのなかの、隠れたメッセージや象徴的コードを読み解いていく。その物語性は、読み手に文化的諸価値の定義を提供しているが、こうした視角で分析してみると、日韓の自殺と親子心中「事件」のコードは類似したものが多い一方、大きく異なる点も存在する。最も相違するのは日本の自殺・親子心中の〈物語〉が「他人に迷惑を掛けること」の忌避を訴えているのに対し、韓国のそれは「抗議性(憤り)」を媒介とした「他者との心情の交流」が主要な価値コードとなっている。正反対の日本の価値コードからすれば、韓国の自殺・同伴自殺は「いさぎよし」とは見做されず、また逆に日本のそれも韓国的コードでは負に位置付けられようが、それは両国の感情表現の方法をはじめ「死の美学」や死生観・霊魂観の相違に起因するものであり、表面的形態的には類似している日韓の〈親子心中〉も、その意味するところは大きく異なっている。
金 彦志 韓 昌完 田中 敦士 Kim Eon-Ji Han chang-wan Tanaka Atsushi
韓国では、2008年に「障害者等に関する特殊教育法」が全面的に制定され、特殊教育に関する大きな法的整備が行われた。その内容としては、3歳未満の障害のある乳幼児の教育の無償化、満3歳から17歳までの特殊教育対象者の義務教育の権利、特殊教育支援センターの設置・運営の見直し等である。これは、小・中学教育を中心とした今までの制度から、乳幼児および障害成人のための教育支援に対する規定に変化したものであり、国家および地方自治団体の特殊教育支援についての具体的な役割も提示された。本論文では、韓国における特殊教育に関する法的背景を紹介し、2008年行われた「特殊教育実態調査」を参考に韓国特殊教育の現状を概観し、また、障害児教育・保育についての実態と課題を検討した。
金, 順任 KIM, Soonim
本稿は日韓の社会人を対象としたアンケート調査を用い,日韓の第三者敬語運用のメカニズムの一端を実証的に明らかにすることを目的としている。分析の結果,聞き手が同等か目下の場合,日本語では第三者敬語はあまり使われないが,韓国語では第三者を高める割合が高く,絶対敬語を基調としていること,その一方で,親族に対する敬語使用においては相対敬語的な一面があることが明らかになった。さらに,日韓に共通してみられる動向として,最上位者の前で上位者に対し尊敬語を用いる傾向が強く,第三者も聞き手も両方高めてしまう新しい敬語法が使われており,このような傾向は,男性よりは女性,40代・50代よりは20代・30代で顕著であった。第三者敬語と聞き手敬語の相関関係については,日本語のほうが,聞き手と第三者を同時に高める「第三者敬語の聞き手敬語化」が顕著であることが明らかになった。
小山, 悟 KOYAMA, Satoru
「格助詞『の』の過剰使用は中国語話者の典型的な誤用であり、母語の干渉によるものである」とする説は現在もかなり広く受け入れられているが、実際には同じ誤用が韓国語話者や英語話者の発話データにも現れており、これを直ちに母語の影響によるものであると断定することはできない。また、母語の習得研究でも、幼児が連体修飾構造を習得していく過程で「の」を過剰使用する時期があることが確認されている。本稿では「の」の過剰使用を言語習得の普遍的なメカニズムの働きによるものであると考え、学習者の母語は誤用の直接的な原因ではなく、誤用の克服を遅らせる要因のひとつであるとの立場から議論を進めていく。
三谷, 憲正
朝鮮王朝末期の王妃「閔妃」は韓国および日本を通じ、これまで多くの資料と作品の中で語られてきた。が、現在一般的に流布している「閔妃」の写真から喚起される<像>をもってしてそれらの資料と作品を読んでいいのだろうか、という疑問がつきまとう。なぜなら、従来「閔妃」の写真、と言われて来たものは、実は別人のものである可能性が高いからである。これまで流布してきた「閔妃の写真」と言われるものは、もともと、「宮中の女官」あるいはそれに準ずる女性を撮ったものだったのではないか、と推測できる。実際不思議なことではあるが、戦前の「閔妃」に言及している日本語文献の資料は「閔妃」の写真は出て来ない。
迫田, 久美子 SAKODA, Kumiko
第二言語習得研究には,学習者の言語データが不可欠である。「学習者の言語環境と日本語の習得過程に関する研究」のサブプロジェクトでは,日本語学習者の言語コーパス,C-JASを開発した。本稿は,C-JASの特徴とC-JASによって観察された動詞の発達について報告するものである。C-JASの特徴は,中国語母語話者3名,韓国語母語話者3名の3年間の縦断的発話コーパスであり,形態素タグと誤用タグが付与され,システム検索できる点にある。C-JASで動詞「思う」と「食べる」の時期ごとの初出形を分析した結果,日本人幼児の第一言語習得と類似した現象と異なった現象が観察された。前者では,動詞の基となる形(例「思う」)に新たな要素が付加され,新しい形(例「思うから」)が使われること,後者では初出形に日本人幼児は普通体,学習者は丁寧体が多く使用されることがわかった。また,動詞の発達段階で,学習者特有の「動詞普通体+です」(例「思ったです」)の中間言語形が出現し,「動詞普通体+んです」(例「思ったんです」)の過渡的段階の形式であると推測された。
国際日本文化研究センター, 図書館
2016年4月以降に図書館に入った資料のうち、「日本」と「韓国」または「朝鮮」のキーワードを持つものをピックアップしました。気になる本がありましたら、ぜひ図書館でご利用ください。
佐々木, 藍子 SASAKI, Aiko
本研究では,日本語学習者がどのように接続助詞「~から」を習得していくのか,学習環境の違い,同様の接続形式を持つ別の文法項目である接続助詞「~ので」の発達過程との比較,という複数の観点から,そのプロセスを探ることを目的とし,国立国語研究所で公開されている『多言語母語の日本語学習者横断コーパス』(I-JAS)の海外の教室環境学習者(中国語,韓国語,英語を母語とする学習者)のデータを使用して,分析を行った。その結果,次のことが明らかとなった。1)日本語学習者における接続助詞「~から」の発達過程は,国内の教室環境,海外の教室環境という異なる環境で学習した場合でも,同様の発達過程をたどる。2)接続助詞「~から」「~ので」という異なる文法項目であっても,同様の接続形式を持つ文法項目の場合,両者は同様の発達過程をたどる。3)接続助詞「~から」と「~ので」は同様の発達過程をたどるが,相違点として,発達する時期と発達のスピードが異なること,非規範的な使用は接続助詞「~から」に比べて,接続助詞「~ので」では出現が少ないことが挙げられる。そして,その要因には,文法項目の学習順序と機能,文法の難易度などが影響している可能性があることを論じた。
アンガー, J. マーシャル UNGER, J. Marshall
日本語はこれまで,韓国語や満州語,タミール語などの言語と比較されてきたが,これらの言語と日本語との間の系統関係について説得力のある説はこれまでに提示されていない。このことを,日本語には「同じ系統に属する言語がない」という意味にとらえれば,日本語は孤立言語であるということになる。孤立言語とは,共通祖語から共に発達した他の言語が全て絶滅してしまい,一つだけが生き残ったと考えられる言語のことである。日本語を孤立言語として扱ったとしても,例えば日本語話者の祖先がいつどこからこの地域にやってきたのか,というような,日本語の発達経緯に関するさまざまな疑問を解明することにはならない。だが,日本語と他の言語との系統関係を探り続けることで得られる知識は,たとえ不完全なものであるにしろ,日本語が孤立言語であると結論づけてしまうよりも,言語学的に貢献するところが大きい。多様性に富み規模が大きないくつかの言語族(例えば,インド・ヨーロッパ語族,オーストロネシア語族,中国語族)は,その共通祖語が話されていた年代がいつごろであるかについてかなり正確にわかっているが,これらの言語の存続が五千年を超えるものは一つもない。それゆえに,日本語が厳密な意味での孤立言語であるという主張は,同時に,日本語が非常に古い言語であるということ,また,日本語が発達してきたと考えられるその途方もない長い時間の中で,同じ祖語から派生した日本語以外の全ての言語が絶滅する運命をたどったのだと主張することになる。そのような状況に至った経緯をさまざまに想像するのはたやすいが,本論文において詳しく検証するように,いかなる仮定的状況についても,言語学的あるいは非言語学的側面から立証することは難しい。日本の先史について言えば,関連する言語以外の情報がかなり豊富に存在するので,言語の発達経緯の研究過程で,そのような情報を,言語学的仮説の範疇を特定したり修正してゆくために大いに利用すべきである。
金 紋廷 方 貴姫 金 彦志 韓 昌完 Kim Moonjung Bang Guihee Kim Enonji Han Changwan
日本と韓国の企業メセナ活動は、1990 年代から企業の社会的責任の一環として注目されてきた。特に、日本では、世界的な不景気や東日本大震災による厳しい経済状況にもかかわらず、持続的かつ長期的なメセナ活動に取り組んでいる。そこで、本稿では、日本の企業メセナとして障害者文化・芸術活動を支援している事例に焦点をあてて分析した。その結果に基づいて、今後、韓国の企業メセナによる障害者文化・芸術活動を活性化させるためには、1)障害者文化・芸術活動支援に関した情報交流、2) 障害の特性を考慮した長期的支援、3) 障害者と健常者が直接的に触れ合う機会提供、4) 障害者の芸術活動が経済的自立につながるような支援が必要であると提案した。
川森, 博司 Kawamori, Hiroshi
本稿は,日本と韓国の事例の比較の視点から,異類婚姻譚の類型を整理し,日本の異類婚姻譚を東アジアという視野の広がりの中で考察していくための足がかりを作ることをめざしたものである。類型の分類においては,人間と異類の婚姻が成立するか,成立しないか,ということを第一の基準とし,次に「異類聟譚」と「異類女房譚」に分けて,諸類型の記述をおこなった。婚姻が成立する類型の主なものは,異類が人間に変身して人間との結婚を成就するという形をとるもので,日本においては「田螺息子」の話型があるが,それ以外にはあまり見られない。韓国においては,異類聟譚,異類女房譚ともに,この類型のものが相当数伝承されている。一方,婚姻が成立しない類型は,異類聟譚においても,異類女房譚においても,日本の異類婚姻譚の主要な部分をなしている。日本の異類聟譚においては,人間の女が計略を用いて異類の男を殺害して,婚姻を解消する「猿聟入」や「蛇聟入・水乞型」の伝承がきわめて数多く伝えられている。この形の伝承は韓国には見られないようである。また,日本の異類女房譚では,異類の女の正体が露見したために結婚が解消される形の「鶴女房」や「蛇女房」などが幅広く伝承されている。この類型は韓国にも存在するが,日本の場合ほど顕著にはあらわれない。韓国では,婚姻が成立しない類型においても,一時的な異類との交渉の結果,非凡な能力をもった子どもが生まれる形のものが多く見られる。ただし,これらの点について比較をおこなうとき,『韓国口碑文学大系』においては,昔話と伝説を一括して収録しているのに対し,日本の昔話の資料集は,伝説と区別して,昔話を収集していることを考慮しなければならない。本稿でおこなった類型の整理は,個々の話型についての分析をおこなっていくための土台となるものであり,また,「説話を通して文化を読む」ための基礎作業である。
高塚, 秀治 永嶋, 正春 坂本, 稔 齋藤, 努 Takatsuka, Hideharu Nagashima, Masaharu Sakamoto, Minoru Saito, Tsutomu
日本出土の金属鉄資料と,韓国蔚山市の達川遺跡から出土あるいは採取した鉄鉱石および土壌を,自然科学的な方法を用いて分析した。その結果,以下のことがわかった。
高久, 健二 Takaku, Kenji
本稿は加耶地域出土の倭系遺物を総合的に解釈し,韓国側における対倭交渉の実態およびその変化を明らかにすることを目的とする。具体的には加耶地域出土の倭系遺物を3世紀後半~5世紀前葉と5世紀中葉~6世紀前半の二時期に分けて,その出土様相,分布,時期などについて検討した。
韓 昌完 小原 愛子 韓 智怜 青木 真理恵 Han Chang-Wan Kohara Aiko Han Ji-Young Aoki Marie
近年の障害者に閲する国際動向や国内における取り組みの進展を受け、2013年9月、第3次障害者基本計画が閣議決定された。一方、韓国においても特別支援教育における基本方針を示した最も新しい施策として、「第4次特殊教育5ヵ年計画」を2013年に策定した。制度・政策に対する批判的評価や今後の課題を提示する際には、日本と類似した制度・政策を実施している国を比較・分析し考察を行うことが有効的な一つの方法であることから、本研究では日本の「第3次障害者基本計画」と韓国の「第4次特別支援教育5ヵ年計画」を比較・分析し、「障害者基本計画」の考察を行うことで、今後の日本の特別支援教育施策についての発展的課題について提示することを目的とした。比較分析の結果、両国ともに、特別支援教育を取り巻く現状が大きく変化しているのに伴い、特別支援教育を必要とする児童・生徒の増加、インクルーシブ教育の強化、特別支援教育教員専門性の向上等の共通点があった。しかし、日本の特別支援教育に関する施策内容は、韓国と比較すると具体的な方針については示されていないことが明らかとなった。これは、日本における特別支援教育に関する施策が「障害者基本計画」の中の「教育分野」として位置付けられていることに対し、韓国は、「特殊教育5ヵ年計画」として特別支媛教育に絞った基本計画を策定し施策内容を示しているからであろう。今後、日本では「特別教育基本計画」として特別支援教育の具体的な施策を提示することが必要であろう。
川森, 博司 Kawamori, Hiroshi
一般に何かの異常が生じたとき,死んだ者が生きている者の世界に何らかの影響を及ぼしていると考えられることが多くあるが,その説明の仕方は文化によって異なる。本稿では,墓地をめぐる「風水」の考え方を中心にして,東アジアの各地域における生者と死者の関係の設定の仕方を考察する。まず,韓国の農村における民族誌的データにもとついて,風水の原理の特定の地域への定着の仕方を検討する。次に,韓国における風水と儒教祭祀,巫俗信仰の三者の相互関係についての崔吉城のモデルを比較のための導入し,日本本土における遺体・遺骨へのこだわりはどのように位置づけられるか,を検討する。その結果,韓国や中国,台湾の場合にみられるような葬送儀礼終了後,長期にわたって死者の遺体や遺骨と生き残った者との影響関係を設定する考え方は,日本本土においては非常に稀薄であることが示される。このことを比較の視点からみると,日本本土には墓地の風水の思想が受け入れられなかったことが,葬送儀礼終了後の遺体・遺骨へのこだわりのなさと対応している,と考えることができる。この場合,問題となるのは,沖縄・奄美地域にみられる洗骨の習俗である。これについても,墓地風水思想の受容との関わりでその位置づけを考察していく可能性がある。中国や韓国における研究を内在的に理解して,そこから分析のモデルを設定し,東アジアの地域的な広がりのなかで考察を進めることによって,日本の事例の特殊性と普遍性について新たな理解が得られるのではないだろうか。
真鍋, 祐子 Manabe, Yuko
本稿の目的は,政治的事件を発端としたある〈巡礼〉の誕生と生成過程を追うなかで,民俗文化研究の一領域をなしてきた巡礼という現象がかならずしもア・プリオリな宗教的事象ではないことを示し,その政治性を指摘することにある。ここではそうした同時代性をあらわす好例として,韓国の光州事件(1980年)とそれにともなう巡礼現象を取り上げる。
清水 政行 Shimizu Masayuki
本研究は工業化を原因とする大気汚染を対象にして、1970~2008年までの日本および韓国と、1980~2008年までの中国の環境パフォーマンス指数をDEA(データ包絡分析)を用いて計測した。また、各国の工業部門の環境パフォーマンスを生産効率と排出効率という2つの観点に分けて評価し、比較分析を行った。その結果、各国で環境パフォーマンスとその変化要因が異なることが判明し、日本では生産効率の向上と排出効率の改善のための努力が双方で進んでいるために環境パフォーマンスが高いことが確認された。一方で、中国では生産効率の向上を優先しているためか排出効率の改善が犠牲になり、環境パフォーマンスが低くなっていることが明らかとなった。他方で、韓国では生産効率の向上が排出効率の悪化によって相殺されているために、環境パフォーマンスが両国の中間的な水準に位置していることが判明した。
金 泰樹 キム テス Kim Tae-soo
琉球大学学術リポジトリ国際講演会(平成19年(2007年)2月23日)「近未来図書館サービスとしての機関リポジトリの可能性」における講演のスライド。\n韓国での機関リポジトリ政策の状況、機関リポジトリの実際例、延世大学校での機関リポジトリ構想及び喫緊の課題など、金館長から、具体的な事例を踏まえた多くの提言が示された。
