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ホイットマン, ジョン WHITMAN, John
本プロジェクト(日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究)の目的は,日本語とその周辺の言語を主な対象とし,その統語形態論的・音韻的特徴とその変遷を,言語類型論・統語理論・比較歴史言語学の観点から解明することによって,東北アジアを1つの「言語地域」として位置付けることである。統語形態論の観点からは「名詞化と名詞修飾」に焦点を当て,日本語においても見られる名詞修飾形(連体形)の多様な機能を周辺の言語と比較しながら,その機能と形と歴史的変化を究明する。歴史音韻論の観点からは,日本語周辺諸言語の歴史的再建を試み,東北アジア記述言語学における通時言語学研究を推進する。本稿では,この共同研究プロジェクトを紹介しながら,日本語,厳密にいうと日琉語族がどの言語地域に属するかについて検討する。
パルデシ, プラシャント 今村, 泰也 PARDESHI, Prashant IMAMURA, Yasunari
述語構造の意味範疇に関わる重要な言語現象の一つが「他動性」である。基幹型プロジェクト「述語構造の意味範疇の普遍性と多様性」では,意味的他動性が,(i)出来事の認識,(ii)その言語表現,(iii)言語習得(日本語学習者による日本語の自動詞と他動詞の習得)にどのように反映するかを解明することを目標に掲げ,日本語と世界諸言語を詳細に比較・検討し,それを通して,日本語などの個別言語の様相の解明だけでなく,言語の多様性と普遍性についての研究に貢献することを目指し,2009年10月から共同研究を進めてきた。さらに,日本語研究の成果を日本語教育に還元する目的で,基本動詞の統語的・意味的な特徴を詳細に記述するハンドブックを作成し,インターネット上で公開することを目指して研究・開発を進めてきた。本稿ではプロジェクトで企画・実施した共同研究の理論的および応用的な成果を概観した。理論的な成果としては,(1)地理類型論的なデータベースである「使役交替言語地図」(WATP),(2)日本語と世界諸言語の対照言語学的・類型論的な研究をまとめた論文集『有対動詞の通言語的研究:日本語と諸言語の対照研究から見えてくるもの』を紹介した。応用的な成果としては日本語教育に役立つ「基本動詞ハンドブック」の見出し執筆の方法とハンドブックのコンテンツについて紹介した。
熊谷, 智子 KUMAGAI, Tomoko
同じ目的をもつ言語行動でも,その実現の仕方はさまざまであり得る。本稿では,言語行動の行われ方を記述し,その特徴を多角的にとらえるための分析の観点を提案する。観点の収集にあたっては,大量調査資料を用いて同一場面におけるさまざまな話者の言語行動を分析し,バリエーションがあらわれる諸側面を考察した。そして,その所見をもとに,言語行動一般の特徴分析に有効と思われる以下の観点を抽出した。
パルデシ, プラシャント PARDESHI, Prashant
述語構造の意味範疇に関わる重要な言語現象の一つに「他動性」がある。本プロジェクトは意味的他動性が(i)出来事の認識,(ii)その言語表現および(iii)言語習得(日本語学習者による日本語の自動詞と他動詞の習得)にどのように反映されているのかを解明することを目標とする。日本語とアジアの諸言語を含む世界の約40言語を詳細に比較・検討し,それを通して,日本語などの個別言語の様相の解明だけでなく,言語の多様性と普遍性についての研究に貢献することを目指す。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
日本語諸方言のアクセント体系が高さ(ピッチ)にもとづく「ピッチアクセント体系」であることは日本語音声研究の中で常識とされていることであるが,日本語以外の言語から見ると必ずしも自明のこととは言えない。実際,「ピッチアクセント体系(言語)」という類型概念そのものを否定する研究者も数多い。本稿は,2010年に本プロジェクトが主催した国際シンポジウムISAT 2010の成果(Lingua 122特集号)の一部を報告する形で,日本語の研究が一般言語学や言語類型論に貢献できる可能性を指摘する。
野田, 大志 NODA, Hiroshi
本研究は,現代日本語における動詞「ある」の多義構造について,認知言語学における諸概念を援用することで包括的,体系的に明らかにすることを目的とするものである。
福永, 由佳 FUKUNAGA, Yuka
在日パキスタン人は人口規模こそ小さいものの,中古車輸出業をはじめとするエスニック・ビジネスの展開,宗教施設の設立など,自立的な社会活動を展開する活力の高いエスニック集団である。また,彼らは生活のなかで複数の言語を使用する多言語使用者でもある。彼らの多言語使用の実態と言語使用に関わる社会文化的要因をEthnolinguistic Vitality Theoryにもとづき明らかにすることを目指して,本稿では(1)多言語使用に関する諸理論を検討するとともに,(2)参与観察と言語意識調査で得られた定性的データを用いて,Ethnolinguistic Vitality Theoryの適応可能性を検討した。分析の結果,彼らは母国の言語事情や社会構造および日本における社会文化的文脈から形成された言語意識をもとに,複数の言語(日本語,英語,ウルドゥー語,アラビア語,民族語)を使い分けている様相が明らかになった。また,データに見られた言語意識はEthnolinguistic Vitality Theoryの枠組みで説明しうることが示唆された。
影山, 太郎 Kageyama, Taro
世界諸言語の中で日本語は特殊なのか,特殊でないのか。生成文法や言語類型論の初期には人間言語の普遍性に重点が置かれたため,語順などのマクロパラメータによって日本語は「特殊でない」とされた。しかし個々の言語現象をミクロに見ていくと,日本語独自の「特質」が明らかになってくる。本稿では,世界的に見て日本語に特有ないし特徴的と考えられる複合語(新しいタイプの外心複合語,動作主複合語など)の現象を中国語,韓国語の対応表現とも比較しながら概観する。
ヴォヴィン, アレキサンダー
最近日本祖語、琉球祖語と日琉祖語の再構が非常に進んだとは言え、まだ不明な箇所が少なからず残っている。特に、日本語にない琉球語の特別な語彙と文法要素、また、琉球語にない日本語の特別な語彙と文法要素が目立つ。それ以外にも、同源の様でも、実際に説明に問題がある語彙と文法要素も少なくない。この論文では、そうしたいくつかの語彙を取り上げる。結論として次の二つの点を強調したい。先ず、琉球諸言語の資料を使わなければ、日琉祖語の再構は不可能である。第二に、上代日本語と現代日本語の本土方言には存在しない韓国語の要素が琉球諸言語に現れていることを示そうとした。私の説明が正しければ、ある上代韓国語の方言と琉球祖語の間に接点があったことを明示する事になるであろう。
井上, 史雄 INOUE, Fumio
この論文では,言語の市場価値を計最する手段を,日本語を例にして論じる。言語は現実に世界で売買されており,言語の市場価値を計算することができる。言語が市場価値を持つ適例は,「言語産業」に見られる。辞書・入門書・教科書などの出版物や,会話学校が手がかりになる。また多言語表示も,手がかりになる。戦後の日本語の市場価値上昇の説明に,日本の経済力(国民総生産)発展が指摘されるが,いい相関をみせない。外国の側の条件が,むしろ重要である。多言語活動の隆盛,実用外国語教育の成長,高等教育の普及である。言語の市場価値の基本的メカニズムに関する理論的問題をも論じる。言語の市場価値は特異な性質があって,希少商品とは別の形で決定される。ただ,言語はもう一つ重要な性質を持つ。市場価値の反映たる知的価値以外に,情的価値を持つ。かつ相対的情的価値は知的価値と反比例する。世界の諸言語には格差があり,そこに経済原則が貫徹するように見える。しかし一方で,言語の感情的・情的側面を見逃してはならない。
鈴木, 博之 丹珍曲措
本稿では、中国雲南省徳欽県雲嶺郷で話されるカムチベット語諸方言(sDerong-nJol 方言群雲嶺山脈西部下位方言群)において観察される歯茎破擦音と歯茎摩擦音のゆれについて、佳碧、八里達、査里頂、査里通、永支の5か村で話される変種に認められる音声現象を簡潔に記述し、そこに認められる記述言語学、歴史言語学上の問題を議論する。
岡崎, 敏雄 OKAZAKI, Toshio
外国人年少者に対する日本語教育への本格的取り組みは近年開始されたばかりである。現場の教師は手探りでこれに当たり,その中で言語教育観が形成されつつある。本研究は,形成されつつある教師の言語教育観に焦点を当て,日本語教育が必要な金国の外国人年少者の在籍する公立小・中学校の日本語教育に関わる全教師に対して質問紙による言語教育観の調査を行った。クラスター分析,分散分析の結果,全体として(日本語教育と共に)母語保持を重視する言語教育観が教師によって高く支持され,カナダのイマージョン・プログラムに典型的に見られる継続的二言語併用型の言語教育観が形成されつつあることが示された。しかしながら他方,日本の諸条件を反映して,同時に「少数散在型」「受容型」「滞在エンジョイ型」「短期滞在者への注目型」「現行制度枠内型」という性格を備えたものであることが示され,教育制度の異なるカナダのイマージョン・プログラムでの継続的二言語併行型言語教育との相違も明らかにされた。
鈴木, 博之
本稿では、チベット系諸言語のうち限られた少数の方言に認められる声門摩擦音に先行する鼻音要素の調音音声学的特徴を記述し、加えて前鼻音と前気音が交替する現象と有気音の気音部分が鼻音化する現象をいかに解釈するかという問題についても検討を加える。
マルチュウコフ, アンドレイ Malchukov, Andrei L.
本稿は分裂他動性を考察する。即ち,ある出来事を描写するのに,他動詞を用いるか,自動詞を用いるかに関する通言語的な傾向を考察する。本稿は,Tsunoda(1981, 1985)の動詞階層を出発点として,この階層を二次元の階層(または二次元の意味地図)に修正すれば,意味的に一貫したものになることを示す。二次元の階層を用いると,一次元の階層の反例を説明できる。更に,諸言語(例えば英語と日本語)の間に見られる違いを一貫した原理で説明できる。
長嶋, 祐二 原, 大介 堀内, 靖雄 酒向, 慎司 渡辺, 桂子 菊澤, 律子 加藤, 直人 市川, 熹 WATANABE, Keiko KATHO, Naoto
手話は言語であるにもかかわらず、音声言語と比べて言語学、工学を含む関連諸分野での研究が進んでいない。本稿では、各個分野における手話研究および学際研究の推進を目的とした、様々な分野の研究者が共通に利用できる汎用的な日本手話の語彙データベース作成について報告する。言語学者の望むデータ形式と、工学や認知科学の分野で望むデータの形式は異なることが予想される。多分野での利用を可能にするためには、分析や解析内容に応じて手話の多視点の画像、3次元動作データ、深度画像など様々なデータ形式を含むことが望まれる。さらに、時間軸上で同期したこれらのデータを、各分析者が得意とするデータ形式で解析することを可能にする。データベース上の様々な形式データを同期解析できるアノテーション支援システムも開発する予定である。これにより、様々な視点からの同一手話の解析が可能となり、手話言語に関する新たな知見が得られることが期待できる。
丸山, 岳彦 田野村, 忠温 MARUYAMA, Takehiko TANOMURA, Tadaharu
現在国立国語研究所において構築が進められている「現代日本語書き言葉均衡コーパス」が2011年に完成し,日本語初の大規模な均衡コーパスを誰もが利用できるようになる。これにより,諸外国,諸外国語に大幅な遅れを取っていた日本語のコーパス言語学的な研究は,新たな段階を迎えるものと期待される。「コーパス日本語学の射程」と題した本特集の巻頭論文として,本稿では日本語研究におけるコーパスの利用の歴史を振り返り,将来の展望やコーパスの利用をめぐって注意すべきいくつかの問題について述べるとともに,特集に収めた各論文について簡単に紹介する。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
2009年10月に始まった共同研究プロジェクト「日本語レキシコンの音韻特性」の中間報告を行う。このプロジェクトは,促音とアクセントを中心に日本語の音声・音韻構造を考察し,世界の言語の中における日本語の特徴を明らかにしようとするものである。促音については,主に外来語に促音が生起する条件およびその音声学・音韻論的要因を明らかにすることにより,日本語のリズム構造,日本語話者の知覚メカニズムを解明することを目指している。アクセントについては,韓国語,中国語をはじめとする他の言語との比較対照を基調に,日本語諸方言が持つ多様なアクセント体系を世界の声調,アクセント言語の中で位置づけることを目指している。本論文では本プロジェクトが明らかにしようとする問題点と近年の研究成果を総括する。
西原, 鈴子 NISHIHARA, Suzuko
文はその論理的命題内容のほかに,「言外」の意味を多く含んでいる。それらの中から話者の価値判断を選び,モダリティーの概念の中でそれを把握し,慣用的含意として語の意味素性,法演算子,および表現意図として抽出,分類することを試みた。さらにそれらの諸要因が,異言語間伝達にどの程度耐えるかを探る目的の一環として,日→英翻訳の可能性についてアンケート調査を行なった。本論はその報告である。
ヴォヴィン, アレキサンダー VOVIN, Alexander
この論文では萬葉集「5・904」に現れる孤語であるアザリの意味と起源を明らかにする。「5・904」の長歌のテキスト分析の結果として,アザリには「座る」という意味があったことが分かる。勿論,日琉諸言語にはその動詞がないから,借用語にちがいない。そのアザリは上代朝鮮語の借用語だという結論に至る。
松本, 曜 MATSUMOTO, Yo
通言語的な実験を用いた,移動表現の研究を紹介し,それを通して明らかになった日本語移動表現の性質の一部を報告する。研究内容の全体について解説した後,明らかになった点の中から,様態,経路,ダイクシスの表現頻度について考察する。日本語は,様態と経路の表現頻度が諸言語の中で平均的である一方,ダイクシスの表現頻度が高い。これは,様態,経路,ダイクシスに言及するかどうかに関する条件の違いと多重指定の可能性を反映している。たとえば,日本語は様態について,〈歩く〉に言及しない傾向がある。ダイクシスについては,どのようなケースでも一貫してダイクシス表現(動詞)が使われ,話者へ向かっての移動では多重指定が起こることから,表現頻度が高い。
田島, 孝治 TAJIMA, Koji
街路の看板や張り紙に書かれた文字・言語が作り出す景観は言語景観と呼ばれ,言語学分野だけでなく,地理学,社会学など社会科学の諸分野で調査・研究が行われてきた。本稿では,著者が開発した調査用のツールを紹介すると共に,動作検証を目的として行った,神奈川県鎌倉市における「稲村ガ崎」の表記調査結果を報告する。開発したツールはスマートフォン用の調査ツールと,パソコン上で動作するデータ確認用のツールに分かれている。調査の道具としてスマートフォンを使うことで,調査結果の整理を簡単に行えるようになった。一方,ソフトウェアの処理結果は専用フォーマットになる部分を可能な限り少なくすることで,データの共有と再利用が容易になるように設計した。動作検証のための調査は約2時間行い,収集したデータは従来型の調査と比べ遜色ない結果を得られた。また,調査結果の分類作業が大幅に短縮されたためツールの有用性も確認することができた。
ヤコブセン, ウェスリー・M Jacobsen, Wesley M.
