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竹村, 亜紀子 TAKEMURA, Akiko
本稿は親の母方言の影響によって鹿児島方言の習得が異なることを報告する。親が体系を異にする方言を母方言とする場合,その子供は方言接触の環境で育っているといえよう。本研究は鹿児島方言を対象に,方言接触がない環境(両親ともに鹿児島方言話者)で育った話者と方言接触の環境で育った話者(片/両親が非鹿児島方言話者)の方言習得の違いを捉えることを目的とする。本研究が行った調査の結果,(1)両親の出身地による方言習得の違いがあること,(2)方言接触がない環境(両親ともに鹿児島方言話者)で育った話者は文法的な要素(音韻規則)は変化しにくく,(3)方言接触の環境で育った話者(片/両親が非鹿児島方言話者)は伝統的な文法的要素の習得が不完全であるために文法的な要素(音韻規則)自体が異なっていることが明らかになった。また方言接触の環境で育った話者は鹿児島方言らしく聞こえるような疑似的な鹿児島方言が多く観察されることも明らかとなった。
鄭, 惠先 JUNG, Hyeseon
本稿では,方言を役割語の一種として定義した上で,日韓両国での方言意識調査を通して,役割語としての両言語方言の共通点と相違点を具現化した。最終的には,日韓・韓日翻訳の上で,両言語方言を役割語として有効活用することが本研究の目的である。考察の結果,以下の4点が明らかになった。1)両言語母語話者の方言正答率から,韓国の方言に比べて日本の方言のほうで役割語度が高いことが予想される。2)「共通語」対「方言」の対比的な役割語スタイルは,両言語母語話者の方言意識の間で共通している。3)「近畿方言」と「慶尚方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,一部のステレオタイプの過剰一般化が役割語度アップを促進していると推測される。4)「東北方言」と「咸鏡・平安方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,「東北方言」に比べて「咸鏡・平安方言」の役割語度がきわめて低い可能性がうかがえる。以上の結果をもとに,両言語方言の役割語としての類似性を巧く生かすことで,より上質の日韓・韓日翻訳が実現できると考える。
大山, 浩美 馬場, 良二 和田, 礼子 田川, 恭識 嵐, 洋子 島本, 智美 吉里, さちこ 大庭, 理恵子 OYAMA, Hiromi BABA, Ryoji WADA, Reiko TAGAWA, Yukinori ARASHI, Yoko SHIMAMOTO, Tomomi YOSHISATO, Sachiko OBA, Rieko
言語には様々な異種が存在する。方言(ここでは特に地域方言)はその一つである。同じ日本語であっても様々な方言があり,別の言語であるかと思うほど理解し合えない時もある。「熊本方言を話せなくてもいいから理解できる」ということを目指し,留学生を対象とした熊本方言の特徴を学ぶ教科書『さしより熊本弁』(「さしより」とは共通語では「とりあえず」という意味を持つ熊本方言である)を作成している。その作成の中で,熊本方言話者の会話データを収集し,文字化した。その会話データにおいて方言要素を抽出し,教材作成者(熊本方言話者)が内省を施し使用頻度が高いと思われるものを選んだ。熊本方言といっても各地域によって大きく異なるため,熊本市で使われる方言に限定し,方言の世代差についても,大学生の使用を念頭において選定した。本稿では,熊本方言話者の会話データにおいてどのような方言要素を抽出し,方言タグを付与し,言語資源化したのかについて述べる。
木部, 暢子 KIBE, Nobuko
鹿児島県喜界島方言は,ユネスコが発表した消滅危機言語のリストの中の奄美語に属する方言である。国語研プロジェクト「消滅危機方言の調査・保存のための総合的研究」では,2010年にこの方言の合同調査を行なった。本稿はその調査データから,喜界島方言の母音の特徴について報告するものである。概略は次のとおり。(i) 喜界島北部方言は,7つの母音(i, ɪ, u, a, e, ë, o)を,南部方言は5つの母音(i, u, a, e, o)を持っている。この結果は40年前の報告と大差ない。(ii) ただし,[n]の後では南部の方言でも[ɪ]が現れる。このことは,前接する子音によって母音変化の速度に違いがあったということを示している。
松浦, 年男 MATSUURA, Toshio
本稿では天草諸方言を対象に有声促音の音韻分布と音響音声学的な実現について報告する。音韻面に関しては,天草諸方言のほとんどの方言において和語や漢語に有声促音が見られ,音声面に関しては,どの方言も全区間声帯振動が非常に多く観察されることを示す。
井上, 文子
方言録音テープ・文字化原稿として残された、文化庁「各地方言収集緊急調査」報告資料を整理・検討し、「全国方言談話資料データベース」として公表するとともに、音声・文字化データを対象として、各地の方言文法の記述と、全国的な比較対照、その分布類型の解明、また、談話テクスト中の方言コードの社会言語学的分析などを行う。
當眞, 千賀子 小高, 京子
沖縄県の公立小学校六年生がグループで文章を作成する過程において、方言と共通語がどのように使われるかを1つのグループ事例について分析した。その結果、書き上がった文章には沖縄方言的特徴が見られないのに対し、グループでの話し合い過程では発話数の12%で方言が用いられていることがわかった。また、文章を口頭産出する発話では方言がまったく見られなかったが、その他様々な種類の発話で広く方言的表現が見られた。さらに、生徒たちは「作文」の表現レジスターとして、共通語と方言に異なる評価を与えていることが推測されるようなメタ言語的議論がみられた。
三井, はるみ
方言の条件表現についての研究をすすめて行くための手がかりとして,青森市方言の順接仮定条件表現を例に取り,『方言談話資料』を主な資料として,共通語との対照による体系記述を試みた。その結果,この方言の接続形式バについて,(1)後件の反期待性という制約が効かない,という特徴が見出され,(2)前件の確実性に関する制限が緩やか,(3)事実的用法を持つ,という可能性がうかがわれた。また,接続詞的用法,提題・対比用法においても共通語との異なりが見られた。最後に『方言文法全国地図』所収(予定を含む)の順接仮定条件表現項目の地図を提示し,方言の条件表現形式の分布状況を紹介する。
上野, 善道 UWANO, Zendo
琉球方言の一つ,奄美喜界島方言のアクセント資料として,動詞継続相(テイル形)の活用形と,外来語・漢語を掲げた。
三井, はるみ MITSUI, Harumi
全国規模での文法事象の分布図である『方言文法全国地図』から,順接仮定の条件表現を取り上げ,方言文法体系の多様性を把握するための研究の端緒として,(1)全国における分布状況の概観と結果の整理,(2)青森県津軽方言の「バ」や佐賀方言の「ギー」といった,特定方言で観察されるそれぞれに特徴的な形式を中心とした体系記述の試み,を行った。(1)では,方言特有の形式は少なく,「バ」「タラ」「ト」「ナラ」など共通語と同じ形式が,方言によって用法の範囲を異にして分布している場合が目立つことを述べた。(2)では,共通語で効いている語用論的制約が働かない例,多くの方言で区別されている「なら」条件文の意味領域を,区別せずに同一の形式でカバーする例等を示した。最後に,条件表現および方言の文法体系の多様性の記述に向けての方向性について触れた。
辻, 加代子 TSUJI, Kayoko
本稿では,愛知県岡崎市で3次にわたって行われた大規模言語調査の中心部分,敬語行動に関する面接調査の回答を対象として分析し,この地の方言敬語に起こった変化について報告する。分析するにあたって,(1)まず,回答に出現した形式を標準語形・方言伝統形・方言新形・中間形に分類し,その全体的使用状況,(2)場面ごとの使用状況,(3)場面ごとの方言敬語形の使用状況を調査した。方言新形には,ミエル・チョーダイなどを含めた。中間形には,方言形と標準語が連続した表現や,要素の形態は標準語と同一で組み合わせや承接の仕方が異なる表現を含めた。中間形は標準語を指向しつつも方言の干渉により産出したと考えられる表現であり,丁寧語と関わる表現に多く見られた。分析の結果次のことが明らかになった。 1.全場面標準語形だけを使用する話者は大幅に増大し,逆に方言伝統形使用者は激減,中間形は第2次調査で微増,第3次調査で激減している。場面別分析により,標準語形ないし方言形は場面にあわせて選ばれていることが確認された。例えば,電報局のような公共機関や東京での道聞きといった非方言場面では方言使用が避けられる傾向にある。中間形は非方言場面で多く出現する傾向にあったが,第3次調査では方言自体の使用が激減し,それに伴いほとんど使用されなくなった。 2.方言敬語形は,第1次調査時は多様な形式を残しつつも出現数は少なく,第3次調査時には伝統形(ラ)レル,新形ミエル以外ほぼ壊滅状態であった。伝統形が使われる場合内輪の方言場面で多く使われる傾向にあった。敬意の低い形式であった(ラ)レルは上位場面に使用場面を広げ,ミエルともども他の尊敬語と重ねて盛んに使われるようになり,標準語的な用法への変化をうかがわせる。 3.中間形の存在は,一部の方言話者にとって丁寧語の習熟が意外に難しいこと,標準語の敬語運用能力は均質なものではないことをうかがわせる。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
方言の分布は時間の流れの中で変わるものなのだろうか。方言が言語である以上,方言も変化する。そのような言語変化が発生すれば,分布もそれに応じて変化する。その変化は徐々に中央から周辺部に拡大するものと考えられてきた。ところが,実際にとらえられている分布変化は,急速で一気に拡大するものである。その一方で時間を経てもなかなか変化が起こらないこともある。これらは伝達の道具としての言語の性質ゆえのことと考えられる。このように分布変化を追うことで方言の形成という方言学の究極の目標に迫る。
鈴木, 博之
本稿では、中国雲南省徳欽県燕門郷拖拉行政村で話されるカムチベット語斯嘎[Sakar]方言(sDerong-nJol方言群雲嶺山脈西部下位方言群)の音声・音韻および形態統語論の簡便な記述を行う。後者については、特に格体系と動詞句周辺の接辞を中心に述べる。
鈴木, 博之
本稿では、中国雲南省維西県攀天閣郷で話されるカムチベット語嘎嘎塘・勺洛[Zhollam]方言(Sems-kyi-nyila方言群Melung下位方言群)の音声・音韻および形態統語論の簡便な記述を行う。後者については、特に格体系と動詞句周辺の接辞を中心に述べる。
Delbarre, Franck デルバール, フランク
本論は今までビュジェー地方のフランコプロヴァンス語諸方言の文法やシンタクスに関する同著者による数論文に続くものであり、とりわけヴァルロメー方言における指示詞の分析を目的とする。ヴァルロメー方言における指示詞の形態表を述べた後、「ヴァルロメー方言」(2001年出版)という書物から引かれた様々な例文を通じ、それぞれの指示詞の使い方を探り、1946年に発行された「ルフィウ・アン・ヴァルロメー方言」において述べられた指示詞の形態やシンタクスがどう進化してきたかを確かめる。さらに、ビュジェー地方のその他の方言における指示詞を参照することもある。また、「ヴァルロメー方言」における指示詞の分析はそのコーパスにおける指示詞の使用頻回に関する統計に基づいていることも本論の特徴である。
鈴木, 博之
本稿では、中国雲南省香格里拉県小中甸郷吹亞頂行政村で話されるカムチベット語吹亞頂[Choswateng]方言(Sems-kyi-nyila方言群rGyalthang下位方言群)について、名詞句と動詞句および文のタイプの簡便な記述を行う。特に格体系と動詞句を構成する接辞を詳しく取り上げて記述する。
セリック, ケナン 麻生, 玲子
南琉球諸方言のアクセント体系を正しく記述するためには,本土諸方言や北琉球諸方言とは異なる理論的枠組みとそれに基づいた調査法が必要であることが判明しつつある(松森2015,2016a,五十嵐2016など)。しかし,八重山地域ではこの新しい理論的枠組みと調査法を用いた研究がなされていない方言が残っており,それらの方言のアクセント体系は正しく記述されていない可能性が残る。本稿では以上の点を踏まえ,二型アクセント体系を持つとされてきた八重山語の4つの方言(大浜,宮良,石垣四箇,西表古見)を取り上げ,これらの方言では,①3つのアクセント型が区別されており,②「韻律語」という韻律単位(五十嵐2015,2016)が機能しているという2点を明らかにする。その過程で対象方言のアクセント体系について新しい音韻的解釈を提示した上で,琉球祖語に再建されるアクセント類との通時的関係について簡単に指摘する。
林, 由華
本稿では、琉球語宮古諸方言(以下池間方言とする)に含まれる池間方言の談話資料及び簡易文法を提示する。談話資料については、筆者自身が収録した談話の書起しにグロスと訳を付している。簡易文法は談話資料解釈のための補助的資料として、形態論記述および機能語のリストを中心としている。
高, 千恵 Ko, Chie
渡日後に日本語を自然習得した在日コリアン一世の日本語に様々な特徴があることは,これまでにも言及されている。一般的に,言語形成期を過ぎてからの第2言語習得では,文法や語彙に比べ,音声的な面は不完全であるといわれている。大阪に居住する在日コリアン一世も大阪方言を巧みに使用しているが,音声の習得は不完全であり,ある種の外国人的な発音が残っている。それがどういうものなのかを知るために,無アクセント地域である済州道方言,ピッチアクセント地域である慶尚道方言を母語とする一世を対象にアクセント調査を行った。その結果,慶尚道方言話者のほうが済州道方言話者よりも,大阪方言アクセントの習得率が高いことがわかった。しかし,両方言話者に共通していることも多々見られた。特に注目されるのは,(1)慶尚道方言話者の中にも済州道方言話者に近い正答率をみせているインフォーマントがいたこと,(2)習得率に差は見られたものの,両方言話者の習得しているアクセント型と習得困難なアクセント型が共通していること,(3)誤答の発話のアクセント型が高起式有核型・中高型で共通することが多かったことである。全体として,一世は大阪方言のアクセント体系を簡略化し,独自のアクセント体系を形成しているといえる。
五十嵐, 陽介
現代九州諸方言には,旧上二段動詞の未然・連用形末が母音eを取り旧下二段動詞と統合する,いわゆる「下二段化」が観察される。九州・琉球祖語仮説によるとこの特質は,九州諸方言と琉球諸語がともに経験した音変化の結果であり,この音変化の共有によって九州諸方言と琉球諸語からなる単系統群が定義されるという。しかしながら「下二段化」は音変化ではなく類推変化の可能性が残されている。本稿は,九州諸方言の系統的位置の観点から現代九州諸方言の旧上二段動詞を分析することによって,九州・琉球祖語仮説の妥当性を検討した。その結果,この仮説を支持する証拠が宮崎県中部の方言に認められることを明らかにした。さらに,その他の現代九州諸方言も九州・琉球祖語の子孫とみなしうることを論じた。
上野, 善道 UWANO, Zendo
琉球方言の一つ,奄美喜界島の中里方言のアクセント資料として,今回は310語の類別語彙,541語の基礎語彙,そして116文からなる例文の音調を報告する。
ポッペ, クレメンス POPPE, Clemens
日本語と韓国・朝鮮語は共に高低アクセント方言が存在し,その中には類型論的に見てよく似たアクセント体系がある。しかし,両言語の諸方言における形態構造とアクセントの関係の類似点と相違点についてはまだ詳細に解明されていない。本稿では,その解明の第一歩として,日本語の東京方言,京阪方言,韓国・朝鮮語の慶尚道方言,咸鏡道方言を取り上げ,複合語と接辞・助動詞・助詞などの付属形式のアクセント上のふるまいを中心に形態構造とアクセントの関係を比較し,それぞれのアクセント体系に見られる共通点と相違点について考察する。主な相違点として,次の点が挙げられる。まず,韓国・朝鮮語の方言に比べて,日本語の方言においてアクセント・トーンに関わる形態音韻過程の種類が多い。また,これに関連して,韓国・朝鮮語の二方言ではアクセント型の決定において句と語の区別がほとんどされていないのに対し,日本語の二方言では句と語の区別がはっきりとされており,形態構造や接辞の種類等によって様々な過程が見られる。この相違点を説明するにあたり,類型・機能論的観点の議論を進める。
Aoi, Hayato Niinaga, Yuto 青井, 隼人 新永, 悠人
琉球語の方言の中には中舌高母音が音韻論的に認められる方言がいくつか存在する。本研究の目的は、当該母音の調音的特徴を器械音声学的手法を用いて北琉球方言・南琉球方言のそれぞれについて記述することである。両方言に認められる中舌高母音はその調音詳細が互いに異なることがこれまでに知られている。しかし従来の記述は主観的な観察に基づいており、客観的資料に基づいて両者を比較したものはこれまでになかった。そこで本研究では、奄美・湯湾方言と宮古・多良間方言とを対象に、静的パラトグラフィー資料に基づいた当該母音の方言間比較を試みる。調査結果から、両者はそれぞれcentral vowel(中舌母音; 前舌面と奥舌面の境界付近で狭めをつくる母音)とmixed vowel(混合母音; 舌面が平坦な状態で狭めをつくる母音)として調音音声学的に解釈できる。
小島, 聡子 KOJIMA, Satoko