玉岡, 賀津雄 宮岡, 弥生 林, 炫情 TAMAOKA, Katsuo MIYAOKA, Yayoi LIM, Hyun-jung
本研究では,シャノンの通信の数学理論で知られる「エントロピー」と「冗長度」という指標を使って,韓国語系日本語学習者を対象にペーパーテストで測定した知識と,インタビューで測定した運用の差異について検討した。使用された尊敬表現と謙譲表現の種類と頻度を,それぞれ知識と運用とに分けて集計し,表現の種類と頻度のデータから,エントロピーと冗長度を算出した。まず,ペーパーテストとインタビューにおける表現の正答という観点からみると,尊敬と謙譲にも知識と運用にも違いがなかった。本研究では,あくまで基本的な10種類の動詞を扱っており,これらの動詞の知識を基にした運用では正答に大きな違いが無かったのであろう。本研究は,敬語表現の多様性をエントロピーと冗長度で考察することを目的としているので,正答における違いがないことが望ましい。さらに,エントロピーについて分析した結果,尊敬表現と比べて,とりわけ運用における謙譲表現の多様性と不規則性が明らかになった。また,冗長度の分析では,エントロピーが示すほど顕著ではないが,尊敬は知識でも運用でも,同じ表現が繰り返される傾向があるが,謙譲は知識よりも運用の方が表現のバリエーションが多かったことが示された。これらエントロピーと冗長度の二つの指標で描いたプロッティングは,知識と運用における尊敬と謙譲の違いを鮮明に示した。
保坂 廣志 Hosaka Hiroshi 保坂 広志
本論は、2004年3月27日から同28日にかけて韓国の済州島にて開催された済州4・3記念国際シンポジウム「東アジアにおける平和運動:平和・人権・国際連携」(主催 済州4・3研究所)に際して求められたフルレポートを、ハングル語に翻訳したものを掲載したものである。沖縄戦の重厚な記憶は、900冊余にものぼる各種書籍として発刊されている。さらに、平和の礎(1995年建立)や沖縄県平和祈念資料館(2000年改築開館)にても戦争追体験や平和学習が可能となっている。一方、沖縄戦には残された課題や問題点も多く見られる。特に、沖縄戦下での朝鮮半島出身者の実相解明が、ほとんど手づかずのままである。そこで本論では、ともすれば「非在」の歴史として排除されがちな沖縄戦の諸問題に言及しつつ、それをいかにして復元していくかについて、主として沖縄戦の記憶と記録を拠りどころに記述したものである。
岡田, 浩樹 Okada, Hiroki
この論文の目的は,近年盛んになりつつあるかのように見える「老人の民俗学」という問題設定に対する一つの疑問を提示することにある。はたして「老人の民俗(文化)」という対象化が有効なのかを,比較民俗学(人類学)の立場から検討する。その際に韓国の事例を取り上げることにより,老人の民俗学の問題点を明らかにする方法をとる。
沈, 煕燦
日本の「失われた二十年」は日本経済の抱える問題の象徴であり、経済の停滞と崩壊の時代である。そして、その背景には、さしあたり、冷戦後の日本を支えてきた思想の崩壊があった。なかでも重要なのはデモクラシーの問題だ。本稿は、日本の「失われた二十年」と1967年の韓国小説、宝榮雄の『糞礼記』を比べて、デモクラシーの出現について考える。
鈴木, 三男 能城, 修一 田中, 孝尚 小林, 和貴 王, 勇 劉, 建全 鄭, 雲飛 Suzuki, Mitsuo Noshiro, Shuichi Tanaka, Takahisa Kobayashi, Kazutaka Wang, Yong Liu, Jianquan Zheng, Yunfei
ウルシToxicodendron vernicifluum(ウルシ科)は東アジアに固有の落葉高木で,幹からとれる漆液は古くから接着材及び塗料として利用されてきた。日本及び中国の新石器時代遺跡から様々な漆製品が出土しており,新石器時代における植物利用文化を明らかにする上で重要な植物の一つであるとともに日本の縄文文化を特徴づけるものの一つでもある。本研究では現在におけるウルシの分布を明らかにし,ウルシ種内の遺伝的変異を解析した。そして化石証拠に基づいてウルシの最終氷期以降の時空分布について検討した。その結果,ウルシは日本,韓国,中国に分布するが,日本及び韓国のウルシは栽培されているものかあるいはそれが野生化したものであり,中国には野生のものと栽培のものの両方があることが明らかとなった。それらの葉緑体DNAには遺伝的変異があり,中国黄河~揚子江の中流域の湖北型(V),浙江省と山東省に見られる浙江型(VII),日本,韓国,中国遼寧省と山東省に見られる日本型(VI)の3つのハプロタイプ(遺伝子型)が検出された。中国大陸に日本と同じハプロタイプの野生のウルシが存在することは,日本のウルシが中国大陸から渡来したものだとすれば山東省がその由来地として可能性があることを示唆していると考えられた。一方,化石証拠からは日本列島には縄文時代早期末以降,東日本を中心にウルシが生育していたことが明らかとなった。さらに福井県鳥浜貝塚遺跡からは縄文時代草創期(約12600年前)にウルシがあったことが確かめられた。このような日本列島に縄文時代草創期に既にウルシが存在していたことは,ウルシが大陸からの渡来なのか,元々日本列島に自生していたものなのかについての再検討を促していると考えられた。
小森, 和子 玉岡, 賀津雄 近藤, 安月子 KOMORI, Kazuko TAMAOKA, Katsuo KONDOH, Atsuko
日中同形語には,中国語と日本語とで意味の一部が異なる類義語(以下,O語)や,意味が完全に異なる異義語(以下,D語)等がある。本研究は中国語を第一言語とする日本語学習者(以下,CNS)のO語やD語の認知処理過程が,日本語習熟度の向上に伴って,どのように変化するかを検討した。実験では,O語とD語を用いて,中国語義で解釈すると意味が通るが,日本語では非文となるような文(*パソコンに文字を輸入する)を作成し,CNS(n=50)を対象に文正誤判断課題を行った。その結果,(1)日本語習熟度に関わらず,反応時間は長く,誤答率も高い,(2) O語よりD語の方が判断が迅速である,ということが分かった。このことから,CNSは(1)日本語習熟度が高くなっても,O語やD語の同形語の認知処理の過程で,日本語義の活性化が効率的ではないこと,(2)共有義のあるO語の方が認知処理が困難であることが示唆された。
魯, 成煥
本稿は、九州のある篤志家が自分の私有地に朝鮮の義妓である論介を祀ることによって惹起した韓日間の葛藤について考察したものである。論介は、晋州の妓女というだけでなく、全国民に尊敬される愛国的英雄で民間信仰においても神的な人物である。韓国の国民的な英雄である論介の霊魂を祀った宝寿院の建立と廃亡は、韓日間の独特な霊魂観の対立を象徴するものであった。和解と寛容、平和という純粋な理念に基づいて行われたとしても、当初から様々な問題点を抱えていた。論介にまつわる伝説を歴史的な事件として理解し、命を失った論介と六助に対する同情から彼らの墓碑が造成され、韓日軍官民合同慰霊祭が行われた。これを日本人は、怨親平等思想に基づいた博愛精神の発露だと表現するかもしれない。しかし韓国人はそれとはまったく違う感覚で見る。つまり、それは敵と一緒に葬られることであり、霊魂の分離であり、祭祀権と所有権の侵害というだけでなく、夫のある婦人を強制的に連行し、無理やり敵将と死後結婚させる行為だと考え、想像を超える民族的な侮辱であると感じるのである。
中島 裕美子 前川 秀彰 行弘 研司 伊藤 雅信 伴野 豊 梶浦 善太 日下部 宜宏 佐原 健 Nakajima Yumiko Maekawa Hideaki Yukuhiro Kenji Itoh Masanobu Banno Yutaka Kajiura Zenta Kusakabe Takahiro Sahara Ken
研究概要(和文):1)韓国、中国、日本に生息しているクワコや野蚕について、カイコとも比較しつつ、いくつかの多型マーカー領域を解析し、集団の遺伝的なバックグラウンドを検討した。水平伝播型転移因子mariner様配列(MLE)において、韓国と中国のクワコからの配列集団は多様であったの対し、日本のクワコからの配列は相同性の高いひとつのグループを形成した。カイコBmTNML相当の領域をクワコで解析した結果、韓国のクワコにおいてCecropia-ITR- MLEに活性型転移因子Bmamatlが挿入されているユニットが単離された。日本産クワコ、およびカイコのOg遺伝子領域を比較、系統解析を行った結果、カイコでは少なくとも5つの有意に分科したハプログループが確認されたが、日本のクワコでは仮想的転写開始点近傍の2種類の由来の異なる挿入の有無により大きく2つのグループに分類されるとともに、個々のグループに帰属する配列間にも延期間差異が確認された。ミトコンドリアCoxl遺伝子領域に関しては、日本のクワコがカイコ、および中国クワコとは系統的に離れた位置に収束した。2つのALP-m、Alp-s遺伝子およびその介在配列についての比較から、他の結果と同様、日本のクワコは中国のクワコ、カイコとは異なる集団である可能性が示唆された。ビテロジェニン遺伝子については、野蚕であるサクサン、シンジュサン、ヤママユガの配列はカイコの配列より遠く、クワコは地域に関係なく(日本、中国)ひとつの多様なグループを構成し、野蚕の配列よりもカイコに近かった。2)野蚕おけるGISHを行いWZ染色体対の同定を行い、更にクワコにおけるカイコBACを用いたFISHにより日本クワコのM染色体に対応するカイコ染色体を特定した。しかし、カイコBACを用いたFISHはクワコ以下の他種野蚕には適応できないことが明らかとなった。3)台湾クワコの染色体数がn=28であることを確認した。
豊田, 悦子 久保田, 満里子 TOYODA, Etsuko KUBOTA, Mariko
本稿では,英語を母語とする日本語学習者の漢字語と仮名語における学習ストラテジーの差異を明らかにするために行った実験を,語認識処理の観点から分析を試みた。その結果,英語話者学習者は,(1)漢字語でも仮名語でも,語を部分に分割して分析的に処理(分割分析処理)を行うが,漢字語のほうがその割合が多い,(2)漢字語と仮名語とでは,異なる処理経路で分割分析を行う,(3)漢字語でも仮名語でも,分析処理後に分析したものをより大きい意味概念の中で再構築することを示した。以上の結果は,基本的なアプローチは,第一言語の習得過程で身につけた語認識のスキルによって影響を受けるが,異なるタイプの文字に対しては,その文字の特質にあった語認識処理をすることを示唆している。
野田, 尚史 高澤, 美由紀 NODA, Hisashi TAKASAWA, Miyuki
スペイン語アルファベットによる日本語音声表記というのは,スペイン語の文字と発音の関係に従って日本語の音声をスペイン語アルファベットで表記するものである。たとえば[ハガキ](葉書)は「jagáquí」と表記する。
南, 亜希子 Minami, Akiko
「ドラマが/車がヒットする」のような外来語サ変動詞についての研究は、サ変動詞化の基準を始め十分に解明されていない。本研究では、外来語サ変動詞における日本語母語話者の許容状況を明らかにするため、I-JAS(国立国語研究所)に出現した外来語サ変動詞に対する日本語母語話者の許容度調査を行った。I-JASから収集した73語のうち、BCCWJの出現状況や外来語辞典等の用例と照合し、まだ十分に日本語として定着していない外来語サ変動詞57語を選出した。その上で、大学・大学院生89名から容認度判定を得た。調査の結果、外来語名詞と同様に「意味の縮小・特殊化」が外来語サ変動詞の許容度にも大きく影響しており、日本語に借用された際に意味の縮小や特殊化が起こっていると、原語の意味でのサ変動詞の許容度が低下することが分かった。これらの成果は、外来語の動詞化や、「日本語の外来語/外国語」の判断に関する基準の明確化に貢献し得ると思われる。
相良, かおる 高崎, 智子 東条, 佳奈 麻, 子軒 山崎, 誠
本研究では合成語の語末により病名の判別が可能か否かを確認するために合成語の語末調査を行った。具体的には、病名を表す合成語5,465 語について語末のunigram、bigram、trigram を調べた。加えて、筆者等が着手している電子カルテに記載された合成語を対象とした語構成要素解析で定めた語単位で、合成語を分割した場合に語末となる語構成要素の頻度を調べた。
野入 直美 高畑 幸 伊藤 泰郎 山本 かほり Noiri Naomi Takahata Sachi Ito Tairo Yamamoto Kahori
研究概要(和文):本研究では、軍隊の駐留がマイノリティ層にどのような影響を及ぼしているのかを考察した。歴史学を中心に、軍事都市の類型化、人口動態、自治体財政についての先行研究の到達点と課題を明らかにした。岩国市在住のアメラジアンとその家族のライフヒストリーの聞き取り調査を行い、「脱軍事化」という視座からの分析と、沖縄の事例との比較を行った。そして、韓国における米軍基地で働くフィリピン人労働者の調査を行い、日本との国際比較を行った。
野田, 尚史 島津, 浩美 NODA, Hisashi SHIMAZU, Hiromi
中国語漢字による日本語音声表記というのは,中国語の表記方法における文字と音声の関係に従って日本語の音声を中国語漢字の簡体字または繁体字で表記するものである。たとえば[コーカ](効果)は「扣喔咖」と表記する。日本語の音声を中国語漢字で表記することは一部の旅行者向け日本語会話集に見られるが,長音や促音が表記されないなど,問題が多い。そこで,中国語漢字の表記に従った日本語音声表記を提案することにした。中国語漢字による日本語音声表記を提案するために,2つの調査を行った。1つは書き取り調査である。日本語を知らない中国語母語話者に日本語の音声を聞いてもらい,それを簡体字または繁体字で書き取ってもらう調査である。もう1つは読み上げ調査である。書き取り調査によって絞られたそれぞれの音声表記の候補を読み上げてもらい,日本語らしく発音される可能性の高い表記を確認する調査である。この音声表記の主な特徴は,(a)から(e)のようなものである。(a)1モーラを中国語漢字1文字で表記する。ただし,日本語のモーラの音声に近い中国語漢字がない場合は,子音を表す漢字と母音を表す漢字を組み合わせて表す。(b)長音[ー]は,前のモーラと同じ母音の中国語漢字を使って表す。(c)促音[ッ]は,[ ] を使って「骂[ ] 透」(マット)のように表す。(d)撥音[ン]は,前のモーラと撥音を合わせた音声を中国語漢字1文字で表す。(e)日本語のアクセントを中国語漢字が持つ声調を使って表す。
宮内, 拓也 プロホロワ, マリア MIYAUCHI, Takuya PROKHOROVA, Maria
『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(の一部のデータ)には,既に英語,イタリア語,インドネシア語,中国語の翻訳データが構築されているが,新たにロシア語の翻訳データを構築した。対象となる起点テキストは『現代日本語書き言葉均衡コーパス』新聞(PN)コアデータ16サンプル(総語数は短単位で全16,657語)とし,ロシア語目標テキストの総語数は13,070語となった。本データの構築にあたっては,日本語からロシア語へ人手による翻訳を行ったが,日本語とロシア語の言語構造の違いや表現の違い等により,翻訳に困難が生じた箇所もあった。本稿では,翻訳データの構築方法,翻訳の際の留意点の詳細を述べる。また,原文の日本語テキストと翻訳先のロシア語テキストは人手で文単位のアライメントを取り,各文にはIDを付与した。その作業方法についても記述する。翻訳データの構築,アライメント作業により,起点テキストと目標テキストは簡易的な日露パラレルコーパスとして利用可能となり,日露対照研究や類型論研究に活用できると考えられる。本稿では,このような活用の可能性を示すために,ケーススタディとして日本語の文末表現を取り上げ,ロシア語と対照させて同異を議論する。
宮城, 紀美 MIYAGI, Kimi
現在ミクロネシア連邦の首都がおかれているポンペイ島は,他のミクロネシアの島々とともに1914年から1945年まで日本の統治下にあった。その間多くの日本語がポンペイ語に取り入れられた。1979年に出版されたポンペイ-英語辞典には,スポーツ・ゲーム用語,生活用品用語,食料品名などを含め300語を超える日本語からの外来語が収録されているが,若い世代のポンペイ人が現在実際に使っている日本語からの外来語の数は急激に減少している。本稿では,ポンペイ語に取り込まれた日本語からの外来語について,以下の二点に関し研究報告をおこなう。(1)これらの外来語がポンペイ語に取り入れられる過程でおこった言語上の音形同化,意味の推移,また形態的な変化を分析する。(2)辞典のためのデータが収集された1970年代の初めから現在までの約30年間に,これらの外来語にどのような変化が起こったかについて,1998年夏,19歳のポンペイ人大学生をインフォーマントとして調査した結果を報告する。
