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小林, 隆 KOBAYASHI, Takashi
文献国語史と言語地理学の提携により語史を構成するための基礎資料の一つとして,『日本言語地図』(国立国語研究所,昭和41~49年)の関連意味項目の全国方言分布を明らかにしようとした。語史研究は,文献国語史と言語地理学とが提携して進められることが望ましく,その資料として,言語地理学では主に『日本言語地図』が利用されてきた。ところが,『日本言語地図』の解釈を文献国語史と対照すると,両者の間で語の意味が対応しない場合があり,この点について詳しく考えるために,例えば〈眉毛〉に対する〈まつ毛〉など『日本言語地図』の関連意味項目の方言分布をあらたに調査した。項目は主に身体名称の50項目であり,通信調査法により全国1400地点分の資料を収集した。本稿は,この調査の目的と方法について論じたものである。
辻垣, 晃一
本報告は、函館市中央図書館と国立国会図書館で発見された新出の森幸安地図について調査した成果をまとめたものである。函館市中央図書館所蔵分(七点)からは、地図での校合方法や幸案に地図を提供した人物などを確認できた。国会図書館所蔵分(八十五点)からは、幸安が同形同内容の地図を二部ずつ大量に作成していた事実が判明した。 森幸安は、江戸時代中期の地図考証家であり、林吉永らの「観光絵図」や伊能忠敬の「実測図」とは性格が異なる「情報地図」とも呼ぶべき性格の地図を描いた。詳細は、『森幸安の描いた地図』(日文研叢書29)で述べている。今回の調査では、前著を補強する材料が見つかったこと、さらに幸安の地図作成動機の一部をつかむ手掛かりが得られたこと、この二点の成果が挙げられる。
加藤, 祥 浅原, 正幸 山崎, 誠
『現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)』に分類語彙表番号を付与する作業を開始した。『分類語彙表増補改訂版』(2004)の分類語彙表番号を,短単位と長単位のそれぞれにアノテーションする。作業にあたり,人手でUniDic語彙素IDに対応させたデータ(近藤・田中,2017)を用い,該当可能性のある番号を列挙する。作業者は,該当する意味分類が選択可能であれば選択し,選択できない場合や対応のない場合には,新たに適切な番号を付与する。本発表では,番号付与作業基準と作業状況,作業結果を用いた調査例を報告する。
竹田, 晃子 三井, はるみ TAKEDA, Koko MITSUI, Harumi
国立国語研究所における「全国方言文法の対比的研究」に関わる調査資料群のうち,調査I・調査IIIという未発表の調査資料について,調査の概要をまとめ,具体的な言語分析を行った。調査I・調査IIIは,統一的な方法で方言文法の全国調査を行うことによって,方言および標準語の文法研究に必要な基礎的資料を得ることを目的とし,1966-1973(昭和41-48)年度に地方研究員53名・所員4名によって行われ,全国94地点の整理票が現存する。具体的なデータとして原因・理由表現を取り上げ,データ分析を試みることによって資料の特徴を明らかにした。3節では,異なり語数の比較や形式の重複数から,『方言文法全国地図』が対象としなかった意味・用法を含む幅広い形式が報告された可能性があることを指摘し,意味・用法については主節の文のタイプ,推量形への接続の可否,終助詞的用法の観点から回答結果を概観した。4節では,調査時期の異なる他の調査資料との比較によって,ハンテ類の衰退とサカイ類の語形変化を指摘した。「対比的研究」の調査結果は興味深く,現代では得がたい資料である。今後,この調査報告の活用が期待される。
福嶋, 秩子 FUKUSHIMA, Chitsuko
アジアとヨーロッパの言語地理学者による各地の言語地図作成状況と活用方法についての国際シンポジウムでの発表をもとに,世界の言語地理学の現状と課題を概括する。まず,言語地図作成は,方言境界線の画定のため,あるいは地図の分布から歴史を読み取るために行われてきた。さらに言語学の実験や訓練の場という性格もある。地図化にあたり,等語線をひいて境界を示すこともできるが,言語の推移を示すには,記号地図が有用である。また,伝統方言の衰退もあって社会言語学との融合が起き,日本ではグロットグラムのような新しい調査法が生まれた。情報技術の導入により,言語地図作成のためのデータは言語データベースあるいは言語コーパスという性格が強まった。コンピュータを利用した言語地図の作成には,1.電子データ化,2.一定の基準によるデータの選択・地図化,3.他のデータとの比較・総合・重ね合わせ・関連付け,4.言語地図の発表・公開,という4段階がある。最後に,言語地図作成の課題は,言語データの共有・統合,そして成果の公開である。
竹内, 桂 TAKEUCHI, Kei
現在国立サハリン州文書館には、日本がサハリンを統治した時期の文書が所蔵されている。この文書は日本の敗戦後、ソ連により接収され、一度ハバロフスクに移送された後、サハリンに戻された。本稿ではまず国立サハリン州文書館についてその歴史、所在地情報ならびに2005年10月段階の利用手続きと閲覧方法について言及した。その上で樺太庁豊原警察署文書にある書き込み、印、ハバロフスク州文書館用紙からソ連が接収後同文書をどのように取り扱ったかを考察し、ハバロフスクに移送された後、モスクワからの専門家による文書分析、史料番号の付与、文書の再調査、ファイルレベルの番号変更、フォルダーレベルの番号変更、サハリンへ輸送、国立サハリン州文書館における史料番号の再設定というプロセスをたどったと推測した。
山本, 空
国立国語研究所(編)(2001~2008)『全国方言データベース 日本のふるさとことば集成』(国書刊行会,以下『集成』)と「日本語諸方言コーパス(COJADS)」を用いて,独立語的な対称詞と指示詞系フィラー「アノ」「ソノ」の使用実態を地点ごとに比較・分析した。その結果,独立語的な対称詞を多用する地点の中で,指示詞系フィラーの使用が標準語的な使用と異なっている地点がみられた。特に大分県では指示詞系フィラーの使用が少なく,むしろ独立語的な対称詞が最も多く使用されていた。そこで大分県について談話資料を追加して調査したところ,やはり指示詞系フィラーよりも独立語的な対称詞を多用する地点が多いという結果になり,『集成』「COJADS」による大分県の調査結果と類似していた。大分県では対称詞がフィラーとして日常的に使用されていると考えられる。このように,独立語的な対称詞は単にその地点に存在するだけでなく,ほかのフィラーの使用にも影響を与えており,他方言では汎用的に用いられている指示詞系フィラー「アノ」の機能が制限されることが明らかになった。ただ,この傾向は年代が新しくなると薄れてきており,経年変化の可能性があることも示唆された。
大西, 拓一郎
『方言文法全国地図』作成の手順を図などを提示しながら説明します。
林, 直樹 田中, ゆかり
本稿では,異なる研究者によるデータをWeb上で共有・統合することを目的に構築された「日本大学文理学部Web言語地図」の概要を報告する。最初にWeb言語地図の利用方法のうち,言語地図の描画方法を説明する。次に,Web言語地図にデータを追加するために,個人がどのようにデータを管理するのかを述べ,作成したデータをWeb上で管理するための方法を解説する。最後に.Web言語地図の理念である研究資源の共有という試みにおける今後の課題について言及する。
下野, 裕之 宮嵜, 英寿 真常, 仁志 菅野, 洋光 櫻井, 武司 Shimono, Hiroyuki Miyazaki, Hidetoshi SHINJO, Hitoshi Kanno, Hiromitsu SAKURAI, Takeshi
ザンビア南部州のトウモロコシの生産性に作期移動が及ぼす影響を 2008/09 年に評価した。いずれの地点でも作期を遅くすることで収量の低下が認められたが、その程度がB地点とC地点でA地点より大きかった。両地点では播種から開花までの日数が、作期を遅くすることで延長が認められた。
菊池, そのみ 片山, 久留美 髙橋, 雄太 小木曽, 智信
本稿は『分類語彙表増補改訂版データベース』における見出し(分類語彙表番号)と形態素解析用辞書UniDicの見出し(語彙素)とを対応づける試みの一つとして『複数短単位対応版「分類語彙表番号 -UniDic」対応表』(Ver.1.0)の構築とこれを活用した分析の事例とについて報告するものである。まず,『分類語彙表増補改訂版データベース』(Ver.1.0.1)における見出しのうち,複数の短単位からなるものを対象に分類語彙表番号と語彙素とを対応づけ,既に公開されている『分類語彙表番号 -UniDic語彙素番号対応表』と合わせて『複数短単位対応版「分類語彙表番号 -UniDic」対応表』(Ver.1.0)として公開した。次にこの『複数短単位対応版「分類語彙表番号 -UniDic」対応表』を用いて意味範疇・見出しの長さ・品詞・語種の観点から『分類語彙表増補改訂版データベース』の見出しを計量的に分析した。特に長い見出しにおける語種・品詞の構成についての詳細を報告すると共に,見出しの長さと見出しの数との関係について意味範疇ごとに考察した。
廣瀬, 孝 大城, 和也 Hirose, Takashi Oshiro, Kazuya
本研究では、沖縄島に分布する古期石灰岩地域6地点、第四紀琉球石灰岩地域9地点の湧水・河川水において調査を行い、電気伝導度(EC)の値から、両地域の溶食速度を推定した。その結果、溶食速度は、古期石灰岩地域では75.4mm/1,000年、第四紀琉球石灰岩地域では101.7mm/1,000年であり、大きな差がみられ、空隙率の大きさと水と岩石との接触面積の違いなどが影響していると考えられる。また、秋吉台で水質から求められた溶食速度(51mm/1,000年)よりも速く、亜熱帯気候に属している沖縄島の豊富な降水量や高い二酸化炭素(C02)濃度との関係が示唆される。また、沖縄島でも、カメニツァなどの溶食が進んでいる地点で求められた溶食速度に比べるとはるかに小さい値を示し、水の流出から求められた本研究の結果は、その地域全体の平均値を示しているものと考えられる。
熊谷, 康雄 KUMAGAI, Yasuo
『日本言語地図』のデータベース化(『日本言語地図』データベース,LAJDB)の概略を説明し,3年間の本プロジェクト期間中に整備を進め,利用可能となった項目(119項目)の一部を利用した計量的な分析の事例として,標準語形の使用数の地理的な分布を示した。これにより,『日本言語地図』がデータベース化されることの意味とこれが生み出す新しい研究の広がりの一端に触れた。
加藤, 祥 浅原, 正幸
比喩表現類型に意味情報を付与し,意味的な要素の結合を比喩表現の指標とした用例収集を試みた。まず,日本語比喩表現の類型を『分類語彙表増補改訂版』に基づく意味分類で整理した。具体的には,国立国語研究所報告57『比喩表現の理論と分類』に挙げられた結合類型(5,537種類)に含まれる要素の自立語すべてに人手で分類語彙表番号を付与し,比喩表現類型を意味分類において整理したデータを作成した。次に,意味分類の結合を比喩表現の指標として,分類語彙表番号を付与した「現代日本語書き言葉均衡コーパス」のコアデータの一部(約19万短単位)を調査した。本発表では,本手法によって取得できたBCCWJの比喩表現例を示すとともに,意味分類結合としての日本語比喩表現の使用傾向を確かめる。
吉岡, 泰夫
国立国語研究所の方言研究は,「現代の言語生活」を課題として,話しことばをめぐる言語問題をタイムリーに探索し,問題解決のための科学的調査研究を,独自に開発した方法で実施してきた。言語政策の企画立案に資する基礎研究資料を提供するとともに,日本語研究の中枢的機開として学界の発展と充実にも寄与してきた。特に,社会言語学,言語地理学の分野においては,先進的研究の開拓によって,戦後の日本語研究にリーダーシップを発揮してきたところである。社会言語学の分野では,地域社会住民の言語生活の実態,方言と共通語との接触・干渉に観点をおいた調査研究,地域社会における敬語使用や敬語意識を明らかにする敬語行動研究の成果がある。言語地理学の分野の成果では,全国規模の組織的な調査にもとづく「言語地図」作成がある。全国規模の言語地図作成は,他の研究機関では成し難い,国語研究所ならではのプロジェクトである。また,「方言辞典」などの資料作成にも成果をあげている。
上野, 善道 UWANO, Zendo
岩手県と青森県の,旧南部・津軽両藩の5地点6人に調査をした北奥方言の外来語400語余りのアクセント資料を提示する。そのアクセントと語音構造の「弱」との関連を述べながら,モーラ数+1の対立を持つ体系であることを明らかにした後,地域差にも言及する。
上野, 善道 UWANO, Zendo
岩手県と青森県の,旧南部・津軽両藩の6地点で約千項目からなる動詞のアクセント調査をした報告を行なう。今回はその(1)として,2~3拍動詞の603語を対象とする。アクセント情報と並んで,その語音情報および必要に応じて意味に応じた語形の違いを付け加える。
竹中, 千里 TAKENAKA, Chisato
ドンクワーイ村の井戸水および土壌の化学的特徴を明らかにすることを目的として調査を行なった。ドンクワーイ村では10 ~ 40 mの深部からくみ上げている井戸水を利用している。その水質は、乾季と雨季で異なり、乾季では、重炭酸イオンを多く含む水質で井戸による違いがほとんど見られないのに対し、雨季では塩化物イオンが多くなり、井戸によってばらつきが認められた。これは、雨季の井戸水が、乾季に土壌中に集積した塩類の影響を受けているためと推察された。また土壌については、村に近い地点で栄養塩類が多く、米の収量と関係づけることができる地点があることが明らかとなった。
朝日, 祥之 ASAHI, Yoshiyuki
本稿では,独創・発展型共同研究プロジェクト「接触方言学による『言語変容類型論』の構築」で企画・実施された調査研究の成果を紹介した。最初に,研究目的と実施された調査の設計を述べた。その後,研究期間中に実施された様々な調査のうち,北海道札幌市と釧路市で実施された実時間調査と愛知県岡崎市で実施された敬語と敬語意識調査で取り扱われた「道教え」場面調査の調査結果,ならびに国内4地点における空間参照枠に関する調査結果を取り上げた。また「言語変容類型論」構築の試案を提示し,その提示の方法,試案の有用性,反省点,今後の当該分野に関する展望を行った。
渡嘉敷, 義浩 金城, 和俊 佐藤, 一紘 Tokashiki, Yoshihiro Kinjyo, Kazutoshi Sato, Kazuhiro
マングローブ群落は沿岸部の陸地化にも大きな役割を果たすと考えられる。ここでは,西表島相良川のマングローブ群落を選定し,干潮時におけるマングローブ群落の縁および群落内部の表層堆積泥の化学性および鉱物性に関連する知見を得る目的で行った。表層堆積泥は最表層(0~0.5cm程度)と表層(0~10cm)のいずれも海側,陸地側および両中間地点におけるマングローブ群落の縁および内部付近から採取した。表層堆積泥のpH は約3~6で陸地側ほど低く,ECは海側で若干高く,中間地点で約10~13mS/cmでいずれも海水の影響が示唆された。有機態炭素含量は約1~5%で全炭素含量(約2~6%)の8割程度を占める中間地点で高かった。化学性はいずれも最表層堆積泥で高い傾向を示した。中間地点では粘土やシルトが多く,その傾向は最表層で高い特徴も示した。シルト画分の一次鉱物はいずれの地点も石英が主体を示した。二次鉱物はいずれの地点でもカオリナイトが主体でイライト,バーミキュライトが随伴した。以上のことから,地形要因や潮の干満による影響も加わり,海側に近い中間地点の最表層ほど粘土画分と有機物が堆積して陸地化が進行しやすく,正・負荷電に富む粘土のバーミキュライトや腐植の機能による寄与が示唆された。
大西, 拓一郎
文法は,体系的性質を強く持つ。したがって,ひとつひとつのことがらの背景にはそれを支える構造の存在を考えることが必要である。『方言文法全国地図』を見るにあたってもこの観点は,不可欠で,1枚の地図から読み取ることができる情報は少なくないものの,それだけでは多くの場合,ある程度のレベルでの推測をまじえた判断しか下せないことが多い。関連する項目の持つ構報を総合的に整理し,その中から分析することが求められる。その一方で,総含的観点から分析しようとしても,実際上,調査項目に盛り込まれていない限りは,必要な情報が得られないという,はがゆい事実がまちかまえている。新たな情報の収集が求められるわけである。このようなことがらについてサ変動詞「する」の東北地方における分布とその解釈をめぐって考察する。
山瀬, 敬太郎 関岡, 裕明 谷口, 真吾
スギ林を中心に,異なる9地点から森林表土を採取し,実生出現法によって森林表土中に含まれる埋土種子の種構成を調査した。その結果,スギ林分から採取した埋土種子は,緑化に用いるのに十分なポテンシャルを有している可能性が高いことがわかった。また,集落や伐採地など人為的攪乱を強く受けた場所に近接する森林表土中の埋土種子は,移入種を多く含む可能性が示唆された。
吉永, 安俊 Yoshinaga, Anshun
本文では沖縄地方7地点の短時間降雨強度式型について検討したが, これらの結果を示せば次のようである。那覇 : 久野型 久米島 : Sherman型 宮古島 : 久野型 石垣島 : Sherman型 与那国島 : Talbot型 南大東島 : Talbot型 名護 : 久野型これらの結果からすると沖縄地方7地点に関してTalbat型が適用できる地点は与那国島と南大東島の2地点であり, 各地で現在用いられているTalbot型onlyは問題がある。全く不規則に降る雨を厳密な意味で一つの式型で表わすことのできないのは当然であるから, 設計計画に用いる雨資料はそれぞれの地点の最適式型で算出するのが望ましい。那覇における最適式型は喜納氏(8,9)の結果と異なるが, それは資料の統計期間の相違が原因と考える。水文諸量の時系列変化は短時間的性格の水文諸量には少ない(7)にしてもやはり新しく長期間の資料が望ましい。
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地図上に書き込み、マーキングあり。
寺本, 潔 Teramoto, Kiyoshi
子どもの知覚環境を実際のフィールドにおいて調査するといろいろなことがわかってくる。子どもは、日常の遊びや自然物との関わりあいの中で独特な自然認識や空間の知覚を行っている。本研究では、農村の事例として愛知県小原村を、都市部の事例として名古屋市中川区を選び、子どもの遊び行動と知覚空間の変化を実証的に調べてみた。調査方法として採用したのは、子ども自身に地域の手描き地図を描かせる方法と子どもやその親への聞き取りを採用した。子どもに地図を描かせると知覚空間の構造の一部が把握でき、また聞き取りによって、詳細な行動実態がつかめてくる。調査を行った結果、子どもの知覚空間の範囲は小原村の場合、村内の地形を反映し、浅い谷ごとに閉じられていることがわかった。また、名古屋市の場合、都市化の状況や子どもを取り巻く様々な社会的要因の影響を受けて、変化しつつあり、とりわけ三世代の遊び行動の差異は著しいものがあった。子どもの知覚環境研究の課題は、依然極めて多く、子ども史的観点からの追究も残された課題となっている。本研究は、未だ子どもの内的世界を描いた点では素描にすぎず、今後、地理学のみならず、歴史学や民俗学などの隣接学問からのアプローチも期待される。
志茂, 守孝 渡嘉敷, 義浩 Shimo, Moritaka Tokashiki, Yoshihiro
読谷村残波岬の海岸線の植生および土壌調査を行なった。その結果は、次のように要約できる。1)海岸線に近く、標高も高い地点では、海洋環境の影響を強く受け、一般に、海浜の前面に分布する植物が優先した。そして、土壌のpH、交換性カルシウム、マグネシウム、カリウム、塩基飽和度、保水量および透水係数は高い値を示した。2)海洋環境の影響を強く受けているその環境の因子(潮風や塩分)の土壌構造の発達に及ぼす影響が推察された。3)海岸線より内部に入り、標高が低く、周辺が植物で囲まれている地点では、海洋環境の影響は弱いことが推察された。4)本土壌の施肥では、塩基バランスの調整をはかりながら、下層土までリン酸を施肥し、有機物を施肥するのが望ましい。
上野, 善道 UWANO, Zendo