近代は「言文一致体」・「標準語」を整備し普及させようとしていた過渡的な時代である。そのため,当時,それらの言語とは異なる方言を用いていた地方出身者は,標準語を用いる際にも母語である方言の影響を受けた言葉づかいをしている可能性があると考え,近代の東北地方出身の童話作家の語法について,彼らの言葉づかいの特徴と方言との関連について考察した。資料としては,宮沢賢治の『注文の多い料理店』,浜田広介の『椋鳥の夢』を全文データ化してコーパスとして利用した。その上で,文法的な要素に着目し,格助詞・接続助詞等の一部について,用法や使用頻度・分布などを既存の近代語のコーパスと比較し,その特徴を明らかにすることを試みた。また,『方言文法全国地図』などの方言資料から,彼らの言葉づかいと方言との関連性を探った。その結果,格助詞「へ」の用法・頻度については,方言の助詞「さ」の存在が関連している可能性があることを指摘した。また,接続助詞の形式,限定を表す表現などにも方言からの影響がある可能性を指摘した。
木部, 暢子 佐藤, 久美子 中西, 太郎 中澤, 光平 KIBE, Nobuko SATO, Kumiko NAKANISHI, Taro NAKAZAWA, Kohei
『日本語諸方言コーパス(Corpus of Japanese Dialects,略称:CJD)』とは,諸方言の談話資料を横断的に検索することのできるコーパスのことで,方言に関するコーパスとしては,日本で初めてのものである。資料として,1977~1985 年に実施された文化庁の「各地方言収集緊急調査」の談話データを利用し,標準語で検索してそれに対応する方言形とそれを含む談話の一節を検出する方式でデータベースを構築している。2021 年度までに最低75 時間(3時間×25 地点)の方言データ(音声データ,転記テキスト,標準語テキスト)を公開する予定である。本発表では,CJD の概要と特徴,構築のプロセス,及び本コーパスを使った方言研究の一例を紹介し,CJD を活用することにより,方言研究にどのような研究の方向性が開けるのか,また,活用する際にどのような注意が必要なのかについて報告する。
上野, 智子 UENO, Satoko
程度を表す「ばかり」は古く奈良時代に用例が認められ,先行研究によれば,時代を下るにしたがって限定の意味機能へ移行し,現代ではさらに強調機能が加わったと考えられる副助詞である。高知県方言では,この「ばかり」から変化したと言われる「バ(ー)」が,程度・限定の意味で全年層男女に頻用されるが,強調の意味機能は「バッカリ・バッカシ」が担い,現代共通語のみならず現代諸方言にも認められる「ばかり」の一般的変化は観察されない。つまり,高知県方言においては,同じ「ばかり」から変化した方言事象「バ(ー)」と「バッカリ・バッカシ」とがほぼ棲み分けられていることになる。しかし,周囲の四国・中国地方方言においては「バー」が「ばかり」からの変化形であることを裏づける音変化形が散在するものの,高知県方言と同じ機能を有する「バー」が微弱で,程度から限定・強調への移行状態を示す事象が主である。こうした瀬戸内海域を中心とした「ばかり」の変化形の存立は,周辺方言としての高知県方言の「バ(ー)」の古さを首肯させるが,音声上,最も進行した変化形「バ(ー)」の活発な状況は,古態性の残存というより,むしろ,高知県方言における「ばかり」の自己改新の姿と見るのが妥当であろう。
セリック, ケナン 麻生, 玲子
本稿は、南琉球八重山語大浜方言のアクセント体系に関する予備的考察および、470 語のアクセント型所属情報を提示したものである。秋永 (1960)、平山ほか (1967) の研究以降、大浜方言では少なくとも 2 つのアクセント型(下降型、平板型)が対立することが知られているが、大浜方言のアクセント体系を詳細に記述した研究は未だに実現していない。筆者らは 2022 年より大浜方言話者らと協力し、アクセントを含め総合的な調査を開始している。現時点での調査資料の分析に基づき、現代大浜方言も先行研究で記述されている通り、下降型と平板型のアクセント型を区別しているという結果が得られた。あわせて、470語についてそのアクセント型の所属情報を報告する。
上野, 善道 UWANO, Zendo
琉球方言の一つ,奄美喜界島方言のアクセント資料として,今回は173語の複合語を取り上げ,その前部要素によって複合語のアクセントが決まるという規則は成り立たないことを示した。
田中, ゆかり 林, 直樹 前田, 忠彦 相澤, 正夫 TANAKA, Yukari HAYASHI, Naoki MAEDA, Tadahiko AIZAWA, Masao
2015年8月に実施した,全国に居住する20歳以上の男女約1万人から回答を得たWeb調査に基づく最新の全国方言意識調査の概要と「方言・共通語意識」項目についての報告,ならびにその結果を用いた地域類型の提案を行う。
Delbarre, Franck デルバール, フランク
本論は本著者によるフランコプロヴァンス語における助動詞のシンタクスについての一連の論文に続き、特にフランスのプティ・ピュジェ一地域で話されているフランコプロヴァンス語のラ・ブリドヮール方言における助動詞êtreを中心に論じる。本論はヴィァネーによるラ・ブリドヮール方言の登録資料に基づき、ヴィァネーの指摘した本方言のシンタクスにおける助動詞êtreの省略現象を分析している。ヴィアネー自身はその現象についてルールと言える説明を簡略的に提供している。だが、ヴィァネーのラ・プリドヮール方言の登録資料の中に載っている方言で書かれた様々な文書を注意深く読んでみると、その説明ではかなり不十分だと感じる。そこで、ヴィァネーのラ・プリドヮール方言の登録資料を使いもっと厳密に助動詞紅白の簡略現象を引き起こす条件を本論で観察することにした。その観察の結果に基づき、ヴィァネーの与えたルール(説明)の修正を試みる。
Delbarre, Franck
本論はビュジェー地方に位置するヴァルロメー地域で現在まだ話されている危機言語であるフランコプロヴァンス語のヴァルロメー方言の所有詞と不定詞についての考察である。今回は『ヴァルロメー方言』という書物(2001年出版)のコーパスに基づき、とりわけ該当方言の不定詞の形態とシンタックスを中心に述べる。フランコプロヴァンス語の諸方言については19世紀末から様々な研究が行われたが、戦後はむしろ研究の対象から外れる傾向にあり、現在話されているフランコプロヴァンス語の諸方言についての実態(その話者数や言語使用についてだけではなく、その言語的な発展についてでもある)はあまり知られていない。ここ20年で発行された書物(特に Stich と Martin)は形態論においては様々な情報を与えているが、シンタックス論においては大きく不足しているので、あまり話題にされていないヴァルロメー方言の形態とシンタックスのあらゆる面において研究を始めることにした。『ヴァルロメー方言』におけるヴァルロメー方言の不定詞の形態をまとめて、時折フランス語(本論の執筆者の母語でもあり、言語的にはフランコプロヴァンス語に最も近い言語でもある)の観点からも見ながらその方言の形態とシンタクスについて述べる。このような現代ヴァルロメー方言のシンタクスと形態の記述が試みられたのは初めてであろう。
當山, 奈那 Toyama, Nana
本稿では首里方言の受動動詞の形式を述語にもつ受動文を対象に、意味構造の分析・記述を行った。ヴォイスのカテゴリーに含まれる他の構文との関係をふまえ、当該方言の受動文の特徴づけを利益性の観点を取り入れながら分析を試みた。首里方言は、シテモラウ相当形式が欠如しており、第三者主語の受動文を作ることができないことと関わって、受動文は利益性について基本的にニュートラルである。受動文は能動文と対立しながらヴォイスのカテゴリーをなすが、この特徴のため、当該方言の受動文は、現代日本語以上によく対立をなしているといえる。
Delbarre, Franck
本論は主にフランスのビュジェ地方でまだわずかに話されているフランコプロヴァンス語(アルピタン語)の方言(特にヴァルロメ―方言)における助動詞étrè(フランス語だとêtre)とavaîl’(フランス語だとavoir)のシンタックスについて述べている。本論で使った例文は現在の方言話者によって書かれた資料に基づいたものなので、現代的な方言による助動詞の用法に対するイメージを与えることを目的とする。ビュジェ―地方のフランコプロヴァンス語諸方言におけるシンタックスは根本的に現代フランス語とあまり異なっていないことを確認してから、特にヴァルロメー方言の助動詞étrèとavaîl’ が持つ音声的な特徴とその記述方法にも焦点を当てる。一応、フランコプロヴァンス語においてはStich(1998)が提案したフランコプロヴァンス語の諸方言に対する統一記述法以外、各方言は相変わらず以前からの記述法方を使っているか、最近方言を記述するために作られた特有の記述方法を使っている。ヴァルロメー方言の場合には、ある程度フランス語に似たスペルが使われているが、その記述法方には不安定要素があるので、たびたび何が正しいスペルかという問題が出る。スペル問題は語彙自体のみではなく、文法項目にも影響を与えている。それは特にフランス語文法においてリエゾンと呼ばれる現象の記し方だ。例えば、avaîl’の過去分詞のスペルにはもともとリエゾンとして記されている音便文字のz’が現れるが、この文字(音素)は本当にリエゾンの役割を果たしているものかどうかについて調査する。特にビュジェ―地方のヴァルロメー方言を記録した資料を中心に、助動詞étrèとavaîl’ に関してこのような簡潔だが、画一的な分析と描写が行われたのは初めてである。その特性が本論に重要性を与えるが、今後のビュジェ―地方のフランコプロヴァンス語諸方言に対するシンタックス研究の第一歩に過ぎないであろう。
Shimabukuro, Moriyo 島袋, 盛世
本論文は波照間島の北集落と南集落で話されている2つの方言のアクセントを比較し,波照間祖語の2モーラ及び3モーラ名調アクセント体系の再建を試みる。さらに,再建された祖語体系から北集落及び南集落方言のアクセント体系へ変化していった過程を説明する。基礎語彙のアクセントデータは主に,平山・中本(1964),平山・大島・中本(1967),崎村(1987,2006)を用いる。祖語のアクセント体系は,北・南集落方言アクセントの規則的な対応関係に基づくと,2モーラ,3モーラ名詞両方とも4つの型が再建できる。祖語からそれぞれの方言への変遷過程には2つの変化が関わったと考えられ,これらの変化により,アクセントの型の統合が起こり,現在の北・南集落方言アクセントへと発達したと説く。
ヤロシュ, アレクサンドラ Jarosz, Aleksandra
本稿では、2018 年に行われた現地調査の中間結果に基づき、宮古語来間方言の活用体系の部分的な記述を試みる。来間方言および本調査に関する基本情報を述べた上で、来間方言における強変化動詞の終止的形式について、確認できた範囲で紹介する。形式を重視した記述方法を取り、来間方言の動詞を強変化動詞、弱変化動詞、そして不規則動詞と3 つの活用グループに分類し、語幹中の音韻交替を基準に、強変化動詞をさらに3 つのサブタイプに分ける。それから、肯定・否定の区別を明記しながら、非過去叙述、過去叙述、受身・可能、意志、要求・希望、命令、そして禁止、あらゆる終止用法の接尾辞を紹介する。
木部, 暢子 KIBE, Nobuko
奄美喜界島方言の親族語彙のうち「お父さん・お母さん・お爺さん・お婆さん」を表す語を取り上げ,喜界島方言の親族名称(reference term)と親族呼称(address term)のシステムが東京方言のそれと大きく異なっていることについて述べる。たとえば,喜界島方言では,「アンマ」が地域により「お母さん」を表したり「お婆さん」を表したりする。その理由は,喜界島方言では,若い夫婦に子どもが生まれても,若い夫婦の「お母さん」(子どもにとっての「お婆さん」)が依然として元の名称「アンマ」で呼ばれる傾向があるからである。その場合,「若いお母さん」は「オッカ」--本土から取り入れた名称--で呼ばれる。一方,東京方言の親族名称と親族呼称は,一番下の子を基準として決められる。たとえば,若い夫婦に子どもが生まれると,若い夫婦の「お母さん」は「お婆さん」という位置づけを新たに与えられる。そうすると,名称・呼称も「オカーサン」から「オバーサン」へ取り替えられる。このように,両方言の親族語彙は,システムを大きく異にしている。
中澤, 光平 NAKAZAWA, Kohei
南琉球与那国方言には動詞のアクセントにA, Bb, Bc, Bcc, Bccc, Cの6つのパターンが認められる。日琉諸語の多くは動詞アクセントの系列に2パターンの対立しかなく,与那国方言の6パターンもの区別が古いものか新しいものかが問題となる。本論文では,主に通時的観点から,非A型の交替パターンのうち,例外となるBcccおよびCを除いたBb, Bc, Bccの違いは,語幹の長さと語幹末音に基づいて与那国方言で生じた改新であることを主張する。また,動詞アクセントと活用形をもとに,与那国方言にはかつて中止形と連用形の区別があったこと,アクセント上例外となる例は概ね通時的に説明可能であること,二重母音と撥音では音節量の扱いが異なることを主張する。動詞アクセント交替は,複合語などにも見られるC型 > B型という与那国方言に推定されるアクセント変化を支持する。
當山, 奈那
本稿では伊平屋島島尻方言を対象に、アスペクト・テンス・モダリティの分析・記述を行い、その特徴を明らかにした。島尻方言は完成相と継続相の二項対立型のアスペクト体系をもつ。これは首里方言と同様だが、継続相の形つくりが異なることを述べた。また、他の琉球諸語でアスペクト・モダリティを表現する上で重要な役割を果たすシテアル形式が当該方言にはないことを示し、継続相の形式(シアリオル)が客体結果や主体結果の意味まで表現する可能性を述べた。そして、新しい形式であるシアリアルキオル相当形式が文法化し、現在は、シアリアルキオル形式とシアリオル形式とが特に主体動作動詞の場合(開始後の段階)において、競合している段階であることを指摘した。
中澤, 光平 NAKAZAWA, Kohei
本論文では日琉諸語(日本語諸方言および琉球語諸方言)の最西端で話されている与那国方言(ドゥナンムヌイ)の音韻変化と形態変化について整理し,特に先行研究で議論が少ない諸点について筆者の考えを提示し,今後の研究のための材料を提供することを目的とする。音韻変化について,与那国方言では次の変化が生じたと考える:狭母音の前での*/s/の重子音化(とそれに伴う破擦化),母音間の*/k/の有声化,*/i/の後での子音の順行口蓋化,および*/ni/の鼻母音化。形態変化について,与那国方言では次の変化が生じたと考える:シアリ形に由来する接続形の*-i+ari >*-je,非意志的自動詞の完了形での*-ai-uN > -aN,i語幹動詞のir語幹化への類推による*–is- > –ir-,および形容詞語幹における接辞*-sa > [-ha] > -a。
上村, 幸雄 Uemura, Yukio
筆者がこれまでに係わった日本の方言学と言語地理学について概観する。
大西, 拓一郎
『方言文法全国地図』作成の手順を図などを提示しながら説明します。
五十嵐, 陽介
真偽疑問文(YNQ)に上昇調のイントネーション型が用いられる言語が世界の言語の圧倒的多数を占めることが知られているが,日琉諸語には,YNQに上昇調の句末音調が用いられない方言が,琉球列島を含む地理的周辺部に報告されている。しかしながら琉球諸語に関する近年の研究成果を検討する限り,YNQに上昇調が全く現れない方言は少数であり,下降調を基本としながらも,条件によっては上昇調が用いられる方言が多数を占めるように思われる。このことは,YNQにおける上昇調/下降調という二値パラメータによって諸方言を類型化することが不可能であることを示唆する。本研究の目的は,南琉球宮古語池間方言の疑問文イントネーション体系を記述することと,諸方言における疑問文イントネーションを二値パラメータによって類型化するための枠組みを提案することにある。調査の結果,池間方言のYNQには上昇調と下降調の双方が現れること,YNQに上昇調が現れるときは必ず文末疑問標識を伴うことが明らかになった。このことは,池間方言の疑問文には形態的疑問標識が義務的であり,イントネーションは疑問標示において弁別性を有していないことを意味する。調査結果に基づいて,イントネーションの形式面,機能面の双方における方言差を,イントネーション型の分布のみから記述し,それを二値パラメータで類型化する枠組みを提案した*。
大島, 一 セリック, ケナン
本稿では宮古語諸方言における複数形式を対象に実施した予備的調査の結果について報告する。まず,宮古語の各方言では少なくとも二つの複数形式が用いられるが,複数形式の実態とそれらの複数形式の名詞への付き方は諸方言により多様であることが観察された。また,日本語共通語ではふつう非ヒト名詞に複数形式は付けられないが,宮古語の一部の方言では非ヒト名詞にも複数形式の付加が制限なく可能であることが分かった。その他に,数以外の意味的範疇(「軽卑」など)が関わる用法も観察しており,宮古諸方言における複数形式のバリエーションには様々な変数が関与すると考えられ,これらの変数について予備的な整理を試みる。
鈴木, 博之
本稿では、中国四川省得榮県から雲南省徳欽県にかけて話されるカムチベット語諸方言(sDerong-nJol方言群)において観察される2音節語の第1音節に含まれる分節音がさまざまな形で弱化する現象について、具体例を整理しつつその現象に対して弱強型の韻律構造を仮定することによって説明を試みる。また、これに対して、近接地域には強弱型の韻律構造をもつ方言も分布しており、類型の違いがあることを示す。
