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かりまた, しげひさ Karimata, Shigehisa / 狩俣, 繁久
琉球列島全域の言語地理学的な調査の資料を使って、構造的比較言語地理学を基礎にしながら、音韻論、文法論、語彙論等の基礎研究と比較言語学、言語類型論、言語接触論等の応用研究を融合させて、言語系統樹の研究を行なえば、琉球列島に人々が渡来、定着した過程を総合的に解明できる。言語史研究の方法として方言系統地理学を確立することを提案する。
福嶋, 秩子 FUKUSHIMA, Chitsuko
アジアとヨーロッパの言語地理学者による各地の言語地図作成状況と活用方法についての国際シンポジウムでの発表をもとに,世界の言語地理学の現状と課題を概括する。まず,言語地図作成は,方言境界線の画定のため,あるいは地図の分布から歴史を読み取るために行われてきた。さらに言語学の実験や訓練の場という性格もある。地図化にあたり,等語線をひいて境界を示すこともできるが,言語の推移を示すには,記号地図が有用である。また,伝統方言の衰退もあって社会言語学との融合が起き,日本ではグロットグラムのような新しい調査法が生まれた。情報技術の導入により,言語地図作成のためのデータは言語データベースあるいは言語コーパスという性格が強まった。コンピュータを利用した言語地図の作成には,1.電子データ化,2.一定の基準によるデータの選択・地図化,3.他のデータとの比較・総合・重ね合わせ・関連付け,4.言語地図の発表・公開,という4段階がある。最後に,言語地図作成の課題は,言語データの共有・統合,そして成果の公開である。
ホイットマン, ジョン WHITMAN, John
本プロジェクト(日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究)の目的は,日本語とその周辺の言語を主な対象とし,その統語形態論的・音韻的特徴とその変遷を,言語類型論・統語理論・比較歴史言語学の観点から解明することによって,東北アジアを1つの「言語地域」として位置付けることである。統語形態論の観点からは「名詞化と名詞修飾」に焦点を当て,日本語においても見られる名詞修飾形(連体形)の多様な機能を周辺の言語と比較しながら,その機能と形と歴史的変化を究明する。歴史音韻論の観点からは,日本語周辺諸言語の歴史的再建を試み,東北アジア記述言語学における通時言語学研究を推進する。本稿では,この共同研究プロジェクトを紹介しながら,日本語,厳密にいうと日琉語族がどの言語地域に属するかについて検討する。
山口, 昌也 YAMAGUCHI, Masaya
現在,新聞・小説などのテキストデータベースや言語研究用に構築されたコーパスなどの言語資料が利用できるようになっている。しかし,言語資料を検索・閲覧するための手段が提供されることは少なく,言語資料が有効に活用されていないという問題がある。本稿の目的は,言語資料を有効に活用するため,全文検索システム『ひまわり』を用いて,言語資料の検索環境を構築する方法を示すことである。特に,検索環境構築時の実際的な事柄(文字コードなど)にも配慮し,既存の言語資料をどのような形式に整形すれば,どのような検索環境が構築できるのかを,実例に基づいて説明する。本稿では,まず,『ひまわり』の機能概要,および,検索能力を説明したのち,それに基づいて,(1)生テキストに近い言語資料,(2)形態素情報が付与された言語資料,(3)画像データと関連づけられた言語資料,の3種類の言語資料に対する検索環境を構築する。
Shoji , Hiroshi
社会主義政権樹立以来中国は,少数民族言語の平等な使用と発展を民族政策の一つの柱として,民族言語の文字化,民族言語による教育を掲げてきた。その一方では国家統合および近代化を進める中国にとって,共通語としての漢語,「普通語」の普及も重要な課題であった。文化大革命期をのぞき今日にいたるまで民族言語政策は基本的にこれら二つの理念のせめぎあいの場であったといえる。しかし1980年代以降,民族言語政策は従来の対立の構造とは異なる様相を呈しはじめている。本稿では,少数民族言語擁護と漢語普及との間での対立や矛盾の鮮明化,および双語教育(二言語教育)の枠内で民族語教育の足場を確保しようとする民族言語政策に注目し考察した。さらに近年少数民族言語やその政策に影響をあたえつつある現象として,急速な近代化の要請にともない進展しつつある漢語の実質的国語化政策,民族言語関係者による国際的言語理論の援用,さらに世界的な言語・民族運動への関心を指摘した。
杉戸, 清樹 塚田, 実知代 SUGITO, Seiju TSUKADA, Michiyo
そのつどの言語行動の種類について明示的に言及するメタ言語的な言語表現類型について,杉戸・塚田1991で書きことばの専門的文章を検討したのに引き続き,話しことば,とくに公的なあいさつを対象とした記述分析を行なった。公的あいさつには,表現のあらたまりを目指したと解釈されるレトリカルな言い回し(動詞そのものも文末形式も)によって,くりかえされる場合も含めて一つのあいさつに平均して3~4回,相当のバラエティの言語行動を説明するメタ言語表現が現れる。書きことば資料で優勢であった意志や希望を明示する文末形式は公的あいさつでは少数である一方,文末の敬語要素はあいさつのメタ言語表現には相当豊富である。また,当該の言語行動を直接的に表現する直接表現は,メタ言語表現に比べて少ない。これらの事実は,あいさつのあらたまり性を目指して表現の直接性を避けた結果と解釈される。発話行為論で言う発語内行為が明示的に言語化される実態を記述し,それが語用論で言う言語表現における対人的なあらたまり(丁寧さの一種)と深く関連しているという解釈を,本稿では言語行動研究の観点から指摘した。
アンガー, J. マーシャル UNGER, J. Marshall
日本語はこれまで,韓国語や満州語,タミール語などの言語と比較されてきたが,これらの言語と日本語との間の系統関係について説得力のある説はこれまでに提示されていない。このことを,日本語には「同じ系統に属する言語がない」という意味にとらえれば,日本語は孤立言語であるということになる。孤立言語とは,共通祖語から共に発達した他の言語が全て絶滅してしまい,一つだけが生き残ったと考えられる言語のことである。日本語を孤立言語として扱ったとしても,例えば日本語話者の祖先がいつどこからこの地域にやってきたのか,というような,日本語の発達経緯に関するさまざまな疑問を解明することにはならない。だが,日本語と他の言語との系統関係を探り続けることで得られる知識は,たとえ不完全なものであるにしろ,日本語が孤立言語であると結論づけてしまうよりも,言語学的に貢献するところが大きい。多様性に富み規模が大きないくつかの言語族(例えば,インド・ヨーロッパ語族,オーストロネシア語族,中国語族)は,その共通祖語が話されていた年代がいつごろであるかについてかなり正確にわかっているが,これらの言語の存続が五千年を超えるものは一つもない。それゆえに,日本語が厳密な意味での孤立言語であるという主張は,同時に,日本語が非常に古い言語であるということ,また,日本語が発達してきたと考えられるその途方もない長い時間の中で,同じ祖語から派生した日本語以外の全ての言語が絶滅する運命をたどったのだと主張することになる。そのような状況に至った経緯をさまざまに想像するのはたやすいが,本論文において詳しく検証するように,いかなる仮定的状況についても,言語学的あるいは非言語学的側面から立証することは難しい。日本の先史について言えば,関連する言語以外の情報がかなり豊富に存在するので,言語の発達経緯の研究過程で,そのような情報を,言語学的仮説の範疇を特定したり修正してゆくために大いに利用すべきである。
杉戸, 清樹 塚田, 実知代 SUGITO, Seiju TSUKADA, Michiyo
言語ないし言語行動について言及する言語表現としてのメタ言語表現は,その内容や形式において広範な広がりをもつ。この中で,表現主体がいま行おうとする(ないし,いま行ったばかりの)言語行動について,その言語行動としての種類や機能を明示的に表現するメタ表現も日常的にしばしば観察される。当面の資料として専門雑誌所載の専門的な文章を対象にこの種のメタ表現の現われ方を記述・検討したところ,次の諸点でいくつかの特徴が指摘された。
高嶋, 由布子 TAKASHIMA, Yufuko
危機言語としての言語研究が国際的に行われるようになって以来,手話言語はその枠組みに入れられてきていなかった。2006年,国連の障害者の権利条約で,手話も言語であると定義され,その重要性が認知され,手話研究の重要性は高まっている。これと同時に,重度難聴者への補聴を可能とする人工内耳などの技術も高まっており,手話を第一言語として習得する者が減少してきている。本稿では,手話言語がどのように成り立ち,習得され,なぜ消滅の危機に陥るのかについて整理した。これまで,地域共有手話や,発展途上国の都市型手話など,より強い都市型手話の影響に晒され,手話言語間で,より優位な手話言語にシフトするという言語シフトについて議論がされてきた。日本で使われている手話言語には,聾学校で発生した都市型手話であり,第一言語として身につけて使われる日本手話と,日本語を第一言語として身につけた上で日本語を表示するために使われる代替手話としての日本語対応手話(手指日本語とも呼ばれる),およびそれらの混成が見られる。このうち本稿では,都市型手話として発展してきた日本手話の音声言語への言語シフトの問題をとりあげた。手話の類型を提示したのち,日本手話という都市型手話が,話者が周囲の優勢な音声言語である日本語を身につけることによって消滅の危機にさらされていることを主張した。
福永, 由佳 FUKUNAGA, Yuka
在日パキスタン人は人口規模こそ小さいものの,中古車輸出業をはじめとするエスニック・ビジネスの展開,宗教施設の設立など,自立的な社会活動を展開する活力の高いエスニック集団である。また,彼らは生活のなかで複数の言語を使用する多言語使用者でもある。彼らの多言語使用の実態と言語使用に関わる社会文化的要因をEthnolinguistic Vitality Theoryにもとづき明らかにすることを目指して,本稿では(1)多言語使用に関する諸理論を検討するとともに,(2)参与観察と言語意識調査で得られた定性的データを用いて,Ethnolinguistic Vitality Theoryの適応可能性を検討した。分析の結果,彼らは母国の言語事情や社会構造および日本における社会文化的文脈から形成された言語意識をもとに,複数の言語(日本語,英語,ウルドゥー語,アラビア語,民族語)を使い分けている様相が明らかになった。また,データに見られた言語意識はEthnolinguistic Vitality Theoryの枠組みで説明しうることが示唆された。
井上, 史雄 INOUE, Fumio
この論文では,言語の市場価値を計最する手段を,日本語を例にして論じる。言語は現実に世界で売買されており,言語の市場価値を計算することができる。言語が市場価値を持つ適例は,「言語産業」に見られる。辞書・入門書・教科書などの出版物や,会話学校が手がかりになる。また多言語表示も,手がかりになる。戦後の日本語の市場価値上昇の説明に,日本の経済力(国民総生産)発展が指摘されるが,いい相関をみせない。外国の側の条件が,むしろ重要である。多言語活動の隆盛,実用外国語教育の成長,高等教育の普及である。言語の市場価値の基本的メカニズムに関する理論的問題をも論じる。言語の市場価値は特異な性質があって,希少商品とは別の形で決定される。ただ,言語はもう一つ重要な性質を持つ。市場価値の反映たる知的価値以外に,情的価値を持つ。かつ相対的情的価値は知的価値と反比例する。世界の諸言語には格差があり,そこに経済原則が貫徹するように見える。しかし一方で,言語の感情的・情的側面を見逃してはならない。
戴, 庆厦 田, 静
土家というエスニックグループの言葉は,危機に瀕している言語である。危機に瀕する言語を研究する場合,言語の危機を引き起こす原因と,それを作り出す状況だけではなく,危機に瀕する言語の状態も取り上げなければならない。本論文は仙仁地方の土家語を事例として,まず仙仁の土家語の言語活力を分析し,土家語が危機に瀕している言語であることを指摘し,その原因を明らかにした。また,危機に瀕している仙仁の土家語の特徴も分析し,最後に,仙仁の土家語の事例研究が言語学においてもつ理論的価値を述べた。
村杉, 恵子 MURASUGI, Keiko
本稿は,言語獲得の論理的問題を整理した上で,wh島制約に関する研究と「の」の過剰生成に関する研究を紹介する。普遍文法の特性が言語獲得の早期から獲得されている一方で,幼児の「誤用」は,普遍文法の制限の範囲内で起こることを理論的実証的に示す。このことにより,幼児の「正用」も「誤用」も,自然言語の特性が表出した現象であることを示し,人間に備わる生得的な言語知識の実在性を,言語理論と言語獲得研究から裏付ける。
戴, 庆厦 王, 朝晖
仙島語は1985 年に中国において新しく発見された言語であり,使用人口の少ない,危機に瀕している言語でもある。仙島語の機能の衰退をもたらした原因がいろいろと挙げられるが,そのうちのエスニックグループの分裂が主要な原因と考えられている。わずか半世紀の間に一部の仙島人が完全にかつての母語を失い,中国語の共通語を使用するようになった。また,一部の人が景颇語を主要言語にし,母語を第二言語として兼用している。 仙島語の危機に向かったプロセスは「言語の接触,言語兼用,言語転用」の過程が見られた。二回の集団移動は言語転用を加速してしまった。仙島語の危機状態は急速頻危型である。
李, 勝勲 倉部, 慶太 品川, 大輔 Lee, Seunghun J. Kurabe, Keita Shinagawa, Daisuke
大言語を対象とした様々なデジタルアーカイブに基づく研究が進展する一方で、少数言語を対象としたデジタルアーカイブの構築とその利活用はまだ充分に進んでいるとはいいがたい。本稿では少数言語を中心に著者らが構築したデジタルアーカイブを紹介し、少数言語を対象としたアーカイブ化に関して議論する。一つ目はチベット・ビルマ系の5言語に関する資料を公開するアーカイブサイト 'PhoPhoNO'、もう一つはバントゥ系の5言語の資料をアーカイブ化したサイト 'Bantu Language Digital Archive (BantuDArc)' である。各サイトは言語に関するメタデータ、地図、そして言語資源から構成される。音声資料を含む個別のデータ項目には固有のIDが付与され、申請によってアクセスを認められれば、利用者はそれらデータを研究資源として利活用することができる。
宮田, 剛章 MIYATA, Takeaki
本稿の目的は,中国人・韓国人日本語学習者を対象に敬語動詞における中間言語を数量化し,その結果を基に,第二言語としての敬語動詞の習得状況を量的中間言語という観点から解明することである。概して,日本語学習者は日本語運用能力が日本語母語話者に近づくにつれ,量的中間言語が発達することが確認されたが,それを構成する正用的および誤用的中間言語の発達は学習者の属性により異なる。また,母語の影響については,韓国人学習者の謙譲語の一部に確認されたのみであった。言語的転移以外に心理言語的・社会心理的転移も考えられたが,どの敬語種・対応群でも心理言語的・社会心理的転移の可能性が低いと思われる。
パルデシ, プラシャント PARDESHI, Prashant
述語構造の意味範疇に関わる重要な言語現象の一つに「他動性」がある。本プロジェクトは意味的他動性が(i)出来事の認識,(ii)その言語表現および(iii)言語習得(日本語学習者による日本語の自動詞と他動詞の習得)にどのように反映されているのかを解明することを目標とする。日本語とアジアの諸言語を含む世界の約40言語を詳細に比較・検討し,それを通して,日本語などの個別言語の様相の解明だけでなく,言語の多様性と普遍性についての研究に貢献することを目指す。
小林, 雄一郎 KOBAYASHI, Yuichiro
コーパスに基づく言語研究の利点は,広範な言語項目を分析対象とすることで,言語データを包括的に記述できることである。しかしながら,複数のデータにおける多数の言語項目を効率的に分析するためには,多変量解析などの統計手法に関する知識が求められる。本稿では,言語研究で活用することができる複数の多変量解析の長所と短所を比較検討し,ヒートマップと階層型クラスター分析を組み合わせて用いることの有効性を論じる。それに加えて,R言語を用いた解析方法と,その解析結果を解釈する方法を提示する。
吉岡, 泰夫
国立国語研究所の方言研究は,「現代の言語生活」を課題として,話しことばをめぐる言語問題をタイムリーに探索し,問題解決のための科学的調査研究を,独自に開発した方法で実施してきた。言語政策の企画立案に資する基礎研究資料を提供するとともに,日本語研究の中枢的機開として学界の発展と充実にも寄与してきた。特に,社会言語学,言語地理学の分野においては,先進的研究の開拓によって,戦後の日本語研究にリーダーシップを発揮してきたところである。社会言語学の分野では,地域社会住民の言語生活の実態,方言と共通語との接触・干渉に観点をおいた調査研究,地域社会における敬語使用や敬語意識を明らかにする敬語行動研究の成果がある。言語地理学の分野の成果では,全国規模の組織的な調査にもとづく「言語地図」作成がある。全国規模の言語地図作成は,他の研究機関では成し難い,国語研究所ならではのプロジェクトである。また,「方言辞典」などの資料作成にも成果をあげている。
Takahashi, Minako 高橋, 美奈子
子供は言語活動を通して社会文化的規範に基づいた適切な言語使用を習得する。その過程を言語の社会化(language socialization)と言う(Schieffelin and Ochs 1986)。
林, 直樹 田中, ゆかり
本稿では,異なる研究者によるデータをWeb上で共有・統合することを目的に構築された「日本大学文理学部Web言語地図」の概要を報告する。最初にWeb言語地図の利用方法のうち,言語地図の描画方法を説明する。次に,Web言語地図にデータを追加するために,個人がどのようにデータを管理するのかを述べ,作成したデータをWeb上で管理するための方法を解説する。最後に.Web言語地図の理念である研究資源の共有という試みにおける今後の課題について言及する。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
言語地理学は,その学術的展開とともに語形分布の2次元空間的配列関係を基盤とした歴史的解釈に目的を焦点化させるに至ったが,そのような方法では,例えば待遇表現のように地域が持つ社会的特性と言語が関連を持つ事象の分析に十分対処することができない。また,配列関係に基づく解釈においても,その背景にある地理的情報を検討することは必要である。本来,言語地理学は言語外の情報と言語情報を空間的に照合することで,言語=方言と人間の実生活との関係を見ていくことに,そのダイナミズムがあった。そのような出発点に立ち戻るなら,地理情報システム(GIS)は,言語地理学を再生させるための大きなキーとなるものである。
森, 大毅 MORI, Hiroki
Fujisaki (1996)は,音声に含まれる情報を言語的情報・パラ言語的情報・非言語的情報の3つに分類した。藤崎の定義では,転記可能性と話者の意識的な制御の有無が分類の要になっている。このため,話者の意識的な制御の有無が明確でない現象に関しては分類上の問題を生ずる可能性がある。特に,感情の扱いはしばしば問題となっていた。本研究では音声によるコミュニケーションの図式を整理し,話し手により意識的に制御された感情表出を適切に位置付けるために,メッセージ性をもって生成された感情表出と不随意的に生成された感情表出とを区別した。また,話者の言語的メッセージおよびパラ言語的メッセージと,聞き手が得る言語的情報およびパラ言語的情報とを区別し,それらの違いを明確に述べた。
Yuki, Masami 結城, 正美
本稿は、森崎和江の作品におけるディアスポラ的な言語実践を分析するものである。自己と他者を分け隔てる境界を、両者をつなぐインターフェイスとしてとらえ直そうとする森崎の文学的試みは、具体に根づいた(土着の)言語を称揚するのでも、抽象世界で自己完結している言語を単に批判するのでもなく、異質な言語をつなぐ新たな言語の希求というかたちで展開する。確たる参照点を持たず欠落の意識を手だてとする森崎のディアスポラ的言語探求を、森崎作品における三つの重要なトポス―沖縄/与論、朝鮮、炭坑―に着目し分析する。
大村, 舞 浅原, 正幸
自然言語処理の分野では多言語かつ言語横断的な言語研究が盛んに取り組まれている。その言語横断的な言語研究の取り組みとしてUniversal Dependencies(UD)がある。UDでは品詞や係り受け構造の標準・スキーマを定め,多言語のコーパスを提供している。本論文では,日本語コーパスである現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)をUDのスキーマへと変換したコーパスについて紹介をする。BCCWJでは日本語における文節単位の係り受け情報がすでに付与されている。この係り受け構造を基にしてUDへと変換するプログラムの開発を行った。しかし,文節単位はUDの単語単位には沿っていない。そのため,BCCWJで提供されている短単位と長単位というふたつの言語単位を単語の単位をして認定したコーパスを構築する。短単位と長単位についてUDのスキーマに当てはめた場合,どのような係り受け構造ができるのかを示す。
コムリー, バーナード Comrie, Bernard
言語類型論は日本語等の個別言語を通言語的変異に照らして位置づけるための1つの方法を提供してくれる。本論では個々の特徴の生起頻度と複数の特徴の相関関係の強さの両方を検証するために,WALS(『言語構造の世界地図』)を研究手段に用いて言語間変動の問題を考察する。日本語と英語は言語類型論的に非常に異なるものの,通言語的変異を総合的に見ると,どちらの言語も同じ程度に典型的であることが明らかになる。また,日本語が一貫して主要部後続型の語順を取ることは,異なる構成素の語順に見られる強い普遍的相関性の反映であるというよりむしろ,日本語の偶発的な性質であると主張できる。最後に,WALSの守備範囲を超えた現象として,多様な意味関係を一様に表す日本語の名詞修飾構造,および類例がないほど豊かな日本語授与動詞の体系に触れ,それらを世界の他の言語との関係で位置づけることで本稿を締めくくる。
迫田, 久美子 小西, 円 佐々木, 藍子 須賀, 和香子 細井, 陽子 SAKODA, Kumiko KONISHI, Madoka SASAKI, Aiko SUGA, Wakako HOSOI, Yoko
本稿は,共同研究プロジェクト「多文化共生社会における日本語教育研究」が進めている多言語母語の日本語学習者の横断コーパス(通称I-JAS)について概説した。前半では,I-JAS構築の経緯と概要,調査の内容と特徴をまとめ,後半では,I-JASを利用する際に重要となる書き起こしのルールやタグ付けの方針などについて述べた。12の異なる言語を母語とする約1000人の日本語学習者のコーパスは,日本語の第二言語習得研究や対照言語学,社会言語学的な言語研究のみならず,日本語教育の現場でも利用が期待される。
藤井, 聖子 佐々木, 倫子
日本語教育センター第二研究室では、現在、英語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語それぞれの言語に関して、日本語との対照研究を進めている。日英対照としては、現時点では、談話・語用論上の対照を押し進めるため、会話スタイルの分析を行っている。日西では、統語現象と意味の問題を取り上げている。日葡対照としては、ブラジル人と日本人との言語接触の局面を、社会言語学的アプローチで調査している。日仏では、音声、特にアクセント、イントネーション、音声言語コミュニケーションに付随するジェスチャーを取り上げ、音声及びパラ言語の領域における対照を進めている。これら四種類の切り口で対照研究をすることは、それぞれの言語での対照研究の背景や必要性が異なっている現状に基づいて立案したことであるが、同時に、日本における外国語(第二言語)教育と言語事情をふまえた対照研究の四種類のアプロ一チを試行し押し進めようとする試みでもある。本報告では、これらの研究の目的・方法・意義を概観する。
西島, 光洋 NISHIJIMA, Mitsuhiro
本研究では、アジア言語母語およびヨーロッパ言語母語の中級日本語学習者(以下それぞれアジア/ヨーロッパ言語母語話者)による各品詞の使用量の差異を調査した。計11母語の日本語学習者それぞれに対して、I-JAS のストーリーライティング(SW)タスクとエッセイ(E)タスクそれぞれにおける、各品詞(大分類・細分類)のトークン数とタイプ数の頻度を計算した。その結果、対象とする母語数を増やすと、先行研究で指摘されていたアジア/ヨーロッパ言語母語話者間の差異が確認されなくなる場合があることが分かった。また、タスクによって、アジア/ヨーロッパ言語母語話者間の差異が確認できる品詞は異なることも分かった。特に、ヨーロッパ言語母語話者はアジア言語母語話者と比べて、SWタスクでは終助詞を多用する一方で、Eタスクでは口語的な助詞を豊富に使用することが判明した。この結果を基に、ヨーロッパ言語母語話者が書く文書には、文書のジャンルに依らない、文体上の共通点が存在する可能性を指摘した。