上野, 善道 UWANO, Zendo
奄美群島徳之島の浅間方言アクセントとして,今回は外来語を取り上げる。比較的よく使われそうなもの,音韻構造上から注目されるものを1000語あまり調べた報告である。外来語同士の複合語,外来語と和語・漢語との組み合わせによる混種語も含む。外来語のアクセントは,浅間方言のアクセント体系・音節構造のもつ性質を明らかにするのにも役立つ。
田野村, 忠温 TANOMURA, Tadaharu
外来語のアクセントは原語のアクセントから独立しているとする見方が一般的であるが,多数の外来語を観察してみると原語アクセントの関与を示唆する状況証拠が外来語アクセントのさまざまな局面に見出される。また,外来語アクセントに影響を与える原語の発音の要素はアクセントにとどまらず,原語の分飾音レベルの事実もまた外来語アクセントの重要な決定要因として働いている。この小論では,『大辞林CD-ROM版』に見出し語として立てられた外来語のうち4モーラ以下の語を中心にそのアクセントを詳細に分析し,外来語アクセントに対する原語のアクセントや分節音の関与の諸相を明らかにする。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
東京語で現在進行中のアクセント変化において,語の長さが変化の進行度に関与的であることを,大量の調査資料によって実証する。分析対象とする事例は,名詞の尾高型アクセントの衰退動向である。『東京語アクセント資料 上・下』から採集した名詞832語(3拍303語,4拍428語,5拍101語)を計量的に分析した結果,拍数の多い長い名詞ほど変化が先行していることが確認された。話者による違い,語による違いはあるが,全体的な変化の流れが平板化に向かっている確証も得られた。
真田, 信治 SANADA, Shinji
日本による,いわゆる南洋群島の植民地統治は1914年から1945年までの30年間にわたった。その間の日本語と現地語との接触は,必然的に現地語への日本語の借用を招くことになった。そしてその中には日本ですでに使われなくなった(一般的でなくなった)ことばも多く生きている。本調査報告では,現ミクロネシア連邦のチュウック(かつてのトラック)諸島で話されているチュウック語に焦点を当てて,日本からの伝播語のリストを掲げ,その音的特徴,すなわち日本語の音がチュウック語のフィルターによって置き換えられる音の代用について分析した。
古市, 由美子 FURUICHI, Yumiko
本研究は,多言語多文化共生社会を目指して行われた日本語教育実習を取り上げる。22名の実習生の語りから,個々の実習生が新たな理念である共生日本語教育にどのように対峙し,それをどう意味づけるのか,彼らの学びの実態を解明することを目的とする。実習生の語りを質的に分析した結果,実習生の多くは,共生日本語教育を〈日本語を教えない日本語教育〉,〈周辺的な日本語教育〉と意味づけ,規範的な日本語教育との矛盾を感じたり,理念と実践を区別したりしていた。一方,共生日本語教育を〈地域を結ぶ日本語教育〉と意味づけた実習生は,自身の具体的な経験と共生日本語教育の理念を統合することによって,教師の役割や日本語教育の意味を拡張していることが窺われた。
呉, 昌炫 Oh, Changhyun
本論文は,まず開港以来,日本の漁民が朝鮮漁民と出会ってからお互いに認識するようになった両国の漁業技術上の差異を確認し,こうした両国の漁業技術的差が選好の魚種の違いに基づいていたという点を究明する。そして特定の魚種に対する両国の異なる選好が両国間の自然環境と経済水準ではなく,魚の象徴的意味とその歴史的形成過程に関連していることをマダイとグチ(韓国名:チョウギ)を例に説明する。最後に特定の魚種に対する民族的選好が植民地朝鮮の漁業(と漁業技術)の展開過程に及ぼした影響を分析する。
村山, 実和子
本研究は『日本語歴史コーパス』に出現する合成語に対し,その内部構造に関する情報を新たに追加することで,日本語の語形成研究に使用可能なデータの構築をめざすものである。その方法として,各種コーパスに紐付いた解析用辞書「UniDic」の見出し語に対して,構成語情報を付与することを試みる。その設計方針と有用性を述べるとともに,現状の課題について報告する。
野田, 尚史 NODA, Hisashi
イギリス,ドイツ,フランス,スペインの上級日本語学習者40名と日本語母語話者20名を対象に,日本語で書かれたウェブサイトのクチコミを読んでもらい,その解釈を母語で語ってもらう調査を行った。その結果,ヨーロッパの日本語学習者と日本語母語話者では違う解釈をすることがあることが明らかになった。次の(a)と(b)のような違いである。
松森, 晶子 MATSUMORI, Akiko
本稿では,日本語・琉球語の諸方言の複合語アクセント規則の類型的考察を行ったうえで,前部要素の韻律的特徴(式,型)が複合語全体の韻律的特徴となる,という規則が,日琉語を通じてもっとも古い複合語規則ではないか,という仮説を提示する。現代の東京方言は,「後部要素」の型が複合語全体の型を決定する,あるいは「後部要素」のモーラ数に応じて複合語型の種類が決まる,という「後部要素支配型」のアクセント規則を持っている。しかし,このようなタイプの方言の中にも,かつてはその前部要素が複合語の型を決定していた時代があったことの痕跡が残されている,ということを,本稿では現代東京方言を例にとりながら論じる。
方, 美麗 FANG, Meili
形式面からみれば,日本語の「N格+V」構造は中国語の"V+N"に当たるが,日本語の「国を出る」(「Nを+V」)形式は中国語の("出"国)("V+N")に当たり,同じ意味的な結びつきの「田舎を 出る」の場合は,中国語では「"離開" 郷下」("V+N")になる。このように,日本語で同一の出発動詞を用いた「空間名詞を+出発動詞」という構造に対応する中国語の"V+N"において,"V"が別々の動詞によって表現されることがある。本稿では,日本語の「N+V」構造と中国語の"V+N"構造との結びつき方の相違を中心に考察した。その結果,中国語の動賓構造における"移動動詞+空間名詞"の組み合わせに表現される意味関係の下位区分が明らかになったり,格が存在する日本語より格が存在しない中国語の動詞と名詞との結びつきのほうが,その組み合わせがより限定的な下位のカテゴリカルな意味を要求することが明らかになった。また,日本語と中国語で同じようなカテゴリカルな意味の動詞が使われる場合でも,動作の結果性の表現に違いがあって,その点からも日本語の「N+V」と中国語の"V+N"の文法的な意味が同一でない場合があることも明らかになった。なお,本稿は日本語の連語の研究を深めることを直接の目標としたものではないが,日本語の名詞と動詞の組み合わせ及びその結びつきの特徴のうち,日本語の連語現象だけをみていたのでは明らかにならなかった側面を,中国語との対照によって明確に浮かび上がらせることができた点で,日本語の連語の研究にも寄与する可能性をもつであろう。
今村, 桜子 IMAMURA, Eiko
首都圏の公立小学校のお便り文(3年分712部)からコーパスを作成し,学年ごと(4年生から6年生)の語彙の違いを分析した。本研究は,学校お便り文に用いられる語を縦断的に観察することで,外国人保護者の日本語支援に役立てることを目的とする。KH Coderで形態素解析を行ったところ,総語数は4年56,968語,5年106,084語,6年77,167語。異なり語数は4年7,420語,5年9,935語,6年9,395語であった。①頻度グラフにより少数の高頻出語と多数の低頻出語が観察される。高頻出語の学習が次年度以降の読取りに効果的であると考えられる。②品詞ごとの高頻出語を抽出し,4年生の上位100語が5、6年生の上位100語に含まれる割合を分析した結果,名詞・サ変名詞・動詞で74%から83%に上ることが分かった。③サ変名詞「卒業」は、4年生で32回,5年生で66回,6年生で104回(20位)出現する。6年生に多いが,高頻出語の学習が他学年の保護者にとっても,学校文化理解や内容スキーマ活性に役立つと示唆される。
古宮, 嘉那子 田邊, 絢 新納, 浩幸 KOMIYA, Kanako TANABE, Aya SHINNOU, Hiroyuki
語義タグ付きコーパスを用いた現代日本語の語義曖昧性解消の研究は数多い。しかし,入手可能なタグ付きコーパスが少ないため,日本語の古典語の語義曖昧性解消を高性能に行うことは難しい。そのため,現代日本語文を用いて通時的な領域適応を行うことは,古典語の語義曖昧性解消の性能を高めるひとつの解決方法であると考えられる。本研究では,日本語の古典語の語義曖昧性解消において,領域適応手法のひとつである,分散表現のfine-tuningの効果について調べる。現代文の分散表現であるNWJC2vecの古典語によるfine-tuningや,古典語によって作成した分散表現の現代文によるfine-tuningなど,様々なfine-tuningのシナリオを検証した。さらに,NWJC2vecを古典語でfine-tuningする際には,時代順に段階的に分散表現をfine-tuningする手法についても試した。語義曖昧性解消の対象語の前後二語ずつの単語の分散表現を素性とし,Support Vector Machineの分類器に用いて分類を行った。シナリオは(1)現代文のコーパスの全用例と古典語のコーパスの用例8割を訓練事例とし,残りの2割の古典語の用例をテストとして利用する場合,(2)古典語の用例だけを利用して五分割交差検定を行った場合,(3)現代文のコーパスの全用例を訓練事例とし,古典語全用例をテストする場合の三通りを比較した。最高の精度となったのは,(2)古典語の用例だけを利用したシナリオで,古典語によって作成した分散表現に現代文によるfine-tuningを行った場合であった。
田邊, 絢 古宮, 嘉那子 浅原, 正幸 佐々木, 稔 新納, 浩幸 TANABE, Aya
日本語歴史コーパス中の単語には、現代語と同様の意味で扱われている単語と、古語特有の意味を持つ単語がある。本研究では、この現代語にはない古語特有の単語の語義(言葉の意味)を未知語義と定義して、日本語歴史コーパス中から、未知語義を検出するシステムの提案を行う。具体的には、日本語歴史コーパス中の単語を、(1)現代の分類語彙表でその単語の分類番号として登録されている語義をもつ語、(2)現代の分類語彙表にある語義をもつが、現在その語義は、その言葉の語義として分類語彙表は登録されていない語、(3)その語義の定義が現代の分類語彙表にないため、分類番号が振られていない語、の3種類にクラス分けする。実験では、各単語について、出現書字形や見出しなどの8要素を基本素性として用いた。また、別の日本語歴史コーパスからword2vecを用いて、3種類の単語の分散表現のベクトル(50次元、100次元、200次元)を作成し、素性として加えた。それぞれSVMを用いて正解率を比較したところ、日本語歴史コーパス中の未知語義の検出において、単語の分散表現のベクトルが正解率を向上させることが分かった。
狩俣 繁久 Karimata Shigehisa
琉球語は、日本語と同系の言語であり、日本語の歴史の研究に重要な位置を占めることが知られるが、これまでの研究は、奈良期中央語と琉球語の一部の下位方言の比較研究が主であり、琉球語研究の成果が日本語の歴史研究に十分に活かされていなかった。琉球語の下位方言間の変異は、日本語諸方言のそれを超えるほど大きい。その多様性がどのように生成されてきたのかを明らかにすることが求められていた。琉球語、九州方言、八丈方言が日琉祖語からどのように分岐して現在に至ったか、琉球語内部でどのような分岐があったかを明らかにするため、言語地理学の研究成果に照らして検証しながら、音素別、意味分野別、文法項目別等、目的に応じて選定した複数の単語を組み合わせて系統樹を作成する。それぞれの系統特性を解明しながら重層的な変化過程を可視化させるための可能性と課題を提示する。
大滝, 靖司 OTAKI, Yasushi
本研究では,子音の長さが音韻論的に区別される6つの言語(日本語・イタリア語北米変種・フィンランド語・ハンガリー語・アラビア語エジプト方言・タイ語)における英語からの借用語を収集してデータベースを作成・分析し,各言語における借用語の重子音化パタンを明らかにする。その結果から,語末子音の重子音化は,原語の語末子音を借用語で音節末子音として保持するための現象であり,語中子音の重子音化は原語の重子音つづり字の影響による現象であることを指摘し,純粋に音韻論的な現象は語末子音の重子音化のみであることを主張する。
柴崎, 秀子 玉岡, 賀津雄 高取, 由紀 SHIBASAKI, Hideko TAMAOKA, Katsuo TAKATORI, Yuki
本研究の目的は,(1)英語を使って作られた和製英語の意味を英語母語話者が推測した場合,どのような語の推測が容易で,どのような語の推測が困難かを調査すること,及び,(2)日本語学習経験のある者が未知の和製英語の意味を推測した場合,日本語学習経験が生かされるかどうかを調査することの2点である。日本語学習者36名と非学習者36名に,30語の和製英語を刺激語として与え,各語の知識を問う二者択一問題と,各語の意味を選ぶ四者択一問題を行った。その結果,日本語学習者は和製英語の知識において非学習者と差がないにも関わらず,意味推測において優れていることが示された。また,(1)英語と形が良く似ている和製英語,(2)後項の語が複合語全体の意味的主要部となり,前項の語が後項の語を修飾している和製英語は意味推測が易しく,反対に,(1)英語の語順規則に則っていない和製英語,(2)英語の概念に共通する部分が少ない和製英語,(3)前項の語も後項の語も,それが構成する複合語の主要な意味とならない和製英語は,英語母語話者にとって意味推測が難しい傾向があることが示された。
前川, 喜久雄
現代日本語の大規模な自発音声データベースである『日本語話し言葉コーパス』を紹介する。まず話し言葉研究におけるデータベースの必要性を指摘したのち,『日本語話し言葉コーパス』公開版の仕様を紹介する。締めくくりとして,日本語のコーパス言語学について簡単な展望を述べる。
狩俣 繁久 Karimata Shigehisa
北琉球語と南琉球語は文法、語彙の面で大きな違いが見られる。南琉球語と北琉球語と九州方言を比較し、(1)南琉球語には南九州琉球祖語に遡る要素が存在すること、(2)南琉球語に存在し北琉球語に見られない要素がかつては北琉球語にも存在したこと、(3)北琉球語と九州方言に共通するが,南琉球語に見られない要素があることを確認した。そのことから、南北琉球語の言語差は九州から琉球列島への人の移動の大きな波が2 回あったことに由来することを主張する。考古学等の研究成果を参考にすれば、南琉球に南九州琉球祖語を保持した人々の移動の時期は、10 世紀から12 世紀である。2 回目の人の移動によって北琉球で貝塚時代が終わり、グスク時代が始まった。南琉球にもグスク文化は伝わったが、その言語体系を大きく変化させるほどのものではなかった。
朱, 京偉 ZHU, Jingwei
本稿は,先に発表した小論「蘭学資料の三字漢語についての考察─明治期の三字漢語とのつながりを求めて─」(朱2011)の続編である。現代日中両国語では,三字語の語構成がほぼ同じで,同形語も数多く存在している。その背後に,どのような日中語彙交流の歩みがあったかを解明するのが,先の小論と本稿の目的である。先の小論に続き,中国語側の三字語の状況を明らかにしようと思い,宣教師資料をとりあげたのであるが,日中双方の対照研究がしやすいように,蘭学資料の場合とほぼ同じ調査方法やデータの集計・分類方法を用いた。宣教師資料の三字語については,前部二字語基と後部一字語基に分けてそれぞれの性質を検討した上で,蘭学資料との比較対照を行なった。その結果,中国語では,近代以前から,少なくとも宣教師資料において,2+1型三字語の造語機能がすでに備わっていたこと,蘭学資料の三字語は,語構成パターンの面で中国語からの影響を受けながらも,後部一字語基の機能が強化され,同一語基による系列的・グループ的な三字語の創出へ進化を遂げたことなどを明らかにした。
三上, 喜孝 Mikami, Yoshitaka
本稿の目的は、韓国・咸安城山山城出土新羅木簡(以下、城山山城木簡と称す)の性格を、木簡の現状観察や、日本古代の城柵経営との比較を通じて、浮かび上がらせることにある。城山山城木簡は、考古学的な調査成果から、築城時に、城内の排水を円滑に行うための施設を造成するために、他の植物性有機物とともに集中的に廃棄されたことがわかり、つまり築城段階で廃棄されたことが明らかになった。木簡の大半は、各地から城内に運び込まれた食料に付けられた荷札木簡であり、築城にともなう労働の資養物として、慶尚北道を中心とする各地から運ばれた可能性が高い。
久屋, 愛実 KUYA, Aimi