日本語では仮定性や反事実性といったモーダルな意味が状態性や反復性など,未完了アスペクトに関わる時間的な意味を表す言語形式によって表現される場合が少なくない。こうした相関関係は,仮定的な意味が典型的に生じるとされる条件節などの従属的な環境においてのみならず,可能性,願望,否定といった意味が主文に表れた場合にも観察される。本論では,Iatridou(2000)で提案されている過去形の「除外特徴(exclusion feature)」に対して,未完了アスペクトの「包含特徴(inclusion feature)」を提案し,以上の相関関係の説明をこの特徴の働きに求めてみた。それによると,未完了アスペクトには,話者の視点である基準時以外の時点までも想定されるという時間的な特徴が本質的に備わっており,これが転じて,話者の世界(現実の世界)以外の可能世界までも想定されるという解釈へと拡張することによって仮定的・反事実的意味が生じるとする。インド・ヨーロッパの諸言語では,反事実性の意味表出に過去形が関わっている現象がこれまでにたびたび指摘されてきたが,少なくとも一部の言語では,反事実性,ひいては仮定的な意味一般の表出に,テンスとは補完的な形でアスペクトも重要な役割を果たしていることが,日本語のこうした諸現象の検証によって明らかになる。人間にとって現実性の把握に,時間の把握がどんなに深く関わっているかをうかがわせる現象として注目に値する。
Delbarre Frank
70年代において執筆されたベタン村のフランコプロヴァンス語方言を対象とした論文と20世紀の初めに執筆されたビュジェー地方のフランコプロヴァンス語(アルピタン語)方言についての様々な研究論文は主に当該諸方言の形態論について述べるものが多い。それに対し、戦前まで幅広く東フランスで話されていたフランコプロヴァンス語のシンタクスに関する研究はとても少ない。最新と言えるスティーヒによって苫かれたParlons francoprovenral (1998) でもシンタクスより形態論と語疵論の方に焦点を当て、フランス語とその他の現代のロマンス形の諸言語と比べると、フランコプロヴァンス語の特徴の一つである分詞形容詞の用法についてはほとんど何もit-いてない。この文法項旧については2o lit紀において害かれた諸論文でもデータの分析より著者の感想の方に基づいたコメントの形をとっており、納得力の足りないものになっている。本論は2015年に発行されたL'accorddu participe passe dans Jes dialectesfrancoproven~aux du Bugey (ビュジェー地方のフランコプロヴァンス語方言における過去分詞の~)に続き、Patoisdu Valromey (2001) の文苫コーパスの分析をもとに、現代ヴァルロメ方言における分詞形容詞の用法を定義することを目的とする。本論のメリットはその他の現在までのビュジェー地方のフランコプロヴァンス語の論文と比べると、例文を多く与え、ヴァルロメ一方言のコーパスの分析から作成した言語的統計の提供である。
コムリー, バーナード Comrie, Bernard
言語類型論は日本語等の個別言語を通言語的変異に照らして位置づけるための1つの方法を提供してくれる。本論では個々の特徴の生起頻度と複数の特徴の相関関係の強さの両方を検証するために,WALS(『言語構造の世界地図』)を研究手段に用いて言語間変動の問題を考察する。日本語と英語は言語類型論的に非常に異なるものの,通言語的変異を総合的に見ると,どちらの言語も同じ程度に典型的であることが明らかになる。また,日本語が一貫して主要部後続型の語順を取ることは,異なる構成素の語順に見られる強い普遍的相関性の反映であるというよりむしろ,日本語の偶発的な性質であると主張できる。最後に,WALSの守備範囲を超えた現象として,多様な意味関係を一様に表す日本語の名詞修飾構造,および類例がないほど豊かな日本語授与動詞の体系に触れ,それらを世界の他の言語との関係で位置づけることで本稿を締めくくる。
藤井, 聖子 佐々木, 倫子
日本語教育センター第二研究室では、現在、英語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語それぞれの言語に関して、日本語との対照研究を進めている。日英対照としては、現時点では、談話・語用論上の対照を押し進めるため、会話スタイルの分析を行っている。日西では、統語現象と意味の問題を取り上げている。日葡対照としては、ブラジル人と日本人との言語接触の局面を、社会言語学的アプローチで調査している。日仏では、音声、特にアクセント、イントネーション、音声言語コミュニケーションに付随するジェスチャーを取り上げ、音声及びパラ言語の領域における対照を進めている。
風間, 伸次郎 KAZAMA, Shinjiro
日本語は動詞の人称変化を持たず,格助詞によって文法関係を示すので,書きことばをみる限りでは,典型的な従属部標示型(Dependent marking)の言語にみえる。しかし話しことばにおける実際を観察すると,主語や目的語が出現する文は少なく,たとえ現れても無助詞であることが多い。他方,述語にはやりもらいの動詞や受身,テクルなどの「逆行」表示があり,モダリティの諸形式や感情述語など主語の人称に制約のあるものも多い。したがって主語の人称が述語の方でわかるようになっている場合も多く存在する。つまり話しことばの日本語はむしろ主要部標示型(Head marking)の言語としての性質を持っているといえるかもしれない。本稿では,まず上記の仮説に関連する先行研究を集め,話しことばでハやガなど従属部標示の要素がどのような条件でどの程度機能しているのか,他方上記のような主要部標示的な要素にどのようなものがどれぐらいあるのか,を整理する。次に話しことばにおける実際の状況がどのようであるのかを知るために,1つの映画のシナリオ全体を手作業により徹底的に分析して,日本語の話しことばがどの程度主要部標示型の言語としての性質を持っているのかを検証する。
狩俣 繁久 Karimata Shigehisa
琉球語は、日本語と同系の言語であり、日本語の歴史の研究に重要な位置を占めることが知られるが、これまでの研究は、奈良期中央語と琉球語の一部の下位方言の比較研究が主であり、琉球語研究の成果が日本語の歴史研究に十分に活かされていなかった。琉球語の下位方言間の変異は、日本語諸方言のそれを超えるほど大きい。その多様性がどのように生成されてきたのかを明らかにすることが求められていた。琉球語、九州方言、八丈方言が日琉祖語からどのように分岐して現在に至ったか、琉球語内部でどのような分岐があったかを明らかにするため、言語地理学の研究成果に照らして検証しながら、音素別、意味分野別、文法項目別等、目的に応じて選定した複数の単語を組み合わせて系統樹を作成する。それぞれの系統特性を解明しながら重層的な変化過程を可視化させるための可能性と課題を提示する。
東江 康治 Agarie Yasuharu
吾々は沖縄児童の測定知能の発達的推移について次のような諸仮説をたて、その検証を行った。(1)沖縄児童の知能は日本本土で標準化きれた検査によって測定された場合、検査の模準よりも低い。両者の差は特に小学校の低学年においては著しく、学年が上級に進むに従って漸次小さくなる。(2)沖縄児童の測定知能は言語式検査による場合よりも非言語式検査による場合に高く、両検査の差は学年が上級に進むに従って漸次小さくなる。(3)測定知能において田園児童は町の児童よりも低く、両者の差は学年が上級に進むに従って漸次大きくなる。\n 上記の諸仮説を検証するために、吾々はまず沖縄島の小学校を町の学校と田園の学校の二つのカテゴリーに分類し、前者から4校、後者から9校をそれぞれの標本校として選抜した。選ばれた標本校の3年から6年までの児童のうちから、町の標本として1、416人、田園児童の標本として1、605人を選んだ。両標本の比率を両カテゴリーの児童総数の比に等しくし、両者を総合して沖耗島全体の標本とすることにした。標本児童のうち3年を除き他は各学年とも二分して、一群に「新制田中A式知能検査」他の一群に「新制田中B式知能検査」を実施した3年はA式検査の適用範囲に入っていないためにB式検査のみを実施した。\n 調査によって得られたデータは、沖縄児童の測定知能に関する吾々の諸仮説を全面的に、あるいは少くとも部分的に支持している。ただ一つの例外は、町の児童と田園児童の差が吾々の予想に反し、比較的に恒常的であるということである。町の児童と田園児童の差が漸次大きくなるという吾々の予想は、田園児童の知的発達に孤立集団の特徴である age decrement が観察されるだろうという予想に根拠をおくものであったが、この調査の結果から判断すると、沖縄の田園児童(吾々の定義による)には孤立集団的な性格の現れである age decrementが認められないことになる。\n 調査の結果についての考察は、吾々の仮説の背景になっている沖縄の文化、社会的特殊性、特に方言と共通語による児童の言語生活の二重性、沖縄社会の田園的性格及びその文化的レベル、ならびに沖縄の辺地性の面からなされた。
前村 佳幸 Maemura Yoshiyuki 仲間 伸恵 Nakama Nobue 岡本 牧子 Okamoto Makiko 福田 英昭 Fukuda Hideaki 片岡 淳 Kataoka Jun
本稿では、まず和紙づくりを初等教育に活かすために、紙漉き体験に言語活動を関連づけ、その実践のための諸要素について検討する。また、紙漉きに対して興味関心を引き出し自由な発想を広げるために、身近で沖縄に固有な植物を材料にした紙と紙製品づくりの事例を紹介する。その上で、学力の重要な要素のーつとして、労作的学習の効果に着目し、児童の発達段階との相関について、学校現場における和紙づくりに即して明確化する。最後に、長期的な環境整備の一環として、地域に根ざした和紙の原料確保を実現するための植栽の取り組みについて実態を報告する。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
東京語で,起伏式アクセントをもつ単純動詞から派生された転成名詞は,原則として起伏式アクセントを保持する。このアクセント規則を,今日生きている規則と呼んでその有用性を唱える説に対し,いくつかの問題点を指摘して検討を加えた。まず,生きている規則と呼ぶための要件として,この派生パターンの生産力の高さを問題にすべきことを論じた。次に,既成の転成名詞でこの規則が守られているかどうか,社会言語学的な観点から変異の実態を把握し,そこに関与している諸要因の分析を行った。対象データは,『東京語アクセント資料 上・下』から採集した。
杉戸, 清樹 塚田, 実知代 SUGITO, Seiju TSUKADA, Michiyo
言語ないし言語行動について言及する言語表現としてのメタ言語表現は,その内容や形式において広範な広がりをもつ。この中で,表現主体がいま行おうとする(ないし,いま行ったばかりの)言語行動について,その言語行動としての種類や機能を明示的に表現するメタ表現も日常的にしばしば観察される。
かりまた しげひさ Karimata Shigehisa / 狩俣 繁久
琉球列島全域の言語地理学的な調査の資料を使って、構造的比較言語地理学を基礎にしながら、音韻論、文法論、語彙論等の基礎研究と比較言語学、言語類型論、言語接触論等の応用研究を融合させて、言語系統樹の研究を行なえば、琉球列島に人々が渡来、定着した過程を総合的に解明できる。言語史研究の方法として方言系統地理学を確立することを提案する。
福嶋, 秩子 FUKUSHIMA, Chitsuko
アジアとヨーロッパの言語地理学者による各地の言語地図作成状況と活用方法についての国際シンポジウムでの発表をもとに,世界の言語地理学の現状と課題を概括する。まず,言語地図作成は,方言境界線の画定のため,あるいは地図の分布から歴史を読み取るために行われてきた。さらに言語学の実験や訓練の場という性格もある。地図化にあたり,等語線をひいて境界を示すこともできるが,言語の推移を示すには,記号地図が有用である。また,伝統方言の衰退もあって社会言語学との融合が起き,日本ではグロットグラムのような新しい調査法が生まれた。情報技術の導入により,言語地図作成のためのデータは言語データベースあるいは言語コーパスという性格が強まった。コンピュータを利用した言語地図の作成には,1.電子データ化,2.一定の基準によるデータの選択・地図化,3.他のデータとの比較・総合・重ね合わせ・関連付け,4.言語地図の発表・公開,という4段階がある。最後に,言語地図作成の課題は,言語データの共有・統合,そして成果の公開である。
Shinzato Rumiko Serafim Leon A. 新里 瑠美子 セラフィム レオン・A
係り結びは、世界の言語においても稀な構文であるだけでなく、生成・機能主義の両学派に注目される構文でもある。本稿は、『おもろさうし』、組踊、現代首里・那覇方言を基に構築された係り結びの仮説(Shinzato and Serafi m 2013)の妥当性を、先学による琉球諸方言係り結びの記述的研究を通して検証するものである。その過程で、一見仮説への反例と見られる事象、不可解と思われてきた事象について、詳細に検討し、新たな見解を提示する。また、古代日本語の係り結び構文についても、沖縄語の係り結びとの比較研究により得られる知見を指摘する。特に、日本本土の言語の歴史において、係り結びの延長線上にノダ構文を据える見解が沖縄の係り結びの歴史的流れに合致するものと述べる。更に、昨今欧米にて脚光を浴びてきた文法化理論の枠内において、係り結びの成立・発展がどのように捉えられるかについても言及する。これら一連の議論を通し、沖縄語の係り結び研究の意義を明らかにする。
山口, 昌也 YAMAGUCHI, Masaya
現在,新聞・小説などのテキストデータベースや言語研究用に構築されたコーパスなどの言語資料が利用できるようになっている。しかし,言語資料を検索・閲覧するための手段が提供されることは少なく,言語資料が有効に活用されていないという問題がある。本稿の目的は,言語資料を有効に活用するため,全文検索システム『ひまわり』を用いて,言語資料の検索環境を構築する方法を示すことである。特に,検索環境構築時の実際的な事柄(文字コードなど)にも配慮し,既存の言語資料をどのような形式に整形すれば,どのような検索環境が構築できるのかを,実例に基づいて説明する。本稿では,まず,『ひまわり』の機能概要,および,検索能力を説明したのち,それに基づいて,(1)生テキストに近い言語資料,(2)形態素情報が付与された言語資料,(3)画像データと関連づけられた言語資料,の3種類の言語資料に対する検索環境を構築する。
松浦, 年男 MATSUURA, Toshio
本稿では天草諸方言を対象に有声促音の音韻分布と音響音声学的な実現について報告する。音韻面に関しては,天草諸方言のほとんどの方言において和語や漢語に有声促音が見られ,音声面に関しては,どの方言も全区間声帯振動が非常に多く観察されることを示す。
杉戸, 清樹 塚田, 実知代 SUGITO, Seiju TSUKADA, Michiyo
そのつどの言語行動の種類について明示的に言及するメタ言語的な言語表現類型について,杉戸・塚田1991で書きことばの専門的文章を検討したのに引き続き,話しことば,とくに公的なあいさつを対象とした記述分析を行なった。公的あいさつには,表現のあらたまりを目指したと解釈されるレトリカルな言い回し(動詞そのものも文末形式も)によって,くりかえされる場合も含めて一つのあいさつに平均して3~4回,相当のバラエティの言語行動を説明するメタ言語表現が現れる。書きことば資料で優勢であった意志や希望を明示する文末形式は公的あいさつでは少数である一方,文末の敬語要素はあいさつのメタ言語表現には相当豊富である。また,当該の言語行動を直接的に表現する直接表現は,メタ言語表現に比べて少ない。これらの事実は,あいさつのあらたまり性を目指して表現の直接性を避けた結果と解釈される。発話行為論で言う発語内行為が明示的に言語化される実態を記述し,それが語用論で言う言語表現における対人的なあらたまり(丁寧さの一種)と深く関連しているという解釈を,本稿では言語行動研究の観点から指摘した。
アンガー, J. マーシャル UNGER, J. Marshall
日本語はこれまで,韓国語や満州語,タミール語などの言語と比較されてきたが,これらの言語と日本語との間の系統関係について説得力のある説はこれまでに提示されていない。このことを,日本語には「同じ系統に属する言語がない」という意味にとらえれば,日本語は孤立言語であるということになる。孤立言語とは,共通祖語から共に発達した他の言語が全て絶滅してしまい,一つだけが生き残ったと考えられる言語のことである。日本語を孤立言語として扱ったとしても,例えば日本語話者の祖先がいつどこからこの地域にやってきたのか,というような,日本語の発達経緯に関するさまざまな疑問を解明することにはならない。だが,日本語と他の言語との系統関係を探り続けることで得られる知識は,たとえ不完全なものであるにしろ,日本語が孤立言語であると結論づけてしまうよりも,言語学的に貢献するところが大きい。多様性に富み規模が大きないくつかの言語族(例えば,インド・ヨーロッパ語族,オーストロネシア語族,中国語族)は,その共通祖語が話されていた年代がいつごろであるかについてかなり正確にわかっているが,これらの言語の存続が五千年を超えるものは一つもない。それゆえに,日本語が厳密な意味での孤立言語であるという主張は,同時に,日本語が非常に古い言語であるということ,また,日本語が発達してきたと考えられるその途方もない長い時間の中で,同じ祖語から派生した日本語以外の全ての言語が絶滅する運命をたどったのだと主張することになる。そのような状況に至った経緯をさまざまに想像するのはたやすいが,本論文において詳しく検証するように,いかなる仮定的状況についても,言語学的あるいは非言語学的側面から立証することは難しい。日本の先史について言えば,関連する言語以外の情報がかなり豊富に存在するので,言語の発達経緯の研究過程で,そのような情報を,言語学的仮説の範疇を特定したり修正してゆくために大いに利用すべきである。
李, 勝勲 倉部, 慶太 品川, 大輔 Lee, Seunghun J. Kurabe, Keita Shinagawa, Daisuke
大言語を対象とした様々なデジタルアーカイブに基づく研究が進展する一方で、少数言語を対象としたデジタルアーカイブの構築とその利活用はまだ充分に進んでいるとはいいがたい。本稿では少数言語を中心に著者らが構築したデジタルアーカイブを紹介し、少数言語を対象としたアーカイブ化に関して議論する。一つ目はチベット・ビルマ系の5言語に関する資料を公開するアーカイブサイト 'PhoPhoNO'、もう一つはバントゥ系の5言語の資料をアーカイブ化したサイト 'Bantu Language Digital Archive (BantuDArc)' である。各サイトは言語に関するメタデータ、地図、そして言語資源から構成される。音声資料を含む個別のデータ項目には固有のIDが付与され、申請によってアクセスを認められれば、利用者はそれらデータを研究資源として利活用することができる。
宮田, 剛章 MIYATA, Takeaki
本稿の目的は,中国人・韓国人日本語学習者を対象に敬語動詞における中間言語を数量化し,その結果を基に,第二言語としての敬語動詞の習得状況を量的中間言語という観点から解明することである。概して,日本語学習者は日本語運用能力が日本語母語話者に近づくにつれ,量的中間言語が発達することが確認されたが,それを構成する正用的および誤用的中間言語の発達は学習者の属性により異なる。また,母語の影響については,韓国人学習者の謙譲語の一部に確認されたのみであった。言語的転移以外に心理言語的・社会心理的転移も考えられたが,どの敬語種・対応群でも心理言語的・社会心理的転移の可能性が低いと思われる。
小林, 雄一郎 KOBAYASHI, Yuichiro
コーパスに基づく言語研究の利点は,広範な言語項目を分析対象とすることで,言語データを包括的に記述できることである。しかしながら,複数のデータにおける多数の言語項目を効率的に分析するためには,多変量解析などの統計手法に関する知識が求められる。本稿では,言語研究で活用することができる複数の多変量解析の長所と短所を比較検討し,ヒートマップと階層型クラスター分析を組み合わせて用いることの有効性を論じる。それに加えて,R言語を用いた解析方法と,その解析結果を解釈する方法を提示する。
高嶋, 由布子 TAKASHIMA, Yufuko
危機言語としての言語研究が国際的に行われるようになって以来,手話言語はその枠組みに入れられてきていなかった。2006年,国連の障害者の権利条約で,手話も言語であると定義され,その重要性が認知され,手話研究の重要性は高まっている。これと同時に,重度難聴者への補聴を可能とする人工内耳などの技術も高まっており,手話を第一言語として習得する者が減少してきている。
村杉, 恵子 MURASUGI, Keiko
本稿は,言語獲得の論理的問題を整理した上で,wh島制約に関する研究と「の」の過剰生成に関する研究を紹介する。普遍文法の特性が言語獲得の早期から獲得されている一方で,幼児の「誤用」は,普遍文法の制限の範囲内で起こることを理論的実証的に示す。このことにより,幼児の「正用」も「誤用」も,自然言語の特性が表出した現象であることを示し,人間に備わる生得的な言語知識の実在性を,言語理論と言語獲得研究から裏付ける。