岡崎, 敏雄 OKAZAKI, Toshio
外国人年少者に対する日本語教育への本格的取り組みは近年開始されたばかりである。現場の教師は手探りでこれに当たり,その中で言語教育観が形成されつつある。本研究は,形成されつつある教師の言語教育観に焦点を当て,日本語教育が必要な金国の外国人年少者の在籍する公立小・中学校の日本語教育に関わる全教師に対して質問紙による言語教育観の調査を行った。クラスター分析,分散分析の結果,全体として(日本語教育と共に)母語保持を重視する言語教育観が教師によって高く支持され,カナダのイマージョン・プログラムに典型的に見られる継続的二言語併用型の言語教育観が形成されつつあることが示された。しかしながら他方,日本の諸条件を反映して,同時に「少数散在型」「受容型」「滞在エンジョイ型」「短期滞在者への注目型」「現行制度枠内型」という性格を備えたものであることが示され,教育制度の異なるカナダのイマージョン・プログラムでの継続的二言語併行型言語教育との相違も明らかにされた。
金城, 克哉 Kinjo, Katsuya
本論文は、近年注目を集めているコーパス言語学の概要を示し、同時に言語教育への応用とフリーソフトウェアを用いた分析方法を紹介するものである。コーパス言語学は、コーパスを利用して言語分析を進める研究方法の分野として近年盛んに議論され、様々な論考もすでに多くある。ここでは短いながらもどのような研究分野があるのか、それが日本語教育と英語教育にどのように応用できるのか、また実際の分析はどのようにすればよいのかを論じる。
国立国語研究所は,1988年12月20日(火)に創立40周年をむかえた。それを記念して,同日,「公開シンポジウム『これからの日本語研究』」が国立国語研究所講堂でひらかれた。本稿はそのシンポジウムの記録である。 (ただし,集録にあたっては,本報告集の論文集としての性格を考慮し,あいさつ,司会の発言は省略し,発表内容に関する発言のみを集録した。)ひとくちに「日本語研究」といっても,その研究対象は多様であり,また研究の視点・方法も多様である。そして,近年その多様性はますます拡大する傾向にある。このような状況をふまえ,今回のシンポジウムでは,(1)理論言語学・対照言語学,(2)言語地理学・社会言語学,(3)心理言語学・言語習得,(4)言語情報処理・計算言語学という四つの視点をたて,それぞれの専門家の方に日本語研究の現状と今後の展望を話していただき,それをもとにこれからの日本語研究のあり方について議論するという形をとった。
宮島, 達夫 小沼, 悦 MIYAZIMA, Tatuo ONUMA, Etu
言語情報処理研究の分野ではシソーラスが活用されているが,それらは特定科学分野の概念間の関係をとりあげることが多い。一般用語のシソーラスは表現辞典の一種として利用されるのが大部分であるが,これも言語研究に役立つ面がある。この報告は,国立国語研究所の『分類語彙表』(国立国語研究所資料集6,1964 林大担当)を言語研究に利用した実例をあつめて,目録をつくり,解説をつけたものである。論文の総数は119にのぼる。このなかには,たんに一定分野の類義語群をさがすためにつかったものや,ある観点から作成した語彙表に番号をつけただけのものもあるが,この分類体系を適用した研究もおおい。その分野も,日本語の語彙体系全体をあつかったものから,特定の言語作品の用語の特徴をとりだすための文体論的研究,さらに文法・方言・言語史・言語教育・言語情報処理など,ひろい方面にわたっている。
大村, 舞 浅原, 正幸
自然言語処理の分野では多言語かつ言語横断的な言語研究が盛んに取り組まれている。その言語横断的な言語研究の取り組みとしてUniversal Dependencies(UD)がある。本論文では、日本語のコーパスであるUD Japanese-BCCWJについて紹介をする。UD Japanese-BCCWJは現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)に付随する係り受け情報などを組み合わせて、UDへと変換、構築したBCCWJのUniversal Dependencieである。これは日本語のUDの中でも1980文章、57,256文、約126万単語を含む最大規模また複数のレジスターを内包したデータセットである。UD Japanese-BCCWJの特徴について説明する。またUD Japanese-BCCWJの構築手順について説明し、現状における問題点について議論する。
親川, 志奈子 Oyakawa, Shinako
ハワイがルネッサンスに湧く1970年代、琉球では日本を「祖国」と呼ぶ「復帰」運動が起こっていた。「復帰」40年目にあたる2012年現在、琉球諸語はその特徴である豊かな多様性を残しつつも、若い世代への継承が行われておらず、ユネスコの危機言語レッドブックには琉球諸語のうち六つの言語が登録されている。2006年には「しまくとぅばの条例」が制定され、琉球弧各地においてしまくとぅば復興のための草の根の言語復興運動が展開されており、県庁所在地の那覇では「はいさい運動」など行政の取り組みも起こっているが、政府レベルでの言語政策は存在しない。また言語復興の現場には多文化共生というフレームワークが敷かれており、言語とアイデンティティを同時に語らせるが、インディジニティという自己認識に到達させない仕組みが存在する。本稿では日本が国家=民族と定義し教育してきた背景と「復帰」 に至るプロセスとその結果としてディスエンパワメントされた琉球人の民族意識や言語意識に対するトラウマについて、インディジネスの権利回復運動の中で言語復権を強めたハワイと比較し議論する。
パルデシ, プラシャント 今村, 泰也 PARDESHI, Prashant IMAMURA, Yasunari
述語構造の意味範疇に関わる重要な言語現象の一つが「他動性」である。基幹型プロジェクト「述語構造の意味範疇の普遍性と多様性」では,意味的他動性が,(i)出来事の認識,(ii)その言語表現,(iii)言語習得(日本語学習者による日本語の自動詞と他動詞の習得)にどのように反映するかを解明することを目標に掲げ,日本語と世界諸言語を詳細に比較・検討し,それを通して,日本語などの個別言語の様相の解明だけでなく,言語の多様性と普遍性についての研究に貢献することを目指し,2009年10月から共同研究を進めてきた。さらに,日本語研究の成果を日本語教育に還元する目的で,基本動詞の統語的・意味的な特徴を詳細に記述するハンドブックを作成し,インターネット上で公開することを目指して研究・開発を進めてきた。本稿ではプロジェクトで企画・実施した共同研究の理論的および応用的な成果を概観した。理論的な成果としては,(1)地理類型論的なデータベースである「使役交替言語地図」(WATP),(2)日本語と世界諸言語の対照言語学的・類型論的な研究をまとめた論文集『有対動詞の通言語的研究:日本語と諸言語の対照研究から見えてくるもの』を紹介した。応用的な成果としては日本語教育に役立つ「基本動詞ハンドブック」の見出し執筆の方法とハンドブックのコンテンツについて紹介した。
熊谷, 智子 KUMAGAI, Tomoko
同じ目的をもつ言語行動でも,その実現の仕方はさまざまであり得る。本稿では,言語行動の行われ方を記述し,その特徴を多角的にとらえるための分析の観点を提案する。観点の収集にあたっては,大量調査資料を用いて同一場面におけるさまざまな話者の言語行動を分析し,バリエーションがあらわれる諸側面を考察した。そして,その所見をもとに,言語行動一般の特徴分析に有効と思われる以下の観点を抽出した。
小林, 隆 KOBAYASHI, Takashi
文献国語史と言語地理学の提携により語史を構成するための基礎資料の一つとして,『日本言語地図』(国立国語研究所,昭和41~49年)の関連意味項目の全国方言分布を明らかにしようとした。語史研究は,文献国語史と言語地理学とが提携して進められることが望ましく,その資料として,言語地理学では主に『日本言語地図』が利用されてきた。ところが,『日本言語地図』の解釈を文献国語史と対照すると,両者の間で語の意味が対応しない場合があり,この点について詳しく考えるために,例えば〈眉毛〉に対する〈まつ毛〉など『日本言語地図』の関連意味項目の方言分布をあらたに調査した。項目は主に身体名称の50項目であり,通信調査法により全国1400地点分の資料を収集した。本稿は,この調査の目的と方法について論じたものである。
前川, 喜久雄
話しことばは書きことばよりも多くの種類の情報を伝達している.音声は論理的な言語情報の他に感性的なパラ言語情報を伝達している.この発表では標準的な日本語を対象として,代表的なパラ言語情報がどのような音声的特徴によって伝達されているかについて報告し,あわせてパラ言語的情報がどの程度正確に伝わるかという問題にも触れる。3名の話し手の資料を分析したところ,ピッチ・発話全体の持続時間長・発話の構成要素の持続時間長・母音の音質・声質のすべてにパラ言語情報と関連した顕著な変動が観察されることが判明した.分析した資料の一部を知覚実験にかけた結果,今回分析した話し手に関する限り話し手が意図したパラ言語情報は80%以上の正確さで知覚されることがわかった。
西, 義郎
チベット語以外の,ヒマラヤ地域のチベット・ビルマ系言語,通称「ヒマラヤ諸語」の資料が収集,公刊されるようになるのは,19世紀中頃からであったが,多くの言語学者によってこれらの言語の本格的な現地調査が行われ,大量の信頼できる資料や論著が発表されるようになるのは,1960年代の終わりからである。筆者は,1985年から1991年にかけて,『三省堂言語学大辞典』に,インド西北部とネパールの,当時知られていたヒマラヤ諸語について,個hの言語の項目を書くと共に,ヒマラヤ諸語全体の分布,系統,研究の現状,言語特徴等を「ヒマラヤ諸語」の項目に概説した。本報告は,その当時のヒマラヤ諸語の研究状況を先ず振り返り,次いで1992年から現在に至るまでの目覚ましい言語研究の進展状況の包括的な報告を行ったものである。なお,この報告では,ヒマラヤ地域のチベット語方言の研究状況についても,ヒマラヤ諸語の一部とみなして概説してある。
安岡, 孝一 安岡, 素子
書写言語としてのアイヌ語は、ローマ字(ラテンアルファベット)・カタカナ・キリル文字など、多彩な文字と記法によって記述されてきた。その一方、抱合語としてのアイヌ語は、日本語や欧米諸語とは全く異なる言語構造を持つことから、これらの言語向けの言語処理手法は、そのままではアイヌ語に適用できない。ならばUniversal Dependenciesは、どうだろう。言語横断的な文法構造記述として設計されたUniversal Dependenciesは、書写言語としてのアイヌ語を、どの程度ちゃんと記述できるのだろう。『アイヌ神謠集』、『アイヌ語會話字典』、アイヌ語訳『五倫名義解』、『Аинско-русский словарь』をUniversal Dependenciesコーパスとして記述していく中で、われわれは、われわれの見積りが甘かったことを痛感すると同時に、それでも、アイヌ語Universal Dependenciesが、アイヌ語の言語処理に寄与することを確信した。本発表では、その一端について述べる。
崔, 文姫 CHOI, Moonhee
本稿は,日本語学習者(以下,「学習者」)の発話に対する日本語教師(以下,「教師」)と非日本語教師(以下,「非教師」)の評価の因果関係を明らかにすることを目的とし,共分散構造分析の因果モデルによる検証を行う。その結果,教師は『個人的親しみやすさ』『言語能力』『社会的望ましさ』『待遇性』『活動性』『パラ言語能力』,非教師は『個人的親しみやすさ』『言語能力』『社会的望ましさ』『パラ言語能力』『話し手の方略』『活動性』という異なった観点を基に評価を行うことが分かった。また,それぞれの評価の観点は互いに影響し合い,複雑に絡み合い,学習者への印象につながることが確認された。とりわけ,両者ともに,学習者の『言語能力』が『パラ言語能力』と『個人的親しみやすさ』および『活動性』という印象の評価につながり,特に『パラ言語能力』に与える影響が一番大きいことが明らかになった。さらに,その『パラ言語能力』が,母語話者が学習者に対して抱く印象すべてに大きく影響を及ぼすことも,両者に共通している。教師のみに現れた特徴は,学習者の『待遇性』に関わるパスである。『待遇性』が学習者の『パラ言語能力』と『社会的望ましさ』の印象に影響を与え,『言語能力』とは互いに影響し合う関係(正の相関)が現れた。一方,非教師のみに現れた特徴は,学習者の『話し手の方略』に関わるパスである。学習者の『話し手の方略』が,『言語能力』との間で高い負の相関を見せ,学習者の『パラ言語能力』と『社会的望ましさ』や『個人的親しみやすさ』の印象に弱い影響を与えていることが判明した。
鑓水, 兼貴 YARIMIZU, Kanetaka
首都圏の言語は,構成員の多様さのため非常に複雑であるとされる。しかし現代の共通語は,東京の言語を基盤としており,東京における言語変化の影響を受けている。そのため東京および周辺地域における言語動態の調査は,共通語形成過程の解明にとって不可欠である。首都圏若年層の言語の地域差を把握するための調査には,大量のデータを必要とする。そのためには授業場面での学生を対象とした調査が実施しやすい。しかし学生の回答意欲の低下や,授業時間の圧迫といった問題が考えられる。本研究では,そうした問題を解決する方法を検討し,携帯メールを用いた「リアルタイム携帯調査(RMS)システム」を開発した。RMSシステムは,首都圏若年層の言語形式の収集に適しており,大量データから,詳細な分布状況を明らかにすることが可能となる。
Onaha, Hiroko 小那覇, ひろこ
第2言語習得者の中間言語は習得あるいは学習した言語環境によって質的に異なるという研究報告が近年数多く発表されている。言語(英語)環境の違いは大きく2つに分けられている。第1のグループは,英語教育を受けずに英語が話されているコミュニティーで自然に英語(中間言語)を習得する場合で,第2のグループは,各機関での英語教育によって学習者が英語を学習・習得する場合である。本稿では,琉球大学短大部英語学科に入学した社会人学生(米軍雇用員)の中間言語を被験者が1年次の時,テープ録音したものを文字化し,分析を試みた。米軍雇用者の英語習得は3つに分類される。(1)中・高校の教育歴で,英語習得は職場のアメリカ人との接触による場合,(2)大学か大学院教育をアメリカ合衆国で受けた場合,(3)日本の大学で英語教育を受け,職場でのアメリカ人との接触によって,さらに英語を習得した場合である。被験者の英語教育歴は中学校と高校に限られており,言語習得環境は,第1グループに属し,(1)の分類に入れられると思われる。分析方法は,KrasbenやPica等の研究で用いられたSOC(Supplied in Obligatory Contexts Analysis of Morpheme)の方法で,英語の機能語(Engllsh grammatical morpheme)の習得状況を調査することによって被験者の中間言語の特徴を明らかにするものである。分析の結果,SOCテストによる機能語の習得状況だけでは,第1グループに属する被験者の中間言語の特徴を明らかにすることはできないという結論に達した。被験者の中間言語には第2グループに属する短大英語学科3年次の学生の中間言語には見られない discourse strategy が頻繁に用いられていた。本稿の結果は,被験者が3年次に達した段階で,同様な方法により再度テープ録音された中間言語と比較される予定である。
田中, ゆかり 早川, 洋平 冨田, 悠 林, 直樹 TANAKA, Yukari HAYAKAWA, Youhei TOMITA, Haruka HAYASHI, Naoki
言語景観研究に基づく地域類型論の構築を目指した事例研究として,本稿では,外国人来訪客の多い地域でありながらサブカルチャーの街としても知られるJR秋葉原界隈,通称アキバをとりあげ,2010年に行なった調査結果に基づき報告を行なう。調査対象は実店舗の掲示類,並びに店舗運営のWebサイトである。実店舗・Web調査結果からは次の点が明らかになった。(1)「日本語」「英語」以外の言語として,「中国語(簡体字)」への対応が手厚い。一方,「韓国語/朝鮮語」は単言語としても併用言語としても出現頻度が低い。(2)家電系や免税系は多言語傾向が顕著だが,サブカル系は「日本語」単言語が主流。上記結果から,アキバは他地域における“標準タイプ”化と異なる多言語化の状況にある特異性をもつことが確認された。また,この背景には外国人来訪者の傾向性や店舗分野の違いといった,アキバの街を構成する要素が関係していることを指摘した。
眞野, 美穂 吉成, 祐子
移動事象の描写では,何を言語化するかという点において母語における「話すための思考(thinking for speaking)」が第二言語習得に影響を与えていることが指摘されている(Slobin 1996)。本稿では,移動事象を描写する言語産出実験で得られたデータを元に,日英語母語話者と学習者の副詞的要素の使用を比較することで,各話者の特徴を探ると共に,その要因を検討する。これまであまり重視されてこなかった副詞的要素を各言語間(日本語母語話者の日本語・英語,英語母語話者の英語・日本語)で比較し,分析することによって,より詳細に移動の様子(様態)を描写しようとする英語母語話者の傾向が,学習言語においても見られることがわかった。また,使用可能な要素でできる限り表現しようとする学習者のストラテジーについても,目標言語の母語話者の表現と,そして学習者言語同士を比較することによって明らかになった。本稿では,副詞的要素の分析が話者の事態認識のさらなる解明につながる可能性を示す。
南部, 智史
本稿では,日本の多言語使用に関するプロジェクトの一環として2022年に実施した横浜中華街と大阪生野コリアタウンでの言語景観調査の予備報告を行い,それぞれの地域の公共空間における看板に使用される言語および記号資源が多言語空間の形成にどのように寄与しているか考察する。両地域はともに「エスニシティの商品化」が顕著な観光地として認知されているが,横浜中華街は伝統的な中国文化を象徴する記号的要素で溢れた統一感のある空間を形成しているのに対して,生野コリアタウンでは伝統的な韓国文化を表す記号的要素の積極的な活用は比較的少なかった。また,言語使用の面では両地域で言語の商品化としての象徴的機能が確認されたが,その役割には明確な違いが見られた。横浜中華街における中国語の象徴的使用は,伝統的な中国文化と結び付いた指標としての役割を担っているのに対し,生野コリアタウンの韓国語・ハングル文字は,近年のK-POPの世界的流行を背景に,現代的な韓国文化を想起させる新しい役割を果たしている。
半嶺, まどか ズラズリ, 美穂
本稿では,まず危機言語の保存と言語継承の目的についてまとめ,危機言語コミュニティにとってどのようなアドボカシー(擁護や代弁)が必要かを考察した。また,他の文脈での先行研究と照らし合わせながら,琉球諸語の文脈での言語リクラメーション(再生・再獲得)の必要性や可能性について考えた。さらに,琉球諸語の文脈で今後必要となる学際的連携について考察し,現状の課題を指摘した。次に,既存の母語話者,非母語話者という二分化や単純な言語運用能力による話者の区分や描写の仕方がどのような問題を孕むかを指摘し,新しく琉球諸語を学び始めている世代を「新しい話者(new speaker)」という概念を用いて可視化した。また,彼らの支援に必要な要素を第二言語習得理論に基づいて提案した。最後に,本共同研究プロジェクトを通して実施したい研究計画として,新しい話者と研究者が連携する言語記録活動の方法論の提案,Galtungのトランセンド理論に基づくインタビューの継続,「無意識のバイアス(unconscious bias)」「立場性(positionality)」「継続的な再帰的振り返りの実践(reflexivity)」に関する継続教育(CPD)の機会創出について述べた。
舩橋, 瑞貴 FUNAHASHI, Mizuki
日本語と韓国語の口頭発表における修復(注釈挿入と言い直し)を取り上げ,修復を実現する際の言語的手段が異なることをみる。助詞の言い直しにおいては,選択される言語的手段が助詞と名詞の膠着度の異なりとかかわっている可能性を示す。さらに,助詞と名詞の膠着度が低い日本語に関しては,言い直しの開始位置と関係があることを示す。従来の対照研究では,言語体系内の要素を対照単位とするアプローチが多くとられるが,日本語教育のための対照研究においては,ある言語行為を行う際の言語的手段の選択というアプローチも必要であることを主張する。
Shimabukuro, Moriyo 島袋, 盛世
本稿はアイヌ語、韓国語、日本語の超音節的特徴を類型論的に共時的そして通時的観点から比較分析したものである。アイヌ語、韓国語、日本語は高低音調を分別するピッチアクセント言語であると言われているが、本論文ではそれらの言語の方言がすべてピッチアクセント言語ではなく、音調の高低が分別的機能を持たない方言も存在することを指摘する。さらに、ピッチアクセントではない言語・方言間の超音節的特徴を上げ、アイヌ語、韓国語、日本語間で相違点を比較考察する。
後藤, 斉 GOTOO, Hitosi
本稿は,コーパス言語学をもっとも発達させたイギリスにおける事情と日本におけるコーパス研究の位置づけとを対比しつつ歴史的に概観して,その発展の違いの要因を探り,あわせて今後に対するなにがしかの見通しを得ようとするものである。イギリスにおいてコーパス言語学が発達したことには,主要因としては言語研究の流れに沿うものであったことが挙げられ,ほかにもいくつかの言語内的および言語外的要因が挙げられる。それに対して,日本では,計算機利用の言語研究の歴史は長いが,コーパスの概念の精緻化には至らず,現在,代表性を備えていて,人文系の研究者が共有できるようなコーパスが存在しない。現在の不十分なコーパスでも意味論の研究などに利用することが可能ではあるが,国立国語研究所が「現代日本語書き言葉均衡コーパス」の構築に着手したことの意義は大きい。ただし,それを十分に生かすためには,利用考の側にも主体的な努力が求められる。
酒井, 彩加 Sakai, Ayaka
「共感覚的比喩」の「一方向性仮説」(五感内の意味転用にみられる左から右への一方向性)は、これまで人間が生理学的に普遍であること等を論拠に、世界の言語共\n通に認められる「言語普遍性」の現象のひとつとされてきた。しかし研究が行われたのは英語と日本語のみであり、日本語の調査についても不十分なものである。従って、英語と日本語をはじめ他の言語についても本当に言語の違いを越えて共通に認められる現象であるのかどうか、十分に調査し検証する必要がある。酒井(2003)では、現代日本語における共感覚的比喩について多数の実例に基づき検証し、日本語においては比喩の一方向性が認められないという結論を得た。そこで本調査では、この酒井(2003)での結果を踏まえ、7つの言語(中国語、アラビア語、英語、スペイン語、韓国語、タガログ語、ロシア語)を対象とし「各言語の共感覚的比喩体系には、様々な多様性が認められる」という仮説を立て検証した。要点は、以下の5点にまとめられる。1.今回の調査で最も多く一方向性仮説に反する例が認められたのはタガログ語である。しかし、2番目に多い日本語、そして3,4番目の中国語、英語までは数値的に大きな差は無く、日本語だけでなく複数の言語においても多数の反例が存在することが明らかになった。2.「視覚→触覚」表現については、日本語と韓国語が7言語中、最も少ないのに対し、中国語においては多くの反例が存在する可能性がある。しかし「視覚→味覚」および「視覚→嗅覚」表現と比較すると、「視覚→触覚」表現は他の言語においても用例数が少ない可能性がある。3.「視覚→味覚」表現については、日本語が目立って多い。次いでタガログ語、英語、中国語にも比較的多くの反例が存在するが、スペイン語とアラビア語を除く他の言語においても、多くの反例が存在する可能性がある。4.「視覚→嗅覚」表現については、タガログ語および日本語に多く用例数が認められる。英語、中国語、アラビア語、ロシア語、韓国語にも用例が認められるが、スペイン語だけは極端に少ない可能性がある。5.7言語中、「うすい」「こい」「あわい」に相当する語においては、どの言語においても多数の転用例が認められる。一方、「あかるい」「くろい」「うつろな」「くうどうの」「ピンクの」といった語においては、今回の調査ではどの言語にも全く用例が認められなかった。本稿全体の結論として、日本語以外の7つの言語においても数多くの反例が認められる。従って、今後他の言語についてもさらに調査すべき必要性があることが確認できた。なお本調査は、今後予定されている20言語を対象とした言語調査に先立つ予備調査である。
金城, 尚美 玉城, あゆみ 中西, 朝子 Kinjo, Naomi Tamaki, Ayumi Nakanishi, Asako