本稿の目的は,外来語「ケース」を事例としてその共時的分布を明らかにし,外来語使用における言語外的要因を特定することである。本稿では国立国語研究所が2011年に公開した『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)を利用し,外来語と既存語の語彙バリエーションの研究を経験的に行う。分析の結果,書き手の生年代,最終学歴,媒体種,共起述語の種類について統計的有意差が認められ,これらの要因が外来語の生起に影響していることがわかった。若年層ほど「ケース」の生起率が上昇していることから,既存語(「事例,場合,例」)から外来語への語彙使用の変化(言語変化)が起こっていることが確認された。また,外来語の生起率は書き手の学歴の上昇に伴い低下し,より公共性の高い媒体として特徴づけられる書籍において低いことがわかった。このことは,ある社会的カテゴリーや環境ではまだ浸透度が低いという,日本語における外来語の現状をあらわしていると思われる。
大野, 晋
第一段階として、大野はタミル語と日本語の間の、音韻法則に支持された五〇〇語の対応語と二〇語の文法的morphemesのリストを提示し、タミル語と日本語とは同系であるという仮説をたてた。第二段階として、その対応語の内容を分析して、農作物名・農地・金属・機織・墓制に関係する三〇語が含まれていることを示した。これらの文明が日本で初めて出現したのは弥生時代(B.C.五〇〇~A.D.三〇〇)である。南インドではMegalithic Culture (B.C.一〇〇〇~A.D.三〇〇)の時期にそれらと同じ文明がすでに行われていた。考古学的調査によると、Megalithic ageの墓制と、日本の北九州の弥生時代の墓制とはほぼ共通である。これらによって日本とタミルとに関係が生じたのは、B.C.五〇〇~A.D.三〇〇の間のことと推定した。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
「ストライキ」から「スト」,「テレビジョン」から「テレビ」というように,多くの外来語が2~4モーラの長さに短縮される。この短縮語形成についてはこれまでもいくつか出力条件(制約)が考えられてきたが,一つの入力に対して唯一の出力を予測するまでには至っていない。本稿は「短縮語は短いほど良い(the shorter, the better)」という前提に基づく従来の分析に対し,単語分節という全く別の観点からの分析を提案する。この分析では,5モーラ以上の長さの単純語は音韻的には実は複合語(疑似複合語)であり,その後半部分が削除されることにより短縮形が生成されると分析する。この分析により,長い単純語の短縮パターンが説明できるだけでなく,単純語の短縮と複合語の短縮(携帯電話 → ケータイ)を同一のプロセスとして一般化できる。さらには,4モーラと5モーラの境界が関与する他の言語現象と短縮語形成の共通性もとらえられるようになる。
東条, 佳奈 黒田, 航 相良, かおる 高崎, 智子 西嶋, 佑太郎 麻, 子軒 山崎, 誠 Tojo, Kana Kuroda, Kou Sagara, Kaoru Takasaki, Satoko Nishijima, Yutaro Ma, Tzu-Hsuan Yamazaki, Makoto
医療記録データには、複数の単語が連結された合成語が多く存在する。そのため、自然言語処理を効率的に行うためには、合成語の語構成や、それらの構成要素の意味に着目し、合成語の構造を明らかにする必要がある。しかし、医療記録は非公開という資料的特質のため、言語学的な調査があまり行われてこなかった。また、医療関係者における意味のある言語単位も定まっておらず、整理の必要があった。こうした背景に基づいて作成した言語資源が『実践医療用語_語構成要素語彙試案表 Ver.2.0』である。本試案表は、『実践医療用語辞書ComeJisyoSjis-1』より抽出した合成語より作成した『実践医療用語_語構成要素語彙試案表Ver.1.0』を更新したもので、7,087語の合成語について、それぞれを構成する語構成要素6,633種と、語構成要素に付与した意味ラベル41種を収録している。本発表では、Ver1.0からの変更点と、本言語資源の特徴、意味ラベルに注目した語構成要素について概観を行った。
中山, 恵利子 NAKAYAMA, Eriko
1997年,1998年に厚生省(当時〉がカタカナ語の適正化を図るための通達を出したにもかかわらず,2000年に導入された介護保険制度の用語にはカタカナ語が目立つ。そこで,実際の現場で高齢者に対してどの程度カタカナ語が使われ,高齢者がどの程度理解しているのかを,高齢者と介護サービス提供者双方へのアンケート調査ならびに聞き取り調査により調べた。その結果,次のようなことがわかった。(1)介護現場では,カタカナ語のほかにカタカナ略語,カタカナ語の辞書的説明,生活場面に即した言い換え語などさまざまな言葉が併用されている。(2)高齢者に対する介護サービス提供者のカタカナ語の使用には配慮が見られるものの,高齢者が理解していないのにカタカナ語が使われている可能性も高い。(3)厚生省が通達した言い換え語は介護現場ではあまり使われていない。(4)カタカナ語に拒否反応を示す高齢者は少なくない。
上野, 善道 UWANO, Zendo
岩手県田野畑村方言の形容詞につき,5モーラ語から9モーラ語までの資料を提示し,分析をする。前稿の2~4モーラ語と合わせた形容詞のアクセント体系は次の特徴を持つ。長さを問わず,次末核型は常にある。それに対して,無核型は少数派で3~7モーラ語にしかなく,しかも5モーラ語以上では語構造に偏りがある。この2つの基本型に加えて,3~7モーラ語には語頭核型もあり,5モーラ以上の例は強いマイナス評価の意味と連動しているという特徴を持つ。
スルダノヴィッチ エリャヴェッツ, イレーナ 仁科, 喜久子 SRDANOVIĆ, ERJAVEC Irena NISHINA, Kikuko
近年コーパス構築と利用に関してのさまざまな研究が展開しているが,本稿ではコーパス検索ツールSketch Engineの日本語版作成と利用方法について報告する。標準的なコーパス検索ツールと異なる点は,コンコーダンス機能以外に語に付随する文法とコロケーション情報をWeb上の1頁にまとめる"Word Sketch"機能を持ち,シソーラス情報や意味的に類似する語の共通点と差異を示す"Thesaurus"と"Sketch Difference" 機能を含むことである。現在のSketch Engine 日本語版はJpWaCという4億語の大規模Webコーパスを有しており,他のコーパスを搭載することも可能である。本稿では,Sketch Engineによるコーパス利用の例として日本語学習辞書に焦点を当て,さらに日本語学研究,日本語教育などへの応用の可能性について述べる。
須永, 哲矢 SUNAGA, Tetsuya
中古和文において,どこからどこまでを一語と認めるかという語認定には,従来明確な尺度がなく,既存の辞書の見出し語をあたっても,立項基準は感覚的・主観的なものであると言わざるを得ない。語と語の結びつきの強さ(コロケーション強度)を具体的な数値で示すダイス係数を取り上げ,「名詞+あり/なし/よし/あし」の組み合わせを例に,語認定の一つの客観的基準として,ダイス係数が有効であることを論じた。
田中, 章夫 TANAKA, Akio
方言の語法と,いわゆる標準語のそれとを比べてみると,両者の間には,「団塊型/累加型」「多能型/単能型」「微差保有型/微差消滅型」といった対応を認めることができる。方言と標準語の,こうした語法上の差異が,方書は味わいがあるとか含蓄に富むとか評され,標準語は理屈っぽくて,うるおいがないなどとされる一因になっていると考えられる。しかし,標準語の表現にみられる,上記の語法上の性格は,方言の差異を乗り越えたコミュニケーションに用いられる言語として,標準語が当然備えるべきものでもある。この論文は,このような,標準語の語法的性格が,江戸語・東京語をベースにして現代の標準日本語がかたちづくられてきたプロセスにおいて,どのように形成されてきたかを考察したものである。
Ishihara Masahide 石原 昌英
本稿では、複合語形成と接辞添加は表示(representation)が異なるというInkelas(1989)等の仮説に着目し、日本語動詞の分節音規則の適用に見られる接辞語と複合語の違いの説明を試みる。例えば、過去を表す接尾詞(-ta)の接辞が起こると、二つの子音が隣接するという環境で様々な規則が適用されて音の変化が起こる。しかし、似たような環境を造りだすと思われる複合語では、接辞語に見られるような音の変化が起こらない。これには、二つの異なる要因がある。まず、接辞語と複合語では造りだされる(音韻規則が適用する)領域の数が異なるという形態型表示の違いがある。つまり、接辞語は一つの領域を持ち、複合語は二つの領域を有する。次に、問題の音韻規則が一つの領域内で隣接する二つの子音にのみ適用されるという規則の特質がある。つまり、子音の隣接という条件は、領域を一つしか持たない接辞語でのみ満たされる。複合語内で隣接すると見られる二つの子音は、厳密の意味では(規則適用の観点からは)隣接していない。従って、問題の規則は接辞語でのみ効力を発し、複合語では適用されない。本稿ではまた、この問題に関する語彙的音韻論(Lexical Phonology)的な説明の問題点を指摘して適当ではないことを論ずる。
名嶋 義直
本稿では、まず日本語教育の必要性を、社会状況/保障教育/子どもの教育/複言語・複文化主義の観点から考察する。そしていわゆる「日本語教育基本法」の制定から日本語教育に対する社会的要請を読み取り、本学の日本語教育副専攻課程の存在意義を考察する。そして最後に、さらにその要請に応えるために取り組むべき課題を挙げ、本学の日本語教育副専攻課程における今後の教育のあり方についてその展開の道筋を整理して示す。
内山, 清子 岡, 照晃 東条, 佳奈 小野, 正子 山崎, 誠 相良, かおる
医療現場で用いられる電子カルテなどの記録文書(医療記録)に専門用語としての医療用語が大量に含まれている。医療記録に記載された言語情報を正確に理解・活用するためにはこれらの医療用語の理解が必要となる。医療記録に含まれる語には、複数の語からなる複合語や臨時一語も多く、これらは、病名、身体の部位名、処置名、薬剤名等、様々な用語から構成されている。しかし、現在はこの語構成要素の組み合わせのパターンや語構成要素間の関係などが曖昧である。そこで、本研究では複数の語からなる実践医療用語の語構成要素の抽出を試みた。語構成要素の条件を独自で定義した後、ComJisyoV5、と今後公開予定のV6の登録候補語に対象として、MecabMeCab0.996とUniDic-cwj-2.2.0を利用して形態素解析を行った。分割された単語の品詞情報を手がかりにして、単一単位となり得る品詞列を抽出した。次に抽出した候補リスト以外に語構成要素となる品詞列があるかについて検討を行った。
山崎, 誠
日本語には漢語を中心に同音異義語が多いと言われる。国立国語研究所(1961)『同音語の研究』は同音異義語に関する総合的な研究であるが,実際の個々の文脈において同音語がどのくらい出現するかという調査は管見の限り見当たらない。本研究では『現代日本語書き言葉均衡コーパス』を利用して,1サンプル中に漢語の同音異義語がどの程度現れるかを調査したものである。調査単位は短単位である。結果は,調査した図書館書籍(LB)の10551サンプルのうち,95.4%のサンプルに同音異義語の組が少なくとも1つ現れていた。同音異義語の組み合わせで多かったもの(頻度10以上)1082組を見ると,7割弱は「方・法」や「社・者」のような一字漢語が多く,「以上・異常」「自信・自身」のような二字漢語同士の組み合わせは約3割であった。またテキストに出現する同じ読みを持つ二字漢語の組み合わせを調べると,少なくとも約6割のサンプルに同音二字漢語の同音異義語が現れていることがわかった。
早川, 勇 HAYAKAWA, Isamu
近年,英語に持ち込まれた日本語語彙の数は激増しているが,ヨーロッパ諸言語の比ではない。The Oxford English Dictionary (OEDと略す)に限って述べるならば,初版では日本語語彙は派生語を含め60余語に過ぎなかった。その後の日本経済の発展もあり,第2版(1989)では約400語に達した。英語における語彙の歴史はOEDにその研究成果が集約されている。この辞書にはその語が文献のうえで最初に使われた年(初出年)が示されている。本調査はOEDに収録されている語を中心に約900の日本語語彙の初出年を確定するのが目的である。これまでOEDの記述に遺漏はないと思われてきたが,日本語語源の語彙に関する限りかなりの不備があることが筆者の研究で明らかになった。第2版以降の追加(Additions)分も加えかつJapanの派生語も含めると, OEDには約550語が収録されている。筆者の調査で,このうち約260語について初出年を早めることができた。この初出年書き換えにより,日英(日欧)の文化交流の歴史も同時に書き換えることができたと筆者は信じている。
藤井, 聖子 佐々木, 倫子
日本語教育センター第二研究室では、現在、英語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語それぞれの言語に関して、日本語との対照研究を進めている。日英対照としては、現時点では、談話・語用論上の対照を押し進めるため、会話スタイルの分析を行っている。日西では、統語現象と意味の問題を取り上げている。日葡対照としては、ブラジル人と日本人との言語接触の局面を、社会言語学的アプローチで調査している。日仏では、音声、特にアクセント、イントネーション、音声言語コミュニケーションに付随するジェスチャーを取り上げ、音声及びパラ言語の領域における対照を進めている。
セリック, ケナン 麻生, 玲子 中澤, 光平
本稿では、明治期の八重山語(石垣島方言)の語彙資料の手書き原稿の翻刻を提示する。『海南諸島單語篇』(副題『沖縄懸下八重山島單語』)と題する本資料は植物学者の田代安定が1880年代に実施した実地調査に基づいて作成したもので、現在、東京大学理学図書館で保管されている。この資料は収録語数が800語を超えており、また、表記が八重山語の重要な音韻的対立を反映している。このように、八重山語の纏まった正確な語彙資料として最古のものであると考えられる。このため、八重山語の研究および研究史にとって極めて重要な価値がある。
フレレスビッグ, ビャーケ FRELLESVIG, Bjarke
本論文は「オックスフォード上代日本語コーパス」の用例に依拠して,上代日本語における動詞「する」の主要な用法を記述しようとするものである。主要な論点は,上代語の「する」は語彙的な用法をもたない純粋に機能的な要素であって,語彙的用法をもつ現代語の「する」とは相違していることを示すことにある。あわせて上代語の「する」を軽動詞(light verb)とよぶことの適否と,印欧語におけるdo動詞がそうであったように,上代語の「する」もまた語彙的な用法をもつ「重たい」動詞が文法化されることによって生じたとみなすことの適否についても簡潔に論じる。
鄧, 牧 DENG, Mu
先行研究では,大正期に入ってから,外来語は本格的に増加し始めたとされる。本研究では,日本初の外来語辞典及び新語辞典を含めた,大正期に刊行された10種の新語辞典を調査対象に17911語を抽出し,大正期を初期・中期・後期に分けてこの時期の外来語の増加について計量的考察を行った。新語辞典による調査を通して,大正初期の新語辞典に見られる外来語は,抽出語全体の8割近くを占めていることが明らかになり,その多くは明治期,及び明治以前の時代から日本語に入ったものだと考えることができた。そして,大正初期・中期・後期という時代ごとにそれぞれの特徴が観察された。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
2007年10月に中国北京日本学研究センターで開催された国際シンポジウムにおいて,最近の日本語研究の新動向の一つとして,「言語問題への対応を志向する日本語研究」の事例を紹介した。国立国語研究所の「外来語」言い換え提案を取り上げることにより,日本語の体系や構造,あるいは日本語の使用実態に関する調査研究を基盤としながらも,さらにその先に日本語の現実の問題を見据えた総合的・実践的な「福祉言語学」の一領域が既に開拓されていることを示した。
渡辺, 友左 WATANABE, Tomosuke
オトウサン・オカアサンという語はもともと江戸語にはなかった,明治に入ってから文部省が国定教科書を編纂したときに新しく作った語である,ということが巷間よく言われている。しかし,江戸語と近世上方語,それに江戸期から明治期の全国各地の方言を調べてみると,そうではないことがわかる。オトウサン・オカアサンという語は江戸語にも存在していたし,各地の方言の中にも存在していた。文部省がしたことは,当時全国各地に広く分布していたに違いないトウおよびカアを語基とする方言(たとえば,トウ・カア,トウヤー・カアヤー,トウヤン・カアヤン,オトウサ・オカアサ,トウチャン・カアチャンなどなど)の中から,オトウサン・オカアサンという語形を標準語として取り立て,国語教科書に採用したというだけのことである。