上野, 善道 UWANO, Zendo
岩手県沿岸北部に位置する田野畑村方言について,体言および用言活用形を対象とした調査の報告を行なう。そこには3モーラ名詞の第6・7類や活用形のいくつかに北奥方言の中で最も古いと推定される特徴が見られ,それらが北奥アクセント祖体系の拙案とほぼ一致することを述べたあと,その資料に基づいて祖体系案の微修正をする。
青井, 隼人 AOI, Hayato
本論文では,南琉球宮古多良間方言におけるピッチ上昇に関わる2つの現象に焦点を当て,それらを統一的に記述することを目指す。従来,多良間方言は3つのアクセント型の区別を有し,それらの区別は韻律句における下降の有無と位置とによって実現されると記述されてきた。ところが最近になって五十嵐(2015),松森(2016a, 2016b),青井(2017)などによって,当該方言でピッチの上昇が観察される場合があることが報告されている。
松森, 晶子 MATSUMORI, Akiko
「昇り核」はこれまで弘前,青森,雫石など東北各地で報告されてきたが,琉球諸方言を除き西日本には報告例がなかった。本発表は鳥取県鳥取市の青谷(あおや)方言,および湯梨浜(ゆりはま)町の泊(とまり)方言を,昇り核を持つ方言として記述することを提唱し,この地域にあらたに昇り核のn+1型アクセントの体系が発達している現状を報告する。さらに本稿では,青谷周辺の地域(鳥取市の気高(けだか),湯梨浜町の長和田(なごうだ),別所(べっしょ))における1~4モーラ名詞の調査データに基づき,この地域のアクセントが,次のような特徴を共有していることを報告する。(a)助詞が連続した場合,その連結点にあらたな核が発生する。(b)1つのアクセント単位に2つ以上のH音調が隣接して連続する場合は,最初(左側)のH音調が優先的に出現し,その後ろ(右側)のH音調は弱化する。これらの特徴は,東京方言にも見られる。この事実に基づき本稿では,一見したところ表面の音調型については東京と異なるように見える鳥取県のこの地域のn+1型体系が,実は東京方言といくつかの点で共通していることを示す。さらに,上述の(b)の特徴は,他のアクセント体系(少なくとも同様なn+1型体系)において共通して見られる,アクセント体系の一般的特徴である可能性も示唆し,日本語の方言アクセントの記述研究にあらたな課題を提示する。
清水, 誠治 秋山, 英治 SHIMIZU, Masaharu AKIYAMA, Eiji
愛媛県喜多郡長浜町青島の方言アクセントについて,音調型,アクセント体系,類別体系の順に報告するとともに,特徴的な現象について分析し解釈を試みる。はじめに,音調型について,主として上昇の仕方の特徴と,語の持つ低接性に着目して記述する。次に,「内輪式」に近い体系であることを示す。そして,この島のアクセントが「内輪式」に近いことは,この付近のアクセント分布から見て極めて孤立的であることを言う。また,音調型などの体系の周辺部分に,「中央式」諸方言や近畿方言の一部に報告されている特徴にも共通する点があることを示した上で,この方言アクセントは,青島が,江戸の昔,播州坂越の人々により開かれた島だという史実を反映するものであり,現在の坂越方言アクセントと祖形を同じくする「中央式」の体系から,島という隔離された環境の中で「内輪式」の体系へと独自に変化してきたことを示すものであろうとの仮説を立てる。
狩俣, 繁久 Karimata, Shigehisa
琉球語は、日本語と同系の言語であり、日本語の歴史の研究に重要な位置を占めることが知られるが、これまでの研究は、奈良期中央語と琉球語の一部の下位方言の比較研究が主であり、琉球語研究の成果が日本語の歴史研究に十分に活かされていなかった。琉球語の下位方言間の変異は、日本語諸方言のそれを超えるほど大きい。その多様性がどのように生成されてきたのかを明らかにすることが求められていた。琉球語、九州方言、八丈方言が日琉祖語からどのように分岐して現在に至ったか、琉球語内部でどのような分岐があったかを明らかにするため、言語地理学の研究成果に照らして検証しながら、音素別、意味分野別、文法項目別等、目的に応じて選定した複数の単語を組み合わせて系統樹を作成する。それぞれの系統特性を解明しながら重層的な変化過程を可視化させるための可能性と課題を提示する。
鑓水, 兼貴 YARIMIZU, Kanetaka
「首都圏の言語」を考えるうえで,関連する概念や用語は多くあるが,類似したものが多く複雑である。そのため本論文では用語整理は志向せず,考察に必要な観点を中心にまとめた。1980年代以降,伝統方言形が衰退し,新しい方言形が注目されるようになると,単純な共通語化モデルから,修正モデルが提唱されるようになった。研究背景として社会言語学の概念の導入や,社会における人口構造の変化などが影響している。東京における言語現象を考える場合,かつての「江戸」である「東京」の中心地域は非常に狭い範囲である。従来の山の手・下町と呼ばれる地域も,隣接地域に拡大している。そのため「東京」よりも「首都圏」と考えるのが適当である。言語的特徴についても東京とその隣接地域は連続的である。移住者の多い首都圏では,人口構成上,伝統方言が継承されにくい。こうした「首都圏の言語」を理解するための観点として,「標準語・共通語」「公的・私的」「方言・俗語」「意識・無意識」「理解・使用」の5つがあげられる。これらの観点をふまえ,新しい方言形を説明する術語として提唱された「新方言」と「ネオ方言」の考えを,「首都圏の言語」に適用することにより,より深く考察することが可能になる。
上野, 善道 UWANO, Zendo
奄美群島徳之島の浅間方言アクセントとして,今回は外来語を取り上げる。比較的よく使われそうなもの,音韻構造上から注目されるものを1000語あまり調べた報告である。外来語同士の複合語,外来語と和語・漢語との組み合わせによる混種語も含む。外来語のアクセントは,浅間方言のアクセント体系・音節構造のもつ性質を明らかにするのにも役立つ。
Shimabukuro, Moriyo 島袋, 盛世
本稿はアイヌ語、韓国語、日本語の超音節的特徴を類型論的に共時的そして通時的観点から比較分析したものである。アイヌ語、韓国語、日本語は高低音調を分別するピッチアクセント言語であると言われているが、本論文ではそれらの言語の方言がすべてピッチアクセント言語ではなく、音調の高低が分別的機能を持たない方言も存在することを指摘する。さらに、ピッチアクセントではない言語・方言間の超音節的特徴を上げ、アイヌ語、韓国語、日本語間で相違点を比較考察する。
大西, 拓一郎
「じゃがいも」は、「さつまいも」「とうがらし」「とうもろこし」「かぼちゃ」などと同様にアメリカ大陸が原産地で、大航海時代以降にヨーロッパ経由でアジアに導入された渡来作物のひとつである。渡来作物の中でも、「じゃがいも」は日本国内での普及が遅く、近世の方言辞典に掲載されていないことや方言量の多さがそれを反映している。渡来作物の方言形には、固有名詞が含まれていることが多い。特に「じゃがいも」の方言形の場合、それが顕著であり、他の渡来作物よりも日本国内の地名(固有名詞)が多く見られるとともに、他の渡来作物にはほとんど現れない人名(固有名詞)が多く確認される。方言の変化を考える上で、このような固有名詞の存在が大きな鍵となる。とりわけ、救荒作物(飢饉対策作物)としての「じゃがいも」の普及において、起点になったと見なされる固有名詞の地名「甲州」ならびに人名「清太夫」が、いずれもあまり著名ではない「弱い固有名詞」であったことが民間語源や類音牽引といった言語変化を引き起こし、さらには作物の特性に基づく語形との混交が相俟って、多様な方言形が生み出された。このような固有名詞による命名を検討すると、地名と人名の分布には異なる地理的特性が確認される。これらの変化と分布について考察を行う。
松森, 晶子 MATSUMORI, Akiko
琉球諸語の先行研究では,宮古島の与那覇方言は「ごく区別のしにくい」2つの種類の音調から成り立っており,そのためこの方言は型の「曖昧化」の一途をたどっている,と記述されてきた。これに対し本稿では,この与那覇方言の2つの種類の型は,特定の条件を満たした文節の中で非常に明瞭に区別でき,それには「3モーラがひとつの単位となってフットを形成し,H音調はそのフットに実現する」という制約が関与していることを論じる。さらに本稿では,この方言のアクセントが,これまで記述されてきたような「2型体系」なのではなく,れっきとした「3型体系」であることを,特にその「複合語のアクセント」に焦点を当てて示す。また,その3種の音調型のすべてが明らかになるためには,少なくとも「3つ」の音調領域が並ぶ必要がある,ということも提案する。さらに,このような「フットの成立が型の区別とかかわる」ことや「3つの音調領域が並んだ場合に,はじめて3つの型の区別が出現する」といった与那覇方言の特徴は,他の宮古諸島の方言にも共通して見られる特性である可能性を示唆し,このようなことを前提とした新たな観察法や着眼点によって,今後も宮古島に3型体系が発見される可能性があることも,あわせて論じる。
黄, 海萍 友定, 賢治 Huang, Haiping Tomosada, Kenji
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
松田, 美香 黄, 海萍
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
黄, 海萍 友定, 賢治 Huang, Haiping Tomosada, Kenji
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
黄, 海萍 松岡, 葵
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
宮岡, 大 黄, 海萍
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
黄, 海萍 友定, 賢治 Huang, Haiping Tomosada, Kenji
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
松田, 美香 黄, 海萍
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
黄, 海萍 安井, 寿枝
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
三宅, 俊浩 黄, 海萍
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
Carlino, Salvatore 黄, 海萍
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
黄, 海萍 松岡, 葵
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
安生, 幸代 黄, 海萍
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
黄, 海萍 游, 瀚誠
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
黄, 海萍 游, 瀚誠
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
三宅, 俊浩 黄, 海萍
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
黄, 海萍 安井, 寿枝
本データは、文化庁が1977 年度〜1985 年度に行なった「各地方言収集緊急調査」で収録した方言談話データの一部である。
佐々木, 冠 SASAKI, Kan
茨城県南西部で話されている水海道方言には対格形式が2つある。有生対格(=NP-godo)と無生対格(=NP-φ)である。この方言では,標準語では非文法的な構文である二重対格構文が可能である。この方言で二重対格構文が可能なのは,2つの対格形式があるためと考えられる。この方言の二重対格構文には「通す」を述語とするものと所有者繰り上げ構文の2種類がある。このうち,所有者繰り上げ構文は他の構文に比べて統語的制約がきつい。この構文の統語的制約としては,語順の制約がきついことのほか,繰り上げもとの名詞句が関係節の主要部や対応する受動文の主語になれない点があげられる。これらの統語的制約は,義務的二次述語を含む構文や主語-目的語繰り上げ構文にも見られるものであり,二重の依存関係を含む構文に共通の制約と見ることができる。
日高, 水穂 HIDAKA, Mizuho
日本語の授与動詞の語彙体系を〔遠心性授与動詞/求心性授与動詞〕のように表すとすると,近畿地方を中心とした「中央部」の方言では〔ヤル/クレル〕の語彙体系を発達させてきているのに対し,中部地方以東や九州地方以南の「周辺部」の方言では〔クレル/クレル〕を維持するものがある。この〔ヤル/クレル〕と〔クレル/クレル〕が接触する地域では,本動詞用法においては〔クレル/クレル〕が維持されるのに対して,補助動詞用法では〔ヤル/クレル〕の対立を生じている場合がある。この授与動詞体系の方言接触による変容の諸現象と地理的分布を,FPJD調査の結果により検証する。
上野, 智子 UENO, Satoko
高知県方言では,接尾辞「ら」に由来するラ(ー)が,高年層から若年層まで幅広くさかんに用いられている。しかも,接尾辞の機能の他に,文法上では接尾辞でありながら意味的には副助詞相当の機能を帯びる用例が多数認められる。接尾辞の本来的な機能のもつ暗示性と,副助詞的機能に込められる明示性とが,接尾辞機能の拡大と分化によって高知県方言に共存していると解釈した。ラ(ー)は和歌山・三重・石川県にも分布するが,少なくとも高知県方言では,接尾辞ラがラーという長呼形を派生し,取り立て・強調を担う副助詞的機能を拡大させたと考えるのが妥当であろう。
鈴木, 博之 丹珍曲措
本稿では、中国雲南省徳欽県雲嶺郷で話されるカムチベット語諸方言(sDerong-nJol 方言群雲嶺山脈西部下位方言群)において観察される歯茎破擦音と歯茎摩擦音のゆれについて、佳碧、八里達、査里頂、査里通、永支の5か村で話される変種に認められる音声現象を簡潔に記述し、そこに認められる記述言語学、歴史言語学上の問題を議論する。
佐藤, 久美子
日本語の自然談話では,子音/r/を含む音節(以下,ラ行音節)が撥音化・促音化することがある(例えば,「ワカラナイ」が「ワカンナイ」,「クルカラ」が「クッカラ」)。このような現象は日本全国に見られるが,それが地理的に偏って分布していること(上野(編)1989),頻度や環境は方言によって異なることが部分的に指摘されている(大橋1974,日野1984,田附2019など)。本稿では日本語諸方言コーパス(Corpus of Japanese Dialects: COJADS)を用いて,関東・東北地域の自然談話データに見られる動詞ラ行音節の撥音化・促音化の実態を報告する。具体的には,以下の三つを指摘する。(i)撥音化と促音化の現象は関東・東北地域に連続して分布しており,宮城・福島・茨城を中心として,その周辺に広がっている(ii)撥音化と促音化の頻度は強い相関があるが,一方に偏る方言がある(iii)撥音化と促音化が起こる音環境には方言間のバリエーションがある。
鈴木, 博之 供邱澤仁
本稿では、中国四川省松潘県で話されるヒャルチベット語山巴[sKyangtshang]方言における述語動詞°hnɔŋ(蔵文snang)の名詞述語としての用法を記述する。この方言では、°hnɔŋ はjoʔ(蔵文yod)とともに主に「存在・所有」を表すが、その用法の差異は人称による一定の基準が見られるほか、発話者の発話に対する客観性・確信性が反映されているのを認めることができる。
上野, 善道 UWANO, Zendo
喜界島中南部の3方言(中里,坂嶺,上嘉鉄)の外来語アクセント資料を提示する。これらの3型アクセント方言は,外来語にも3つの型をもつが,所属語彙に大きな偏りがあり,α型は数語しか得られていない。圧倒的多数がβ型で,γ型は多くはβ型と相補分布をなす形で出て来るが,それに従わない例もあり,対立が認められる。﨑村弘文(2006 [1993])の記述も検討する。
Delbarre, Franck デルバール, フランク
筆者はこれまでに、フランコプロヴァンス語域における諸方言の書記法の歴史と様々な文法項目(冠詞の形態論、助動詞のシンタクスなど)について論文で取り上げた。本稿では新たな試みとして、ヴァルロメー方言を中心にビュジェー地方南部で話されている(いた)フランコプロヴァンス語の諸方言における代名詞の形態とシンタクスの特徴について、現代フランス語とその他のビュジェー地方の方言の比較を行う。結果として現代ヴァルロメー方言のの仕組みがどういう風に代名詞の形態とシンタクス進化してきたかを認識できるだろう。それにより本研究は、フランコプロヴァンス語の諸方言研究の一助となろう。
Delbarre, Franck デルバール, フランク
筆者はこれまでに、フランコプロヴァンス語域における諸方言の書記法の歴史と様々な文法項目(冠詞の形態論、助動詞のシンタクスなど)について論文で取り上げた。本稿では新たな試みとして、ヴァルロメー方言を中心にビュジェー地方南部で話されている(いた)フランコプロヴァンス語の諸方言における名詞と形容詞の性と数の特徴について、現代フランス語とその他のビュジェー地方の方言の比較を行う。結果として現代ヴァルロメー方言の性と数の仕組みがどういう風に進化してきたかを認識できるだろう。それにより本研究は、フランコプロヴァンス語の諸方言研究の一助となろう。