杉戸(2005等)は「日常われわれが行っている言語活動の中では『配慮』を常に行っており,その対人的な配慮は『メタ言語行動表現』の明示により示される」(杉戸 1998)と述べている。相手への配慮を示すことがよい対人関係を築くために必要な要素の1つであるとすれば,円滑な対人関係を築いている学習者は相手への配慮を適切に行っていることになる。具体的にはメタ言語行動表現を適切に使用していると考えることができる。そこで本研究では「言語行動における配慮」(杉戸 2001等)という観点から,円滑な人間関係を築いている日本語非母語話者の発話データを基に「メタ言語行動表現」が使用されているかを調査した。その結果,「メタ言語行動表現」の使用実態が明らかになり,また,「意識的配慮」(一二三 1995等)も行っている様子も観察された。これらのことから,「メタ言語行動表現」の使用と「意識的配慮」が日本語非母語話者の印象の良し悪しを決める要素になっている可能性があり,円滑なコミュニケーションの遂行に大きく関わっているのではないかということが示唆された。
曹, 大峰 CAO, Dafeng
多言語コーパスに焦点を絞って,まずこれまで多言語コーパスを分類するための基準が不足していたことを指摘する。さらに,多言語コーパスというものにおいては異なる言語がさまざまな関係によって関連付けられていることを示し,その関係を分類するための基準を提案する。その上で,多言語コーパスをどのように選定し,使い分けるべきかについての目安を示す。また,「中日対訳コーパス」の作成と利用経験を踏まえて,訳文データの特性に気付かず原語と対等に使うなどの利用上の問題点を指摘したうえ,筆者が提示した利用モデルを説明し,「可能だ」という可能表現,終助詞「だろう」の意味用法,日中同形語である「基本」の意味用法などに関する日中対照研究の事例を通して,対訳コーパスを適正に利用する方法とその効果を示す。
益岡, 隆志 MASUOKA, Takashi
複文構文プロジェクトの目的は,日本語複文構文研究のさらなる発展の可能性を提示することである。考察対象に連用複文構文と連体複文構文の両方を掲げるとともに,歴史言語学,コーパス言語学,対照言語学などからの広範なアプローチを試みる。本報告では,複文構文プロジェクトの研究成果のなかから,2つの話題を紹介する。1つは連用節と連体節における接続形式の現れ方に関する言語類型の問題であり,もう1つはテ形節の定形性/非定形性の問題をめぐる話題である。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
日本語諸方言のアクセント体系が高さ(ピッチ)にもとづく「ピッチアクセント体系」であることは日本語音声研究の中で常識とされていることであるが,日本語以外の言語から見ると必ずしも自明のこととは言えない。実際,「ピッチアクセント体系(言語)」という類型概念そのものを否定する研究者も数多い。本稿は,2010年に本プロジェクトが主催した国際シンポジウムISAT 2010の成果(Lingua 122特集号)の一部を報告する形で,日本語の研究が一般言語学や言語類型論に貢献できる可能性を指摘する。
影山, 太郎 Kageyama, Taro
世界諸言語の中で日本語は特殊なのか,特殊でないのか。生成文法や言語類型論の初期には人間言語の普遍性に重点が置かれたため,語順などのマクロパラメータによって日本語は「特殊でない」とされた。しかし個々の言語現象をミクロに見ていくと,日本語独自の「特質」が明らかになってくる。本稿では,世界的に見て日本語に特有ないし特徴的と考えられる複合語(新しいタイプの外心複合語,動作主複合語など)の現象を中国語,韓国語の対応表現とも比較しながら概観する。
熊谷, 康雄 KUMAGAI, Yasuo
『日本言語地図』のデータベース化(『日本言語地図』データベース,LAJDB)の概略を説明し,3年間の本プロジェクト期間中に整備を進め,利用可能となった項目(119項目)の一部を利用した計量的な分析の事例として,標準語形の使用数の地理的な分布を示した。これにより,『日本言語地図』がデータベース化されることの意味とこれが生み出す新しい研究の広がりの一端に触れた。
新井, 庭子
「教科書は知識体系を伝えるためにどのような言語表現を用いており,それらは教育段階に応じてどのように変化するのか」というリサーチクエスチョンをたて,それに答えるために小学校5年生から中学校2年生の理科教科書を実証的に分析した。学校教育で主要な教材である教科書は,ある専門分野の概念体系を理解させることを意図して,しかもそれを可能にするように書かれたテキストと位置付けられている。しかし,教科書の言語表現が実際にどのような様態であるかを知識を伝えるという役割を考慮して実証的に示した研究はない。分析に際して,知識を構成する言語表現という観点から,概念体系の示され方(前提,概念,概念同士の関係)に着目して分析を行った結果,小・中間で概念体系に関する言語表現の構成が大きく異なるとわかった。前提に関する言語表現が中学で激減し,概念や概念同士の関係に関する言語表現が顕著に増加することが観察された。
張, 守祥 ZHANG, Shouxiang
本研究は「残留孤児・残留婦人の里」と呼ばれている中国黒龍江省方正県における言語景観の実態・特徴について考察するものである。方正県の事例によって示されるように,言語景観のすべてが市場経済の原理に従って構成されているわけではなく,行政主導型の言語景観も存在しているのである。現在,日本人の投資者や居住者が存在しない方正県で地方政府の行政命令による日本語を中心とする言語景観が主流なのは何故なのか。それは目先の商業利益としてではなく,むしろイメージアップを目的とした未来志向の日系企業誘致のための宣伝広告なのである。
ウェイ諸石, 万里子 WEI MOROISHI , Mariko
本稿では,助詞「に」「で」と四つの推量助動詞「ようだ」「そうだ」「らしい」「だろう」の習得における明示的学習条件と暗示的学習条件の効果について考察する。42人のアメリカの大学生の日本語学習者が二つの実験群(明示的グループ,暗示的グループ)と対照群に無作為に分けられ,易しい言語型式(助詞),複雑な言語型式(推量助動詞)についてそれぞれ学習した。明示的学習グループは簡潔で系統だった文法説明を受けた後,聞き取りや読解などの意味中心の教室活動を行った。暗示的学習グループも全く同じ教室活動を行ったが,文法説明は受けなかった。そのかわり視覚的に学習者の注意を目標言語型式に向けさせるように助詞「に」「で」と4つの推量助動詞には全て下線が引かれていた。五種類のテストを用いて事前テスト,直後テスト,遅延テスト(九週間後)を行い,テストのスコアを統計分析した結果,明示的グループは暗示的グループ,統制群をはるかに上回り,その差は統計学的に有意であった。暗示的グループは易しい言語型式においてのみ統制群との差が有意であった。明示的学習条件は助詞「に」「で」や推量助動詞のように意味論的制約を含んだ言語型式の習得の場合その難易度に関わらず有効であったと言える。また手短かな文法説明は意味重視の活動と組み合わされて行われた場合言語習得を促進するようである。まとめとして,どのような指導がどんな言語型式に有効かについて考察し,学習者の気付きを促す言語活動の適切な明示性の度合について論じる。
Goya, Hideki 呉屋, 英樹
“formulaic sequences” (定型連鎖)は重要な言語知識であり(Wray, 2002), 第二言語(外国語)による円滑なコミュニケーションを行うためには必要不可欠な知識である(Pawley & Syder 1983)。その重要性にも関わらず,その能力の発達,特に適切な定型表現の使用を身につけるまでには長い時間を要する(Laufer & Waldman, 2011)が,多くの研究では学習言語のインプットに十分に触れることでformulaic sequencesは熟達すると指摘されている。本研究では,学習言語を教授言語とする教室環境において日本人英語学習者(n = 27)の“lexical bundles” (単語連鎖)の使用とその変化について調査した。調査は参加者の産出したライティングのコーパスを構築し,AntConcを用いて語彙の分布と頻度,およびサイズの異なる単語連鎖を抽出した。分析の結果,参加者は高頻出語彙を多用するようになり,2語からなる単語連鎖 (2-gram lexical bundles)の使用が増加するともに,その他のサイズの単語連鎖の使用は減少した。このことから,学習言語を教授言語とするEFL環境では産出的スキル向上への効果は限定的ではあるが,phraseological competence(定型表現能力)の向上への影響の可能性を示した。
石黒, 圭
本稿は、日本語研究における文章論の 70 余年の学史を概観し、これからの文章論のあるべき姿を提言するものである。言語過程観を掲げる時枝誠記の提唱から生まれた文章論は連接論・段落論・文章構成論という 3 分野に分かれ、1960~80 年代に大きな成果を上げた。しかし、1990 年代以降、文章論は多様化の様相を見せるものの、言語主体の立場から時間的過程のなかで言語行為を捉えるという創生期の原点を見失い、研究は停滞しているように見える。そうした状況のなか、「文の生成に文章を見る」言語観と「時間の流れの中で文の組み立てを考える」言語観の二つを林四郎の文章論から学ぶ。そのうえで、その卓越した言語観をこれからの文章論に生かす方法として、筆者が実践している「読むこと」における後続文脈の予測、「書くこと」における作文の執筆過程、「話すこと」におけるフィラーの使用、「聞くこと」における講義のノートテイキングという四つの研究を紹介した。
李, 文超
形態と統語との関係において, 格標識が豊かであればあるほど語順の自由度が上がる (complexity trade-off) (Sapir 1921, Jakobson 1936, MacFadden 2003, Sinnemäki 2014, Yan and Li 2021, 李, 劉と熊 2022)。本研究は数理言語学の手法を用いて, 70か国の言語を横断的に、格標識の豊かさ, 語順の自由度, そして両者の相関関係を分析する。形態的豊富さを測定するにPython自然言語処理ツールキットであるStanzaとspaCy-Thaiを使用し、moving-average morphological richnessとmoving-average mean size of paradigm両指標を使った。各国語順の自由度の測定に、Pythonの言語処理ツール「GiNZA」を使い、Cosine similarityとword order entropy両指標を使用した。次の2点にたどりついた。第1に, 膠着型、孤立型、抱入型と屈折型の言語データに基づいた形態的豊富さと語順の自由度の度合いが正の相関関係にある。第2に, 決定木分析に導かれた70か国の言語の区画にI類、II類とIII類とに分かれ, オーストロネシア語族、アルタイ語族、日本語、韓国語、東部ウラル諸語とインド・ヨーロッパ語族、ニジェール・コンゴ語族(ナイジェリアのイボ語; ベナンのフォン語)とアフロ・アジア語族(アラビア語)に三分的偏在する。
田中, 卓史 TANAKA, Takushi
日本語のように語順のゆるい言語を形式的に取り扱うための第一段階として,語順を全く持たない言語(集合型言語)を定義し,その言語を計算機上で生成・解析することのできる確定節文法DCSGを提案する。 DCSGを用いると論理プログラミングにおいて陥るある種のループの問題を構文解析の問題に帰着して容易に解決することができる。次にDCSGを集合の変換規則としてとらえ,逆変換のためのオペレータを導入する。このオペレータは確定節文法の下降解析の過程において部分的な上昇解析を可能にする。DCSGはデータ集合の中に構造を見出す種類の問題や事象に従って状態が変化するような問題を一般化された構文解析の問題に帰着して効果的に取り扱うことができる。
春遍, 雀來 HALPERN, Jack
情報交流の国際化に伴い多言語情報の充実は今や喫緊の課題である。特に固有名詞やPOI (points of interest)は膨大な数量に加え頻繁な名称変更にも対応する必要があるため,正確で充実した多言語辞書データ資源が必須だ。そこで,機械翻訳の作業効率と精度を格段に向上させる,超大規模辞書データ資源(Very Large Scale Lexica: VLSL)の構築例として,固有名詞・専門用語等を含む日中韓英辞書データベースや多言語固有名詞辞書データベースを紹介する。VLSLは情報検索・形態素解析・固有表現認識・用語抽出等,自然言語処理の幅広い分野に応用が可能で更なる展開が期待される。
長田, 俊樹
小論の目的はこれまでのムンダ語族の比較言語学研究を概観することである。まず、ムンダ語族の分布と話者人口、およびそれぞれの言語についてのこれまでの研究を紹介する。そして比較言語学研究のうち、さいしょに音韻論について述べる。とくに、母音についてはいろいろと議論されてきたので、母音を中心にみる。次に形態論、統語論、語彙論について述べる。その際、インドの他の語族との関連を中心に論ずる。さいごに、オーストロアジア語族とムンダ諸語について、ドネガンらの研究を中心に述べる。
川端, 良子
対話において、相手が知っているかどうか不確かな対象に言及する際、話し手はどのようにその対象を対話に導入するのだろうか。本研究では『日本語地図課題対話コーパス』を用いて、特定の対象が最初に対話に導入される際の言語活動の分析を行った。本稿は、(1)発話機能、(2)相互行為、(3)言語形式の3つの観点からその言語活動の特徴を報告する。
荘司, 響之介 曹, 鋭 白, 静 馬, ブン 新納, 浩幸 Syouji, Kyonosuke Cao, Rui Bai, Jing Ma, Wen
文書分類のタスクを教師あり学習で解く場合、大量のラベル付きデータ(教師データ)が必要であり、このデータの構築コストが高いという問題がある。ただし、英語などのメジャーな言語に対しては、ラベル付けされたデータが既に存在していることも多い。この場合、英語側では分類器を学習できるため、その学習できた知識を、タスクの対象となっている言語側へ転移できれば、ターゲット言語での教師データを利用せずに、分類器を構築することができる。本論文ではそのような転移を行うためにBERTを用いる。具体的には、英語BERTを用いて英語の訓練文書をベクトル化し、それをもとに分類器を学習する。次に、ターゲット領域の文書となる日本語の文書を、日本語BERTを用いてベクトル化する。あらかじめ学習しておいた2言語間のBERTの変換器を用いて日本語の文書ベクトルを英語のベクトル空間に埋め込み、先の分類器によって識別する。これによって、ターゲット言語である日本語の訓練文書を利用せずに、日本語の文書の感情分析が可能となる。
Miyahira, Katsuyuki 宮平, 勝行
民族誌学によるコミュニケーション研究に基づいて,本稿では言語行動にあらわれる文化的シンボルがどのような働きをするのかを考察する。特に,言語行動がどの様に社会変化もしくは文化変容を促すのか,事例研究の比較分析を通して変化構造の一端を解明することが本論の目的である。ウエスタン・アパッチ(米国)とサプラ(イスラエル)の言語行動を事例として挙げ,奥深い意味を持つ文化的シンボルが深層で複雑に相互作用する過程を詳しく調べてみた結果,言語共同体に特有な「話しことば」は社会変化あるいは文化変容の重要な媒体であることがわかった。社会の変化は言語共同体に特有なコミュニケーション行動による第一次テクストと代替テクストの相互作用や,それに基づくアイデンティティーの再認識と創出の繰り返しの中で遂行される。こうしたコミュニケーション行動の具体例としては,コードの切り替え(Code-Switching)や話しことばの儀式(Communicative Rituals)が挙げられる。従って,コードの切り替えや話しことばの儀式に注目してコミュニケーション行動を分析すれば,特定の言語共同体における話しことばの文化的意味を発見する大きな手がかりが得られることを本稿では論証する。
中渡瀬, 秀一 加藤, 文彦 大向, 一輝
言語資源データの引用情報調査に基づいて、そのデータを活用した研究文献の発見可能性について論じる。このために言語処理学会年次大会発表論文集を対象として「現代日本語書き言葉均衡コーパス」などの引用情報を調査した。本稿ではその結果と今後の課題について報告する。
Yoshii, Koichi 吉井, 巧一
主としてアメリカのオハイオ・ペンシルバニア両州を中心に、現在およそ十万人程の「アーミッシュ(Amish)」と呼ばれる人々が集団生活をしている。宗教的迫害を避けるため、遠くスイスあるいはドイツから集団で新天地を求めアメリカ大陸に渡ってきた彼等は、現在も聖書の教義を厳守し、自動車やテレビを所有せず、広大な農場を16世紀さながらに馬で耕しながら、厳格なキリスト教徒として質素な生活を営んでいる。そのライフスタイル・価値観・世界観等は、一見正にアナクロニズムそのものに見えるが、我々現代文明人(?)が失いつつある「人間としての生活に必要不可欠なもの」とは何か、という素朴な疑問へのヒントが彼等の生活から窺える。\n彼等は聖書の言語としてドイツ語を、日常コミュニケーション言語としていわゆるペンシルバニア・ダッチ(Pennsylvania Dutch/German)を、更に自分たちのコミュニティー外の人々(Auslaender)とは英語を話す、3言語併用社会を形成している。いわゆる正書法を持たない、話し言葉としての機能中心言語であるペンシルバニア・ダッチを考慮し、当初は音声面の言語調査を意図していたが、予想通り厳格なOld Order Amishのインフォーマントからは録音機器使用の了解を得ることはできなかった。そこでそれぞれの言語をどのように修得し、使い分けているのか、また互いの言語干渉の度合はどの程度のものかを中心課題に、彼等の独特な文化を探りつつ、聞き取り及び筆記による調査方法でのフィールド調査を行った。
迫田, 久美子 SAKODA, Kumiko
第二言語習得研究には,学習者の言語データが不可欠である。「学習者の言語環境と日本語の習得過程に関する研究」のサブプロジェクトでは,日本語学習者の言語コーパス,C-JASを開発した。本稿は,C-JASの特徴とC-JASによって観察された動詞の発達について報告するものである。C-JASの特徴は,中国語母語話者3名,韓国語母語話者3名の3年間の縦断的発話コーパスであり,形態素タグと誤用タグが付与され,システム検索できる点にある。C-JASで動詞「思う」と「食べる」の時期ごとの初出形を分析した結果,日本人幼児の第一言語習得と類似した現象と異なった現象が観察された。前者では,動詞の基となる形(例「思う」)に新たな要素が付加され,新しい形(例「思うから」)が使われること,後者では初出形に日本人幼児は普通体,学習者は丁寧体が多く使用されることがわかった。また,動詞の発達段階で,学習者特有の「動詞普通体+です」(例「思ったです」)の中間言語形が出現し,「動詞普通体+んです」(例「思ったんです」)の過渡的段階の形式であると推測された。
安元, 悠子 Yasumoto, Yuko
本研究では、沖縄県のある国語教師へのインタビューデータを事例に、現在消滅の危機に瀕している琉球諸語について、言語イデオロギーという観点から帰納的に捉えることを試みた。インタビューによって個人の明示的な言語イデオロギーを引き出し、それを質的手法によって分析することにより、標準語イデオロギーと地域言語への帰属意識がどのように交差し、矛盾や葛藤を生み出しているのかを明らかにした。
浅野, 恵子 陳, 森 Asano, Keiko Chen, Sen
同じ音声的及び音響的特徴をもちながら、文化や気候風土によって変化する音声行動があり、無意識に行われているものが少なくない。その一つとして、/m,n/などの有声鼻音の音声特徴は自然発話としては一般的であり、それをさらに上咽頭に響かせる音の「ハミング」がある。日本語では「鼻歌」と呼ばれている。他言語が理解できなくても音声行動としては個別言語の域を超えて普遍的に発せられる声音である。日常の発声時行動様式が文化的・言語別にどのように呼ばれているか、またいつから使われているかを日・中・英・米語の各言語のコーパスを比較し、初めて使用された時期や当時の意味などから推移を分析する。
長嶋, 祐二 原, 大介 堀内, 靖雄 酒向, 慎司 渡辺, 桂子 菊澤, 律子 加藤, 直人 市川, 熹 WATANABE, Keiko KATHO, Naoto
手話は言語であるにもかかわらず、音声言語と比べて言語学、工学を含む関連諸分野での研究が進んでいない。本稿では、各個分野における手話研究および学際研究の推進を目的とした、様々な分野の研究者が共通に利用できる汎用的な日本手話の語彙データベース作成について報告する。言語学者の望むデータ形式と、工学や認知科学の分野で望むデータの形式は異なることが予想される。多分野での利用を可能にするためには、分析や解析内容に応じて手話の多視点の画像、3次元動作データ、深度画像など様々なデータ形式を含むことが望まれる。さらに、時間軸上で同期したこれらのデータを、各分析者が得意とするデータ形式で解析することを可能にする。データベース上の様々な形式データを同期解析できるアノテーション支援システムも開発する予定である。これにより、様々な視点からの同一手話の解析が可能となり、手話言語に関する新たな知見が得られることが期待できる。
上村, 幸雄 Uemura, Yukio
筆者がこれまでに係わった日本の方言学と言語地理学について概観する。
永田, 良太 NAGATA, Ryota
複文とあいづちをはじめとする聞き手の言語的反応に関しては,文(発話)を産出する話し手と文(発話)を理解する聞き手の観点からそれぞれ研究が行われ,その構文的特徴や談話における機能がこれまで明らかにされてきた。本稿においては,そこでの研究成果に基づきつつ,談話の中で観察することにより,次の2点を明らかにした。Ⅰ.従属節末と主節末とでは聞き手の言語的反応が異なる。Ⅱ.従属節末における聞き手の言語的反応は従属節の従属度と密接に関わる。従属節末に比べて,主節末では情報の充足を前提とした聞き手の言語的反応が多く生起する。また,同じ従属節末でありながら,B類のタラに比べてC類のケドやカラの従属節末には多くのあいづちが見られ,その中でも理解や共感を示すあいづちが特徴的に見られる。これには複文という文の形やC類の従属節が持つ情報の完結性という特徴が関わっており,複文発話に対する聞き手の言語的反応は発話の構文的特徴と密接に関わると考えられる。
宇佐美, 洋 USAMI, Yo
日常の社会生活において,他者の言語運用を評価する際,個人が準拠している価値観は人によって千差万別であり,このため同一の言語運用に接した時でも,その評価の結果は大きくばらついている。異なる言語的・文化的背景を持つ者同士が円滑な人間関係を作っていけるようになるためには,自らが準拠する評価価値観のあり方を自覚すると同時に,他者の価値観を尊重できる態度が重要であり,そうした態度を養成するための教育システムの開発が求められている。本論ではそのための基礎研究のひとつとして,日本語母語話者が非母語話者の言語運用を評価するという場面を取り上げ,そこに見られる評価プロセスをモデル化して表現する,という試みを紹介した。
向山, 陽子 MUKOUYAMA, Yoko
本研究は学習者の適性として言語分析能力,音韻的短期記憶,ワーキングメモリを取り上げ,それらが第二言語としての日本語学習に与える影響を縦断的に検証することを目的とする。初級から学習を開始した中国人日本語学習者37名を対象として,(1)学習開始前に適性を測定する3つのタスク(2)学習開始後から15ヶ月後までの間に,3ヶ月ごとに計5回,学習成果を測定する文法(筆記産出),読解,聴解テストを実施し,適性と学習成果との関連を相関と重回帰分析によって検討した。分析の結果,音韻的短期記憶は初期に重要,言語分析能力は一貫して重要,ワーキングメモリは学習が進んだ段階で重要であることが示された。また,学習成果の測定方法,測定時期によって異なるが,学習成果は言語分析能力,音韻的短期記憶によって説明された。これらの結果から,学習成果に関与する適性は学習段階,スキルによって異なることが示された。
鑓水, 兼貴 YARIMIZU, Kanetaka
「首都圏の言語」を考えるうえで,関連する概念や用語は多くあるが,類似したものが多く複雑である。そのため本論文では用語整理は志向せず,考察に必要な観点を中心にまとめた。1980年代以降,伝統方言形が衰退し,新しい方言形が注目されるようになると,単純な共通語化モデルから,修正モデルが提唱されるようになった。研究背景として社会言語学の概念の導入や,社会における人口構造の変化などが影響している。東京における言語現象を考える場合,かつての「江戸」である「東京」の中心地域は非常に狭い範囲である。従来の山の手・下町と呼ばれる地域も,隣接地域に拡大している。そのため「東京」よりも「首都圏」と考えるのが適当である。言語的特徴についても東京とその隣接地域は連続的である。移住者の多い首都圏では,人口構成上,伝統方言が継承されにくい。こうした「首都圏の言語」を理解するための観点として,「標準語・共通語」「公的・私的」「方言・俗語」「意識・無意識」「理解・使用」の5つがあげられる。これらの観点をふまえ,新しい方言形を説明する術語として提唱された「新方言」と「ネオ方言」の考えを,「首都圏の言語」に適用することにより,より深く考察することが可能になる。
マティソフ, ジェイムズ A.