石井, 久雄 ISII, Hisao
現代語のある表現・意味を,古代語ではどのように表現していたか。その問題にかかわる研究領域は,表現史として設定されうるであろう。そうして,その研究の成果の集約として,現代語=古代語辞典の編集を想定しながら,どのような作業がかんがえられるかを,のべる。(1)語彙研究の成果を検討する,(2)古代語作品の現代語訳を検索する,(3)古辞書を利用する,(4)古語辞典の記述を参照する,というような作業である。
桑原, 陽子 山口, 美佳 KUWABARA, Yoko YAMAGUCHI, Mika
本研究では,中国語系初級日本語学習者が日本語で書かれたホテル検索サイトの情報をどのように読み,その過程にどのような困難点があるのかを明らかにするために,中国語系初級日本語学習者11名にホテル検索サイトの2つのホテル情報を読んでもらい,その読解過程を学習者による内省報告とインタビューによって調査した。その結果,次の(i)から(iii)のようなことが明らかになった。(i)中国語系初級日本語学習者は,ホテル検索サイト内で出現頻度の高い,「ツイン」「フロント」のようなカタカナ表現や,ホテル検索サイトに特徴的な「貸し切り風呂」などの表現を理解するのが困難である。(ii)中国語系初級日本語学習者は,漢字に頼りすぎる傾向があり,ひらがなで書かれた「ない」などの活用語尾,「のみ」などの助詞を見落として正しく意味が理解できないことが多い。また,漢字の意味だけをつなぎ合わせて,本来の意味を無視した,勝手な解釈をすることもある。(iii)中国語系初級日本語学習者は,辞書サイトや翻訳サイトなどの補助ツールを積極的に使用するが,それらのサイトは必ずしも正しい意味を提示せず誤訳も多い。そのため,辞書・翻訳サイトを使用した結果をうまく利用する技術が必要である。
陳, 毓敏 CHEN, Yumin
これまで中国語母語の日本語学習者の日本語の漢語習得研究に主に文化庁(1978)の枠組みが応用されてきた。この枠組みでは,日本語と中国語の意味関係がどのように対応しているのかによって,意味関係が同じ(Same),一部重なっている(Overlap),著しく異なっている(Different),同じ漢語が存在しない(Nothing)に分類されている。この枠組みのOverlapは日中で共通する意味が一般的に使用されているものと,ほとんど使用されていないものが混在している。また,Nothingには中国語の漢字知識を使って推測が可能なものと不可能なものがある。このため,中国語母語の日本語学習者の漢語習得の難易度の検証に適さない。本研究はこの点を解決するため,共通する意味の母語話者による使用一般性と意味推測可能性を考慮した新たな枠組みを提案し,その枠組みの分類に必要とされる意味使用の一般性と意味推測可能性の調査方法及び,試行例を紹介する。
間淵, 洋子 MABUCHI, Yoko
近代語と現代語の形態論情報付きコーパス『日本語歴史コーパス 明治大正編I 雑誌』と『現代日本語書き言葉均衡コーパス』を用いて,近代と現代との漢語語彙の比較を試みた。コーパスから網羅的に漢語を抽出・調査した結果,近代と現代との漢語語彙の差異および変化について以下の実態が明らかになった。
丸山, 岳彦 田野村, 忠温 MARUYAMA, Takehiko TANOMURA, Tadaharu
現在国立国語研究所において構築が進められている「現代日本語書き言葉均衡コーパス」が2011年に完成し,日本語初の大規模な均衡コーパスを誰もが利用できるようになる。これにより,諸外国,諸外国語に大幅な遅れを取っていた日本語のコーパス言語学的な研究は,新たな段階を迎えるものと期待される。「コーパス日本語学の射程」と題した本特集の巻頭論文として,本稿では日本語研究におけるコーパスの利用の歴史を振り返り,将来の展望やコーパスの利用をめぐって注意すべきいくつかの問題について述べるとともに,特集に収めた各論文について簡単に紹介する。
渡邊, ゆかり WATANABE, Yukari
近代以降に見られる付属語の「きり」の用法には,付属語の「きり」が現れたとされる近世前期上方語に存在しない用法があり,逆に,近世前期上方語において存在していた付属語の「きり」の用法の中には,近代以降見ることのなくなった用法も存在するが,付属語の「きり」の用法がどのようにして近世前期上方語に見られる用法から近代以降に見られる用法へと変遷していったのかについてはこれまでのところ具体的に考察されてはいない。従って,本研究においては,文学作品等から収集した表現例をもとに,付属語として用いられる「きり」の用法の変遷について考察を行った。その結果,付属語「きり」は,近世前期においては,主に体言句に後接して修飾成分を構成し,被修飾成分が表す事物の存在が許されている,あるいは義務付けられている期限を表すのに使用されていたが,時代が下るにつれて意味が拡張していき,近代以降には,限定の意味を含んだある種の属性を表す用法が現れたことなどが明らかとなった。
山崎, 誠 相良, かおる 小野, 正子 東条, 佳奈 麻, 子軒
本発表では、電子医療記録に含まれる実践医療用語の語構成を明らかにするために、独自に設計した語構成要素への分割とそれに対する意味ラベルの付与を行い、意味ラベルによる語構成のパターンを調査した。調査対象は、ComeJisyoSjis-1(111,664語)から、『分類語彙表 増補改訂版』に収録されている語を含む約7,000語から抽出した1,000語である。これらを短単位よりやや長めの語構成要素に分割し、意味ラベルを付与した。意味ラベルは、石井(2007)の複合名詞の語構造把握のための意味分類を参考にしたが、実践医療用語のために独自に設けたものも多い。分析結果から、以下のような点が明らかになった。(1)語構成要素数が2個と3個のものが全体の8割以上を占める。(2)意味ラベルは、「疾患」「身体部位」「状態」「症状」「医療行為」「時間」「生理」の7つで全体の約8割を占める。(3)意味ラベルは、語頭により多く出現するもの(「身体部位」「時間」)や語末により多く出現するもの(「医療行為」「症状」「障害」)などがあり、分布に偏りが見られる。
小川, 雅貴 岸山, 健 OGAWA, Masataka KISHIYAMA, Takeshi
「塗る」のような壁塗り代換を起こす日本語の動詞には,「動作によって移動する移動物」を目的語で表す移動物目的語構文(「壁にペンキを塗る」)と「動作の生じる場所」を目的語で表す場所目的語構文(「壁をペンキで塗る」)がある。両構文に共起する結果述語は,移動物目的語構文内で斜格語を修飾したり(「壁にペンキを【赤く】塗る」),場所目的語構文内で目的語を修飾したり(「ペンキで壁を【赤く】塗る」)して,「場所」の変化を表せる。しかし,同じ叙述対象の状態変化を表す2つの構文がどのように使い分けられるのかは明らかでなく,2つの内いずれが選ばれるのかを機能的に説明する必要がある。そのため,両構文での結果述語が,場所と移動物のどちらの変化を表する傾向が強いか調査する。ここでは,結果述語として形容詞連用形を取り上げ,形容詞が壁塗り代換動詞に係る文を分析する。さらに,「現代日本語書き言葉均衡コーパス」データに係り受け解析器KNPを適用し,統語構造に基づいてデータを抽出した過程も詳述する。
小河原, 義朗 金田, 智子 笠井, 淳子
各教育現場に応じた適切な支援を行うためには,多様化している日本語学習の現状を把握する必要がある。国立国語研究所では,国内外で学ぶ日本語学習者がどのような学習環境・手段で学習しているのかに関する調査を実施している。その結果,日本語環境にはない海外においても,学習者は日本語の授業以外の日常生活において,身の回りにある様々な人・物・場(機会)をリソースとして,日本語と様々な接触をしていることが明らかになった。
上野, 善道 UWANO, Zendo
琉球方言の一つ,奄美喜界島方言のアクセント資料として,今回は173語の複合語を取り上げ,その前部要素によって複合語のアクセントが決まるという規則は成り立たないことを示した。
落合, いずみ
アタヤル語(オーストロネシア語族アタヤル語群)において「要求する」を表す語məsinaについて、その起源をセデック語(アタヤル語群)との比較から考察し、アタヤル語群祖語を*əsaと再建し、本来は「言う・要求する」を表す語であったことを主張する。アタヤル語のməsinaは2通りの形態分析ができ、m-əsinaまたはmə-sinaであるが、いずれも語根と推定される**əsinaまたは**sinaは、セデック語の同源語が見つからない。一方セデック祖語に再建される「言う」は*əsaであり、同時に「要求する」という意味でもある。アタヤル語の特徴として最終音節のオンセット直後に挿入される特殊な接尾辞(化石中央接尾辞と呼ばれる)があり、形式は<in>である。アタヤル語では祖形*əsaに<in>が挿入され、əs<in>aが派生され、さらに「要求する」の意味のみに特化したのではないか。だとすればアタヤル語の「言う」を表す形式kayalの由来が問題になる。これはアタヤル語のkai「言葉」(アタヤル語群祖語*kari)に化石接尾辞-alが付加して、kai-alからkayalとなったのだろう。アタヤル語群祖語*əsaにはブヌン語asa「好む、必要とする、望む」やサイシヤット語oSa’「言う」などの同源形式もあり、これらからオーストロネシア祖語は*əSaと再建されうる。
張, 培華 Zhang, Peihua
日本で古典中の古典と言われている『源氏物語』は、世界文学の名著として、英語、フランス語、ドイツ語、中国語などの多くの外国語に翻訳されている。しかも同じ言語の中でも様々な訳者の新たな翻訳が出版されている。そのうち、翻訳の種類が最も多いのは中国語である。現時点で見られる四種類の英語訳より、倍以上となる十数種類の中国語訳が見える。周知の如く、中国経済発展のおかげで、中国の書籍の装丁も以前より良くなっている。しかし、翻訳の中身はいかがであろう。続々と出版された新たな翻訳はどういうものなのか。
間淵, 洋子
本発表は,本来漢字で表記されるはずの漢語が平仮名や片仮名で表記される事象を取り上げ,『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(以下,「BCCWJ」と表記)を用いて,その実態と背景を明らかにすることを目的とする。BCCWJ の網羅的な漢語の表記実態調査に基づき,個々の語の仮名表記率から,仮名表記が,主たる表記である語,ある程度一般的である語を特定した上で,仮名表記の定着度合いに,字体特徴(常用漢字表外字・音を含む語は仮名表記率が高いが,表内字でも仮名表記率の高い語がある),語の出現状況(語彙レベルが高い語ほど仮名表記率は低い),音声変位形の有無(「格好」に対する「カッコ」のような音転訛形を持つ語は仮名表記率が高い),意味分野(動植物や食物の分野では仮名表記率が高い),品詞(副詞用法を持つ語は仮名表記率が高い),レジスター(Web 媒体は仮名表記率が低い)等との関連性が見られることを示す。また,字体特徴にかかわらず,意味分野や品詞において特定の語彙群に同様の傾向が見られるのは,表記選択に類似性に基づく合理化作用が働くことによると主張する。
杉本, 貴代 SUGIMOTO, Takayo
先行研究から,日本語モノリンガル幼児の連濁には,複合名詞主要部(N2)のピッチアクセント(韻律要因)と単語の長さ(形態要因)が関与していることが示されてきた。日本語と外国語のレキシコンを発達させている子どもではどうだろうか。本事例研究では,バイリンガル児2名を対象に複合名詞産出課題を行った。その結果,日英バイリンガルと日中バイリンガルはモノリンガルと同様に,平板型3モーラ語の連濁が先行し,2モーラ語の獲得へと進むことが分かった。また,縦断研究から,日英語同時バイリンガル児は,平板型アクセント語の連濁を先に獲得し,頭高型アクセント語の連濁が後から完成してくる過程が確認された。モノリンガル児は,平板型と頭高型アクセントの2モーラ語の連濁を徐々に獲得していくのに対し,日英バイリンガル児はアクセント型に沿った規則に忠実で,一気に獲得していく過程であることを論じた。
朱, 京偉 ZHU, Jingwei
本稿は,『哲学字彙』初版・再版・三版の訳語の性質を明らかにしようとして,初版訳語の調査(1997)に続き,再版と三版の訳語をとりあげて検討したものである。再版については増補訳語の字数別で,また,三版については収録語の急増をもたらした四つの面,つまり,見出し語と訳語の増加,小見出しの増加,注脚付き語の増加,および哲学者人名の増加から,それぞれ検討した。再版の増補訳語の中で,とくに日中の現代語でともに現存するC類語とD類語に注目するほか,現存する一部の三字語・四字語にも留意すべきであろう。一方,三版の改訂が幅広く行なわれたため,増補訳語も,専門語に偏るものと一般語に偏るものとが混在していて,『哲学字彙』の専門語辞典としての性質を多様化するとともに,曖昧化してしまった。明治末期における三版の位置付けといえば,かつて初版が持っていた先進性が失われ,単なる対訳辞書の一種に過ぎなかったのかもしれない。
山元 淑乃 金城 尚美 Yamamoto Yoshino Kinjo Naomi
本研究は、ハワイ在住の沖縄県系人に焦点を当て、日本語学習意欲と学習目的、留学に対する意識、沖縄文化に対する関心度を調査することにより、沖縄県系人にとっての日本語学習ニーズ、継承言語または外国語としての日本語学習の位置づけ、沖縄文化に対する興味と留学希望との係わりを明らかにし、沖縄県系人の沖縄留学促進のための課題を探った。アンケート調査により、世代の推移に伴い日本語運用能力の低下がみられる反面、日本語学習や沖縄留学に対する意欲は若い世代の方が高くなる傾向があるという結果が得られるとともに、今後の沖縄留学促進に向けた課題が浮き彫りになった。
西内, 沙恵
日本語非母語話者は,形容詞用法の習得過程において形容動詞との活用の混同,時制の間違いなどを経るが,これらの文法規則こそが日本語形容詞使用における特性といえるか。本研究では,次元形容詞「高い」を題材にその構造と意味表出の関係を分析し,I-JAS で得られた日本語非母語話者の使用への観察から,日本語らしい使用の特性を明らかにする。
渡辺, 美知子 外山, 翔平 WATANABE, Michiko TOYAMA, Shohei
筆者らは,言い淀み分布の日英語対照研究のために,『日本語話し言葉コーパス(CSJ)』中の模擬講演データに類似した『英語話し言葉コーパス(COPE)』を構築している。本稿では,まず,アメリカ英語話者20名のスピーチからなるこのコーパスの概要を紹介した。次に,その中でのフィラーの分布を日本語のフィラーの分布と比較した予備的考察について述べた。100語あたりのフィラーの頻度は,英語が4回/100語,日本語が6回/100語だった。しかし,単位時間あたりの頻度に有意差はなかった。また,日本語の方が英語よりも,頻度に男女差が大きかった。さらに,文境界と節境界におけるフィラーの出現率を両言語で比較し,それに関係する要因を調べたところ,日本語では性別の影響が最も大きいのに対し,英語では,文頭か非文頭かの要因の影響が最も大きかった。今後も,個人差を考慮して,対照研究を進める予定である。
石井, 正彦 ISHII, Masahiko
ある程度の規模の語彙調査を行うと,得られた語彙(語の集合)は少数の高頻度語と大多数の低頻度語とに分離することが知られている。しかし,文章においてなぜ多くの低頻度語が用いられるのかという問に,いまだ明確な解答は与えられていない。それは,計量語彙論の主要な関心が高頻度語に注がれたためであり,また,より本質的には,低頻度語を語彙論的に特徴づけることが困難であるためである。小稿は,低頻度語の出現(使用)を規定する「機構」は,語彙にではなく,文章の側に存在すると仮定した上で,そのような文章上の「機構」を明らかにするためには,当面,大きな文章の全数語彙調査によって得た低頻度語を対象に,その使用を具体的な文章表現の中で見ていくことが必要であると主張する。この主張の妥当性を確かめるために,国語研究所が実施した「高校教科書の語彙調査」中の『物理』教科書における頻度1の語に注目し,その出現に有意に関与する文章上の諸「特徴」を見出す。さらに,それら諸「特徴」をもとに低頻度語の出現を規定する文章上の「機構」を解明する見通しと,そのための課題について述べる。
張, 瑜珊 穆, 紅 野々口, ちとせ CHANG, Yusan MU, Hong NONOGUCHI, Chitose