永野 マドセン, 泰子 山元, 淑乃 楊, 元 Nagano Madsen, Yasuko Yamamoto, Yoshino Yang, Yuan
中国語雲南方言の単一話者による日本語音声を分析し、その全体像を把握した。日本人が聞いて不自然でかつ学習効果が少ないと思われる問題点は「子音の強さ」、濁音が清音になる、および「ら行」の音であった。これらについては音響分析により日本人母語話者との差異を指摘した。母音については、狭母音と広母音の差が少ない中国語の特徴がそっくり日本語の母音のパターンに移されていることが観察された。これらの結果から、雲南方言でも北京方言同様、子音の問題が大きいことが明らかになった。
中本, 謙
琉球方言のハ行子音 p 音は,日本語の文献時代以前に遡る古い音であるとの見方がほぼ一般化されている。この p 音についてΦ>pによって新たに生じた可能性があるということを現代琉球方言の資料を用いて明らかにする。基本的 に五母音の三母音化という母音の体系的推移に伴って,摩擦音Φが北琉球方言では p,p^?へと変化し,南琉球方言では,p,fへと変化して現在の姿が形成されたと考える。従来の研究に従い,五母音時代を起点にするのであれば,ハ 行子音においても起点としてΦを設定しても問題はないと考える。そして,この体系的変化と連動してワ行子音においてもw>b,の変化が起こったとみる。また,ハ行転呼音化現象や語の移入時期という側面からもp音の新しさについて考察する。内的変化として(Φ>pが起こり得る傍証としてkw>Φ>pの変化傾向がみられる語も示した 。
高田, 正治 TAKADA, Shōji
Dynamic Palatography を分析法の主軸として,青森県深浦方言の特徴的な音声を対象として実験音声学的な立場から分析を進めているが,ここでは母音〔ï〕,〔ɯ̈〕,〔ẹ〕及び長母音についての以下の分析結果を報告する。1) V型およびCV型のこの方言の特徴的な母音〔ï〕,〔ɯ̈〕,〔ẹ〕の舌の位置の分布の実態を調音,音響の両側面から明らかにした。2)標準語₁₎の長母音の特徴として調音上の峯が後よりになり,かつ,出わたりが急峻になる傾向があること,また,長母音の直後の子音がより語頭的な姿になる傾向をみいだした。3)深浦方言の長母音を持続時間及び上記の2)の側面から分析することを試み,長母音が僅かに長めになっている傾向をみいだした。
Karimata, Shigehisa かりまた, しげひさ 狩俣, 繁久
宮古語の動詞代表形の起源をめぐっては、旧平良市市街地(西里、下里、東仲宗根、西仲宗根)の方言(以下、平良方言)の当該形式が日本語のシ中止形と同音であることから、かりまた1990 は、シ中止形由来形式が代表形も連体形も担っていたとする考えを論じた。しかし、その考えは、旧平良市市街地、旧城辺町などの宮古島南部と西部の方言の強変化動詞を対象に限定してなされたものであった。宮古語のそれ以外の動詞についてもあまり論じてられていない。本報告では宮古島北部の島尻、狩俣、西部の久貝、南東部の保良、北部離島の池間島の5つの方言の規則変化動詞と不規則変化動詞の代表形(スル)、否定形(シナイ)、過去形(シタ)、アリ中止形、シテ中止形のいつつの文法的な形を検討する。対象とする動詞は、語幹末子音に* b、* m、* k、* g、*s、* t、* n、* r、* w 等をふくむ強変化動詞と弱変化動詞の規則変化動詞と、「有る」「居る」「来る」「する」「ない」の不規則変化動詞である。琉球諸語の下位方言動詞活用のタイプ、および古代日本語との対応を知るうえで必要な動詞がふくまれる。
上野, 善道 UWANO, Zendo
五十嵐陽介(2016)が提案した「日琉語類別語彙リスト」にある2拍名詞641語について,アクセント比較研究の推進を目的として,奄美徳之島浅間方言のアクセント資料を提示する。
Delbarre, Franck
筆者はこれまでに、フランコプロヴァンス語域における諸方言の書記法の歴史と様々な文法項目(冠詞の形態論、助動詞のシンタクスなど)について論文で取り上げた。本稿では新たな試みとして、ヴァルロメー方言を中心にビュジェー地方南部で話されている(いた)フランコプロヴァンス語の諸方言における代名詞の形態とシンタクスの特徴について、現代フランス語とその他のビュジェー地方の方言の対比を行う。本論はとりわけフランス語文法にない倒置代名詞と主語の第一人称代名詞の脱落減少にも焦点を当てる。結果として現代ヴァルロメー方言の文法仕組みが認識できるだろう。それにより本研究は、フランコプロヴァンス語の諸方言研究の一助となろう。
松田, 謙次郎 MATSUDA, Kenjiro
大正~昭和戦前期のSP盤演説レコードを収めた岡田コレクションでは,「場合」の読みとして「ばやい」という発音が多数を占めている。これに対して辞書記述,コーパス,国会審議の会議録・映像音声などを調査すると,現代語における読みでは「ばあい」が圧倒的多数を占めており,「場合」の発音が岡田コレクションの時代から現代にかけて大きく変化したことが窺われる。「ばやい」は寛政期の複数方言を記した洒落本に登場する形式であり,明治中期に発表された『音韻調査報告書』は「ばやい」という発音が全国的に分布する方言形であったことを示す。本論文では岡田コレクションにおける「ばやい」という発音が,講演者達の母語方言形であり,その後標準語教育が浸透するなかで「ばやい」が方言形,さらに卑語的表現として認知され,最終的に「場合」の読みとして「ばあい」が一般化したことを主張する。
上野, 善道 UWANO, Zendo
奄美群島徳之島浅間方言の包括的なアクセント記述の一環として,今回は,上野(1987)の4モーラ語語彙リストのうち,本誌14号に続く後半のタ行からワ行までの1,376項目の資料を掲げる。
石本, 祐一
音声コーパスの構築にあたり、音声に対する発話・音素・韻律などの各種ラベル付与が作業者の大きな負担となっている。この負担軽減を目的としてラベリングを自動化する試みが行われており、音声認識技術を利用した転記テキストの自動アライメントシステムがすでにコーパス構築の補助として稼働し始めている。しかし、システムの音声認識部を構成する音響モデル・言語モデルが標準語を基に設計されていることから、現在のところは標準語を主とした音声へのシステム利用にとどまっており、標準語とは異なる特性を持ちうる方言音声に対してはシステムの有効性が不明である。そこで本稿では、方言音声に対する転記テキストの自動アライメント性能について調べた結果について報告し、方言音声コーパスの構築におけるテキスト自動アライメントシステムの実用可能性について述べる。
尾崎, 喜光 OZAKI, Yoshimitsu
国立国語研究所では,山形県鶴岡市において,方言の共通語化を主たる研究課題とする調査を,1950年(昭和25年),1972年(昭和47年),1991年(平成3年)と約20年間隔で多数の市民を対象に継続し,その間の共通語化の進行状況をとらえてきた。しかし,方言/共通語を用いると判定された回答者も,いつも方言/共通語を用いるわけではなく,会話の相手や場の改まりの度合いなど広い意味での「場面」の違いにより,方言と共通語を使い分けていることが予想される。そこで,第3回調査の翌年の1992年(平成4年)に,場面による使い分けの状況を見るとともに,「ふつう何と言うか」と問うことにより日常的な場面を想定させて求め続けてきた過去3回の調査結果が言語生活全体のどの側面をとらえてきたかを検証するために「場面差調査」を実施した。分析の結果,さまざまな言語要素において使い分けがなされていることが確認された。
小林, 隆 KOBAYASHI, Takashi
現代方言における東西対立分布が,どのように成立したかを,『日本言語地図』と文献資料により考察した。その結果,東西対立の成立パタンには,東西対立をなす語形の,①放射の中心地,②放射の順序,③伝播の範囲の三つの観点から見て,四つの異なるタイプが想定されることが明らかになった。また,安部清哉氏の方言分布成立における「四つの層」の仮説が,東西対立の成立過程を説明するのに妥当かどうかを検討した。
上野, 善道 UWANO, Zendo
本誌前号に引き続き,五十嵐陽介(2016)が提案した「日琉語類別語彙リスト」にある1~6拍名詞930語について,アクセント比較研究の推進を目的として,奄美徳之島浅間方言のアクセント資料を提示する。
セリック, ケナン
本稿では、調査結果に基づき、南琉球宮古語下地皆愛方言のアクセント体系に関する予備的報告を行う。具体的に次の3点を明らかにする。すなわち、第一に、宮古語の他の方言と同様に各アクセント型の実現を正しく記述するために「韻律語」という韻律的単位を想定する必要がある。第二に、単純名詞の環境では2つの対立するパターンしか観察されないのにもかかわらず、複合アクセント法則が適用される、生産的に作られる複合語においては3つの対立するパターンが現れる。その結果、皆愛方言のアクセント体系は3種類のアクセント型が区別されると分析しなければならない。なお、各名詞のアクセント型の所属を明らかにするための新しい調査パラダイムを提示する。第三に、各アクセント型の音韻的な解釈を提案する。第四に、名詞に関する所属語彙の情報を付録の形で提示する。
松森, 晶子 MATSUMORI, Akiko
本稿では,日本語・琉球語の諸方言の複合語アクセント規則の類型的考察を行ったうえで,前部要素の韻律的特徴(式,型)が複合語全体の韻律的特徴となる,という規則が,日琉語を通じてもっとも古い複合語規則ではないか,という仮説を提示する。現代の東京方言は,「後部要素」の型が複合語全体の型を決定する,あるいは「後部要素」のモーラ数に応じて複合語型の種類が決まる,という「後部要素支配型」のアクセント規則を持っている。しかし,このようなタイプの方言の中にも,かつてはその前部要素が複合語の型を決定していた時代があったことの痕跡が残されている,ということを,本稿では現代東京方言を例にとりながら論じる。
竹田, 晃子 三井, はるみ TAKEDA, Koko MITSUI, Harumi
国立国語研究所における「全国方言文法の対比的研究」に関わる調査資料群のうち,調査I・調査IIIという未発表の調査資料について,調査の概要をまとめ,具体的な言語分析を行った。調査I・調査IIIは,統一的な方法で方言文法の全国調査を行うことによって,方言および標準語の文法研究に必要な基礎的資料を得ることを目的とし,1966-1973(昭和41-48)年度に地方研究員53名・所員4名によって行われ,全国94地点の整理票が現存する。具体的なデータとして原因・理由表現を取り上げ,データ分析を試みることによって資料の特徴を明らかにした。3節では,異なり語数の比較や形式の重複数から,『方言文法全国地図』が対象としなかった意味・用法を含む幅広い形式が報告された可能性があることを指摘し,意味・用法については主節の文のタイプ,推量形への接続の可否,終助詞的用法の観点から回答結果を概観した。4節では,調査時期の異なる他の調査資料との比較によって,ハンテ類の衰退とサカイ類の語形変化を指摘した。「対比的研究」の調査結果は興味深く,現代では得がたい資料である。今後,この調査報告の活用が期待される。
落合, いずみ
アタヤル語群祖語における「星」は、アタヤル語スコレック方言のbiŋahとセデック語トゥルク方言のpəŋə<ra>h(セデック祖語* pəŋəh)を比較した上で、*biŋəhと再建されうる。セデック語では化石後方接中の<ra>が挿入された。しかしアタヤル語ではその他の方言においてbeyaŋah, hayaŋah, bəliyaquh, haŋituxなど様々な形式が報告されている。これらの形式もアタヤル語群祖語 *biŋəhに由来するものであるが、それぞれの形式において形態的、または音韻的変化を経ている。形態変化として (i) 化石前方接中辞<əl>の挿入、(ii) 化石後方接中辞<ya>の挿入(アタヤル語群祖語 *<ra>に遡る)、 (iii) 化石接尾辞 -tux(または-tuh, -quh)の付加とそれに伴う語尾の脱落、(iv) 音位転換が起きた。音韻変化としてb > h、h > k、ŋ > yへ変わるという不規則的な子音の変化が突発的に起きた。これらの変化のうちどれが生じたかについては方言間で違いが見られるため、同源語としての関連性が見えにくくなっている。
畠山, 真一 HATAKEYAMA, Shin-ichi
高知方言は,ル形,ユウ形,チュウ形が対立する三項対立型のアスペクト体系を持つ。本論文は,高知方言に見られるユウ形とチュウ形の対立と中和の記述を通して,(1)状態動詞が一時性を表現するタイプと恒常性を表現するタイプに二分されること,(2)ユウ形とチュウ形の対立の中和現象は,変化結果後の状況が状態性と動作性という二面性を持つことに起因すること,(3)従来そのアスペクト的な位置付けが不明確であった動詞群の一部が主体(客体)変化結果維持動詞であることを主張する。
儀利古, 幹雄 GIRIKO, Mikio
本研究では,現在の東京方言における外来語複合名詞のアクセントを記述し,そこに観察されるアクセントの平板化現象に関わる言語内的要因を考察する。本研究で実施した,2世代の東京方言話者に対するアクセント調査の結果,(i)従来の記述と異なり,若年グループにおいて平板型複合名詞アクセントが観察されること,(ii)話者が若年グループであっても,アクセントの平板化は,後部要素が重音節(1音節2モーラ)であり語末特殊拍が撥音である場合においてのみ観察されること,以上の2点が主に明らかになった。
中川, 奈津子 山田, 真寛 NAKAGAWA, Natsuko YAMADA, Masahiro
本稿は,竹富島に伝わる伝説『星砂の話』の方言絵本制作過程と,絵本に付属する一般読者向けの文法概要の執筆プロセスについて述べる。沖縄県の八重山諸島の一つ竹富島では,琉球諸語広域八重山語竹富方言が話されており,流暢な話者はほとんど70代以上に限られる消滅危機言語である。まず,この絵本制作企画が属する,「言語復興の港」プロジェクトについて概観し,なぜ言語学を専門とする著者らが他分野のプロフェッショナルや地元の人々と協働して絵本(や他の企画では方言グッズなど)を制作しているのかについて概観する。そして,この絵本の想定読者に向けて,絵本の内容を方言で理解できるようになることを目標にした一般読者向けの文法概要の執筆過程について説明する。表記法(そして竹富方言の発音方法),格助詞・係助詞,動詞・形容詞・終助詞の説明など,一般向けにわかりやすく書くことに気をつけるだけでなく,必ずしも言語学的でないが一般読者が疑問に思いがちなこと(e.g., XとYのどちらが「正しい」のか)にも留意して執筆した。また,専門的な文法概要のように必ずしも網羅性には配慮せず,絵本の表現を理解できるようになることを目標に執筆した。このことの利点と欠点に関しても簡単に触れる。最後に,文法概要とそれに含まれる物語本文を収録した。本稿が,今後同様のコンテンツを作ろうとする人々の一助となれば幸いである。
セリック, ケナン CELIK, Kenan
本データベースは南琉球宮古語多良間方言の動詞の進行融合形のアクセント資料を収納する。各アクセント資料に対して、「話者」「対象語」「枠文」「調」「書き起こし」「備考」「音声ファイル名」などの情報が収録されている。
鈴木, 成典 鎌野, 慈人 坂本, 誓 鎌倉, 欧亮 李, 勝勲 閆, 宇 パーキンズ, ジェレミー 五十嵐, 陽介
本発表では、国立国語研究所の共同利用型共同研究で利用可能である豊富な音声データベースに対して、我々が実際に行っている音声データの処理方法を紹介する。使用したデータベースは大規模な録音実験に基づくものであり、1000人以上の話者の録音が存在する一方で、方言ごとに刺激リストが異なっている。そこで、初めに各方言の録音を確認し、セクション・刺激・話者が識別可能なアーカイブIDを作成した。その際、同一方言内の話者間でも刺激の順番や繰り返しの回数にばらつきが確認されたが、PraatスクリプトやExcelを用いることで対応を可能とした。産出実験を実施する際、必ずしも刺激リストの語彙や順番の通りに録音されないため、本処理方法を用いることでアーカイブデータを利用した今後の研究に役立てることができるだろう。
渡辺, 友左 WATANABE, Tomosuke
オトウサン・オカアサンという語はもともと江戸語にはなかった,明治に入ってから文部省が国定教科書を編纂したときに新しく作った語である,ということが巷間よく言われている。しかし,江戸語と近世上方語,それに江戸期から明治期の全国各地の方言を調べてみると,そうではないことがわかる。オトウサン・オカアサンという語は江戸語にも存在していたし,各地の方言の中にも存在していた。文部省がしたことは,当時全国各地に広く分布していたに違いないトウおよびカアを語基とする方言(たとえば,トウ・カア,トウヤー・カアヤー,トウヤン・カアヤン,オトウサ・オカアサ,トウチャン・カアチャンなどなど)の中から,オトウサン・オカアサンという語形を標準語として取り立て,国語教科書に採用したというだけのことである。
田中, 章夫 TANAKA, Akio