近年N. Hill氏はチベット・ビルマ歴史言語学では確立された音対応,文語チベット語-o(-):文語ビルマ語-wa(-),に疑義を唱える論考を発表した。この根底には,文字を持つ古い言語に依拠する文献学的研究傾向と,文字を持たない現代の言語をベースとするフィールドワーク言語学との相剋があると思われ,私はHill氏の論旨に反対の立場をとる。だが,小稿は単なる反論ではなく,私はこれを機に上記の音対応に関わる事象をチベット・ビルマ祖語との関連において総ざらいし,*-e(-)と*-o(-)をチベット・ビルマ祖語の母音体系から外し,替わりに-ay(-) / -ya(-)と-aw(-) / -wa(-)を立てるべきであることを発見した。以下はそのプロセスを詳細に述べたものである。
マティソフ, ジェイムズ A.
近年N. Hill氏はチベット・ビルマ歴史言語学では確立された音対応,文語チベット語-o(-):文語ビルマ語-wa(-),に疑義を唱える論考を発表した。この根底には,文字を持つ古い言語に依拠する文献学的研究傾向と,文字を持たない現代の言語をベースとするフィールドワーク言語学との相剋があると思われ,私はHill氏の論旨に反対の立場をとる。だが,小稿は単なる反論ではなく,私はこれを機に上記の音対応に関わる事象をチベット・ビルマ祖語との関連において総ざらいし,*-e(-)と*-o(-)をチベット・ビルマ祖語の母音体系から外し,替わりに-ay(-) / -ya(-)と-aw(-) / -wa(-)を立てるべきであることを発見した。以下はそのプロセスを詳細に述べたものである。
児玉, 望
筆者は十五年間、ドラヴィダ語学を学んできた。そこでドラヴィダ言語学の立場から、大野説を検討した結果、次のような問題点が明らかとなった。 (1) 大野氏は、日本の文化の歴史を明らかにする手段として、日本語と他の言語の系統関係を証明することが重要である、という認識で論を展開しているが、比較言語学の立場からいえば、言語史の解明に「文化」を持ち込むのはルール違反である。したがって、大野説を言語学の問題として取り上げるのには躊躇される部分がある。また、比較の対象として、ドラヴィダ語を取り上げるのではなく、タミル語だけを取り上げるのも比較言語学の常識からは逸脱している。 (2) 具体的な問題では、まず大野説の音対応から想定される音変化はドラヴィダ語史からうまく説明されないケースがある。また文法についても、日本語の格助詞とドラヴィダ語の各接尾辞はそれぞれの言語の語構成が異なるために簡単には比較できないし、その音形の対応を比べることは意味を持たない。そして、助動詞についても、日本語とドラヴィダ語の自動詞と他動詞の派生には重なりがあるが対応しているとはいえない。 (3) 最後に構文の対応をみると、タミル語のumの用法と日本語「も」のそれとの対応は真剣な検討に値する。ただし、すでにエメノー教授がこのumとサンスクリットのapiとの用法を比較し、これらの小辞の用法が、比較的容易に借用されうることを指摘しているので、umと「も」の対応から直ちに同系説を支持できない。また、大野氏の指摘する「係り結びの法則」の対応は興味深いが、それを同系の根拠とするには他の言語との比較を待たねばならない。 大野説の検討を終え、今後の研究課題をあげておく。それは日本語のアクセントがどのように発生したかを説明することである。アクセント史の解明は将来日本語系統論の重要な鍵をにぎるであろう。
新城, 直樹 蔡, 梅花 金井, 勇人 Arashiro, Naoki Cai, Meihua Kanai, Hayato
本稿では中韓母語話者が執筆した日本語作文における比喩表現の特徴を検討し,日本語教育ではどのような点に留意すべきかについて考察した。具体的には「中韓母語話者による逐語訳つき日本語作文コーパス」から抽出した作文データを資料に,指標比喩・結合比喩・文脈比喩という3分類に基づいて,比喩表現について分析した。一般に,比喩は母語に根差した性質を持つと考えられ,他の言語の母語話者にも問題なく理解されるとは限らない。このような理解不可能性を「言語間ハードル」と呼ぶとすると,指標比喩・結合比喩には「言語間ハードル」を乗り越える性質が内在している一方,結合比喩はそうではない,ということを明らかにした。その結合比喩のうち,特に「言語表現は同じだが,概念基盤が異なる」ケースに誤用が起きやすい。したがって他言語で比喩を書く場合には,特に結合比喩に留意すべきである,と本稿では結論した。
廣瀬, 等 廣瀬, 真喜子 Hirose, Hitoshi Hirose, Mkiko
大学生を被験者として、漢字の読みの記憶における認知スタイルの影響を検討した。認知スタイルは、漢字の読みに深く関係していると思われる、Richardson(1977)において提案された言語型-視覚型を取り上げ、認知スタイルと漢字の読みの記憶量の関係をみた。漢字の読みの記憶については、直後再生と50分後に遅延再生を行わせ、それぞれの記憶量、およびその変化を考察することにした。分析の結果、視覚型と言語型の被験者では、直後再生時の読みの記憶量にはそれほどの違いはないものの、遅延再生時の記憶量は、視覚型では低下し、言語型では保たれていることが示された。これらの結果は、被験者の記憶方法の自由記述からも、視覚型では視覚的な全体イメージから漢字を捉えて読みを記憶しようとするのに対し、言語型では部首などに着目して分析的に漢字を捉え読みを記憶しようとした記憶方法の違いが反映したものであると考えられた。そして、遅延再生時において視覚型の「全体的なイメージ」は薄れてしまったのに対し、言語型の「分析した情報」は有効に機能し続けていたものと考えられた。
多和田, 稔 平田, 永哲 Tawata, Minoru Hirata, Eitetsu
学習障害が疑われる児童6名について、読字・書字指導を小学校通級指導教室で行った。言語性LDの場合、言語能力が低いため本児らの得意とする視覚教材を媒介として言語能力を育てていくことに主眼がおかれた。具体的には教科書の写本や挿し絵、フラッシュカード、絵カードなどを活用した。読む力については、逐次読みでは身に付かないので、文字を常に言葉や単語として意識させ、大意をつかむように指導した。10ヵ月間の指導の結果、指導開始当初と終了時点のITPAの結果は、言語学習年齢で2ヵ月から1歳8ヵ月の伸びが見られ、6名の平均では10.2ヵ月の進歩が認められた。この子達にとって個別指導の場としての通級による指導の有効性が確認された。
杉戸, 清樹 塚田, 実知代
(1)社会言語学・言語行動研究の領域で敬語や待遇表現の調査研究を進めていると,一般の回答者が,狭義の敬語だけでなく,より幅広い範囲の敬意の表現を意識しているらしいことがしばしば観察される。(2)たとえば,他人に何かを依頼する際に,依頼する理由や事情を言い添えるか,依頼する際の時間帯や媒体のことを断りとして言い添えるかなど,依頼表現全体の話の組み立て方という点に,敬語についてと同様の対人的な配慮が観察される。(3)面接調査の質問や回答結果によって検討すると,そのような表現を言い添えることが表現の丁寧さや相手への配慮を支えるという意識の存在することが,成人だけでなく高校生という若年層にも指摘できる。また,敬語形式の使い方から見て丁寧な表現には,こうした言い添えが現れやすいという関連も指摘できる。(4)そのような表現の内容を検討すると,単に言語形式・言語表現としての敬語や待遇表現だけでない,言語行動としての待遇表現の広がりが見えてくる。(5)こうした論点の広がりは,学校教育の場や国語審議会の議論の中にもすでに指摘される。この視点に立った敬語・待遇表現研究が,今後とも展開されるべきである。
Nishio, Tetsuo
ジバーリ・アラビア語は,エジプトのシナイ半島南部に住むベドウィン,ジバーリ部族が話すアラビア語方言である。西暦6 世紀にビザンツ皇帝ユスティニアヌスI 世が聖カトリーヌ修道院を創建したとき,ボスニア(旧ユーゴスラビア南西部),ワラキア(ルーマニア南部),アレキサンドリア(エジプト)から二百家族余りの農奴を強制移住させて,修道僧の警護や身辺雑事にあたらせた。彼らの子孫が現在のジバーリ部族であるとされている。 言語の面では,移住当初はラテン語の方言を話していたらしいが,徐々にアラビア語を話すようになり,現在では独特の方言特徴を持っているものの,いわゆるベドウィン系のアラビア語方言に分類できるアラビア語を話している。アラビア語化の過程で特殊なアラビア語が発生していた可能性が非常に高く,コミュニケーションのための共通語を持たない集団間で一時的に用いられる言語であるピジン的アラビア語が生まれ,やがて特定集団の母語として定着していく過程において,不完全なものであったピジン的アラビア語を言語として十分機能させるために,どちらの言語のものでもない特徴や規則を持ったクレオール的アラビア語が生まれたと推定される。 本論文では,まずジバーリ・アラビア語の言語構造の記述分析として,特にアラビア語の比較方言学的観点から重要であるジバーリ・アラビア語の言語特徴に焦点を当てながら,音韻論と形態論について記述的分析を行なう。次に,ジバーリ・アラビア語がいわゆる遊牧民方言(ベドウィン方言)の諸特徴を有しながら,都市部定住民方言の共通特徴も有する一方で,他のアラビア語諸方言には観察されない独特の方言特徴を有していることについて,比較方言学的観点からジバーリ・アラビア語の系統の問題を議論する。北西アラビア半島方言のなかでも西部グループに属する南シナイ方言の一つであるジバーリ・アラビア語は,新たに地域方言として形成されてきた南シナイ方言の特徴を共有することで言語的同化をはかった。さらに,これと平行しながら,南シナイ地域における部族集団間関係におけるジバーリ部族の社会的位置が原因となって,自らの集団的アイデンティティー保持のための言語的指標を確立するという言語生態的動因による社会的力学が働き,独特の孤立的方言特徴が発展してきたと推定される。
Clos, Ruben Casado, Valenzuela Alicia
本研究は、日本の言語景観において、英語の権威がその他の外国語の立ち位置に対し影響を与えているかを考察する。具体的には、英語以外の外国語が日本語に翻訳される際、起点言語の特徴がそのまま反映されずに、英語の語句が部分的、又は全面的に使用されているかを観察する。とりわけ本研究では、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語、ポルトガル語の五つの言語が、日本における映画名の言語景観において、英語化しているかどうかを確認した。その手段として、これら五つの言語を元とする 338 本の映画を対象とし、それらの映画が日本で配給された際の題名を確認した。その結果、日本語への翻訳過程における外国語の英語化は、映画のジャンルにより、その程度に差異が存在することを明らかにした。特に、アクション、サスペンス、ホラー映画名の英語化率が高かった一方、ドラマ、ドキュメンタリー、コメディ映画名の場合は比較的に低かった。この故、アクション映画が少なかったイタリア語の映画名の英語化は稀であった一方、アクション映画が多かったスペイン語やロシア語の映画名の英語化は顕著であった。
鄭, 惠先 JUNG, Hyeseon
本稿では,方言を役割語の一種として定義した上で,日韓両国での方言意識調査を通して,役割語としての両言語方言の共通点と相違点を具現化した。最終的には,日韓・韓日翻訳の上で,両言語方言を役割語として有効活用することが本研究の目的である。考察の結果,以下の4点が明らかになった。1)両言語母語話者の方言正答率から,韓国の方言に比べて日本の方言のほうで役割語度が高いことが予想される。2)「共通語」対「方言」の対比的な役割語スタイルは,両言語母語話者の方言意識の間で共通している。3)「近畿方言」と「慶尚方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,一部のステレオタイプの過剰一般化が役割語度アップを促進していると推測される。4)「東北方言」と「咸鏡・平安方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,「東北方言」に比べて「咸鏡・平安方言」の役割語度がきわめて低い可能性がうかがえる。以上の結果をもとに,両言語方言の役割語としての類似性を巧く生かすことで,より上質の日韓・韓日翻訳が実現できると考える。
Nagano, Yasuhiko
ギャロン語はチベ ッ ト・ビルマ語族の歴史を考える上で重要な言語であるが,こ の言語に関する記述資料は少ない。小稿はその状況を少しでも改善するための試みであり,構想しているレファランスグラマーを著すための第一歩である。特に,動詞句とそこに働く形態統辞論的メカニズムに記述の重点をおいた。
大石, 太郎 Oishi, Taro
この小論では、カナダ東部ノヴァスコシア州におけるフランス語系住民アカディアンの居住分布と言語使用状況を現地調査とカナダ統計局のセンサスに基づいて検討した。その結果、農村地域に古くから存在するアカディアン・コミュニティでは英語への同化に歯止めがかかっているとはいえない一方で、郁市地域であるハリファクスでフランス語を母語とする人口や二言語話者が増加していることが明らかになった。これまで教育制度の整備などの制度的支援の重要性が指摘されてきたが、カナダの場合、農村地域に古くから存在するフランス語系コミュニティには遅きに失したと言わざるをえない。その一方で、都市地域が少数言語集団にとって必ずしも同化されやすい地域ではなくなりつつあることが示唆された。
簡, 月真 CHIEN, Yuehchen
宜蘭クレオールは台湾で話されている日本語を語彙供給言語とするクレオール語である。台湾東部の宜蘭県においてアタヤル人及びセデック人の第一言語として使われているが,若い世代では華語へシフトしつつあり,消滅の危機に瀕している。本稿は,この言語の格表示に焦点をあて,その特徴を記述するものである。宜蘭クレオールでは,語順及び後置詞を格表示として用いている。具体的には,主語と直接目的語は語順,間接目的語とその他の項は5つの格助詞「ni, de, to, no, kara」によってマークされている。これらの格標識は上層言語である日本語由来のものであるが,そこには異なった用法が存在し,単純化への変化が認められる。また,niの意味用法の拡張なども見られ,独自な格表示のシステムが作り上げられている。
東条, 佳奈 黒田, 航 相良, かおる 高崎, 智子 西嶋, 佑太郎 麻, 子軒 山崎, 誠 Tojo, Kana Kuroda, Kou Sagara, Kaoru Takasaki, Satoko Nishijima, Yutaro Ma, Tzu-Hsuan Yamazaki, Makoto
医療記録データには、複数の単語が連結された合成語が多く存在する。そのため、自然言語処理を効率的に行うためには、合成語の語構成や、それらの構成要素の意味に着目し、合成語の構造を明らかにする必要がある。しかし、医療記録は非公開という資料的特質のため、言語学的な調査があまり行われてこなかった。また、医療関係者における意味のある言語単位も定まっておらず、整理の必要があった。こうした背景に基づいて作成した言語資源が『実践医療用語_語構成要素語彙試案表 Ver.2.0』である。本試案表は、『実践医療用語辞書ComeJisyoSjis-1』より抽出した合成語より作成した『実践医療用語_語構成要素語彙試案表Ver.1.0』を更新したもので、7,087語の合成語について、それぞれを構成する語構成要素6,633種と、語構成要素に付与した意味ラベル41種を収録している。本発表では、Ver1.0からの変更点と、本言語資源の特徴、意味ラベルに注目した語構成要素について概観を行った。
横山, 詔一 YOKOYAMA, Shoichi
言語変化の経年調査データから将来の言語変化を数量的に予測するモデル(横山・真田2010)について紹介した。このモデルは「臨界期記憶+調査年効果 → 共通語化」という図式にしたがって共通語化を説明・予測する。国立国語研究所が山形県鶴岡市を定点観測フィールドとして経年的に約20年間隔で過去3回実施した共通語化調査の大量データを,このモデルで解析した結果,アクセント共通語化などにおいて予測値と観測値が精度よく一致することが示された。
宇佐美, まゆみ
「談話(discourse)」という用語がよく聞かれるようになってかなりの年月が経つ。「談話研究(discourse studies)」という用語は、1970年代頃でも、言語学のみならず、心理学、哲学、文化人類学などの関連分野でも使われてきたが、最近では、学際的研究のさらなる広がりの影響を受けて、政治科学、言語処理、人工知能研究などにおいても、それぞれの分野における意味を持って使われるようになっている。本稿では、まず、「談話」という用語が言語学に比較的近い分野においてどのように用いられてきたかを、1960年代頃に遡って、7つのアプロ―チに分けて、概観する。また、「談話分析」や「会話分析」と「第二言語習得研究」、「語用論」、「日本語教育」との関係について簡単にまとめる。さらには、1980年代以降のさらなる学際的広がりを受けての「政治科学」や「AI(人工知能)研究」における用語の用いられ方にも触れ、それらの分野との連携の可能性についても触れる。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
方言の分布は時間の流れの中で変わるものなのだろうか。方言が言語である以上,方言も変化する。そのような言語変化が発生すれば,分布もそれに応じて変化する。その変化は徐々に中央から周辺部に拡大するものと考えられてきた。ところが,実際にとらえられている分布変化は,急速で一気に拡大するものである。その一方で時間を経てもなかなか変化が起こらないこともある。これらは伝達の道具としての言語の性質ゆえのことと考えられる。このように分布変化を追うことで方言の形成という方言学の究極の目標に迫る。
岡田, 祥平 正木, 喜勝
2017年4月1日,公益財団法人阪急文化財団は,財団が所有する各種資料をインターネット上で検索・閲覧できる「阪急文化アーカイブズ」を公開した。「阪急文化アーカイブズ」で検索・閲覧できる資料の中でも,1910年の開業以来阪急電鉄が手がけた事業に関する掲示物や,阪急沿線のイベントを告知する掲示物である「阪急・宝塚ポスター」類は,日本語研究,中でも言語景観研究の貴重な資料となり得る可能性を秘めていると思われる。本稿では,「阪急文化アーカイブズ」の概要を紹介したうえで,「阪急文化アーカイブズ」を利用した日本語研究,中でも言語景観研究の簡単な実践例を示す。そのうえで,「阪急文化アーカイブズ」を利用した日本語研究,中でも言語景観研究の可能性と限界を考える。
野田, 尚史 NODA, Hisashi
このサブプロジェクトは,(i)のような考えから出発している。(i)本当の意味で日本語教育を言語の教育からコミュニケーションの教育に変えるためには,日本語教育のための研究も言語の研究からコミュニケーションの研究に変える必要がある。 日本語教育のためのコミュニケーション研究というのは,具体的には(ii)から(iv)のような研究である。このサブプロジェクトでは,これからこのような研究を進めていく。
崎山, 理
本稿は前稿(崎山1991; 1999)を承け,前稿で見落とした資料およびその後の資料,文献によってマダガスカルにおけるオーストロネシア語族(とくにそのなかのマライ・ポリネシア語派に属する言語)起源の植物名称を追補し,また前稿で記した項目を補訂したものである。前稿以降,刊行された資料として,マダガスカル関係ではBoiteau(1999),フィリピン関係ではMadulid(2001)が,掲げられた項目と地方語を含む質,量の点で従来の類書のレベルを凌駕する。これらによってDempwolff 1938; Blust 1980–1989; 1988; Verheijen 1984; Wolff 1994が再構成した植物名称の祖語形から変化した語彙として,マダガスカルの形が示されていないものを補い,著者が今回あらたに再構成した祖語形を提示した。マダガスカルの植物名称は他の言語との間で意味のずれが大きく,これまでその語源が解明されていないものが多い。また本稿では西暦四世紀の中国資料『南方草木状』などを参照し,サンスクリット語の借用語にも着目して,マダガスカルの言語が分岐したころのマライ・ポリネシア語派における植物認識を比較言語学的手法により一層精密化することを試みた。
賀茂, 道子
本稿は,占領期に実施された言語改革の政治的側面を検討するものである。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は,複雑な日本語表記システムが民主化のための情報アクセスへの障害になると考え,言語改革を推し進めようとした。とりわけGHQによる民主化のための情報発信を日本人が理解できないことが問題視された。そのため,GHQが想定したリテラシーとは,新聞や憲法などを読んで理解できる能力であった。しかしながら,占領体制が安定し民主主義が浸透するなか,民主化のための情報発信も減少したことで,言語改革はローマ字化といった抜本的なものではなく,部分的な改革に終わった。同様に,リテラシーを測るための「日本人の読み書き能力調査」は,社会生活を送るうえでの最低限の能力を測るものへと変節した。しかしながら,漢字の削減などの言語簡易化によって民衆の情報アクセスは容易になっただけでなく,GHQの意向を斟酌した日本側の自主的な動きによって天皇の言葉や法律が口語化したことにより,民主化の動きを加速させたと考えられる。
八木, 公子 YAGI, Kimiko
教師の言語教育観は,自身の教育実践に反映されるとともに,教師が自己の教育実践を振り返る際の自己評価の基準としても働く。その意味で,教師が自己の言語教育観を客観的に把握し,検討し続けることは重要である。本稿では,119名の現職日本語教師に対する質問紙調査の結果をもとに,現職日本語教師の良い日本語教師像とそこに見られる言語教育観,自己評価基準を分析した。因子分析の結果,「授業技術」「学習者支援」「関係知識」「授業への意欲」「授業直結知識」の5因子が抽出されたことから,これらが,現職日本語教師の考える良い日本語教師像の枠組みであり,また,自己の教育実践を評価する際の基準であると考えられる。
松田, 謙次郎 MATSUDA, Kenjiro
Seifart et al.(2010)およびSeifart(2011)は名詞・代名詞・動詞の談話中における相対頻度数(NTVR)が言語内で,また言語間でも大きな分散を示し,類型論的に興味深い分布を示すものであることを明らかにした。ここでは岡崎敬語調査(国語研1957, 1983, 阿部(編)2010, 西尾他(編)2010, 杉戸2010a, 2010b, 松田他2012, Matsuda 2012, 松田他2013, 井上・金・松田2013)の回答文に形態素解析を施したデータを分析することで,(1)NTVR が回答者の加齢に影響を受けずほぼ一定の値を保っており類型論的指標として信頼しうる安定性のある数値であること;(2)NTVR には性差が見られ男性の値の方が女性の値より高いこと;(3)この性差が敬語補助動詞の使用頻度の性差によるものであると考えられること,の3点を主張する。NTVRは生涯変動を見せない安定した指標であるが,NTVR算出を目的とした談話データの使用に際しては,当該言語の社会言語学的変異にも配慮する必要がある。また,この研究は形態素情報付き岡崎敬語調査発話データの有用性の一端を示すものであり,こうしたデータの活用によって,岡崎敬語調査のデータは計画当初考えられていたものよりも遙かに多くの多種多様な言語学的問題に解答を与えることが期待される。
Delbarre, Franck