Yuki Masami 結城 正美
本稿は、森崎和江の作品におけるディアスポラ的な言語実践を分析するものである。自己と他者を分け隔てる境界を、両者をつなぐインターフェイスとしてとらえ直そうとする森崎の文学的試みは、具体に根づいた(土着の)言語を称揚するのでも、抽象世界で自己完結している言語を単に批判するのでもなく、異質な言語をつなぐ新たな言語の希求というかたちで展開する。確たる参照点を持たず欠落の意識を手だてとする森崎のディアスポラ的言語探求を、森崎作品における三つの重要なトポス―沖縄/与論、朝鮮、炭坑―に着目し分析する。
林, 直樹 田中, ゆかり
本稿では,異なる研究者によるデータをWeb上で共有・統合することを目的に構築された「日本大学文理学部Web言語地図」の概要を報告する。最初にWeb言語地図の利用方法のうち,言語地図の描画方法を説明する。次に,Web言語地図にデータを追加するために,個人がどのようにデータを管理するのかを述べ,作成したデータをWeb上で管理するための方法を解説する。最後に.Web言語地図の理念である研究資源の共有という試みにおける今後の課題について言及する。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
言語地理学は,その学術的展開とともに語形分布の2次元空間的配列関係を基盤とした歴史的解釈に目的を焦点化させるに至ったが,そのような方法では,例えば待遇表現のように地域が持つ社会的特性と言語が関連を持つ事象の分析に十分対処することができない。また,配列関係に基づく解釈においても,その背景にある地理的情報を検討することは必要である。本来,言語地理学は言語外の情報と言語情報を空間的に照合することで,言語=方言と人間の実生活との関係を見ていくことに,そのダイナミズムがあった。そのような出発点に立ち戻るなら,地理情報システム(GIS)は,言語地理学を再生させるための大きなキーとなるものである。
前川, 喜久雄
話しことばは書きことばよりも多くの種類の情報を伝達している.音声は論理的な言語情報の他に感性的なパラ言語情報を伝達している.この発表では標準的な日本語を対象として,代表的なパラ言語情報がどのような音声的特徴によって伝達されているかについて報告し,あわせてパラ言語的情報がどの程度正確に伝わるかという問題にも触れる。
森, 大毅 MORI, Hiroki
Fujisaki (1996)は,音声に含まれる情報を言語的情報・パラ言語的情報・非言語的情報の3つに分類した。藤崎の定義では,転記可能性と話者の意識的な制御の有無が分類の要になっている。このため,話者の意識的な制御の有無が明確でない現象に関しては分類上の問題を生ずる可能性がある。特に,感情の扱いはしばしば問題となっていた。本研究では音声によるコミュニケーションの図式を整理し,話し手により意識的に制御された感情表出を適切に位置付けるために,メッセージ性をもって生成された感情表出と不随意的に生成された感情表出とを区別した。また,話者の言語的メッセージおよびパラ言語的メッセージと,聞き手が得る言語的情報およびパラ言語的情報とを区別し,それらの違いを明確に述べた。
白井, 聡子 SHIRAI, Satoko
本稿では,ダパ語(チベット=ビルマ語派チァン語支)に見られる多義的な前接語=ta 'ON'について記述とその成立過程に関する考察を行う。=ta 'ON'は,場所名詞語幹から文法化された前接語の一つで,「上」を意味するtha1から文法化されたものと考えられる。しかし,その表す意味は,他の場所名詞由来の前接語と比べて著しく多岐にわたっている。他の同様の前接語は,名詞に後置され,行為の場所,着点,起点を表す場所名詞句を形成する。ところが=ta 'ON'は,それに加えて,被害者的目的語および尊敬を受ける目的語の標示にも用いられ,時を表す副詞句も形成する。さらに,=ta 'ON'は,接続詞としても機能する。接続詞=ta 'ON'は,従属節末尾の動詞に付加される。接続詞=ta 'ON'自体も多義であり,一義的には時を表す従属節を形成するが,継起,条件,逆接を表す従属節をも形成する。意味派生のプロセスを考慮すると,時点から継起へ,さらに継起から条件および逆接へという段階が考えられる。以上のような両機能性と多義性を記述し,さらに,近隣で話される同系のチァン語支言語との対照を試みた。「上」を表す名詞の文法化はチベット=ビルマ語派に散見されるものの,ダパ語に見られるほどの多義性が報告された言語はない。同じチァン語支チァン語群に属するチァン語雅都方言に,「上」から文法化された多義前接語が報告されている。その一方で,ダパ語に最も近い地域で話されるチァン語支ギャロン語群の諸言語には「上」に由来する多機能の機能語が見られない。名詞「上」から前接語'ON'への文法化は,地域的に広がった特徴ではなく,ダパ語とチァン語に共通の祖語の段階で起こり,両言語に受け継がれたものと考えられる。
大村, 敬一
本論文の目的は,イヌイトの「伝統的な生態学的知識」に関してこれまでに行なわれてきた極北人類学の諸研究について検討し,伝統的な生態学的知識を記述,分析する際の問題点を浮き彫りにしたうえで,実践の理論をはじめ,「人類学の危機」を克服するために提示されているさまざまな理論を参考にしながら,従来の諸研究が陥ってしまった本質主義の陥穽から離脱するための方法論を考察することである。本論文では,まず,19世紀後半から今日にいたる極北人類学の諸研究の中で,イヌイトの知識と世界観がどのように描かれてきたのかを振り返り,その成果と問題点について検討する。特に本論文では,1970年代後半以来,今日にいたるまで展開されてきた伝統的な生態学的知識の諸研究に焦点をあて,それらの諸研究に次のような成果と問題点があることを明らかにする。従来の伝統的な生態学的知識の諸研究は,1970年代以前の民族科学研究の自文化中心主義的で普遍主義的な視点を修正し,イヌイトの視点からイヌイトの知識と世界観を把握する相対主義的な視点を提示するという成果をあげた。しかし一方で,これらの諸研究は,イヌイト個人が伝統的な生態学的知識を日常的な実践を通して絶え間なく再生産し,変化させつつあること忘却していたために,本質主義の陥穽に陥ってしまったのである。次に,このような伝統的な生態学的知識の諸研究の問題点を解決し,本質主義の陥穽から離脱するためには,どのような記述と分析の方法をとればよいのかを検討する。そして,実践の理論や戦術的リアリズムなど,本質主義を克服するために提示されている研究戦略を参考に,伝統的な生態学的知識を研究するための新たな分析モデルを模索する。
大村, 舞 浅原, 正幸
自然言語処理の分野では多言語かつ言語横断的な言語研究が盛んに取り組まれている。その言語横断的な言語研究の取り組みとしてUniversal Dependencies(UD)がある。UDでは品詞や係り受け構造の標準・スキーマを定め,多言語のコーパスを提供している。本論文では,日本語コーパスである現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)をUDのスキーマへと変換したコーパスについて紹介をする。BCCWJでは日本語における文節単位の係り受け情報がすでに付与されている。この係り受け構造を基にしてUDへと変換するプログラムの開発を行った。しかし,文節単位はUDの単語単位には沿っていない。そのため,BCCWJで提供されている短単位と長単位というふたつの言語単位を単語の単位をして認定したコーパスを構築する。短単位と長単位についてUDのスキーマに当てはめた場合,どのような係り受け構造ができるのかを示す。
緒方 茂樹 Ogata Shigeki
将来的な特別支援教育の充実のために、沖縄県の地域特徴である島嶼地域に焦点を当てながら、地域における関係諸機関のネットワークシステム構築の参考となる資料作成を目的とした。ここでは特に宮古圏域に着目しながら、地域における関係諸機関が復帰後に歩んできた歴史を再確認し、同じ時間軸の上に関連する出来事(イベント)を、教育、医療・保健、福祉、労働等の分野毎に平行に並べながら、いわゆる「年表形式」に纏めた。この年表を元に各分野間を横断的に概観することによって、宮古圏域における障害児に関わる関係諸機関の歩みを多角的かつ総合的に捉えることができる。このことを踏まえて、関係諸機関各々がもつ役割を明確にしながら効率的な役割分担の在り方を探り、さらに関係諸機関の歴史的背景を明らかにしながら過去の様々な経緯を知る。これらのことを通じて、今後の特別支援教育の展開に向けてよりよい連携の在り方を考える手がかりを得ることができると考えられる。
村上 呂里 梶村 光郎 Murakami Rori Kajimura Mitsurou
研究概要:(平成15年度時点)2003年8月20日〜27日、タイグェン師範大学(北部山岳少数民族の拠点師範大学)Nguyen Van Loc学長他2名が琉球大学教育学部を訪問した際、少数民族言語教育が抱える課題(学力問題、バイリンガル教育の方法をめぐる課題、ドイモイ政策以降の言語教育の変化等)についてインタビューを行い、その詳細と考察について、両輪の会『両輪』42号(2004)に報告した。2003年12月下旬、ベトナム国立人文社会科学センター言語学院とタイグェン師範大学を訪問し、第1回調査を行った。12月23日、言語学院研究員Ta Van Thong氏ら2名に、ベトナム語の「国家語」化をめぐる問題、少数民族言語政策の変化と課題等について、インタビュー調査を行った。12月25日、タイグェン省ボーニャイ郡クックドゥオン小学校およびその分校の識字学校を訪問、校長のTran Thi Loan先生や識字学校のUyen Van Thanh先生および学習者にインタビューを行った。12月26日、タイグェン師範大学の少数民族学生にインタビュー調査を行った。2004年2月28日〜3月6日、タイグェン師範大学からLuon Ben語学文学科教授ら3名を「多言語社会における言語教育研究会」のために招聘し、3月2日、村上が「日越比較言語教育のために日本近代言語教育の出立-地域語・民族語を視座に-」を発表、3月4日、Luon Ben教授が「ベトナム少数民族言語教育の歴史と課題」を発表、宮城信勇氏が「『石垣方言辞典』完成への道のりと思い」を発表、各々質疑応答を行った。今年度は第1年目であり、調査報告と関係論文の翻訳・考察に重点をおき、中間報告書を作成した。ベトナム言語教育史の解明とともに、ドイモイ政策以降ベトナム語の社会的機能の高まりを背景とした、多言語社会ベトナムが直面する言語教育の課題が浮かびあがってきた。
春成, 秀爾 Harunari, Hideji
東日本の弥生時代前半期には、人の遺体をなんらかの方法で骨化したあと、その一部を壺に納めて埋める再葬制が普遍的に存在した。再葬関係と考えられている諸遺跡の様相は、変化に富んでいる。それは、再葬の諸過程が別々の場所に遺跡となってのこされているからである。
西島, 光洋 NISHIJIMA, Mitsuhiro
本研究では、アジア言語母語およびヨーロッパ言語母語の中級日本語学習者(以下それぞれアジア/ヨーロッパ言語母語話者)による各品詞の使用量の差異を調査した。計11母語の日本語学習者それぞれに対して、I-JAS のストーリーライティング(SW)タスクとエッセイ(E)タスクそれぞれにおける、各品詞(大分類・細分類)のトークン数とタイプ数の頻度を計算した。その結果、対象とする母語数を増やすと、先行研究で指摘されていたアジア/ヨーロッパ言語母語話者間の差異が確認されなくなる場合があることが分かった。また、タスクによって、アジア/ヨーロッパ言語母語話者間の差異が確認できる品詞は異なることも分かった。特に、ヨーロッパ言語母語話者はアジア言語母語話者と比べて、SWタスクでは終助詞を多用する一方で、Eタスクでは口語的な助詞を豊富に使用することが判明した。この結果を基に、ヨーロッパ言語母語話者が書く文書には、文書のジャンルに依らない、文体上の共通点が存在する可能性を指摘した。
大村, 舞 浅原, 正幸
自然言語処理の分野では多言語かつ言語横断的な言語研究が盛んに取り組まれている。その言語横断的な言語研究の取り組みとしてUniversal Dependencies(UD)がある。本論文では、日本語のコーパスであるUD Japanese-BCCWJについて紹介をする。UD Japanese-BCCWJは現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)に付随する係り受け情報などを組み合わせて、UDへと変換、構築したBCCWJのUniversal Dependencieである。これは日本語のUDの中でも1980文章、57,256文、約126万単語を含む最大規模また複数のレジスターを内包したデータセットである。UD Japanese-BCCWJの特徴について説明する。またUD Japanese-BCCWJの構築手順について説明し、現状における問題点について議論する。
吉岡, 泰夫
国立国語研究所の方言研究は,「現代の言語生活」を課題として,話しことばをめぐる言語問題をタイムリーに探索し,問題解決のための科学的調査研究を,独自に開発した方法で実施してきた。言語政策の企画立案に資する基礎研究資料を提供するとともに,日本語研究の中枢的機開として学界の発展と充実にも寄与してきた。特に,社会言語学,言語地理学の分野においては,先進的研究の開拓によって,戦後の日本語研究にリーダーシップを発揮してきたところである。
小林, 隆 KOBAYASHI, Takashi
文献国語史と言語地理学の提携により語史を構成するための基礎資料の一つとして,『日本言語地図』(国立国語研究所,昭和41~49年)の関連意味項目の全国方言分布を明らかにしようとした。語史研究は,文献国語史と言語地理学とが提携して進められることが望ましく,その資料として,言語地理学では主に『日本言語地図』が利用されてきた。ところが,『日本言語地図』の解釈を文献国語史と対照すると,両者の間で語の意味が対応しない場合があり,この点について詳しく考えるために,例えば〈眉毛〉に対する〈まつ毛〉など『日本言語地図』の関連意味項目の方言分布をあらたに調査した。項目は主に身体名称の50項目であり,通信調査法により全国1400地点分の資料を収集した。本稿は,この調査の目的と方法について論じたものである。
国立国語研究所は,1988年12月20日(火)に創立40周年をむかえた。それを記念して,同日,「公開シンポジウム『これからの日本語研究』」が国立国語研究所講堂でひらかれた。本稿はそのシンポジウムの記録である。 (ただし,集録にあたっては,本報告集の論文集としての性格を考慮し,あいさつ,司会の発言は省略し,発表内容に関する発言のみを集録した。)ひとくちに「日本語研究」といっても,その研究対象は多様であり,また研究の視点・方法も多様である。そして,近年その多様性はますます拡大する傾向にある。このような状況をふまえ,今回のシンポジウムでは,(1)理論言語学・対照言語学,(2)言語地理学・社会言語学,(3)心理言語学・言語習得,(4)言語情報処理・計算言語学という四つの視点をたて,それぞれの専門家の方に日本語研究の現状と今後の展望を話していただき,それをもとにこれからの日本語研究のあり方について議論するという形をとった。
親川 志奈子 Oyakawa Shinako
ハワイがルネッサンスに湧く1970年代、琉球では日本を「祖国」と呼ぶ「復帰」運動が起こっていた。「復帰」40年目にあたる2012年現在、琉球諸語はその特徴である豊かな多様性を残しつつも、若い世代への継承が行われておらず、ユネスコの危機言語レッドブックには琉球諸語のうち六つの言語が登録されている。2006年には「しまくとぅばの条例」が制定され、琉球弧各地においてしまくとぅば復興のための草の根の言語復興運動が展開されており、県庁所在地の那覇では「はいさい運動」など行政の取り組みも起こっているが、政府レベルでの言語政策は存在しない。また言語復興の現場には多文化共生というフレームワークが敷かれており、言語とアイデンティティを同時に語らせるが、インディジニティという自己認識に到達させない仕組みが存在する。本稿では日本が国家=民族と定義し教育してきた背景と「復帰」 に至るプロセスとその結果としてディスエンパワメントされた琉球人の民族意識や言語意識に対するトラウマについて、インディジネスの権利回復運動の中で言語復権を強めたハワイと比較し議論する。
Kobayashi Masaomi 小林 正臣
本稿はMartha WoodmanseeとMark Osteenが提唱する「新経済批評(The New Economic Criticism)」を検証しながら、文学と経済学の新たな学際性を模索する。社会科学としての経済学は数式を多用した限定的な意味における「科学」を標榜する傾向にあり、人文科学としての文学は経済学-多数の学派に基づく経済学-をマルクス経済学に限定して援用または経済学の専門用語などを誤用する傾向にある。これら問題点を考慮しながら、本稿は両学問の類似性と相違点を認識することの重要性を強調する。例えば、Donald McCloskeyが指摘するように、経済学は数式を用いながらも言語による論証を行うことにおいて修辞的である。またPierre Bourdieuが指摘するように、言語と貨幣は機能的に類似する点が多くあり、それゆえ文学と経済学の「相同関係(homology)」が考えられる。しかし相同関係を発見する一方で、それら学問間の絶えざる緊張関係を維持しながら新たな相互関係を構築する必要があり、その際の媒介を果たすのが新経済批評である。換言すれば、文学は経済学を始めとする諸科学の理論を導入しながら、それら科学に新たな返答をすることが可能な「場」であると認識することで、両学問は相互的な知的活性化を永続できる。かくして本稿は、文学と経済学の学際性の追求は「未知(notknowing)」の探求であると結論する。
田中, ゆかり 早川, 洋平 冨田, 悠 林, 直樹 TANAKA, Yukari HAYAKAWA, Youhei TOMITA, Haruka HAYASHI, Naoki
言語景観研究に基づく地域類型論の構築を目指した事例研究として,本稿では,外国人来訪客の多い地域でありながらサブカルチャーの街としても知られるJR秋葉原界隈,通称アキバをとりあげ,2010年に行なった調査結果に基づき報告を行なう。調査対象は実店舗の掲示類,並びに店舗運営のWebサイトである。実店舗・Web調査結果からは次の点が明らかになった。(1)「日本語」「英語」以外の言語として,「中国語(簡体字)」への対応が手厚い。一方,「韓国語/朝鮮語」は単言語としても併用言語としても出現頻度が低い。(2)家電系や免税系は多言語傾向が顕著だが,サブカル系は「日本語」単言語が主流。上記結果から,アキバは他地域における“標準タイプ”化と異なる多言語化の状況にある特異性をもつことが確認された。また,この背景には外国人来訪者の傾向性や店舗分野の違いといった,アキバの街を構成する要素が関係していることを指摘した。
崔, 文姫 CHOI, Moonhee
本稿は,日本語学習者(以下,「学習者」)の発話に対する日本語教師(以下,「教師」)と非日本語教師(以下,「非教師」)の評価の因果関係を明らかにすることを目的とし,共分散構造分析の因果モデルによる検証を行う。その結果,教師は『個人的親しみやすさ』『言語能力』『社会的望ましさ』『待遇性』『活動性』『パラ言語能力』,非教師は『個人的親しみやすさ』『言語能力』『社会的望ましさ』『パラ言語能力』『話し手の方略』『活動性』という異なった観点を基に評価を行うことが分かった。また,それぞれの評価の観点は互いに影響し合い,複雑に絡み合い,学習者への印象につながることが確認された。とりわけ,両者ともに,学習者の『言語能力』が『パラ言語能力』と『個人的親しみやすさ』および『活動性』という印象の評価につながり,特に『パラ言語能力』に与える影響が一番大きいことが明らかになった。さらに,その『パラ言語能力』が,母語話者が学習者に対して抱く印象すべてに大きく影響を及ぼすことも,両者に共通している。教師のみに現れた特徴は,学習者の『待遇性』に関わるパスである。『待遇性』が学習者の『パラ言語能力』と『社会的望ましさ』の印象に影響を与え,『言語能力』とは互いに影響し合う関係(正の相関)が現れた。一方,非教師のみに現れた特徴は,学習者の『話し手の方略』に関わるパスである。学習者の『話し手の方略』が,『言語能力』との間で高い負の相関を見せ,学習者の『パラ言語能力』と『社会的望ましさ』や『個人的親しみやすさ』の印象に弱い影響を与えていることが判明した。
鑓水, 兼貴 YARIMIZU, Kanetaka
首都圏の言語は,構成員の多様さのため非常に複雑であるとされる。しかし現代の共通語は,東京の言語を基盤としており,東京における言語変化の影響を受けている。そのため東京および周辺地域における言語動態の調査は,共通語形成過程の解明にとって不可欠である。首都圏若年層の言語の地域差を把握するための調査には,大量のデータを必要とする。そのためには授業場面での学生を対象とした調査が実施しやすい。しかし学生の回答意欲の低下や,授業時間の圧迫といった問題が考えられる。本研究では,そうした問題を解決する方法を検討し,携帯メールを用いた「リアルタイム携帯調査(RMS)システム」を開発した。RMSシステムは,首都圏若年層の言語形式の収集に適しており,大量データから,詳細な分布状況を明らかにすることが可能となる。
Onaha Hiroko 小那覇 ひろこ