地域日本語教育を中心に外国人と日本人が共に学ぶ日本語教室づくりが広がりを見せている。こうした双方向的な学び合いをコンセプトとする教育実習に実習生として参加したとき,日本語非母語話者実習生はこの新規学習体験をどのように受け止めるのだろうか。本稿は,個人別態度構造分析(PAC分析)の手法を用いて,ある中国語母語話者実習生の受け止め方を探ったものである。具体的には,この実習生の日本語教師に関するイメージ構造を実習参加の前後で分析し,教師イメージとそれまでの経験の交差を見た。その結果,《実用的な日本語を授ける教師》から《多様な学習者ニーズに応える教師》へと教師イメージの質的な変容が見られ,実習後には,共生社会における日本語教師の役割や,学習者との学び合いに関する気づきが観察された。
長田, 俊樹
筆者は、主に言語学以外の自然人類学や考古学、そして民族学の立場から、大野教授の「日本語=タミル語同系説」を検討した結果、次のような問題点が明らかとなった。
スルダノヴィッチ, イレーナ SRDANOVIC, Irena
近年,日本語のコロケーション辞典など,コロケーションを記載したリソースも現れてきたが,現代日本語の大規模コーパスを用いた記述的コロケーションデータはまだない。また,直感と経験に基づいて作成された日本語教科書などの教育用の教材においても,コロケーションに関しては注目度が低い。そこで本稿では,「形容詞+名詞」の組み合わせによるコロケーションに焦点を当て,BCCWJ・JpTenTenという2つの現代日本語コーパスからコロケーションを取り出し,1)「形容詞と名詞のコロケーションデータ」,2)「日本語教育のための形容詞と名詞のコロケーション辞書」の2種のリソースの作成方法を提示し,「高い」を記述モデルの一例として日本語教育への応用方法を示すことを目的とする。1)の「形容詞と名詞のコロケーションデータ」は,500語の形容詞を対象にして,シンタクスを考慮に入れて抽出した名詞とのコロケーションおよびその前後文脈をコーパスごとに整理し,比較できるようにするものである。現時点では,100億語のコーパスJpTenTenから取り出した500語の形容詞とその名詞とのコロケーションデータ(23247語)を取り出すことができ,BCCWJからの抽出は進行中である。2)の「日本語教育のための形容詞と名詞のコロケーション辞書」は,すべての形容詞の62%をカバーする25語の基本的な形容詞について詳細に記述することを目指す。そこで,高頻度の形容詞「高い」を取り上げ,コロケーションデータの分析結果を提示し,前述の「形容詞と名詞のコロケーションデータ」を基にした「日本語教育のための形容詞と名詞のコロケーション辞書」の基盤作りを示す。能力レベルによって分類された辞書項目は,被修飾名詞の語彙マップを作成したり,ジャンルごとの特有な情報を併記したりして,学習者の学習困難なコロケーションに焦点を当てて記述する。最後に,これらのデータが示唆する様々な理論的・応用的研究の発展可能性について検討する。このような形容詞のコロケーションデータが整備されることにより,従来,日本語を対象としては作成されてこなかったデータを提供し,今後の日本語学の語彙と文法の研究や資料作成,および日本語教育用教材・シラバス作成のために資することが期待できる。
島崎, 英香 Shimazaki, Hideka
本発表では、中国語を母語とする日本語学習者(以下中国人学習者)による副詞の使用状況について習熟度別に分析する。I-JASの話し言葉タスクを用いて、日本語母語話者と比較し中国人学習者による副詞の過剰使用、過少使用の傾向を調査した。調査の結果、以下の点が明らかになった。
Shimoji Michinori 下地 理則
本研究の目的は伊良部方言のクリティック(付属語)を記述することである。通言語的にみて、クリティックという用語は音韻的に従属した単語ないしそれに類似した形式に対して用いられるが、それに準じたうえで本研究では伊良部方言の以下の形式をクリティックに認定する: 格助詞、とりたて詞、副助詞、終助詞。形態統語的にみると、これらの形式は句に接続する点で接辞とは明確に異なり、一方でその出現環境の単純さ(句末)および統語規則(移動規則・削除規則)の適用状況から語とも区別される。音韻的には、ホストと同一の音韻語をなす内部付属語と、ホストが形成する音韻語の外側にある外部付属語の2種に区別できる。
中俣, 尚己 麻, 子軒 NAKAMATA, Naoki MA, Tzuhsuan
『日本語会話話題別コーパス:J-TOCC』の語彙表を公開する。表は2種類で、15ある話題間での特徴度を比較するための粗頻度ならびにLLRの表と、各話題ごとに、240名の調査協力者がそれぞれ何度その語を使用したかというデータを収めた表である。前者の表はどの話題に特徴的かという偏りを表し、後者の表は、ある話題を与えられた時に母語話者の何%がその語を使用するかという「使用者割合」を取り出せる。本プロジェクトの最終目標は日本語教育に役立つ「話題—語彙情報サイト」の構築であるが、現場に役立つ形で情報を整理するにはこの2種類の情報が必要であることを主張する。語の使用者の幅を見る指標としてはtf-idfなども存在するが、検討の結果、本データでは使用総頻度の影響が大きすぎることがわかった。一方で、LLRは語の特徴語を効率よく抽出できるが、多義語など、他の話題の影響で値が低くなることもある。使用者割合はその点をカバーすることができる。
朱, 京偉 ZHU, Jingwei
本稿に先立って,筆者は,朱京偉(2011a,2011b)で蘭学資料の三字漢語を考察し,在華宣教師資料の三字語との比較対照を行なった。また,朱京偉(2011c)で蘭学資料の四字漢語を取り上げ,できる限りその全体像を描いてみた。これらに続く作業としては,在華宣教師資料の四字語を検討し,蘭学資料の四字漢語との比較を行なうことである。このような日中対照を通して,19世紀当時の,日本語の四字漢語と中国語の四字語のそれぞれの特徴を明らかにすることによってはじめて,両者間の影響関係を正しくとらえることができると考える。結論からいうと,在華宣教師資料の四字語は,基本的な構成パターンで蘭学資料の四字漢語と大差がないように見えるものの,その中身をくわしく検討すると,語数が全体的に少ない上,語基と語基の結合関係の分布も異なる。こうした語構成上の相違は,多かれ少なかれ日中両言語の四字語の造語力に影響を与えたと思われる。
本多, 由美子 三枝, 令子 Honda, Yumiko Saegusa, Reiko
本研究では医学書テキストにおける「たとえる表現」の一端を明らかにする目的で接尾辞「状」に注目し、用法を分析した。調査には医学書5冊(約450万語)のデータを用いた。分析の結果、前接する語には「S、線」など形そのものを表すもの、「粥、海綿」など質的な様子も表す語、「嚢胞、結節」などの部位が変化した形を表す語が多く、後接する語には「血管、結腸」などの体の部位や「陰影、硬化」など病態を表す語が多かった。「状」の後は名詞が最も多いが、3割程度は「の」を介した名詞修飾や「に、と」などを介した動詞修飾用法であった。『現代日本語書き言葉均衡コーパス』の書籍に付与されたNDC情報を用いて比べたところ、「状」は医学において多用される語であることが示唆された。また、同じ「たとえる表現」の接尾辞「様(ヨウ)」と比較した結果、「様」の前には疾患名のような状態全体を表す語が見られ、用法の違いが観察された。
呉, 寧真 WU, Ningchen
本稿は,中世語における複合動詞の主体敬語形の実態を明らかにした。中古語には前項と後項が敬語独立動詞になる「両項敬語形」がみられるが,中世語にはそのような形がみられない。中世語には,「敬語独立動詞+動詞+る・らる」のような,複合動詞の前項が敬語独立動詞になり,更に後項に敬意を表す助動詞を用いる「両項敬語形」があるが,中古語にはその形がみられない。従って,中古語と中世語では複合動詞の敬語形の用い方に差があると考えられる。そこで,中世語を中世前期と中世後期に分け,中世語にもみられる,中古語と同じ形の「一項敬語形」が中古語と同じ使い方であるかどうかについて確認した。その結果,中世語の複合動詞が敬語形になる場合,異なる形で敬意差を表し分けていることが分かった。中世前期では,2種類の敬語独立動詞を有する動詞は,より敬意が高い敬語独立動詞を用いる形と,一般的な敬語独立動詞を用いる形で敬意差を表す。1種類の敬語独立動詞しか有さない動詞は,「敬語独立動詞+後項」に更に尊敬の助動詞を後接させる形と,「敬語独立動詞+後項」や「前項+後項+る・らる」の形で敬意差を表す。中世後期では,2種類の敬語独立動詞を用いる複合動詞がみられない。1種類の敬語独立動詞しか有さない動詞は,「敬語独立動詞+後項+る・らる」や「前項+後項+せらる・させらる」と,「前項+後項+る・らる」の形で敬意差を表す。ただし,中世語の複合動詞の例数は多いが,複合動詞の敬語形の例数は少ない。複合動詞を敬語形にすることが減少したものと考えられる。
Delbarre Franck デルバール フランク
筆者はこれまでに、フランコプロヴァンス語域における諸方言の書記法の歴史について論文で取り上げた。本稿では新たな試みとして、ビュジェー地方南部で話されている(いた)フランコプロヴァンス語の諸方言の書記法、文字の特徴、多様性について、現代フランス語との比較を行う。結果として現れた特徴の内、現代フランス語にも存在するリエゾンが、ビュジェー地方のフランコプロヴァンス語の諸方言においてどのように記されているかを検証する。それにより本研究は、フランコプロヴァンス語の諸方言研究の一助となろう。
近藤, 明日子
明治前期の語彙の特性を明らかにすることを目的として、明治前期の書き言葉を代表する資料『明六雑誌』『東洋学芸雑誌』と明治中期以降の書き言葉を代表する資料『国民之友』『太陽』との語彙の頻度を比較し、『明六雑誌』『東洋学芸雑誌』に有意に高頻度な語(特徴語)を抽出し、その特性を考察した。その結果、①文語体・漢文訓読文由来の語、②一字漢語、③新しい事物・概念を表すための新語で後に別語に置き換わった語、④新しい事物・概念を表すための新語で後に事物・概念の衰退とともに衰退した語、⑤『明六雑誌』『東洋学芸雑誌』で特にとりあげられた話題と関連する語、という主に5種の類型の特性を有することが明らかになった。
西内, 沙恵 NISHIUCHI, Sae
次元形容詞として,日本語には「高い」が,スペイン語には「alto」がある。「あの弁護士は背が高い」のように,日本語では次元的意味を表出するために二重主語文の構造が必要となる場合がある。一方,「alto」は興味深い通時的意味変化を遂げた多義語であるが,「高い」のような文法的制約を持たない。これらの形容詞の多義の表出について,文法と意味の関係から考察をまとめ,その使われ方の相違を対訳本の調査から分析する。一方の言語で高さを表す形容詞表現が,叙述用法ないし修飾用法で使われている場合に,もう一方の言語でどのように表されているかを観察し,日本語とスペイン語の高さを表す表現の違いを明らかにする。調査の結果,「高い」の使用には叙述用法が多く数えられた。対して「alto」は,修飾用法による次元性以外の意味表出の使用が目立った。日本語の次元的な意味の表出に,二重主語構文にかかる換喩の特性が関わっていることを指摘し,様々な文法現象の成立にかかる換喩現象が,日本語とスペイン語の形容詞の意味表出にも関わっていることを提言する。このことから,それぞれの言語の異なる語彙で,共通の枠組みが表現に反映されていることを考察する。また,形容詞の類型論的分析には研究の蓄積があり,日本語の叙述傾向と印欧語の修飾傾向が示されている。本研究では多義性の観点からこの傾向の成立を再考する。
黄, 均鈞 霍, 沁宇 田, 佳月 胡, 芸群 HUANG, Junjun HUO, Qinyu TIAN, Jiayue HU, Yiqun
本稿では,中国から来日した一人の日本語専攻生Iさんを対象に,彼女が来日前及び来日後に参加した複数のコミュニティへの参加過程を分析した。調査はIさんに対して一年半に渡り,5回の半構造化インタビューを行い,そのデータをSCAT(Steps for Coding and Theorization)を用いて分析した。分析の結果,中国の大学の日本語授業とゼミ,日本の大学(院)の授業とゼミ,また,より大きな研究者コミュニティや学術コミュニティに参加することを通して,Iさんは学術コミュニティへの参加姿勢が能動的になったことが確認された。分析の結果に基づき,筆者らは学術コミュニティ間の移動が中国人日本語専攻生に何をもたらしたのかをアイデンティティ変容の側面から考察した。その結果,中国人日本語専攻生の持つ固有のアイデンティティに加え,日本語学習者と日本語使用者が統合された「日本語話者」,さらに大学院に進学することによるキャリア転換がもたらす「〇〇専門家」という多層なアイデンティティの獲得があったことが分かった。最後に,本調査結果を踏まえた日本語教育への提言として,「学習者と接する際の見方の転換」,「キャリア形成を踏まえた上での日本語教育」,及び「学びの実感を生み出す授業の工夫」という三つを指摘した。
ライマン, オバタ・エツコ REIMAN, Obata Etsuko
1993年出版のアメリカの雑誌34種(主に9月号)を共時的に調査し,渡米語の状況を報告する。普通名詞,固有名詞,疑似英語の3カテゴリーに分類して,一覧表を作った。それぞれの分野からののべ総合計は3,462語(454+1,948+1,060)となった。この抽出した渡米語の存在有無を調べた辞書4冊(1987~1988)-アメリカ出版-の渡米語も比較しながら,さらに一般の人々の生活のレベルでの渡米語をアリゾナ州首都フィニックス近辺を中心に調査した。出版資料を補う意味での現実の実態をマルチでとらえる方法を指摘した。この生活の中でのアクティヴな語彙(active vocabulary)をも含めた将来の辞書の形をさぐる。
迫田, 久美子 小西, 円 佐々木, 藍子 須賀, 和香子 細井, 陽子 SAKODA, Kumiko KONISHI, Madoka SASAKI, Aiko SUGA, Wakako HOSOI, Yoko
本稿は,共同研究プロジェクト「多文化共生社会における日本語教育研究」が進めている多言語母語の日本語学習者の横断コーパス(通称I-JAS)について概説した。
梶原, 滉太郎 KAJIWARA, Kōtarō
日本語においてく温度計〉を表わす語は江戸時代に出現する。そして江戸時代と明治の10年ごろまでは「験温器」を中心として他に多くの異語形があった。明治10年代の後半からは新しく「寒暖計」が中心的存在となり,さらに勢力を強めて昭和40年ごろまで広く使われた。しかし,それ以後は「温度計」が中心的存在となって現在に至っている。〈温度計〉を表わす語には異語形がずば抜けて多い。そして,昭和の後半に至って,すでに定着していた「寒暖計」にかわって「温度計」が中心的存在となったことも,他の漢語に比べて非常に珍しい例である。「温度計」が「寒暖計」よりも優勢になった理由として,「寒暖計」という語のもつ意味領域の狭さがあると思われる。すなわち,「寒暖計」という語は人間の皮膚感覚の受け付ける範囲を基準にして命名した語なのである。
上野, 善道 UWANO, Zendo
奄美徳之島浅間方言のアクセント資料の続きを提示する。今回は,上野(1983, 1985)の5~8モーラ語,および上野(1987b)の4モーラ語の2種類の語彙リストを用いて調査をした結果を掲げる。本稿で扱う調査項目は1400語あまりとなる。
日向, 茂男 HINATA, Shigeo
日本語においても重なり語形,あるいは重ね言葉と呼んでよいような表現形式がいろいろと目に付く。ここでは,日本語の一回語形,重なり語形の問題を広く考察し,また,日本語教育上,問題となる点を考察するための基本資料の一部として,以下のふたつの資料を作成した。
呉, 佩珣 近藤, 森音 森山, 奈々美 荻原, 亜彩美 加藤, 祥 浅原, 正幸 Wu, Peihsun Kondo, Morine Moriyama, Nanami Ogiwara, Asami
『分類語彙表』の見出し語と『岩波国語辞典第五版タグ付きコーパス2004』に含まれる国語辞典見出し語との対応表を作成した。分類語彙表は統語・意味に基づいて見出し語を分類したシソーラスであるが、その語義を規定する語釈文を含んでいない。そこで、岩波国語辞典の見出し語と対照させることで対応表を構築し、統語・意味分類と語釈文を結びつける作業を行った。作業は、見出し語表記による2部グラフを構成し、対応する見出し語対を抽出することによる。本作業は5人の作業者により平行して進めた。本作業結果により、『現代日本語書き言葉均衡コーパス』に付与された2種類の語義情報(分類語彙表番号・岩波語義タグ)との対照比較ができるようになった。本発表では、情報付与作業の方法と基礎情報を報告する。
橋本, 和佳 HASHIMOTO, Waka