本論はビュジェー地方に位置するヴァルロメー地域で現在まだ話されている危機言語であるフランコプロヴァンス語のヴァルロメー方言の所有詞と不定詞についての考察である。今回は『ヴァルロメー方言』という書物(2001年出版)のコーパスに基づき、とりわけ該当方言の不定詞の形態とシンタックスを中心に述べる。フランコプロヴァンス語の諸方言については19世紀末から様々な研究が行われたが、戦後はむしろ研究の対象から外れる傾向にあり、現在話されているフランコプロヴァンス語の諸方言についての実態(その話者数や言語使用についてだけではなく、その言語的な発展についてでもある)はあまり知られていない。ここ20年で発行された書物(特に Stich と Martin)は形態論においては様々な情報を与えているが、シンタックス論においては大きく不足しているので、あまり話題にされていないヴァルロメー方言の形態とシンタックスのあらゆる面において研究を始めることにした。『ヴァルロメー方言』におけるヴァルロメー方言の不定詞の形態をまとめて、時折フランス語(本論の執筆者の母語でもあり、言語的にはフランコプロヴァンス語に最も近い言語でもある)の観点からも見ながらその方言の形態とシンタクスについて述べる。このような現代ヴァルロメー方言のシンタクスと形態の記述が試みられたのは初めてであろう。
鈴木, 貞美
文芸作品を研究の対象とし、また他の分野の研究の素材として用いるに際して、不可欠なのは、作品を作品として対象化する態度の確立である。 かかる態度の端緒は、時枝誠記『国語学原論』によって開かれているが、その基本は、言語を人間の活動性において把握しようとする立場にある。 この活動論的契機を芸術一般論に導入し、作品を作家の主観へ還元する近代人格主義的芸術観を批判しつつ、芸術活動の本質をなすものは、虚構を美的鑑賞の対象として扱う鑑賞的態度であると仮定する。 次に、時枝言語論を芸術論へと拡張し、表現を認識の逆過程とする三浦つとむ「表現過程論」を批判的媒介とすることで、芸術活動の目的が鑑賞者の美的規範に働きかけるものであること、作品制作過程に「作者と鑑賞者の相互転換」の運動が成立していること、及びその運動の成立する”表現の場所”における転換構造の分析を行う。 さらには時枝言語論、吉本隆明『言語において美とは何か』の根本概念について活動論的な検討を加えて、文芸表現活動の特質が、芸術活動と言語活動の二重性をもつ以上、作品を作品として対象化する態度の基本は、その虚構性と文体性を結合する表現主体の「方法」の把握にあると主張する。
松下, 晶子 丸山, 岳彦 MATSUSHITA, Shoko
現在、「日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム」により、1950年代以降のテレビドラマの脚本を収集し、それらを体系的に保存・アーカイブ化する活動が進められている。脚本は、「話されることを前提とした書き言葉」という点で特徴的な書き言葉であるが、これまでの言語研究の中で顧みられることは少なかった。収集した脚本をコーパス化して定量的に分析することにより、新たな言語学的利用の可能性が開かれると考えられる。そこで本発表では、脚本のテキスト化・コーパス化を試験的に実施した経緯を述べ、そのデータを使ってどのような言語研究が可能になるかについて論じる。故市川森一氏による、1970年代から2010年代までの脚本、32作品をテキスト化し、パイロットスタディを実施した。このような分析は、近現代における言語の短期的な変化の研究、ある作家の作品に関するコーパス文体論的研究などにつながると考えられる。
Keith, Barry
世界中で約7,000 の言語が使用されていると言われているが、その半数が消滅の危機に瀕している。特に、アメリカ合衆国における先住民言語の維持と保護は緊急の課題である。本稿では、オクラホマ州におけるチェロキー語に焦点を当て、その消滅の危機に瀕している背景および現代における復興のための取り組みを考察する。
吉満, 昭宏 浜崎, 盛康 Yoshimitsu, Akihiro Hamasaki, Moriyasu
本稿は、L. ライトの「診断的論証」を紹介し、そこでの非言語的要素について論じる。まずは論点を設定し、背景としての彼の哲学について触れる(第1 節)。次に、彼独自の診断的論証について紹介し(第2 節)、そこでの非言語的要素の扱いについて見ていく(第3 節)。最後に、診断的論証の哲学的意義を考察し、今後の展望を提示して論文を締めくくる(第4 節)。
南部, 智史
本稿では,異なる特徴を持つコーパス間の比較とコーパスで利用可能な場面や話者(または書き手)の情報を活用することで,バリエーション現象における言語形式の選択に関わる言語外的要因についてどのような側面から分析可能か探索的に考察した。3種類のバリエーションを分析した結果,(i)コーパス間の比較と現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)のジャンル間の比較による書き言葉と話し言葉の差異,(ii)年齢または生年情報を用いた言語変化および年齢差(age-grading),(iii)日本語話し言葉コーパス(CSJ)の改まり度と日本語日常会話コーパス(CEJC)の発話場面を利用したフォーマリティ,(iv)性差,について分析できる可能性を示した。また,CEJCの会話の録画映像の分析から,コーパスが持つ特性を活かした多角的な研究の可能性についても言及した。
リュッターマン, マルクス
小論では先行研究を伝授史料と合わせて、非言語的な記号群に限定して日本書札礼の一特徴となる傾向を考察している。一五九四年に布教者ザビエルと日本人パウルスとがインドで出会い、文面を譬喩に、文化の相違点を巡って懇談した。その会話に触発されて、二人がそれぞれ教授された西洋と東洋の伝承を遡って、書簡や文通における非言語的なコミュニケーションの作法史分析を試みる。この分析によって、文化の「面」や型がどのように形成し、とりわけ「行」の縦と横の譬喩はいかなる意味を秘めているか解明してみる。ひいては形式的な場において日本書札礼の非言語的な記号はどのように、且つどれほど人と人との位置の「差」を儀礼的に表現しているか示したい。
南部, 智史 朝日, 祥之 相澤, 正夫 NAMBU, Satoshi ASAHI, Yoshiyuki AIZAWA, Masao
本稿では,国立国語研究所が札幌市,富良野市で実施した社会言語学的調査(1986-1988)のデータを利用し,ガ行鼻音の衰退過程とその要因について定量的観点から議論する。分析にはロジスティック回帰を採用し,ガ行鼻音の使用に関わる言語外的・内的要因を統計的に検証した。その結果,東京におけるガ行鼻音の衰退と同様に,札幌市と富良野市でもガ行鼻音の使用率の減少が見られた。また,ガ行鼻音の使用に関わる要因について時系列的な観点から分析を行ったところ,個々の要因の制約に従いながらガ行鼻音が衰退していく過程(「秩序ある異質性」'orderly heterogeneity', Weinreich et al. 1968)が観察された。さらに,Hibiya(1995)が指摘する東京都文京区根津におけるガ行鼻音の衰退現象との比較を行い,札幌と富良野でのガ行鼻音衰退という言語変化の動機について,両地域のガ行鼻音に関わる言語体系とその社会的側面という2つの観点から説明を試みた。1つは,言語機能的に余剰と見られるガ行音の鼻音性が,余剰を解消する方向への変化によって消失した(「下からの変化」,'change from below')と見る立場であり,もう1つは,Hibiya(1995)が指摘する根津におけるガ行鼻音衰退の要因と同様,社会的な意味(威信)を伴って非鼻音のガ行音の獲得が起きた(「上からの変化」,'change from above')と見る立場である。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
2007年10月に中国北京日本学研究センターで開催された国際シンポジウムにおいて,最近の日本語研究の新動向の一つとして,「言語問題への対応を志向する日本語研究」の事例を紹介した。国立国語研究所の「外来語」言い換え提案を取り上げることにより,日本語の体系や構造,あるいは日本語の使用実態に関する調査研究を基盤としながらも,さらにその先に日本語の現実の問題を見据えた総合的・実践的な「福祉言語学」の一領域が既に開拓されていることを示した。
仲原, 美奈子 神園, 幸郎 Nakahara, Minako Kamizono, Sachiro
知的障害児は言語の発達の遅れを伴うが、重複して聴覚に障害がある場合、言語発達の遅れは顕著になる。しかし、聴覚障害の感覚の補助手段として補聴器等を装用することにより、保有する聴力を活用することができる。そこで、本研究では、知的障害を含め様々な障害を有する聴覚障害児において、聴覚補償のひとつとして補聴器装用を支援し、聴覚の活用を促すことで言葉の発達へと繋がった事例を報告する。実践においては、聴力を含めた実態把握や保護者の心情理解を踏まえ、対象児の心の動きや思いを大切にしながら周りの状況や行動を常に「言語化」して言葉かけをする「生活の言語化」を指導の基本方針として取り組んだ。また、スムーズな補聴器の装用につながるよう適切な聴力評価と聴覚活用の工夫に配慮した。補聴器装用前は、理解言語の語彙数も少なく1語文での表出が主だった対象児が、補聴器装用後は、多語文で表出するようになってきた。また、保護者からは、「よく言葉がわかるようになった。」「おしゃべりになってきた。」との報告があり、補聴器装用前と装用後の変容から、補聴器装用が対象児にとって有効だったとの結果が得られた。
竹内, 孔一 TAKEUCHI, Koichi
含意認識タスクなど言語処理での文間の表現を取り扱う際,名詞の意味的な関係を捉える必要がある。言語学の分析から名詞の中には名詞の意味を補完する外部情報が必要なものが分かっており,生成語彙における特質構造(クオリア構造) として記述することが提案されている。また言語資源ではNomBank に代表されるように名詞の項構造を事例とともに構築されている。本研究では,先行研究で提案された特質構造を利用した名詞の項構造データを基に言語処理の観点からより形式化した構築法を提案する。具体的には名詞の項構造の例文を構築するとともに,項を同定し,述語との関係を項構造を通して結び付ける記述枠組である。述語のデータとして述語項構造シソーラスを利用し,NTCIR のRITE-2 で出現した名詞を対象に項構造の例文および対応する述語と項の関係を記述したデータを構築した。本稿では,記述枠組,および具体的に構築した名詞項構造データの事例を説明すると共に,付与での問題点や現状について記述する。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
方言と地域共通語とでは,捉え方の方向性,観点が基本的に反対である。方言が,地域差すなわち変異の観点からみた各地の日本語であり,区画論的に言えば,ある言語的基準に関する差異性をもとに,広い地域から狭い地域へと日本語を地域区分した結果であるのに対して,地域共通語は,個人や地域ごとに多様な日本語を何らかの均一性の観点から見直し,その通用範囲の広がりによって統合していく過程の中に認知されるものである。本稿では,北海道の富良野・札幌における社会言語学的調査の資料にもとづき,主として後者のようなことばの共通性の視点から,両地点における都市化の程度差に注目しつつ,いわゆる北海道共通語の使用状況と,その背後にある話者の言語使用意識との関係について分析・報告する。
石川, 慎一郎
「多言語母語の日本語学習者横断コーパス(I-JAS)」は、2020年のリリース以降、日本語教育・第二言語習得の研究分野で広く使用されている。しかし、海外の学習者コーパス研究で広く実践されている計量的な中間言語対照分析(contrastive interlanguage analysis:CIA)は、I-JAS 研究ではあまり普及していないようである。この理由の一端は、I-JAS の習熟度データの複雑性と、I-JASのダウンロード版テキストデータの扱いにくさにあると思われる。そこで、筆者は、習熟度を統制したCIAの実現のため、新しい習熟度指標で1,000人の学習者を再分類し、すべてのテキストデータを単一のエクセルシートに集約した「I-JAS for CIA」というデータシートを作成した。本稿は、「I-JAS for CIA」の構築過程とその利用法、また、研究応用の可能性について報告する。
石川, 慎一郎 ISHIKAWA, Shin'ichiro
『多言語母語の日本語学習者横断コーパス』(I-JAS)を初めとする大型の日本語学習者コーパスの整備が進んだことで,母語話者と学習者の言語運用を比較し,学習者の逸脱性を明らかした上でL2教育の質的改善を図る可能性が拓かれつつある。しかしこうした研究を実践する際には,母語話者データおよび学習者データの性質を十分に理解し,得られた結果を慎重に解釈する必要がある。本研究では,日本語学習者コーパスの教育応用を考える際に留意すべき問題点を概観した後,とくに母語話者によるL1産出データの安定性の問題を取り上げ,I-JASを使った検証を行う。検証の結果, 母語話者のL1産出であっても,その正確性や言語特性については想像以上の多様性が存在することが示された。
Yogi, Minako 與儀, 峰奈子
アメリカ合衆国ではアフリカ系アメリカ人を巡る様々な問題が存在する。彼等の言語を巡る問題もその1つである。本稿ではアフリカ系アメリカ人英語の音韻的・統語的特徴を考察し、その規則性を明らかにする。そして、アフリカ系アメリカ人が自分達の言語と標準英語の両方を深く理解するためにも、教師がそれぞれの特徴を把握しクラスルームで紹介する必要性があることにも触れる。
Nagano, Yasuhiko
ギャロン語は中国四川省西北部に話されるチベット・ビルマ系の言語である。1930年代以降記述研究が発表され始め,ようやく近年その文法構造の概要が明らかになってきた。著者は1984年以降この言語の文法記述に努めてきたが,最近従前のモノグラフには記述されていない否定辞の形式を発見した。小稿ではその否定辞の生起の仕方を記述的に整理分析し,合わせて歴史的来源に関する見通しを述べる。
西内, 沙恵 NISHIUCHI, Sae
本稿では多義語が有する複数の意味をどのように確認できるか,言語学的な方法に焦点をあてて検討する。多義語は同一の音形に意味的に何らかの関連を持つ二つ以上の意味が結びついている語と定義される。多義語の語義の粒度は研究の目的や研究者の立場によって異なるため,多義性を認める方法も言語学的なアプローチと心理実験的アプローチからさまざまに考案されてきた。本稿では先行研究で提案されてきた,多義性を認める言語学的な方法を,語彙テスト・文法テスト・論理テストに区分して一覧し,その有効性を検討する。それぞれのテストがどのような仕組みによって成り立っているかを分析し,どの程度の粒度で語義が認められるかという観点から各テストの特徴を論じる。現代日本語の名詞・形容詞・動詞を対象にそれぞれのテストが有効に働く品詞を検討し,その適用範囲を示す。
森, 篤嗣 内海, 由美子 MORI, Atsushi UTSUMI, Yumiko
「生活のための日本語:全国調査」における山形県の回答者の中から結婚移住したアジア女性を抽出し,首都圏(新宿・千葉)と全国の同回答者を比較対象に,生活状況と日本語使用について分析した。その結果,首都圏・全国の定住アジア女性に比べて,山形は滞日年数が長く学習の場を持たずに日本語を自然習得している人が多い,「書く」に対する自己評価が低く強い学習ニーズを抱いている等の傾向が見られた。滞日年数に従い日本語でできる言語行動が増える一方,「書く」に対しては不全感を抱いている。また,「地域交流」「幼稚園・学校」場面での言語行動の頻度が高く日本語でできる人が多かった。つまり山形の定住アジア女性にとっては,地域の日本人ネットワークで人間関係を築く・維持するための言語行動の必要性が高い。以上から,地域日本語教育には,「書く」に対する学習支援とともに,高度な言語行動を視野に入れた学習支援が求められていることがわかった。
Hiratsuka, Takaaki 平塚, 貴晶
教師主導的実践研究、特に探究的実践活動(EP) (Allwright & Hanks, 2009) が言語教師の教育活動や研究活動にどのような影響を与えるかはあまり知られていない。本研究では、独自に開発されたEPプロジェクトがEFLティームティーチング環境下で働く言語教師の活動、特に彼らのエージェンシーにどのような影響を与えるかを検証した。データは2つの高等学校で働くティームティーチングペア2組から授業観察、ペアデイスカッション、グループディスカッション、EPストーリー、そしてインタビューといった質的手法を通して収集された。その結果、そのEPプロジェクトは先生方の教師・研究者としての主体性を促し、責任感を増幅すること、つまり彼らのエージェンシーを高めることが判明した。本論では最後に言語教師教育に関する提言を行う。
奥野, 由紀子 リスダ, ディアンニ OKUNO, Yukiko RISDA, Dianni
本研究は,日本語学習者を対象として収集したストーリー描写の「話す」課題と「書く」課題のデータに違いが見られるか,その要因は何かを探索的に分析するものである。作業課題による中間言語の変異性(variability)は70年代から調査されており,Tarone(1983)は,中間言語の作業課題による共時的な変異の原因は,注意量の差であると主張している。今回使用するデータは,現在進行中の学習者コーパス構築のためのプロジェクトの調査データの一部であり,5コマ漫画の描写を使用する。日本語能力に差のないインドネシア語,英語,タイ語,中国語,ドイツ語を母語とする5か国の学習者15名ずつ計75名を対象として分析する。分析の結果,対象箇所の描写には,大きく以下の4パターンが見られた。(犬に食べ物を)(1)「食べられてしまいました・食べられてしまった」など「受身+しまった」を使うパターン,(2)「食べられました」と受身を使用するパターン,(3)「食べてしまいました」と「動詞+てしまう」を使うパターン,(4)「食べました」と単純過去を使用するパターン。また,「話す」課題と「書く」課題でそれらのパターン使用にどのような違いがあるかを分析し,「書く」課題で「話す」課題よりも複雑なパターンになるケースが多いものの,違いがないケースもほぼ同数存在したこと,また,複雑な形式であるがゆえに正確さが落ちる場合もあること,正確さを高めるためにより単純な形式を使用する場合もあることなどが明らかとなった。これらの事例を通し,課題の違いに見られる中間言語変異性には学習者の言語的知識,自らの運用を客観視するメタ言語的知識,運用に至る構成的処理過程を支える心理言語学的知識という各知識レベルが関与している可能性を指摘する。
相澤, 正夫
話しことばコミュニケーションの模様を第三者の立場から描写するとき,「『私は怒ってなんかいません』とふるえる声で言った」「『そうですか』とがっかりした口調で言った」のように,引用符の中に話された内容を示し,引用符の外にそのときの話し方の特徴を補うという方法がしばしばとられる。音声による言語行動を忠実に捉えようとするならば,引用符の中の言語形式として再現しきれない要素をひろいあげ,必要に応じて補足するというかたちで全体を再構成しなければならない。本発表では,音声による言語行動を構成するさまざまな要素のうち,話し方の特徴に深く関わる「声の調子(tone of voice)」と呼ばれる部分に注目し,日常的な日本語による描写ではそれがどのように再現されているのかを,「声」と「口調」という切り口から探ってみる。資料収集の対象としては,多様な対話場面を数多く含むということで推理小説を選んだ。具体的には,次の三点に言及する。(但し,調査研究としては,資料収集と分析の観点を探索する段階にあり,あくまでも中間報告であることをお断りしておく。)(1)日本語では,話し方の特徴を「声」「口調」の様態として描写する傾向が強い.このことは,英語で書かれた推理小説の原文とその和訳との対照からも推察される。(2)「声」として描写される事象と「口調」として描写される事象とには,それぞれに固有の部分と重複する部分とがあり,重複する部分もかなり大きい。(3)「声」「口調」を描写する語彙・言語表現を大量に集め,体系的に整理・分析することによって,音声による言語行動の総合的な解明に向けて,言語学(特に語彙論)の側から有用かつ不可欠な情報を提供することができる(のではなかろうか)。
朝日, 祥之 ASAHI, Yoshiyuki
本稿では,独創・発展型共同研究プロジェクト「接触方言学による『言語変容類型論』の構築」で企画・実施された調査研究の成果を紹介した。最初に,研究目的と実施された調査の設計を述べた。その後,研究期間中に実施された様々な調査のうち,北海道札幌市と釧路市で実施された実時間調査と愛知県岡崎市で実施された敬語と敬語意識調査で取り扱われた「道教え」場面調査の調査結果,ならびに国内4地点における空間参照枠に関する調査結果を取り上げた。また「言語変容類型論」構築の試案を提示し,その提示の方法,試案の有用性,反省点,今後の当該分野に関する展望を行った。
滝浦, 真人 TAKIURA, Masato
「ことば遊び」のコミュニケーション上の機能を,ヤーコブソンの〈詩的機能〉とグライスの会話理論を媒介にしながら論じる。それ自体としての〈詩的機能〉は,語の音的/意味的連想を範列軸から連辞化して展開する自動機械的な言葉の"生成装置"であり,それによって生成されるという点では「詩的言語」も「病的言語」も同じである。ヤーコブソンは,両者の類似については論じたが,差異については論じなかった。「詩的言語」を「病的言語」から分かつ一線は〈文脈〉の質にある。そして,〈文脈〉の質の問題は,「ことば遊び」において最も典型的に現れる。グライスの会話理論に当てはめてみると,ことば遊びは「協調の原理」からの逸脱であり,しかもそれは「会話の含み」を生じさせる"見かけ上の逸脱"ではないことがわかる。そのかぎりにおいて,ことば遊びは「レトリック」ではないのであり,文字どおり,"伝えない"コミュニケーションであると言わなければならない。ことば遊びは,様々な仕方で語の意味的連関としての文脈を脱線させるが,今度はそのことが,言葉の流れそのものとしての文脈に対する注意を喚起し,結果的に,ある種の発見的な感覚を伴った強い印象を生じさせることに成功する。その意味で,ことば遊びの固有性は,ヤーコブソンの〈メタ言語的機能〉の体現者でもあるところに求められなければならない。
Goya, Hideki 呉屋, 英樹
近年、文科省の推し進めるアクティブラーニングは多くの研究者や教育関係者の注目を集めている。本研究は外国語として英語を学ぶ日本人大学生の批判的思考能力と言語能力の育成に目標を定めたプロジェクト型学習を行い、両方の能力におけるその教育的効果を調べた。対象となった授業は英語ライティングの入門講座で、1 6週間に渡り、英語母語話者との交流を通じて議論を行いながら、自らで選択したトピックについて調べ、発表し、議論し、そしてエッセとしてまとめた。事前事後テストの結果より、全体的に言語能力の成長が見られ、特に中級程度のレベルの学習者では、上級レベルの学習者では見られなかった言語能力の向上が見られた。その結果をもとに教育的示唆と理論的示唆が示された。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