第2言語習得者の中間言語は習得あるいは学習した言語環境によって質的に異なるという研究報告が近年数多く発表されている。言語(英語)環境の違いは大きく2つに分けられている。第1のグループは,英語教育を受けずに英語が話されているコミュニティーで自然に英語(中間言語)を習得する場合で,第2のグループは,各機関での英語教育によって学習者が英語を学習・習得する場合である。本稿では,琉球大学短大部英語学科に入学した社会人学生(米軍雇用員)の中間言語を被験者が1年次の時,テープ録音したものを文字化し,分析を試みた。米軍雇用者の英語習得は3つに分類される。(1)中・高校の教育歴で,英語習得は職場のアメリカ人との接触による場合,(2)大学か大学院教育をアメリカ合衆国で受けた場合,(3)日本の大学で英語教育を受け,職場でのアメリカ人との接触によって,さらに英語を習得した場合である。被験者の英語教育歴は中学校と高校に限られており,言語習得環境は,第1グループに属し,(1)の分類に入れられると思われる。分析方法は,KrasbenやPica等の研究で用いられたSOC(Supplied in Obligatory Contexts Analysis of Morpheme)の方法で,英語の機能語(Engllsh grammatical morpheme)の習得状況を調査することによって被験者の中間言語の特徴を明らかにするものである。分析の結果,SOCテストによる機能語の習得状況だけでは,第1グループに属する被験者の中間言語の特徴を明らかにすることはできないという結論に達した。被験者の中間言語には第2グループに属する短大英語学科3年次の学生の中間言語には見られない discourse strategy が頻繁に用いられていた。本稿の結果は,被験者が3年次に達した段階で,同様な方法により再度テープ録音された中間言語と比較される予定である。
舩橋, 瑞貴 FUNAHASHI, Mizuki
日本語と韓国語の口頭発表における修復(注釈挿入と言い直し)を取り上げ,修復を実現する際の言語的手段が異なることをみる。助詞の言い直しにおいては,選択される言語的手段が助詞と名詞の膠着度の異なりとかかわっている可能性を示す。さらに,助詞と名詞の膠着度が低い日本語に関しては,言い直しの開始位置と関係があることを示す。従来の対照研究では,言語体系内の要素を対照単位とするアプローチが多くとられるが,日本語教育のための対照研究においては,ある言語行為を行う際の言語的手段の選択というアプローチも必要であることを主張する。
杉戸, 清樹 塚田, 実知代
(1)社会言語学・言語行動研究の領域で敬語や待遇表現の調査研究を進めていると,一般の回答者が,狭義の敬語だけでなく,より幅広い範囲の敬意の表現を意識しているらしいことがしばしば観察される。
Shimabukuro Moriyo 島袋 盛世
本稿はアイヌ語、韓国語、日本語の超音節的特徴を類型論的に共時的そして通時的観点から比較分析したものである。アイヌ語、韓国語、日本語は高低音調を分別するピッチアクセント言語であると言われているが、本論文ではそれらの言語の方言がすべてピッチアクセント言語ではなく、音調の高低が分別的機能を持たない方言も存在することを指摘する。さらに、ピッチアクセントではない言語・方言間の超音節的特徴を上げ、アイヌ語、韓国語、日本語間で相違点を比較考察する。
後藤, 斉 GOTOO, Hitosi
本稿は,コーパス言語学をもっとも発達させたイギリスにおける事情と日本におけるコーパス研究の位置づけとを対比しつつ歴史的に概観して,その発展の違いの要因を探り,あわせて今後に対するなにがしかの見通しを得ようとするものである。イギリスにおいてコーパス言語学が発達したことには,主要因としては言語研究の流れに沿うものであったことが挙げられ,ほかにもいくつかの言語内的および言語外的要因が挙げられる。それに対して,日本では,計算機利用の言語研究の歴史は長いが,コーパスの概念の精緻化には至らず,現在,代表性を備えていて,人文系の研究者が共有できるようなコーパスが存在しない。現在の不十分なコーパスでも意味論の研究などに利用することが可能ではあるが,国立国語研究所が「現代日本語書き言葉均衡コーパス」の構築に着手したことの意義は大きい。ただし,それを十分に生かすためには,利用考の側にも主体的な努力が求められる。
大滝, 靖司 OTAKI, Yasushi
本研究では,子音の長さが音韻論的に区別される6つの言語(日本語・イタリア語北米変種・フィンランド語・ハンガリー語・アラビア語エジプト方言・タイ語)における英語からの借用語を収集してデータベースを作成・分析し,各言語における借用語の重子音化パタンを明らかにする。その結果から,語末子音の重子音化は,原語の語末子音を借用語で音節末子音として保持するための現象であり,語中子音の重子音化は原語の重子音つづり字の影響による現象であることを指摘し,純粋に音韻論的な現象は語末子音の重子音化のみであることを主張する。
曹, 大峰 CAO, Dafeng
多言語コーパスに焦点を絞って,まずこれまで多言語コーパスを分類するための基準が不足していたことを指摘する。さらに,多言語コーパスというものにおいては異なる言語がさまざまな関係によって関連付けられていることを示し,その関係を分類するための基準を提案する。その上で,多言語コーパスをどのように選定し,使い分けるべきかについての目安を示す。また,「中日対訳コーパス」の作成と利用経験を踏まえて,訳文データの特性に気付かず原語と対等に使うなどの利用上の問題点を指摘したうえ,筆者が提示した利用モデルを説明し,「可能だ」という可能表現,終助詞「だろう」の意味用法,日中同形語である「基本」の意味用法などに関する日中対照研究の事例を通して,対訳コーパスを適正に利用する方法とその効果を示す。
Goya Hideki 呉屋 英樹
“formulaic sequences” (定型連鎖)は重要な言語知識であり(Wray、 2002)、 第二言語(外国語)による円滑なコミュニケーションを行うためには必要不可欠な知識である(Pawley & Syder 1983)。その重要性にも関わらず,その能力の発達,特に適切な定型表現の使用を身につけるまでには長い時間を要する(Laufer & Waldman、 2011)が,多くの研究では学習言語のインプットに十分に触れることでformulaic sequencesは熟達すると指摘されている。本研究では,学習言語を教授言語とする教室環境において日本人英語学習者(n = 27)の“lexical bundles” (単語連鎖)の使用とその変化について調査した。調査は参加者の産出したライティングのコーパスを構築し,AntConcを用いて語彙の分布と頻度,およびサイズの異なる単語連鎖を抽出した。分析の結果,参加者は高頻出語彙を多用するようになり,2語からなる単語連鎖 (2-gram lexical bundles)の使用が増加するともに,その他のサイズの単語連鎖の使用は減少した。このことから,学習言語を教授言語とするEFL環境では産出的スキル向上への効果は限定的ではあるが,phraseological competence(定型表現能力)の向上への影響の可能性を示した。
竹田, 晃子 鑓水, 兼貴 TAKEDA, Koko YARIMIZU, Kanetaka
痛みを表す言語表現のうち動詞ウズクの使用実態について,約18万人を対象に行ったアンケート調査「慢性痛とその言語表現に関する全国調査」をもとに,地域差を中心に世代差・用法差を明らかにし,その背景を考察する。
益岡, 隆志 MASUOKA, Takashi
複文構文プロジェクトの目的は,日本語複文構文研究のさらなる発展の可能性を提示することである。考察対象に連用複文構文と連体複文構文の両方を掲げるとともに,歴史言語学,コーパス言語学,対照言語学などからの広範なアプローチを試みる。本報告では,複文構文プロジェクトの研究成果のなかから,2つの話題を紹介する。1つは連用節と連体節における接続形式の現れ方に関する言語類型の問題であり,もう1つはテ形節の定形性/非定形性の問題をめぐる話題である。
熊谷, 康雄 KUMAGAI, Yasuo
『日本言語地図』のデータベース化(『日本言語地図』データベース,LAJDB)の概略を説明し,3年間の本プロジェクト期間中に整備を進め,利用可能となった項目(119項目)の一部を利用した計量的な分析の事例として,標準語形の使用数の地理的な分布を示した。これにより,『日本言語地図』がデータベース化されることの意味とこれが生み出す新しい研究の広がりの一端に触れた。
金城 尚美 玉城 あゆみ 中西 朝子 Kinjo Naomi Tamaki Ayumi Nakanishi Asako
杉戸(2005等)は「日常われわれが行っている言語活動の中では『配慮』を常に行っており,その対人的な配慮は『メタ言語行動表現』の明示により示される」(杉戸 1998)と述べている。相手への配慮を示すことがよい対人関係を築くために必要な要素の1つであるとすれば,円滑な対人関係を築いている学習者は相手への配慮を適切に行っていることになる。具体的にはメタ言語行動表現を適切に使用していると考えることができる。そこで本研究では「言語行動における配慮」(杉戸 2001等)という観点から,円滑な人間関係を築いている日本語非母語話者の発話データを基に「メタ言語行動表現」が使用されているかを調査した。その結果,「メタ言語行動表現」の使用実態が明らかになり,また,「意識的配慮」(一二三 1995等)も行っている様子も観察された。これらのことから,「メタ言語行動表現」の使用と「意識的配慮」が日本語非母語話者の印象の良し悪しを決める要素になっている可能性があり,円滑なコミュニケーションの遂行に大きく関わっているのではないかということが示唆された。
酒井 彩加 Sakai Ayaka
「共感覚的比喩」の「一方向性仮説」(五感内の意味転用にみられる左から右への一方向性)は、これまで人間が生理学的に普遍であること等を論拠に、世界の言語共\n通に認められる「言語普遍性」の現象のひとつとされてきた。しかし研究が行われたのは英語と日本語のみであり、日本語の調査についても不十分なものである。従って、英語と日本語をはじめ他の言語についても本当に言語の違いを越えて共通に認められる現象であるのかどうか、十分に調査し検証する必要がある。酒井(2003)では、現代日本語における共感覚的比喩について多数の実例に基づき検証し、日本語においては比喩の一方向性が認められないという結論を得た。そこで本調査では、この酒井(2003)での結果を踏まえ、7つの言語(中国語、アラビア語、英語、スペイン語、韓国語、タガログ語、ロシア語)を対象とし「各言語の共感覚的比喩体系には、様々な多様性が認められる」という仮説を立て検証した。要点は、以下の5点にまとめられる。1.今回の調査で最も多く一方向性仮説に反する例が認められたのはタガログ語である。しかし、2番目に多い日本語、そして3,4番目の中国語、英語までは数値的に大きな差は無く、日本語だけでなく複数の言語においても多数の反例が存在することが明らかになった。2.「視覚→触覚」表現については、日本語と韓国語が7言語中、最も少ないのに対し、中国語においては多くの反例が存在する可能性がある。しかし「視覚→味覚」および「視覚→嗅覚」表現と比較すると、「視覚→触覚」表現は他の言語においても用例数が少ない可能性がある。3.「視覚→味覚」表現については、日本語が目立って多い。次いでタガログ語、英語、中国語にも比較的多くの反例が存在するが、スペイン語とアラビア語を除く他の言語においても、多くの反例が存在する可能性がある。4.「視覚→嗅覚」表現については、タガログ語および日本語に多く用例数が認められる。英語、中国語、アラビア語、ロシア語、韓国語にも用例が認められるが、スペイン語だけは極端に少ない可能性がある。5.7言語中、「うすい」「こい」「あわい」に相当する語においては、どの言語においても多数の転用例が認められる。一方、「あかるい」「くろい」「うつろな」「くうどうの」「ピンクの」といった語においては、今回の調査ではどの言語にも全く用例が認められなかった。本稿全体の結論として、日本語以外の7つの言語においても数多くの反例が認められる。従って、今後他の言語についてもさらに調査すべき必要性があることが確認できた。なお本調査は、今後予定されている20言語を対象とした言語調査に先立つ予備調査である。
清水, 善仁 SHIMIZU, Yoshihito
本稿は、筆者がこれまで考察してきた大学アーカイブズ理念を実現するための方法論を、大学アーカイブズの活動戦略として検討したものである。戦略とは、理念と諸活動を結びつけるものである。この検討によって、大学アーカイブズの諸活動が整理され体系的に把握されるとともに、筆者の考える活動戦略の試論を提起することによって、大学アーカイブズの理念と活動の関係性に一定の枠組みを示すことになると考えられる。
宮島, 達夫 小沼, 悦 MIYAZIMA, Tatuo ONUMA, Etu
言語情報処理研究の分野ではシソーラスが活用されているが,それらは特定科学分野の概念間の関係をとりあげることが多い。一般用語のシソーラスは表現辞典の一種として利用されるのが大部分であるが,これも言語研究に役立つ面がある。
春遍, 雀來 HALPERN, Jack
情報交流の国際化に伴い多言語情報の充実は今や喫緊の課題である。特に固有名詞やPOI (points of interest)は膨大な数量に加え頻繁な名称変更にも対応する必要があるため,正確で充実した多言語辞書データ資源が必須だ。そこで,機械翻訳の作業効率と精度を格段に向上させる,超大規模辞書データ資源(Very Large Scale Lexica: VLSL)の構築例として,固有名詞・専門用語等を含む日中韓英辞書データベースや多言語固有名詞辞書データベースを紹介する。VLSLは情報検索・形態素解析・固有表現認識・用語抽出等,自然言語処理の幅広い分野に応用が可能で更なる展開が期待される。
ウェイ諸石, 万里子 WEI MOROISHI , Mariko
本稿では,助詞「に」「で」と四つの推量助動詞「ようだ」「そうだ」「らしい」「だろう」の習得における明示的学習条件と暗示的学習条件の効果について考察する。42人のアメリカの大学生の日本語学習者が二つの実験群(明示的グループ,暗示的グループ)と対照群に無作為に分けられ,易しい言語型式(助詞),複雑な言語型式(推量助動詞)についてそれぞれ学習した。明示的学習グループは簡潔で系統だった文法説明を受けた後,聞き取りや読解などの意味中心の教室活動を行った。暗示的学習グループも全く同じ教室活動を行ったが,文法説明は受けなかった。そのかわり視覚的に学習者の注意を目標言語型式に向けさせるように助詞「に」「で」と4つの推量助動詞には全て下線が引かれていた。五種類のテストを用いて事前テスト,直後テスト,遅延テスト(九週間後)を行い,テストのスコアを統計分析した結果,明示的グループは暗示的グループ,統制群をはるかに上回り,その差は統計学的に有意であった。暗示的グループは易しい言語型式においてのみ統制群との差が有意であった。明示的学習条件は助詞「に」「で」や推量助動詞のように意味論的制約を含んだ言語型式の習得の場合その難易度に関わらず有効であったと言える。また手短かな文法説明は意味重視の活動と組み合わされて行われた場合言語習得を促進するようである。まとめとして,どのような指導がどんな言語型式に有効かについて考察し,学習者の気付きを促す言語活動の適切な明示性の度合について論じる。
張, 守祥 ZHANG, Shouxiang
本研究は「残留孤児・残留婦人の里」と呼ばれている中国黒龍江省方正県における言語景観の実態・特徴について考察するものである。方正県の事例によって示されるように,言語景観のすべてが市場経済の原理に従って構成されているわけではなく,行政主導型の言語景観も存在しているのである。現在,日本人の投資者や居住者が存在しない方正県で地方政府の行政命令による日本語を中心とする言語景観が主流なのは何故なのか。それは目先の商業利益としてではなく,むしろイメージアップを目的とした未来志向の日系企業誘致のための宣伝広告なのである。
田中, 卓史 TANAKA, Takushi
日本語のように語順のゆるい言語を形式的に取り扱うための第一段階として,語順を全く持たない言語(集合型言語)を定義し,その言語を計算機上で生成・解析することのできる確定節文法DCSGを提案する。 DCSGを用いると論理プログラミングにおいて陥るある種のループの問題を構文解析の問題に帰着して容易に解決することができる。次にDCSGを集合の変換規則としてとらえ,逆変換のためのオペレータを導入する。このオペレータは確定節文法の下降解析の過程において部分的な上昇解析を可能にする。DCSGはデータ集合の中に構造を見出す種類の問題や事象に従って状態が変化するような問題を一般化された構文解析の問題に帰着して効果的に取り扱うことができる。
新井, 庭子
「教科書は知識体系を伝えるためにどのような言語表現を用いており,それらは教育段階に応じてどのように変化するのか」というリサーチクエスチョンをたて,それに答えるために小学校5年生から中学校2年生の理科教科書を実証的に分析した。学校教育で主要な教材である教科書は,ある専門分野の概念体系を理解させることを意図して,しかもそれを可能にするように書かれたテキストと位置付けられている。しかし,教科書の言語表現が実際にどのような様態であるかを知識を伝えるという役割を考慮して実証的に示した研究はない。分析に際して,知識を構成する言語表現という観点から,概念体系の示され方(前提,概念,概念同士の関係)に着目して分析を行った結果,小・中間で概念体系に関する言語表現の構成が大きく異なるとわかった。前提に関する言語表現が中学で激減し,概念や概念同士の関係に関する言語表現が顕著に増加することが観察された。
梶村 光郎 村上 呂里 Kajimura Mitsuro Murakami Rori
研究概要:本研究は、「言葉」、「教育」、「文化」、「地域」、「国家」というキーワードを手がかりにしながら、日本本土とは異なる歴史を歩んできた沖縄の言語教育(国語教育を含む)の歴史を示して、従来の国語政策を背景とする本土中心の国語教育史像の相対化を試みようとするものである。報告書に収録した5本の論文は、いずれも新しい資料を発掘しながら、地域沖縄の言語文化や言語教育の実態を解明するという成果があり、従来の沖縄の言語教育史研究に新しい知見を加えたり、先行研究に訂正を求めるものでもある。5本の論文名は、次のとおり。 1.村上呂里「地域の言語文化と近代学校 -八重山地域における近代学校出立の頃-」 2.梶村光郎「沖縄の標準語教育史」 3.梶村光郎「宮良當壮と『日本の言葉』」 4.梶村光郎「沖縄の作文教育運動 -沖縄作文教育協議会を中心に-」 5.村上呂里「戦後沖縄『学力問題』における『言語問題』 -上村(1978)を中心に-」これらの論文によって、沖縄の言語教育史の全体像への接近が進み、従来の国語政策を背景とした本土中心の国語教育史像の相対化の試みが、今後なされていくであろう。
長屋, 尚典 鈴木, 唯 榎本, 恵実 NAGAYA, Naonori SUZUKI, Yui ENOMOTO, Emi
国立国語研究所における移動事象に関する通言語的プロジェクト(Motion Event Descriptions Across Languages,略称:MEDAL)は,移動事象表現の通言語的および個別言語的なバリエーションを研究する共同研究プロジェクトである。このプロジェクトの目的の1つは,ビデオを使った産出実験を行うことで,移動の経路が通言語的にどのようにコード化されているのかを解明することである。本論文では,典型的な経路主要部表示型言語といわれてきたトルコ語を対象にその実験を行った結果を報告する。この論文のもっとも重要な発見のひとつは,トルコ語が経路をコード化するときに経路の種類に応じてコード化のバリエーションを示すことである。経路FROM, TO.OUT, TO.IN, THROUGH, PAST, VIA.UNDER, VIA.BETWEEN, AROUND, ACROSS, UP, DOWNにおいては経路主要部表示型の表現パターンが支配的であるものの,経路ALONG, TO, TOWARDにおいては経路主要部外表示型の表現パターンが優勢である。こうして,本論文は,トルコ語の経路表示のパターンについてより細やかな一般化が必要であると指摘し,経路が違えば経路表示も異なるという事実に注目するべきであると主張する。この論文ではさらにトルコ語と他の言語の対照言語学的な違いについても言及する。
Miyahira Katsuyuki 宮平 勝行
民族誌学によるコミュニケーション研究に基づいて,本稿では言語行動にあらわれる文化的シンボルがどのような働きをするのかを考察する。特に,言語行動がどの様に社会変化もしくは文化変容を促すのか,事例研究の比較分析を通して変化構造の一端を解明することが本論の目的である。ウエスタン・アパッチ(米国)とサプラ(イスラエル)の言語行動を事例として挙げ,奥深い意味を持つ文化的シンボルが深層で複雑に相互作用する過程を詳しく調べてみた結果,言語共同体に特有な「話しことば」は社会変化あるいは文化変容の重要な媒体であることがわかった。社会の変化は言語共同体に特有なコミュニケーション行動による第一次テクストと代替テクストの相互作用や,それに基づくアイデンティティーの再認識と創出の繰り返しの中で遂行される。こうしたコミュニケーション行動の具体例としては,コードの切り替え(Code-Switching)や話しことばの儀式(Communicative Rituals)が挙げられる。従って,コードの切り替えや話しことばの儀式に注目してコミュニケーション行動を分析すれば,特定の言語共同体における話しことばの文化的意味を発見する大きな手がかりが得られることを本稿では論証する。