方言の語法と,いわゆる標準語のそれとを比べてみると,両者の間には,「団塊型/累加型」「多能型/単能型」「微差保有型/微差消滅型」といった対応を認めることができる。方言と標準語の,こうした語法上の差異が,方書は味わいがあるとか含蓄に富むとか評され,標準語は理屈っぽくて,うるおいがないなどとされる一因になっていると考えられる。しかし,標準語の表現にみられる,上記の語法上の性格は,方言の差異を乗り越えたコミュニケーションに用いられる言語として,標準語が当然備えるべきものでもある。この論文は,このような,標準語の語法的性格が,江戸語・東京語をベースにして現代の標準日本語がかたちづくられてきたプロセスにおいて,どのように形成されてきたかを考察したものである。
彦坂, 佳宣 HIKOSAKA, Yoshinobu
九州での活用体系は,上一段型・上二段型のラ行五段化,下二段型の保持,ナ変の五段化の傾向が強く,サ変・カ変を除けば五段と二段の二極化とされる。本稿は『方言文法全国地図』の関連図を,(1)活用型によるラ行五段化率の序列,(2)二極化に関する諸事象,の組み合わせから分析し,従来の研究に加え九州に特有の音変化傾向も二極化と地域差の形成に強く関与したことを論じた。また,近世以降の方言文献を参考に,これが近世末辺りから生じたことを推測した。
上野, 善道 UWANO, Zendo
奄美徳之島浅間方言のアクセント資料の続きを提示する。今回は,上野(1983, 1985)の5~8モーラ語,および上野(1987b)の4モーラ語の2種類の語彙リストを用いて調査をした結果を掲げる。本稿で扱う調査項目は1400語あまりとなる。
前川, 喜久雄 西川, 賢哉 浅井, 拓也 能田, 由紀子 正木, 信夫 島田, 育廣 竹本, 浩典 北村, 達也 斎藤, 純男 籠宮, 隆之 石本, 祐一 菊池, 英明 藤本, 雅子 八木, 豊 Asai, Takuya Shimada, Yasuhiro Yagi, Yutaka
われわれは、日本語に関する調音音声学的研究の新しいインフラ提供をめざして、調音運動データベースの構築を進めてきている。声道全体の形状変化を毎秒14 ないし25 フレームのリアルタイムMRI 動画として記録したデータが、現時点で東京方言16 名、近畿方言5名分収録済である。1 名あたりの発話量は25〜30 分である。データには個々の発話の開始時刻と終了時刻のタグが付与されており、他に発話内容と話者に関するメタデータを検索に利用できる。
Tokunaga, Akiko 徳永, 晶子
豊富なオノマトペの遍在が琉球語・日本語の一大特徴であるが、諸方言におけるオノマトペの研究は少ない。本稿は琉球語奄美沖永良部方言オノマトペの音韻形態構造、統語上の働きを整理すると共に、島内の語彙的地域差について検討する。最も典型的な沖永良部オノマトペの音韻形態構造は、2音節語根の反復からなる4モーラ構造だが、日本語中央方言にはない5モーラ以上の語形も一定数存在する。またオノマトペにも語彙的な地域差があり、その分布パターンをいくつかにタイプ分けすることが出来る。本稿では、(A)-(E) の五つのパターンを認め、そのうちの四つについて、それぞれの特徴を検討する。オノマトペも一般語彙と同様に社会・文化的背景を反映し、伝播による語彙の変異が起きる。琉球語・日本語諸方言の記述の進展によって、オノマトペの歴史的変化を明らかにできることが期待される。
木部, 暢子 KIBE, Nobuko
西南部九州2型アクセントのうち,長崎アクセントと鹿児島アクセントについては,これまでの調査研究により,その詳細がかなり明らかになった。その結果,両者の共通点や相違点も次第に明確になってきた。本稿で取り上げる熊本県天草市の方言は,地理的にも言語的にも,長崎市と鹿児島市の中間に位置しており,西南部九州2型アクセントの成立過程を解明する上で,重要な位置を占めている。本稿では,天草市本渡方言のアクセントについて,以下のことについて報告する。(1)天草市本渡方言のアクセント体系は2型アクセントで,A型は最初から数えて2拍目が高く,その後で下がる型,B型は高く始まり平らな型である。(2)アクセントの及ぶ範囲は,基本的には文節である。動詞句では,動詞+サスル(使役),動詞+バッテン(逆接)などは,1つのアクセント句を形成するが,動詞+トル(結果),動詞+キル(能力可能)などは,2つのアクセント句を形成する。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
岩手県九戸郡種市町平内方言の用言の活用を動詞を中心に記述し,その背景にある通時的な問題について分析する。語幹の交替に関して通時的な分類を行う。また,動詞の活用の通時的な対応の分類としての活用の類との関係を整理する。
李, 勝勲 麻生, 玲子 LEE, Seunghun J. ASO, Reiko
波照間方言は,沖縄県八重山郡竹富町に属する波照間島で話されている言語である。波照間方言の特 徴として,語頭の無声阻害音に強い帯気が報告されている。この帯気は,フットに関する韻律条件,す なわちフットには必ず重音節が必要であるという条件を満たすために実現していると考えられる。本論 文では,強い帯気が観察されるパターンを概観し,*Long-C 制約の適用を提案する。*Long-C 制約とは, 音声的に長い区間を持つ子音を禁止する制約である。本制約と韻律条件の結果,代替操作として頭子音 がモーラを担い,強い帯気が実現すると考える。
Delbarre, Frank
70年代において執筆されたベタン村のフランコプロヴァンス語方言を対象とした論文と20世紀の初めに執筆されたビュジェー地方のフランコプロヴァンス語(アルピタン語)方言についての様々な研究論文は主に当該諸方言の形態論について述べるものが多い。それに対し、戦前まで幅広く東フランスで話されていたフランコプロヴァンス語のシンタクスに関する研究はとても少ない。最新と言えるスティーヒによって苫かれたParlons francoprovenral (1998) でもシンタクスより形態論と語疵論の方に焦点を当て、フランス語とその他の現代のロマンス形の諸言語と比べると、フランコプロヴァンス語の特徴の一つである分詞形容詞の用法についてはほとんど何もit-いてない。この文法項旧については2o lit紀において害かれた諸論文でもデータの分析より著者の感想の方に基づいたコメントの形をとっており、納得力の足りないものになっている。本論は2015年に発行されたL'accorddu participe passe dans Jes dialectesfrancoproven~aux du Bugey (ビュジェー地方のフランコプロヴァンス語方言における過去分詞の~)に続き、Patoisdu Valromey (2001) の文苫コーパスの分析をもとに、現代ヴァルロメ方言における分詞形容詞の用法を定義することを目的とする。本論のメリットはその他の現在までのビュジェー地方のフランコプロヴァンス語の論文と比べると、例文を多く与え、ヴァルロメ一方言のコーパスの分析から作成した言語的統計の提供である。
上野, 善道 UWANO, Zendo
岩手県と青森県の,旧南部・津軽両藩の5地点6人に調査をした北奥方言の外来語400語余りのアクセント資料を提示する。そのアクセントと語音構造の「弱」との関連を述べながら,モーラ数+1の対立を持つ体系であることを明らかにした後,地域差にも言及する。
松森, 晶子
本稿は,宮古語の多良間方言の韻律体系に焦点を当て,「名詞 nu 名詞 nu 名詞…」のように属格接語nuを介して名詞がいくつか連結した構造体(以下「修飾構造体」と呼ぶ)の韻律型の調査データを公開することを主な目的とする。また本稿では,多良間方言に「主要部にアクセントの核を付与する」という規則をたてた上で,その修飾構造体に階層的な韻律構造を想定し,その規則が下位の階層から上位の階層へと循環的に適用すると考えることで,その韻律型の解釈を試みる。さらに本稿では,「名詞1 nu 名詞2 nu 名詞3 nu 名詞4」のような4つの要素からなる修飾構造体では韻律構造の組み換えが起こり,それが「名詞1 nu 名詞2 nu」 と 「名詞3 nu 名詞4」のような2つの大きな韻律上の固まりに分断するという仮説を提示し,そのような組み換えを「韻律構造の再構築」と呼ぶ。そして多良間方言では,上述の「主要部に核を付与する」という規則は,その2つの韻律上の固まりにそれぞれ適用する,という仮説を提示することによって,このような4つの要素からなる修飾構造体の示す韻律型を説明する試みを行う。最後に本稿では,特にA型の語から開始する修飾構造体においては,そのピッチ変動の出現位置に,いくつかの異なるタイプのものが観察されるという記述結果を報告し,今後特にA型の語から開始する修飾構造体に的を絞って,多良間方言の韻律体系を引き続き調査していく必要があることを論じる。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
私たちのプロジェクトは方言分布を対象にして,経年調査を実施し,方言の形成過程を明らかにしようとしている。全国500地点において,実際に30年から50年程度の比較を可能にする方言分布のデータを得た。その中から現実に発生している言語変化をとらえることができた。新たに発生していることが確認されたナンキンカボチャは50年前にナンキンとカボチャが分布していた境界にあり,両者の混交で生まれたことを示している。動詞否定辞過去形のンカッタは自律的に発生した形で,複数箇所において別々に発生しており,30年前と比べると近畿地方中央部に広がるとともに,中国地方西部や新潟県ではすでに分布領域が確定していたことがわかる。名詞述語推量辞のズラは中部地方の代表的な方言形式であるが,静岡県を中心にコピュラ形式を内包するダラに変化しつつあることが明らかになった。ただし,経年比較を通して言語変化が多数見つかるからといって,現実のことば全体が変動し続けているわけではないことには注意が必要である。
鈴木, 博之
本稿では、中国四川省松潘県で話されるヒャルチベット語山巴[sKyangtshang]方言における格とその用法の包括的な記述に向けての素描を提示する。S/A/Pを標示する格とS/A/Pを標示しない格に分けて記述を進め、また特に能格の用法に注意して考察を試みる。
上野, 善道 UWANO, Zendo
奄美群島徳之島の浅間方言を対象に,その複合名詞のアクセント資料を提示する。主として複合語アクセント規則の解明を目的とし,とりわけ「高起/低起の式保存」の成否に着目して調べたものであるが,同時に,長い単語を含むアクセント体系の全体を明らかにするためにも欠かせない資料と位置付けられる。
鈴木, 博之
本稿では、硬口蓋における調音について、国際音声字母(IPA)において登録されていない前部硬口蓋閉鎖音[ȶ ȡ] 及び同鼻音[ȵ] の使用の妥当性と必要性を、主に雲南省で話されるカムチベット語の2方言の記述から具体的に示す。
彦坂, 佳宣 HIKOSAKA, Yoshinobu
原因・理由の接続助詞について,『方言文法全国地図』と各地の過去の方言文献とを対照してその歴史を推定した。基本的には京畿から「已然形+バ」→カラ→ニ→デ→ケン類→ホドニ→ヨッテ→サカイの放射があったと考えた。西日本にはこれらの伝播が重なり,東日本ではカラ辺りまでで,西高東低の模様がある。それは京畿からの地理的・文化的距離やカラの接続助詞化の経緯差によるところが大きいと考える。カラの他にデ・ケン類・サカイなどもかなり地域的変容が想定され,上の放射順が必ずしも順当に受容されたとは限らない。また,標準語のカラとノデに似た表現区分をもつ中央部ともたない周辺部とに分析的表現に関わる差異があり,中央語と地方語との性格の違いも認められる。
高木, 千恵 TAKAGI, Chie
若年層の関西方言では,動詞否定形を作る否定辞に,方言形~ン・~ヘンおよび標準語形~ナイの三つのバリエーションが存在する。談話資料をもとにそれぞれの使用実態を分析すると,(1)~ン・~ヘンの選択には語彙的制約・音韻制約・文中における位置が関わっている,(2)基本形では~ヘンが,-kaQ形では~ンが多用される傾向にある,(3)新形式-ku形が使用されている,(4)存在動詞「ある」の否定表現がアラヘンとナイの併用からナイ専用へと移行している,(5)「~ている・~てある」相当形式の否定表現では標準語形が方言形を凌駕している,ということが明らかとなった。標準語との接触という観点から考えると,否定辞使用に見られる言語変化は,〔A〕新形式の受容/拒否の選択,〔B〕新形式受容/旧形式維持の方法の選択,という二つの手続きを踏んでいる。〔A〕には,(1)新形式の受容,(2)混交形の形成,(3)新形式の拒否,の3種の方略があり,〔B〕には,(i)取替え,(ii)棲み分け,(iii)淘汰,(iv)維持,の4タイプが存在する。
かりまた, しげひさ Karimata, Shigehisa 狩俣, 繁久
本稿は、沖縄島北部名護市幸喜集落の方言の可能表現の文についての報告である。幸喜集落出身の宮城萬勇の収集・編集した『名護市幸喜方言辞典』(仮題)の草稿を出版刊行するため、かりまたと仲間恵子が幸喜集落の依頼をうけ、草稿に記載された単語の音声と意味と品詞の確認作業をおこなう過程でえられた用例と自然会話に出てきた資料の中からとりだした可能表現の文を検討の対象とする。なお、方言資料は暫定的な音韻記号で表記する。標準語訳をつけるが、標準語の形式と意味的にずれるものは、カタカナで表記した擬似的な標準語訳を付す。現地調査は、かりまたと仲間恵子が2000年4月から幸喜区公民館において実施している。2013年10月8日で504回の調査を行ない、なお継続中である。話者は幸喜集落在住のM.Y.氏(1916年~2012年)、M.H.氏(1920年生)、O.E.氏(1917年)の三人。いずれも幸喜生まれ育ちで、両親も配偶者も幸喜出身者である。なお、調査は辞典編集のための語彙の確認が中心であり、文法に関する資料は、調査の回数の割にかならずしも十分なものとはいえず、その意味で本報告は中間報告的なものである。
Shimoji, Michinori 下地, 理則
本研究の目的は伊良部方言のクリティック(付属語)を記述することである。通言語的にみて、クリティックという用語は音韻的に従属した単語ないしそれに類似した形式に対して用いられるが、それに準じたうえで本研究では伊良部方言の以下の形式をクリティックに認定する: 格助詞、とりたて詞、副助詞、終助詞。形態統語的にみると、これらの形式は句に接続する点で接辞とは明確に異なり、一方でその出現環境の単純さ(句末)および統語規則(移動規則・削除規則)の適用状況から語とも区別される。音韻的には、ホストと同一の音韻語をなす内部付属語と、ホストが形成する音韻語の外側にある外部付属語の2種に区別できる。
木部, 暢子 KIBE, Nobuko
日本語の方言アクセントはバリエーションが豊富である。なぜ,このような豊富なバリエーションが生まれたかについて,従来は大きく,2つの説があった。1つは,諸方言アクセントは,平安時代京都アクセントのような体系を祖としている。これが各地に伝播し,各地でそれぞれ変化したために,現在のようなバリエーションが生まれた,という説。もう1つは,日本語は,もともと,アクセントの区別のない言語だった。そこへ平安京都式のような複雑な体系をもつアクセントが京都に生まれ,その影響で,アクセントの区別がなかった地域にもアクセントの区別が生まれた,という説。しかし,いずれの説も,表面的な現象だけを捉えた説であって,アクセントの弁別特徴に対する考慮が欠けている。そこで,本稿では,アクセントの弁別特徴を考慮して,方言アクセントが如何にして誕生したかについて考察し,試論を提案した。
辻, 加代子 TSUJI, Kayoko
ハル敬語についてはその使用が盛んな近畿方言の中でも京都市方言,特に女性話者で使用頻度が最も高く尊敬語としては特異な使用例が多数みられることが指摘され性格の評価も分かれている。本稿では京都市方言・中年層女性話者による談話資料の分析に基づいてシステムとしてのハル敬語の記述を試みた。その結果,日常のくつろいだ会話において第三者待遇で用いられるハルは,以下に示すように「主語を上位者として高める」という意味・機能を中核とする現代日本標準語の尊敬語とは異なる独自の運用の枠組みと意味・機能を中核に持つ待遇表現形式であることがわかった。(1)話し相手待遇で普通体を使用するくだけた場面において,実在する人間はもとより,不特定の人,団体・機関,一般論の主文の主語等にまでハルの適用対象は広がっている。(2)中心的な機能は,尊敬語機能から話題の主語を談話の場を構成している話し手でも聞き手でもない三人称の「人」として遇することを示す三人称指標機能に移行している。「ハル敬語」の全体構造は話し相手待遇における尊敬語機能と第三者待遇におけるプロトタイプとしての三人称指標機能を中心として構成される。後者は間接的な相手配慮の待遇表現とも言える。
上野, 善道 UWANO, Zendo
奄美群島喜界島中南部に位置する中里と坂嶺の2方言を対象に,地名を前部要素とした生産的複合名詞のアクセント資料を提示する。その過程で,両方言とも,前部要素の「広島,福島」などの単語にこれまで報告して来なかった第3の型が現れ,すでに分かっていた用言のみならず,体言もまたα型,β型,γ型からなる3型アクセントであることが判明した。
劉, 志偉
日本語の撥音は種々雑多であるゆえ、日本語学習者にとっては学習しにくい項目である。本発表では、BCCWJの非コアデータも視野に入れて、撥音の解析に関しては解析精度が98%に到底及ばないことを提示するとともに、具体的に「一般名詞」「オノマトペ」「漢語副詞」「漢字読み」「慣用句」「近畿方言」「呼称」「古典」「語尾」「固有名詞」「ぞんざい表現」「駄洒落」「同音異語」「動詞連用」「特定」「入力ミス」「話し言葉」「表記仮名」「表記仮名遣い」「表記漢字」「フィラー」「複合語」「(近畿以外)方言」「略語」「若者表記」「若者言葉」等の単純誤解析が多いことを明らかにする。