岩手県と青森県の,旧南部・津軽両藩の6地点で調査をした北奥方言動詞のアクセント報告の続稿として,4~7拍動詞の374語を対象とする。基本は無核型と次末核型の2つからなるが,動詞の全体としてはn拍にn個の区別があるアクセント体系である。3拍までの基本的な動詞35語について,それぞれ8つの活用形のアクセント資料も掲げ,その地域差も指摘する。
近藤, 明日子 田中, 牧郎 KONDO, Asuko TANAKA, Makiro
日本語の大規模コーパスへの網羅的・体系的な語義情報付与を目的として,語義の体系的な分類を示す大規模な現代日本語のシソーラス『分類語彙表増補改訂版データベース』の見出しと,各種大規模コーパスの構築に利用されている電子化辞書UniDicの見出し(語彙素)との同語関係による対応を表す表形式データの構築を行った。同語判別の作業は分類語彙表・UniDic両者の見出しの表記・読み・類の対応に基づいて人手により行い,その結果,『分類語彙表』の64,759見出しとUniDicの50,795語彙素との同語関係による多対多の対応を表す「分類語彙表番号-UniDic語彙素番号対応表」を構築した。本対応表を活用して大規模コーパスへの網羅的な語義情報付与作業が始まっており,また,形態素解析結果に分類語彙表番号を付与する機能を実装した形態素解析ツールも開発された。一方で,本格的な大規模コーパスへの語義情報の網羅的付与に向けて,対応表の拡張や多義語の語義選択といった課題への対処も必要である。
山田, 康弘 米田, 穣
蝦島(えびしま)貝塚は,岩手県一関市花泉町貝鳥に所在し,蝦島とよばれる独立小丘陵上に立地する縄文時代晩期を中心とした内陸部の貝塚である。蝦島貝塚では,1956年以降数次にわたって調査が行われており,一次および二次調査では57体,三次調査では32体の人骨が出土している。これらの人骨の多くは大洞C2式からA式期の事例とされており,晩期中葉から後葉にかけて形成された連続的な墓域と理解できる。今回,これらの人骨の中から埋蔵属性として埋葬地点が近接するもの,すなわち同一の埋葬小群に含まれると考えられるもの,頭位方向が一致するもの,抜歯型式が一致するものなど,これまで縄文時代の社会構造を検討する上で重要とされてきた埋葬属性について,これが共通する事例をピックアップし,それらの人骨のmtDNAについて検討を行った。その結果,今回検討対象とした事例については,mtDNAのハプロタイプが一致しないということがわかった。したがって,今回検討対象とし,mtDNAの分析ができた6体については,少なくとも母系の系譜的関係にはないということになる。この理由の一つとして,各人骨の年代差ということがあげられるだろう。一方で,較正年代が近い人骨同士の位置関係はどうかといえば,相互に近接しているとは言いがたい位置関係にある。蝦島貝塚における人骨の埋葬属性,年代,mtDNAの分析結果から,どのようなことが考えられるだろうか。可能性の一つとしては,埋葬小群の存続期間は数百年間にわたり,これまでの想定以上に長期間であったということである。そして,可能性の二つめとしては,視覚的・かつ空間的に分節できる埋葬小群を,家族や世帯といった血縁関係者を包摂する既知の人間集団の埋葬地点と捉える理解は間違いであり,実際には縄文人は血縁関係者を埋葬するにあたって,埋葬地点にはあまりこだわらなかったということである。
麻生, 玲子 セリック, ケナン 中澤, 光平 ASO, Reiko CELIK, Kenan NAKAZAWA, Kohei
本論文では,過去40年間の南琉球の語彙研究を事例に,従来の調査方法や成果に対して詳細な評価を行い,それに基づき,日琉諸語を対象に多地点で詳細な語彙研究を行うという目的を達成するための効果的な研究方法について論じる。過去40年間に行われた南琉球の語彙研究成果を収集および評価した結果,研究者と母語話者が協力して行うハイブリッド型研究が,質と量の両面から最も有効な研究手段であることが分かった。このため,今後の語彙研究にとってハイブリッド型の研究形態を積極的に活用していくことが大きな可能性を秘めていると主張する。一方で,南琉球諸語は消滅危機言語であるため研究期間に制限があるにもかかわらず,語彙研究が行われている地点には激しい偏りが存在していることも指摘する。この問題に対して,ハイブリッド型研究であっても面接調査のみに頼ることは非現実的であることを明らかにし,語彙収集に関わる作業を一部遠隔化することで解消できると指摘する。以上の結果を踏まえ,我々が実施している事例を参照しながら,作業を細分化・分担し,各自が居ながらにして作業を効率的に行うハイブリッド遠隔型の語彙研究を提案する。
岡, 雅彦 OKA, Masahiko
国文学研究資料館所蔵の堤朝風著「福聚談」(請求番号「ナ5 86」)を翻刻し略解題を付す。
矢内原, 忠雄
封筒番号573と574は2冊でワンセット。573はイタリア語で書名・目次等が書かれ、574はその邦訳が書かれている。
矢内原, 忠雄
封筒番号573と574は2冊でワンセット。573はイタリア語で書名・目次等が書かれ、574はその邦訳が書かれている。
米田, 正人 YONEDA, Masato
国立国語研究所では昭和25年度と昭和46年の2度にわたって文部省科学研究費の交付を受け,山形県鶴岡市において地域社会に於ける言語生活の実態調査を実施した。それにより,戦後四半世紀の急激な社会変化の中で方言が共通語化していく過程について,その実態や社会的な要因を明らかにした。本研究は,これらの成果を受け継ぎ,鶴岡市において約20年間隔の第3次調査を実施するとともに,言語変化を将来に向けて経年的に調査記述していくための基礎構築を目的として行われた。また,本報告は平成3年度および4年度の文部省科学研究費補助金(総合研究(A)),研究課題名「地域社会の言語生活-鶴岡市における戦後の変化-」(課題番号03301060)(研究代表者 江川清)の交付を受けて行った調査研究のうち,音声,アクセントの共通語化について一部をまとめたものであり,平成5年8月,カナダのビクトリア大学で行われたMethods Ⅷ (方言研究の方法論に関する国際会議)で口頭発表した内容に加筆訂正したものである。
三井, はるみ
方言の条件表現についての研究をすすめて行くための手がかりとして,青森市方言の順接仮定条件表現を例に取り,『方言談話資料』を主な資料として,共通語との対照による体系記述を試みた。その結果,この方言の接続形式バについて,(1)後件の反期待性という制約が効かない,という特徴が見出され,(2)前件の確実性に関する制限が緩やか,(3)事実的用法を持つ,という可能性がうかがわれた。また,接続詞的用法,提題・対比用法においても共通語との異なりが見られた。最後に『方言文法全国地図』所収(予定を含む)の順接仮定条件表現項目の地図を提示し,方言の条件表現形式の分布状況を紹介する。
浅原, 正幸 南部, 智史 佐野, 真一郎
本稿では日本語の二重目的語構文の基本語順について予測する統計モデルについて議論する。『現代日本語書き言葉均衡コーパス』コアデータに係り受け構造・述語項構造・共参照情報を悉皆付与したデータから、二重目的語構文を抽出し、格要素と述語要素に分類語彙表番号を付与したうえで、ベイジアン線形混合モデルにより分析を行った。結果、名詞句の情報構造の効果として知られている旧情報が新情報よりも先行する現象と、モーラ数が多いものが少ないものに先行する現象が確認された。分類語彙表番号による効果は、今回の分析では確認されなかった。
山盛, 直 平田, 永二 新本, 光孝 砂川, 季昭 安里, 昌弘 Yamamori, Naoshi Hirata, Eiji Aramoto, Mitsunori Sunakawa, Sueaki Asato, Masahiro
与那演習林および西表島の熱帯農学研究施設に設定された択伐試験地ならびに西表国有林内で林分調査を行ったオキナワウラジロガシ林の森林土壌の調査を行った。土壌型の異なる場所で代表的地点を選んで試孔を掘って断面調査を行った。また, 各層位から試料を採取し, 土壌の理化学性の分析を行った。分析結果は表1および表2に示したとおりである。調査結果および文献調査から, 沖縄の森林に主として分布する赤黄色土は, 褐色森林土と比較して容積重が大きく, 透水性が悪く, 粗孔隙量が小さい特徴がみられた。また, 土壌断面にみられた堅密度は堅∿固結が多く, 堅密な土壌であることがいえる。土壌の化学性も褐色森林土に比べて劣るが, 黄色土の一般的性質がみられた。与那と西表の森林土壌のちがいは, 土性によく表れていた。これは母材のちがいによるものと考えられる。この研究をとりまとめるに当たって, 特に土壌の分析に林学科学生下地輝史君の協力を得た。記して深謝の意を表する。
国際日本文化研究センター, 資料課資料利用係
京都東部に位置する岡崎。美術館・図書館・動物園・平安神宮など、さまざまな文化施設や観光名所があり、いつも賑わいを見せています。1895(明治28)年の第4回内国勧業博覧会以来、徐々に開発が進んで現在の形へと近づいていきます。古地図と絵はがきでその歴史をたどります。
加藤, 祥 森山, 奈々美 浅原, 正幸 MORIYAMA, Nanami
コーパスに付与されたジャンル情報を用いることにより,ジャンル毎の語彙分布の傾向が確認される。しかし,レジスタによる文体差の影響や,ジャンルの分類基準の問題が考えられる。そこで,本稿は,文章内容情報が付与された文体的な影響の少ないコーパスを用い,品詞分布・語彙分布・語義分布に内容別の傾向が見られることを確認する。具体的には,『現代日本語書き言葉均衡コーパス』の新聞サブコーパス(PN,1,473サンプル)に含まれるサンプルを記事単位(5,585記事)に分割し,記事ごとの内容情報や種別情報を付与した(加藤ほか2020)データを用いる。分類語彙表番号の付与されたBCCWJ-WLSP(加藤ほか2019)と重ね合わせることにより語義分布も調査する。
今村, 啓爾 Imamura, Keiji
ランヴァク遺跡は,ベトナムのゲアン省に所在するドンソン文化期,紀元前1~2世紀頃の遺跡である。この時代は,ちょうど日本の弥生時代のように,個性的な青銅器が発達し,鉄器の製作,使用も開始され,稲作を基礎とした社会が国家形成に向けて大きな変化を見せた時代である。1990~1991年ベトナム日本共同調査隊が行った発掘調査では,現在水田となっている谷をはさんで,東側の墓地遺跡(ランヴァク地点)と西側の集落址(ソムディン地点)が調査された。青銅器との関連で重要なことは,墓地遺跡で砂岩製の斧の鋳型が出土し,集落址では鋳型片や溶けた青銅の付着した土器から青銅器鋳造に使われたとみられる炉址が発見されたことである。ランヴァク遺跡はドンソン文化の広がりのなかではかなり南に位置し,ベトナム北部,中国南部ばかりでなく,ベトナム中・南部のサフィン文化やタイのバンチェン文化など周辺の広い地域との関連が見られる。ベトナムではこれまで鉛同位体の分析がおこなわれたことを聞かないが,今回のランヴァク資料の分析結果は,中国最南部の雲南や広西産の鉛の同位体比の範囲内に入るものであった。このことはランヴァクの青銅器が華南の原料で鋳造されたことを意味するかのごとくであるが,すぐにそう結論することはできない。中国のこの地域の青銅器については,主に戦国時代以後の銅鼓が鉛同位体分析の対象にとりあげられているが,その結果をみると,華北や四川省の殷周時代の青銅器とは異なり,地元の鉛との一致の傾向が顕著である。同じ状況がベトナムの青銅器についても当てはまるのかもしれない。ベトナム産鉛の同位体比の確認が緊急の課題である。今後南中国から東南アジア全体におよぶ広大な地域において青銅器原料の供給地と鋳造地の関係が解明されるなら,東南アジアにおける高文化の彩成過程の理解について,大きな前進となる。
国文学研究資料館 National, Institute of Japanese Literature
和書すなわち日本の古典籍は、千二百年以上に及ぶ長い歴史を持ち、その種類の多様さと現存する点数の多さは世界的にも稀です。国文学研究資料館では、和書のさまざまな姿や特色を紹介するため、通常展示「和書のさまざま」を毎年行っています。本冊子は、その展示内容の概要を収録したものとして作成しました。ささやかながら、和書の豊かな世界への手引きとなることを願っています。*本冊子の掲載資料はすべて国文学研究資料館所蔵です。*項目番号は実際の展示と一致しますが、紙面の都合で一部の項目を割愛したため、番号が飛んでいる箇所があります。*本冊子の掲載資料が実際に展示されているとは限りません。
国文学研究資料館 National Institute of Japanese Literature
和書すなわち日本の古典籍は、千二百年以上に及ぶ長い歴史を持ち、その種類の多様さと現存する点数の多さは世界的にも稀です。国文学研究資料館では、和書のさまざまな姿や特色を紹介するため、通常展示「和書のさまざま」を毎年行っています。本冊子は、その展示内容の概要を収録したものとして作成しました。ささやかながら、和書の豊かな世界への手引きとなることを願っています。*本冊子の掲載資料はすべて国文学研究資料館所蔵です。*項目番号は実際の展示と一致しますが、紙面の都合で一部の項目を割愛したため、番号が飛んでいる箇所があります。*本冊子の掲載資料が実際に展示されているとは限りません。
渡嘉敷, 義浩 志茂, 守孝 大屋, 一弘 Tokashiki, Yoshihiro Shimo, Moritaka Oya, Kazuhiro
真平原造成地の土壌は赤黄色を呈し, 粘板岩や国頭礫層を母材とする強酸性の国頭マージで, 約60%の分散係数(率)を示す受食性土壌の特徴を有した。土性は粘土含量37%のLiCを示し, CECは約7.5me/100gで置換性Mg量はCa量より約4倍多く, 塩基飽和度は約8%を示した。粘土鉱物組成は養分保持力の小さい鉱物が主で, Ktが主要鉱物をなし他にCh/It, Vt-Chが随伴し, Itも附随した。造成地近くを流れる久志オー川に沈積した流出赤土は, 土壌侵食の初期段階においていずれもpHはほとんど中性を示した。粒径組成は最上流地点以外では粗砂が85∿95%で, いずれもLSの土性を示し, 3カ月後には上流寄りの中間地点から同様の土性が見られた。CECはほとんど1me/100g前後を示し, 上流ほど造成地土壌のCECに近似した。流出赤土には置換性Caがかなり供給され, 塩基飽和度は50%以上に高まった。粘土鉱物組成はItやKtが主体で, Ch/Itが随伴し, 中間および最下流地点ではChも附随した。造成地土壌の粘土鉱物組成とは異なり, 流出赤土の粘土部分には混層鉱物が相対的に減少し, Vt-Chが消失する傾向が示唆された。
川端, 良子
対話において、相手が知っているかどうか不確かな対象に言及する際、話し手はどのようにその対象を対話に導入するのだろうか。本研究では『日本語地図課題対話コーパス』を用いて、特定の対象が最初に対話に導入される際の言語活動の分析を行った。本稿は、(1)発話機能、(2)相互行為、(3)言語形式の3つの観点からその言語活動の特徴を報告する。
戸邉, 優美
本稿では,全国的に実施された民俗資料緊急調査の共通の調査票「民俗資料緊急調査票」を手掛かりとして,当時の日常的な麦食の実態を明らかにするとともに,高度経済成長期の食生活とその変化について検討する。埼玉県教育委員会は,昭和52~53(1977~78)年度に「埼玉県民俗文化財分布調査」を実施し,調査地点150カ所の調査票を作成した。この調査票の記述に基づき,戦前まで全国的に主要な麦作地帯だった埼玉県の食生活について,粒食と麺食という主食の側から分析した。調査票が対象としている大正時代から昭和初期にかけて,粒食は米に大麦を混ぜて炊いた麦飯が一般的だったが,その配合は地域により異なり,台地上や山間部など水田耕作の不向きなところでは麦が優位となっていた。また,麺食は茹で上げるウドン系と煮込むオッキリコミ系に分けることができ,主に夕食として食べられ,日常的な麺食は県中央から県北,秩父地方で顕著だった。ただし,ハレの日の食事としては全県的に食べられていた。大麦・小麦の生産,製粉の効率,麺食の日常性等の違いによって,日々の麦食に地域性が生まれていたことが分かった。こうした麦に支えられた食生活は,大麦・小麦の生産量の減少とともに,高度経済成長期に姿を消す,あるいは食卓にあがる機会を減らしていった。その一方で,ハレの食事とされてきた麺食は,外食によって手軽に食べることができるようになり,地域性のある身近な食事として浸透していった。
山崎, 誠
「政財界」「国内外」などの漢字 3 字で構成される「略熟語」と呼ばれる形式は,先行研究が少なく実態が明らかでない。国語辞書にも掲載されることが少ない。本発表では,現代日本語にはどのような略熟語が存在するかを『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(以下,BCCWJ)と『分類語彙表』を使って自動的に抽出することを試みた。具体的には,BCCWJから,前後が非漢字という条件で漢字 3 文字連続を抜き出し,それらを構成する漢語の頻度および分類語彙表における意味番号を付与したデータを作成した。そこから,出現頻度が一定以上で,構成要素となる漢語の分類番号が一致するものとして 874 語を抽出した。内訳は「政財界」タイプ 656 語,「国内外」タイプ 297 語,重複が 79 語であった。
浅井, 玲子 Asai, Reiko
1)教員養成課程の大学生80人の高等学校における家庭に関する科目の履修内容と学習方法すべてについて明らかにした。「食生活について」「衣生活について」は9割,「家族と家庭生活」「乳幼児の保育と親の役割」は8割,「住生活」については7割,「家庭経営・消費生活」6割を超える学生が学んでいた。しかし「ホームプロジェクト」「学校家庭クラブ」については3割にも満たない履修であった。\n学習方法は,衣生活と食生活を除けば講義形式がほとんどであり,問題解決学習の経験者は,延べ人数でも1割にも達していない。\n2)教員養成課程家政教育の専門科目「生活環境論」に問題解決の手法を取り入れ,互いに学びあう場として発表,メタ認知ツールとして認知地図を書かせた。予想以上の認知的広がりが見られた。\n認知地図を書くことによって,「物事の関連性に気づいた」「頭の中が整理できた」「振り返り再考できた」「楽しかった。今後活用したい」などの評価があった。認知地図作成は,良い方法として,受け入れられた。\n3)問題解決学習についての評価は,自由記述の文章を分析すると,約72%が「楽しかった」「充実していた」「実感できた」等と記述し,約78%が「自分の学習過程で学んだ」「他の人の発表から多くを学んだ」と答え,約56%は「授業に取り入れたい」「意欲が湧いた」と記述している。「授業に取り入れたいかどうか」を問うての記述ではないので,過半数は大きな成果と捉えたい。\n4)「生活環境論」受講前後の学生の行動は,①ごみに関すること②リサイクルに関すること③省資源,省エネルギーに関すること④水質保全に関すること⑤有害物質に関することのすべての面でポジティブな変化が見られた。\nこれらの事より,家庭科教員養成課程において「生活環境論」を問題解決学習で学ばせ,お互いに発表,意見交換しあい,認知地図によって自分の学びを確認することは,情意面,知識面,意欲面更には行動変化の面でも有効であった。\n上記のことより家庭科教員養成課程において「生活環境論」を問題解決学習の手法で学ばせ,認知地図を書かせ,メタ認知を促することは,有効な方法であり,問題解決学習の良さを学ばせる事ができる方法であると考えることができた。
市川, 隆之 Ichikawa, Takayuki
長野県北部にある善光寺平には条里型地割が認められる地点がいくつかある。そのひとつ更埴条里遺跡において初めて埋没条里型水田が確認されたが,その後,石川条里遺跡や川田条里遺跡でも同時期の埋没条里型水田跡や古代の水田跡の存在が明らかにされた。何れも千曲川沿岸の後背低地に立地する遺跡であるが,近年,これらの遺跡が高速道路・新幹線建設に伴って大規模に発掘調査されたことから新たな知見がもたらされた。本稿ではこれらの発掘調査成果を中心に善光寺平南部の古代水田の様相を紹介するものである。近年の調査成果で注目される点は,9世紀末の洪水砂で埋没した条里型水田跡が広範囲で調査されたこと,広域での半折区画の採用が知られたこと,さらに先行する古代水田跡が一部で確認されたことがある。また,9世紀末の埋没条里型水田が(8世紀末前後から)9世紀前半ころに成立したと推測されるものの,異区画水田が微妙な時期に存在した可能性が知られるようになり,条里型水田の出現が単一か,段階的なものか微妙な問題を生じている。この問題は所見に不確定なところがあって明確な問題として提起しにくいところもあるが,併せて触れる。