中渡瀬, 秀一 加藤, 文彦 大向, 一輝
言語資源データの引用情報調査に基づいて、そのデータを活用した研究文献の発見可能性について論じる。このために言語処理学会年次大会発表論文集を対象として「現代日本語書き言葉均衡コーパス」などの引用情報を調査した。本稿ではその結果と今後の課題について報告する。
金城 克哉 Kinjo Katsuya
本論文は、近年注目を集めているコーパス言語学の概要を示し、同時に言語教育への応用とフリーソフトウェアを用いた分析方法を紹介するものである。コーパス言語学は、コーパスを利用して言語分析を進める研究方法の分野として近年盛んに議論され、様々な論考もすでに多くある。ここでは短いながらもどのような研究分野があるのか、それが日本語教育と英語教育にどのように応用できるのか、また実際の分析はどのようにすればよいのかを論じる。★description追加で→ この論文は「欧米文化論集」(第58号2014年p27-49)に掲載された論文を査読し、「九州地区国立大学教育系・文系研究論文集」Vol.2、 No.1(2014/10)に採択されたものである。
山崎, 誠 鈴木, 美都代
1.コーパスとは元来,言語分析のために集められた言語資料を意味するが,近年の日本語研究においては,とくに,コンピュータで取り扱うことを前提にした大規模な電子化データをさすようになってきた。
川端, 良子
対話において、相手が知っているかどうか不確かな対象に言及する際、話し手はどのようにその対象を対話に導入するのだろうか。本研究では『日本語地図課題対話コーパス』を用いて、特定の対象が最初に対話に導入される際の言語活動の分析を行った。本稿は、(1)発話機能、(2)相互行為、(3)言語形式の3つの観点からその言語活動の特徴を報告する。
長田, 俊樹
小論の目的はこれまでのムンダ語族の比較言語学研究を概観することである。まず、ムンダ語族の分布と話者人口、およびそれぞれの言語についてのこれまでの研究を紹介する。そして比較言語学研究のうち、さいしょに音韻論について述べる。とくに、母音についてはいろいろと議論されてきたので、母音を中心にみる。次に形態論、統語論、語彙論について述べる。その際、インドの他の語族との関連を中心に論ずる。さいごに、オーストロアジア語族とムンダ諸語について、ドネガンらの研究を中心に述べる。
安元 悠子 Yasumoto Yuko
本研究では、沖縄県のある国語教師へのインタビューデータを事例に、現在消滅の危機に瀕している琉球諸語について、言語イデオロギーという観点から帰納的に捉えることを試みた。インタビューによって個人の明示的な言語イデオロギーを引き出し、それを質的手法によって分析することにより、標準語イデオロギーと地域言語への帰属意識がどのように交差し、矛盾や葛藤を生み出しているのかを明らかにした。
小島, 美子 Kojima, Tomiko
日本音楽の起源を論じる場合に,他分野では深い関係が指摘されているツングース系諸民族についてその音楽を検討してみなければならない。しかしこれまではモンゴルの音楽についての情報は比較的多かったが,ツングース系諸民族の音楽については,情報がきわめて乏しかった。そのため私は満族文化研究会の共同研究「満族文化の基礎的資料に関する緊急調査研究―とくに民俗学と歴史学の領域において―」(トヨタ財団の研究助成による)に加わり,1990年2月に満族の音楽について調査を行った。本稿はその調査の成果に基づく研究報告である。
荘司, 響之介 曹, 鋭 白, 静 馬, ブン 新納, 浩幸 Syouji, Kyonosuke Cao, Rui Bai, Jing Ma, Wen
文書分類のタスクを教師あり学習で解く場合、大量のラベル付きデータ(教師データ)が必要であり、このデータの構築コストが高いという問題がある。ただし、英語などのメジャーな言語に対しては、ラベル付けされたデータが既に存在していることも多い。この場合、英語側では分類器を学習できるため、その学習できた知識を、タスクの対象となっている言語側へ転移できれば、ターゲット言語での教師データを利用せずに、分類器を構築することができる。本論文ではそのような転移を行うためにBERTを用いる。具体的には、英語BERTを用いて英語の訓練文書をベクトル化し、それをもとに分類器を学習する。次に、ターゲット領域の文書となる日本語の文書を、日本語BERTを用いてベクトル化する。あらかじめ学習しておいた2言語間のBERTの変換器を用いて日本語の文書ベクトルを英語のベクトル空間に埋め込み、先の分類器によって識別する。これによって、ターゲット言語である日本語の訓練文書を利用せずに、日本語の文書の感情分析が可能となる。
浅野, 恵子 陳, 森 Asano, Keiko Chen, Sen
同じ音声的及び音響的特徴をもちながら、文化や気候風土によって変化する音声行動があり、無意識に行われているものが少なくない。その一つとして、/m,n/などの有声鼻音の音声特徴は自然発話としては一般的であり、それをさらに上咽頭に響かせる音の「ハミング」がある。日本語では「鼻歌」と呼ばれている。他言語が理解できなくても音声行動としては個別言語の域を超えて普遍的に発せられる声音である。日常の発声時行動様式が文化的・言語別にどのように呼ばれているか、またいつから使われているかを日・中・英・米語の各言語のコーパスを比較し、初めて使用された時期や当時の意味などから推移を分析する。
高瀬, 克範 Takase, Katsunori
続縄文概念の有効性の評価にあたり,隣接諸文化との比較からその異同性をさぐることは重要な手段となりえる。本稿では,資源・土地利用を中心とした経済の観点から縄文・弥生および一部古墳文化との比較をおこない,以下の点を指摘した。
鈴木, 博之
本稿では、チベット・ビルマ諸語のいくつかの言語に認められる、音節核をなす[v̩] という分節音について、それが調音音声学的にあいまいな表記であるため、1) 調音器官の接近性、2) 円唇性、3) 舌位置の3点で精密化する必要性があることを示し、区別されるべき音声とそれをいかに表記するかについて具体例を交えて提案する。
Yoshii Koichi 吉井 巧一
主としてアメリカのオハイオ・ペンシルバニア両州を中心に、現在およそ十万人程の「アーミッシュ(Amish)」と呼ばれる人々が集団生活をしている。宗教的迫害を避けるため、遠くスイスあるいはドイツから集団で新天地を求めアメリカ大陸に渡ってきた彼等は、現在も聖書の教義を厳守し、自動車やテレビを所有せず、広大な農場を16世紀さながらに馬で耕しながら、厳格なキリスト教徒として質素な生活を営んでいる。そのライフスタイル・価値観・世界観等は、一見正にアナクロニズムそのものに見えるが、我々現代文明人(?)が失いつつある「人間としての生活に必要不可欠なもの」とは何か、という素朴な疑問へのヒントが彼等の生活から窺える。\n彼等は聖書の言語としてドイツ語を、日常コミュニケーション言語としていわゆるペンシルバニア・ダッチ(Pennsylvania Dutch/German)を、更に自分たちのコミュニティー外の人々(Auslaender)とは英語を話す、3言語併用社会を形成している。いわゆる正書法を持たない、話し言葉としての機能中心言語であるペンシルバニア・ダッチを考慮し、当初は音声面の言語調査を意図していたが、予想通り厳格なOld Order Amishのインフォーマントからは録音機器使用の了解を得ることはできなかった。そこでそれぞれの言語をどのように修得し、使い分けているのか、また互いの言語干渉の度合はどの程度のものかを中心課題に、彼等の独特な文化を探りつつ、聞き取り及び筆記による調査方法でのフィールド調査を行った。
迫田, 久美子 SAKODA, Kumiko
第二言語習得研究には,学習者の言語データが不可欠である。「学習者の言語環境と日本語の習得過程に関する研究」のサブプロジェクトでは,日本語学習者の言語コーパス,C-JASを開発した。本稿は,C-JASの特徴とC-JASによって観察された動詞の発達について報告するものである。C-JASの特徴は,中国語母語話者3名,韓国語母語話者3名の3年間の縦断的発話コーパスであり,形態素タグと誤用タグが付与され,システム検索できる点にある。C-JASで動詞「思う」と「食べる」の時期ごとの初出形を分析した結果,日本人幼児の第一言語習得と類似した現象と異なった現象が観察された。前者では,動詞の基となる形(例「思う」)に新たな要素が付加され,新しい形(例「思うから」)が使われること,後者では初出形に日本人幼児は普通体,学習者は丁寧体が多く使用されることがわかった。また,動詞の発達段階で,学習者特有の「動詞普通体+です」(例「思ったです」)の中間言語形が出現し,「動詞普通体+んです」(例「思ったんです」)の過渡的段階の形式であると推測された。
永田, 良太 NAGATA, Ryota
複文とあいづちをはじめとする聞き手の言語的反応に関しては,文(発話)を産出する話し手と文(発話)を理解する聞き手の観点からそれぞれ研究が行われ,その構文的特徴や談話における機能がこれまで明らかにされてきた。本稿においては,そこでの研究成果に基づきつつ,談話の中で観察することにより,次の2点を明らかにした。Ⅰ.従属節末と主節末とでは聞き手の言語的反応が異なる。Ⅱ.従属節末における聞き手の言語的反応は従属節の従属度と密接に関わる。従属節末に比べて,主節末では情報の充足を前提とした聞き手の言語的反応が多く生起する。また,同じ従属節末でありながら,B類のタラに比べてC類のケドやカラの従属節末には多くのあいづちが見られ,その中でも理解や共感を示すあいづちが特徴的に見られる。これには複文という文の形やC類の従属節が持つ情報の完結性という特徴が関わっており,複文発話に対する聞き手の言語的反応は発話の構文的特徴と密接に関わると考えられる。
宮良筑登之當親 2009/6/5 16:46
地船は八重山側の公用船舶。上国役人は首里王府に出張する役人のこと。地船の那覇港到着後の諸手続き,出張役人の諸手続きなど業務規程を集めた文書。表紙に光緒7年(1881,明治14)松茂氏の当宗が「調え替え」たこと,また末尾に咸豊9年,松茂氏の宮良筑登之当親が大目差として上国した際に「写し調え」たとある。各所に朱書で訂正が施されており,成立過程に関する検討が必要。離島の公用船舶・役人の出張形態とその業務内容を知るうえで貴重な価値を持つ。
宮良筑登之當親 2021/9/8 16:10
地船は八重山側の公用船舶。上国役人は首里王府に出張する役人のこと。地船の那覇港到着後の諸手続き,出張役人の諸手続きなど業務規程を集めた文書。表紙に光緒7年(1881,明治14)松茂氏の当宗が「調え替え」たこと,また末尾に咸豊9年,松茂氏の宮良筑登之当親が大目差として上国した際に「写し調え」たとある。各所に朱書で訂正が施されており,成立過程に関する検討が必要。離島の公用船舶・役人の出張形態とその業務内容を知るうえで貴重な価値を持つ。
新城 直樹 蔡 梅花 金井 勇人 Arashiro Naoki Cai Meihua Kanai Hayato
本稿では中韓母語話者が執筆した日本語作文における比喩表現の特徴を検討し,日本語教育ではどのような点に留意すべきかについて考察した。具体的には「中韓母語話者による逐語訳つき日本語作文コーパス」から抽出した作文データを資料に,指標比喩・結合比喩・文脈比喩という3分類に基づいて,比喩表現について分析した。一般に,比喩は母語に根差した性質を持つと考えられ,他の言語の母語話者にも問題なく理解されるとは限らない。このような理解不可能性を「言語間ハードル」と呼ぶとすると,指標比喩・結合比喩には「言語間ハードル」を乗り越える性質が内在している一方,結合比喩はそうではない,ということを明らかにした。その結合比喩のうち,特に「言語表現は同じだが,概念基盤が異なる」ケースに誤用が起きやすい。したがって他言語で比喩を書く場合には,特に結合比喩に留意すべきである,と本稿では結論した。
安藤, 広道 Ando, Hiromichi
本稿の目的は,東日本南部以西の弥生文化の諸様相を,人口を含めた物質的生産(生産),社会的諸関係(権力),世界観(イデオロギー)という3つの位相の相互連関という視座によって理解することにある。具体的には,これまでの筆者の研究成果を中心に,まず生業システムの変化と人口の増加,「絵画」から読み取れる世界観の関係をまとめ,そのうえで集落遺跡群の分析及び石器・金属器の分析から推測できる地域社会内外の社会的関係の変化を加えることで,3つの位相の相互連関の様相を描き出すことを試みた。
鑓水, 兼貴 YARIMIZU, Kanetaka
「首都圏の言語」を考えるうえで,関連する概念や用語は多くあるが,類似したものが多く複雑である。そのため本論文では用語整理は志向せず,考察に必要な観点を中心にまとめた。1980年代以降,伝統方言形が衰退し,新しい方言形が注目されるようになると,単純な共通語化モデルから,修正モデルが提唱されるようになった。研究背景として社会言語学の概念の導入や,社会における人口構造の変化などが影響している。東京における言語現象を考える場合,かつての「江戸」である「東京」の中心地域は非常に狭い範囲である。従来の山の手・下町と呼ばれる地域も,隣接地域に拡大している。そのため「東京」よりも「首都圏」と考えるのが適当である。言語的特徴についても東京とその隣接地域は連続的である。移住者の多い首都圏では,人口構成上,伝統方言が継承されにくい。こうした「首都圏の言語」を理解するための観点として,「標準語・共通語」「公的・私的」「方言・俗語」「意識・無意識」「理解・使用」の5つがあげられる。これらの観点をふまえ,新しい方言形を説明する術語として提唱された「新方言」と「ネオ方言」の考えを,「首都圏の言語」に適用することにより,より深く考察することが可能になる。
宇佐美, 洋 USAMI, Yo
日常の社会生活において,他者の言語運用を評価する際,個人が準拠している価値観は人によって千差万別であり,このため同一の言語運用に接した時でも,その評価の結果は大きくばらついている。異なる言語的・文化的背景を持つ者同士が円滑な人間関係を作っていけるようになるためには,自らが準拠する評価価値観のあり方を自覚すると同時に,他者の価値観を尊重できる態度が重要であり,そうした態度を養成するための教育システムの開発が求められている。本論ではそのための基礎研究のひとつとして,日本語母語話者が非母語話者の言語運用を評価するという場面を取り上げ,そこに見られる評価プロセスをモデル化して表現する,という試みを紹介した。
東条, 佳奈 黒田, 航 相良, かおる 高崎, 智子 西嶋, 佑太郎 麻, 子軒 山崎, 誠 Tojo, Kana Kuroda, Kou Sagara, Kaoru Takasaki, Satoko Nishijima, Yutaro Ma, Tzu-Hsuan Yamazaki, Makoto
医療記録データには、複数の単語が連結された合成語が多く存在する。そのため、自然言語処理を効率的に行うためには、合成語の語構成や、それらの構成要素の意味に着目し、合成語の構造を明らかにする必要がある。しかし、医療記録は非公開という資料的特質のため、言語学的な調査があまり行われてこなかった。また、医療関係者における意味のある言語単位も定まっておらず、整理の必要があった。こうした背景に基づいて作成した言語資源が『実践医療用語_語構成要素語彙試案表 Ver.2.0』である。本試案表は、『実践医療用語辞書ComeJisyoSjis-1』より抽出した合成語より作成した『実践医療用語_語構成要素語彙試案表Ver.1.0』を更新したもので、7,087語の合成語について、それぞれを構成する語構成要素6,633種と、語構成要素に付与した意味ラベル41種を収録している。本発表では、Ver1.0からの変更点と、本言語資源の特徴、意味ラベルに注目した語構成要素について概観を行った。
児玉, 望
筆者は十五年間、ドラヴィダ語学を学んできた。そこでドラヴィダ言語学の立場から、大野説を検討した結果、次のような問題点が明らかとなった。
簡, 月真 CHIEN, Yuehchen
宜蘭クレオールは台湾で話されている日本語を語彙供給言語とするクレオール語である。台湾東部の宜蘭県においてアタヤル人及びセデック人の第一言語として使われているが,若い世代では華語へシフトしつつあり,消滅の危機に瀕している。本稿は,この言語の格表示に焦点をあて,その特徴を記述するものである。宜蘭クレオールでは,語順及び後置詞を格表示として用いている。具体的には,主語と直接目的語は語順,間接目的語とその他の項は5つの格助詞「ni, de, to, no, kara」によってマークされている。これらの格標識は上層言語である日本語由来のものであるが,そこには異なった用法が存在し,単純化への変化が認められる。また,niの意味用法の拡張なども見られ,独自な格表示のシステムが作り上げられている。
徳田, 和夫 TOKUDA, Kazuo
室町期物語の判官物「天狗の内裏」中の大日如来が語る未来記に照射し、義経伝説の生成・流布の諸相と、諸本の特性とを、他関連諸作品と比較し論じたものである。まず、第一に、未来を語るという趣向についてを中世的文藝の一面と捉え、その文藝的意味を論じ、第二に、未来記中に網羅された義経伝説と、それらの伝説を素材とした各物語との関連を見、第三に、「天狗の内裏」の諸本の該当記述を引用比較し、その差異から、各本の性質と伝説の古態的様相を追ってみた。この作業は、「天狗の内裏」の成立の考察に通じていくものである。結果、未来記中の諸伝説は、古本系統の語り口から推察されるように、単に既成文献からの抜書引用であるとは断じがたく、多くは独自に語られていたものであり、その集成であったと考えられる。そして、そうした伝説の原初的形態からも、各関連諸作品の成立も類推せしめるのであった。
多和田 稔 平田 永哲 Tawata Minoru Hirata Eitetsu
学習障害が疑われる児童6名について、読字・書字指導を小学校通級指導教室で行った。言語性LDの場合、言語能力が低いため本児らの得意とする視覚教材を媒介として言語能力を育てていくことに主眼がおかれた。具体的には教科書の写本や挿し絵、フラッシュカード、絵カードなどを活用した。読む力については、逐次読みでは身に付かないので、文字を常に言葉や単語として意識させ、大意をつかむように指導した。10ヵ月間の指導の結果、指導開始当初と終了時点のITPAの結果は、言語学習年齢で2ヵ月から1歳8ヵ月の伸びが見られ、6名の平均では10.2ヵ月の進歩が認められた。この子達にとって個別指導の場としての通級による指導の有効性が確認された。
向山, 陽子 MUKOUYAMA, Yoko
本研究は学習者の適性として言語分析能力,音韻的短期記憶,ワーキングメモリを取り上げ,それらが第二言語としての日本語学習に与える影響を縦断的に検証することを目的とする。初級から学習を開始した中国人日本語学習者37名を対象として,(1)学習開始前に適性を測定する3つのタスク(2)学習開始後から15ヶ月後までの間に,3ヶ月ごとに計5回,学習成果を測定する文法(筆記産出),読解,聴解テストを実施し,適性と学習成果との関連を相関と重回帰分析によって検討した。分析の結果,音韻的短期記憶は初期に重要,言語分析能力は一貫して重要,ワーキングメモリは学習が進んだ段階で重要であることが示された。また,学習成果の測定方法,測定時期によって異なるが,学習成果は言語分析能力,音韻的短期記憶によって説明された。これらの結果から,学習成果に関与する適性は学習段階,スキルによって異なることが示された。
長野, 泰彦
ギャロン語は中国四川省西北部に話されるチベット・ビルマ系の言語である。
森岡, 正博
本論文は、パソコン通信のフリーチャットに典型的に見られる、匿名性のコミュニケーションを分析し、電子架空空間で成立する匿名性のコミュニティの諸性質について論じる。その際に、都市社会学の観点からの分析を試みる。
戴, 庆厦 田, 静
土家というエスニックグループの言葉は,危機に瀕している言語である。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
方言の分布は時間の流れの中で変わるものなのだろうか。方言が言語である以上,方言も変化する。そのような言語変化が発生すれば,分布もそれに応じて変化する。その変化は徐々に中央から周辺部に拡大するものと考えられてきた。ところが,実際にとらえられている分布変化は,急速で一気に拡大するものである。その一方で時間を経てもなかなか変化が起こらないこともある。これらは伝達の道具としての言語の性質ゆえのことと考えられる。このように分布変化を追うことで方言の形成という方言学の究極の目標に迫る。
鄭, 惠先 JUNG, Hyeseon
本稿では,方言を役割語の一種として定義した上で,日韓両国での方言意識調査を通して,役割語としての両言語方言の共通点と相違点を具現化した。最終的には,日韓・韓日翻訳の上で,両言語方言を役割語として有効活用することが本研究の目的である。考察の結果,以下の4点が明らかになった。1)両言語母語話者の方言正答率から,韓国の方言に比べて日本の方言のほうで役割語度が高いことが予想される。2)「共通語」対「方言」の対比的な役割語スタイルは,両言語母語話者の方言意識の間で共通している。3)「近畿方言」と「慶尚方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,一部のステレオタイプの過剰一般化が役割語度アップを促進していると推測される。4)「東北方言」と「咸鏡・平安方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,「東北方言」に比べて「咸鏡・平安方言」の役割語度がきわめて低い可能性がうかがえる。以上の結果をもとに,両言語方言の役割語としての類似性を巧く生かすことで,より上質の日韓・韓日翻訳が実現できると考える。