小林, 隆 KOBAYASHI, Takashi
文献国語史と言語地理学の提携により語史を構成するための基礎資料の一つとして,『日本言語地図』(国立国語研究所,昭和41~49年)の関連意味項目の全国方言分布を明らかにしようとした。語史研究は,文献国語史と言語地理学とが提携して進められることが望ましく,その資料として,言語地理学では主に『日本言語地図』が利用されてきた。ところが,『日本言語地図』の解釈を文献国語史と対照すると,両者の間で語の意味が対応しない場合があり,この点について詳しく考えるために,例えば〈眉毛〉に対する〈まつ毛〉など『日本言語地図』の関連意味項目の方言分布をあらたに調査した。項目は主に身体名称の50項目であり,通信調査法により全国1400地点分の資料を収集した。本稿は,この調査の目的と方法について論じたものである。
かりまた, しげひさ Karimata, Shigehisa / 狩俣, 繁久
琉球列島全域の言語地理学的な調査の資料を使って、構造的比較言語地理学を基礎にしながら、音韻論、文法論、語彙論等の基礎研究と比較言語学、言語類型論、言語接触論等の応用研究を融合させて、言語系統樹の研究を行なえば、琉球列島に人々が渡来、定着した過程を総合的に解明できる。言語史研究の方法として方言系統地理学を確立することを提案する。
松倉, 昂平 MATSUKURA, Kohei
福井県坂井市三国町安島方言は,語の長さにかかわらず常に3つの型が区別される三型アクセント体系を有する。本稿ではまず,安島方言において区別される3つの型(A型,B型,C型)それぞれがどのようなピッチパターンをもって実現するかを詳細に記述する。続いて,助詞・助動詞等のアクセント上の振舞いを取り上げ,自立語に後続する助詞・助動詞の種類によって文節全体の音調と型の中和パターンが大きく変わる現象を記述する。例えば,2音節名詞に助詞「ナラ」が付いた場合は3つの型が全て対立するが,助詞「ドマ」が付くとA型とB型が中和し,「ヤロ」が付いた場合はB型とC型が中和する。最後に,A,B,C各型の音韻論的な解釈を試み,本稿では,2種の式音調と下げ核の有無の組合せにより3つの型が区別されるという解釈案を提示する。
Tohyama, Nana Seraku, Tohru 當山, 奈那 瀬楽, 亨
国頭語与論方言は鹿児島県与論島で話されており、広くは琉球語に分類される。本稿は主格助詞ga/nuの基本的な文法的性質を探ることで、同方言における格体系の包括的記述への一助となることを目的とする。主格助詞ga/nuの統語的性質は先行研究で既に取りあげられているが、これらの研究では関連する概念である〈格〉・〈意味役割〉・〈文法機能〉について一貫した定義がなされていない。本論文はこれらの術語を類型論的な視点から区別することで、ga/nuの統語的性質に関する体系的な分析を提示する。また、ga/nuなどの助詞が生じていない場合を調査し、それらは単なる〈助詞の省略〉か〈裸格の具現〉であるかという点も考察する。
鈴木, 博之
本稿では、チベット系諸言語のうち限られた少数の方言に認められる声門摩擦音に先行する鼻音要素の調音音声学的特徴を記述し、加えて前鼻音と前気音が交替する現象と有気音の気音部分が鼻音化する現象をいかに解釈するかという問題についても検討を加える。
山崎, 誠 柏野, 和佳子 宮嵜, 由美
本稿では「現代日本語書き言葉均衡コーパス」の図書館サブコーパスに含まれる小説(NDCで913, 923など)のサンプルにおける会話文に話者情報を付与した結果とそれを用いた分析について紹介する。付与したサンプル数は2,663サンプルである。付与した話者情報は「話者名、性別、年齢層」(これらは必須)のほか、「話者の社会的属性(職業など)、会話相手の情報、会話モード(電話での会話、方言での会話、外国人の会話等)」なども全てのサンプルにではないが付けている。「話者名、性別、年齢層」については、「中納言」の検索結果に表示することを計画している。また、その他の話者情報は、中納言のサイトからBCCWJ所有者に限りダウンロードできるようにする予定である。分析から分かったこととして以下の4点を挙げる。(1)小説の全センテンスの約4割が会話文であること。(2)性別では女性の会話文が全体の約3割であること。(3)年齢層では約75%が成年層の会話であり,若年層は約20%,老年層は約5%であること。(4)会話モードでは、電話による会話が全体の約4%程度あること。また、方言による会話文が約5,000あり、その多くは大阪を中心とした関西の方言であること。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
進行中の共同研究プロジェクト「多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明」の一環として,2010年12月に全国規模の方言意識調査を実施した。本稿では,この調査で得られたデータに基づく最新の研究成果2件について紹介する。いずれも,言語使用に関する地域類型を統計手法によって検討したものである。田中(2011a,2011b)は,調査データに「クラスター分析」を適用した結果,2つの大きな地域類型と6つの下位類型を見出した。田中・前田(2012)は,言語使用に関する個人レベルでの確率的なクラスタリングを得るため,同一の調査データに対して「潜在クラス分析」を適用した結果,「クラス1:積極的方言話者」「クラス2:共通語話者」「クラス3:消極的使い分け派」「クラス4:積極的使い分け派」「クラス5:判断逡巡派」のような5つの潜在クラスを抽出した。これにより,話者分類に基づいて地域の類型化を行うことが初めて可能となった。
平本, 美恵 朝日, 祥之 HIRAMOTO, Mie ASAHI, Yoshiyuki
本稿はオーラルヒストリー・データとしてハワイ大学マノア校に録音保存されていた資料を活用し,ハワイ日系移民コミュニティにおける方言接触の様相を人称詞の使用状況に着目して考察する。録音資料はおおむね明治中期から後期頃に,主にサトウキビ畑労働者として日本各地からハワイに移住した移民一世の男女の談話文(年をとってからのインタビューで採録)で構成されている。資料中の東北方言域出身者(福島・新潟両県。後発の移民で少数派)と中国方言域出身者(広島・山口両県。最初期の移民で多数派)の日本語表現を分析したところ,東北方言域出身者にも「ワシ,ワシら」など中国方言の人称詞使用のありかたが広まっていることが明らかになった。また,東北・中国の出身地を問わず,日系人の間では英語の借用語「ミー,ユー」が多用されていることも認められた。
セリック, ケナン 青井, 隼人 CELIK, Kenan AOI, Hayato
本稿では,南琉球宮古語多良間仲筋方言を対象とし,進行融合形の音調に関する詳細な調査結果を報告した上で,多良間方言の韻律構造について新たな分析を提示する。本稿の主な結果は次の3点である。第一に,k-「来る」の進行融合形の音調に基づき,空となる韻律語の存在を認める必要がある。第二に,表層のレベルで1つの韻律語を形成するかのように見える環境を含め,進行融合形はどの環境においても,少なくとも基底のレベルにおいて,2つの韻律語を形成する。第三に,一部の進行融合形について,これまでの全ての先行研究の予測に反して,下降調と上昇調とで異なる韻律構造が写像される。以上の3点の結果に基づき,多良間方言の韻律構造,特に韻律語の形成規則について新しい分析を提案する。つまり,進行融合形などの韻律的な振る舞いから,従来のように韻律語の形成を後語彙的(post-lexical)な規則によって写像されるものとして分析することが難しく,韻律語の形成は基底のレベルで指定されているという分析を採用するべきであることを主張する。残された課題として,進行融合形の下降調と上昇調の間で観察される「韻律構造の交替」のメカニズムの解明がある。その生起要因については現時点ではよく分かっていないものの,本稿では進行融合形・進行非融合形それぞれの表層形に着目し,補助動詞bur-とその接語化形式=ɭの音調を互いに揃えようとする制約が働いている可能性を指摘する。
ヴォヴィン, アレキサンダー
最近日本祖語、琉球祖語と日琉祖語の再構が非常に進んだとは言え、まだ不明な箇所が少なからず残っている。特に、日本語にない琉球語の特別な語彙と文法要素、また、琉球語にない日本語の特別な語彙と文法要素が目立つ。それ以外にも、同源の様でも、実際に説明に問題がある語彙と文法要素も少なくない。この論文では、そうしたいくつかの語彙を取り上げる。結論として次の二つの点を強調したい。先ず、琉球諸言語の資料を使わなければ、日琉祖語の再構は不可能である。第二に、上代日本語と現代日本語の本土方言には存在しない韓国語の要素が琉球諸言語に現れていることを示そうとした。私の説明が正しければ、ある上代韓国語の方言と琉球祖語の間に接点があったことを明示する事になるであろう。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
方言と地域共通語とでは,捉え方の方向性,観点が基本的に反対である。方言が,地域差すなわち変異の観点からみた各地の日本語であり,区画論的に言えば,ある言語的基準に関する差異性をもとに,広い地域から狭い地域へと日本語を地域区分した結果であるのに対して,地域共通語は,個人や地域ごとに多様な日本語を何らかの均一性の観点から見直し,その通用範囲の広がりによって統合していく過程の中に認知されるものである。本稿では,北海道の富良野・札幌における社会言語学的調査の資料にもとづき,主として後者のようなことばの共通性の視点から,両地点における都市化の程度差に注目しつつ,いわゆる北海道共通語の使用状況と,その背後にある話者の言語使用意識との関係について分析・報告する。
青井, 隼人 AOI, Hayato
南琉球宮古多良間方言は,下降の有無と位置によって区別される三型アクセント体系を有する。3つのアクセント型の区別は,常にどのような環境においても実現するわけではなく,様々な環境において様々な組み合わせで中和する(青井2012, 2016a, 2016d)。本稿では,当該韻律句内に含まれる韻律語数が1で,かつ当該韻律句末と発話末とが一致しない環境(いわゆる接続形)において観察される2種類のアクセント型の中和に焦点を当てる。
狩俣, 繁久 Karimata, Shigehisa
北琉球語と南琉球語は文法、語彙の面で大きな違いが見られる。南琉球語と北琉球語と九州方言を比較し、(1)南琉球語には南九州琉球祖語に遡る要素が存在すること、(2)南琉球語に存在し北琉球語に見られない要素がかつては北琉球語にも存在したこと、(3)北琉球語と九州方言に共通するが,南琉球語に見られない要素があることを確認した。そのことから、南北琉球語の言語差は九州から琉球列島への人の移動の大きな波が2 回あったことに由来することを主張する。考古学等の研究成果を参考にすれば、南琉球に南九州琉球祖語を保持した人々の移動の時期は、10 世紀から12 世紀である。2 回目の人の移動によって北琉球で貝塚時代が終わり、グスク時代が始まった。南琉球にもグスク文化は伝わったが、その言語体系を大きく変化させるほどのものではなかった。
吉岡, 泰夫
国立国語研究所の方言研究は,「現代の言語生活」を課題として,話しことばをめぐる言語問題をタイムリーに探索し,問題解決のための科学的調査研究を,独自に開発した方法で実施してきた。言語政策の企画立案に資する基礎研究資料を提供するとともに,日本語研究の中枢的機開として学界の発展と充実にも寄与してきた。特に,社会言語学,言語地理学の分野においては,先進的研究の開拓によって,戦後の日本語研究にリーダーシップを発揮してきたところである。
目差, 尚太 Mezashi, Shota
《とりたて》とは、現実世界の他のものごととの関係を前提にしながら、現実世界のある一つのものごとと、単語の文法的な形によって表現される、文の内容としての《ものごと》との陳述的なかかわり・意味を一般化した文法的なカテゴリーである。与那国方言における、代表的なとりたての形には、ja《対比》、du《特立》、bagai《限定》、ɴ《共存》《極端》、bagiɴ《共存》《極端》がある。これらの形式を、話しあいの構造との関わりの中で、明らかにする。
関川, 雅彦 山口, 亮 SEKIKAWA, Masahiko YAMAGUCHI, Ryo
国立国語研究所はこれまで方言,語彙,日本語教育等の様々な調査や研究プロジェクトを実施し,その過程で数多くの研究資料を収集・作成してきた。これらの貴重な研究資料は現在研究資料室に収蔵されているが,国立国語研究所の使命を考えれば研究所内外に広く公開し,日本語の研究・教育活動のために役立てられることが望ましい。
上野, 善道 UWANO, Zendo
岩手県田野畑村方言の形容詞につき,5モーラ語から9モーラ語までの資料を提示し,分析をする。前稿の2~4モーラ語と合わせた形容詞のアクセント体系は次の特徴を持つ。長さを問わず,次末核型は常にある。それに対して,無核型は少数派で3~7モーラ語にしかなく,しかも5モーラ語以上では語構造に偏りがある。この2つの基本型に加えて,3~7モーラ語には語頭核型もあり,5モーラ以上の例は強いマイナス評価の意味と連動しているという特徴を持つ。
簡, 月真 CHIEN, Yuehchen
花蓮県在住の8人の自然談話データを分析した結果,その日本語には西日本方言の要素が取り込まれ,否定辞にはナイとンの使用が観察された。一段・カ変・サ変動詞ではナイが専用されているが,五段動詞ではナイとンの両方がみられる。ンは五段動詞の中では特にラ行に使われやすい。個人間の使用実態から,ナイとンが競り合った結果ンは消滅に向かうことがわかり,ンが使用されなくなる順は「一段・カ変・サ変動詞→ラ行以外の五段動詞→ラ行五段動詞」であると推測される。また,日本語がリンガフランカとして用いられるドメインではンの使用がみられ,日本人調査者と話すドメインになるとナイへの切換えが行われることからは,ンがもともと持っていた方言的性質がインフォーマル形式に転換し活用されていることがわかる。そういった切換え能力の有無はインフォーマントの日本語能力とかかわっている。ンは台湾で独自の体系を発達させているのである。
Shinzato, Rumiko Serafim, Leon A. 新里, 瑠美子 セラフィム, レオン・A
係り結びは、世界の言語においても稀な構文であるだけでなく、生成・機能主義の両学派に注目される構文でもある。本稿は、『おもろさうし』、組踊、現代首里・那覇方言を基に構築された係り結びの仮説(Shinzato and Serafi m 2013)の妥当性を、先学による琉球諸方言係り結びの記述的研究を通して検証するものである。その過程で、一見仮説への反例と見られる事象、不可解と思われてきた事象について、詳細に検討し、新たな見解を提示する。また、古代日本語の係り結び構文についても、沖縄語の係り結びとの比較研究により得られる知見を指摘する。特に、日本本土の言語の歴史において、係り結びの延長線上にノダ構文を据える見解が沖縄の係り結びの歴史的流れに合致するものと述べる。更に、昨今欧米にて脚光を浴びてきた文法化理論の枠内において、係り結びの成立・発展がどのように捉えられるかについても言及する。これら一連の議論を通し、沖縄語の係り結び研究の意義を明らかにする。
米田, 正人 YONEDA, Masato
国立国語研究所では昭和25年度と昭和46年の2度にわたって文部省科学研究費の交付を受け,山形県鶴岡市において地域社会に於ける言語生活の実態調査を実施した。それにより,戦後四半世紀の急激な社会変化の中で方言が共通語化していく過程について,その実態や社会的な要因を明らかにした。本研究は,これらの成果を受け継ぎ,鶴岡市において約20年間隔の第3次調査を実施するとともに,言語変化を将来に向けて経年的に調査記述していくための基礎構築を目的として行われた。また,本報告は平成3年度および4年度の文部省科学研究費補助金(総合研究(A)),研究課題名「地域社会の言語生活-鶴岡市における戦後の変化-」(課題番号03301060)(研究代表者 江川清)の交付を受けて行った調査研究のうち,音声,アクセントの共通語化について一部をまとめたものであり,平成5年8月,カナダのビクトリア大学で行われたMethods Ⅷ (方言研究の方法論に関する国際会議)で口頭発表した内容に加筆訂正したものである。
福嶋, 秩子 FUKUSHIMA, Chitsuko
アジアとヨーロッパの言語地理学者による各地の言語地図作成状況と活用方法についての国際シンポジウムでの発表をもとに,世界の言語地理学の現状と課題を概括する。まず,言語地図作成は,方言境界線の画定のため,あるいは地図の分布から歴史を読み取るために行われてきた。さらに言語学の実験や訓練の場という性格もある。地図化にあたり,等語線をひいて境界を示すこともできるが,言語の推移を示すには,記号地図が有用である。また,伝統方言の衰退もあって社会言語学との融合が起き,日本ではグロットグラムのような新しい調査法が生まれた。情報技術の導入により,言語地図作成のためのデータは言語データベースあるいは言語コーパスという性格が強まった。コンピュータを利用した言語地図の作成には,1.電子データ化,2.一定の基準によるデータの選択・地図化,3.他のデータとの比較・総合・重ね合わせ・関連付け,4.言語地図の発表・公開,という4段階がある。最後に,言語地図作成の課題は,言語データの共有・統合,そして成果の公開である。