2009年10月に始まった共同研究プロジェクト「日本語レキシコンの音韻特性」の中間報告を行う。このプロジェクトは,促音とアクセントを中心に日本語の音声・音韻構造を考察し,世界の言語の中における日本語の特徴を明らかにしようとするものである。促音については,主に外来語に促音が生起する条件およびその音声学・音韻論的要因を明らかにすることにより,日本語のリズム構造,日本語話者の知覚メカニズムを解明することを目指している。アクセントについては,韓国語,中国語をはじめとする他の言語との比較対照を基調に,日本語諸方言が持つ多様なアクセント体系を世界の声調,アクセント言語の中で位置づけることを目指している。本論文では本プロジェクトが明らかにしようとする問題点と近年の研究成果を総括する。
大滝, 靖司 OTAKI, Yasushi
本研究では,子音の長さが音韻論的に区別される6つの言語(日本語・イタリア語北米変種・フィンランド語・ハンガリー語・アラビア語エジプト方言・タイ語)における英語からの借用語を収集してデータベースを作成・分析し,各言語における借用語の重子音化パタンを明らかにする。その結果から,語末子音の重子音化は,原語の語末子音を借用語で音節末子音として保持するための現象であり,語中子音の重子音化は原語の重子音つづり字の影響による現象であることを指摘し,純粋に音韻論的な現象は語末子音の重子音化のみであることを主張する。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
進行中の共同研究プロジェクト「多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明」の成果として,2013年10月に論文集『現代日本語の動態研究』を刊行した。本稿では,その中から「ヒモトク」という合成動詞の変異・変化を扱った1編(相澤2013)を紹介する。大規模なコーパス調査と全国規模の意識調査を複合的に活用しながら,言語変化の先端的現象の把握・分析を試みたものである。「言語動態を多角的にとらえる」とはどういうことなのか,具体的な研究事例を通してプロジェクトの狙いを示す。
増田, 恭子
多言語母語の日本語学習者横断コーパス(I-JAS)の対話データ(約15時間)を用い,言語熟達度の異なる英語母語話者(留学経験のない初級後半学習者10名,留学経験のある中級学習者10名)と日本語母語話者(10名)の相互行為詞の言語使用の実態を検討した。Bardovi-Harlig & Bastos(2011)によると,言語熟達度と語用論的マーカーの使用には複雑な関係があるが,熟達度が高い学習者ほど汎用的なマーカーの使用が多く,使用頻度も高い。本研究では,「ね」「よ」「よね」など文末に現れる相互行為詞の種類とその頻度を調査した。その結果,(1)初級後半のグループは定型表現が多く,「ね」「よ」「か」「かな」の4種類に限られていたが,中級学習者は使用の種類も9種類と広がりを見せ,頻度も多く,言語熟達度と相互行為詞の使用にはある関係性が確認できた。(2)「か」の機能にも,言語熟達度による質的な違いが見られた。初級後半学習者の注視先は,あくまで話者主体であり,会話に出てくる言葉の意味確認のために使われていたのに対し,中級学習者の注視先は会話の相手で,自分のナラティブを理解しているのかを確認するための表現(「Lock-upという居酒屋ってわかりますか」)に使われていた。つまり言語熟達度が上がると,主体と会話相手が持つ知識や経験に注視し,相互主体性が高くなるようだ。(3)「よ」に関しては,学習者の使用は非常に限られているのに対し,日本語母語話者は「よね」や「んですよ」という「よ」のバリエーション表現が多かった。相互行為詞と同様に「のだ」構文も初級の教科書に出てくるが,その多義性や文脈依存性のために,習得が難しい。I-JASの母語話者は,ナラティブにおいて背景的状況を伝えるために「んですよ」を使ったり,話し手が意見を主張しながらも聞き手に同意を求める感情的な関わりの高い「よね」を使用していた。今後は,コーパスを活用し,用法基盤モデルの研究成果を活かし,言葉をルールではなく,言葉の概念を中心に相互主体性の視点も取り入れ体系的に教えることが望ましいと思われる。
鈴木, 博之 丹珍曲措
本稿では、中国雲南省徳欽県雲嶺郷で話されるカムチベット語諸方言(sDerong-nJol 方言群雲嶺山脈西部下位方言群)において観察される歯茎破擦音と歯茎摩擦音のゆれについて、佳碧、八里達、査里頂、査里通、永支の5か村で話される変種に認められる音声現象を簡潔に記述し、そこに認められる記述言語学、歴史言語学上の問題を議論する。
崎山, 理
本論は,筆者が手掛けてきたオーストロネシア語比較言語学のわくを,日本語の系統論にまで拡大しようとするものである。日本語の系統は,現在も,南イソドあたりまでルーツを求めにゆくなど,けっして安定した研究期にはいったとは言えない側面がある。筆者は,このような異常な状況を生み出してきたのは,縄文時代以降,日本語が形成されるにさいして経過した長い歴史,またそれと関連するが,日本列島に居住していた異なる民族間で発生した言語混合による結果であるととらえ,すでに幾本かの論文を発表してきた。さいわい,昨秋,日本言語学会におけるシソポジウムで,これまでの論拠を集大成する機会が与えられたのを機に,会の限られた時間内で十分報告できなかったこと,またそのときのコメントにも答える形で,本論を仕上げている。
宮川, 創
「国立国語研究所デジタルアーカイブNINDA」は,デジタルアーカイブ専用のコンテンツ・マネジメント・システムであるOmeka Sを基盤に,文献画像・PDF・音声・動画をIIIFで,メタデータをDublin Coreで提供する。これらの形式は,デジタル人文学において世界的な標準となりつつあり,文献資料系のデジタルアーカイブでは国内外で頻繁に用いられている。しかし,これらの世界標準は,音声とその書き起こしテキストを中心とした言語資料系のデジタルアーカイブでは国内外でまだ広く用いられていない。本研究では,音声とその書き起こしテキストを中心とした言語資料系のデジタルアーカイブに関して,国内外でまだ広く用いられていないこれらの世界標準を言語資源にどのように活用させるかについて論じる。そして,モデルケースと方法論について詳述する。最後に,インターリニアグロス付きテキストのTEI XMLのOmeka Sへの組み込みなどの将来の展望について論じる*。
Yogi, Minako 与儀, 峰奈子
世界の色々な言語に女性・男性の性差による話し方の違いが存在することは多くの言語学者によって指摘れ、社会言語学的な観点からの研究が盛んに行われている。アメリカ英語におけるその分野の研究はRobinLakoff (1975)の著書Language and Women' s Placeが導火線となった。Lakoffの研究は本人の内省と周囲の人を観察したものに基づいたものだが、その著書の中で「女性の言葉j と「女性に関する言葉」について言及し、性差によって話し方が違うことと、女性は男性と異なった表現をされていることを指摘している。本稿では、Lakffが「女性の言葉」の特徴として指摘した「専門的な色彩ことば(mauve,lavender,a quamarine)のような特殊な語嚢」"Oh,dear!"," Dear me!"," Oh,f udge!"のような弱い虚辞(weaker expletives),'divine'や、'charming','sweet',' adorable'のようなLakoffの言ういわゆるempty adjectives(ほとんど意味のない形容詞),誇張表現としての副詞"so intensive "so")と「女性に関する言葉」について、1 8 5名のアメリカ英語のネイテイブ・スピーカーにアンケー卜を行い、性差による言語使用の違いについて考察した。
長屋, 尚典 鈴木, 唯 榎本, 恵実 NAGAYA, Naonori SUZUKI, Yui ENOMOTO, Emi
国立国語研究所における移動事象に関する通言語的プロジェクト(Motion Event Descriptions Across Languages,略称:MEDAL)は,移動事象表現の通言語的および個別言語的なバリエーションを研究する共同研究プロジェクトである。このプロジェクトの目的の1つは,ビデオを使った産出実験を行うことで,移動の経路が通言語的にどのようにコード化されているのかを解明することである。本論文では,典型的な経路主要部表示型言語といわれてきたトルコ語を対象にその実験を行った結果を報告する。この論文のもっとも重要な発見のひとつは,トルコ語が経路をコード化するときに経路の種類に応じてコード化のバリエーションを示すことである。経路FROM, TO.OUT, TO.IN, THROUGH, PAST, VIA.UNDER, VIA.BETWEEN, AROUND, ACROSS, UP, DOWNにおいては経路主要部表示型の表現パターンが支配的であるものの,経路ALONG, TO, TOWARDにおいては経路主要部外表示型の表現パターンが優勢である。こうして,本論文は,トルコ語の経路表示のパターンについてより細やかな一般化が必要であると指摘し,経路が違えば経路表示も異なるという事実に注目するべきであると主張する。この論文ではさらにトルコ語と他の言語の対照言語学的な違いについても言及する。
大石, 太郎 Oishi, Taro
この小論では、カナダの英語圏都市におけるフランス語系住民の社会的特性を、ノヴァスコシア州ハリファクスを事例に、質問紙調査に基づいて検討した。その結果、ハリファクスのフランス語系住民は、高校卒業時点までは出生した州内に居住している割合が高く、高学歴であり、二言語能力を義務づけられたポストについている例が比較的多く、就業を主な要因としてハリファクスヘ移住している、という社会的特性をもつことが明らかになった。ケベック州出身者が多く、帰還移動の意思を持つ人も多いという点はコミュニティ発展の不安定要素といえるが、現時点ではフランス語系住民のこうした社会的特性が少数言語維持に対する制度的支援をより効果的にしており、カナダの英語圏都市における二言語話者の増加につながっていると考えられる。
朝日, 祥之 吉岡, 泰夫 相澤, 正夫
行政から提供される情報には,外来語・略語・専門用語が増加し,自治体は住民に対して分かりやすい行政情報を提供することが求められている。国立国語研究所では,行政情報の発信者である自治体職員と受信者である住民とのコミュニケーションに関する意識調査を実施した。その結果,語彙的特徴やパラ言語的特徴,非言語的特徴よりも,方言と共通語の使い分けに関する意識に地域差が認められることが明らかとなった。
Hijirida, Kyoko 聖田, 京子
ハワイ大学東アジア言語・文学科では2004年秋学期より新講座「沖縄の言語と文化」を開講した。それに先立つ2年間の準備期間中に,担当教員2人(聖田京子,Leon Serafim)が,ハワイ大学及びハワイ地域社会の支援を得て,沖縄へ赴き資料収集を行った。琉球大学等とのネットワークを形成すると共に,豊富な資料・教材を収集することができ,講座開講に向けて,教材作成を中心とするカリキュラムの準備を順調に進めることができた。 コース内容は文化を中心にした楽しい沖縄学と,聞き,話し,読み,書きの4技能の習得及び基本的な言語構造を理解する沖縄語の初級レベルを設定した。言語学習には,まず表記法と,言語と文化の教科書を決めることが重要な課題であったが,琉球大学と沖縄国際大学の関係者の支援により解決することができた。 文化に関するコース内容は,年中行事,諺,歴史上の人物,民話,歌(琉歌を含む)と踊り,料理,ハワイの沖縄コミュニティーなどの領域を取り上げた。特に,沖縄の文化的特徴や価値観などを表すユイマール,イチヤリバチョーデー,かちゃーしーなどは,クラスのプロセスで実践による習得を目指した。 基本的な学習が終わると,学生は各自のテーマで研究し,ペーパーを書き,発表することとし,それによりクラス全員が更に沖縄学の幅と深みを加え,沖縄理解に至ることを目指した。 学生の取り上げた研究テーマは,沖縄の基地問題や平和記念館,平和の礎,ひめゆり部隊,沖縄の祭り,行事,観光,エイサー,歌手,空手,三線,紅型,ムーチー(民話),紅芋など多岐にわたっており,学生の沖縄に対する関心の幅広さがうかがわれた。 当講座の全体の教育目標は以下のように設定した。1)沖縄語の言語研究上の重要性を理解すると共に,基本文法を習得し,初級レベルでのコミュニケーション実践をタスクで学ぶ。2)沖縄文化を理解し,その価値観や考え方をクラスでの実践を通して学ぶ。3)ハワイにおける沖縄県系人コミュニティーの文化活動に気軽に参加し,かつ楽しめるようになる。 当講座は,開講以来,受講希望者がコースの定員を上回る状況であり,当大学の学生の沖縄の言語や文化への関心の高さを示している。かちゃーしーやユイマール,沖縄料理などの文化体験は大変好評で,講座終了後のコース評価では,沖縄語をもっと学びたい,沖縄文化をもっと知りたいという学生からの声が多く寄せられた。
Kikusawa, Ritsuko
本論では,オーストロネシア語族における適用態動詞の形態および機能,また適用態構文の比較に基づき,この語族にみられる多様な適用態が歴史的にどのような経緯を経て発達したのか,について議論する。 まず,オーストロネシア語族の言語に関して,これまで同じ「適用態」という名称で記述されてきた構文が類型論的には異なる性質をもつことを示し,それぞれを,「フィリピン型」,「マレー型」,「オセアニア型」と呼ぶ。次に,オーストロネシア祖語の構文を示し,3つの適用態の型が共通する祖構文からそれぞれどのように発達したのかについて議論する。とくに,これまでに再建された多数の他動詞語尾のうち,*-a「一般他動詞語尾」および*-i「場所を表わす他動詞語尾」の意味および機能と,形態統語論的比較分析の結果を組み合わせるとうまく説明ができるとし,その結果,フィリピン型の言語は他動詞の型の数を増やす方向に変化したこと,マレー型の言語では動詞の体系そのものが変化し,新たなパラダイムが発達したこと,オセアニア型の言語では,祖語における拡張自動詞文と他動詞文の区別が失われたと考えられることを示す。なお,これらの3つの変化は,それぞれの言語グループで独自に発達したものであり,同じ方向に向かう単一の変化の異なる段階を示すものではない。 本論は,適用態構文に関する特徴の一部のみを扱ったものであるが,今後ここで示された構文の変化を軸とすることで,異なる型の適用態における機能や意味の変化,また,同じ形態素が関わる使役構文の発達との関係等,関連するさまざまな議論をすすめることができると考える。
角田, 太作 TSUNODA, Tasaku
日本語には,前半が動詞述語文などと同じであり,後半が名詞述語文と同じである文がある。まるで人魚のような文であるので,これらの文を人魚構文と名付けた。名詞の中には,人魚構文で使う場合に文法的な意味・働きを持つもの,即ち,文法化しているものがある。人魚構文は世界的に見ても珍しいようだ。日本語以外には,アジアの七つの言語とアフリカの一つの言語にしか見つかっていない。
長田, 俊樹
筆者は『日本研究』第9集に掲載された「ムンダ民俗誌ノート(1)」において、現在、狩猟採集を行っているビルホル人について、彼らの祖先が農耕を行っていたことを、Zide & Zide (1973)の説にしたがって紹介したが、このビルホル人を農耕民から狩猟採集民へと移項した例と考える必要はなく、むしろ、ビルホル人は古くからロープを作る職人として、森を生活の場とし、狩猟採集を副業とする、現在とあまり変わらない生業を営んでいたと考える方が自然であると思うように至った。そこで、この論文ではこのビルホル人の例が提起する問題を論じる。 比較言語学では、同じ語族に属する言語は時代を遡ると一つの祖語にたどり着くと考えられ、祖語から分岐していく系統樹モデルばかりを想定してきた。その結果、祖語の時代においては一つの生業をもつ、画一的社会を考えがちであった。しかし、特殊な技能を持つ集団についてはもともとの彼らの言語を捨てた結果、同じ語族の一員となるケースが十分考えられる。そうした例として、ムンダ語族に属する言語を話す鍛冶職人アスル人や竹細工職人トゥリ人、そしてロープ職人ビルホル人を取り上げ、ムンダ語史と照らし合わせながら論証を試みるのが本論文の主旨である。
メスター, アーミン 伊藤, 順子 Mester, Armin Ito, Junko
シュワー母音が多数の言語において強勢不可能な要素であることはよく知られているが,本稿では,ドイツ語等のシュワーが強勢を担えないのは他の理由から説明されることを指摘する。シュワーは無強勢であると同時に,韻律構造の中で強弱格フットの弱音節に位置付けされなければならないため,その先行音節は強音節に位置し,必ず強勢が付与される。つまり,これらの言語におけるシュワーは,先行音節に強勢を引きつける特徴があると言える。
窪田, 悠介 KUBOTA, Yusuke
国語研NPCMJコーパスは,(ゼロ代名詞や関係節空所などを含む) きめ細かな統語構造を付与したツリーバンクとして日本初のものであり,特に統語論や意味論など,今までコーパス利用があまりなされてこなかった分野でのコーパス活用を活性化させることが期待できる。一方で,木構造を検索し,そこから必要な情報を取り出す作業の (一見したところの) 複雑さのため,言語研究への活用は未だ模索段階を出ていない。本発表では,UNIX系OSでの基本スキルである単純なコマンドを数珠つなぎにしてデータを加工する手法と,ツリー検索・加工に特化されたスクリプト言語の合わせ技によって,NPCMJを用いて実際の言語研究に役立つ情報抽出が可能になることを示す。「(ガ/ノ交替の) ノ格でマークされた主語と共起する述語の頻度表を作る」というタスクを例に,コーパスからの情報抽出の具体的な手順を説明する。
糸数, 剛
文学読解観点論」とは筆者が構築した読解の理論で、文学読解の定義を「文学を対象として醸成される知的概念を言語化すること」とし、文学を対象として醸成された知的概念はすべて文学読解の材料とする。文学を対象として醸成された知的概念は、文学についての観点である。この観点をとらえ、とらえた観点を言語化することを文学読解の作業とする。ここで言語化する際の特徴として術語を用いることがこの論の独自性である。ここで用いる術語は、既存の術語も用いるが、ネーミングによって柔軟につくり出していくこともよしとする。このような文学読解に関する理論と方法を「文学読観点論」とよぶことにする。この活動で用いる術語を「読みの術語」とよぶ。「読みの術語」のうち、ネーミングによって新たにつくりだす術語のことを「ネーミング術語」とよぶ。
篠崎, 晃一 小林, 隆 SHINOZAKI, Koichi KOBAYASHI, Takashi
本稿では,言語行動の地域差・世代差を把握するために,全都道府県を対象に実施したアンケート調査の中から,買物場面における挨拶行動について考察する。買物の流れに沿った一連の挨拶行動を捉えるために「店に入るときの挨拶」「客を迎えるときの挨拶」「レジでの声掛け」「細かいお金が無いときの断り」「店を出るときの挨拶」「客を送るときの挨拶」の6場面を設定し,(1)挨拶自体をするか否か,(2)するとしたら何と言うか,(3)その言語形式のもつ機能はどうか,といった観点に着目して分析を行った。その結果,高年層・若年層で異なった傾向が認められた。また,従来他の言語分野で認められてきた地域差のパタンが確認されると同時に,都道府県ごとの細かな差異も存在することが明らかになった。
Goya, Hideki
定型表現(formulaic sequences)は自然なことばの使用の大部分を占めており(Foster, 2001), 第二言語学習者にとって第二言語の定型表現の習得は , 流暢性に関わる必要不可欠な知識である。特にいくつかの単語の組み合わせからなる表現 , いわゆる単語連鎖(lexical bundles もしくは n-grams)は , 学習者の習熟度によってその使用は異なり(Waldman & Laufer, 2013), 同じ定型表現であるコロケーションとも異なる発達の様相を示していて(Paquot & Granger, 2012), その発達には目標言語へ十分に触れる必要があるとされる(e.g., Boers& Lindstromberg, 2012)。本研究では , 英語のみで運営される日本の大学におけるライティングコースで , 日本人英語学習者(n= 26)が産出した英文エッセイに見られる単語連鎖の総語数や種類の変化について調査した。調査方法は,参加者が講義を受ける前と(第 3 週), 受けたあと(第 15 週)に産出したエッセイから構築された学習者コーパスを用いて , コーパス分析ツールの AntConc(Anthony, 2019)を使いサイズの異なる単語連鎖を抽出し, 高い習熟度のグループとそうでないグループの単語連鎖を受講前と受講後に分け , それぞれの値をいくつかのカイ二乗検定を用いて分析した。分析の結果 , 両グループとも英語による講義を 12 週間受講したところ短い単語連鎖の使用の割合が増加し , 長い単語連鎖の使用の割合が減少した。加えて , 習熟度の低いグループでは2語からなる単語連鎖の種類が増加したが , これは習熟度の高いグループには見られなかった。このことから , 学習言語を教授言語とする EFL 環境では , 定型表現能力の発達は習熟度によってその影響は異なることが示唆された。
菊池, 英明 市川, 熹 岡本, 明 長嶋, 祐二 藤本, 浩志 引田, 秋生 HIKITA, Akio
山梨県立盲学校での先天性全盲ろう児に対する音声言語獲得訓練と生活指導に関する数万点に及ぶ、1950(昭和25)年からの長期時系列的多角的記録と教材資料などが残されている[1]~[4]。梅津八三東大教授が指導し、一貫して進めてきた盲人の認知行動・心理の研究の知見をベースに,先天盲ろう児への教育という未知の課題に対して取り組んだ科学的研究の実践過程記録である。言語獲得が極めて困難な先天性盲ろう児に対する数万件の実践記録群は、おそらく世界で唯一の極めて貴重な資料であり、盲ろう児当事者から表出された点字や録音資料からは、学習の進行程度を直接見ることが期待される。言語獲得プロセスの解明や盲ろう児教育に重要な示唆が得られるであろう。しかし最も質の悪い時代の紙や録音テープ等に記録され劣化が著しいため、現在電子化保存と「データベース開発」(DB化)を進めている。DB化後は山梨県立盲学校に移管、公開する計画である。訓練記録、訓練経緯、同校での分析状況および発音訓練用の木製口模型などの教材、現状の同保存活動等を紹介する。
崎原, 正志 Sakihara, Masashi
ハワイのシマクトゥバであるハワイ語の言語復興以後、NEO Hawaiian と呼ばれる第二言語話者が話すハワイ語が普及しており、伝統的なハワイ語 TRAD Hawaiian を圧迫している。琉球列島におけるシマクトゥバにおいても沖縄島中南部を中心に新しいかたちのシマクトゥバNEO Okinawan が生まれつつある。大学などの学校教育におけるシマクトゥバ教育がそれぞれの地域に存在する多様なシマクトゥバたちの標準化・画一化を助長する可能性があるため、シマクトゥバの最大の魅力である多様性を残しながらのシマクトゥバ教育でなければならない。
木村, 一馬
本研究は, BE・HAVE動詞の統語的特性とその心的実在に関して, 文処理実験の観点から検証を行うことを目的としている。理論言語学では, BE・HAVE動詞は, 2つの名詞句を取る際(コピュラ文, 所有文), それらが動詞補部位置に埋め込まれており, 片方の名詞句が主節へと移動することで派生されるいわゆる繰り上げ動詞 (raising verb)の一種として分析されてきた。本研究では, この理論的仮定の妥当性を, 自己ペース読み課題 (Self-paced Reading, SPR)を通して検証する。自己ペース読み課題では, 埋め込み構造を持たない自動詞や他動詞に比べ, BE・HAVE動詞文がそれぞれ痕跡を持つと考えられる領域での読み時間が優位に伸びるという結果が得られた。また, BE動詞の統語構造に関して, 構造的複雑性 (痕跡の数) がwh句の抜き出しの容認度に影響することを容認性判断実験 (Acceptability Judgement Task, AJT) を用いて検証した。いずれの実験結果も, BE・HAVEは語彙的な自動詞や他動詞と比べて統語構造が特殊であり, その統語的特性が文理解時に処理負荷をかけていることを示唆している。これは, 理論言語学における仮説を支持するものとなっており, 心理言語学的アプローチが理論言語学の仮説を検証する妥当な手法であることも示唆する。