吉満 昭宏 浜崎 盛康 Yoshimitsu Akihiro Hamasaki Moriyasu
本稿は、L. ライトの「診断的論証」を紹介し、そこでの非言語的要素について論じる。まずは論点を設定し、背景としての彼の哲学について触れる(第1 節)。次に、彼独自の診断的論証について紹介し(第2 節)、そこでの非言語的要素の扱いについて見ていく(第3 節)。最後に、診断的論証の哲学的意義を考察し、今後の展望を提示して論文を締めくくる(第4 節)。
西森 和広 Nishimori Kazuhiro
今回は、レオーネ最大のお手本とも言うべき映画監督、ジョン・フォードJohn Fordについて、今後の研究の指標とすべき諸観点の整理と、またその主要作品についての覚書をまとめておくことにする。
宇佐美, まゆみ
「談話(discourse)」という用語がよく聞かれるようになってかなりの年月が経つ。「談話研究(discourse studies)」という用語は、1970年代頃でも、言語学のみならず、心理学、哲学、文化人類学などの関連分野でも使われてきたが、最近では、学際的研究のさらなる広がりの影響を受けて、政治科学、言語処理、人工知能研究などにおいても、それぞれの分野における意味を持って使われるようになっている。本稿では、まず、「談話」という用語が言語学に比較的近い分野においてどのように用いられてきたかを、1960年代頃に遡って、7つのアプロ―チに分けて、概観する。また、「談話分析」や「会話分析」と「第二言語習得研究」、「語用論」、「日本語教育」との関係について簡単にまとめる。さらには、1980年代以降のさらなる学際的広がりを受けての「政治科学」や「AI(人工知能)研究」における用語の用いられ方にも触れ、それらの分野との連携の可能性についても触れる。
野田, 尚史 NODA, Hisashi
このサブプロジェクトは,(i)のような考えから出発している。(i)本当の意味で日本語教育を言語の教育からコミュニケーションの教育に変えるためには,日本語教育のための研究も言語の研究からコミュニケーションの研究に変える必要がある。 日本語教育のためのコミュニケーション研究というのは,具体的には(ii)から(iv)のような研究である。このサブプロジェクトでは,これからこのような研究を進めていく。
大石 太郎 Oishi Taro
この小論では、カナダ東部ノヴァスコシア州におけるフランス語系住民アカディアンの居住分布と言語使用状況を現地調査とカナダ統計局のセンサスに基づいて検討した。その結果、農村地域に古くから存在するアカディアン・コミュニティでは英語への同化に歯止めがかかっているとはいえない一方で、郁市地域であるハリファクスでフランス語を母語とする人口や二言語話者が増加していることが明らかになった。これまで教育制度の整備などの制度的支援の重要性が指摘されてきたが、カナダの場合、農村地域に古くから存在するフランス語系コミュニティには遅きに失したと言わざるをえない。その一方で、都市地域が少数言語集団にとって必ずしも同化されやすい地域ではなくなりつつあることが示唆された。
八木, 公子 YAGI, Kimiko
教師の言語教育観は,自身の教育実践に反映されるとともに,教師が自己の教育実践を振り返る際の自己評価の基準としても働く。その意味で,教師が自己の言語教育観を客観的に把握し,検討し続けることは重要である。本稿では,119名の現職日本語教師に対する質問紙調査の結果をもとに,現職日本語教師の良い日本語教師像とそこに見られる言語教育観,自己評価基準を分析した。因子分析の結果,「授業技術」「学習者支援」「関係知識」「授業への意欲」「授業直結知識」の5因子が抽出されたことから,これらが,現職日本語教師の考える良い日本語教師像の枠組みであり,また,自己の教育実践を評価する際の基準であると考えられる。
早川, 勇 HAYAKAWA, Isamu
近年,英語に持ち込まれた日本語語彙の数は激増しているが,ヨーロッパ諸言語の比ではない。The Oxford English Dictionary (OEDと略す)に限って述べるならば,初版では日本語語彙は派生語を含め60余語に過ぎなかった。その後の日本経済の発展もあり,第2版(1989)では約400語に達した。英語における語彙の歴史はOEDにその研究成果が集約されている。この辞書にはその語が文献のうえで最初に使われた年(初出年)が示されている。本調査はOEDに収録されている語を中心に約900の日本語語彙の初出年を確定するのが目的である。これまでOEDの記述に遺漏はないと思われてきたが,日本語語源の語彙に関する限りかなりの不備があることが筆者の研究で明らかになった。第2版以降の追加(Additions)分も加えかつJapanの派生語も含めると, OEDには約550語が収録されている。筆者の調査で,このうち約260語について初出年を早めることができた。この初出年書き換えにより,日英(日欧)の文化交流の歴史も同時に書き換えることができたと筆者は信じている。
松田, 謙次郎 MATSUDA, Kenjiro
Seifart et al.(2010)およびSeifart(2011)は名詞・代名詞・動詞の談話中における相対頻度数(NTVR)が言語内で,また言語間でも大きな分散を示し,類型論的に興味深い分布を示すものであることを明らかにした。ここでは岡崎敬語調査(国語研1957, 1983, 阿部(編)2010, 西尾他(編)2010, 杉戸2010a, 2010b, 松田他2012, Matsuda 2012, 松田他2013, 井上・金・松田2013)の回答文に形態素解析を施したデータを分析することで,(1)NTVR が回答者の加齢に影響を受けずほぼ一定の値を保っており類型論的指標として信頼しうる安定性のある数値であること;(2)NTVR には性差が見られ男性の値の方が女性の値より高いこと;(3)この性差が敬語補助動詞の使用頻度の性差によるものであると考えられること,の3点を主張する。NTVRは生涯変動を見せない安定した指標であるが,NTVR算出を目的とした談話データの使用に際しては,当該言語の社会言語学的変異にも配慮する必要がある。また,この研究は形態素情報付き岡崎敬語調査発話データの有用性の一端を示すものであり,こうしたデータの活用によって,岡崎敬語調査のデータは計画当初考えられていたものよりも遙かに多くの多種多様な言語学的問題に解答を与えることが期待される。
廣瀬 等 廣瀬 真喜子 Hirose Hitoshi Hirose Mkiko
大学生を被験者として、漢字の読みの記憶における認知スタイルの影響を検討した。認知スタイルは、漢字の読みに深く関係していると思われる、Richardson(1977)において提案された言語型-視覚型を取り上げ、認知スタイルと漢字の読みの記憶量の関係をみた。漢字の読みの記憶については、直後再生と50分後に遅延再生を行わせ、それぞれの記憶量、およびその変化を考察することにした。分析の結果、視覚型と言語型の被験者では、直後再生時の読みの記憶量にはそれほどの違いはないものの、遅延再生時の記憶量は、視覚型では低下し、言語型では保たれていることが示された。これらの結果は、被験者の記憶方法の自由記述からも、視覚型では視覚的な全体イメージから漢字を捉えて読みを記憶しようとするのに対し、言語型では部首などに着目して分析的に漢字を捉え読みを記憶しようとした記憶方法の違いが反映したものであると考えられた。そして、遅延再生時において視覚型の「全体的なイメージ」は薄れてしまったのに対し、言語型の「分析した情報」は有効に機能し続けていたものと考えられた。
神山 靖彦 Kamiyama Yasuhiko
2つの図形の間に連続写像がどの位あるか調べる幾何学をホモトピー論という。従来のホモトピー論の諸問題は、問題ごとにアドホックな方法で解決されてきた。本研究では重心配置空間という空間を定義し、その性質について予想を提示した。この予想が解決されれば、既知の諸定理に統一的な別証明を与えることができ、同時に未解決問題も解決することを解明した。本研究のメリットは以下の点にある。ユークリッド空間内の何枚かの平面たちの補集合は原理的に計算可能である。重心配置空間はこのような補集合の一種なので、連続写像を作るという従来の方法よりもはるかにアプローチしやすい。
西原, 鈴子 NISHIHARA, Suzuko
談話のまとまり,自然な流れを形成する言語的手段である結束性とは具体的にどのようなものであるか,異言語間のコミュニケーションにおいてそれがどのように移行するかを検討した。結束性の表出手段として提案されている五点の中から,(1)指示,(2)省略,(3)語彙,の三点を選び,日本語と英語の相互翻訳例を資料としてそれぞれの表出方法の差異を知ると共に,伝達の問題点を指摘した。
松下, 晶子 丸山, 岳彦 MATSUSHITA, Shoko
現在、「日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム」により、1950年代以降のテレビドラマの脚本を収集し、それらを体系的に保存・アーカイブ化する活動が進められている。脚本は、「話されることを前提とした書き言葉」という点で特徴的な書き言葉であるが、これまでの言語研究の中で顧みられることは少なかった。収集した脚本をコーパス化して定量的に分析することにより、新たな言語学的利用の可能性が開かれると考えられる。そこで本発表では、脚本のテキスト化・コーパス化を試験的に実施した経緯を述べ、そのデータを使ってどのような言語研究が可能になるかについて論じる。故市川森一氏による、1970年代から2010年代までの脚本、32作品をテキスト化し、パイロットスタディを実施した。このような分析は、近現代における言語の短期的な変化の研究、ある作家の作品に関するコーパス文体論的研究などにつながると考えられる。
長谷川 裕 Hasegawa Yutaka
研究概要:本研究は、イギリスの社会学者A・ギデンズの「自己の再帰的プロジェクト」という概念を活用しつつ、後期モダン社会を生きる若者たちの自己アイデンティティの構築・再編のプロセス(=自己の再帰的プロジェクトのプロセス)を、特に沖縄の若者たちを事例として取り上げ、また彼ら/彼女らにとって沖縄というローカリティがどのようにイメージされ意味づけられているのかにとりわけ焦点を当てつつ、掴むことを課題としたものであった。『研究成果報告書』は3章構成になっている。「I 本研究の課題意識と本報告書の構成」では、上述のような本研究の課題についての説明、本研究もその中に位置づくであろう若者についての社会学的研究の動向の概観、本報告書の構成の提示などを行った。「II A・ギデンズのモダニティ論と自己アイデンティティ論」では、そのタイトル通り、モダニティとその下における諸個人の自己アイデンティティのあり方に関するギデンズの所論を、「『モダニティ』とは何か」、「モダニティの制度的諸次元」、「モダニティにおける諸個人」、「ライフ・ポリティクス」、「考察」という5つの節を立てて、概観し検討した。「III 沖縄の若者たちの『自己の再帰的プロジェクト』と『沖縄』:インタビュー調査より」では、本研究の諸作業の一環として行った、沖縄の若者(沖縄に生まれ育った、あるいは一定期間沖縄に住んだことのある若者)対象のインタビュー調査から得られたデータの分析を通じて、沖縄の若者たちの自己アイデンティティの構築・再編過程や「沖縄」の意味づけ方の実証的把握を試みた。
熊谷, 智子
言語行動をストラテジーの組合せとしてとらえる観点に立ち、国立国語研究所の調査による資料をもとに、ある依頼の場面に関する分析を行った。その結果、以下の所見が得られた。
Yamauchi Susumu 山内 進
Taylor(1953)が、英文の読解難易度を計る方法としてクローズテストを提案して以来、TESL/TEFLの分野においてもその有効性について様々な研究がなされてきた。その結果、実験方法や様々な要因によって異なった結果が得られることから、クローズテストが特に優れて妥当性や信頼性の高いテスト形式とは言えず、他の多くの言語テスト同様、ひとつのテストテクニックである、と考える見方が最近の評価である。しかしながら、70年代から80年代にかけての妥当性や信頼性を探るための諸相関研究を比較検討してみると、実験方法や諸要因の違いにもかかわらず、クローズテストとリスニングテストの相関については、ESL学習者と日本人学習者を対象とした実験では、それぞれに一貫した結果が得られている、という興味ある事実が認められる。ESLの学習者の場合は両者は非常に高い相関を示すのに対し、日本人の学習者を対象とした場合は低い相関が得られるという傾向が顕著に認められるのである。\n本稿は、上記のような傾向が認めらるかどうかを実験によって検証し、実験結果の考察を行ったものである。琉球大学の1年次学生63名を被験者に標準型クローズテストと4肢選択のリスニングテストを行い両者の相関係数を算出した処、.63という測定値が得られた。これはほとんどのESL学習者を対象とした実験で得られた数値より低く、従って、上記のような傾向が存在することが確認された。このようなテスト結果をもたらした原因には、リスニングテストの問題数がクローズテストよりも少なく、信頼性が低かったことが考えられるが、さらに、4肢選択方式によるテストがどれだけ正確に被験者の能力を測り得るかという問題、また、系統的なリスニング指導がなされていないという日本人EFL学習者特性の問題などについて言及した。
清水, 郁郎 SHIMIZU, Ikuro
昨年度おこなわれた「モノと情報」班の第4回ワーキング・セミナーでは、東南アジア大陸部社会に特徴的な事象を人類学的、民族誌的に踏まえたモノ研究の可能性が議論された。この報告書は、そこで議論された諸問題を再度整理し、同地域におけるモノ研究の今後の方向性について検討するものである。
仲原 美奈子 神園 幸郎 Nakahara Minako Kamizono Sachiro
知的障害児は言語の発達の遅れを伴うが、重複して聴覚に障害がある場合、言語発達の遅れは顕著になる。しかし、聴覚障害の感覚の補助手段として補聴器等を装用することにより、保有する聴力を活用することができる。そこで、本研究では、知的障害を含め様々な障害を有する聴覚障害児において、聴覚補償のひとつとして補聴器装用を支援し、聴覚の活用を促すことで言葉の発達へと繋がった事例を報告する。実践においては、聴力を含めた実態把握や保護者の心情理解を踏まえ、対象児の心の動きや思いを大切にしながら周りの状況や行動を常に「言語化」して言葉かけをする「生活の言語化」を指導の基本方針として取り組んだ。また、スムーズな補聴器の装用につながるよう適切な聴力評価と聴覚活用の工夫に配慮した。補聴器装用前は、理解言語の語彙数も少なく1語文での表出が主だった対象児が、補聴器装用後は、多語文で表出するようになってきた。また、保護者からは、「よく言葉がわかるようになった。」「おしゃべりになってきた。」との報告があり、補聴器装用前と装用後の変容から、補聴器装用が対象児にとって有効だったとの結果が得られた。
Delbarre Franck
本論はビュジェー地方に位置するヴァルロメー地域で現在まだ話されている危機言語であるフランコプロヴァンス語のヴァルロメー方言の所有詞と不定詞についての考察である。今回は『ヴァルロメー方言』という書物(2001年出版)のコーパスに基づき、とりわけ該当方言の不定詞の形態とシンタックスを中心に述べる。フランコプロヴァンス語の諸方言については19世紀末から様々な研究が行われたが、戦後はむしろ研究の対象から外れる傾向にあり、現在話されているフランコプロヴァンス語の諸方言についての実態(その話者数や言語使用についてだけではなく、その言語的な発展についてでもある)はあまり知られていない。ここ20年で発行された書物(特に Stich と Martin)は形態論においては様々な情報を与えているが、シンタックス論においては大きく不足しているので、あまり話題にされていないヴァルロメー方言の形態とシンタックスのあらゆる面において研究を始めることにした。『ヴァルロメー方言』におけるヴァルロメー方言の不定詞の形態をまとめて、時折フランス語(本論の執筆者の母語でもあり、言語的にはフランコプロヴァンス語に最も近い言語でもある)の観点からも見ながらその方言の形態とシンタクスについて述べる。このような現代ヴァルロメー方言のシンタクスと形態の記述が試みられたのは初めてであろう。
山元 淑乃 Yamamoto Yoshino
日本国外、特に在留邦人の少ない地域の学習者は、初級学習を終え、「教室の外で日本語が通じない」という壁にしばしばぶつかる。自然会話と教室の日本語が異なることは、ある程度仕方がないとはいえ、そのギャップをより小さくすることはできないだろうか。日本語母語話者が自己紹介をするときには、普通「~です」と名前を言う。初級教材の第一課によくみられる「わたしは~です」という文が自然であるのは、極めて特殊な場合である。それにも関わらずこの例文がしばしば提示される背景には「日本語にも必ず主語がなければならない」という束縛があるのではないだろうか。西洋諸言語と違い、日本語が述語だけでも成り立つことが指摘されており、実際のコミュニケーションには述語だけの文が頻出する。本稿は、2006年にフランス国立リール第三大学で行われた、パワーポイントの絵とアニメーションを駆使した文型導入授業、第一課の実践報告である。パワーポイントを用いたイラストの提示により、翻訳や母語による説明がなくとも、学習者に「述語だけで成り立つ日本語」の特徴を気づかせ、理解を図る指導法を模索した。
リュッターマン, マルクス
小論では先行研究を伝授史料と合わせて、非言語的な記号群に限定して日本書札礼の一特徴となる傾向を考察している。一五九四年に布教者ザビエルと日本人パウルスとがインドで出会い、文面を譬喩に、文化の相違点を巡って懇談した。その会話に触発されて、二人がそれぞれ教授された西洋と東洋の伝承を遡って、書簡や文通における非言語的なコミュニケーションの作法史分析を試みる。この分析によって、文化の「面」や型がどのように形成し、とりわけ「行」の縦と横の譬喩はいかなる意味を秘めているか解明してみる。ひいては形式的な場において日本書札礼の非言語的な記号はどのように、且つどれほど人と人との位置の「差」を儀礼的に表現しているか示したい。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
2007年10月に中国北京日本学研究センターで開催された国際シンポジウムにおいて,最近の日本語研究の新動向の一つとして,「言語問題への対応を志向する日本語研究」の事例を紹介した。国立国語研究所の「外来語」言い換え提案を取り上げることにより,日本語の体系や構造,あるいは日本語の使用実態に関する調査研究を基盤としながらも,さらにその先に日本語の現実の問題を見据えた総合的・実践的な「福祉言語学」の一領域が既に開拓されていることを示した。
Yogi Minako 與儀 峰奈子
アメリカ合衆国ではアフリカ系アメリカ人を巡る様々な問題が存在する。彼等の言語を巡る問題もその1つである。本稿ではアフリカ系アメリカ人英語の音韻的・統語的特徴を考察し、その規則性を明らかにする。そして、アフリカ系アメリカ人が自分達の言語と標準英語の両方を深く理解するためにも、教師がそれぞれの特徴を把握しクラスルームで紹介する必要性があることにも触れる。
長田, 俊樹
筆者は、ムンダ人の言語であるムンダ語を研究するために、インド・ビハール州ラーンチー市に六年あまり滞在した。ムンダ語はビハール州南部、およびそれに隣接するオリッサ州に約七五万人の話者を有する。筆者は在印中、言語データばかりでなく、ムンダ人の民俗誌に関するデータをも収集する機会があった。そこで、できるだけ詳細な民俗誌データを記述するのが本稿の目的である。
山本, 光正 Yamamoto, Mitsumasa
近世における関所の研究は,当然のことながら,幕府諸政策との関連で把えられている。大名統制や入鉄砲に出女に代表されるように,研究の大きな課題の一つは関所設置の目的や意義にある。
Hiratsuka Takaaki 平塚 貴晶
教師主導的実践研究、特に探究的実践活動(EP) (Allwright & Hanks、 2009) が言語教師の教育活動や研究活動にどのような影響を与えるかはあまり知られていない。本研究では、独自に開発されたEPプロジェクトがEFLティームティーチング環境下で働く言語教師の活動、特に彼らのエージェンシーにどのような影響を与えるかを検証した。データは2つの高等学校で働くティームティーチングペア2組から授業観察、ペアデイスカッション、グループディスカッション、EPストーリー、そしてインタビューといった質的手法を通して収集された。その結果、そのEPプロジェクトは先生方の教師・研究者としての主体性を促し、責任感を増幅すること、つまり彼らのエージェンシーを高めることが判明した。本論では最後に言語教師教育に関する提言を行う。