現在では,外来語の使用が拡大している。外来語の中には一過性の語や専門用語も多いが,語彙教育のためには,時間,分野をこえてよく使用される語群をつきとめることが必要である。そこで,本稿では,教育の場で使用され,多くの人が目を通す高校国語教科書を対象とした外来語の語彙調査を行った。1975年から1977年の間に文部省の検定を受けた9冊の高校国語教科書から,外来語をすべて抜き出し,語彙表を作成した。また,国語教科書を文学作品と学習欄に分類して考察を行った。文学作品には一般に広く使われる具象語が多く,一方,学習欄には国語教科書らしい抽象語が多いことが明らかになった。さらに,本調査における高頻度語彙,広範囲に出現する語彙,他の語彙調査と共通する語彙を選び出し,これらを本稿における基本的な語彙とした。無制限に使用されているように見える外来語であるが,高頻度語彙や広範囲に出現する語彙はごく少数であり,各資料の性格によっても異なることが明らかになった。
迫田, 久美子 蘇, 鷹 張, 佩霞 SU, Ying ZHANG, Pei-xia
「念押し」表現とは,「今,週三日働いていますが,二日にしたいです。いいですか?」「昼食を食べるなら和食が好きです。よろしいですか?」の「いいですか?」「よろしいですか?」のように,話し手の意向や要望などのまとまりのある文の後に,聞き手に是非を確認する疑問文形式の表現を指す。本研究は,多言語母語の日本語学習者横断コーパス(I-JAS)のロールプレイに見られる「念押し」表現が中国語話者に多く見られたことから,母語の影響を考え,その可能性を探ることを目的とする。日本語学習経験のほとんどない中国語母語話者同士12組および日本語母語話者15組を対象として,同じロールプレイを実施し,「念押し」表現の出現を比較した。その結果,日本語母語話者には出現しなかったのに対し,中国語母語話者同士では,12組中8組(67%)の割合で「念押し」表現が使用されており,中国語の母語の影響の可能性が高いことが明らかになった。
松田, 陽子 前田, 理佳子 佐藤, 和之 MATSUDA, Yoko MAEDA, Rikako SATO, Kazuyuki
本稿は,日本で大きな災害が起きたとき,日本語に不慣れな外国人住民に,必要な情報をどう提供すべきかについての検討を進めてきた研究成果の一部である。95年に起きた阪神・淡路大震災以来,社会言語学や日本語教育学を専門とする言語研究者が集まり,日本語にも英話にも不慣れな外国人居住者に対して,災害時には「どのような情報を」「どう流すのか」について考えてきた。本稿は,最後の課題である「どういう手段で」について論じたものであり,「簡単な日本語での日常会話ができる程度の外国人にも理解できる日本語を用いた災害情報の表現のしかた」および「その有効性」について記した試論である。今回提案したやさしい日本語の表現を用いて,日本語能力が初級後半から中級前半程度の外国人被験者へ聴解実験を行ったところ,通常のニュース文の理解率は約30%であったが,やさしい日本語を用いたニュースでは90%以上になるなど,理解率の著しく高まることが確認された。
金 彦志 方 貴姫 韓 智怜 韓 昌完 Kim Eon-Ji Bang Gui-Hee Han Ji-Young Han Chang-Wan
障害学生のための文化芸術教育が特殊学校において様々な形で実施されているが、障害学生のための具体的かつ長期的な支援策が設けられていないのが現状である。これにより学校現場での文化芸術教育活性化に困難があると言える。本研究では、障害学生の文化芸術に関する先行研究の考察と特殊学校における障害学生文化芸術教育の実態把握を通じて、今後の学校教育課程における障害学生文化芸術支援の方向に対する政策案を提示した。特殊学校文化芸術教育の実態調査では、韓国の特殊学校153校を対象に実施しており、音楽教科の場合、118校(77.1%)の担当教師181人が回答し、美術教科の場合、98校(64.1%)の担当教師154人が回答している。アンケート調査の結果をもとに、芸術教科担当教師の専門性の確保、芸術教科プログラムの多様性の確保、文化芸術教育環境の改善と専門人材のネットワーク構築など、特殊学校で適用可能なサポートの方向を提示した。
淺尾, 仁彦
本研究では,形態素解析辞書『UniDic』への語構成情報の付与について紹介する。語構成情報とは,例えば名詞「招き猫」は,動詞「招く」と名詞「猫」の複合語であるといった情報を指す。日本語について語構成の情報が付与された公開データベースは,複合動詞など特定のカテゴリに限定されたものを別とすれば,管見のかぎり存在しない。このデータベースでは,『UniDic』に対して語構成情報をできるだけ網羅的に付与し,品詞・語種・アクセントなど『UniDic』に元々含まれている情報と組み合わせることにより,「名詞+動詞の複合名詞」,「アクセントが無核の動詞の名詞化で,アクセントが有核のもの」といった複雑な条件での検索を行うことができ,語彙論・音韻論・形態論などの多様な分野で言語資源として活用可能である。合わせて,開発中の検索インタフェースの紹介を行う。
石井, 久雄 ISII, Hisao
本文批判は基本的には古代語文献に関するものであるが,現代語についても必要であることを示唆し,あわせて,「本文」の概念の規代における成長を指摘する。(1)古代語文献の本文批判は,池田亀鑑の業績によって期を画されている。それ以前の本文は,校訂者の主観的な改訂をともなって提示されるのがつねであったが,それ以後は,文献学の成果にもとづき,良質な翻刻および校訂本文が提示されてきている。(2)現代語文献の本文批判は,古代語のそれとことなるところがある。
井上, 優 生越, 直樹 INOUE, Masaru OGOSHI, Naoki
本稿では,日本語と朝鮮語の過去形「-タ」「-ess-」に見られるある種の用法のずれが「どの段階で当該の状況を発話時以前(過去)の状況として扱えるか」という語用論的な制約の違いに由来することを論ずる。具体的には次の二つのことを示す。1)日本語では,発話時において直接知覚されている状況が知覚された(あるいは開始された)瞬間だけをきりはなして独立の過去の状況として扱うことができる。2)朝鮮語では,当該の状況が直接知覚されている間は過去の状況として扱うことはできず,日本語のような「状況の最初の瞬間のきりはなし」はできない。
崔, 吉城 Choi, Kil-sung
戦後韓国社会の高度成長は朴正煕大統領の経済開発計画とセマウル運動によるものといわれている。特に農村の精神革命とも言われているセマウル運動は朴大統領自ら信念をもって一貫的に推進して成功させたという。それは彼自身農村出身であり農村近代化を推進したことであり,農民層に政治的基盤を置き,国民総和をもって長期執権のために維新憲法を発布してしまったのでセマウル運動の評価は必ずしも肯定的なものだけではない。しかし,とにかく朴大統領の政策や戦後韓国経済の高度成長を理解するためにセマウル運動の研究は必要と思う。その運動の契機や起源はまだ不明である。北朝鮮の千里馬運動とかトルコのケマルパシャ革命などと言われているが寡聞かも知れないが分析的な研究はまだない。私は朴大統領時代を経験したものの一人としてセマウル運動は戦前の日本における農村開発運動と似ていると思った。最近セマウル運動が日本植民地時代の農村振興運動と似ているという言及があったので,私はその実証的な研究をしようと考え,資料を収集した。その過程において,朴大統領が三年間小学校の教師をした学校が農村振興運動の指定学校であったことがわかった。その学校を現地調査をしたところ,老人たちによって朴氏が農村振興運動指定学校で指導していたことを確認した。一方では朝鮮総督府の宇垣一成総督の時嘱託として農村振興運動を指導した山崎延吉を知るために安城市の『山崎文庫』を尋ねて調査をした。私は本稿で植民地に因んでいる反日的な枠を無視して脱価値論的に文献研究と現地調査を合わせて日本植民地時代の農村振興運動は朴大統領のセマウル運動のモデルになっているということを明らかにしたい。
生越, 直樹 OGOSHI, Naoki
本稿は,朝鮮語と日本語のテンス・アスペクトに関わる諸形態のうち,特に朝鮮語の했다haissda形,해 있다hai 'issda形・하고 있다hago'issda形と日本語のシタ形,シテイル形について論じたものである。上記の諸形態の用法を調べてみると,多くの場合,朝鮮語の했다haissda形に対して日本語のシタ形,해 있다hai'issda形・하고 있다hago'issda形に対してシテイル形が対応する。ところが,現在の状態に対する発話においては,했다haissda形とシテイル形が対応する場合がある。本稿では,このような日朝両語間の対応関係のずれがどのような要因によるのかを明らかにした。考察の結果,①朝鮮語では,変化の成立と変化結果の持続性,つまり変化の完了が話者にとって重要な情報であるとき했다haissda形が使われ,変化の完了が重要な情報でないときには,해 있다hai'issda形 が使われること,②ただし,했다haissda形の文の中にも変化の成立そのものが重要な場合と,変化の結果状態の持続が重要な場合があること,③一方日本語では,話者が直接獲得した情報に過去と現在で差がある場合にはシタ形,過去の情報を持たないか無視する場合にはシテイル形が使われることがわかった。
李, 慈鎬 LEE, Jaho
『附音挿圖 英和字彙』(1873年刊,以下『英和字彙』と略称する)には,「衣服」や「建物」のように容易に読みを確定できる語のほか,「黜職」のように読みの確定が難しく,『英和字彙』以外に用例の確認できない語が載っている。また,『英和字彙』に見える振り仮名は「衣服」「建物」に対する「イフク」「タテモノ」のようにその漢字表記の字音や字訓に対応している語もあるが,「税関」に対する「ウンジヤウシヨ」のようにその漢字表記の字音や字訓に対応しているとは考えにくい語もある。このような理由から,『英和字彙』の漢字表記語についてはその読み方や語種などを確認する必要がある。そこで,本稿では『英和字彙』の二字漢字表記語を取り上げ,その読みを確定するとともに,語種や初出時期による性格の分類を試みた。その結果,(1)『英和字彙』では,漢語を中心にした訳語の付け方をしていること,(2)漢語の場合,漢籍に典拠を有する語が大部分(88.0%)であること,(3)近世後期以後,日本で造語された新語である可能性が高い語は全体の4.2%であることなどが明らかになった。
島村, 直己 SHIMAMURA, Naomi
本稿では,サブプロジェクト「日本語の基本語彙に関する研究」の概略を述べる。先ず,教育基本語彙のデータベースについて説明した。これは,厳密には,このサブプロジェクトに先行するプロジェクトの成果だが,このサブプロジェクトはこのデータベースに多くを負っているので,ここで説明した。次いで,日本語基本語辞典の話題を取り上げた。これは,基本2000語の意味分析を行うものである。すでに基本1000語の意味分析を終了し,2冊の報告書にまとめた。今年度中に第3冊目まで出す予定である。最後に,児童・生徒を対象にした基本語彙の理解度の調査の報告を行った。児童・生徒の属性別,語彙の属性別に分析したが,児童・生徒は,漢語名詞の理解に弱点を持っていることが明らかとなった。
安, 芝恩 Ahn, Jieun
本研究は、日本語教師が日本語学習者の作文をどのように評価しているのかという評価者の評価ポリシーを明らかにすることを目的とするものである。特に、評価者一人ひとりにおける評価ポリシーは存在するのか、作文評価において評価ポリシーは一貫性が保たれているのかに注目した。日本語学習者13名による作文(4コマイラストの描写ストーリー文)を対象とし、日本語教師12名にGoogle フォームを用いた作文評価をしてもらった。評価方法については、全体的・総合的に評価してもらうため、ホリスティック評価を採用し調査を行った。その結果、日本語教師は、明示的な認識があるとは言えないものの日本語学習者の作文に対して各自の評価ポリシーを持っており日本語学習者の作文によってその評価ポリシーは個人の中でも変動することが明らかになった。評価者個人が持っている評価ポリシーの多様性を認めつつ、安定した評価への必要性があることが示唆された。
ホワン, ヒョンギョン 平山, 真奈美 HWANG, Hyun Kyung HIRAYAMA, Manami
日本語には,無アクセント語に後続する語のf0よりアクセントのある語に後続する語のf0が低くなる現象,いわゆるダウンステップがある。統語と音韻のインターフェースの観点から,Selkirk and Tateishi(1991)は,XPの左端が major phrase の左端に写像され,これによりダウンステップがブロックされると主張する。しかし Kubozono(1991)のデータはこの主張に反する。本研究では,従来の研究で特に取り沙汰されていなかったダウンステップにおける品詞の影響を検討した。音声産出実験の結果,品詞が日本語のダウンステップの有無に影響する可能性があることが明らかになった。特に,名詞の連続する句でダウンステップが見られたが,形容詞のイ形が連続する句では見られなかった。先行研究の指摘同様,Selkirk and Tateishi(1991)の一般化には疑問が残る。ダウンステップが阻止される要因は,ある形態を使用するときに生まれる句全体の不自然さであると分析した。また,日本語のダウンステップ研究で形態をコントロールする必要があることが示唆された。
八木, 公子 YAGI, Kimiko
教師の言語教育観は,自身の教育実践に反映されるとともに,教師が自己の教育実践を振り返る際の自己評価の基準としても働く。その意味で,教師が自己の言語教育観を客観的に把握し,検討し続けることは重要である。本稿では,119名の現職日本語教師に対する質問紙調査の結果をもとに,現職日本語教師の良い日本語教師像とそこに見られる言語教育観,自己評価基準を分析した。因子分析の結果,「授業技術」「学習者支援」「関係知識」「授業への意欲」「授業直結知識」の5因子が抽出されたことから,これらが,現職日本語教師の考える良い日本語教師像の枠組みであり,また,自己の教育実践を評価する際の基準であると考えられる。
田中, 牧郎 TANAKA, Makiro
本プロジェクトでは,通時的な日本語コーパスの一部として必要な近代語のコーパスを設計するための研究を実施した。本プロジェクトで作成した『明六雑誌コーパス』は,単語に関する詳細な情報が付与されたはじめての近代語コーパスである。また,2005年に公開した『太陽コーパス』に対しても詳細な単語情報を付与する試行を行った。明治期から大正期を対象とするこれら二つのコーパスデータを用いて,近代語彙の変化を概観する研究を行った。その結果,漢語の数が減少し,一部の漢語が基本語化していったことが明らかになった。さらにまた,基本語化した漢語は既存の基本語との間に,意味的に使い分けられることも明らかになった。これらは,明治から大正期に新しい語彙体系が形成されていったことを示している。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
『日本語教育のための基本語彙調査』(国立国語研究所報告78)は,6,880項目からなる日本語教育基本語彙を選定しているが,このなかに複合サ変動詞の語幹部となりうる項目が,どのくらい含まれているか明らかではない。本稿では,この6,880項目から複合サ変動詞の語幹部となりうる項目をすべて洗い出し,結果として得られた1,080項目を資料として提示する。次に,それらの複合サ変動詞が,語幹部の意味分野や語種の違いによって,どのような分布をみせるのかを概観する。また,実際に作業をするなかで気づいた問題点を指摘し,今後の課題について触れる。
中野, 真樹 渡辺, 由貴 NAKANO, Maki WATANABE, Yuki
今日,先行研究の検索・参照等のために,様々なリファレンスデータベースが作成されている。国立国語研究所は2011年に「日本語研究・日本語教育文献データベース」を公開した。このデータベースは日本語学・日本語教育研究の文献に特化している。このような特定の専門分野の文献にしぼって作られている「専門特化型」データベースが,独自の観点から情報の収集・選択・整理を行っているという特性を生かし,多分野にわたる文献をナビゲートしている網羅的なデータベースとともに活用されることが,それぞれのリファレンスデータベース,また,各学界の進展に寄与すると期待される。
田中, 牧郎 島田, むつみ 髙橋, 雄太 TANAKA, Makiro SHIMADA, Mutsumi TAKAHASHI, Yuta
明治5 年に文部省から刊行された『物理階梯』は,日本で初めての物理学の教科書である。発表者らは,本書のコーパス化を進めており,そのコーパスによって行った語彙調査の概要を報告し,本書の語彙の性格について若干の考察を加える。本書は,短単位で,延べ約39,000 語,異なり約4,400 語からなる。本書の語彙を,同時期の啓蒙雑誌『明六雑誌』の語彙(延べ約178,000 語,異なり約13,200 語)と比較し,本書で高頻度でありながら,『明六雑誌』で頻度0 または1 の約300語を抽出し,その性格を考察した。その結果,(1) 物理学の話題で使われる「テーマ語」,(2) 物理学の「専門語」,(3) 物理学に限定されない「学術語」に分けられた。(1) は「管」「動き」「浮かぶ」など,旧来からある語,(2) は「光線」「静止」「空気」など,蘭学以後登場した語,(2) は「距離」「両端」「中央」など従来の一般語が学術語化したものと,蘭学以後登場した新語の両方が見られた。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