翁長, 謙良 池原, 健一 Onaga, Kenryo Ikehara, Kenichi
国頭マージ地帯は全般にミクロ的には谷密度が高く急峻な山地をなしている。このような地形条件を改変して造成された圃場は,元の地山のもつオリジナルな土壌・土層特性の殆どが変わっている。島尻マージは一般に段丘や緩傾斜に分布し,熟畑化した所が多いが,整備された圃場では若干の変化があるものと考えられる。主な調査結果をまとめるとつぎのようになる。1) 国頭マージは,今回の調査地点では重埴土,軽埴土に分類されるが,島尻マージは砂質植壌土に属するものもあり,粒度組成からはいわゆる島尻マージ的ではない。2) 保水性に関しては,ジャーガル,島尻マージ,国頭マージの順に水分保持力は大きい。3) 分散率,pH試験の結果より,国頭マージが最も受食性の高いことが確認された。4) 久米島の国頭マージには,分散率,pH値に特異性がみられた。母材が他の国頭マージと異なることによると思われる。
園田, 英弘
近世の京都図の分析を通して、「洛中」と「洛外」の関係や、「洛外」のより詳細な性格などを明らかにすることを目的としている。「洛外」は、性格の異なる緑地とのうちが存在し、近世の京都図の中では農地の部分が極端に縮小されて描かれていた。また神社仏閣・池・野原・丘・川などを中心とする緑地の部分は、京都が近世後期に古都化するのに対応して、しだいに拡大する傾向にある。近世以前から「洛中」と「洛外」は一組のものと考えられてきたが、それは密集した「洛中」の都市生活と、それを補完する不可欠の部分としての緑地のことであった。そして、「洛中」のすぐ外に広がる農地は、あたかも存在しないような空間として地図上には位置付けられていた。このような地図上の歪みこそが、ミヤコ意識の空間構造を表現しているのである。
金城, 光子 Kinjo, Mitsuko
舞踊の記録,表記はむずかしい多くの課題を含んでいるようである。これまで,老人踊り「かぎやで風」と女踊り「諸屯」の2つの作品の踊り像を描き,踊りの展開がある程度わかるように図示してきた。今回は,同じく男踊り「高平良万歳」の舞踊の踊り像を描写したものを図示することにしたい。この踊りに関する解説および,分析検討は本紀要『沖縄の踊りの表現特質に関する研究[3]~古典舞踊「高平良万歳」(男踊り)について』に記したので本稿では割愛することにした。研究の方法は,(1) 8ミリ,16ミリ,35ミリフィルムに踊りの全形を収録したのち,(2) 1~10コマ毎の踊り像をプロフィールプロジェクターで拡大し,舞踊の全体像を描いた。(3) 作品の総コマ数をかぞえ,踊り動作のまとまりに区切りをつけてコマ数を記し時間を概算した。(4) 図を踊り順にならべ,図の下にコマ数を数字で記入したのち約3cmの高さに像を縮少した。(5) 踊り順序にならベた図に動作や一連の踊りの区切りがわかるように番号を付した。この踊り番号は,踊りのコマ数と時間の表に書いた番号と同一である。(6) (5)と対応するようにコマ数と時間,歌詞を示す表を作成。(7) (5)と(6)と対応させつつ"踊り方"の概説を記した。(8) 踊り手は,琉球舞踊家の島袋光裕。(9) 撮影は昭和50~51年まで,那覇市民会館大ホールで行なった。
鋤柄, 俊夫 Sukigara, Toshio
中世における都市遺跡研究のひとつのテーマは、遺構と遺物によって再構成される遺跡の空間構造から、各時代における社会の仕組みとその変化過程を説明するところにある。これまで京都の考古学資料は、その量があまりに膨大であったために、筆者を含めて、ヴァーチャルな総体としての京都の検討はおこなわれてきたものの、遺跡の空間構造を復原するために必要な、調査地点個々の特徴は、ほとんど検討される機会がなかった。そこで小論ではこの点に注目して、中世の京都においてどのような遺構や遺物が、いつの時代に、どの場所から検出され、それらは京都全体の中でどのような意味をもつことになるのかを問題の所在とし、一般に京都系「かわらけ」と呼ばれている京都型の土師器皿に注目し、その伝播の背景を考えるところから、中世都市京都が持っていた強い影響力の一端の復原を第➊章とし、第➋章で中世の京都の中でも、おおむね三条以南に焦点をあて、都市の様々な場が果たした役割の意味を、空間構造の視点から考えてみた。その結果第➊章では、土師器皿の一方で西日本に伝播した瓦器碗の背景が石清水八幡宮と宇佐宮弥勒寺の関係によって説明できる可能性を踏まえ、中世前期の東日本に伝播した京都型土師器皿の背景を日吉山王宮と白山社の中で考え、第➋章では京都駅周辺地域の詳細な調査地点分析によって、当時の政治の中心であった武家と八条女院および東寺を背景とした七条町の再評価をおこない、さらに下京に多く見られる石鍋の分布から東福寺の影響力の強さについても検討をおこなった。中世の京都がもっていた多様な側面を、下京を対象に京都以外の地域との関係の中から逆に浮かび上がらせることにより、中世都市京都の特質の一端としての京都と京都以外の地域を結びつけていた宗教的側面または寺社の果たしていた役割の大きさをあらためて確認することができたと考える。
落合, 雪野 横山, 智 OCHIAI, Yukino YOKOYAMA, Satoshi
ポンサリー県コア郡フエイペー村において総延長15.8km の 4 ルートを3 名のアカ・ニャウーのインフォーマントと歩き,有用植物インベントリーおよびGIS を利用した有用植物村落地図を作成した。その結果,134 ヶ所からインフォーマントが利用したことがある植物123 種類を採取し,104 点の腊葉標本を作製した。生態的空間と有用植物の生育位置との関係をみると,集落近傍の小道や幹線道路沿い,休閑年数の短い休閑地,河川わきに生育するの植物など,人間の活動による攪乱の程度や頻度が比較的高い場所の植物が多く利用されていた。 その用途は,食用,薬用,物質文化,換金用など日常生活全般におよんでいた。昨年度および今年度の研究結果を総合的に考慮すると,1)有用植物村落地図と第三者が考える理想的な土地利用図との相違,2)焼畑農耕と野生動植物の利用を組み合わせた生業活動の把握,3)二次林の意味と価値の把握,4)市場のグローバル化と野生植物の商取引の関係,5)住民の自然環境に対する空間認知などを明らかにすることができ,ラオス北部における人間と植物の相互関係からみた地域生態史構築に大きく貢献する成果が期待できる。
木部, 暢子 佐藤, 久美子 中西, 太郎 中澤, 光平 KIBE, Nobuko SATO, Kumiko NAKANISHI, Taro NAKAZAWA, Kohei
『日本語諸方言コーパス(Corpus of Japanese Dialects,略称:CJD)』とは,諸方言の談話資料を横断的に検索することのできるコーパスのことで,方言に関するコーパスとしては,日本で初めてのものである。資料として,1977~1985 年に実施された文化庁の「各地方言収集緊急調査」の談話データを利用し,標準語で検索してそれに対応する方言形とそれを含む談話の一節を検出する方式でデータベースを構築している。2021 年度までに最低75 時間(3時間×25 地点)の方言データ(音声データ,転記テキスト,標準語テキスト)を公開する予定である。本発表では,CJD の概要と特徴,構築のプロセス,及び本コーパスを使った方言研究の一例を紹介し,CJD を活用することにより,方言研究にどのような研究の方向性が開けるのか,また,活用する際にどのような注意が必要なのかについて報告する。
小西, 光
本稿では、横断的・統合的なアーカイブズ検索システムに求められる共通メタデータは何か、それを明らかにするため調査・考察を行った。 日本では現在、一部アーカイブズを横断検索できる仕組みは提供されているが、網羅的な横断検索は道半ばだ。今後より一層の検索利便性をかなえると共に、運営側の財政的・作業的負担を軽減する必要がある。そのためにもデータベース構築時に最低限必要となる共通メタデータを事前に明らかにすることは意義がある。 調査は国内アーカイブズ関連機関の検索システムのフォンド記述が検索可能か、10機関・組織に絞りシステムの検索項目を比較した。その結果、現状Web上の検索システムに階層検索が広く採用されているものの、記述レベルが不明確でコンテクストの記述も不十分であった。共通メタデータとしては、ISAD(G)が最優先すべきとした個別情報エリアの項目はほぼカバーできており、「ID(識別番号/レファレンスコード)」「タイトル(資料名)」「作成者」「作成年」が抽出できた。 以上から、既存システムにはフォンドレベルの記述を追加し、新規には資料群全体を優先した編成の必要性が明らかとなった。ただし、人的・財政的に厳しさを増す中・小規模機関での電子情報共有化については、実現可能な方途が望まれている。
吉永, 安俊 Yoshinaga, Anshun
本文は特性係数法によって沖縄地方7地点の短時間降雨強度をTalbot型, Sherman型, 久野型の3式型について算出し, 各地でのそれぞれの式型の適合度を調べ, 最適式型を決定した。それらの結果は那覇 : Talbot型 石垣島 : Sherman型 宮古島 : 久野型 久米島 : Sherman型 与那国島 : Talbot型 南大東島 : Talbot型 名護 : Sherman型となる。
国際日本文化研究センター, 資料課資料利用係
日本には27000以上の泉源と3000を超える温泉地があります。 古来より人々は温泉を求め旅をしました。 そのため、地図・旅行案内・絵葉書が多く作られてきました。 今回は有名な3つの温泉を取り上げました。豊臣秀吉に愛された有馬温泉(兵庫)。 『古事記』において、軽太子の流刑先として日本の文献で初めて記された道後温泉(愛媛)。 家康によって幕府直轄領となり、その後も文豪や著名人に愛される熱海温泉(静岡)。 普段はなかなか目に触れない資料なのでぜひご覧ください。
彦坂, 佳宣 HIKOSAKA, Yoshinobu
九州での活用体系は,上一段型・上二段型のラ行五段化,下二段型の保持,ナ変の五段化の傾向が強く,サ変・カ変を除けば五段と二段の二極化とされる。本稿は『方言文法全国地図』の関連図を,(1)活用型によるラ行五段化率の序列,(2)二極化に関する諸事象,の組み合わせから分析し,従来の研究に加え九州に特有の音変化傾向も二極化と地域差の形成に強く関与したことを論じた。また,近世以降の方言文献を参考に,これが近世末辺りから生じたことを推測した。
ヌーニェス=ガイタン, アンヘラ 湯上, 良(訳) NÚÑEZ, GAITÁN,ÁNGELA YUGAMI, RYO
マレガ・プロジェクトは、多分野間の共同作業の模範的事例であり、閲覧のために長期保存を行うことを主な目的としている。まず、無酸素処理による殺菌を行い、次に各要素の構造を反映した整理番号を付し、調査票を記入する。日本の作業グループとの共同作業は、すべての基礎となるものである。修復作業は、文書全体のデジタル化の準備段階にあたり、取り扱い時の安全性と高画素撮影を保証する。日本の文書素材は、西洋のものとは異なるため、金山正子氏や青木睦氏によって、バチカン図書館の修復士向けの特別研修が行われた。これにより、新しい技術を学び、日本のアーカイブズ素材に対応できるようになった。このプロジェクトは、「歴史というものを自覚し、研究活動に配慮する教会は、真理を求めるすべての探究者たちとともに、過去の足跡と、時代を越えた保護活動によって受け継がれてきた宝物をともに分かち合う」という教皇レオ13世の考えを具現化しているのだ。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
私たちのプロジェクトは方言分布を対象にして,経年調査を実施し,方言の形成過程を明らかにしようとしている。全国500地点において,実際に30年から50年程度の比較を可能にする方言分布のデータを得た。その中から現実に発生している言語変化をとらえることができた。新たに発生していることが確認されたナンキンカボチャは50年前にナンキンとカボチャが分布していた境界にあり,両者の混交で生まれたことを示している。動詞否定辞過去形のンカッタは自律的に発生した形で,複数箇所において別々に発生しており,30年前と比べると近畿地方中央部に広がるとともに,中国地方西部や新潟県ではすでに分布領域が確定していたことがわかる。名詞述語推量辞のズラは中部地方の代表的な方言形式であるが,静岡県を中心にコピュラ形式を内包するダラに変化しつつあることが明らかになった。ただし,経年比較を通して言語変化が多数見つかるからといって,現実のことば全体が変動し続けているわけではないことには注意が必要である。
城間, 理夫 Shiroma, Michio Chunkao, Kasem
タイ国中部では降雨量の大部分は雨季のみに集中するが, 雨季においてさえ降雨量だけではイネやその他の作物の栽培に必ずしも十分でない場合がある。さらに, 雨季の各月の雨量は年による変動が大きい。これらの原因による水不足は, この地域を支配する河川の上流域から流入する自然溢水やカンガイ水によって補われている。近年, 上流域にいくつかの巨大なダムが出来たため, 中部では乾季においてさえある程度のカンガイが可能になった。本報告は, この地域におけるカンガイ計画に利用するために, 農業上の水収支に関連のある2,3の点について研究結果をまとめたものである。結果は次のとおりである。1.雨季の入りと明けの日は, 中部では表1のとおりである。2.各地において, 雨季の各連続30日間の少雨ひん度を求めるとその時間的分布は図4のとおりである。3.各地における少雨量の非超過確率は表2のとおりである。4.自然降雨で不足する分を補うための水田補給水量を推定できるように, 各地の水不足の確率を推算した。その結果は表6のとおりである。また, サトウキビ畑の水不足の確率も推算した。その結果は表7のとおりである。5.雨季最盛期の8月と9月の合計降雨量について, 中部と上流域との間の単純相関係数を求めた。これは中部3地点と上流域4地点のそれぞれの地点平均雨量を使って計算したが, その値は-0.56になった。t-分布検定によると, かなり高い有意性を示す値である。これは, 両地域でこのころの雨量にかなり高い負の相関があることを示している。中部における水収支からみて望ましい傾向である。
下野, 裕之 宮嵜, 英寿 真常, 仁志 菅野, 洋光 櫻井, 武司 Shimono, Hiroyuki Miyazaki, Hidetoshi SHINJO, Hitoshi Kanno, Hiromitsu SAKURAI, Takeshi
ザンビア南部州のトウモロコシの生産性に作期移動が及ぼす影響を2008/09年,2009/10年に評価した。いずれの地点でも作期を遅くすることで収量の低下が年次を超え認められ,平均で19%低下し,その低下程度と播種直後30日間の気温また風速の間で密接な関係があった。農家が選択する植付時期が最適であることが示された。
松田, 美香 MATSUDA, Mika
井上(編)(2014)は,電話による4つの場面のペア入れ替え式ロールプレイ会話で,首都圏の高年層と若年層の談話比較を行った結果と分析である。調査は日本各地で行われたが,本研究ではその中の九州4地点の高年層ペアの依頼談話を比較した。その結果,談話構造はAの依頼→Bの断り→Aの説得(→Bの事情説明→Aの説得)→Bの受諾→AあるいはBの調整→Aの対人配慮・念押しと,ほぼ共通していることがわかった。構造内部の「依頼の話段」の中でAがどのような配慮表現をするか,「説得の話段」ではBに受諾させるための提案や再度の依頼をするか否か,そして,全体的に配慮や念押し等の言語行動,定型表現の使用についても比較した。その結果,都市性の比較的高い熊本県熊本市・鹿児島県(日置市他)では,「配慮性」につながる特徴が優勢で,都市性の低い大分県(由布市)・熊本県人吉市では,「積極性」につながる特徴が優勢であることがわかった。依頼談話におけるこのような特徴の分布は,「働きかけに対する姿勢」の異なりを明らかにしたといえ,地方発の方言文法現象等の発生のしくみを解明する手掛かりになると考える。
田邊, 絢 古宮, 嘉那子 浅原, 正幸 佐々木, 稔 新納, 浩幸 TANABE, Aya
日本語歴史コーパス中の単語には、現代語と同様の意味で扱われている単語と、古語特有の意味を持つ単語がある。本研究では、この現代語にはない古語特有の単語の語義(言葉の意味)を未知語義と定義して、日本語歴史コーパス中から、未知語義を検出するシステムの提案を行う。具体的には、日本語歴史コーパス中の単語を、(1)現代の分類語彙表でその単語の分類番号として登録されている語義をもつ語、(2)現代の分類語彙表にある語義をもつが、現在その語義は、その言葉の語義として分類語彙表は登録されていない語、(3)その語義の定義が現代の分類語彙表にないため、分類番号が振られていない語、の3種類にクラス分けする。実験では、各単語について、出現書字形や見出しなどの8要素を基本素性として用いた。また、別の日本語歴史コーパスからword2vecを用いて、3種類の単語の分散表現のベクトル(50次元、100次元、200次元)を作成し、素性として加えた。それぞれSVMを用いて正解率を比較したところ、日本語歴史コーパス中の未知語義の検出において、単語の分散表現のベクトルが正解率を向上させることが分かった。
小林, 隆 KOBAYASHI, Takashi
現代方言における東西対立分布が,どのように成立したかを,『日本言語地図』と文献資料により考察した。その結果,東西対立の成立パタンには,東西対立をなす語形の,①放射の中心地,②放射の順序,③伝播の範囲の三つの観点から見て,四つの異なるタイプが想定されることが明らかになった。また,安部清哉氏の方言分布成立における「四つの層」の仮説が,東西対立の成立過程を説明するのに妥当かどうかを検討した。
山下, 則子 YAMASHITA, Noriko
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01878)の助成を受けたものである。
阿尾, あすか AO, Asuka
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01883)の助成を受けたものである。
石井, 倫子 ISHI, Tomoko
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01884)の助成を受けたものである。
小山, 順子 KOYAMA, Junko
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01875)の助成を受けたものである。
小山, 順子 KOYAMA, Junko
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01886)の助成を受けたものである。
山中, 延之 YAMANAKA, Nobuyuki
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01885)の助成を受けたものである。
福田, 智子 FUKUDA, Tomoko
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01880)の助成を受けたものである。
平野, 多恵 HIRANO, Tae
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01879)の助成を受けたものである。
入口, 敦志 IRIGUCHI, Atsushi
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01877)の助成を受けたものである。
小林, 一彦 KOBAYASHI, Kazuhiko
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01882)の助成を受けたものである。
マルチュウコフ, アンドレイ Malchukov, Andrei L.