鴨井, 修平
文法化の一方向性より,より低い階層にある語彙的要素は,より高い階層にある文法的要素に変化するということは自明である。一方,文法化はなぜ生じるのかという問題については研究が少ない。中国語の持続形式「着(ZHE)」は,事実確認を標示するムード形式に文法化している(沈 2008)。また,西日本諸方言の持続形式「ヨル(-jor-)」も,証拠性を標示するムード形式に文法化している(工藤 2014)。これらのムード化は,TAMの階層構造に基づけば,順当な文法化であると言える。しかし,近畿中央方言の持続形式「ヨル(-jor-)」は,卑罵性を標示する待遇形式に文法化している(井上 1998)。ここで,なぜ近畿中央方言では,ムード化ではなく待遇化が生じたのかという問題が生じる。本研究では,持続形式の待遇化は,①形式の機能重複,②形式のランキング,という2つの動機に基づいて生じるという仮説を提案する。また,文法化の動機の相違によって文法化の内容が分岐するという可能性について考える。
金, 英周 五十嵐, 陽介 宇都木, 昭 酒井, 弘
統語論、音韻論、意味論など言語学の各分野においては、それぞれの現象を検討するために、細分化されたそれぞれの分野内のデータが証拠とされることが多い。しかし有効な証拠は分野内に限らず、分野外のデータから得られることもある。本発表では、現代韓国語の属格主語構造を一例として、統語構造に関する仮説の検証に韻律パターンを証拠として使用することの有効性を示す。現代日本語では、「母親が焼いたチジミ/母親の焼いたチジミ」のように連体修飾節中の主格と属格が交替することが可能であるが、現代韓国語/朝鮮語では方言によって可能性が異なることが指摘されている(Sohn, 2004; 金銀姫 2014)。ここで「母親の」のような名詞句が連体修飾節の主語であるという証拠を示すために、従来の研究では修飾語を加えた複雑な文の意味判断を行わせることが多かった。本発表では、例文を各方言の母語話者に音読させた韻律パターンを分析することで、名詞句が連体修飾節の主語であることの明瞭な証拠が得られることを示す。
ハイス・ファン・デル・ルベ Gijs van der Lubbe
本稿であつかう対象は、琉球沖永良部語正名方言における因果関係を表現しているつきそい・あわせ文である。つきそい文の述語になる形式がさまざまである。条件をあらわすつきそい文の述語になる形式が7つあり(-iwa、-to、-tara、-tukja、-kja、-gaʃara)、日琉語族のなかでは、数が著しい。本稿は、形式ごとに、原因・理由(-tu(ni)) 、契機(-tu)、条件(-iwa、-to、-tara、-tukja、-kja、-gaʃara)、うらめ(muN、-taNte)、ゆずり(-abamu、-timu)のように用法をとりだし整理した。さらに、共通する用法をもつ形式について、言語接触の結果の可能性があることを述べた。
ハイス, ファン デル ルベ Giis, van der Lubbe
本稿では、沖縄語宜野座惣慶方言を対象に名詞の格形式体系の記述を行なった。属格には、はだか格、ga 格、nu 格の3 つの形式が用いられ、その使い分けは、名詞の有生性階層によると考えられる。もっとも有生性が高い名詞は、はだか格をとり、それより有生性が低い名詞は、ga 格をとり、もっとも有生性が低い名詞は、nu 格をとる。また、gatʃi 格、ttʃi 格、ni 格、nike 格の意味用法の共通点と相違点を記述していった。gatʃi 格とni 格とnike 格が3 つともありかをあらわしうるが、gatʃi 格は、存在動詞un「いる」とan「ある」と共起しない。
山本, 空
国立国語研究所(編)(2001~2008)『全国方言データベース 日本のふるさとことば集成』(国書刊行会,以下『集成』)と「日本語諸方言コーパス(COJADS)」を用いて,独立語的な対称詞と指示詞系フィラー「アノ」「ソノ」の使用実態を地点ごとに比較・分析した。その結果,独立語的な対称詞を多用する地点の中で,指示詞系フィラーの使用が標準語的な使用と異なっている地点がみられた。特に大分県では指示詞系フィラーの使用が少なく,むしろ独立語的な対称詞が最も多く使用されていた。そこで大分県について談話資料を追加して調査したところ,やはり指示詞系フィラーよりも独立語的な対称詞を多用する地点が多いという結果になり,『集成』「COJADS」による大分県の調査結果と類似していた。大分県では対称詞がフィラーとして日常的に使用されていると考えられる。このように,独立語的な対称詞は単にその地点に存在するだけでなく,ほかのフィラーの使用にも影響を与えており,他方言では汎用的に用いられている指示詞系フィラー「アノ」の機能が制限されることが明らかになった。ただ,この傾向は年代が新しくなると薄れてきており,経年変化の可能性があることも示唆された。
朝日, 祥之 ASAHI, Yoshiyuki
本稿では,独創・発展型共同研究プロジェクト「接触方言学による『言語変容類型論』の構築」で企画・実施された調査研究の成果を紹介した。最初に,研究目的と実施された調査の設計を述べた。その後,研究期間中に実施された様々な調査のうち,北海道札幌市と釧路市で実施された実時間調査と愛知県岡崎市で実施された敬語と敬語意識調査で取り扱われた「道教え」場面調査の調査結果,ならびに国内4地点における空間参照枠に関する調査結果を取り上げた。また「言語変容類型論」構築の試案を提示し,その提示の方法,試案の有用性,反省点,今後の当該分野に関する展望を行った。
大橋, 勝男 大橋, 純一 河内, 秀樹 OHASHI, Katsuo OHASHI, Jun'ichi KAWAUCHI, Hideki
中世に顕著だったオ段長音開合現象の痕跡が,新潟県中越内陸の老年層にみとめられる。しかし,最近はその現象が急速に衰微してきた。当現象の調査は急を要する。そこで,わずかに痕跡を今に留める中越山間孤立村落中魚沼郡津南町結東(けっとう)大字前倉(まえくら)方言に着目し,その様を老年男性・老年女性各1名について,音響的視点及び発音口形から観察分析比較した。大勢としては両者ともに,開音系語が開音的に発音される割合はきわめて低く,逆に合音系語が合音的に発音される割合は50%以上と非常に高い。
朝日, 祥之 吉岡, 泰夫 相澤, 正夫
行政から提供される情報には,外来語・略語・専門用語が増加し,自治体は住民に対して分かりやすい行政情報を提供することが求められている。国立国語研究所では,行政情報の発信者である自治体職員と受信者である住民とのコミュニケーションに関する意識調査を実施した。その結果,語彙的特徴やパラ言語的特徴,非言語的特徴よりも,方言と共通語の使い分けに関する意識に地域差が認められることが明らかとなった。
青木, 博史 AOKI, Hirofumi
文法史研究は,体系(文法)と部分(語彙),歴史的変化と通時的変遷など,その概念と用語にも注意を払いながら進められてきた。近年における文法化研究の隆盛を受け,矮小化させることなく発展的に進めていかなければならない。このとき,文法論は,位相論・文体論,さらには方言研究とも連携しながら,複線的・重層的な"ストーリー"としての文法史を描くことを心がけなければならない。
Shibatani, Masayoshi Shigeno, Hiromi 柴谷, 方良 重野, 裕美
準体言のさまざまな形態的タイプを示す琉球諸語は、体言化現象についての類型的および歴史的考察のための貴重な資料を提供してくれる。本論は、奄美大島における琉球語奄美方言を中心に、四つの準体標識 nu, N, /si/, mun(u) の生長と衰退のパターンを記述・分析し、次の仮説を提示する。準体標識は、体言基盤準体言の名詞句用法を出発点として、(a) 名詞句用法から修飾用法に拡散し、(b) 体言基盤準体言から用言基盤準体言へと拡散する。
Shimabukuro, Moriyo 島袋, 盛世
石垣島白保方言のアクセントについての論文、|崎村(1987) と琉球方言研究クラブ(2007)で分析されているデータにもとづき考察を行う。これら2つのデータが示すアクセント体系は同一ではなく、異なる。本稿の主な目的の1つはこれらの異なるアクセントータを体系的にとらえ、2モーラおよび3モーラ名詞を中心に分析し記述することである。もう1つの目的は、これらの名詞アクセント体系にもとづき、白保祖語アクセントを再建すること、そして再建された祖語から上述のそれぞれの現代白保アクセント体系へ発達した過程を説明することである。白保祖語アクセントを再建することにより、今後の課題である白保・波照間祖語アクセントの再建及び、それぞれのアクセント体系の変遷を明らかにすることが可能になる。本稿ではアクセントの規則的な対応関係に基づき、比較方法で白保祖語の2モーラおよび3モーラ名詞のアクセント体系を再建した結果、それぞれのモーラ数名詞において弁別機能のあるアクセントの型は6つであることが分かった。更に、再建した祖語のアクセント体系から現代白保アクセントへの変遷の過程において起こった変化は、1~3 つ程度であることも明らかになった。アクセント体系の変遷に関わった変化は比較的少ないが、これらの変化により、アクセントが統合し、6つの型を持つ複雑な祖語アクセント体系から2つ又は3つの型を持つ現代のアクセント体系へと変化してきたことになる。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
日本語諸方言のアクセント体系が高さ(ピッチ)にもとづく「ピッチアクセント体系」であることは日本語音声研究の中で常識とされていることであるが,日本語以外の言語から見ると必ずしも自明のこととは言えない。実際,「ピッチアクセント体系(言語)」という類型概念そのものを否定する研究者も数多い。本稿は,2010年に本プロジェクトが主催した国際シンポジウムISAT 2010の成果(Lingua 122特集号)の一部を報告する形で,日本語の研究が一般言語学や言語類型論に貢献できる可能性を指摘する。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
言語地理学は,その学術的展開とともに語形分布の2次元空間的配列関係を基盤とした歴史的解釈に目的を焦点化させるに至ったが,そのような方法では,例えば待遇表現のように地域が持つ社会的特性と言語が関連を持つ事象の分析に十分対処することができない。また,配列関係に基づく解釈においても,その背景にある地理的情報を検討することは必要である。本来,言語地理学は言語外の情報と言語情報を空間的に照合することで,言語=方言と人間の実生活との関係を見ていくことに,そのダイナミズムがあった。そのような出発点に立ち戻るなら,地理情報システム(GIS)は,言語地理学を再生させるための大きなキーとなるものである。
清水, 誠治 SHIMIZU, Masaharu
いわゆる京阪系のアクセントが広く分布する四国の中にあって,いわゆる東京式アクセントの行なわれている地域として知られていながら,これまで具体的な報告のなかった宇和島方言アクセントでは,句頭から高く始まるのを典型とする音調型であること,動詞においてモーラ音素が核を担う現象が確認されること,3拍名詞については2・4・5類が統合し7類が3つに下位分類されること,複合名詞のアクセントについては基本的に前部要素が関与しないタイプ(Y型)であること,複合動詞のアクセント規則が広島市などについて報告されているものと共通すること,そして,アクセント体系としては中輪式に分類されるものであることなどについて,はじめて具体的に報告する。
上野, 善道 UWANO, Zendo
琉球与那国方言の動詞活用形のアクセントを調査し,150項目について26の活用形の資料を提示した。体言と同様,動詞も3つのアクセント型に分かれるが,そのパターンは大きく6つに分類される。終止形がA型の動詞はすべての活用形がA型のまま一貫する。今のところ1例しか見つかっていない終止形C型もC型でほぼ一貫するが,一部にB型が主に併用で出る。それに対してB型は,すべてB型で一貫するタイプの他に,その中で段階的にC型の数が増える3つのタイプに分かれる。
大滝, 靖司 OTAKI, Yasushi
本研究では,子音の長さが音韻論的に区別される6つの言語(日本語・イタリア語北米変種・フィンランド語・ハンガリー語・アラビア語エジプト方言・タイ語)における英語からの借用語を収集してデータベースを作成・分析し,各言語における借用語の重子音化パタンを明らかにする。その結果から,語末子音の重子音化は,原語の語末子音を借用語で音節末子音として保持するための現象であり,語中子音の重子音化は原語の重子音つづり字の影響による現象であることを指摘し,純粋に音韻論的な現象は語末子音の重子音化のみであることを主張する。
下地, 賀代子 SHIMOJI, Kayoko
下地(2003)をはじめとするこれまでの先行研究では,多良間島方言の格の形式は,O格,nu格,ga格,ju格,ba格,ni格,tu格,sji:格,kara格,Nka格,Nke:格,gami格の12形式(周辺的な接辞であるjuL,ti:を含めれば14形式)であるとされてきた。だが改めて考察を行ったところ,ni:格という〈道具,手段〉をあらわす新たな格形式をみとめる必要のあることが明らかになった。これは,これまでni格に含められてしまっていた形式である。また-Nkaについても,格として機能するものと「中,内」という語彙的意味を名詞に付加する派生接辞的なものという,2つを区別して捉えなければならないことを明らかにした。
當山, 奈那 Toyama, Nana
本稿では平安座方言を対象に名詞の格の分析・記述を行った。uti格とNzi格はどちらも空間名詞にあらわれ〈動きや状態がなりたつ場所〉を表現するが、話し手から遠ざかる場所を示すときに用いられる傾向がみられた。これは、格助辞NziはNzi(行って)から文法化した格形式であるためである。また、ni格とnaka格とNkai格の名詞があらわす意味における共通点と差異点をみていった。ni格の名詞は面接調査においてはほとんどみられず、時間名詞に限定される。naka格とNkai格の名詞は〈ありか〉や〈あい手〉をあらわす共通点をもつが、naka格の名詞はNkai格の名詞のように〈ゆきさき〉をあらわすことができない。naka格の表現する領域をNkai格が表現するようになりつつある。
田中, ゆかり 前田, 忠彦 TANAKA, Yukari MAEDA, Tadahiko
方言使用にかんする地域類型を考察するために,16歳以上の男女を対象とした全国規模の言語意識調査のデータを分析した。我々は言語使用にかんする話者個人レベルでの確率的なクラスタリングを得るために,潜在クラス分析を利用した。その結果に基づいて,地域的分布の特徴を調べることで得られたクラスター(潜在クラス)と地域との対応関係を同定することを試み,またその他の対象者属性と潜在クラスとの対応関係を精査することにした。その結果,次の五つの潜在クラスが抽出された:「クラス1:積極的方言話者」「クラス2:共通語話者」「クラス3:消極的使い分け派」「クラス4:積極的使い分け派」「クラス5:判断逡巡派」。用いた説明変数のうち,クラス帰属への効果が有意となったものは効果の大きな順に,生育地,職業,教育程度,年代であった。居住地都市規模と性の効果は有意ではなかった。話者の生育地の観点から,各クラスの特徴を示すと次の通りとなる。「クラス1:近畿・中国・四国生育者」「クラス2:首都圏・北海道生育者」「クラス3:北関東・甲信越・北陸・東海生育者」「クラス4:沖縄・九州・東北・中国生育者」「クラス5:北海道生育者」。職業についてもいくつかのクラスで特徴的なパターンを示した。年齢効果は,全体のサンプルでも,またいくつかの地域別に分析した結果でも,非線形な関係を示した。概してこれらの年齢の効果は二つかそれ以上の変化点をもち,多くの場合に35-40歳前後と60歳周辺に観察される。以上のような結果に基づき,我々の分析で得た地域類型の実質上の意味や,先行研究で得られた類型との関係を議論した。
セリック, ケナン 麻生, 玲子 中澤, 光平
本稿では、明治期の八重山語(石垣島方言)の語彙資料の手書き原稿の翻刻を提示する。『海南諸島單語篇』(副題『沖縄懸下八重山島單語』)と題する本資料は植物学者の田代安定が1880年代に実施した実地調査に基づいて作成したもので、現在、東京大学理学図書館で保管されている。この資料は収録語数が800語を超えており、また、表記が八重山語の重要な音韻的対立を反映している。このように、八重山語の纏まった正確な語彙資料として最古のものであると考えられる。このため、八重山語の研究および研究史にとって極めて重要な価値がある。
中川, 奈津子 NAKAGAWA, Natsuko
本稿は,青森県上北郡野辺地町で話されている,南部方言の一変種の音韻を記述する。野辺地町について簡単に紹介したあと,母音,子音,音節構造に関してそれぞれ議論する。共通語化の影響により,母音も子音も揺れが大きく,その「揺れ幅」によってしか音素を同定できないと主張する。特に /i,u/ の認定が困難で,共通語との対応が意識されない語における [ɨ] は揺れがないものもあるため,音素の同定に問題が生じることを指摘する。音節構造に関しては,長母音は認定せず,長子音とコーダ位置の /n/ を認定するが,認定方法にはまだ課題が残されていることを指摘する。
大西, 拓一郎