泉, 大輔 Izumi, Daisuke
本稿で取り上げるのは、「振り込め詐欺」「早く帰れオーラ」「幻のポケモンをもらおう!キャンペーン」「いいねボタン」「かまってちゃん」「朝はパンだ派」など、合成語の前項に「文相当の要素」が生起する言語現象(以下、「文の包摂」)である。一般に日本語の語形成規則では、語(小さい言語単位)の中に文(大きい言語単位)は入り得ない(*明日行こう店)。しかし、「振り込め詐欺」という表現は、「〇〇詐欺」という合成語の中に「振り込め」という命令文相当の要素が含まれている点で逸脱的な表現と言える。本研究では主にコーパスを用いて「文の包摂」の実例を収集し、その使用実態を記述した。その上で、「文の包摂」は個人が臨時的に名づけやネーミングに用いられ、「新奇性」という表現効果がその使用の動機づけになっていると考察した。
伊藤, 薫
本研究では、「構成の反復」に関する言語資源を構築するために必要な反復単位の認定基準について考察する。構成の反復とは、同じ言語表現のパターンを繰り返す修辞表現である。構成の反復を収集した言語資源を構築するには、同一構成の反復とみなされる表現の範囲をテキスト上にアノテーションする必要があり、そのための基準を定めなければならない。比較的単純な例では範囲を定めることに大きな困難はないが、複雑な例では認定方法によって得られる結果やそこから得られる示唆が異なってくる。そのため、本研究では具体例に対し複数の基準でアノテーションした結果を比較しつつ、各々の利点と欠点について考察する。また、範囲の認定基準によっては、全ての要素に共通する特徴は見られないが、部分的に特徴を共有することで形成されるまとまり、つまり家族的類似性が形成されうることを示す。
Yoshii, Koichi 吉井, 巧一
ドイツ言語学の流れの中で、重要な文法理論の一つとして「依存関係文法」が挙げられる。Helbig/ Schenkel のヴァレンツ理論の華々しい登場、それに続く Engel/ Schumacher 編集のドイツ国語研究所のヴァレンツ・レキシコーンと、70年代ドイツ言語学界を大いに揺るがした本理論も、次の発展への準備段階に入ったと言えようか。小論では、その発展の方向、及び可能性を探るべく、特にドイツ語動詞のヴァレンツを取り上げ、「machen」、「lassen」という二つの動詞の具体例から、問題性が含まれると思われるものに、若干の考察を試みた。
印, 雨琪
本研究は,〈動作+移動〉という事象連鎖を表す日本語複動詞文における言語表現とその概念化の関係を考察するものである。本研究では,「本を(ここに)持ってくる」のような単文であるテ形複雑述語と「本を持って,(ここに)くる」のような対応する複文を対象に,単節性(monoclausality)という文法的概念が,概念レベルにおける性質である時空間的連続性と関連するかという問題を,日本語母語話者を対象にした容認度調査により調査した。また,テ形複雑述語における「前項動詞+て」が動詞によって〈結果の残存〉や〈事象の完了〉を表す場合に呼び起こされる時空間的連続性という認知的制約についても異なるのかという点も調査した。結果として,単文(monoclausal)においては,時空間的連続性が干渉される場合,複文(biclausal)よりも容認度が低い傾向が明らかになった。また,「前項動詞+て」が〈事象の完了〉類の単文である場合には,〈結果の残存〉類の単文と比べて,時空間的連続性が干渉される際に容認度が低いことも示された。これにより,言語表現は事象分割・統合といった認知処理と一致していることが示唆された。本研究は,単節性という言語的特徴を認知的基盤に結びつける試みである点で,統語的側面にもっぱら注目してきた従来の研究と異なる。また,新しい実験方法を提案し,日本語における事象連鎖の概念化を探究する試みである点にも新規性がある。以上のように本研究は,言語と認知の関係を明らかにし,言語構造の認知的基盤に新たな視点を提供するものである。
福村, 真紀子
日本では,日本語とその他の言語のリテラシー(識字)がどのような実態となっているのか,またリテラシーそのものの価値や意義とは何か,について十分に議論されてこなかった。ただ,そのような状況下でも1980年代後半から日本語教育や識字教育を含む言語教育および社会的課題となる言語問題が徐々に議論されるようになってきた。その議論の中には,日本語のリテラシーに関するイデオロギーについて批判的に論じたものがある。そこで,本稿では日本語のリテラシーとは何かを問い直すとともに日本語学習支援のあり方を再考する。そのために,日本国内の研究者による代表的なリテラシー研究文献から三つを選択し,検討を試みる。そして,検討結果を概観するとともに批評し,リテラシーの複数性を認識して個々人の「よみかき実践」(角 2012)を尊重する立場から,今後の日本語学習支援のあり方について提案する。
今田, 水穂 IMADA, Mizuho
日本語名詞述語文に関する既存の記述的研究の集約と共有可能な研究用言語資源の構築を目的として,京都大学テキストコーパスに含まれる名詞述語文に意味情報を付与した。このタスクはi)コーパスのXML化,ii)4種類の言語資源(拡張固有表現タグ付きコーパス,CRL固有表現データ,日本語WordNet,SUMO)による語義付与,iii)名詞述語文の抽出,iv)主語と述語の意味関係付与の4つの下位タスクを含む。アノテーションの結果に基づき,意味関係と語義の共起関係や,名詞述語文の構文的,意味的特徴について検討を行った。
茂呂, 雄二 小高, 京子 MORO, Yuji ODAKA, Kyoko
本論は2部からなる。第1部では日本語談話研究の現状を展望して,それぞれの研究が指向する方法論の違いを取り出してみた。第2部には日本語談話に関係する研究の文献目録を収めた。日本語談話研究は学際的に展開されており,言語学では言語行動研究および談話分析,社会学からはエスノメソドロジーに基づく会話分析とライフストーリー研究が,心理学・認知科学研究からはプロトコル分析およびインターフェース研究などが,広い意味での日本語談話分析研究を行っている。この研究の広がりからわれわれが取り出した研究指向の違いは以下の通りである。
小磯, 花絵
『日本語日常会話コーパス』(CEJC)を2022年3月に公開して以降、言語研究や認知科学、言語情報処理、日本語教育、国語教育など、幅広い分野で活用されてきた。CEJCは、日常生活の中で自然に生じる会話を対象に、多様な場面、多様な話者との会話をバランスよく集めたコーパスである。本稿では、CEJCや関連するその他のコーパスについて概説した上で、スピーチスタイルに着目した研究事例の紹介を通して、CEJCの特徴を示すとともに、CEJCを活用した研究の可能性について考える。
田島, 孝治 TAJIMA, Koji
街路の看板や張り紙に書かれた文字・言語が作り出す景観は言語景観と呼ばれ,言語学分野だけでなく,地理学,社会学など社会科学の諸分野で調査・研究が行われてきた。本稿では,著者が開発した調査用のツールを紹介すると共に,動作検証を目的として行った,神奈川県鎌倉市における「稲村ガ崎」の表記調査結果を報告する。開発したツールはスマートフォン用の調査ツールと,パソコン上で動作するデータ確認用のツールに分かれている。調査の道具としてスマートフォンを使うことで,調査結果の整理を簡単に行えるようになった。一方,ソフトウェアの処理結果は専用フォーマットになる部分を可能な限り少なくすることで,データの共有と再利用が容易になるように設計した。動作検証のための調査は約2時間行い,収集したデータは従来型の調査と比べ遜色ない結果を得られた。また,調査結果の分類作業が大幅に短縮されたためツールの有用性も確認することができた。
中川, 敏
インドネシア東部フローレス島にすむエンデの人びとの間で,著者は1979年以来人類学的調査をすすめてきた。1980年代の後半以降,調査地の村の若者がマレーシアへ出稼ぎにいくという現象が顕著となってきた。物理的な移動が,すでに確立された,伝統的な空間の秩序を混乱させるという近年の人類学的な「場所」議論を踏まえて,エンデの出稼ぎを考察するのが,当論文の目的である。出稼ぎ言説の比較の対象としたのが,インドネシアにおける近代学校制度を通じて学ぼれたあたらしい言説である。 後老,すなわち学校制度をつうじて導入された「近代」の言説は,エンデの語りの宇宙のなかで,伝統的言説と並ぶ位置をもっている。二つの言語システムは,おたがいを引用符にくくりながら,併用される。とくに「高学歴」とみなされる人びと(「アナ・スコラ」とエンデでは呼ばれる)は,とうぜんのこととは言え,学校教育を通じて学んだこの言語システムを頻繁に使用する。 アナ・スコラのこのような戦略に対して,出稼ぎを経験した人びとは,彼らの経験を通じて学んだであろう新しい言語システムを社会に導入しようとはしない。出稼ぎ者は語らないのだ。だが,出稼ぎそのものは,伝統的な言語システムの中に採り入れられていく。それは,貨幣が,エンデの親族・交換・場所の理論の中で,非親族・非贈与・非場所の地位を占めるのとおなじニッチに埋め込まれるのだ。出稼ぎは,伝統的言語システムを揺り動かすものではなく,システムを変動させることなく,その中に取り込まれてしまうのである。 「出稼ぎ」の伝統的言説への取り込まれ方は,政府の語りの中で「伝統」のあつかわれかたと同じである。後者を「構築された伝統」と呼ぶならば,前者を「構築された近代」と呼ぶことができるであろう。
中川, 奈津子 山田, 真寛 NAKAGAWA, Natsuko YAMADA, Masahiro
本稿は,竹富島に伝わる伝説『星砂の話』の方言絵本制作過程と,絵本に付属する一般読者向けの文法概要の執筆プロセスについて述べる。沖縄県の八重山諸島の一つ竹富島では,琉球諸語広域八重山語竹富方言が話されており,流暢な話者はほとんど70代以上に限られる消滅危機言語である。まず,この絵本制作企画が属する,「言語復興の港」プロジェクトについて概観し,なぜ言語学を専門とする著者らが他分野のプロフェッショナルや地元の人々と協働して絵本(や他の企画では方言グッズなど)を制作しているのかについて概観する。そして,この絵本の想定読者に向けて,絵本の内容を方言で理解できるようになることを目標にした一般読者向けの文法概要の執筆過程について説明する。表記法(そして竹富方言の発音方法),格助詞・係助詞,動詞・形容詞・終助詞の説明など,一般向けにわかりやすく書くことに気をつけるだけでなく,必ずしも言語学的でないが一般読者が疑問に思いがちなこと(e.g., XとYのどちらが「正しい」のか)にも留意して執筆した。また,専門的な文法概要のように必ずしも網羅性には配慮せず,絵本の表現を理解できるようになることを目標に執筆した。このことの利点と欠点に関しても簡単に触れる。最後に,文法概要とそれに含まれる物語本文を収録した。本稿が,今後同様のコンテンツを作ろうとする人々の一助となれば幸いである。
風間, 伸次郎 KAZAMA, Shinjiro
日本語は動詞の人称変化を持たず,格助詞によって文法関係を示すので,書きことばをみる限りでは,典型的な従属部標示型(Dependent marking)の言語にみえる。しかし話しことばにおける実際を観察すると,主語や目的語が出現する文は少なく,たとえ現れても無助詞であることが多い。他方,述語にはやりもらいの動詞や受身,テクルなどの「逆行」表示があり,モダリティの諸形式や感情述語など主語の人称に制約のあるものも多い。したがって主語の人称が述語の方でわかるようになっている場合も多く存在する。つまり話しことばの日本語はむしろ主要部標示型(Head marking)の言語としての性質を持っているといえるかもしれない。本稿では,まず上記の仮説に関連する先行研究を集め,話しことばでハやガなど従属部標示の要素がどのような条件でどの程度機能しているのか,他方上記のような主要部標示的な要素にどのようなものがどれぐらいあるのか,を整理する。次に話しことばにおける実際の状況がどのようであるのかを知るために,1つの映画のシナリオ全体を手作業により徹底的に分析して,日本語の話しことばがどの程度主要部標示型の言語としての性質を持っているのかを検証する。
長田, 俊樹
筆者は、主に言語学以外の自然人類学や考古学、そして民族学の立場から、大野教授の「日本語=タミル語同系説」を検討した結果、次のような問題点が明らかとなった。 まず自然人類学では、大野教授がいうように、もしタミル人が渡来したのであれば、人骨が見つかっていない点は大野説には不利である。また考古学的には、大野説を裏付けるものはほとんどない。大野説によると、墓制、稲、金属器などが、南インドから伝播してきたことになるが、これらを裏付ける物的証拠はほとんどなく、むしろ反証の方が多い。さらに、大野説の初期からいわれてきた正月行事の類似も、南インドと日本だけの類似ではなく、アジアの広範囲にみられ、南インドからの伝播とみなす積極的な根拠は全くない。 以上、大野教授の「日本語=タミル語同系説」は、言語学における問題点に加えて、言語学以外の関連分野ではさらに多くの疑問点があり、とても支持できないというのが筆者の結論である。
宇佐美, まゆみ
本稿では,1978/1987年にBrown & Levinsonによって提出されたポライトネス理論と,それが巻き起こした論争などを簡単に振り返り,改めて,1990年以降,「ポライトネス記述研究」と「ポライトネス理論研究」に二極化したポライトネス研究の約40年の動向をまとめる。「ポライトネス記述研究」とは,各個別言語におけるポライトネス,敬語体系や敬語運用の研究,それらの比較文化対照的研究などを指し,「ポライトネス理論研究」とは,言語文化によって多岐・多様に渡るポライトネスの「実現(realization)」の基にある動機によって,異なる言語文化におけるポライトネスの実現を統一的に説明,解釈,予測しようとする「理論(theory, principle)」の構築に重点をおいた研究である。それぞれの意義と役割,問題点などを確認した上で,本稿では,現在,急激に発展している人工知能研究における「対話システム構築」のための対話研究とも関連づけながら,「ディスコース・ポライトネス理論」(宇佐美,2001a,2002,2003,2008,2017)の21世紀の新展開と今後の可能性について論じる。
西内, 沙恵
感動文では,言語的な文脈情報のほか,眼前の情景も意味の推測に大きく寄与するとされる。しかし,「(子供の表情を回想して)この顔のおかしかったこと。」のように,過去の事態も表現しえることから,対象が目の前に実在することは必須要素ではない。本研究は,「青っ!<*色が青い/**未熟だ」や「くさい!<*嫌なにおいがする/**怪しい>」のような多義的形容詞による感動文の分析から,先行研究で規定される形式的な文法枠組みに語用論的記述を加えようとするものである。多義語は,共起語や文脈情報などの言語要素が意味選択の大きな手がかりとなるとされる。言語的手がかりがない状態では,多義のいずれの意味も選択される可能性があるのにもかかわらず,眼前性の担保されない状態で出現し,意味の解釈が可能になるのはどのような条件によるのか。実例の観察から出現状況を分析し,意味の選択に語彙の特性と身体性がかかわっていることを論じる。
上出, 大河 Kamide, Taiga
日本語非母語話者(日本語学習者)による用例を収めたコーパスは現在「多言語母語の日本語学習者横断コーパス」(International Corpus of Japanese as a Second Language:I-JAS)等数種が存在している。それらはいずれも共時的な誤用分析、中間言語分析を行う際には有効である一方、通時的な観点から分析を加えようとする際にはその採録対象の時期的な偏りのためにある種の困難がつきまとうこととなる。そこで本発表では、このような問題を発展的に解消する手がかりとしてのコーパス開発の意義、可能性について少しく記述することとしたい。
加藤, 陽子 KATO, Yoko
本稿は,Brown & Levinson (1987)で挙げられているフェイス軽減ストラテジーのうちの一つ,「話し手と聞き手を非人称化する」を故意に使用しない発話を行った場合,それが聞き手に対するface threatening act (FTA)のあからさまな表示になるのではないか,という観点から,討論形態の談話に現れるメタ言語表現を分析した。対象としたのは,双方ともVの部分に発言に関わる語が位置する「私は(~に)~とVている」と,「私は(~に)~をV」といった言語形式である。本稿では機能の点から「言明型」と「宣言型」という区分を立て,相互作用の揚面において,これらが聞き手に対するFTAのあからさまな表示となる理由・条件について述べた。
長田, 俊樹 OSADA, Toshiki
比較言語学の用語である Reconstruction の訳語は,「再構」とも「再建」とも使用されている。服部四郎は1950年代半ばから亡くなるまで「再構」を使ってきたが,2018年に出版された『日本祖語の再建』では「再建」となっている。その補注をおこなった上野善道は「再構」が服部によって導入された訳語との認識を示したが,小論ではそれを検証した。その結果,「再構」の初出はソシュールの翻訳『言語学原論』(1928)で小林英夫が使用したもので,ほぼ同時期に,泉井久之助,新村出など,京都大学出身者によって使用されるようになった。一方,「再建」は新村がイェスペルセンを訳出した1901年が初出であった。また,「再造」「再現出」などの訳語もみられた。
影山, 太郎 KAGEYAMA, Taro
日本語の語形成の中でも言語類型論の観点から注目される2種類の複合動詞-名詞+動詞型と動詞+動詞型-の性質を述べた。名詞+動詞型の複合動詞については,時制付きの定形文では生産性が低いが,動詞が時制のない非定形になると生産性が増すことを指摘した。これは,複統合型言語の名詞抱合には見られない制約である。他方,動詞+動詞型複合動詞の特異性は,前項動詞が後項動詞を意味的に修飾する「主題関係複合動詞」ではなく,前項動詞が複合動詞全体の項関係を支配し,後項動詞は前項動詞が表す事象に対して何らかの語彙的アスペクトの意味を添加するという特殊なタイプの「アスペクト複合動詞」に求められることを様々な考察から論じた。
山口, 昌也
筆者は、言語表現の出現頻度に関する時間的変化モデルの構築を目的として、国会会議録(衆議院・予算委員会、衆議院・本会議、1947-2012)を対象に、出現頻度の時間的変化が多い言語表現を抽出し、その特徴を分析してきた。その結果、「会議特有の表現の減少」や「改まった場を想定しない表現の増加」の傾向があることが明らかになった。この結果に基づき、聴衆としての国民が受け入れやすい表現に変化するという、メカニズムを持つモデルを作成した。本稿では、モデルの精緻化を行うため、発言者の肩書、発言の種類(例:質問、回答、趣旨説明)などをパラメータとして、五つの仮説を立て、実際のデータで仮説を検証した。検証の結果は、いずれの仮説に対しても矛盾するものではなかった。
米田, 正人 YONEDA, Masato
国立国語研究所では昭和25年度と昭和46年の2度にわたって文部省科学研究費の交付を受け,山形県鶴岡市において地域社会に於ける言語生活の実態調査を実施した。それにより,戦後四半世紀の急激な社会変化の中で方言が共通語化していく過程について,その実態や社会的な要因を明らかにした。本研究は,これらの成果を受け継ぎ,鶴岡市において約20年間隔の第3次調査を実施するとともに,言語変化を将来に向けて経年的に調査記述していくための基礎構築を目的として行われた。また,本報告は平成3年度および4年度の文部省科学研究費補助金(総合研究(A)),研究課題名「地域社会の言語生活-鶴岡市における戦後の変化-」(課題番号03301060)(研究代表者 江川清)の交付を受けて行った調査研究のうち,音声,アクセントの共通語化について一部をまとめたものであり,平成5年8月,カナダのビクトリア大学で行われたMethods Ⅷ (方言研究の方法論に関する国際会議)で口頭発表した内容に加筆訂正したものである。
Kina, Ikue 喜納, 育江
Jeannette Armstrong は、アメリカのワシントン州とカナダのブリティッシュコロンビア州の境界に生きるオカナガン先住民族の書き手である。1990年の詩集 Breath Tracks において、彼女は、先住民としてその生まれ育った大地とそこに生きる様々な生命とどのように関わり合い、生きてきたかを描いているが、その関係性を描くための素地となる Armstrong の自然観には、先住民族が伝統的に育んできたアニミズムという自然観が反映されている。本稿では、David Abram の言語論に言及しながら、アニミズムという自然観がつくりだす詩的言語の可能性について、Armstrong 自身の発言と、Breath Tracks にある数編の詩を中心に考察していく。
小野, 芳彦
文化系の研究にコンピューターを有効に用いる例として、近来議論されている衆議院小選挙区制の都道府県別定数配分案の各種を、表計算型言語を用いてシミュレートするものを取り上げる。表計算型言語が本来持つ特質としてプログラミングとデータの設定が簡単であることからばかりでなく、詳細な検討のためのグラフが手軽に表示できることなどから、コンピューターに不慣れな研究者でも利用が容易であることを、実例に基づいて説明する。さらに、例として用いた配分法の検討から、新しい配分法を創案するに至る過程を述べる。この新配分法は、一票の平等性を既知の配分法よりもより良く満たすものである。
小林, 雄一郎 小木曽, 智信 KOBAYASHI, Yuichiro OGISO, Toshinobu
本研究の目的は,中古和文コーパスを分析対象とし,個人文体とジャンル文体の関係を明らかにすることである。具体的には,紫式部の『源氏物語』と『紫式部日記』,そして『更級日記』における助詞・助動詞の使用傾向を調査し,テクスト間の相互関係,言語項目間の相互関係,テクストと言語項目の結びつきのパターンを定量的に分析する。そして,多変量解析の手法を援用し,中古和文のテクストにおいて,書き手による文体差よりもジャンルによる文体差の影響が大きいことを示す。さらに,個々のテクストにおける語彙使用を詳細に分析するために,対数尤度比による特徴語抽出を行い,多変量解析の結果を補完する。
真田, 信治 簡, 月真 SANADA, Shinji CHIEN, Yuehchen
アジア・太平洋の各地においては,戦前・戦中に持ち込まれた日本語が,長きにわたって現地諸語との接触を保ちながら使われ続けてきた。その接触によって最も大きな変化を遂げたのは,台湾東部の宜蘭県に住むアタヤル人とセデック人が用いている,日本語を語彙供給言語とするクレオール(「宜蘭クレオール」)である。本論文では,われわれの共同研究プロジェクト「日本語変種とクレオールの形成過程」の一環として,この「宜蘭クレオール」に焦点を当て,これがまさに「クレオール」であることを,その形成の歴史的・社会的背景から検証し,その言語的特徴に関する近年の研究成果を総括する。