本稿は分裂他動性を考察する。即ち,ある出来事を描写するのに,他動詞を用いるか,自動詞を用いるかに関する通言語的な傾向を考察する。本稿は,Tsunoda(1981, 1985)の動詞階層を出発点として,この階層を二次元の階層(または二次元の意味地図)に修正すれば,意味的に一貫したものになることを示す。二次元の階層を用いると,一次元の階層の反例を説明できる。更に,諸言語(例えば英語と日本語)の間に見られる違いを一貫した原理で説明できる。
久保木, 秀夫 KUBOKI, Hideo
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01876)の助成を受けたものである。
富士ゼロックス京都, CSRグループ・文化推進室 Fuji Xerox Kyoto.Co,Ltd., CSR group, Cultural Promotion Office
本報告書は、国文学研究資料館の歴史的典籍NW 事業・国文研主導型共同研究「青少年に向けた古典籍インターフェースの開発」(研究期間:2015 〜17 年度、研究代表者:2015年度・田中大士、2016 〜17 年度・小山順子)の成果の一環である。なお本共同研究は、JSPS科学研究費補助金(基盤研究(A))「日本古典籍における表記情報学の発展的研究」(研究期間::2015 年4 月~ 2020 年3 月、代表者:今西祐一郎、課題番号:15H01881)の助成を受けたものである。
高木, 浩明 TAKAGI, Hiroaki
稿者はこれまで、中世末から近世初期の学問・学芸・出版の実態と背景をより明確なものにするため、主に古活字版の総合的かつ網羅的な調査、研究を行ってきた。古活字版として刊行された作品のテキストは、一体どのような環境のもとで生み出されたのか、底本の入手、本文校訂、刊行を可能にした人的環境について、史資料を駆使して考察してきた。古活字版の研究をする上で必読の文献が川瀬一馬氏の『増補古活字版之研究』(ABAJ、一九六七年、初版、安田文庫、一九三七年)であるが、同書が刊行されて既に半世紀になる。調査を進める過程で、川瀬氏の研究の不備や遺漏を少なからず見出す(川瀬氏の研究に未載の古活字版は、すでに90種を超えた)と共に、古活字版全体の調査をやり直す作業がぜひとも必要であると実感し、近年は古活字版を所蔵する機関ごとの悉皆調査という壮大な事業に単身取り組んでいる。六四機関において調査を終えた一〇八〇点の詳細な書誌データについては、「古活字版悉皆調査目録稿(一)~(九)」としてまとめ、鈴木俊幸氏編集の『書籍文化史』、第一一集から第一九集(二〇一〇年一月~二〇一八年一月)に連載し、研究者間での情報共有を図ってきた。本稿はこれに続くもので、国文学研究資料館における国際共同研究「江戸時代初期出版と学問の綜合的研究」(研究代表者:ピーター・コーニツキー・ケンブリッジ大学アジア中東研究学部名誉教授、二〇一五年~二〇一八年)に参加して、国文学研究資料館所蔵の古活字版の悉皆調査(現在整理中の川瀬一馬文庫は除く)をさせていただくことができた。その成果の一部である。附録として、隣接の研究機関である国立国語研究所が所蔵する古活字版四点と、研医会図書館所蔵の古活字版二二点の書誌データも掲載することにした。なお、研医会図書館所蔵の古活字版の調査は、現在継続中の共同研究で176ある、広領域連携型基幹研究プロジェクト・アジアにおける「エコヘルス」研究の新展開「アジアの中の日本古典籍―医学・理学・農学書を中心として」(国文学研究資料館、研究代表者:入口敦志教授)の一環として行ったものである。調査項目は、〔請求番号〕〔体裁〕〔表紙〕〔題簽〕〔内題〕〔尾題〕〔本文〕〔匡郭〕〔版心〕〔丁数〕〔刊記〕〔印記〕〔備考〕の一三項目で、〔備考〕には、川瀬一馬氏の『増補古活字版之研究』の見解を示した。なお、書目の頭に※が付いているものは、『増補古活字版之研究』未載の古活字版である。
瀧, 千春 TAKI, Chiharu
本稿は、フランス海外県公文書館およびフランス国立図書館にて収集されたラオス関連資料を紹介し、本資料がラオスの歴史と生態史を考える上でどのように利用可能であるかを考察することを目的とする。本資料は森林関係、農業関係、行政関係、交通網関係、税・賦役・公共工事関係、地方関係、旅行記と分野も多岐に亘り、資料の形態も書簡・報告書・雑誌記事・地図・商業リストなど様々である。本稿ではこれらの分類と内容を紹介しつつ、今後どういった利用が可能であるかを考えてみたい。
西口, 正隆
本稿は、アーカイブズと「モノ資料」の関係を通して、土浦藩主を務めた子爵土屋家における刀剣管理と、それに伴う文書実践(記録作成)の事例を検討するものである。アーカイブズ資源研究では、文書の作成・保管・選別に関する分析が進んできたが、「モノ資料」の管理に伴う文書の作成・保管・利活用についても対象にする必要がある。 まず、土屋家における家職の職掌を確認したうえで、彼らの文書作成規定を分析した。これにより、土屋家における文書作成や利活用は家職のうち、主に家令や家扶が掌っていたことが明らかとなった。また土屋家の家宝や道具類の管理と、それに伴う記録の作成・利活用は家扶が担っていた。 次に、土屋家で行われていた宝物等の管理と記録作成について刀剣を事例に検討した。刀剣台帳に記載された刀剣類は刀箪笥に容れて保管されており、各刀剣類の袋には台帳番号が付された木札が据えられていた。この木札の番号を基に刀剣台帳と照合し、移動や紛失の有無を確認していた。照合が済むと、刀剣台帳に確認済みを示す印を記載するという過程を例年繰り返していたことが明らかとなった。刀剣台帳には、後筆で鑑定・評価に関する記載がなされていた。したがって、刀剣台帳は管理台帳としての本来の用途に加え、鑑定・評価といった鑑賞も含めた用途へ変化した可能性も指摘した。
山崎, 誠
『分類語彙表』は初版の刊行以来,日本語研究に利用されてきた。しかし,2004年に増補改訂版が刊行されて以来,さらなる増補は行われていない。本稿は,『分類語彙表』を研究に利用する上で,もっとも重要な課題の一つである,不採録語を減らすという観点から,語彙の拡充の方法を分類体系の見直しを中心に検討し,試案を提示するものである。語彙の拡充の候補は以下のとおりである。(1)助詞・助動詞などの機能語(2)固有名詞(固有表現)(3)外国語(4)メタ言語(5)句読点などの記号類(6)語断片(7)未知語。(1)~(3)は,意味の付与が可能なもの,(4)以降は,意味付与が可能でない(必要が無い)ものである。助詞・助動詞などの機能語は品詞相当と考え,0番台を与える(例えば格助詞「が」に分類語彙表番号0.1000を与えるなど)。固有名詞(固有表現)は,現在の分類体系をできるだけ維持するのであれば,内包的表現の所属する分類項目に位置付けるのが妥当であろう(「アカデミー賞」「グラミー賞」は「1.3682 賞罰」に置くなど)。メタ言語的用法は意味分類には反映させず,「用法」という別フィールドで属性を記述する。また,句読点,語断片,未知語は意味付与が不要という属性を与えて区別することを考えている。以上のような拡張で,ほぼ全ての語に何らかの分類語彙表番号を与えることが可能となる。
彦坂, 佳宣 HIKOSAKA, Yoshinobu
原因・理由の接続助詞について,『方言文法全国地図』と各地の過去の方言文献とを対照してその歴史を推定した。基本的には京畿から「已然形+バ」→カラ→ニ→デ→ケン類→ホドニ→ヨッテ→サカイの放射があったと考えた。西日本にはこれらの伝播が重なり,東日本ではカラ辺りまでで,西高東低の模様がある。それは京畿からの地理的・文化的距離やカラの接続助詞化の経緯差によるところが大きいと考える。カラの他にデ・ケン類・サカイなどもかなり地域的変容が想定され,上の放射順が必ずしも順当に受容されたとは限らない。また,標準語のカラとノデに似た表現区分をもつ中央部ともたない周辺部とに分析的表現に関わる差異があり,中央語と地方語との性格の違いも認められる。
小宮, 康明 新城, 俊也 宮城, 調勝 Komiya, Yasuaki Shinjo, Toshiya Miyagi, Norikatsu
島尻層泥岩地帯の農業・農村整備事業で造成された泥岩切土法面について調査を行い、次のようなことが明らかになった。(1)切土法面には多くの種類の法面保護工が施工されているが、近年では自然環境や景観重視から間知ブロック積工が減り、琉球石灰岩の石積工や法枠工が増える傾向にある。(2)切土法面は勾配が1:0.3~1.4の範囲で直高が20m以内で施工されており、直高3~6mの法面が最も多く造成されている。(3)切土法面では間知ブロック積工の水平あるいは垂直方向の亀裂や植生工の崩落・崩壊が多く発生しており、法面崩壊は施工の古い法面や植生法面のような開放型法面保護工の法面で発生頻度が多いことが認められ、法面の劣化に関係していることが示唆された。(4)法面崩壊は南側向きで湧水のみられる法面で日雨量が100mmを超えると発生しやすくなり、同一地区に集中する傾向がみられた。以上のことから、法面崩壊には小断層等の不連続面の存在と雨水の浸透が強く関係していることが示唆された。そこで切土工事に先立って調査ボーリング孔を削孔し、不連続面の存在とその位置関係を明らかにし、そのボーリング孔は埋め戻さずに法面の地下水状況や変位の観測手段として活用することを提案したい。また、法面の維持管理方法として、梅雨時期や台風等の長雨シーズンの前に点検を行い、排水機能等の法面の状態を把握し異常が発見されれば早急に修復し、また、法面内の湧水の排水処理を行うことが法面崩壊を減らすに有効な方法であると考えられる。本研究は平成13~14年度日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(C)(2)、課題番号13660248)を受けた。また、調査を遂行するにあたり多くの方々からご協力を頂きました。資料調査に際しては沖縄県南部農林土木事務所および沖縄県農林水産部農地建設課に、現地調査に際しては豊見城市、東風平町、糸満市、知念村、南風原町、佐敷町、与那原町等の各市町村の担当課および元学生喜屋武寛淳氏(座波建設)に、それぞれお世話になった。ここに記して謝意を表する。
川端, 良子
会話において特定の対象を最初に参照する際,話し手はしばしば発話の途中にポーズを入れ,聞き手からの反応を誘発することがある。本研究では,この方略を発話の「分割提示」と 呼び,日本語地図課題対話を用いて,発話の分割提示による会話の流れへの影響について分析を行った。その結果,参照する対象を聞き手が知っている場合 (共有条件) と知らない場合 (有無条件) では,聞き手から応答に違いがあることが分った。また,分割提示を行うことで話し手は,聞き手の知識についてより早く想定することができ,効率的な会話が実現できていると提案する。
吉永, 安俊 Yoshinaga, Anshun
沖縄の4地点(那覇, 名護, 宮古, 石垣)の年最大日雨量についてのReturn Periodを岩井法, 石原・高瀬法, 順序確率法, Gumbell法の4方法で求め比較してみた。名護を除いてはいづれの方法も実用上問題はないと思われる。しかし名護において各方法の理論計算値をそのまま設計雨量に採用することには疑問がある。資料数が少ないことに帰因すると思われ, いろいろな方向からの検討が必要である。4方法のうち比較的大きい値のでるGumbell法が沖縄での設計雨量を求める方法としては一番適していると思われる。
羽田, 麻美 乙幡, 康之 Hada, Asami Oppata, Yasuyuki
山口県秋吉台のカルスト台地では,江戸時代以降,山焼きにより草地景観が維持されてきた。しかし近年,山焼きを実施してきた地域住民の高齢化や人手不足により,火入れの作業範囲は縮小し,草地面積は減少傾向にある。草地から林地へと変化し,湿潤環境となったカルスト台地上では,石灰岩の露岩であるピナクルに蘚苔類(コケ植物)群落が成立し始めている。これまで羽田・乙幡(2016)において,秋吉台上の草地から林地へと変化した二つのドリーネを対象に,岩上岩上蘚苔類の空間的な分布と生育特性に関する調査を実施した。本研究では,異なる植生下における蘚苔類群落の種組成の差異を明らかにすることを目的とし,秋吉台の草地ドリーネ内の蘚苔類群落について植生調査を実施し,羽田・乙幡(2016)の林地ドリーネとの比較をおこなった。調査の結果,草地ドリーネにおいては,林地ドリーネとは異なる 6 種の蘚苔類が確認され,林地ドリーネ内の構成種計 18~20 種に比べ,種数が 1/3 以下と少ないことがわかった。草地ドリーネでは湿潤環境を好む種は確認されなかったが,乾燥環境を好む種がドリーネの南向き斜面上部に分布することは,両地域で一致した。またピナクル上の蘚苔類の植被率を比較すると,林地ドリーネ内の植被率は 3~98 %の範囲内で,50 %以上を示すピナクルが多く存在するのに対し,草地ドリーネ内の植被率は,ドリーネの北向き斜面最下部で唯一 100 %を示すのみで,その他の地点では 0~25 %と僅かな被覆にすぎないことがわかった。ドリーネ内の高木植生及び山焼きの有無により,蘚苔類の種組成や種数,岩上の植被率に違いが生じていることが示唆された。その差異は,日射量や湿度などの微気候環境や,それに伴う岩石表面の水分量を反映したものと推察した。
藤實, 久美子 FUJIZANE, Kumiko
徳川幕府・藩のアーカイブズ研究は、幕府の寺社奉行所研究などに牽引されて大きく進 展してきた。そのうえで、今後に期待されるのは、奉行所内部の各部局の実務者レベルの アーカイブズ研究ではないか。もっともそこには公文書と「家」で作成・蓄積された文書・ 記録との関係という複雑さが含まれているのだが、本論文では開国後に新設された江戸の 町奉行所の外国掛下役(同心)および詰所を中心に据えて考える。  まず、旧幕引継書類の請求番号808-23「日記」を分析する。所蔵館(国立国会図書館) はこれをひとつの「かたまり」とする。だが組織体にもとづいて分析すると、各国総領事 館・公使館・仮旅宿・接遇所詰(宿寺詰)が作成した詰所日記20冊をその階層構造から「ア イテム(単体)の集合体」として捉えることができる。  詰所日記の分析からは宿寺詰の勤務体制が明らかになる。また詰所日記は記主が日々替 わるという近世社会の日記の1類型の特徴をもつことに加えて、修正の痕跡が多くみられ る。修正の痕跡は勤務状況を反映している。  つぎに請求番号808-26「外国人買物」ほかを分析する。宿寺の機能と外国掛下役の職 務は多岐にわたったが、そのうち外国人への江戸での商品売渡管理制度を明らかにする。 また綴り帳「外国人買物」の内的秩序を推察し、届書の出所を各宿寺・町奉行所に大きく 分類する。基礎データとして外国人への商品売渡販売者などを一覧表にまとめて示す。
細田, 正洋 赤田, 尚史 下, 道國 古川, 雅英 岩岡, 和輝 床次, 眞司 Hosoda, Masahiro Akata, Naofumi Shimo, Michikuni Furukawa, Masahide Iwaoka, Kazuki Tokonami, Shinji
岐阜県東濃地域において3″φ×3″NaI(Tl)シンチレーションスペクトロメータを用いた走行サーベイによって空気吸収線量率の測定を行った。逆距離荷重補間法によって東濃地域の空気吸収線量率の等値線図を作成した。土岐花崗岩及び苗木花崗岩地域の空気吸収線量率は領家帯花崗岩地域と比べて相対的に高い傾向を示した。東濃地域の6地点では,3″φ×3″NaI(Tl)シンチレーションスペクトロメータを用いて地表面から1mの高さにおけるγ線波高分布を取得した。得られたγ線波高分布の全てに^<134>Cs及び^<137>Csのフォトピークは観測されなかった。土岐市内の神社境内において最大で552nGy/hの空気吸収線量率,914Bq/kgの^<238>U系列濃度が観測された。
近藤, 孝敏 KONDO, Takatoshi
本稿では、中庄新川家蔵『伝受次第』を翻刻・解説する。同書(以下、『伝受次第』と記す)は、「(寛文五年三月以前)伝受次第〔堺古今伝受系図〕」として整理された一紙で、整理番号は一-二一七号。鳥の子で、寸法は二九・四㎝×四四・三㎝である。端裏に「系図」と記し(写真2)、左金吾から盛里に至る古今伝受の系図を記す(写真1)。宗祇から肖柏を経て新川家五代盛里に伝えられた、いわゆる堺伝受の道統を示す資料である。本研究報告では、同書を翻し、その内容について検討を加えたい。
中嶋, 英介 NAKAJIMA, Eisuke
○本目録は、国文学研究資料館特別コレクション(平戸山鹿家旧蔵)の資料群を収めた。○目録は国文学研究資料館蔵『山鹿家積徳堂文庫目録稿』(Aリスト・Bリスト・別リスト第一分冊・第二分冊。以下、『目録稿』と表記。)及び『山鹿素行著述稿本類目録』( 重要文化財指定書・及び指定附書のリスト)・山鹿文庫受入リストをもとに作成した。原則として『目録稿』の表記順に基づいて作成したが、番号等明らかな誤記がある場合は適宜訂正した。○本目録は国文学研究資料館共同研究「山鹿素行関連文献の基礎的研究」(研究期間:2016~2017年度、研究代表者:中嶋英介)による成果の一部である。
島田, 泰子 芝原, 暁彦 SHIMADA, Yasuko SHIBAHARA, Akihiko
方言分布形成の解明にとって重要な参照事項である地形情報ならびに各種地理情報を,正確かつ直感的に参照できる方法として,精密立体投影(HiRP = Highly Realistic Projection Mapping)という手法の導入を提言する。DEM(数値標高モデル)に基づく三次元造形物である精密立体地形模型を作成し,その表面に,プロジェクターによる光学投影(プロジェクションマッピング)を行い各種の地理情報を重ね合わせることで,地形・河川の流路・交通網などといった複数の地理情報を,同時に照合することが可能となる。言語地図における言語外地理情報の照合作業は,従来,特殊な鍛錬なしには困難を伴うものであったが,この精密立体投影(HiRP)により,その精度が飛躍的に向上する。本稿では,精密立体投影(HiRP)の技術や装置の詳細を紹介するとともに,具体的な分析事例として,長野県伊那諏訪地方における「ぬすびとはぎ(ひっつき虫)」の分布データにおける経年変化を取り上げ,これを検証する。
小林, 謙一 Kobayashi, Kenichi
縄紋時代の居住活動は,竪穴住居と呼ばれる半地下式の住居施設が特徴的である。竪穴住居施設は,考古学的調査によって,主に下部構造(地面に掘り込まれた部分)が把握され,その構造や使用状況が検討されている。竪穴住居のライフサイクルは,a構築地点の選定と設計から構築(掘込みと付属施設の設置)→b使用(居住・調理・飲食などの生活)→c施設のメンテナンス(維持管理と補修・改修・改築)→d廃棄として把握される。住居廃棄後は,そのまま放置される場合もあるが,先史時代人のその地点に対する係わりが続くことが多く,d’廃棄住居跡地を利用した廃棄場・墓地・儀礼場・調理施設・石器製作などに繰り返し使用され,最終的にはe埋没(自然埋没・埋め戻し)する。以上のような,ライフサイクルのそれぞれの分節が,どのくらいの時間経過であったかは,先史時代人の居住システム・生業・社会組織の復元に大きな意味を持つ。住居自体の耐用年数または居住年数,その土地(セツルメント)に対する定着度(数百年の長期にわたる定住から数年程度の短期的な居住,季節的居住地移動を繰り返すなど),背景となっている生業(採集狩猟・管理栽培や焼畑などの半農耕)や社会組織(集落規模,階級など)の復元につながる。住居のライフサイクルの分節ごとの時間経過を把握することにより,居住システムとしての把握が可能となるだろう。その目的で住居出土試料を炭素14年代測定するうえで,セツルメントとしてのライフサイクルの位置を整理して把握することが重要である。今回はライフサイクルのdとした住居廃絶後の廃棄行為の時間・住居跡地埋没の時間を検討する。その検討対象として,井出上ノ原遺跡,梅之木遺跡,力持遺跡,三内丸山遺跡の竪穴住居覆土中出土試料の炭素14年代測定事例を取り上げる。このうち井出上ノ原遺跡45号住居跡は住居使用時から埋没まで250~300年以上の時間が経過していることが指摘できた。これに対し,遺構の遺存状況などに問題があるが現存の状況から検討する限り,梅之木遺跡18号住居跡は比較的短期間に埋没していることが推測された。これらの検討により,住居埋土の埋没にかかる時間経過を探るとともに,炭化物の包含状態や土器・石器などの廃棄行為のあり方を重ね,集落内における竪穴住居跡地の利用について考えていく必要性が改めて指摘できた。対応するライフサイクルとそれに対比した形での年代測定結果の分析を考古学的に検討しつつ,多数の測定結果を蓄積したい。
遠部, 慎 宮田, 佳樹 小林, 謙一 松崎, 浩之 田嶋, 正憲 Onbe, Shin Miyata, Yoshiki Kobayashi, Kenichi Matsuzaki, Hiroyuki Tajima, Masanori
岡山県岡山市(旧灘崎町)に所在する彦崎貝塚は,縄文時代早期から晩期まで各時期にわたる遺物が出土している。特に遺跡の西側に位置する9トレンチ,東側に位置する14トレンチは調査当初から重層的に遺物が出土し,重要な地点として注目を集めていた。彦崎貝塚では土器に付着した炭化物が極めて少ないが,多量の炭化材が発掘調査で回収されていた。そこで,炭化材を中心とする年代測定を実施し,炭化材と各層の遺物との対応関係を検討した。層の堆積過程については概ね整合的な結果を得たが,大きく年代値がはずれた試料が存在した。それらについての詳細な分析を行い,基礎情報の整理を行った。特に,異常値を示した試料については,再測定や樹種などの同定を行った。結果,異常値を示した試料の多くは,サンプリング時に問題がある場合が多いことが明らかになった。特に水洗サンプルに顕著で,混入の主な原因物質は現代のものと,上層の両者が考えられる。また,混入した微細なサンプルについても,樹種同定の結果,選別が可能と考えられた。これらの検討の結果,明らかな混入サンプルは,追試実験と,考古学的層位などから,除くことが出来た。また,9トレンチと14トレンチと2つのトレンチでは堆積速度に極端な差が存在するものの,相対的な層の推移は概ね彦崎Z1式層→彦崎Z2式層→中期層→彦崎K2式層→晩期ハイガイ層となることがわかった。今後,本遺跡でみられたコンタミネーションの出現率などに留意しつつ,年代測定試料を選別していく必要がある。そういった意味で本遺跡の事例は,サンプリングを考えるうえでの重要なモデルケースとなろう。
澤井, 一彰 SAWAI, Kazuaki