上里 賢一 金城 正篤 池宮 正治 西里 喜行 高良 倉吉 赤嶺 守 長部 悦弘 豊見山 和行 星名 宏修 石崎 博志 王 耀華 徐 恭生 謝 必震 方 宝川 Uezato Kenichi Kinjo Seitoku Ikemiya Masaharu Nishizato Kikou Takara Kurayoshi Akamine Mamoru Osabe Yoshihiro Tomiyama Kazuyuki Hoshina Hironobu Ishizaki Hiroshi
研究概要:琉球王国時代には、およそ500年におよぶ中国との交流の歴史があり、数多くの文献資料をはじめ、交流史跡等が沖縄と中国の双方に残されている。本研究の目的は、沖縄と中国の研究者が協力して、沖縄(琉球)と中国との交流史を、歴史・文学・言語・思想・民俗・音楽などの諸領域から解明しようというところにある。この目的を達成するために、沖縄県内と中国(福建省・浙江省・江蘇省など)において、交流史跡の調査と文献資料の収集をおこなった。報告書には、沖縄・中国双方から13名の研究者が、論文と史跡調査報告を寄せている。掲載論文のそれぞれの専門分野は、文学・歴史・言語・音楽・民俗・書誌などにまたがっており、学際的な報告となっている。琉球王国時代の福建から北京に至る沿線には、琉球と中国の交流史跡が多数ある。その調査は中国と沖縄の研究者が協力して組織的に取り組む必要がある。本研究は、琉球大学と福建師範大学との大学間交流協定締結を契機にして始められた共同研究プロジェクトである。琉球と中国との交流史上において、福建省は特別の意味を持つ場所である。現在の那覇市の一角には、かつて久米村という中国渡来人の居住地があった。「久米三十六姓」と呼ばれるこれらの渡来人は、そのほとんどが福建省出身者であった。彼等は琉球王国と中国・東南アジア各地との交流を実務面で支えていた。また、福建省には、琉球館という交流拠点があり、双方を結ぶ船の離発着港でもあった。今後、福建を中心とする中国との交流史については、いろいろなテーマで共同研究が取り組まれることになると考えられるが、本研究が、沖縄・中国の学術交流の進展と研究交流の深化に役立つことを祈るものである。
南部, 智史 朝日, 祥之 相澤, 正夫 NAMBU, Satoshi ASAHI, Yoshiyuki AIZAWA, Masao
本稿では,国立国語研究所が札幌市,富良野市で実施した社会言語学的調査(1986-1988)のデータを利用し,ガ行鼻音の衰退過程とその要因について定量的観点から議論する。分析にはロジスティック回帰を採用し,ガ行鼻音の使用に関わる言語外的・内的要因を統計的に検証した。その結果,東京におけるガ行鼻音の衰退と同様に,札幌市と富良野市でもガ行鼻音の使用率の減少が見られた。また,ガ行鼻音の使用に関わる要因について時系列的な観点から分析を行ったところ,個々の要因の制約に従いながらガ行鼻音が衰退していく過程(「秩序ある異質性」'orderly heterogeneity', Weinreich et al. 1968)が観察された。さらに,Hibiya(1995)が指摘する東京都文京区根津におけるガ行鼻音の衰退現象との比較を行い,札幌と富良野でのガ行鼻音衰退という言語変化の動機について,両地域のガ行鼻音に関わる言語体系とその社会的側面という2つの観点から説明を試みた。1つは,言語機能的に余剰と見られるガ行音の鼻音性が,余剰を解消する方向への変化によって消失した(「下からの変化」,'change from below')と見る立場であり,もう1つは,Hibiya(1995)が指摘する根津におけるガ行鼻音衰退の要因と同様,社会的な意味(威信)を伴って非鼻音のガ行音の獲得が起きた(「上からの変化」,'change from above')と見る立場である。
竹内, 孔一 TAKEUCHI, Koichi
含意認識タスクなど言語処理での文間の表現を取り扱う際,名詞の意味的な関係を捉える必要がある。言語学の分析から名詞の中には名詞の意味を補完する外部情報が必要なものが分かっており,生成語彙における特質構造(クオリア構造) として記述することが提案されている。また言語資源ではNomBank に代表されるように名詞の項構造を事例とともに構築されている。本研究では,先行研究で提案された特質構造を利用した名詞の項構造データを基に言語処理の観点からより形式化した構築法を提案する。具体的には名詞の項構造の例文を構築するとともに,項を同定し,述語との関係を項構造を通して結び付ける記述枠組である。述語のデータとして述語項構造シソーラスを利用し,NTCIR のRITE-2 で出現した名詞を対象に項構造の例文および対応する述語と項の関係を記述したデータを構築した。本稿では,記述枠組,および具体的に構築した名詞項構造データの事例を説明すると共に,付与での問題点や現状について記述する。
横山, 詔一 YOKOYAMA, Shoichi
言語変化の経年調査データから将来の言語変化を数量的に予測するモデル(横山・真田2010)について紹介した。このモデルは「臨界期記憶+調査年効果 → 共通語化」という図式にしたがって共通語化を説明・予測する。国立国語研究所が山形県鶴岡市を定点観測フィールドとして経年的に約20年間隔で過去3回実施した共通語化調査の大量データを,このモデルで解析した結果,アクセント共通語化などにおいて予測値と観測値が精度よく一致することが示された。
高田, 信敬 TAKADA, NOBUTAKA
従来二葉のみ知られていた伝後光厳院筆竹取物語に、今回さらに二葉の新出資料を追加、物語断簡の投げかける諸問題についてその一端を明らかにしたい。なお鎌倉後期l南北朝写と思われる延べ書き「富士山記」もあわせ紹介。
石川, 慎一郎 ISHIKAWA, Shin'ichiro
『多言語母語の日本語学習者横断コーパス』(I-JAS)を初めとする大型の日本語学習者コーパスの整備が進んだことで,母語話者と学習者の言語運用を比較し,学習者の逸脱性を明らかした上でL2教育の質的改善を図る可能性が拓かれつつある。しかしこうした研究を実践する際には,母語話者データおよび学習者データの性質を十分に理解し,得られた結果を慎重に解釈する必要がある。本研究では,日本語学習者コーパスの教育応用を考える際に留意すべき問題点を概観した後,とくに母語話者によるL1産出データの安定性の問題を取り上げ,I-JASを使った検証を行う。検証の結果, 母語話者のL1産出であっても,その正確性や言語特性については想像以上の多様性が存在することが示された。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
方言と地域共通語とでは,捉え方の方向性,観点が基本的に反対である。方言が,地域差すなわち変異の観点からみた各地の日本語であり,区画論的に言えば,ある言語的基準に関する差異性をもとに,広い地域から狭い地域へと日本語を地域区分した結果であるのに対して,地域共通語は,個人や地域ごとに多様な日本語を何らかの均一性の観点から見直し,その通用範囲の広がりによって統合していく過程の中に認知されるものである。本稿では,北海道の富良野・札幌における社会言語学的調査の資料にもとづき,主として後者のようなことばの共通性の視点から,両地点における都市化の程度差に注目しつつ,いわゆる北海道共通語の使用状況と,その背後にある話者の言語使用意識との関係について分析・報告する。
迫田, 久美子 小西, 円 佐々木, 藍子 須賀, 和香子 細井, 陽子 SAKODA, Kumiko KONISHI, Madoka SASAKI, Aiko SUGA, Wakako HOSOI, Yoko
本稿は,共同研究プロジェクト「多文化共生社会における日本語教育研究」が進めている多言語母語の日本語学習者の横断コーパス(通称I-JAS)について概説した。
森, 篤嗣 内海, 由美子 MORI, Atsushi UTSUMI, Yumiko
「生活のための日本語:全国調査」における山形県の回答者の中から結婚移住したアジア女性を抽出し,首都圏(新宿・千葉)と全国の同回答者を比較対象に,生活状況と日本語使用について分析した。その結果,首都圏・全国の定住アジア女性に比べて,山形は滞日年数が長く学習の場を持たずに日本語を自然習得している人が多い,「書く」に対する自己評価が低く強い学習ニーズを抱いている等の傾向が見られた。滞日年数に従い日本語でできる言語行動が増える一方,「書く」に対しては不全感を抱いている。また,「地域交流」「幼稚園・学校」場面での言語行動の頻度が高く日本語でできる人が多かった。つまり山形の定住アジア女性にとっては,地域の日本人ネットワークで人間関係を築く・維持するための言語行動の必要性が高い。以上から,地域日本語教育には,「書く」に対する学習支援とともに,高度な言語行動を視野に入れた学習支援が求められていることがわかった。
相澤, 正夫
話しことばコミュニケーションの模様を第三者の立場から描写するとき,「『私は怒ってなんかいません』とふるえる声で言った」「『そうですか』とがっかりした口調で言った」のように,引用符の中に話された内容を示し,引用符の外にそのときの話し方の特徴を補うという方法がしばしばとられる。音声による言語行動を忠実に捉えようとするならば,引用符の中の言語形式として再現しきれない要素をひろいあげ,必要に応じて補足するというかたちで全体を再構成しなければならない。
西内, 沙恵 NISHIUCHI, Sae
本稿では多義語が有する複数の意味をどのように確認できるか,言語学的な方法に焦点をあてて検討する。多義語は同一の音形に意味的に何らかの関連を持つ二つ以上の意味が結びついている語と定義される。多義語の語義の粒度は研究の目的や研究者の立場によって異なるため,多義性を認める方法も言語学的なアプローチと心理実験的アプローチからさまざまに考案されてきた。本稿では先行研究で提案されてきた,多義性を認める言語学的な方法を,語彙テスト・文法テスト・論理テストに区分して一覧し,その有効性を検討する。それぞれのテストがどのような仕組みによって成り立っているかを分析し,どの程度の粒度で語義が認められるかという観点から各テストの特徴を論じる。現代日本語の名詞・形容詞・動詞を対象にそれぞれのテストが有効に働く品詞を検討し,その適用範囲を示す。
仁藤, 敦史 Nito, Atsushi
本稿では、古代の文書を成り立たせている諸要素について考察を加えた。具体的には、漢字運用に対する習熟、暦の導入・普及、印章制度の導入、文書形式の統一などである。いずれも七世紀後半以降に充実化してくることが確認された。
若狭, 徹 Wakasa, Toru
東国の上毛野地域を軸に据えて,古墳時代の地域開発と社会変容の諸段階について考察した。前期前半は東海西部からの大規模な集団移動によって,東国の低湿地開発が大規模に推し進められるとともに,畿内から関東内陸部まで連続する水上交通ネットワークが構築された。在来弥生集団は再編され,農業生産力の向上を達成した首長層が,大型前方後方墳・前方後円墳を築造した。
髙良 宣孝 Takara Nobutaka
この実践報告では,「カタカナ英語」を利用した英語の授業について報告する。特に次の2点に焦点を当てていく:⑴4つの特徴(①カタカナ英語を利用した英語の授業,②〇×の札を利用したクイズ形式の授業,③1セッション15分間程度という制限,④パワーポイントを駆使した授業)を活かした英語の授業,と⑵世界諸英語(World Englishes)の視点からの「カタカナ英語」,である。第1に,これまで筆者が小学校を中心に実践してきた授業における4つの特徴について詳述する。第2に,上記の「カタカナ英語を利用した英語の授業」との関連から,一般的に考えられている「『カタカナ英語』=『誤った英語』」という認識は適切ではなく,世界諸英語(World Englishes)という観点から捉え直すと,「カタカナ英語」は英語の一変種であること,そしてそれを利用することで標準的なイギリス英語やアメリカ英語を学習することが可能であることを示す。最後に,これまで上記2点を意識して授業を行なってきた経験から,2つの提言を行なう。第1に,4つの特徴を活かした授業は小学校での英語教育のみならず,中学校・高校での英語の授業においても有効に活用した方が良い,ということを提言する。第2に,英語教員を目指す学生は世界諸英語(World Englishes)の基本的な知識を学ぶ必要がある,ということを提言する。
沖本, 与子
本研究は,助詞と動詞を組み合わせた項目における学習者の解答時間と誤答率の傾向及び,同一の項目における誤答率の推移を分析し,日本語学習者の解答特徴を把握することを目的とする。研究に使用した言語資源は,松下(2011)と沖本(2019)であり,これらの言語資源から抽出した282 動詞を用い,5種類の異なる項目を作成し5週間のオンライン学習コンテンツを構築した。
Goya Hideki 呉屋 英樹
近年、文科省の推し進めるアクティブラーニングは多くの研究者や教育関係者の注目を集めている。本研究は外国語として英語を学ぶ日本人大学生の批判的思考能力と言語能力の育成に目標を定めたプロジェクト型学習を行い、両方の能力におけるその教育的効果を調べた。対象となった授業は英語ライティングの入門講座で、1 6週間に渡り、英語母語話者との交流を通じて議論を行いながら、自らで選択したトピックについて調べ、発表し、議論し、そしてエッセとしてまとめた。事前事後テストの結果より、全体的に言語能力の成長が見られ、特に中級程度のレベルの学習者では、上級レベルの学習者では見られなかった言語能力の向上が見られた。その結果をもとに教育的示唆と理論的示唆が示された。
松尾, 恒一 Matsuo, Koichi
高知県物部地域の太夫と呼ばれる宗教者によって現在も伝承される〝いざなぎ流〟について、昭和後期まで行われていた託宣の神楽を中心として、神霊の示現を得る諸儀礼・作法の実態とその特質について考察する。
滝浦, 真人 TAKIURA, Masato
「ことば遊び」のコミュニケーション上の機能を,ヤーコブソンの〈詩的機能〉とグライスの会話理論を媒介にしながら論じる。それ自体としての〈詩的機能〉は,語の音的/意味的連想を範列軸から連辞化して展開する自動機械的な言葉の"生成装置"であり,それによって生成されるという点では「詩的言語」も「病的言語」も同じである。ヤーコブソンは,両者の類似については論じたが,差異については論じなかった。「詩的言語」を「病的言語」から分かつ一線は〈文脈〉の質にある。そして,〈文脈〉の質の問題は,「ことば遊び」において最も典型的に現れる。グライスの会話理論に当てはめてみると,ことば遊びは「協調の原理」からの逸脱であり,しかもそれは「会話の含み」を生じさせる"見かけ上の逸脱"ではないことがわかる。そのかぎりにおいて,ことば遊びは「レトリック」ではないのであり,文字どおり,"伝えない"コミュニケーションであると言わなければならない。ことば遊びは,様々な仕方で語の意味的連関としての文脈を脱線させるが,今度はそのことが,言葉の流れそのものとしての文脈に対する注意を喚起し,結果的に,ある種の発見的な感覚を伴った強い印象を生じさせることに成功する。その意味で,ことば遊びの固有性は,ヤーコブソンの〈メタ言語的機能〉の体現者でもあるところに求められなければならない。
奥野, 由紀子 リスダ, ディアンニ OKUNO, Yukiko RISDA, Dianni
本研究は,日本語学習者を対象として収集したストーリー描写の「話す」課題と「書く」課題のデータに違いが見られるか,その要因は何かを探索的に分析するものである。作業課題による中間言語の変異性(variability)は70年代から調査されており,Tarone(1983)は,中間言語の作業課題による共時的な変異の原因は,注意量の差であると主張している。今回使用するデータは,現在進行中の学習者コーパス構築のためのプロジェクトの調査データの一部であり,5コマ漫画の描写を使用する。日本語能力に差のないインドネシア語,英語,タイ語,中国語,ドイツ語を母語とする5か国の学習者15名ずつ計75名を対象として分析する。分析の結果,対象箇所の描写には,大きく以下の4パターンが見られた。(犬に食べ物を)(1)「食べられてしまいました・食べられてしまった」など「受身+しまった」を使うパターン,(2)「食べられました」と受身を使用するパターン,(3)「食べてしまいました」と「動詞+てしまう」を使うパターン,(4)「食べました」と単純過去を使用するパターン。また,「話す」課題と「書く」課題でそれらのパターン使用にどのような違いがあるかを分析し,「書く」課題で「話す」課題よりも複雑なパターンになるケースが多いものの,違いがないケースもほぼ同数存在したこと,また,複雑な形式であるがゆえに正確さが落ちる場合もあること,正確さを高めるためにより単純な形式を使用する場合もあることなどが明らかとなった。これらの事例を通し,課題の違いに見られる中間言語変異性には学習者の言語的知識,自らの運用を客観視するメタ言語的知識,運用に至る構成的処理過程を支える心理言語学的知識という各知識レベルが関与している可能性を指摘する。
黒田, 智 Kuroda, Satoshi
勝軍地蔵とは、日本中世における神仏の戦争が生み出した軍神(イクサガミ)であった。その信仰は、観音霊場を舞台に諸権門間の対立・内紛といった戦争を契機として誕生した。そして征夷大将軍達の物語とともに、その軍神(イクサガミ)的性格を色濃くしていった。
長谷川 裕 Hasegawa Yutaka
本稿は、「貧困問題や学力問題等の矛盾が集中して顕現している沖縄地域の小学校をフィールドとし、学びの質へと視点を移し、〈格差と学び〉をめぐる諸論点を検証すること」をテーマとした共同研究に基づく、その中間的な報告の一部である。本稿は、前半の理論的パートで、上の「〈格差と学び〉をめぐる諸論点」とは、教育実践の改革を通じてもたらされるどのような学びの経験が、貧困状況にある子ども・若者のその状況からの脱却や貧困・格差の発生自体の抑制につながる可能性を持ち得るかという問いであり、その問いへの回答は「学びとケアをつなぐ」ことの実現へと集約される旨について理論的に詳述した。また後半の実証的パートでは、「〈格差と学び〉をめぐる諸論点」と取り組みながら教育実践を進めることが、「全国学力テスト」の結果としてはどのように表れるのかを、X小学校の同テストの結果を経年分析することを通じて明らかにするべく、特に同テストが好結果を示した2014年度に着目し、その年度に、あるいはその年度までに子どもたちの間にどのような状況が作り出されていたかを、同テストに付随する児童質問紙調査の結果の分析を絡めながら明らかにすることに焦点を絞って論述した。
Goya Hideki 呉屋 英樹
定型表現(formulaic sequences)は自然なことばの使用の大部分を占めており(Foster、 2001)、 第二言語学習者にとって第二言語の定型表現の習得は 、 流暢性に関わる必要不可欠な知識である。特にいくつかの単語の組み合わせからなる表現 、 いわゆる単語連鎖(lexical bundles もしくは n-grams)は 、 学習者の習熟度によってその使用は異なり(Waldman & Laufer、 2013)、 同じ定型表現であるコロケーションとも異なる発達の様相を示していて(Paquot & Granger、 2012)、 その発達には目標言語へ十分に触れる必要があるとされる(e.g.、 Boers& Lindstromberg、 2012)。本研究では 、 英語のみで運営される日本の大学におけるライティングコースで 、 日本人英語学習者(n= 26)が産出した英文エッセイに見られる単語連鎖の総語数や種類の変化について調査した。調査方法は、参加者が講義を受ける前と(第 3 週)、 受けたあと(第 15 週)に産出したエッセイから構築された学習者コーパスを用いて 、 コーパス分析ツールの AntConc(Anthony、 2019)を使いサイズの異なる単語連鎖を抽出し、 高い習熟度のグループとそうでないグループの単語連鎖を受講前と受講後に分け 、 それぞれの値をいくつかのカイ二乗検定を用いて分析した。分析の結果 、 両グループとも英語による講義を 12 週間受講したところ短い単語連鎖の使用の割合が増加し 、 長い単語連鎖の使用の割合が減少した。加えて 、 習熟度の低いグループでは2語からなる単語連鎖の種類が増加したが 、 これは習熟度の高いグループには見られなかった。このことから 、 学習言語を教授言語とする EFL 環境では 、 定型表現能力の発達は習熟度によってその影響は異なることが示唆された。
福原, 敏男 Fukuhara, Toshio
鹿児島県薩摩地方における民俗芸能について、分布上特徴的であるのは太鼓踊りである。姿形、踊りの隊形、踊り手が背負う装飾、踊る時期など、多種多様かつ複雑である。大局的にみると、姿形や踊りの形式は、西日本各地の風流系太鼓踊りと共通している。芸能史的には、京都周辺において「歌謡が未発達で囃子詞中心の拍物(はやしもの)」から、「長編の物語歌や組歌形式の小歌をうたう風流踊り(太鼓踊り)」へ発達したものと考えられている。薩摩地方における太鼓踊りの特色は、先学諸氏が指摘しているように、諏訪(南方(みなかた))神社への奉納太鼓踊りに顕著にみられる。薩摩地方における諸諏訪神社の太鼓踊りの伝播と定着に大きな影響を与えたのが、鹿児島城下諏訪神社への太鼓踊り奉納であろう。
小林, 青樹 Kobayashi, Seiji
本論は,弥生文化における青銅器文化の起源と系譜の検討を,紀元前2千年紀以降のユーラシア東部における諸文化圏のなかで検討したものである。具体的には,この形成過程のなかで,弥生青銅器における細形銅剣と細形銅矛の起源と系譜について論じた。