大山, 浩美 馬場, 良二 和田, 礼子 田川, 恭識 嵐, 洋子 島本, 智美 吉里, さちこ 大庭, 理恵子 OYAMA, Hiromi BABA, Ryoji WADA, Reiko TAGAWA, Yukinori ARASHI, Yoko SHIMAMOTO, Tomomi YOSHISATO, Sachiko OBA, Rieko
言語には様々な異種が存在する。方言(ここでは特に地域方言)はその一つである。同じ日本語であっても様々な方言があり,別の言語であるかと思うほど理解し合えない時もある。「熊本方言を話せなくてもいいから理解できる」ということを目指し,留学生を対象とした熊本方言の特徴を学ぶ教科書『さしより熊本弁』(「さしより」とは共通語では「とりあえず」という意味を持つ熊本方言である)を作成している。その作成の中で,熊本方言話者の会話データを収集し,文字化した。その会話データにおいて方言要素を抽出し,教材作成者(熊本方言話者)が内省を施し使用頻度が高いと思われるものを選んだ。熊本方言といっても各地域によって大きく異なるため,熊本市で使われる方言に限定し,方言の世代差についても,大学生の使用を念頭において選定した。本稿では,熊本方言話者の会話データにおいてどのような方言要素を抽出し,方言タグを付与し,言語資源化したのかについて述べる。
浅原, 正幸 越智, 綾子 鈴木, 彩香
A01 班では,他班に日本語 BERT を含めた人工神経回路を提供するとともに,言語表現の分析データとして,アノテーションデータを提供した。本稿では,提供したアノテーションデータの仕様などについて報告する。
ザトラウスキー, ポリー SZATROWSKI, Polly
「共同発話」とは,2人以上の参加者によって作り上げられる名詞句や節,単文,複文である。実際の日本語の談話から収集した共同発話50例を分析し,共同発話は,1)どの参加者の立場から作り上げるのか,2)どの参加者に,どのような行動によって共同発話として認められるのか,3)どのような非言語行動によって作り上げられるのか,について考察した。共同発話に伴う非言語行動の特徴として,後の発話者は先の発話者の「図像的な動作」からその表現意図を予測し,共同発話を成立させること,先の発話者は共同発話の成立を認めるのに,後の発話の繰り返し,同意,うなずき等を用いていること等が観察された。従来の話し手・聞き手という二分法にかわり,新しく談話の参加者を発話機能の使い分けと視線により「マトモの情報提供者・協力者」と「ワキの情報提供者・協力者」と分類し直すことで談話における参加者の相互作用の複雑な面が浮かび上がった。
宮本, 華瑠
昨今、公開された日中対訳コーパスには,北京日本学研究センターの『中日対訳コーパス』,情報通信研究機構の『NICT多言語対訳コーパス』,JST・NICT共同で構築された『アジア学術論文抜粋コーパス(ASPEC)』,そして,先日公開された『GSK通訳データベース(JNPCコーパス)日中・日西サブコーパス』などがあげられる.しかし,『中日対訳コーパス』に関しては2021年以降,個人・機関問わず対訳コーパスの入手はできなくなっている.そして,『NICT多言語対訳コーパス』は機械翻訳の研究またはシステム開発の一環として構築されたものでデータは非公開となっており,『ASPEC』コーパスは,専門用語が多く含まれ,広く一般的に用いられる言語使用とは言えない。同様に『JNPCコーパス』に関しては,記者会見における登壇者の発話とその同時通訳8件,逐次通訳2件,1件平均1時間半の対訳データが収録されているが,これもレジスターの偏りが問題となる。即ち,日中対照研究を行う研究者が利用できるコーパスは,極めて限定的で,言語資源が乏しい状況であることが読み取れる.発表者は個人利用を目的に2009年から対訳文の収集を始めていたが,この成果物を個人利用に留めるのではなく,オープンにすべきであると考えている。収集済みデータには,雑誌『Taiwan Panorama』約45万字,『聞く中国語』2018年~2021年(48冊)のデータ約176万字,『人民網』ニュース対訳文2014年7月~現在のデータ約272万字が含まれる。今回の発表では,重点的に次の三つ:1)収集済みデータの紹介 2)実用に向けた事例紹介 3)著作権問題についての示唆が含まれる。
ヴォヴィン, アレキサンダー
最近日本祖語、琉球祖語と日琉祖語の再構が非常に進んだとは言え、まだ不明な箇所が少なからず残っている。特に、日本語にない琉球語の特別な語彙と文法要素、また、琉球語にない日本語の特別な語彙と文法要素が目立つ。それ以外にも、同源の様でも、実際に説明に問題がある語彙と文法要素も少なくない。この論文では、そうしたいくつかの語彙を取り上げる。結論として次の二つの点を強調したい。先ず、琉球諸言語の資料を使わなければ、日琉祖語の再構は不可能である。第二に、上代日本語と現代日本語の本土方言には存在しない韓国語の要素が琉球諸言語に現れていることを示そうとした。私の説明が正しければ、ある上代韓国語の方言と琉球祖語の間に接点があったことを明示する事になるであろう。
山口, 昌也
本稿では,筆者が開発している全文検索システム『ひまわり』の言語分析支援機能の拡張について述べる。元来,『ひまわり』は言語資料の検索と閲覧を目的に設計されたコンコーダンサであり,検索結果を分析するための機能を十分に備えていなかった。しかし,検索対象の資料の規模が大きくなると,大量の検索結果を単に表示するのではなく,集約して分析する必要性が生じる。また,検索結果の統計的な分析には,資料に含まれる文字数といった,基本的な情報を計測できなければならない。そこで,(1) 検索結果の集約機能,(2) 統計的分析のための基礎データの収集機能を『ひまわり』に実装した。拡張された機能を用いることにより,例えば『名大会話コーパス』の各会話中の発話数,文字数,単語数,特定の単語の出現数といった情報を収集できるようになる。
Moorehead, Robert モアヘッド, ロバート
本稿は、中部地方のある公立小学校における参与観察とインタビュー調査にもとづいて、日本人教師とペルー人保護者との関係を考察したものである。日本人教師は、増加を続ける外国人児童の指導に困惑し、また、言語や文化が異なるペルー人保護者の態度を非難する。このような日本人教師の不満の中で、様々な構造的要因、たとえば、不十分な言語支援や効果的ではない日本語指導などが、ペルー人保護者やペルー人の子どもたちの努力を妨げている。本論は、また、外国人としての社会的地位と階層が、日本での子どもの教育に関わるのに必要な社会的・文化的資源の獲得をいかに妨げているかも考察した。
陳, 朝陽 宇佐美, まゆみ Chen, Zhaoyang
本研究では、『BTSJ日本語自然会話コーパス』の中から、異性友人間の討論会話5会話(計88分)を用い、反論の発話や談話を、その中に現れた言語形式(「疑問文」、「終助詞」、「接続詞」等)の観点からコーディングを行い、分析した。その結果、反論を行う際は、なんらかの形で「フェイス侵害度」を緩和するストラテジーが用いられており、言語形式としては、「よね、ね、さ、けど」などの「終助詞」、「疑問文」、「でも」などの「接続詞」がこの順によく用いられていること、「笑い」が共起する傾向、男性は女性より「疑問文」を多く使う傾向にあることなどが明らかになった。
佐藤, 智照 SATO, Tomoaki
本稿では,第二言語としての日本語の文章読解を語用論的観点から捉え,日本語学習者は,どのようにして書き手の意図に沿ったコンテクストを選び,書き手の意図した意味を理解しているのか,その際,どのような困難点があるのかについて検討を行った。具体的には,11名の中上級日本語学習者を対象に語用論的推論課題及びインタビュー調査を実施した。その結果,日本語学習者が推論を行う際に用いるコンテクストは,文章の主題や言語的コンテクストだけでなく,コンテクスト的含意や文章の構成,言語的知識,背景知識など幅広いことが確認された。また,推論を行う際,複数のコンテクストを想定して複数の解釈を得たり,それらの解釈を当該の文章に当てはめて妥当性を判断することや,初めに得た解釈に対して意味的なつながりが保てないような新たな情報が与えられた場合,解釈の修正を行うことが確認された。一方,誤った解釈を行った日本語学習者は,複数のコンテクストを想定することが困難であり,特定のコンテクストのみを想定した解釈を行うことや,初めに得た解釈を修正したり,再解釈を行うことが困難であることが確認された。また,推論の方向性が明示的に示されない自由拡充では,推論の必要性に気づくことが困難であり,誤った解釈を行う可能性が高いことが確認された。
武中, 清香
「口」は身体部位として用いられるだけでなく,そこから派生した表現が多く見られる。本稿では,そのような派生表現について,国語辞典や『IPAL』,『分類語彙表』などと比較しながら,『現代日本語書き言葉均衡コーパス』を用いて意味を分類し,使用数を調査した。意味分類をすると,「言語」,「飲食」,「ものの出入り」,「表情・態度」,「種類」のように分けられたが,最も使用されているのは「言語」であり,身体部位として用いられていない「口」の中では8割以上の割合を占めていた。言語に関わるものや飲食に関わるものは,口本来の機能からも連想しやすいが,そこからさらに派生して意味が拡張していくと,「種類」のように,もとの意味から考えても意味が連想できないものも見られた。「口」の派生表現は,慣用的に広く使われている表現も多くあるため,意味分類を提示する場合,例文があると分かりやすくなる。現在,例文が付与されていない『分類語彙表』においても,例文が提示されることによって,使われ方がより分かりやすくなることを示す。
橋本, ゆかり HASHIMOTO, Yukari
アスペクト仮説(AH)は多くの言語の第一・第二言語習得において検証がなされている。AHによると,習得初期にタ形(タ)と到達動詞,テイ形(テイ)と活動動詞の共起性が高いとされる。橋本(2006a)は,日本語を第二言語とする幼児(L2幼児)1名においてAHの傾向を確認している。本稿では,結果の一般化に向けて別の英語を母語とするL2幼児1名の自然発話を縦断的に調査し数量的・記述的分析を行い,AHの傾向がみられるのかを検討した。結果は次の通りであった。1)本稿のL2調査対象児においてもAHの傾向を確認することができた,2)タ,テイの習得において固まり習得から創造的産出が始まると,AHの傾向が強くみられるようになった。結論として,初期はインプットや必要性に基づく固まり習得のためにAHに沿わない産出もあるが,動詞及び動詞接辞において分節化とカテゴリー化が進むとAHの傾向がみられるようになることを指摘した。アスペクトの習得プロセスには,固まりとしての習得とプロトタイプからの習得が複雑に絡み合いながら影響を及ぼしていることを明らかにした。
小磯, 花絵 土屋, 菜穂子 間淵, 洋子 斉藤, 美紀 籠宮, 隆之 菊池, 英明 前川, 喜久雄 KOISO, Hanae TSUCHIYA, Naoko MABUCHI, Yoko SAITO, Miki KAGOMIYA, Takayuki KIKUCHI, Hideaki MAEKAWA, Kikuo
国立国語研究所,通信総合研究所,東京工業大学では,科学技術振興調整費開放的融合研究制度『話し言葉の言語的・パラ言語的構造の解明に基づく「話し言葉工学」の構築』プロジェクトにおいて,自発性の高い話し言葉の情報処理基盤技術の確立を目標に活動を進めている。現在国立国語研究所では,このプロジェクトの一環として,モノローグを対象とした大規模な日本語話し言葉コーパスを作成している。このコーパスには,約700時間(約700万語に相当)の音声,書き起こしテキスト,および品詞や分節音,韻律などの情報が含まれる予定である。本稿では,本コーパスの書き起こしの方法とその基準について紹介する。
Taira, Katsuaki 平良, 勝明
Virginia Woolf の Mrs. Dalloway においては意識の流れが多種多様な物理的事象や心理状況を巻き込み、その過程が時間的経過とともに叙述的に展開することによりそれぞれのscene の complication、そして evolution が(記述的に)表層化するという現象が見られる。しかしこの作品ではそれぞれの scene の component を構成する言語的要素は必ずしも passive な要素ではなくそれぞれが readerly consciousness に対応して(厳密に言うと readerly consciousness が言語的要素に対応してということだと推測されるが)多種多様に意味的変化を潜在的に許容する可能性を秘めた narrative ingredient ということができる。この論文ではその narrative ingredient の多様な潜在的意味の表出過程を narrative の展開に沿って追及し意味的展開から起因する narrative complication、そしてその ramification を考究する。
山下, 博司
国語学者大野晋氏の所謂「日本語=タミル語同系説」は、過去十五年来、日本の言語学会やインド研究者たちの間で、センセーショナルな話題を提供してきた。大野氏の所論は、次第に比較言語学的な領域を踏み越え、民俗学や先史考古学の分野をも動員した大がかりなものになりつつある。特に最近では、紀元前数世紀に船でタミル人が渡来したとする説にまで発展し、新たなる論議を呼んでいる。 本稿では、一タミル研究者の視点に立ち、氏の方法論の不備と対応語彙表が抱える質的問題を指摘し、同系説を学問的に評価する上で障害となる難点のいくつかについて、具体的な事例に即しながら提示することにしたい。
丸山, 岳彦
本稿では、話し言葉の経年変化を知るための「通時音声コーパス」が持つ可能性と問題点について述べる。過去の録音資料を大量に収集し、別の時代の録音資料と比較することにより、話し言葉がどのように変化してきたかを実証的に明らかにすることができる。本稿では、「通時音声コーパス」が言語研究に果たす可能性について論じた上で、現在構築している『昭和話し言葉コーパス』を例として、過去の録音資料をコーパス化する際に生じる作業上の問題点について、具体例を交えながら論じる。さらに、『昭和話し言葉コーパス』に見られるいくつかの言語現象を取り上げ、過去の録音資料をコーパス化して分析することの意義について述べる。
金, 孝珍
本研究では、日本語コミュニケーションにおいてスピーチレベルが非対称的に運用される現象に着目し、接触場面と母語場面における相互行為、及びそれによって形成されるコンテクストの特徴について比較考察を行った。さらに接触場面のスピーチレベル運用に影響を与える言語的・文化的要素について解明することを試みた。 分析対象は、場の性質や対話者間の関係(すなわち年齢差、社会的地位の差、性差などの要因)を考慮したスピーチレベル運用によって、コンテクスト化が活発に行われる成人二者間の初対面会話とし、母語場面と接触場面の会話を収集した。研究手法及び比較考察の理論的枠組みは、異文化間コミュニケーションにおけるコンテクスト化のプロセスや会話の推論についての解釈的枠組みを打ち立てたJohn Gumperz(1982)の「相互行為の社会言語学」、及びコンテクストを「言語使用者が継続して携わっているところの、ダイナミックに変化するコミュニケーションの状況や経験を現在進行形で表すもの」と捉えるTeun A、 Van Dijk(2008・2009)の「コンテクストモデル論」を拠り所とした。 分析の結果、母語場面における同性間の会話では、初対面であっても年齢差や立場の差が意識されやすく、スピーチレベルの掛け合いや非対称的なスピーチレベル運用が生じやすいことが分かった。異性間の会話では年齢差やスタンスの差の影響は顕著ではなく、初対面という心理的距離と性差がスピーチレベル運用を左右する決定的な要因であることが明かになった。一方、接触場面会話における非対称的なスピーチレベル運用の様子は母語場面とは異なり、必ずしも年齢差や性差、スタンスの差に起因するわけではなかった。その背景には、伝わりやすいことば遣い、分かりやすい日本語、助け舟といった仕方で顕在化する対話者間の言語的・認識的地位の差、及び対等なスタンスへの志向、母語話者と非母語話者という成員カテゴリー、非母語話者の日本語能力やスピーチレベル運用の仕方といった異文化性に応じて変容したコンテクストモデルがあることが示された。さらに、非母語話者のスピーチレベル運用についての解釈は、非母語話者の言語文化的背景の影響を受ける一方で、個々人のコンテクストモデルによって多種多様であることが明かになった。また、スピーチレベル運用についての解釈の相違が異文化間のミスコミュニケーションを引き起こす要因になり得るということが示唆された。
横山, 詔一 石川, 慎一郎
オープンサイエンスの推進に必要不可欠なプレプリントの公開に着眼し、それが言語系研究の成果発表や大学院教育の在り方にどのような影響を与えつつあるのか、また、そこにどのような可能性と問題があるのかを概観する。第2節では日本語対応プレプリントサーバーであるJxivが誕生した背景について述べる。第3節ではプレプリントの倫理面における諸問題を取り上げる。著作権法等に関する法律的側面には立ち入らず、研究者同士の信頼関係に影響するかもしれない心理的側面について議論する。第4節ではプレプリントサーバーを言語系大学院教育で活用する意義を示し、授業実践の例を紹介する。そして、第5節では研究者SNSであるResearchGateを公刊済み論文のプレプリントの公開プラットフォームとして使用する可能性と課題について概観し、機関レポジトリとの関係についても言及する。最後に、第6節において本稿の議論を総括する。
鈴木, 博之
本稿では、チベット・ビルマ諸語のいくつかの言語に認められる、音節核をなす[v̩] という分節音について、それが調音音声学的にあいまいな表記であるため、1) 調音器官の接近性、2) 円唇性、3) 舌位置の3点で精密化する必要性があることを示し、区別されるべき音声とそれをいかに表記するかについて具体例を交えて提案する。
佐藤, 知己
本稿では、主に以下の三つの点を指摘したい。 A 話し手や聞き手に言及する形式に関して言えば、アイヌ語は、いわゆるヨーロッパの諸言語で知られているような人称表示体系と、日本語にみられるような自称詞、対称詞の体系を合わせ持つ、混合型の言語である。 B 親族同士の呼称に関して言えば、アイヌ語は日本語と異なり、目上と目下を分ける一本の線では体系をうまく説明できず、自己と自己より下の世代を分ける、もう一本の線を必要とする。 C アイヌ語では妻が夫に言及する際、通常、敬称の形式が用いられるが、ここではAで述べたアイヌ語の混合性がはっきり現れ、性格の異なるいくつかの形式が機能を分担し合う形で混在する。
狩俣, 繁久 Karimata, Shigehisa
北琉球語と南琉球語は文法、語彙の面で大きな違いが見られる。南琉球語と北琉球語と九州方言を比較し、(1)南琉球語には南九州琉球祖語に遡る要素が存在すること、(2)南琉球語に存在し北琉球語に見られない要素がかつては北琉球語にも存在したこと、(3)北琉球語と九州方言に共通するが,南琉球語に見られない要素があることを確認した。そのことから、南北琉球語の言語差は九州から琉球列島への人の移動の大きな波が2 回あったことに由来することを主張する。考古学等の研究成果を参考にすれば、南琉球に南九州琉球祖語を保持した人々の移動の時期は、10 世紀から12 世紀である。2 回目の人の移動によって北琉球で貝塚時代が終わり、グスク時代が始まった。南琉球にもグスク文化は伝わったが、その言語体系を大きく変化させるほどのものではなかった。
島田, 泰子 芝原, 暁彦 SHIMADA, Yasuko SHIBAHARA, Akihiko
方言分布形成の解明にとって重要な参照事項である地形情報ならびに各種地理情報を,正確かつ直感的に参照できる方法として,精密立体投影(HiRP = Highly Realistic Projection Mapping)という手法の導入を提言する。DEM(数値標高モデル)に基づく三次元造形物である精密立体地形模型を作成し,その表面に,プロジェクターによる光学投影(プロジェクションマッピング)を行い各種の地理情報を重ね合わせることで,地形・河川の流路・交通網などといった複数の地理情報を,同時に照合することが可能となる。言語地図における言語外地理情報の照合作業は,従来,特殊な鍛錬なしには困難を伴うものであったが,この精密立体投影(HiRP)により,その精度が飛躍的に向上する。本稿では,精密立体投影(HiRP)の技術や装置の詳細を紹介するとともに,具体的な分析事例として,長野県伊那諏訪地方における「ぬすびとはぎ(ひっつき虫)」の分布データにおける経年変化を取り上げ,これを検証する。
堀江, インカピロム・プリヤ一
従来、タイ人の言語行動を特徴づける言葉として「マイペンライ」を挙げる人は多かったが、それは、一般的に「気にしない」「構わない」等と解釈されてきた。この解釈に沿ってタイ人の「マイペンライ」に接するとき、不快感を覚えたり、怒ったりすることがしばしばあることは、多少なりともタイ人と接したことのある日本人なら知っていることであろう。その原因は、日タイの人々の間で、fマイペンライ」についての理解や解釈に相違があるのではないだろうか。以上のような疑問を出発点として、1985-88年にタイにおいて収集した「マイペンライ」の実例について、バンコク在住のタイ人にインタビューを行い、その結果は、国立国語研究所報告lll「日本語とタイ語の対照研究Ⅱ『マイペンライ』-タイ人の言語行動を特徴づける言葉とその文化的背景についての考察 その1-」(堀江、1995)において発表した。その後、タイ人に対するインタビューのデータを補う意味で、同様の実例につき、タイ在住のタイ人にもアンケートを、さらに、同様の実例につき、タイに滞在中の日本人にインタビューとアンケートを実施した。その結果の一部については「平成9年度国立国語研究所公開研究発表会テーマ:言語の対照研究」の予稿集を参照いただきたい。今回の発表は、それらの結果を理解するために必要な日タイの対人意識についての補強調査の一部の紹介である。
2024年3月18日から20日にかけて、国立国語研究所「消滅危機言語の保存研究」プロジェクト(代表:山田真寛)の一環として、静岡県静岡市葵区の田代・小河内・井川の3地域で実施した基礎語彙調査の成果をもとに作成した語彙集です。
小林, 稔 石井, 勉 新川, 健次 内山, 直美 名城, 尚人 西, 香織 豊見山, 純平 仲谷, 裕美 比嘉, 利博 Kobayashi, Minoru Ishii, Tsutomu Arakawa, Kenji Uchiyama, Naomi Nashiro, Naoto Nishi, Kaori Tomiyama, Junpei Nakatani, Yumi Higa, Toshihiro
第8次改訂学習指導要領が公表され「主体的・対話的で深い学び」の考えのもと,学校現場では今後ますます子ども主導型の授業が求められている。本研究ではタブレットと電子黒板を継続的に活用している小学校第5学年の1 学級を対象として小学校算数「比例」の授業を通して,特に子どもと教師の言語的コミュニケーション場面で,子どもが主導しているのか,教師が主導しているのかについて質的な分析により,そのベースラインデータを集積することを主な目的とした。主にペア学習の影響によって学級全体による学び合いが機能していることが見受けられた反面,今回の分析では教師との言語的コミュニケーション場面のみに焦点化したこともあり,教師主導で進める展開も多々みられた。ただし本研究の主な目的である授業研究で活用しうるベースラインデータを収集することができた。
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