トルコ共和国は、日本と同様に地震多発国として知られる。その最大の都市であり、オスマン朝期(c.1300-1922年)には都として栄えたイスタンブルもまた、巨大なものだけでも1509年、1648年、1719年、1766年そして1894年と5度にわたって地震が発生し、そのたびに甚大な被害を受けてきた。 かつて、オスマン朝の宮廷が置かれていたイスタンブルのトプカプ宮殿に付属する文書館には、ひとつの史料が伝世している。D.9567の分類番号をもつ同史料は、ある巨大地震の後に、被災した多くの建築物を修復、再建するために行われた調査の記録である。 近年、公刊されたイスタンブルの災害史料集において、このD.9567はスレイマン1世時代(1520-1566年)の文書として紹介された。しかしD.9567には、スレイマン1世期以降に建設された複数の建物の罹災記録が残されており、また先行研究では、1648年の大地震による史料とする主張と、1766年の大地震によるものとする見解とが対立している。 本稿は、D.9567の全文を翻訳して紹介するとともに、それが作成された経緯について、先行研究で示されてきた史料的根拠を再検証する。さらに、別系統の史料も用いながら、D.9567が上記のいずれでもない、1719年の大地震によって作成されたものである可能性がきわめて高い、という新たな仮説を提示するものである。
加藤, 祥 浅原, 正幸
『現代日本語書き言葉均衡コーパス』の書籍サンプルにはNDC情報が付与されており,構築当時に情報のなかった書籍などへの増補も行われた(加藤ほか2021)。また,コーパスに付与されたNDCを利用することで,ジャンル別の特徴語の抽出などが試みられてきた(内田・藤井2015)。しかし,一般動詞など,多義的あるいは補助的に使用される語は,語義情報なしでは語彙としての分布傾向が見られにくく,ジャンル横断的な分布となる。そこで,本稿は,増補したNDC(加藤ほか前掲)を用いてジャンルの語彙分布を再確認するとともに,分類語彙表番号の付与されたBCCWJ-WLSP(加藤ほか2019)と重ね合わせることにより,語義分布に内容別の傾向が見られることを確認する。
李, 勝勲 倉部, 慶太 品川, 大輔 Lee, Seunghun J. Kurabe, Keita Shinagawa, Daisuke
大言語を対象とした様々なデジタルアーカイブに基づく研究が進展する一方で、少数言語を対象としたデジタルアーカイブの構築とその利活用はまだ充分に進んでいるとはいいがたい。本稿では少数言語を中心に著者らが構築したデジタルアーカイブを紹介し、少数言語を対象としたアーカイブ化に関して議論する。一つ目はチベット・ビルマ系の5言語に関する資料を公開するアーカイブサイト 'PhoPhoNO'、もう一つはバントゥ系の5言語の資料をアーカイブ化したサイト 'Bantu Language Digital Archive (BantuDArc)' である。各サイトは言語に関するメタデータ、地図、そして言語資源から構成される。音声資料を含む個別のデータ項目には固有のIDが付与され、申請によってアクセスを認められれば、利用者はそれらデータを研究資源として利活用することができる。
佐藤, 茂俊 新城, 長有 Sato, Shigetoshi Shinjo, Choyu
3種の遺伝子(pgl, Rf_1およびfgl)からなる連鎖地図がShinjo^<18)>により報告されたが, 同連鎖群に染色体的基礎を与える目的で, 第7染色体を含む6種の相互転座系統を用いて, 3遺伝子それぞれについて連鎖分析を行った。その結果を摘録すると以下の如くである。1)3遺伝子はいずれも第7染色体に座位することが明らかとなった。2)3遺伝子と第7染色体を含む6転座点の配列は, pgl-7-8b-Rf_1-fgl-7-11-6-7-3-7-7-9-7-8aと推定された。3)Nagao and Takahashi^<10)>の連鎖群は第7染色体とは関連がなかったことから, 本連鎖群は併合して欠員となったものにかわる新連鎖群であると考えられる。
呉, 佩珣 近藤, 森音 森山, 奈々美 荻原, 亜彩美 加藤, 祥 浅原, 正幸 Wu, Peihsun Kondo, Morine Moriyama, Nanami Ogiwara, Asami
『分類語彙表』の見出し語と『岩波国語辞典第五版タグ付きコーパス2004』に含まれる国語辞典見出し語との対応表を作成した。分類語彙表は統語・意味に基づいて見出し語を分類したシソーラスであるが、その語義を規定する語釈文を含んでいない。そこで、岩波国語辞典の見出し語と対照させることで対応表を構築し、統語・意味分類と語釈文を結びつける作業を行った。作業は、見出し語表記による2部グラフを構成し、対応する見出し語対を抽出することによる。本作業は5人の作業者により平行して進めた。本作業結果により、『現代日本語書き言葉均衡コーパス』に付与された2種類の語義情報(分類語彙表番号・岩波語義タグ)との対照比較ができるようになった。本発表では、情報付与作業の方法と基礎情報を報告する。
木下, 尚子
本稿はトカラ列島宝島の大池遺跡A地点の貝珠の分析を糸口に,旧稿「東亜貝珠論」の琉球列島部分について,新資料にもとづいて再論するものである。ここでの貝玉は孔をもつ貝製の玉全般をさし,貝珠は貝玉の中でも,おもに小型のイモガイの貝殻を回転研磨によって円筒形に加工した玉をさす。貝珠を含む貝玉は先史時代の琉球列島全域に普遍的にみられる遺物である。今回分析したのは,紀元前3300 年から紀元1000年にわたる時期の10遺跡の貝珠である。分析の結果,製作技法,系譜について以下を指摘した。・大池遺跡A地点の貝珠は縄文前期末から中期のもので,製作には回転研磨とともにこの地独自のペッキングによる穿孔が認められる。・奄美・沖縄地域では研磨により穿孔された貝珠が,縄文中期後葉から後期前葉に独自に生まれた可能性が高い。研磨穿孔の技法と擦切技法が組み合ってこの地に特徴的な貝器文化が展開した。・宮古諸島では紀元前1千年紀(無土器期)の2遺跡を検討した。2事例の一方には貝珠が多いがもう一方にはほとんどない。技術の系譜では沖縄諸島とそれ以外の地域との関係が考えられる。・八重山諸島では紀元前2300~1300年に研磨穿孔による完成度の高い貝珠が作られる。系譜については,同時期の台湾の貝珠との関係が考えられる。・大隅諸島の広田遺跡では,紀元300~400年頃に精緻な装身具セットの一要素として貝珠が登場した。先行研究によって南島,本土,大陸との系譜関係がそれぞれ提示されている。貝珠を通して見えてくるのは,琉球列島内の地域ごとに異なる文化の系譜である。琉球の先史文化は,慶良間海裂を挟んで南北に対峙し,それぞれ南下あるいは北上する方向性をもつことが広く理解されているが,貝珠のあり方はこうした図式と必ずしも一致しない。琉球先史文化の構図の中に,土器文化を通して見える方向性や共通性とは異なる多元的な系譜が含まれていることを述べ,旧論を一部修正し補足した。
新城, 俊也 Shinjo, Toshiya
本報告では沖縄の南風原村の1地点から採取した泥灰岩についての一軸圧縮強度を調べた。自然泥灰岩の一軸圧縮強度特性として次のことがわかった。1)泥灰岩円柱供試体の破壊形式はくさび形の破断面から破壊を起こす。2)一軸圧縮強度は17.40kg/(cm)^2から41.56kg/(cm)^2にまたがっている。3)自然泥灰岩の一軸圧縮強度は自然含水比によって変化し, 自然含水比の低いものほど強度は大きくなる。4)一軸圧縮強度と変形係数の間には一次関係を見い出すことはできないが, Fig.10に示すような傾向にある。5)自然泥灰岩を水浸すると強度が低下するが, 自然含水比の低いものほど強度の低下が著しい。これは自然含水比の低いものほど水浸すると吸水膨張を起こし, 乾燥密度が低下するからである。
宮島, 達夫 小沼, 悦 MIYAZIMA, Tatuo ONUMA, Etu
言語情報処理研究の分野ではシソーラスが活用されているが,それらは特定科学分野の概念間の関係をとりあげることが多い。一般用語のシソーラスは表現辞典の一種として利用されるのが大部分であるが,これも言語研究に役立つ面がある。この報告は,国立国語研究所の『分類語彙表』(国立国語研究所資料集6,1964 林大担当)を言語研究に利用した実例をあつめて,目録をつくり,解説をつけたものである。論文の総数は119にのぼる。このなかには,たんに一定分野の類義語群をさがすためにつかったものや,ある観点から作成した語彙表に番号をつけただけのものもあるが,この分類体系を適用した研究もおおい。その分野も,日本語の語彙体系全体をあつかったものから,特定の言語作品の用語の特徴をとりだすための文体論的研究,さらに文法・方言・言語史・言語教育・言語情報処理など,ひろい方面にわたっている。
村上, 紀夫 Murakami, Norio
本稿に与えられた課題は内なる異文化としての被差別民について論ずるというものであったが,ここでは大坂のかわた村,渡辺村に関する絵図の読解を通じて近世における被差別民の具体像と社会の意識のずれを明らかにすることを目指したい。渡辺村は17世紀後半には渡辺村が下難波村領にあったが,当時の空間構造については先行研究でいくつかの復元が出されているが若干の検討の余地を残している。下難波村領所在時の渡辺村は「由来書」と絵図の景観を対照させると村を南北に走る3本の道を主軸としてE字型をした4町を基準とし,後に2町が接続し南側に拡張した景観をしていたと考えられる。こうした景観は元禄期に木津村領内に移転した後の景観にも影響を与えている。先行研究で指摘されているように下難波村当時の町共同体を維持するため空間的にいくつかの無理を看取することができる。いずれにせよ,渡辺村は移転前後ともに一貫して町としてのまとまりをもち,その景観にも共同体の存在が影響をあたえていたことが知られる。しかしながら,近世に作成された最大・最詳といわれる版行大阪図『増修改正摂州大阪地図』では,町の景観は複雑な道の曲折まで表現しているにもかかわらず,この図では渡辺村を「穢多村」と一括りに身分名で表記するのみで,町の名称まで記載されていない。本図の作成者がこうした情報の取捨選択をした背景には何らかの基準があったはずである。まず想定される地図利用者にとって必要な情報の最大公約数的な部分を掲載すると考えれば,省略された部分は必要ないと判断された情報であるといえよう。つまり,木津村の町名は必要であるが,渡辺村についてはそこが「穢多村」であること,町場を形成していることがわかれば十分である,ということであろう。こうした絵図における情報の取捨選択から,近世大坂における社会の被差別民への視線と意識を読み解くことができるのではないだろうか。
コムリー, バーナード Comrie, Bernard
言語類型論は日本語等の個別言語を通言語的変異に照らして位置づけるための1つの方法を提供してくれる。本論では個々の特徴の生起頻度と複数の特徴の相関関係の強さの両方を検証するために,WALS(『言語構造の世界地図』)を研究手段に用いて言語間変動の問題を考察する。日本語と英語は言語類型論的に非常に異なるものの,通言語的変異を総合的に見ると,どちらの言語も同じ程度に典型的であることが明らかになる。また,日本語が一貫して主要部後続型の語順を取ることは,異なる構成素の語順に見られる強い普遍的相関性の反映であるというよりむしろ,日本語の偶発的な性質であると主張できる。最後に,WALSの守備範囲を超えた現象として,多様な意味関係を一様に表す日本語の名詞修飾構造,および類例がないほど豊かな日本語授与動詞の体系に触れ,それらを世界の他の言語との関係で位置づけることで本稿を締めくくる。
三井, はるみ MITSUI, Harumi
全国規模での文法事象の分布図である『方言文法全国地図』から,順接仮定の条件表現を取り上げ,方言文法体系の多様性を把握するための研究の端緒として,(1)全国における分布状況の概観と結果の整理,(2)青森県津軽方言の「バ」や佐賀方言の「ギー」といった,特定方言で観察されるそれぞれに特徴的な形式を中心とした体系記述の試み,を行った。(1)では,方言特有の形式は少なく,「バ」「タラ」「ト」「ナラ」など共通語と同じ形式が,方言によって用法の範囲を異にして分布している場合が目立つことを述べた。(2)では,共通語で効いている語用論的制約が働かない例,多くの方言で区別されている「なら」条件文の意味領域を,区別せずに同一の形式でカバーする例等を示した。最後に,条件表現および方言の文法体系の多様性の記述に向けての方向性について触れた。
菊地, 礼
本稿は、日本の中世期のテクストから比喩表現を収集する試みについて報告する。現在、日本語の比喩表現の研究は、現代語を中心としてデータベース化が進められている。実証的な研究の機運が高まっている。一方で、古語は内省の効かない研究対象であるため、実例ベースの研究が求められる。しかし、日本の古語の比喩表現を実証的に研究するための研究資源が整備されていない。そのような現状を鑑み、『日本語歴史コーパス』に『分類語彙表』の意味番号をタグ付けした「CHJ-WLSP」を用いて、日本の古語、特に中世期(鎌倉~室町)のテクストから比喩表現を収集し、分析に必要な情報のアノテーションを行う。本発表はプロジェクトの概要と現状の作業済みデータの分析例を報告した。特に、『方丈記』『虎明本狂言集』から収集した比喩について、比喩がどれほど使われていたか、どのような種別の比喩が使われていたか、比喩を構成する意味カテゴリーの特徴について述べた。
久野, 昭
或る仏教的発想によれば、一切の衆生はその業のゆえに六道を輪廻する。人は死に臨んで、六道の辻を通らねばならない。この「六道の辻」の名は、今日なお京都旧市街の東南地区に残っている。他方、「六道町」の地名も、未だに京都西北部、愛宕山麓に残っている。 伝説によれば、九世紀の著名な学者、小野篁は六道の辻にあった愛宕寺境内の「死の井戸」から地獄に下り、閻魔と相識って、六道町の「生の井戸」から地上に出た。 死の井戸から生の井戸へ、すなわち死から新生への方向は、同時に、平安期の人々が際限なき六道輪廻の運命からの脱出の希望を託した方向であった。 平安時代に描かれた少なからぬ来迎図において、仏は画面左上から右下に向かって使者を迎えに来る。この線は、京都の地図上の生の井戸と死の井戸とを結ぶ線と、心理的に重複する。この重複の背景には、当時の人々の西方浄土への憧憬があったのであろう。
菊地, 礼 KIKUCHI, Rei
本発表は分類語彙表番号を付与した現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)を用いて収集した比喩表現データを分析・考察する。中村(1977)『比喩表現の理論と分類』によれば直喩の指標は7類82種359号と多岐にわたる。しかし,直喩の典型である「よう」以外の分析はなされていない。本発表ではコーパスを用いた網羅的な用例収集を行い,分析に耐える量を確保する。その一例を本発表は動詞「感じる」によって示す。「感じる」は「AガBヲ」「AヲBト」「AヲBデ」等の10の構文を作るが,「AニBヲ」「AヲBニ」等の8つの構 文で比喩を表わすことが可能である。しかし、直喩と認定できる例はその中から限定される。これは「感じる」が比喩指標として機能することが例外的事例であることを意味する。モダリティ形式としての文法化が比喩指標には求められるが、「感じる」は特定の構文環境においてのみ不完全ながら文法化を果たし、比喩指標と同様の機能を得る。
石嶺, 行男 Ishimine, Yukio
沖縄県の基幹産業の首位は依然として糖業によって占められ, 糖業は県経済の安定維持を図る上で極めて重要な役割を果している。イネ科作物のサトウキビは糖業の唯一の原料として県内のほとんど全域にわたって栽培されており, 栽培面積は総耕地面積の70%を超える。サトウキビを栽培している農家世帯は総農家数の85%以上におよび, その生産は農業粗生産額の30%前後に相当する。他方, 沖縄県は高温多湿な亜熱帯に位置し気候が海洋性であるため雑草の生育に好適な環境が形成されており, 至る処に多種多様の雑草の発生・繁茂がみられ, 植生の様相は国内の他の地方とは著しく異なる。本研究で扱ったサトウキビ畑の雑草は一年生草と多年生草を合わせて233種を数えたが, このうち最も大型で, 繁殖・散布が極めて旺盛であることから雑草害の大きい草種として注目されるのはイネ科の多年生草タチスズメノヒエとキク科の多年生草タチアワユキセンダングサの2種である。タチスズメノヒエは1,2,3月を除き常時発生し, タチアワユキセンダングサは周年発生する。このため両草種の防除には多くの時間, 労力, 費用を必要とし, 蔓延が広範囲におよんだ場合は, サトウキビの栽培上由々しい問題となることが予想される。また, 両草種に関する限り従来の除草剤, 機械力または人力に依存する防除対策には自ら限界があり, これらの慣行的方法と併せて新たに有効適切な防除体系を組み立てることが強く望まれている。本研究は, まずサトウキビ畑に発生する雑草群落の実態を把握し, 次に代表的な強害雑草と判断されるイネ科のタチスズメノヒエとキク科のタチアワユキセンダングサの生育と環境要因との関係を追究し, 更に研究の最終段階でサトウキビと両草種の競合関係を検討し, 生理・生態学的観点から両草種の効果的な防除につながる基礎的知見を得ることを目的として1981年から1985年にかけて県内の主なサトウキビ栽培地域と琉球大学農学部附属農場において行われたものである。以下, その結果を総括し, 結論とする。1雑草群落と雑草相群落調査の結果, 調査地点のサトウキビ畑で確認された雑草は, 18亜種22変種を含む59科181属233種であった。これを科別にみると, イネ科とキク科が最も多く, 次いでカヤツリグサ科とタカトウダイグサ科が主なものであった。
安達, 文夫 鈴木, 卓治 徳永, 幸生 Adachi, Fumio Suzuki, Takuzi Tokunaga, Yukio
屏風や古地図など大型で対象や文字が細かく描かれた資料を超高精細にデジタル化した画像を適 用し,自由に拡大・縮小,移動して,所望の箇所を見ることができることを目的に歴史資料自在閲 覧システムを既に研究開発してきた。この使われ方と資料画像の閲覧のされ方を知ることは,今後 の展示への適用や,閲覧システムの拡充を行う上で重要となる。このことから,国立歴史民俗博物 館の幾つかの企画展示等で同閲覧システムを公開した際に収集した利用記録を基に,基本機能であ る画像を拡大・縮小,移動する表示制御機能が有効に使用されているか,超高精細な画像を適用す ることの効果があるか,一人の利用者がどれ程の時間閲覧システムを利用しているか,資料中の有 意な箇所が閲覧されているかの観点から分析を行った。表示制御機能について,想定される利用を確認するとともに,設計段階の意図や想定を超えた使 用があることが示された。閲覧の倍率について,個別資料では描かれた対象が見やすい大きさで,群資料では個々の資料が 画面にほぼ一杯の大きさで表示される倍率での閲覧が最頻である。さらに拡大した閲覧がなされ, 原画像の表示倍率以上の拡大も1割近くある。超高精細画像を適用することの有用性が認められる。一利用者の閲覧時間を推定法を導入して求めた。閲覧時間は,展示での閲覧システムの設置状況 に影響を受ける。立って使用する形態では,平均2分程度である。 資料画像中の閲覧箇所について時間率により頻度分布を求めた。頻度高く閲覧される箇所は解説 が付与されている箇所と概ね一致する。展示する側で見てほしい箇所と利用者が見る箇所に大きな かけ離れはない。 これらの結果を,今後の展示の企画や,閲覧システムの展示および資料の調査研究の用途として の拡充に反映させることが重要となる。
東, 清二 Azuma, Seizi
1.Cue lureは雄ウリミバエに対して強力な誘引力を有することが知られているが,宮古群島の伊良部島において使用を試み若干の成績を得たので参考までに報告した。2.1%のDibrom 剤を添加した2ccの Cue lure を脱脂綿に浸透させ,trap に備えつけてウリミバエを誘致した成績は第1表の通りであった。1日に1trap で6-239匹も誘致したことから優れた効果のあることがここでも判明した。また誘致虫数は風速により大きく影響されるものと思慮される。3.Markしたウリミバエを Cue lure trap より適当距離の地点において放飼し,それを3日間にわたって回収したところ第2表の成績となった。それによりCue lure は風下500m,風上100m以内の範囲までウリミバエを誘致することが確認された。4.Cue lureによる防除効果については小笠原諸島父島におけるメチルユゲノールによるミカンコミバエ防除と同様,効果が大きいものと思われる。特に宮古,八重山の島々のように隔離された場所において実施すれば防除は比較的効果があるものと考えられる。
服部, 伊久男 Hattori, Ikuo
古代荘園図と総称される史料群の一例である「額田寺伽藍並条里図」の分析を通じて,8世紀後半の額田寺の構造と寺辺の景観を明らかにすると同時に,寺院景観論の深化を図ることを目的とする。官寺や国分寺については多くの先行研究があるが,史料の少ない氏寺などの私寺の構造と景観については,古代寺院の大部分を占めるものの十分な研究がなされてこなかった。氏寺の寺院景観の一端を明らかにし,多様な寺院研究の方法を提起するために額田寺図を検討する。近年の古代荘園図研究の動向を受けて,考古学的に検討する場合の分析視角を提示し,寺院空間論などの領域論的,空間論的視点を軸として,寺院組織や寺院経済をめぐる文献史学上の論点を援用しつつ,額田寺の構造と景観に言及する。額田寺伽藍並条里図は多様な情報を有する史料体であり,寺領図という性格に拘泥せず様々な課題設定が可能である。本稿では,社会経済史的視点を援用し,本図を一枚の経済地図として読むことも試みる。額田寺をめぐる寺院景観の中では,とりわけ,院地,寺領,墓(古墳),条里をめぐる諸問題について検討する。さらに,近年の考古学的成果を受けて,古代寺院の周辺で検出されている掘立柱建物群について,畿内外の諸例(池田寺遺跡,海会寺遺跡,市道遺跡など)を中心に検討を行う。小規模な氏寺をめぐる景観をこれほどまでに豊富に描き出している史料はなく,その分析結果が今後の古代寺院研究に与える影響は大きい。考古学的に検討するには方法論的にも,また,現地の調査の進捗状況からも限られたものとなるが,考古資料の解釈や理解に演繹的に活用するべきである。とりわけ,これまであまり重要視されてこなかった院地の分析に有効に作用することが確認された。また,近年の末端官衙論とも関係することが明らかとなった。今後,寺領をめぐる課題についても考古学から取り組む必要も強調したい。
小島, 聡子 KOJIMA, Satoko