方言と地域共通語とでは,捉え方の方向性,観点が基本的に反対である。方言が,地域差すなわち変異の観点からみた各地の日本語であり,区画論的に言えば,ある言語的基準に関する差異性をもとに,広い地域から狭い地域へと日本語を地域区分した結果であるのに対して,地域共通語は,個人や地域ごとに多様な日本語を何らかの均一性の観点から見直し,その通用範囲の広がりによって統合していく過程の中に認知されるものである。本稿では,北海道の富良野・札幌における社会言語学的調査の資料にもとづき,主として後者のようなことばの共通性の視点から,両地点における都市化の程度差に注目しつつ,いわゆる北海道共通語の使用状況と,その背後にある話者の言語使用意識との関係について分析・報告する。
村上 呂里 梶村 光郎 Murakami Rori Kajimura Mitsurou
研究概要:ベトナムは54の民族からなる多民族国家であり、少数民族の言語と文化の権利を憲法で掲げている。本研究においては、1945年独立以降のベトナム言語教育史について、第I期「独立国家樹立期/国語(クォツクグー)の識字運動と民族語学習権の提起」、第II期「南北分裂・ベトナム戦争時/第1次バイリンガル教育の試行と『ベトナム語の純粋性を守る』運動」、第III期「統一国家確立期/第53-CP号決定交付と普通語普及」、第IV期「ドイモイ期/民族融和の強調と第2次バイリンガル教育の模索」の4期に分け、その期を特徴づける言語政策や議論を考察した。その上で浮かびあがってきた重要な論点として、(1)少数民族地域におけるバイリンガル教育政策に対する言語教育要求をめぐる葛藤について、(2)ドイモイ期におけるベトナム語を「国家語」として制定すべきであるか否かという議論の2つをとりあげ、個別的に考察を行った。前者については、北部山岳少数民族地域をフィールドとし、教師、地域の長老、保護者にインタビュー調査を行い検証した。長老および教師層は、原則的に民族語の継承と、民族語・普通語のバイリンガル教育の充実を強く要求していること、若い保護者に見られるモノリンガル教育要求の背景には、民族間の厳然とした差別の存在、ドイモイ政策下市場経済化の波が押し寄せていること等複合的な問題が存在していること等が明らかになった。後者については、少数民族教育の課題との関わりを考察し、「国家語」とすることによってベトナム語学習への強制力を強めようとする立場と、「国家語」とすることによって民族語の平等の原則が失われ、結果として少数民族の初等教育からのさらなる離脱を招くと危惧する立場との葛藤が見られることが明らかになった。今後、ベトナムにおける民族語の平等の原則および第2次バイリンガル教育の行方をさらに注視していきたい。
權 偕珍 小原 愛子 韓 昌完 Kwon Hae-Jin Kohara Aiko Han Chang-Wan
日本は障害者差別を禁止する法的拘束力を持つ法律は存在しないため、2009年「障がい者制度改革推進本部」が設置され、障害を理由とする差別の禁止に関する法制の制定に向け動き始めている。本稿では、アメリカ・イギリス・韓国・日本における障害者への権利侵害や差別・偏見といった社会的・歴史的背景を踏まえ、差別禁止法の制定過程や現状について整理した。そして、日本の差別禁止法を制定する意義、ならびに障害者差別禁止法の在り方について考察を加えた。障害者差別禁止法は各国で制定され始めているが、それぞれの国によって文化や国民性が異なることから差別禁止法の解釈も異なっている。そのため、障害者権利条約を基礎としてそれぞれの国の文化や国民性に合った法律を作成することが望ましいであろう。今後、日本の特性を生かしながら「障害者差別禁止法Jの在り方についての研究が必要とされるが、そうした今後の課題についても言及した。
浅原, 正幸 南部, 智史 佐野, 真一郎
本稿では日本語の二重目的語構文の基本語順について予測する統計モデルについて議論する。『現代日本語書き言葉均衡コーパス』コアデータに係り受け構造・述語項構造・共参照情報を悉皆付与したデータから、二重目的語構文を抽出し、格要素と述語要素に分類語彙表番号を付与したうえで、ベイジアン線形混合モデルにより分析を行った。結果、名詞句の情報構造の効果として知られている旧情報が新情報よりも先行する現象と、モーラ数が多いものが少ないものに先行する現象が確認された。分類語彙表番号による効果は、今回の分析では確認されなかった。
セリック, ケナン 麻生, 玲子 中澤, 光平 CELIK, Kenan ASO, Reiko NAKAZAWA, Kohei
本エクセルファイルは南琉球八重山語宮良方言の720語の名詞に関するアクセント資料を収納する。各語に対して、「ID」「仮名表記」「IPA」「型」「意味」の情報が収録されている。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
日本語諸方言のアクセント体系が高さ(ピッチ)にもとづく「ピッチアクセント体系」であることは日本語音声研究の中で常識とされていることであるが,日本語以外の言語から見ると必ずしも自明のこととは言えない。実際,「ピッチアクセント体系(言語)」という類型概念そのものを否定する研究者も数多い。本稿は,2010年に本プロジェクトが主催した国際シンポジウムISAT 2010の成果(Lingua 122特集号)の一部を報告する形で,日本語の研究が一般言語学や言語類型論に貢献できる可能性を指摘する。
松本, 理美 MATSUMOTO, Satomi
本研究は,日本語研究のための日本語従属節の意味分類基準の策定のために,「鳥バンク」節間意味分類体系の再構築の検討を行う。「鳥バンク」は日英対訳コーパス中の文型パターンの分析と分類を重ね,日英機械翻訳のための意味分類体系の構築を行っている。「鳥バンク」節間意味分類体系を基準とした『現代日本語書き言葉均衡コーパス』に対する従属節アノテーションを行ったところ,意味分類のタグ付与に作業者間の齟齬が生じた。その齟齬の分析により,「鳥バンク」節間意味分類体系を日本語従属節の意味分類に転用することの問題点が明らかになった。価値ある研究成果である「鳥バンク」節間意味分類体系を日本語研究に有効活用するための修正を試みる。
山崎, 誠 YAMAZAKI, Makoto
本発表は,以下の5つのコーパスを用いて,日本語の会話文の多様性をレジスターや位相(話者の性別,年代)の観点から語彙的に分析するものである。使用したコーパスは,『日本語話し言葉コーパス』(CSJ)の学会講演及び摸擬講演,『日常会話コーパス』(CEJC・構築途中のもの),『名大会話コーパス』『女性の言葉・男性の言葉(職場編)』,『現代日本語書き言葉均衡コーパス』中の小説会話文である。分析の単位はいずれも短単位である。分析の方法は,品詞構成比,上位語,対数尤度比による特徴語の比較である。特徴語はコーパス間の比較に加えて,性別と年代による比較も行った。品詞構成比では,名詞,副詞は,CSJ学会講演と日常会話・名大とが対照的な分布を示し,また,終助詞,感動詞-フィラーは,CSJ学会講演・CSJ摸擬講演と日常会話・名大とが対照的な分布を示すことが分かった。特徴語では,コーパス間で感動詞(一般,フィラー),終助詞,人称代名詞の分布に違いが見られた。また,これらの語の使用において,性差の違いのほうが年齢層の違いよりも特徴的な語数が多いことが観察された。
パルデシ, プラシャント 今村, 泰也 PARDESHI, Prashant IMAMURA, Yasunari
述語構造の意味範疇に関わる重要な言語現象の一つが「他動性」である。基幹型プロジェクト「述語構造の意味範疇の普遍性と多様性」では,意味的他動性が,(i)出来事の認識,(ii)その言語表現,(iii)言語習得(日本語学習者による日本語の自動詞と他動詞の習得)にどのように反映するかを解明することを目標に掲げ,日本語と世界諸言語を詳細に比較・検討し,それを通して,日本語などの個別言語の様相の解明だけでなく,言語の多様性と普遍性についての研究に貢献することを目指し,2009年10月から共同研究を進めてきた。さらに,日本語研究の成果を日本語教育に還元する目的で,基本動詞の統語的・意味的な特徴を詳細に記述するハンドブックを作成し,インターネット上で公開することを目指して研究・開発を進めてきた。本稿ではプロジェクトで企画・実施した共同研究の理論的および応用的な成果を概観した。理論的な成果としては,(1)地理類型論的なデータベースである「使役交替言語地図」(WATP),(2)日本語と世界諸言語の対照言語学的・類型論的な研究をまとめた論文集『有対動詞の通言語的研究:日本語と諸言語の対照研究から見えてくるもの』を紹介した。応用的な成果としては日本語教育に役立つ「基本動詞ハンドブック」の見出し執筆の方法とハンドブックのコンテンツについて紹介した。
高良 富夫 大石 節 Takara Tomio Ooishi Takashi
研究概要:琉球方言は、言語学上、日本語の中で特異な位置を占める。これを研究することにより、他の方言にはない特別の視点から日本語を眺めることができるので、日本語の研究に大きく寄与することができる。そこで我々は、ディジタル音声処理の手法により、音声を人工的に合成し、琉球方言の音声を高精度に分析した。さらに、琉球方言の中の多様な各方言を合成することができる汎用音声合成ンステムを開発し、多様な方言の高精度分析を可能にした。しかし、この汎用音声合成システムは、時間的な広がりに関しては限界があった。すなわち、このままでは古典琉球語の音声は合成できない。沖縄には「おもろそうし」のように古典琉球語でつづられた詩歌があり、しかもその一部は歌唱が伝承されている。琉球方言を含む日本語の研究を、空間的だけでなく時間的にもさらに広げるためには、これら古典琉球語の研究が不可欠である。そこで本研究では、古典琉球語で書かれたテキストから音声を合成するシステムを開発した。このシステムにより、古典琉球語をモデル構成論的に研究することができる。「おもろそうし」の伝承された謡曲の楽譜を分析し、その特徴をマルコフモデルで表し、「おもろそうし」のテキストから歌唱音声を自動的に生成するするシステムを構成した。実験の結果、伝承された謡曲は、このシステムにより70%の精度で正しく再現することができた。よって、古典琉球語の音声に関する法則性が、この精度で明らかになったといえる。伝承されていない謡曲も、この精度で歌唱できるといえる。
加藤, 安彦 KATO, Yasuhiko
副助詞の「くらい」と「ぐらい」は,歴史的には名詞の位階を表す「位」という語から派生したものである。われわれは「くらい」も「ぐらい」もほとんど同じ語のように用いているが,これらの語に違いはないのであろうか。国語の標準を確立するのに大きく寄与したとされる『国定読本』のデータを用いて,一見違いがないように思われるこれらの語が担わされている役割を明らかにする。
野田, 尚史 中北, 美千子 NODA, Hisashi NAKAKITA, Michiko
英語アルファベットによる日本語音声表記というのは,英語の表記方法における文字と音声の関係に従って日本語の音声をアルファベットで表記するものである。たとえば[セート](生徒)は「seh-eh-toh」と表記する。
野田, 尚史 NODA, Hisashi
このサブプロジェクトは,(i)のような考えから出発している。(i)本当の意味で日本語教育を言語の教育からコミュニケーションの教育に変えるためには,日本語教育のための研究も言語の研究からコミュニケーションの研究に変える必要がある。 日本語教育のためのコミュニケーション研究というのは,具体的には(ii)から(iv)のような研究である。このサブプロジェクトでは,これからこのような研究を進めていく。
小椋, 秀樹
外来語表記のゆれには発音のゆれが関わっているといわれるが,表記のゆれと発音のゆれとの間にどの程度関連があるのかについては,十分に明らかにされていない。そこで,『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(出版・書籍)と『日本語話し言葉コーパス』とを用いて外来語の語末長母音の表記と発音のゆれの実態調査を行った。調査の結果,長音符号を省略した表記の割合(無表記率)は17.0%,短母音のように短く発音した割合(短呼率)は7.7%で,表記と発音との間にずれが見られた。この表記と発音とのずれの要因としては,(1)《エアー》《ソファー》《ボディー》等の特定の語において符号無表記や短音化が高い度数(比率)で生じていること,(2)語末音「ティ」を持つ語において符号無表記が広範囲かつ高い度数(比率)で生じていることの2点が指摘できる。
茂呂, 雄二 小高, 京子 MORO, Yuji ODAKA, Kyoko
本論は2部からなる。第1部では日本語談話研究の現状を展望して,それぞれの研究が指向する方法論の違いを取り出してみた。第2部には日本語談話に関係する研究の文献目録を収めた。日本語談話研究は学際的に展開されており,言語学では言語行動研究および談話分析,社会学からはエスノメソドロジーに基づく会話分析とライフストーリー研究が,心理学・認知科学研究からはプロトコル分析およびインターフェース研究などが,広い意味での日本語談話分析研究を行っている。この研究の広がりからわれわれが取り出した研究指向の違いは以下の通りである。
平野, 桂介 HIRANO, Keisuke
本稿では,「国際社会における日本語についての総合的研究」の一環として,1996年3月にオーストラリアのビクトリア州で行なった,オーストラリアの通訳サービス政策に関する調査の結果を報告する。まず,オーストラリアの連邦レベルの通訳サービス政策の歴史と組織について概観した後,ビクトリア州レベルでの通訳サービス政策の全体像を記述する。次に,オーストラリアの通訳サービスにおける日本語通訳者の公認の状況と日本語の実際の使用状況を記述し,日本語使用の意義を評価する。最後にオーストラリアの通訳サービス政策が日本の言語政策に与える示唆について述べる。
Delbarre Franck デルバール フランク
本論文では三つの学生群(1年生)を対象としたフランス語教育上の長期的実験の最後の段階について述べられています。この実験はフランス語における結果状態表現に(être+過去分詞)に対する暗示的教え方と明示的な教え方による結果の比較を目的としており、それに合わせてフランス語教育対策の改善を促すものです。2010年に発行された著者の論文では日本語の文章を参照してフランス語で動作または結果状態を表す動詞の形態の中から正しいものを選ぶ形のアンケートを通して、明示的な教育を受けたフランス語学習者のほうが暗示的な教育を受けた学習者より日本語に対応したフランス語の正しい動詞の形態を当てることに成功したということが明らかになりました。ですが、長期的にはその明示的な教え方の影響が続いているかどうか解明するためには、最初の段階のアンケートが行われた一か月間以上後にあらためてそれらのアンケートに類似した日本語の文章を載せた日仏訳の問題を同じ学習者に受けさせました。今回の日仏訳の形で行われたのは自ら結果状態を表すフランス語の動詞形態が正しく作成できるかどうか確かめるためなのです。この形でも、明示的な教育を受けた学習者群による成功率のほうがはるかに高いという事実が明らかになりました。しかし、その結果が学習環境によって変わるかどうか確かめるためにはほかの大学で行う必要があるでしょう。
山崎, 誠
『分類語彙表』は初版の刊行以来,日本語研究に利用されてきた。しかし,2004年に増補改訂版が刊行されて以来,さらなる増補は行われていない。本稿は,『分類語彙表』を研究に利用する上で,もっとも重要な課題の一つである,不採録語を減らすという観点から,語彙の拡充の方法を分類体系の見直しを中心に検討し,試案を提示するものである。語彙の拡充の候補は以下のとおりである。(1)助詞・助動詞などの機能語(2)固有名詞(固有表現)(3)外国語(4)メタ言語(5)句読点などの記号類(6)語断片(7)未知語。(1)~(3)は,意味の付与が可能なもの,(4)以降は,意味付与が可能でない(必要が無い)ものである。助詞・助動詞などの機能語は品詞相当と考え,0番台を与える(例えば格助詞「が」に分類語彙表番号0.1000を与えるなど)。固有名詞(固有表現)は,現在の分類体系をできるだけ維持するのであれば,内包的表現の所属する分類項目に位置付けるのが妥当であろう(「アカデミー賞」「グラミー賞」は「1.3682 賞罰」に置くなど)。メタ言語的用法は意味分類には反映させず,「用法」という別フィールドで属性を記述する。また,句読点,語断片,未知語は意味付与が不要という属性を与えて区別することを考えている。以上のような拡張で,ほぼ全ての語に何らかの分類語彙表番号を与えることが可能となる。
関連キーワード