山下, 博司
国語学者大野晋氏の所謂「日本語=タミル語同系説」は、過去十五年来、日本の言語学会やインド研究者たちの間で、センセーショナルな話題を提供してきた。大野氏の所論は、次第に比較言語学的な領域を踏み越え、民俗学や先史考古学の分野をも動員した大がかりなものになりつつある。特に最近では、紀元前数世紀に船でタミル人が渡来したとする説にまで発展し、新たなる論議を呼んでいる。
朝日, 祥之 吉岡, 泰夫 相澤, 正夫
行政から提供される情報には,外来語・略語・専門用語が増加し,自治体は住民に対して分かりやすい行政情報を提供することが求められている。国立国語研究所では,行政情報の発信者である自治体職員と受信者である住民とのコミュニケーションに関する意識調査を実施した。その結果,語彙的特徴やパラ言語的特徴,非言語的特徴よりも,方言と共通語の使い分けに関する意識に地域差が認められることが明らかとなった。
Hijirida Kyoko 聖田 京子
ハワイ大学東アジア言語・文学科では2004年秋学期より新講座「沖縄の言語と文化」を開講した。それに先立つ2年間の準備期間中に,担当教員2人(聖田京子,Leon Serafim)が,ハワイ大学及びハワイ地域社会の支援を得て,沖縄へ赴き資料収集を行った。琉球大学等とのネットワークを形成すると共に,豊富な資料・教材を収集することができ,講座開講に向けて,教材作成を中心とするカリキュラムの準備を順調に進めることができた。 コース内容は文化を中心にした楽しい沖縄学と,聞き,話し,読み,書きの4技能の習得及び基本的な言語構造を理解する沖縄語の初級レベルを設定した。言語学習には,まず表記法と,言語と文化の教科書を決めることが重要な課題であったが,琉球大学と沖縄国際大学の関係者の支援により解決することができた。 文化に関するコース内容は,年中行事,諺,歴史上の人物,民話,歌(琉歌を含む)と踊り,料理,ハワイの沖縄コミュニティーなどの領域を取り上げた。特に,沖縄の文化的特徴や価値観などを表すユイマール,イチヤリバチョーデー,かちゃーしーなどは,クラスのプロセスで実践による習得を目指した。 基本的な学習が終わると,学生は各自のテーマで研究し,ペーパーを書き,発表することとし,それによりクラス全員が更に沖縄学の幅と深みを加え,沖縄理解に至ることを目指した。 学生の取り上げた研究テーマは,沖縄の基地問題や平和記念館,平和の礎,ひめゆり部隊,沖縄の祭り,行事,観光,エイサー,歌手,空手,三線,紅型,ムーチー(民話),紅芋など多岐にわたっており,学生の沖縄に対する関心の幅広さがうかがわれた。 当講座の全体の教育目標は以下のように設定した。1)沖縄語の言語研究上の重要性を理解すると共に,基本文法を習得し,初級レベルでのコミュニケーション実践をタスクで学ぶ。2)沖縄文化を理解し,その価値観や考え方をクラスでの実践を通して学ぶ。3)ハワイにおける沖縄県系人コミュニティーの文化活動に気軽に参加し,かつ楽しめるようになる。 当講座は,開講以来,受講希望者がコースの定員を上回る状況であり,当大学の学生の沖縄の言語や文化への関心の高さを示している。かちゃーしーやユイマール,沖縄料理などの文化体験は大変好評で,講座終了後のコース評価では,沖縄語をもっと学びたい,沖縄文化をもっと知りたいという学生からの声が多く寄せられた。
大石 太郎 Oishi Taro
この小論では、カナダの英語圏都市におけるフランス語系住民の社会的特性を、ノヴァスコシア州ハリファクスを事例に、質問紙調査に基づいて検討した。その結果、ハリファクスのフランス語系住民は、高校卒業時点までは出生した州内に居住している割合が高く、高学歴であり、二言語能力を義務づけられたポストについている例が比較的多く、就業を主な要因としてハリファクスヘ移住している、という社会的特性をもつことが明らかになった。ケベック州出身者が多く、帰還移動の意思を持つ人も多いという点はコミュニティ発展の不安定要素といえるが、現時点ではフランス語系住民のこうした社会的特性が少数言語維持に対する制度的支援をより効果的にしており、カナダの英語圏都市における二言語話者の増加につながっていると考えられる。
宮良殿内用達方(編) 2009/6/5 16:43
同治12年とあるので御在番手登根里之子親雲上同御筆者衆,神里筑之親雲上, 南風原里之子親雲上招請の折りの諸品取り払い帳であろう。 宮良親雲上から接待費用として一番座・二番座の包丁方,賄い方, 配膳方,活け花方それぞれに支出された諸品の品目と数量が記されている。
宮良殿内用達方(編) 2021/9/8 16:10
同治12年とあるので御在番手登根里之子親雲上同御筆者衆,神里筑之親雲上, 南風原里之子親雲上招請の折りの諸品取り払い帳であろう。 宮良親雲上から接待費用として一番座・二番座の包丁方,賄い方, 配膳方,活け花方それぞれに支出された諸品の品目と数量が記されている。
崎原 正志 Sakihara Masashi
ハワイのシマクトゥバであるハワイ語の言語復興以後、NEO Hawaiian と呼ばれる第二言語話者が話すハワイ語が普及しており、伝統的なハワイ語 TRAD Hawaiian を圧迫している。琉球列島におけるシマクトゥバにおいても沖縄島中南部を中心に新しいかたちのシマクトゥバNEO Okinawan が生まれつつある。大学などの学校教育におけるシマクトゥバ教育がそれぞれの地域に存在する多様なシマクトゥバたちの標準化・画一化を助長する可能性があるため、シマクトゥバの最大の魅力である多様性を残しながらのシマクトゥバ教育でなければならない。
角田, 太作 TSUNODA, Tasaku
日本語には,前半が動詞述語文などと同じであり,後半が名詞述語文と同じである文がある。まるで人魚のような文であるので,これらの文を人魚構文と名付けた。名詞の中には,人魚構文で使う場合に文法的な意味・働きを持つもの,即ち,文法化しているものがある。人魚構文は世界的に見ても珍しいようだ。日本語以外には,アジアの七つの言語とアフリカの一つの言語にしか見つかっていない。
林, 由華
本稿では、琉球語宮古諸方言(以下池間方言とする)に含まれる池間方言の談話資料及び簡易文法を提示する。談話資料については、筆者自身が収録した談話の書起しにグロスと訳を付している。簡易文法は談話資料解釈のための補助的資料として、形態論記述および機能語のリストを中心としている。
メスター, アーミン 伊藤, 順子 Mester, Armin Ito, Junko
シュワー母音が多数の言語において強勢不可能な要素であることはよく知られているが,本稿では,ドイツ語等のシュワーが強勢を担えないのは他の理由から説明されることを指摘する。シュワーは無強勢であると同時に,韻律構造の中で強弱格フットの弱音節に位置付けされなければならないため,その先行音節は強音節に位置し,必ず強勢が付与される。つまり,これらの言語におけるシュワーは,先行音節に強勢を引きつける特徴があると言える。
篠崎, 晃一 小林, 隆 SHINOZAKI, Koichi KOBAYASHI, Takashi
本稿では,言語行動の地域差・世代差を把握するために,全都道府県を対象に実施したアンケート調査の中から,買物場面における挨拶行動について考察する。買物の流れに沿った一連の挨拶行動を捉えるために「店に入るときの挨拶」「客を迎えるときの挨拶」「レジでの声掛け」「細かいお金が無いときの断り」「店を出るときの挨拶」「客を送るときの挨拶」の6場面を設定し,(1)挨拶自体をするか否か,(2)するとしたら何と言うか,(3)その言語形式のもつ機能はどうか,といった観点に着目して分析を行った。その結果,高年層・若年層で異なった傾向が認められた。また,従来他の言語分野で認められてきた地域差のパタンが確認されると同時に,都道府県ごとの細かな差異も存在することが明らかになった。
窪田, 悠介 KUBOTA, Yusuke
国語研NPCMJコーパスは,(ゼロ代名詞や関係節空所などを含む) きめ細かな統語構造を付与したツリーバンクとして日本初のものであり,特に統語論や意味論など,今までコーパス利用があまりなされてこなかった分野でのコーパス活用を活性化させることが期待できる。一方で,木構造を検索し,そこから必要な情報を取り出す作業の (一見したところの) 複雑さのため,言語研究への活用は未だ模索段階を出ていない。本発表では,UNIX系OSでの基本スキルである単純なコマンドを数珠つなぎにしてデータを加工する手法と,ツリー検索・加工に特化されたスクリプト言語の合わせ技によって,NPCMJを用いて実際の言語研究に役立つ情報抽出が可能になることを示す。「(ガ/ノ交替の) ノ格でマークされた主語と共起する述語の頻度表を作る」というタスクを例に,コーパスからの情報抽出の具体的な手順を説明する。
朝日, 祥之 ASAHI, Yoshiyuki
本稿では,独創・発展型共同研究プロジェクト「接触方言学による『言語変容類型論』の構築」で企画・実施された調査研究の成果を紹介した。最初に,研究目的と実施された調査の設計を述べた。その後,研究期間中に実施された様々な調査のうち,北海道札幌市と釧路市で実施された実時間調査と愛知県岡崎市で実施された敬語と敬語意識調査で取り扱われた「道教え」場面調査の調査結果,ならびに国内4地点における空間参照枠に関する調査結果を取り上げた。また「言語変容類型論」構築の試案を提示し,その提示の方法,試案の有用性,反省点,今後の当該分野に関する展望を行った。
Yoshii Koichi 吉井 巧一
ドイツ言語学の流れの中で、重要な文法理論の一つとして「依存関係文法」が挙げられる。Helbig/ Schenkel のヴァレンツ理論の華々しい登場、それに続く Engel/ Schumacher 編集のドイツ国語研究所のヴァレンツ・レキシコーンと、70年代ドイツ言語学界を大いに揺るがした本理論も、次の発展への準備段階に入ったと言えようか。小論では、その発展の方向、及び可能性を探るべく、特にドイツ語動詞のヴァレンツを取り上げ、「machen」、「lassen」という二つの動詞の具体例から、問題性が含まれると思われるものに、若干の考察を試みた。
清水, 郁郎 SHIMIZU, Ikuro
この報告書では、おもに東南アジア大陸部を含めた諸社会の建築を対象とした研究について、学説史の簡単な整理と現在の到達点を示す。つぎに、「モノと情報」班において近い将来おこなうラオスでの調査に向けて、建築研究の文脈におけるモノ研究の位置づけと可能性について考察する。
糸数 剛
文学読解観点論」とは筆者が構築した読解の理論で、文学読解の定義を「文学を対象として醸成される知的概念を言語化すること」とし、文学を対象として醸成された知的概念はすべて文学読解の材料とする。文学を対象として醸成された知的概念は、文学についての観点である。この観点をとらえ、とらえた観点を言語化することを文学読解の作業とする。ここで言語化する際の特徴として術語を用いることがこの論の独自性である。ここで用いる術語は、既存の術語も用いるが、ネーミングによって柔軟につくり出していくこともよしとする。このような文学読解に関する理論と方法を「文学読観点論」とよぶことにする。この活動で用いる術語を「読みの術語」とよぶ。「読みの術語」のうち、ネーミングによって新たにつくりだす術語のことを「ネーミング術語」とよぶ。
菊池, 英明 市川, 熹 岡本, 明 長嶋, 祐二 藤本, 浩志 引田, 秋生 HIKITA, Akio
山梨県立盲学校での先天性全盲ろう児に対する音声言語獲得訓練と生活指導に関する数万点に及ぶ、1950(昭和25)年からの長期時系列的多角的記録と教材資料などが残されている[1]~[4]。梅津八三東大教授が指導し、一貫して進めてきた盲人の認知行動・心理の研究の知見をベースに,先天盲ろう児への教育という未知の課題に対して取り組んだ科学的研究の実践過程記録である。言語獲得が極めて困難な先天性盲ろう児に対する数万件の実践記録群は、おそらく世界で唯一の極めて貴重な資料であり、盲ろう児当事者から表出された点字や録音資料からは、学習の進行程度を直接見ることが期待される。言語獲得プロセスの解明や盲ろう児教育に重要な示唆が得られるであろう。しかし最も質の悪い時代の紙や録音テープ等に記録され劣化が著しいため、現在電子化保存と「データベース開発」(DB化)を進めている。DB化後は山梨県立盲学校に移管、公開する計画である。訓練記録、訓練経緯、同校での分析状況および発音訓練用の木製口模型などの教材、現状の同保存活動等を紹介する。
外間 宏一 喜舎場 曠恵 Hokama Koichi Kishaba Kokei
1)Phoma sp.菌の生産するインベルターゼの諸性質は次のとおりである。至適作用pHは7.5付近,至適作用温度は45℃,Hg^+,Ba^<2+>,Na^+によって阻害を受ける。2)反応生成物はグルコースとフルクトースであり,酵素液中にインベルターゼが存在することは明らかである。
長島, 祐基 NAGASHIMA, YUKI
本稿では、1972(昭和47)年から2002(平成14)年まで東京都の社会教育事業として都立多摩社会教育会館(立川市)に設置されていた、市民活動サービスコーナーに関する資料を分析する。その上で、当該資料をアーカイブズとして記述・編成、保存・公開していく方法、意義、諸問題について考察する。
泉, 大輔 Izumi, Daisuke
本稿で取り上げるのは、「振り込め詐欺」「早く帰れオーラ」「幻のポケモンをもらおう!キャンペーン」「いいねボタン」「かまってちゃん」「朝はパンだ派」など、合成語の前項に「文相当の要素」が生起する言語現象(以下、「文の包摂」)である。一般に日本語の語形成規則では、語(小さい言語単位)の中に文(大きい言語単位)は入り得ない(*明日行こう店)。しかし、「振り込め詐欺」という表現は、「〇〇詐欺」という合成語の中に「振り込め」という命令文相当の要素が含まれている点で逸脱的な表現と言える。本研究では主にコーパスを用いて「文の包摂」の実例を収集し、その使用実態を記述した。その上で、「文の包摂」は個人が臨時的に名づけやネーミングに用いられ、「新奇性」という表現効果がその使用の動機づけになっていると考察した。
中澤, 光平 NAKAZAWA, Kohei
本論文では日琉諸語(日本語諸方言および琉球語諸方言)の最西端で話されている与那国方言(ドゥナンムヌイ)の音韻変化と形態変化について整理し,特に先行研究で議論が少ない諸点について筆者の考えを提示し,今後の研究のための材料を提供することを目的とする。音韻変化について,与那国方言では次の変化が生じたと考える:狭母音の前での*/s/の重子音化(とそれに伴う破擦化),母音間の*/k/の有声化,*/i/の後での子音の順行口蓋化,および*/ni/の鼻母音化。形態変化について,与那国方言では次の変化が生じたと考える:シアリ形に由来する接続形の*-i+ari >*-je,非意志的自動詞の完了形での*-ai-uN > -aN,i語幹動詞のir語幹化への類推による*–is- > –ir-,および形容詞語幹における接辞*-sa > [-ha] > -a。
Yogi Minako 与儀 峰奈子
世界の色々な言語に女性・男性の性差による話し方の違いが存在することは多くの言語学者によって指摘れ、社会言語学的な観点からの研究が盛んに行われている。アメリカ英語におけるその分野の研究はRobinLakoff (1975)の著書Language and Women' s Placeが導火線となった。Lakoffの研究は本人の内省と周囲の人を観察したものに基づいたものだが、その著書の中で「女性の言葉j と「女性に関する言葉」について言及し、性差によって話し方が違うことと、女性は男性と異なった表現をされていることを指摘している。本稿では、Lakffが「女性の言葉」の特徴として指摘した「専門的な色彩ことば(mauve,lavender,a quamarine)のような特殊な語嚢」"Oh,dear!"," Dear me!"," Oh,f udge!"のような弱い虚辞(weaker expletives),'divine'や、'charming','sweet',' adorable'のようなLakoffの言ういわゆるempty adjectives(ほとんど意味のない形容詞),誇張表現としての副詞"so intensive "so")と「女性に関する言葉」について、1 8 5名のアメリカ英語のネイテイブ・スピーカーにアンケー卜を行い、性差による言語使用の違いについて考察した。
今田, 水穂 IMADA, Mizuho
日本語名詞述語文に関する既存の記述的研究の集約と共有可能な研究用言語資源の構築を目的として,京都大学テキストコーパスに含まれる名詞述語文に意味情報を付与した。このタスクはi)コーパスのXML化,ii)4種類の言語資源(拡張固有表現タグ付きコーパス,CRL固有表現データ,日本語WordNet,SUMO)による語義付与,iii)名詞述語文の抽出,iv)主語と述語の意味関係付与の4つの下位タスクを含む。アノテーションの結果に基づき,意味関係と語義の共起関係や,名詞述語文の構文的,意味的特徴について検討を行った。
茂呂, 雄二 小高, 京子 MORO, Yuji ODAKA, Kyoko
本論は2部からなる。第1部では日本語談話研究の現状を展望して,それぞれの研究が指向する方法論の違いを取り出してみた。第2部には日本語談話に関係する研究の文献目録を収めた。日本語談話研究は学際的に展開されており,言語学では言語行動研究および談話分析,社会学からはエスノメソドロジーに基づく会話分析とライフストーリー研究が,心理学・認知科学研究からはプロトコル分析およびインターフェース研究などが,広い意味での日本語談話分析研究を行っている。この研究の広がりからわれわれが取り出した研究指向の違いは以下の通りである。
神園 幸郎 戝部 盛久 Kamizono Sachiro Takarabe Morihisa
神園(1988)は言語発達遅滞児の中でもとりわけダウン症児は擬音語・擬態語(オノマトペ)を伴った言語情報を用いることによって交信機能を高めているとの知見を得た。そこで、ダウン症児の交信行動においてオノマトペが効果的に利用される原因およびその認知的背景を探るために、自由遊び場面におけるオノマトペを分析し次のような知見を得た。1、音韻論的側面 1)オノマトペを構成する音は喃語との類似性が高いために、構音に問題を持つダウン症児にとって構音が容易である。2)オノマトペの音韻構造は畳語形式の音連鎖をもつものが多く、冗長性が高いためダウン症児にとって記憶保持が容易で音声模倣が行い易い。2、意味論的側面 1)オノマトペには音と意味の有契的な関係、つまり音象徴が存在するため、音声から直接、意味を抽出できるという特徴を有する。したがって、記号的な関係しか存在しない一般言語に比べてオノマトペはダウン症児にとって意味理解の容易な言語である。2)1の特徴のために類義語のオノマトペを容易に生成できるため、音声による意味世界の表出範囲を広げることができる。3、語用論的側面 1)ダウン症児間の交信活動においてオノマトペが介在する場合には、疑似コミュニケ-ションの形態をとることが多く、意味のやり取り以前に対人関係を保持するためにオノマトペが利用される。2)筆者らには、殆ど了解不能であった音声が日常身近に接している他者には的確な意味対象を指示しているものとして受容され、対人関係によってコミュニケ-ション効率は大きく異なる。3)コミュニケ-ション場面で用いられるオノマトペは、場面依存的な特徴があり、話し手と聞き手が共有する場の特性や意味の制約を利用して発話意図の伝達可能性を高めている。\n以上の知見に基づいて、ダウン症児に対するオノマトペを利用した言語指導プログラムを検討中である。
小林, 健二 KOBAYASHI, Kenji
「名取熊野縁起」が形成された過程を、本縁起を構成するモチーフを吟味することにより、「道とをし」の熊野神詠譚が、梛の葉や虫喰いの神詠等の諸要素を取り込みながら、陸奥在地の名取老女の熊野勧請説話と結びついて作り出されたこと、また、その成立に紀州熊野三山の先達組織が関与していたであろうことを考察する。
小沢, 洋 Ozawa, Hiroshi
古墳時代の上総南西部には2つの強大な政治領域が存在していた。一つは小櫃川流域の馬来田国であり,もう一つは小糸川流域の須恵国である。この両地域では古墳時代のほとんどの期間を通じて継起的に大形古墳の築造が認められ,房総の諸首長層の中でも,とりわけ安定した勢力を維持していたことが窺われる。
西谷, 大 Nishitani, Masaru
本稿は,大汶口文化諸遺跡で発見された仰韶文化の廟底溝類型系彩陶を取り上げ,この彩陶が,渭河流域,黄河中・下流域から山東地区の大汶口文化に伝播していく様態を追求することによって,廟底溝類型期の各地域間にみられる文化交流の中で,彩陶が具体的にどの様な意味をもつのかを考えようとするものである。
仁藤, 敦史 Nito, Atsushi
安閑・宣化期に集中的に屯倉記事が記載されている点については,那津官家へ諸国の屯倉の穀を運んだとの記載を重視するならば,当該期における対外的緊張がその背景に想定され,屯倉と舂米部のセットにより兵粮米を用意し,「那津官家」を中心とする北九州の諸屯倉に集積する体制を構想した。
林, 慶花
本稿は、植民地期朝鮮の言語政策における唱歌の位相を普通学校の唱歌教育を分析することによって明らかにし、それとは対自的に存在した朝鮮語教育と朝鮮語唱歌との関係を、民間主導でなされた文字普及運動や『朝鮮語読本』レコード製作に焦点を合わせて追求したものである。
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