近代は「言文一致体」・「標準語」を整備し普及させようとしていた過渡的な時代である。そのため,当時,それらの言語とは異なる方言を用いていた地方出身者は,標準語を用いる際にも母語である方言の影響を受けた言葉づかいをしている可能性があると考え,近代の東北地方出身の童話作家の語法について,彼らの言葉づかいの特徴と方言との関連について考察した。資料としては,宮沢賢治の『注文の多い料理店』,浜田広介の『椋鳥の夢』を全文データ化してコーパスとして利用した。その上で,文法的な要素に着目し,格助詞・接続助詞等の一部について,用法や使用頻度・分布などを既存の近代語のコーパスと比較し,その特徴を明らかにすることを試みた。また,『方言文法全国地図』などの方言資料から,彼らの言葉づかいと方言との関連性を探った。その結果,格助詞「へ」の用法・頻度については,方言の助詞「さ」の存在が関連している可能性があることを指摘した。また,接続助詞の形式,限定を表す表現などにも方言からの影響がある可能性を指摘した。
勝田, 至 Katsuda, Itaru
隈田の共同研究に参加するにあたり、豊富に残されている隈田の中世史料に現れる地名を現在の小字・小地名に比定する作業を行うことになった。中世前期の史料は名(みよう)の名で土地が表されることが多いため残存率は低いが、中世後期の地名はかなりよく残っている。とくに史料の多い境原については、現在宅地造成で景観が一変しているが、開発以前の地図を用いて地名の聞き取りを行い、四至をはじめ主要な地名はほぼ比定できた。小峯寺領の範囲や、近世に堂座が存在した東光寺(薬師堂)が中世には小峯寺近くの東谷川南岸にあったことなどが判明し、葛原家文書に残されている近世の境原絵図も用いることによって、小峯寺周辺の景観はかなり復元できるが、領主葛原氏の屋敷跡の正確な所在地は確定しがたい。紀ノ川以北の北荘については小字レベルの比定を行ったが、高野山文書中に史料が残されている南荘については今回は考証の対象外とした。付図「境原主要部」および「隅田荘大字・小字図」をあわせ参照されたい。後者は南荘および現在五條市域の木ノ原・畑田をふくめ荘域のほぼ全体を含んでいる。
濵田, 竜彦 Hamada, Tatsuhiko
大山山麓では,弥生時代前期後葉頃から丘陵部において遺跡が増えはじめ,さらに中期から後期にかけて緩やかに顕在化する状況を認めることができる。後期には,妻木晩田遺跡に代表される大規模集落跡が丘陵部に形成されるが,前方後円墳が造られはじめる頃から丘陵上の集落は一斉に姿を消し,その後,丘陵部に生活の主体が積極的におかれることは少ない。したがって,弥生時代以降の大山山麓は,古墳群造営,小規模な集落の形成,畑地造成など,多少の削平や攪乱を受けることはあっても,大規模に改変されていない。また,近年は広範囲が調査されている事例が増えており,弥生時代集落の内実を分析するための好条件を備えた遺跡が多い。そこで,本稿では,集落跡を構成する諸要素のうち,居住施設と考えられる竪穴住居跡の分析を中心に,山陰地方の弥生時代後半期を代表する大規模集落跡として知られる妻木晩田遺跡を検討して,集落変遷,集落像の復元を試みた。妻木晩田遺跡には,複数の小集団の集合体として認識される複合型集落が,長期的に営まれている。今回,後期から終末期の土器を細分し,竪穴住居跡の埋没状況を詳細に検討しながら居住域の変遷を再考したところ,妻木晩田遺跡に営まれていた集落は規模や形が絶えず変化しつづけており,その変遷は一様ではないことがわかった。小集団の集合体であることは間違いではないものの,途中で断絶していた可能性のある居住域が複数認められた。したがって,複数の小集団が密に集住するのではなく,丘陵上に散漫に展開していた時期もあると考えられる。また,最盛期と考えられる後期後葉をへて,終末期前半に居住が断絶していた地点がある。終末期後半には表面上,後期後葉以前とよく似た集落が再生されているが,その後は大規模な墳墓群の造営も行われないことから,終末期前半を介して,集団が質的に変容していたと考えられる。
Shimabukuro, Shun-ichi Tamori, masao 島袋, 俊一 田盛, 正雄
1.この報文は、琉球列島内の奄美群島に属する徳之島のサビ菌についてまとめたものである。2.この島のサビ菌類については、1955年に、平塚直秀、島袋俊一、新納義馬氏らが10属28種記録したのが最初である。3.その後著者の一人田盛正雄は1961年3月本島に採集して新しく39種を追加したので、結局16属67種のサビ菌を産することが認められた。新しく加わったものは次のとおりである。すなわち、Milesina属1種、Phakopsora属2種、crossopsora属1種、Coleopucciniella属1種、Coleosporium属1種、Hamaspora属1種、Phragmidium属2種、Uromyces属7種、Puccinia属19種、Uredo属2種、Aecidium属2種。4.この報文において、つぎの10種が奄美群島のサビ菌フロラに新しく加わった。すなわち、1)Uromyces galli Dietel,2)Puccinia allii(DC.) Rudolphi,3)Puccinia caricis-macrocephalae Dietel,4)Puccinia lactucae-repentis Miyabe et T. Miyake 5)Puccinia lepturi Hiratsuka,f.,6)Puccinia miyoshiana Dietel,7)Puccinia oahuensis Elliset Everhart,8)Uredo psychotricola Hennings,9)Aecidium elaeagni Dietel,10)Aecidium hornotinum Cummins. 6.有用植物に寄生するサビ菌類は上記67種のうち6種である。(数字は enumeration の菌番号)6―シマグワ、12―ヒイランシヤリンバイ、25―ソウシジュ、37―ニンニク、ニラ、57―ホテイチク。
大屋, 一弘 鎮西, 忠茂 Oya, Kazuhiro Chinzei, Tadashige
沖縄島土壌の肥沃度特性を把握し, 肥沃度管理上の土壌グループ設定を行なうために実験を行なった。沖縄島に設定されている18土壌統(うち伊豆味統を除く)の耕土のサンプルを多数採取し, そのpHCEC, 置換性塩基(Ca, Mg, K)含量, 可給態りん酸含量, および可溶性微量元素(Mn, Fe, Cu)などを分析測定したが, これらの測定項目のうちpH, CEC, 置換性カリ, 可給態りん酸などを肥沃度指標として選び各土壌肥沃度の相対的等級付けを行なった。肥沃度等級付けには各土壌の水分状態も考慮に入れたこの等級付けに従い類似等級の土壌をまとめて肥沃度管理上の土壌グループとした。その結果沖縄島には5つの肥沃度グループを設定することが適当であると思料された。すなわち肥沃度グループIに属するものには伊集統, 小那覇統, 安慶田統, 稲嶺統土壌など, グループIIには並里統B, 糸洲統, 摩文仁統, 並里統A土壌などグループIIIには安田統, 中川統, 具志堅, 屋名座統土壌など, グループIVには東統, (伊豆味統), 奥統, 名護統土壌など, グループVには屋部統, 志喜屋統土壌などである。グループ番号は肥沃度の順位とは関係なく付けられたが, それぞれのグループの肥沃度特性に従い適当な施肥管理をすることが望まれる。
棚町, 知彌 TANAMACHI, Tomoya
本誌11号に発表した「能順伝資料」のその五 加能連歌壇史藁草・その二(前)ならびに、金子金治郎編『連歌研究の展開』所収のその六 能順時代人の連歌史観・参考資料の両稿を承けて、「その七」として、能順一代の発句集『聯玉集』を翻刻紹介する。本集は古く『北野誌』(明治43年7月、北野神社刊)人の巻のなかに「北野文叢巻九拾五 雑文部 梅のしづく 順師発句」により翻刻されているが、能順伝の最も基本的な資料であるので、小松天満宮伝来の版本乾・坤二冊により、句頭に一連番号を附して翻刻する。なお、本集中所出の人名について、既発表他資料についての検索をも兼ねた索引を作成し、巻末に収めて解題にかえる。能順年譜にまとまるまでには、前11号の続稿「加能連歌壇史藁草・その二(後)」を、明年の13号にと予定している。また、本書出版に関する参考資料としては、旧稿の「能順伝資料・その二(預坊時代・前)」・「同・その三(預坊時代・後)」(「有明高専紀要」11・12号、昭50・1月、昭51・1月)、を参照されたい。
国立国語研究所 The National Language Research Institute
パルデシ, プラシャント 今村, 泰也 PARDESHI, Prashant IMAMURA, Yasunari
述語構造の意味範疇に関わる重要な言語現象の一つが「他動性」である。基幹型プロジェクト「述語構造の意味範疇の普遍性と多様性」では,意味的他動性が,(i)出来事の認識,(ii)その言語表現,(iii)言語習得(日本語学習者による日本語の自動詞と他動詞の習得)にどのように反映するかを解明することを目標に掲げ,日本語と世界諸言語を詳細に比較・検討し,それを通して,日本語などの個別言語の様相の解明だけでなく,言語の多様性と普遍性についての研究に貢献することを目指し,2009年10月から共同研究を進めてきた。さらに,日本語研究の成果を日本語教育に還元する目的で,基本動詞の統語的・意味的な特徴を詳細に記述するハンドブックを作成し,インターネット上で公開することを目指して研究・開発を進めてきた。本稿ではプロジェクトで企画・実施した共同研究の理論的および応用的な成果を概観した。理論的な成果としては,(1)地理類型論的なデータベースである「使役交替言語地図」(WATP),(2)日本語と世界諸言語の対照言語学的・類型論的な研究をまとめた論文集『有対動詞の通言語的研究:日本語と諸言語の対照研究から見えてくるもの』を紹介した。応用的な成果としては日本語教育に役立つ「基本動詞ハンドブック」の見出し執筆の方法とハンドブックのコンテンツについて紹介した。
吉村, 清 Yoshimura, Kiyoshi
昨年本紀要第53号に「FDレポート:大学で蔓延するコピペ文化弊害への解決の糸口」と題して拙文を掲載したが、本稿はその続編であり、2年連続担当の09前期の「基礎演習」に加えて同「17・18世紀イギリス文学」期末レポートについての報告である。これまでレポートに関しては、それぞれの教員が専ら独自に指導し、お互いに情報交換を行い、学生のレポート作成能力の向上をいかに図るかという議論はあまり見られなかったと思う。私たち「基礎演習」担当の教員は共通テキストを使用するのであれば、共通ウェブシラバスを作成・掲載するのが当然であろうとの合意の元で意見交換を行いながら同シラバスの作成・掲載を行った。授業は同シラバスを元にそれぞれが創意工夫して展開したものと考える。以下は前述の2クラスの期末レポートに関する問題点とその打開策を論じ、併せて両クラスの中でも秀逸と思われる学生のレポートを掲載したものである。尚、模範レポートには学籍番号と氏名が記されているが、本人たちの事前了解をえたものであることを断っておきたい。FDの必要性が日常的に問われる現状に対して、建設的なFDの方向性構築のための一助となり、将来的には英語文化専攻独自の「基礎演習」テキスト作成に繋がれば幸いである。
清水, 享 SHIMIZU, Toru
本報告は巍山地区における碑文調査の概要である。巍山地区の調査を実施するまでの経緯、生態史研究における碑文資料の有効性と拓本採取・写真撮影・抄録などの調査方法について簡述する。調査地域である巍山地域の地理的歴史的概況と調査日程、補充調査の経過について触れ、調査で収集した主要な碑文をその特徴なども含めて簡単に報告する。また拓本採取・写真撮影・抄録など調査を実施上のさまざまな問題点を整理し、今後の調査の効率化を目指したい。あわせて現地の碑文の保存に関する問題点にも言及し、碑文調査の緊急性を報告する。
Kobayashi, Masaomi 小林, 正臣
アミタヴ・ゴーシュの『シャドウ・ラインズ』(The Shadow Lines)は、カルカッタ、ダッカ、そしてイギリスを舞台にしており、当時の植民地インドにおいて語られなかった歴史が語られることに重点が置かれている。この点において本作は、典型的な脱植民地的な文学作品である。知られているように、思想化・理論家のガヤトリ・C・スピヴァクは、「サバルタン」(subaltern)を定義することで、語られない歴史における語(ら)れない人々(特に女性)に注目する。しかし同時に、現在は合衆国の大学人として-すなわち現在は発信できる場所にいて地位にある知識人として-彼女自身が批判されることもある。いずれにしても、サバルタンを語ること・代弁することは、発声・発信を可能にする場所にいることと関わっている。ゴーシュの語り手も、語られなかった歴史を語るためには「正確な想像力」(imagination with precision)が必要であることを学習したのち実践する。中流階級に位置する彼は、語る声を奪う者でも奪われる者でもない地点から知識を活用することで「脱植民地」(postcoloniality)を試みる。最後に本論は、その試みを無数の言説に包囲されつつも「間言説性」(interdiscursivity)を実践することの類推として捉え、新たな知の発信地を開拓する可能性を提示する。
仁藤, 敦史
倭と栄山江流域の交流史を考える場合,文献的に問題となるのは,まず全羅南道および耽羅の百済への服属時期を確定することが必要と思われる。そのうえで北九州系および畿内系などに細分化される倭人の移住集団の活動内容の分析が必要となる。さらには加耶地域への移住集団との対比も必要となる。以下ではこの問題を考える素材として『日本書紀』欽明紀に散見する倭系百済官僚を中心に検討した。現在,栄山江流域の前方後円墳被葬者についての諸説は,大きくは在地首長あるいは土着勢力とする説,倭人あるいは倭系の人物を被葬者とする説に分かれている。本稿では在地的な首長系列とは異なる地点に突如出現する点を重視して,後者の可能性を指摘した。結論として,憶測を述べるならば五世紀後半以降の一時期に限定される栄山江流域の前方後円墳被葬者像として,百済王族たる地名王・侯の配下で,県城以下クラスの支配を任された,北九州を含む倭系豪族と想定した。彼らはやがて,百済の都に集められて官僚化し,倭国との外交折衝などに重用されたために,一時的な現象として古墳は消滅したのではないか。栄山江流域にのみ前方後円墳が集中する理由や,移住の詳細なプロセスなどについては不明であり,今後も検討する必要がある。
尾崎, 喜光
当研究室の任務と,これまでおこなってきた敬語行動関係の調査をまず紹介する。その後で,これまでの敬語行動調査の展開として最近おこなった「学校の中の敬語行動調査」について,調査の方法・観点・データの処理方法を概説し,面接調査の文字化のサンプルとアンケート調査の集計結果の一部を示し,そこからわかることを指摘する。
﨑山, みき
本稿では米国国立公文書館にRG4の登録番号において現在に至るまで保存されている、第一次世界大戦時アメリカの食糧庁の記録群の管理の歴史をたどるものである。目的は、筆者の研究対象である食糧統制下で行われた銃後の女性たちによる食を通した戦時協力である食糧保存(food conservation)運動の史料収集・分析のためである。今日のアメリカでは史資料のデジタル化が進んでいるため、食糧保存運動に関する史料もウェブ上で入手可能なものも多い。一方でアーカイブズ学的な側面からの史料に関する基礎知識を持たずに個別のデジタル史料を見ても、研究対象とする事象の背景にある大きな歴史の文脈がみえてこないという問題があった。そこで本稿では同記録群の管理の歴史――設立されて間もない国立公文書館による食糧庁文書の受入から分類、その検索手段である『合衆国食糧庁記録群の予備インベントリ1917-1920年:本部機構パート1』が採用されるまで――の過程と同書の編成・記述内容をたどり、そこで得た知見から食糧政策全体を理解した上で、食糧保存運動の位置づけについて論じる。分析手法は同書の編成・記述から食糧庁本部事務所の組織の全容を理解し、記録の階層構造を明らかにすることで女性たちによる食糧保存運動に関する記録を特定する。その上で食糧保存運動が食糧政策全体のなかで果たした役割について分析する。
村上, 忠喜 Murakami, Tadayoshi
日本民俗学の資料である伝承そのものは,資料として批判することが困難である。それというのも,伝承資料自体の持つ性格と,伝承を取り出す際の調査者の意図や,調査者と伝承保持者との人間関係など,さまざまな因子に影響を受けるからである。フィールドワークを土台とする学問でありながら,資料論や調査論の深化が阻まれていたことは不幸であり,その改善に向けての具体策を模索していくべきである。伝承資料を批判することは,伝承資料の取り扱い方と,それを得る調査の現場を検証することに他ならない。本稿では,まず,「調査地被害考」を手がかりとして,その考え方の背景にある民俗調査観を批判し,その調査観に基づく調査を「黒子調査」と規定する。そして,「黒子調査」の功罪を,伝承資料の今後の民俗調査・研究にいかに活かすかについて,以下の2点を提言した。 ①伝承を(歴史)事実ではなく解釈とする見方を徹底することで,これまで集められた膨大な資料ストックを再検討し,伝承の成立やプロセスの意味を考察し,現在につながる生活文化の再構成を目指す。 ②調査地や被調査者と積極的に関与していくフィールドワークとそれに基づく事業を進める過程で,発生する地域からの様々なリアクションを分析対象に取り込むことにより,フィールドワークの方法論的蓄積と伝承資料批判についての用意を図る。
田島, 孝治 TAJIMA, Koji
街路の看板や張り紙に書かれた文字・言語が作り出す景観は言語景観と呼ばれ,言語学分野だけでなく,地理学,社会学など社会科学の諸分野で調査・研究が行われてきた。本稿では,著者が開発した調査用のツールを紹介すると共に,動作検証を目的として行った,神奈川県鎌倉市における「稲村ガ崎」の表記調査結果を報告する。開発したツールはスマートフォン用の調査ツールと,パソコン上で動作するデータ確認用のツールに分かれている。調査の道具としてスマートフォンを使うことで,調査結果の整理を簡単に行えるようになった。一方,ソフトウェアの処理結果は専用フォーマットになる部分を可能な限り少なくすることで,データの共有と再利用が容易になるように設計した。動作検証のための調査は約2時間行い,収集したデータは従来型の調査と比べ遜色ない結果を得られた。また,調査結果の分類作業が大幅に短縮されたためツールの有用性も確認することができた。
田中, ゆかり TANAKA, Yukari
文化庁国語課による『国語に関する世論調査』の平成7年度調査から平成10年度調査までの4回の調査結果に基づく報告を行う。報告は,各年度ごとの調査項目において被調査者属性が説明力を持たない/弱い項目を抽出することが中心である。被調査者属性が説明力を持たない/弱い項目とは,地域的・社会的属性などの「被調査者属性による偏りのない項日」ということになる。日本全国16歳以上の男女を対象とした無作為抽出による大規模な調査において,どのような項目が,「偏りを持たない」つまり,「衆目の一致する」項日に該当したか,ということを知ることは,今後の「共通語」あるいは「共通語」的認識を知る上で有効であると考える。典型的な「偏りを持たない」項目は,従来的な言語規範意識に関わる項目,従来「誤用/誤認識」「新形/新認識」とされてきたもののうちすでに「共通語」的位置にある項目,回答数が非常に少ないために偏りが抽出されない項目であることが分かった。また,項目と被調査者属性との関わりだけでなく,項目間における説明力を持たない項目の抽出も行った。
清水, 享 SHIMIZU, Toru
本報告は中国雲南省紅河州、文山州における碑文調査の概要である。生態環境史研究における碑文調査の有効性と雲南省南部の紅河州と文山州の調査を実施するまでの経緯を簡述する。調査地域の紅河州、文山州の地理的歴史的概況に触れ、調査日程と調査した碑文について、その概要を含め簡単に報告する。また、生態史に関わる碑文の現状を碑文の立地と保存情況および碑文と村落との関わりについて封山護林碑、水利碑、民約碑に分けて概観し、村落内における碑文の価値、文物としての碑文の保護について論じる。
岡﨑, 滋樹
本稿は、「畜産」と「台湾」という視点から、戦前農林省による資源調査活動の実態に迫り、政策との関わりによって調査の性格が如何に変わっていたのかを明らかにした。これまでの満鉄や興亜院を中心とした資源調査に関する研究では、調査方法そのものについて詳細な検討が進められてきたが、その調査がいかに政策と関わっていたのかという部分は検討の余地が残されていた。したがって、本稿では、まず調査を左右する政策立案の実態を検討し、その政策が調査に対して如何なる影響を与えていたのか、調査報告が如何に政策に左右されていたのかという、当時指摘されていた「政治的」な調査活動の側面に注目した。 農林省が1934年5月に台湾で行った馬事調査は、台湾馬政計画の実施を見据えたものであり、実際の調査の主目的は、農林省から台湾総督府へ政策協力を依頼することにあった。政策を立案するために台湾の状況を視察することは副次的なもので、本調査で最も重視されたのは台湾総督府が如何に帝国馬政計画に参画してくれるのか、その意思確認であった。調査を担当した農林省佐々田技師による報告書は、既定の政策方針に合うように現地の様子が記されており、条件付きで今後の見通しを期待するような、巧みな文書構成が目立った。 また、本報告書は政策決議を問う調査会で参考資料として配布されるが、農林省の官僚をはじめとして、他の政府委員たちも全く関心を示すことなく、誰一人としてその報告書について発言する者はいなかった。まさに形式的に立案資料を残しただけで、それを参考にして政策を構想していくというものではなかったのである。 かかる政府内の動きは、戦前日本の政策立案過程の一端を示しており、官庁職員の行動規則と伝統的な作業方法は、政策立案と調査活動に重大な影響を及ぼしていた。調査活動を見る場合は、特に「政治的」な側面に注意する必要があり、資源獲得を見据えた対外調査なのか、あるいは政策協力を求める役人の出張であったのかは区別しなければならない。台湾馬事調査は、まさに既定の政策方針に左右され、資源調査という名目で実は政策協力を求めるための出張であったという、官庁職員の業務実態を示す典型例であった。
平川, 南 Hirakawa, Minami
岩手(いわて)県水沢(みずさわ)市の胆沢城跡(いさわじようあと)から出土した一点の木簡は、「内神(うちがみ)」を警護する射手(いて)の食料を請求したものである。その出土地点は胆沢城の中心・政庁(せいちよう)の西北隅(せいほくすみ)であったことから、ここに内神が祀(まつ)られたと理解した。そこで、古代の文献史料をみると、例えば『今昔物語集(こんじやくものがたりしゆう)』には、藤原氏の邸宅・東三条殿(とうさんじようでん)の戌亥隅(いぬいのすみ)(西北隅)に神を祀っており、その神を「内神」と称している。『三代実録(さんだいじつろく)』によれば、都の左京職(さきようしき)や織部司(おりべのつかさ)に戌亥隅神(いぬいのすみのかみ)が祀られている。一方、地方においても、国府内に「中神」「裏神」(うちがみ)が置かれていた。以上の史料はいずれも九世紀以降のものである。郡家については、八世紀の文書に西北隅に神が祀られていたとみえる。こうした役所の施設内の西北隅に神が祀られたのがいつからかは定かでないが、やがて中央の役所や地方の国府などの最も象徴的な施設の西北隅に小さな神殿を形式的に設けたのであろう。この西北隅は、福徳(ふくとく)をもたらす方角として重視されたことが、各地の民俗例において確認できる。〝屋敷神(やしきがみ)〟を西北隅に祀る信仰は、古代以来の役所の一隅に祀った内神を引き継ぐものと理解できる。近年の考古学の発掘調査によれば、例えば陸奥国(むつのくに)の国府が置かれた多賀城(たがじよう)跡では、その中心となる政庁地区において創建期から第Ⅲ期まで、一貫して左右対称に整然と建物が配置されるが、九世紀後半に至り、それまで建物のなかった西北部に建物が新設され、しかも複雑な建物構造をもち、その後数回建て替えられている。この西北部の建物の時期は、さきの文献史料の傾向とも合致する点、注目される。今後の重要な課題の一つは、諸官衙内に祀られた戌亥隅神の成立時期およびその神の性格などについて明らかにすることである。本稿はあくまでも一点の木簡の出現を契機として、広範な資料の検討を通して中央・地方の諸官衙の西北隅に神を祀っている事実を指摘し、古代の官衙構造や日本文化における基層信仰の実態解明の一資料となることを目的としたものである。
米盛, 徳市 新里, 里春 中里, 治男 Yonemori, Tokuichi Shinzato, Rishun Nakazato, Haruo
本調査研究は、第1報を踏まえて3年次実習生の実習の意識を4年次との比較でもって特徴を明らかにすることとした。対象は平成2年10月に附属学校で教育実習2を終了した本学部3年次学生である。調査は平成2年12月の事後指導の時限に参加者全員に実施した。調査に協力した学生は、小学校課程男子17名、女子59名、中学校課程男子11名、女子15名であった。調査用紙は第1報と同一のものを用いた。質問項目は第1報を参照。調査は学生に調査目的を述べ、了解を得た上で無記名で実施した。
知念, 功 幸地, 宏子 福渡, 七郎 Chinen, Isao Kochi, Hiroko Fukuwatari, Shichiro
沖縄本島内の4製糖工場で産出される甘蔗バガスの脂質を定性, 定量した。またこのバガス中の脂質の構成成分を知るうえからこれらの脂質の脂肪酸組成をガスクロマトグラフィーで求めた。1.甘蔗バガス中の脂質は, 炭化水素(Rf0.95), トリグリセリド(Rf0.73), 遊離脂肪酸(Rf0.40), ステロール(Rf0.18), リン脂質(Rf0.00), 未知物質(Rf0.25)からなることを薄層クロマトグラフィーによって知った。2.これらの脂質を定量した結果, 甘蔗バガス1g当り, 総脂質は5.20&acd;8.85mg, リン脂質1.72&acd;2.00mg, ステロール0.39&acd;0.66mgであった。3.これらの脂質の脂肪酸組成を求めた結果, 総脂質では, 19の脂肪酸を認めた。そのうちで最も多い脂肪酸は, C18 : 2であり, 約30%であった。次にC16 : 0,C18 : 1,C20 : 1の順に多かった。炭化水素分画では, C20 : 1,C16 : 0,C18 : 2等が主成分であった。トリグリセリド分画では, C16 : 0が最も多く, 次に未知脂肪酸(チャート上のピーク番号16)等が多かった。遊離脂肪酸分画でもC16 : 0が最も多く, 次に未知脂肪酸, C18 : 1等が多かった。ステロールおよびモノー, ジグリセリド分画では, 未知脂肪酸とC16 : 0等が特に多かった。リン脂質分画では, 未知脂肪酸が多く, 次にC16 : 0が多かった。未知物質分画では, 未知脂肪酸とC16 : 0が多かった。
千田, 嘉博 Senda, Yoshihiro
中世城館の調査はようやく近年,文献史学,歴史地理学,考古学など,さまざまな方法からおこなわれるようになった。こうした中でも,城館遺跡の概要をすばやく,簡易に把握する方法として縄張り調査は広く進められている。縄張り調査とは地表面観察によって,城館の堀・土塁・虎口などの防御遺構を把握することを主眼とする調査をいう。そしてその成果は「縄張り図」にまとめられる。このような縄張り調査は,長らく在野の愛好家によって支えられてきたため,調査の基準が不統一である。そこで本稿では,縄張り調査の意義と方法を具体的に検討した。その結果,縄張り調査は測量調査や発掘調査がおこなわれる前の,仮説的な作業としてすべきであることを示した。縄張り調査と測量・発掘調査はそれぞれ段階の違う,補い合う調査だと位置づけられる。つぎに,基準となり得る縄張り調査の方法を提示した。ここでは正確な地形図をベースに作図すること,簡易測量器や歩測などで測距を必ずすること,遺構理解のポイントになる虎口などを詳細に観察することを述べた。また成果図面の浄書など作業は,考古学の手法に従ってすべきことを述べた。そして縄張り図を地域史解明の史料として活用する方法として,織豊系城郭の虎口を中心にした編年を事例に,考え方と作成のプロセスを示した。これからの縄張り研究は,城館研究を推進するさまざまな他の研究方法との協業を,一層推進しなくてはならない。その中で縄張り調査は,城館の防御性から中世社会を解明するという視点を,より鮮明にして研究を深化させるべきである。それがはじまりつつある,総合的な城館研究の中で,縄張り研究が果たすべき役割である。それぞれの研究分野から,異なる城館像を出し合い,討議することで,多様な面をもつ中世城館は,はじめてその姿を現わすであろう。
小林, 謙一 Kobayashi, Kenichi
縄紋時代・弥生時代・古墳時代・古代(北海道では続縄紋・擦文文化期)における居住活動は,主に竪穴住居と呼ばれる半地下式の住居施設が用いられている。竪穴住居施設は,考古学的調査によって,主に下部構造(地面に掘り込まれた部分)が把握され,その構造や使用状況が検討されている。竪穴住居は,a構築地点の選定と設計から構築(掘込みと付属施設の設置)→b使用(居住・調理・飲食などの生活)→c施設のメンテナンス(維持管理と補修・改修・改築)→d廃棄→e埋没(自然埋没・埋め戻し)の順をたどる。それぞれの行為に伴う痕跡が遺構として残されており,その時間的変遷はライフサイクルと整理される。ライフサイクルのそれぞれの分節が,どのくらいの時間経過であったかは,先史時代人の居住システム・生業・社会組織の復元に大きな意味を持つ。その一端として,ライフサイクル分節ごとにその程度の時間経過があったかを,出土試料の年代測定から推定したい。住居のライフサイクルのどの分節を測定するのかを把握していることが肝要であり,そのためには測定する試料に対する,セツルメントとしてのライフサイクルの位置を整理して把握することが重要である。今回はライフサイクルの分節aとした住居構築に関わる測定研究を,主として被熱住居の構築材に関する年代測定を中心に検討した。その結果,縄紋時代の被熱住居と古代の被熱住居の構築材の測定において,前者では5事例中4事例(参考事例を合わせると21事例中17事例)がほぼ同一の伐採年かつ想定される住居の帰属時期に近い年代が得られたのに対し,後者では古代では2事例ともまたは参考事例を加えた弥生から古代では10事例中6事例において一部に古い測定値を示す試料が認められ,古材の再利用例があったと考えられる。対応するライフサイクルの分析を考古学的に検討しつつ,多数の測定結果を蓄積・検討することで,住居自体の耐用年数・居住年数,その土地(セツルメント)に対する定着度(数百年の長期にわたる定住から数年程度の短期的な居住,季節的居住地移動を繰り返すなど),背景となっている生業(採集狩猟・管理栽培や焼畑などの半農耕・灌漑型水田などの農耕)や社会組織(集落規模,階級など)の復元につながる。課題として,試料自体の帰属や性格(後世の混入や攪乱を含む),遺構自体の技術・素材の問題(コールタールや獣油などを塗布する可能性)についても検討する必要があるし,第一に,同一遺構内で出土層位が明確など由来を追跡できるような,考古学的な文脈の明らかな試料を多数測定していく必要がある。
木下, 尚子
「貝文化」とは、法螺や螺鈿、貝杓子などおよそ貝殻の関与する文化の総体をいう。本稿は、日本列島の先史時代から古代を対象に、貝文化のありようを構造的に把握しようと試みた文化試論である。九州以北の本土地域とサンゴ礁の発達する琉球列島を分け、両者を比較しながら論を進めた。 はじめに貝殻の使用を成立させている貝殻の属性を羅列し、貝が素材として多様な属性を備えていることを指摘した。次に貝殻の使用に二つの文化的評価レベルのあることを述べ、これが先の貝殻の属性に対応していることを示して、以後の分類の枠組みとした。二つのレベルとは「素材としての貝殻」と、「観念の表出手段としての貝殻」である。前者はさらに三段階に、後者は二段階に細別できる。これらにⅠ~Ⅴの通し番号をふり、数値が大きいほど文化的意味が増大する指標とした。こうして本土地域、琉球列島の貝製品についていくつかの代表的類例を示し、それぞれに該当する文化レベルを検討して、両地域における貝文化の概要を示した。 本土地域では弥生時代以来、極めて目的的に多種の琉球列島の貝類を輸入し、自らの貝文化に積極的に採り入れてきた。しかしⅤレベルの貝文化は、在地の貝を用いた縄文時代の例以外認められず、それ以降の貝文化は徐々に文化レベルを下げながら展開している。これに対し琉球列島では、一貫して自地の貝のみでⅠ~Ⅴレベルの文化体系を作り、さらにこれが基本的には現代まで持続している。 貝文化を通してみる両地域は、先史時代以来、たがいに異質な展開をしてきたことを明らかにした。
宮島, 達夫 MIYAJIMA, Tatsuo
国立国語研究所は創立当初から統計的な語彙調査をめざし,新聞・雑誌・教科書・テレビ放送など各種の資料について大規模な調査を行ってきた。それは統計的処理の面で先進的なものだったが,最近の英語圏の調査にくらべると代表性・規模などで問題がある。一方,大量の現代語用例にもとづく記述も国立国語研究所が開拓したものであり,現在開発中の1億語コーパスは,語彙調査と実証的記述の伝統を発展させるものとして期待できる。
中尾, 七重 坂本, 稔 今村, 峯雄 永井, 規男 西島, 眞理子 モリス, マーティン 丸山, 俊明 Nakao, Nanae Sakamoto, Minoru Imamura, Mineo Nagai, Norio Nishijima, Mariko Morris, Martin Maruyama, Toshiaki
放射性炭素年代測定を用いた住まいの建築年代調査において,庶民住居である民家と上層住宅の¹⁴C年代調査法の比較研究を行った。民家3棟と住宅4棟の事例報告を行い,年代調査の目的と,¹⁴C年代調査に適した部材選択の条件について検討した。¹⁴C年代調査は,民家では建築年代に30年程度の幅を持っていても民家研究に有効である。一方住宅では,由緒につながる建築年の是非を明らかにすることが要求される。このように,民家と住宅では目的や意義が違うため,要求される年代の性質が異なることが分かった。そして目的に沿った部材選択をすることで,民家に対しても,住宅に対しても効果的な結果の得られることが判明した。民家の辺材や皮付きの用材や,芯持ちで年輪幅の大きい用材は¹⁴C年代調査に適しており,古材や前身建物の再利用材を見分けて部材選択を行うことが重要である。住宅の年輪幅の狭い四方柾の用材は¹⁴C年代調査に不適であり,小屋材など辺材や皮付きの用材を選択するのが良い。また数寄屋で用いられる面皮や白太の部材は¹⁴C年代調査に適している。このように,民家と住宅で,調査目的に対応した部材選択や年代考察の方法を明らかにした。
翁長, 謙良 Onaga, Kenryo
1.気象資料は主として1955年1月から1967年12月までの琉球気象庁発行の気象要覧, 那覇の気候表(1963年発行)および沖縄群島の気候表(1964年発行)をもとに作成した。2.第1表の月間降水量の平均値の中で( )内は欠測の値を除いた平均値であり, 他の地点と比較して大差のある月は平均値とかなり差のある雨量の欠測に起因するものである。また与那覇岳の雨量が極端に大きいのは標高498mで観測されており, 山岳特有の気象によるものと思われる。3.第4表の10分間確率降雨強度において各月の平均値と2年確率の値が殆んど同じ値を示しているのは, 各月のその年における降雨強度の最大値のばらつきが正規分布するとの仮定で計算され, かつ資料の分散が比較的よかったことによる。4.限界降雨強度は土地の傾斜や土壌の性質によって異なるが, 日本各地の実験結果によると, 傾斜15°で2mm&acd;3mm/10min.が限界降雨強度である。筆者が人工降雨により, 国頭マージ土壌(粘土)について実験した結果, 傾斜7°の土槽箱で含水比が32%のとき2.5mm&acd;3.5mm/10min.でrunoffを見た。沖繩においても2mm&acd;3mmを限界降雨強度としても差し支えないと思われる。5.図表に掲載されてない北部の他の観測所で, 与那や奥などは伊豆味と同様, 年間降水量が2500mm以上となっており, 地形因子と相まって北部農耕地の傾斜地は中南部のそれらより, 土壌侵食の危険性が大であるといえる。
羽柴, 直人 Hashiba, Naoto
柳之御所遺跡は12世紀奥州藤原氏の拠点平泉の一部分を占める遺跡である。柳之御所遺跡の変遷は6時期に分けられる。1,2期は初代清衡,3,4期は二代基衡,5,6期は三代秀衡の時代に相当する。1,2期は自然地形を利用した堀で囲まれた施設である。これは11世紀以来の安倍,清原氏の柵,館の系譜を踏襲した施設である。3期は,堀は機能しているが,堀内部のまとまりが失われる段階である。柳之御所遺跡の重要性が1期,2期に比較すると相対的に低下しているようである。4期は堀内部に道路が設置される。この道路は堀外部からそのまま連続しており,これは堀の区画,防御の機能を無視した状態で,堀の機能が失われたことを示す。5期は前代からの中心域が拡大される。これは400尺の長さを基準とした区画で囲まれ,池を有する寝殿造に準拠する構造の施設である。6期は1~5期まで連続していた中心域が廃され,北側約90mに新たな中心域が造営される。中心域の移動は柳之御所遺跡の性格に根本的な変化が生じたことを示す。各時期の柳之御所遺跡の性格は,1,2期が政所の用途も兼ね備えた居所であり防御性も備えた施設。3期,4期は藤原氏類族の居所。5期は当主秀衡の居所で宴会儀礼が盛んに行われる場所。6期は政所としての機能の施設と推測される。柳之御所遺跡は12世紀を通して平泉内において重要地点の一つであったが,その構造,用途は各段階によって変化がみられるのである。
松林, 公蔵 奥宮, 清人 石根, 昌幸 鈴木, 健太郎 酒井, 茂樹 石森, 綾子 臼田, 加代子 MATSUBAYASHI, Kozo OKUMIYA, Kiyohito ISHINE, Masayuki SUZUKI, Kentaro SAKAI, Shigeki ISHIMORI, Ayako USUDA, Kayo
2004年2月の一次調査で、ラハナム村在住高齢者の包括的機能評価を含む医学調査を行い、高血糖や貧血を有する高齢者の頻度が高いことを報告した。今回の調査では、ソンコン郡の中心部のパクソン住民に対し、同様の調査を行い、疾患、生活機能と環境の違いについて、ラハナム住民と比較分析を行うとともに、ラハナムとパクソンの高血糖に対し、経口ブドウ糖負荷テストによる、糖尿病の正確な疫学調査を施行し、インスリン分泌能と反応性の分析や経済調査との関連から、発症原因について考察した。糖尿病その他の疾患に関する、住民と現地医療従事者への情報提供を実施した。高血糖の有無による、合併症の発症や死亡に対する予後を今後追跡していく必要がある。
西村, 慎太郎 NISHIMURA, Shintaro
本稿は記録史料群の整理・調査方法のうち、段階的整理に則って行われる概要調査あるいは現状記録の方法を振り返り、現在的な課題の中でどのような考え方や方法に基づくべきかを提示するものである。但し、ここでは文書館・博物館・図書館などの資料保存機関に収蔵されている記録史料群ではなく、個人住宅などの民間に所在する資料を対象としたい。最初に概要調査と現状記録の理念について、研究蓄積を振り返り民間所在資料を扱う場合のスタンスについて私見を述べる。次に概要調査と現状記録についての実際の方法について検証する。概要調査にしろ、現状記録にしろ、1980年代に提起されて以降見直されていないため、方法の検証が必要であるものと思われる。次に民間所在資料で求められる概要調査と現状記録の考え方と方法についての筆者の考えを述べ、デジタルカメラを多用する方法を提起する。また、実験段階ではあるがiPadを用いた方法も提起する。
中野, 洋
語彙についての統計的法則がある。本発表では、国立国語研究所が行った9つの語彙調査を用いて、異なる内容の調査対象間にも共通に存在する語彙とその使用率の関係について述べる。使用率の大きい語彙は、そのほとんどが他の調査にもよく用いられる。共通度の分布図によっても「高頻度語彙」と名付けてよい語彙の存在が確認できた。しかし、その中にもその調査対象の特徴語彙とも言える語彙も含まれている。一方、使用率の小さい語彙にも他の調査に用いられる語彙が存在する。これらの語彙は、具体的な内容をともなうものであり、語彙教育の対象となる重要な語彙といえる。使用率と語彙の関係の解明は、言語教育や辞書作成における語彙の選択法の開発に貢献する。
太田, 尚宏 OTA, Naohiro
本稿では、国文学研究資料館所蔵の真田家文書のうち、「家老日記」として分類される日記類(特に松代に関する日記)を分析対象として、そこに含まれる日記の種類と性格について論じた。まず、日記の外見的考察により、文政期までの日記の表紙に記されている「松代」「御国」といった記載の多くが後筆であることを確認し、これらの追記や朱字の番号で示されている管理の痕跡が、松代藩や真田家ではなく、家老の望月氏によるものであると推定した。さらに、これらの日記の中には、家老日記とは性格が異なる「御国日記」の原本(あるいは全体の転写本)が混入していること、望月氏自身が御国日記の転写を進めていたことなどを明らかにした。続いて、望月行広という人物の動向に着目し、家老日記の性格について検討した。その結果、①松代藩における公式の家老日記は、「置附日記」という家老御用部屋に設置された日記であり、真田家文書に残る家老日記は、御用番を担当した家老が「置附日記」の下日記として記したもので、「置附日記」への転記にあたり記事の取捨選択が行われていたこと、②18世紀半ばには、家老の執務内容のうち定例化・慣習化された事項について日記には記述しないと規定されていたこと、③望月行広が「勝手懸り」を担当してからは、職務上の需要に応じて、自らが御用番のとき以外の日記も詳細に転写するようになり、勝手懸り関係の記述も加わって、1年間を通じた記事を御用番・勝手懸りの2本立てで記す「御在所日記」の形式を完成させたこと、などの点を明らかにした。
野山, 広 NOYAMA, Hiroshi
本稿では,独創・発展型共同研究プロジェクト「定住外国人の日本語習得と言語生活の実態に関する学際的研究」で企画・実施された縦断調査研究の成果を紹介した。最初に,研究目的と実施された調査の設計(方法・姿勢等)について述べた。その後,研究期間中に実施されたさまざまな調査のうち,秋田県A市で実施された調査結果と群馬県B町で実施された調査結果を取り上げた。また「話し合いの場(多人数会話の場面)」作りの試案を提示し,その提供の方法,試案の有用性,反省点を示した。最後に,今後の当該分野に関する課題の提示や展望を行った。
池口, 明子
本稿では、2005 年度におこなった村落世帯悉皆調査について、その研究視点と方法、今後の課題を述べた。近年、自然環境の利用の変化を分析する方法として、世帯調査の重要性が増している。とくに、世帯を均一な社会単位としてではなく、年齢・性やその文化的理解の構成を捉える視点が重要視されつつある。今後の課題として、本調査をもとに多様な資源利用の実態を把握し、その世帯経済におけるその位置づけや世帯差を明らかにすること、そのうえで、2006 年度の資源利用活動調査を進めることをあげた。
津波, 高志 稲村, 務 Tsuha, Takashi Inamura, Tsutomu
民俗調査は人々の「声」の調査であり、生活の実態についての複合的な調査である。しかし、これまでのデータベースはそれぞれの声を文脈がわからない程に分解し、統合するという過程であり、「声」にとって一番重要な文脈を保存できておらず、複眼的な比較もできなかった。本稿ではICレコーダーとコンピュータソフトを使い、従来にないWeb型のデータベースの構築を提唱する。そうすることによって、民俗語彙、視覚情報、個々人の声、研究者の仮説とを有機的にリンクさせたデータベースの構築が可能になることを、奄美諸島の中の与論町における墓地にかんする調査のデータ化と大和村における人々の植物に対する認識のデータ化の事例を用いたデータベース構築を例として示す。
岩崎, 保道 Iwasaki, Yasumichi
本稿は、琉球大学における教員業績評価の改善の検討結果との比較検討を次の展開により行うものである。第一に、本学における教員業績評価の取り組みを紹介する。第二に、国立大学に対する教員業績評価に関するアンケート調査報告を行う。第三に、教員業績評価に関する訪問調査結果を報告する。第四に、アンケート調査結果と本学との比較検討を行う。第五に、本学の教員業績評価の改善方策を示す。
王, 怡人 金丸, 輝康
本稿は,中小製造企業の情報発信の実態に関する質問票調査の結果を整理したものである。中小企業は大手広告代理店を利用しないため,メディア利用状況と情報発信の実態は把握されにくい。その実態を把握するために,中小製造企業に焦点を当て,「メディアの利用状況」,「発信される情報の内容」,「消費者や取引相手(顧客)の反応」という 3 つのカテゴリーにわけて質問票調査を行った。調査結果の詳細を以下に記す。
木田, 歩 KIDA, Ayumi
人類学・民族学における学術的資料が、2000 年に上智大学から南山大学人類学博物館に寄贈された。これらは、白鳥芳郎を団長とし、1969 年から1974 年にかけて3 回おこなわれた「上智大学西北タイ歴史・文化調査団」が収集した資料である。本報告では、まず、調査団の概要について、白鳥による研究目標をもとに説明し、次に寄贈された資料を紹介する。最後に、今後の調査課題と研究の展望について提示する。
国立国語研究所第二研究室
前川, 喜久雄
国立国語研究所が山形県鶴岡市で収集した共通語化調査データのうち第1~3回調査の音声項目データを用いて、方言音声共通語化過程の統計モデルを構築した。既に報告した第1回調査データと同様、第2回・第3回調査データも二項分布に基づくロジスティック回帰モデルを適用するには分散が大きすぎる(過分散状態)。そのため、ベルヌーイ分布の成功確率が種々の要因によって変動するベイズモデルを考案した。7種のモデルの性能をF値・平均予測誤差・WAICの三者で評価した結果、回帰直線の切片が話者と語彙の要因によって変動し、傾きが語彙の要因によって変動するモデルが良モデルとなった。このモデルのF値は0.95に達しており、強い説明力を有している。さらにこのモデルにおける話者の個体性情報を「性別・言語形成地域・教育歴」の情報で置換したモデルを評価したところ、第2・第3回調査データについては、良モデルとほぼ同等の性能を発揮するものの第1回調査については性能がかなり低下することが判明した。
井上, 史雄 INOUE, Fumio
国立国語研究所がこれまで半世紀以上にわたって継続した調査のうち,岡崎敬語に関して成果を報告する。調査の回答(反応文)の長さを出発点にする。3回の調査結果のグラフの線がこれまで観察されたことのないパターンを示したので,まずその位置付けについて論じる。そのあと敬語関連現象のグラフに解説を加え,相互の論理的つながりについて考える。これまで岡崎の「ていただく」や「丁寧さ」の分析を進める際に,反応文の長さが問題になった。調査次とともに長くなるが,若い人は短い。時勢とともに「ていただく」が増え,丁寧さを示す表現が増えたから,回答文が長くなったと考えられる。敬語の成人後採用と深い関係が認められる。
西内, 沙恵
多義語のプロトタイプ的意味の認定には、意味的出現の高頻度・想起の容易さ・用法上の制約の少なさ・歴史的出現の順序・習得段階など、様々な手法が提起されている。本研究では、意味の移り変わりを前提とした、再調査可能なデザインの量的調査による認定手法を提案する。調査では、多義的形容詞の実例と脱文脈化した語の類似度を調べ、その結果に基づいてプロトタイプ的意味の認定を行う。発表では、この手法の妥当性を多角的に検討する。
横山, 詔一 笹原, 宏之 エリク, ロング 谷本, 玲大 YOKOYAMA, Shoici SASAHARA, Hiroyuki ERIC, Long TANIMOTO, Sachihiro
新聞漢字調査について,豊島(1999)の論考を羅針盤としながら国内の状況を概観し,今後の調査に資する視点の設定を日指した。おもに新聞記事を電子化する際に原紙と電子化テキストの間で齟齬が生じる背景を考察し,メディア変換に伴って必然的に発生する諸問題の整理を試みた。そして,以下の提言を行った。将来,独立行政法人・国立国語研究所が新聞漢字調査を実施する場合は,調査精度と費用のバランスという観点から,大量の原紙を研究所側で電子化する作業は避けつつ,また外部から購入した電子化テキストを無批判に受け入れることもないよう,新聞社等の協力を得ながら原紙の組版に使用された文字データを分析するのが望ましいと考える。
李, 暎澈
本稿は,栄山江流域の古代集落の景観と構造の分析を目的としたものである。具体的には,栄山江流域(馬韓)が徐々に百済化していく段階において,集落景観がどのような変貌を遂げたのか,という点について,文献資料といくつかの集落遺跡を取り上げながら検討を行った。まず,馬韓段階の集落の景観と構造について整理した。馬韓系住居址の特徴としては,平面方形を呈する四柱式や,壁溝施設を備えた無柱式という住居構造がある。そして,集落の規模や内容から,大きく一般集落と拠点集落に区分でき,拠点集落は栄山江本流の主な寄港地(と推定しえる地点)や各支流の終着地に形成されている。そして,拠点集落の典型的な事例として,潭陽台木里・應龍里태암遺跡を取り上げて,その内容を紹介しつつ,馬韓のひとつの小国の中心地としての性格を浮き彫りにした。このような馬韓の集落景観が大きな変貌を遂げる時期が,5世紀中葉以後である。その事例として栄山江上流域の光州東林洞遺跡を取りあげ,集落の充実した規模や内容,交通の要衝という立地,各種の施設,集落中心部にみられる区画などを紹介しつつ,その性格を「百済地方都市」のひとつとして把握した。そして,その都市建設を主導した人物(集団)が,百済王権と直接的な関係を結んでおり,その背景に百済による栄山江流域社会(馬韓)の統合が企図されていたと考えた。最後に,栄山江上流域の拠点的な集落が6世紀初め頃には急速に衰退し,その一方で中流域の羅州潘南面や伏岩里一帯に高塚古墳や集落が盛行する状況を指摘した。そしてこのような変動が,漢城陥落と熊津遷都という歴史的事件と連動している可能性を浮き彫りにした。
服部, 英雄 楠瀬, 慶太 Hattori, Hideo Kusunose, Keita
1部(航海技術と民衆知)ではまず中世の文献資料を手がかりに航海技術を考えた。はじめに宣教師アルメイダ修道士の報告(1563年11月17日付書簡)に「日本人は夜間航海しない」とあることの意味を考えてみた。これは通常、夜間には労働をしないということと同等の意味にすぎないが、船を操る人は夜を避けた。特殊には、必要があれば夜間も航海する。ただし危険を伴った。つぎに治承四年『高倉院厳島御幸記』を検討した。貴族の場合、夜間航海はしない。夜間航海は危険があった。航海技術は潮の流れを見極め、時間調整をする。しかし毎日かならず朝に船出すれば、時間的に逆潮になることもある。その場合は沿岸流(反流)や微弱流・部分流にのって、人による漕力を駆使した。『大和田重清日記』でも、夜間航行は避けられている。『言継卿記』にみる伊勢湾航海は原則として潮に乗って、短時間に横断するが、潮の速さのみでは日記に記載された時間内に到着することは不可能だったから、風力と人力を必要とした。湾内南北通行の場合は、航海が長時間に及ぶため、潮が順である時間帯内に通過することは不可能であった。逆潮の航海も強いられている。1部後半及び2部では現地で聞き取った潮流と海の地名について具体的に(1)浜・磯(2)岬(3)山(4)瀬のそれぞれについて、長崎県平戸島春日・福岡県糸島半島の事例を報告した。瀬のようにつねに海中にあって、地図にも掲載されず、文字化されない地名がある(一部は海図に記載)。そうした海の地名は操業・山見・枡網(定置網)などの漁業に必要なものばかりで、民衆知(漁業技術)と一体化している。しかしじっさいには他人には容易には教えない個人知も一部にあって、共有されないものも含まれている。
安達, 文夫 Adachi, Fumio
屏風や絵巻,古地図などの比較的大型で対象や文字が細かく記載されている歴史資料の画像を非常に高精細にデジタル化し,これを任意の移動と拡大・縮小が可能で,資料中の対象の解説を表示できるよう研究開発した歴史資料自在閲覧システムに適用した超高精細デジタル資料を,展示や資料研究の場で活用してきた。洛中洛外図屏風の超高精細デジタル資料に関しては,幾つかの企画展示と,総合展示で秋に実物の歴博甲本を展示する際に公開し,2010年4月より常設している。今後の展示の企画等に反映できるよう,利用者の閲覧行動に視点をおいて,超高精細デジタル資料がどのように閲覧されているかを明らかにすることを目的として,これらの公開の際に収集した利用記録を分析し,以下を明らかにした。常設では,閲覧システムの操作に不慣れで充分な閲覧をしない利用者が多い。企画展示と秋公開では,閲覧システムに慣れた利用者が多く,じっくり閲覧している。閲覧システムが利用される度合いは,その展示場での配置順に影響を受け,先頭で高く,後方程低下する。但し,先方では,操作を少し行って立ち去る利用者がある。後方ほど画像を移動しながらじっくりと閲覧する傾向を見せる。最も高精細にデジタル化した歴博甲本においても,原画像の倍率より拡大した閲覧がある。超高精細画像を適用する有効性が認められる。常設を除き,資料の中央部だけでなく,資料全体が広く閲覧されている。多くの利用者は,解説表示がある場合,これを参照して閲覧する個所を選んでいる。解説表示は,一種のナビゲーションの役割を果たしている。この他,対象毎の連動比較表示の一見分かりにくい動きに対して問題なく閲覧されていること,統合モードにおいて,マニュアルとシナリオの機能が半々で利用され,シナリオからマニュアルへの移行があり,導入の目的を達していることが確認された。
笹原, 宏之 小沼, 悦
国立国語研究所言語体系研究部第三研究室では、1994年度に刊行された月刊雑誌を対象に、標本抽出に基づく用字・表記の大量調査と、それに対する研究を実施している。また、日本語の名詞の一角を占める固有名詞の用字・表記について、笹原は科学研究費により日本全国の地名の全数調査とスカウト式用例採集調査に基づく研究も行っている。それらの概要をまとめておく。
横山, 詔一 YOKOYAMA, Shoichi
言語変化の経年調査データから将来の言語変化を数量的に予測するモデル(横山・真田2010)について紹介した。このモデルは「臨界期記憶+調査年効果 → 共通語化」という図式にしたがって共通語化を説明・予測する。国立国語研究所が山形県鶴岡市を定点観測フィールドとして経年的に約20年間隔で過去3回実施した共通語化調査の大量データを,このモデルで解析した結果,アクセント共通語化などにおいて予測値と観測値が精度よく一致することが示された。
ザトラウスキー, ポリー SZATROWSKI, Polly
本研究は,食べ物を評価する際に用いられる「客観的表現」と「主観的表現」について考察する。そのために食べ物を評価する語句が,語句のみの場合(調査A),食べ物を評価する語句が,文脈なしの発話に置かれた場合(調査B),食べ物を評価する語句が,実際の会話で用いられた場合(調査C)のそれぞれにおいて,その語句/発話が肯定的/否定的な意味を持つかどうかの3種類の調査を行った。資料は試食会のコーパスから取った,20代の女性3人が3つのコースからなる食事を食べながら話している実際の試食会の会話を録音・録画したものである。調査Aでは語句のリスト,調査Bでは(調査Aの語句が含まれている)文脈から切り取った発話のリストをもとに,それぞれの語句や発話が肯定的か否定的かを5段階で被験者に判断してもらった。調査Cでは(調査Bの発話が入っている)試食会のビデオを見せながら,被験者にビデオの参加者が評価していると思う発話に対して,それらが肯定的か否定的かを会話の文字化資料に+,-で記してもらった。その結果,いわゆる客観的な語句であっても,個別の語句もその語句が含まれた文脈なしの発話も肯定的/否定的な意味を持つこと(調査A,B),それが試食会の会話の場合では一層顕著であること(調査C)が分かった。このように,いわゆる客観的な語句で主観的な好みが示される。そして試食会の相互作用の中での使用を分析した結果,参加者は食べ物に関する知識と過去の経験との比較に基づいて評価すると同時に自分のアイデンティティを見せ,ほかの人との意見・考えの異同を確認し合い連携し,親疎の人間関係を作ること,食べ物の評価は動的に作り上げられ,時間とともに展開し,変わっていく社会的な活動であることが確認された。「客観的表現」と「主観的表現」は,従来の意味論の研究においては語句中心か文脈なしの文で考察されてきたが,実際の様々な種類の談話の相互作用の中で考察する必要がある。本研究は,食べ物を評価する形容詞等の意味に関する研究,異文化間の理解,食べ物に関する研究にも貢献できるものである。
国立国語研究所 The National Language Research Institute
後藤, 雅彦 主税, 英德 仲程, 祐輝
本報告は、2023年度に実施した琉球大学考古学研究室の研究活動として、①久米島銭田貝塚周辺の調査、②久米島の蔵元跡の研究、そして大学院生の実施した③台湾調査について報告する。
速水, 融
日本における第一回の国勢調査は、大正九年のことで、主要工業国のなかでは最も遅く始まった。しかし、全国的人口統計は早くから行われ、徳川時代においてさえ、幕府は、享保六年から弘化三年の間、六年に一回、国ごと、男女別の人口調査を行っている。 明治維新以後、政府は新しい戸籍制度を確立した。早くも明治元年に、京都に新しい方式の制度を試みているが、これは、その地から、維新の指導者を輩出した長州藩において実施されていた方式を取り入れたものである。政府は、明治二年から四年にかけ、新しい戸籍調査を東京その他で試みているが、最終的に、明治五年、新戸籍制度が日本全国に実施された。しかし、この制度は、個人個人を、本籍地で登録するものであり、儒教的イデオロギーに基づくものである。 他方、杉享二のように、徳川時代の末年に蘭学を学んだ官僚は、この戸籍制度は、人口調査と全く違うものである、ということを知っていた。杉は、統計寮の長として、国勢調査の必要を政府に進言し、明治一二年に、山梨県を対象とする国勢調査型の人口調査を実施した。しかし、明治一四年の政変によって、薩長主導の政権が出来ると、杉は政府内に支持者を失い、彼の統計寮自体も廃止されてしまった。 しかし、政府は、明治一三年以降、戸籍に基づく人口統計を編纂している。統計の書式は度々変わったが、第一回の国勢調査まで、毎年刊行された。最近、それらは筆者自身によって監修編纂され、複製版で刊行され始めている。そのなかには、たとえば明治一九年の統計のように、各府県ごとに各歳別に、配偶の有無を調査した重要な統計も含まれている。
鄭, 毅
「満鉄調査研究資料」は、南満洲鉄道株式会社が、中国東北部を対象に行った長期的かつ大規模な調査の成果であり、日本植民地時代の「満洲文化遺産」として極めて重要な資料である。こうした資料が蓄積された背景として、「調査」「学術」「帝国」という三つの視座の存在を指摘することができるだろう。現在ではそのほとんどが中国の図書館と公文書館に所蔵されている。1950 年代から中国の研究者たちはその価値を認め、整理と研究に取りくみ、実りの多い成果を成し遂げた。
矢内原, 忠雄
ポナペ島視察箇所及び調査質問事項 今泉分類では1冊とかかれているが、状態はバラである。
国立国語研究所 The National Language Research Institute
国立国語研究所 The National Language Research Institute
国立国語研究所 The National Language Research Institute
国立国語研究所 The National Language Research Institute
髙橋, 美奈子 渡真利, 聖子 平良, ゆかり
本調査では,「外国人児童生徒のための JSL 対話型アセスメント DLA」(文部科学省 2014)で作成された JSL 評価参照枠<全体>をもとに,日本語指導が必要な児童生徒の状況を把握するための調査票を作成し,沖縄県内で比較的日本語支援体制が整備されている北谷町のすべての学級担任を対象に,自身の学級内の外国につながる児童生徒ならびに彼らの学級参加と日本語力を調査した。結果として,学級担任は,文部科学省「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成 30 年度)」結果の 3 倍以上もの児童生徒に日本語指導等の特別な指導が必要だと認識していること,さらにそのうちの三分の一以上の児童生徒は無支援状態であることが明らかとなった。本調査により, 無支援状態の児童生徒ならびに学級担任の把握と実際の取り出し指導の差に当たる児童生徒については,DLA を実施して支援の要否や支援内容を正確に測る必要性が示唆された。
国立国語研究所 The National Language Research Institute
平山, 琢二 小倉, 剛 須藤, 健二 上原, 一郎 比嘉, 辰雄 向井, 宏 大泰司, 紀之 Hirayama, Takuji Ogura, Go Sudo, Kenji Uehara, Ichiro Higa, Tatsuo Mukai, Hiroshi Otaishi, NoriYuki
本調査では、沖縄県の八重山諸島にある西表島の道路交通手段が絶たれている西岸について海草の生息状況、種類およびその分布について行った。調査地は、沖側から水深が5m程度になる付近から岸側に向かって干出する所まで行った。調査は基本的に沖側から岸側に向かってトランセクト状にスノーケリングで行ったが、水深が浅く、船上から海草が確認できる場合にはマンタ法や船上から行った。今回調査した西表島西岸の海草藻場は、沖縄島の嘉陽海岸で調査した海草藻場と比較すると非常に海草の繁茂および被度が高く、広大で比較的良好な藻場であったことから、南西諸島海洋の生物多様性の面からも非常に重要なものと推察される。また、仮に八重山諸島においてジュゴンの個体群の復活がはかられた場合、ジュゴンにとって極めて豊富な餌資源を現在でも擁していると思われる。
黒田, 篤史 Kuroda, Atsushi
柳田國男の記念碑的著作『遠野物語』の一一二話に考古学的な記述があることは、これまであまり注目されてこなかった。本稿はこの『遠野物語』一一二話の成立過程とその背景を明らかにすることで、柳田國男の考古学的関心について考察するものである。『遠野物語』の成立に最も深く関与しているのは、話者である佐々木喜善の語りである。本稿では、一一二話に何が記されているのかを紐解いた後、佐々木の語りの原形を探るため、彼が少年時代に採集した考古遺物のリストである『古考古物號記』を読み解いた。そこには、佐々木が主に地元で採集した遺物の地点やその形状などが記されていて、一一二話の内容と大まかに一致する。また佐々木が後年著した「地震の揺らないと謂う所」にも考古学的記述があり、佐々木が柳田に一一二話の元になる話を語った意図を見出すことができた。このように佐々木の語りの原形を明らかにしていくことで、佐々木の語りの意図は必ずしも『遠野物語』一一二話に反映されていなかったことが見えて来た。このズレを生んだのは、柳田の意図が介在したためである。柳田の意図はどこにあるのか、佐々木に聞き書きを行っていた頃に柳田によって著された「天狗の話」や「山民の生活」に、その答えを見出すことができた。柳田は鎌倉時代頃まで少なくとも東北地方には先住民にあたる「蝦夷」と「日本人」は隣接する地域に併存していたという先住民観を持っていた。そうした考え方が『遠野物語』一一二話に色濃く顕れていることが、これらの文献を比較することで明らかとなった。本稿の検討から、柳田の考古学的関心は、日本人と先住民の関係を探るために寄せられていたことがより明白となった。
吉永, 安俊 酒井, 一人 與名嶺, 真徳 Yoshinaga, Anshun SAkai, Kazuhito Yonamine, Shintoku
1. 沖縄の3箇所の下水浄化センターの排水は, 重金属等の有害物質の含有量の観点では, 潅漑用水として十分利用可能な状況にある。しかし, ウイルスなどの病原体の調査が行われておらず, 潅漑利用にあたっては十分な調査が必要である。2. 処理水の潅漑使用に対する意識は年齢, 性, 地域, 職業別に異なる。たとえば, 高齢者より若年者の方が, また, 男性より女性が処理水利用には厳しい意識をもっている。職業別では食品販売業が最も寛容で, 飲食業関係者が最も厳しい。また, 水資源の乏しい地域ほど処理水使用には比較的肯定的である。3. 農業者は使用方法を問わなければ, 80%以上が, 処理水の潅漑利用に肯定的であり, 水源水質をそれほど問題にしていない。しかし, 消費者同様, 女性が男性より処理水利用には厳しい意識がある。4. 処理水を潅漑利用することに対する否定的な感情は, 処理水は汚いものという先入観によるものが大きい。なお, 本調査は沖縄開発庁農林水産部土地改良課の「農村環境保全調査報告書・再利用水の農業利用可能性に関する調査」の一環として行われたものであり, アンケート調査は沖縄県農林水産部が担当した。関係者には感謝の意を表する。
筒井, 聡史 TSUTSUI, satoshi
本稿では、高知県立高知城歴史博物館の地域資料の保存や調査に関する4 つの活動事例を紹介し、そこから見える当館および高知県における地域資料問題の課題を検討した。高知県において、急速に進む過疎高齢化を起因とする地域社会の衰退・消滅は、その地で展開した歴史や特色ある文化の消失にも繋がりかねない。このような地域が抱える現在的課題に積極的に関わり、地域の歴史文化を活かした活動を展開していくため、当館には「地域振興・観光振興への寄与」という使命が課せられている。使命を実現すべく、当館では現在(1)地域資料の保存等に関する相談窓口の設置、(2)旧役場に伝わった行政文書の保存・調査、(3)地域の歴史を資料調査の結果も含めて1冊にまとめた記録集の作成、(4)地域住民が主体的に行う資料保存・調査への協力等、地域の歴史文化の裏付けとなる地域資料の保存・調査に重点を置いた活動に取り組んでいる。しかし、県全域の地域資料の所在確認や保存管理、調査結果の公開には、相当の時間と労力が必要であり、単館で完結できるものではない。地域資料の保存・調査を広く進めていくためには、博物館だけでなく行政や住民等の地域資料に関わる人たちが連携し、県全体の活動にしていくことが必要であろう。先人より受け継がれてきた歴史や文化、そしてそれを継承していこうとする「今」をいかに考えるか。それが地域の未来を改めて考えることに繋がるのではないだろうか。
山田, 貞雄 中山, 典子
明治初期刊行の英和辞書を資料として,漢語訳語の網羅的調査結果の電子化モデルを作成し,分析を可能にした。また,フリガナつき対訳訳語資料『英和字彙』の訳語について網羅的調査と分析をすすめた。
島村, 直己 SHIMAMURA, Naomi
一つ一つの語について児童・生徒の理解程度を調査するのに,児童・生徒にそれらの理解程度を評定させるテストを行うことが多い。本稿は,このようなテストの信頼性・妥当性,理解程度の段階数,1回のテストに提出する語の数を検討することを目的として行った調査の報告である。
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