文法は,体系的性質を強く持つ。したがって,ひとつひとつのことがらの背景にはそれを支える構造の存在を考えることが必要である。『方言文法全国地図』を見るにあたってもこの観点は,不可欠で,1枚の地図から読み取ることができる情報は少なくないものの,それだけでは多くの場合,ある程度のレベルでの推測をまじえた判断しか下せないことが多い。関連する項目の持つ構報を総合的に整理し,その中から分析することが求められる。その一方で,総含的観点から分析しようとしても,実際上,調査項目に盛り込まれていない限りは,必要な情報が得られないという,はがゆい事実がまちかまえている。新たな情報の収集が求められるわけである。このようなことがらについてサ変動詞「する」の東北地方における分布とその解釈をめぐって考察する。
下地, 賀代子 SHIMOJI, Kayoko
助辞-jaは現代共通語の助辞「は」に対応し,琉球語全体で広く用いられている助辞である。だが,その研究の多くが-jaの出現形式や承接関係など形態論的な内容を示すに留まっており,その文法的機能や「意味」についての具体的な記述,また,現代共通語の「は」との違いといった観点からの考察があまりなされてこなかった。このような現状を踏まえ,本研究では多良間島方言を対象に,-jaが現れる文の基本的なタイプを明らかにし,それぞれの文の構造や機能を記述・考察した。その結果,名詞述語文と形容詞述語文のNP-ja主語は基本的に「判断の主題」を,動詞述語文のNP-ja主語は基本的に「関連の主題」を表すことを示した。またその他のja構文として,存在動詞aL述語文,否定文,対比構文などがみとめられた。
井上, 優 INOUE, Masaru
本稿では次の3点について述べる。1)富山県砺波方言には,判定詞「ジャ」とは文法的性質が異なる終助詞「ジャ」がある。2)終助詞「ジャ」は「現場の状況や記憶を参照した結果,話し手のそれまでの認識の更新をせまるような結論pがその場で自然と意識にのぼり,話し手がpという線で認識を更新する必要性を感じている」(非主体的な認識更新)という心的態度を表す。3)「非主体的な認識更新」という心的態度を聞き手に表明することにより特定の発言態度が暗示されることがある。関連事項として,終助詞「ジャ」と,「...ガジャ。/...ガヤ。」という形で用いられた文末形式「ガジャ/ガヤ」(のだ)との間に意味的な類似性が認められることについても言及する。
Shimabukuro, Moriyo 島袋, 盛世
一般に、英語の語においてアクセントの置かれる音節は決まっており、方言間でも変わることはないと言われている(例:elephqntはelephantまたはelephantと発音されない)が、本稿は英語のアクセントが曲中では通常と異なる場合があることを指摘し、更に、その異型アクセントが起こる環境を音符やリズムの観点から明らかにすることを目的とする。\n結論を簡潔に言えば、異型アクセントと音符・リズムの相互関係は普通アクセントと音符・リズムの相互関係とは異なるという結果である。結論に達した過程を例を示し、詳細に説明する。なお、本稿ではロック、オータナティブ、ブルースの3つの音楽のジャンルに焦点をしぼった。
井上, 優 INOUE, Masaru
本稿では,富山県砺波方言の終助詞「ヤ/マ」「チャ/ワ」の意味について考察する。「ヤ」「マ」は命令文(依頼文・禁止文を含む)専用の終助詞である。「命令文+ヤ」は,共通語の「命令文+よ↑(上昇)」と同様,念おし的なニュアンスを含む命令を表す。これに対し,「命令文+マ」は,共通語の「命令文+よ↓(非上昇)」と同様,説得あるいは非難のニュアンスを含んだ命令を表す。両者の使い分けは,「話し手の意向」と「聞き手の意向/現実の状況」の間の矛盾を前提とするかしないかという点に還元される。「チャ」「ワ」は平叙文専用の終助詞である。「チャ」は「当該の情報Pは既定の事項としてよい」ということを表し,「文脈に存在する~Pの可能性を排除しなければならない(排除すればよい)」ということの表明に用いられる。これに対し,「ワ」は情報Pを「その場で想起された話し手の個人的認識」であることを表し,控えめな情報伝達というニュアンスが生ずる。
島田, 泰子 芝原, 暁彦 SHIMADA, Yasuko SHIBAHARA, Akihiko
方言分布形成の解明にとって重要な参照事項である地形情報ならびに各種地理情報を,正確かつ直感的に参照できる方法として,精密立体投影(HiRP = Highly Realistic Projection Mapping)という手法の導入を提言する。DEM(数値標高モデル)に基づく三次元造形物である精密立体地形模型を作成し,その表面に,プロジェクターによる光学投影(プロジェクションマッピング)を行い各種の地理情報を重ね合わせることで,地形・河川の流路・交通網などといった複数の地理情報を,同時に照合することが可能となる。言語地図における言語外地理情報の照合作業は,従来,特殊な鍛錬なしには困難を伴うものであったが,この精密立体投影(HiRP)により,その精度が飛躍的に向上する。本稿では,精密立体投影(HiRP)の技術や装置の詳細を紹介するとともに,具体的な分析事例として,長野県伊那諏訪地方における「ぬすびとはぎ(ひっつき虫)」の分布データにおける経年変化を取り上げ,これを検証する。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
2009年10月に始まった共同研究プロジェクト「日本語レキシコンの音韻特性」の中間報告を行う。このプロジェクトは,促音とアクセントを中心に日本語の音声・音韻構造を考察し,世界の言語の中における日本語の特徴を明らかにしようとするものである。促音については,主に外来語に促音が生起する条件およびその音声学・音韻論的要因を明らかにすることにより,日本語のリズム構造,日本語話者の知覚メカニズムを解明することを目指している。アクセントについては,韓国語,中国語をはじめとする他の言語との比較対照を基調に,日本語諸方言が持つ多様なアクセント体系を世界の声調,アクセント言語の中で位置づけることを目指している。本論文では本プロジェクトが明らかにしようとする問題点と近年の研究成果を総括する。
前川, 喜久雄
国立国語研究所が山形県鶴岡市で収集した共通語化調査データのうち第1~3回調査の音声項目データを用いて、方言音声共通語化過程の統計モデルを構築した。既に報告した第1回調査データと同様、第2回・第3回調査データも二項分布に基づくロジスティック回帰モデルを適用するには分散が大きすぎる(過分散状態)。そのため、ベルヌーイ分布の成功確率が種々の要因によって変動するベイズモデルを考案した。7種のモデルの性能をF値・平均予測誤差・WAICの三者で評価した結果、回帰直線の切片が話者と語彙の要因によって変動し、傾きが語彙の要因によって変動するモデルが良モデルとなった。このモデルのF値は0.95に達しており、強い説明力を有している。さらにこのモデルにおける話者の個体性情報を「性別・言語形成地域・教育歴」の情報で置換したモデルを評価したところ、第2・第3回調査データについては、良モデルとほぼ同等の性能を発揮するものの第1回調査については性能がかなり低下することが判明した。
新井, 小枝子 ARAI, Saeko
群馬県藤岡市方言における,養蚕語彙を用いた比喩を取り上げ,それらの表現によって,人びとが日常生活のどのような部分を,どのように理解し,表現しているのかについて論じたものである。具体的には,養蚕世界において〈蚕〉および〈桑〉を対象として用いられている語彙が,日常世界の〈人〉〈人の生き方〉〈子どもの育て方〉や,〈農作物〉〈仕事〉〈時期〉〈樹木〉を対象にして,語彙としてのまとまりをもって比喩に用いられていることを明らかにした。さらに,養蚕語彙の本来の意味から,比喩の意味への変化の仕方を考察し,その比喩のメカニズムには,比喩性の強い型と弱い型があるとした。養蚕が盛んであった地域では,それが行われなくなった今でも,日常生活において養蚕語彙を用い,熟知した生活世界のものの見方で日常世界を捉え,効率良く,かつ,豊かな表親を展開しているとし,それが,当地域における比喩の特徴であると結論づけた。
菊地, 暁 Kikuchi, Akira
従来の「民俗学史」が抱えてきた「柳田中心史観」「東京中心史観」「純粋民俗学中心史観」ともいうべき一連の偏向を打開すべく、筆者は「方法としての京都」を提唱している。その一環として本稿では国民的辞書『広辞苑』の編者・新村出(一八七六―一九六七)を取り上げる。新村は柳田国男と終生親交を結び続けたが、その学史的意義が正面から問われたことはこれまでなかった。その理由の一端は、両者の交流を跡づける資料が見つからなかったことによるが、筆者は、新村出記念財団重山文庫ならびに大阪市立大学新村文庫の資料調査から、柳田が新村に宛てた五〇通あまりの書簡を確認した。これらは便宜的に、a)研究上の応答、b)資料の便宜、c)運動としての民俗学、d)運動としての方言学、e)交友録、に区分できる。これらの書簡からは、明治末年から晩年に至るまで、語彙研究を中心とした意見交換がなされていること、柳田の内閣書記官記録課長時代に新村が資料閲覧の便宜を得ていること、逆に柳田が京大附属図書館長の新村に資料購入の打診をしていたこと、柳田が「山村調査」(一九三四―一九三六)の助成金獲得にあたり、新村に京大関係者への周旋を依頼していること、一九四〇年創立の日本方言学会の運営にあたって、研究会開催、学会誌発行、会長選考、資金繰りなど、さまざまな相談していること、等々が確認される。こうした柳田と新村の関係は、一高以来の「くされ縁」と称するのが最も妥当なように思われるが、その前提として、「生ける言語」への強い意志、飽くなき資料収集、言語の進歩への楽観、といった言語認識の基本的一致があることを忘れてはならない。さらには、二人の関係が媒介となって、京大周辺の研究者と柳田民俗学との交流が促進されたことも注目される。
窪田, 悠介 KUBOTA, Yusuke
本稿では,統語構造アノテーション支援ツールEmacsけやきモードの解説をする。けやきモードは,国立国語研究所「統語・意味解析コーパスの開発と言語研究」プロジェクトのために開発された。本ツールを開発する過程で,Emacsをテキストアノテーション作業用インターフェイス構築の土台として利用する手法の有効性と,この手法を採用する際に注意すべき点がいろいろと明らかになった。主な利点は,Emacsエディタに備わっているEmacs Lispと呼ばれるLispの方言を用いることで,強力なテキストアノテーション支援環境を素早く開発できることである。同時に,当初開発者側に盲点となっていたがツールを現場で運用する際に徐々に明らかになった落とし穴として,Emacsのデフォルトのインターフェイスの使いにくさがあることが分かった。本稿では,けやきモードの主な特徴と実装を簡単に説明したあと,Emacsをアノテーション支援ツール開発の基盤として用いることの利点と落とし穴を議論する。
岸江, 信介 KISHIE, Shinsuke
主として関西中央部で用いられるハルは,京都と大阪においてその使用頻度などに差があることが過去の調査で明らかとなっていたが,なぜ差があるかについてこれまで充分に説明できなかった。関西中央部のハルは一般的に尊敬語としてみなされているものの,京都では大阪で用いられることがないハルの用法が観察されており,これが両都市での差を生み出す一因ではないかと考えられる。先学諸氏による見解では京都のハルには対者敬語(丁寧語)的傾向があると指摘されており,京都市方言の動態調査からこの点を吟味することにした。仮に対者敬語(丁寧語)的であるとすると,聞き手が異なれば,ハルの使用率は変化するはずであるのに,聞き手を替えてもハルの使用率にさほど大きな差が出なかった。ところが素材が異なる場面ではハルの使用率が著しく低下した。これらのことから対者敬語的用法というよりもむしろ親愛語的な用法があるのではないかという結論に至った。京都のハルに親愛語としての働きがあるとすれば,大阪のヤルが対応し,京阪共通の軽卑語のヨルと共に親愛語の体系を形成するということになる。
松田, 美香 MATSUDA, Mika
井上(編)(2014)は,電話による4つの場面のペア入れ替え式ロールプレイ会話で,首都圏の高年層と若年層の談話比較を行った結果と分析である。調査は日本各地で行われたが,本研究ではその中の九州4地点の高年層ペアの依頼談話を比較した。その結果,談話構造はAの依頼→Bの断り→Aの説得(→Bの事情説明→Aの説得)→Bの受諾→AあるいはBの調整→Aの対人配慮・念押しと,ほぼ共通していることがわかった。構造内部の「依頼の話段」の中でAがどのような配慮表現をするか,「説得の話段」ではBに受諾させるための提案や再度の依頼をするか否か,そして,全体的に配慮や念押し等の言語行動,定型表現の使用についても比較した。その結果,都市性の比較的高い熊本県熊本市・鹿児島県(日置市他)では,「配慮性」につながる特徴が優勢で,都市性の低い大分県(由布市)・熊本県人吉市では,「積極性」につながる特徴が優勢であることがわかった。依頼談話におけるこのような特徴の分布は,「働きかけに対する姿勢」の異なりを明らかにしたといえ,地方発の方言文法現象等の発生のしくみを解明する手掛かりになると考える。
ナガノ・マドセン, ヤスコ 杉藤, 美代子 NAGANO-MADSEN, Yasuko SUGITO, Miyoko
日本語の談話におけるあいづちの種類やその運用の実態を把握するために,東京(山の手,下町)および大阪(船場,河内)で収録された中・高年者による座談の音声資料に現れたあいづちを分析し,考察を行った。まず両方言であいづちとして使われたことばを調べ,一見多様にみえるあいづちの表現形式には反復による類型規則に従うものが多いこと,またその規則性は,基本周波数曲線(ピッチ曲線)にも認められることを明らかにした。次に,反復形を持つあいづちの表現形式は東京と大阪の両地域において違いがなく,表現形式にみられる方言差,地域差,男女差,丁寧度の差などは,「アソーデスカ」系のような反復形を取りにくいあいづちにみられた。あいづちの種類に関しては,ほとんどの話者が8~11種のあいづち系を持ち,それを親疎の関係や男女差などの要因により使い分けていることが明らかになった。
佐藤, 大和
本報告は、「日本語話し言葉コーパス(CSJ)」の東京方言話者2名(男性・女性)による独話音声の音調分析により、規範的なアクセントの型がどのような音調動態として実現されているかについて検討したものである。著者はこれまで主にアクセント拍近傍の音調特性に着目した内容を報告してきたが、今回は(1)1〜4アクセントを含む発話のまとまりの包括的音調特性の分析、(2)アクセント句の音調動態モデルに基づいた分析、等に留意した。特に後者では、アクセントの動態核は原則2拍とし、その“上昇−下降”、“平坦−下降”、“下降−下降”、“上昇−上昇”等の動態形式を分析する。また動態核に続いてアクセント単位の終結部(Coda)を設定し、アクセントに直接関わる音調下降とアクセント単位の終結下降とを区別する必要性のあることを示す。さらに音調の急峻な下降や上昇で観測されるピッチの変曲点(音調制御開始点)は母音onset近傍で生起し、アクセント位置など発話の動的音調特性と関連することを述べる。
孫, 建軍
本論は一九世紀中頃までの漢訳洋書を対象に、その中に現れた社会科学関係の内容を紹介し、中国で活動した西洋人宣教師の翻訳、造語活動について分析を行ない、宣教師の造語における限界を指摘した。一九世紀初頭から中頃までの漢訳洋書は自然科学や宗教関係のものが圧倒的に多いが、西洋国家の政治制度や社会制度を紹介する内容もわずかながら見られた。宣教師の造語は「新造語」と「転用語」の二種類に分けることができる。「新造語」は音訳語のほかに、「上院、下院、議会、国債」のような直訳語もある。そして「国会」のように、短文をさらに短縮した語も見られる。それに対して、中国では古典法律用語が発達したため、「転用語」が比較的数が多いといえる。「選挙、自主、領事、自立、民主」などがその例である。宣教師の造語は積極的に行なわれたものの、様々な限界も存在した。専門知識の欠如、「口述筆録」といった翻訳方法、方言の違い、宣教グループ間の対立などが原因となって、宣教師の造語に限界をもたらしたと考えられる。
牧野, 由紀子 MAKINO, Yukiko
命令形などの直接形式は相手を侵害する形式として社会的に使用が難しく,目上から目下に限り使用できるとされる。しかし,現代社会には基本的に対等な,対称的な関係の集団も数多く存在する。そこでは,行為指示はどのようにおこなわれるのだろうか。本稿では,大阪の自治会活動での行為指示談話において直接形式が使用されている実態を確認するとともに,そこで使用されていた大阪方言の命令形である連用形命令「シ」とテ形「シテ」がどのような発話機能で使用され,また,談話の流れの中でどのように使用されているかという2点から分析をした。その結果,(1)シは主に「聞き手利益命令」機能で社会的距離を縮めるものとして使用され,シテが主に「命令指示」機能で使用される,(2)シやシテが「命令指示」機能で使用される場合,いわば「命令指示」マーカーとして一つの指示談話中1~2回しか使用されず,具体的な指示内容は間接形式がカバーする一方,周辺発話で仲間意識の構築が志向される,ということが明らかになった。
木部, 暢子 上野, 善道 町, 博光 横山, 晶子 ファン・デル・ルベ, ハイス
河瀬, 彰宏 KAWASE, Akihiro
本論文では,(1)日本民謡の音楽的特徴--旋律に内在する法則--を科学的に捉え,(2)抽出した特徴に基づき日本民謡の地域性を客観的に判断する指標を示す。はじめに『日本民謡大観』(1944-1993)に収録されている種目のうち全国的に網羅的に存在する日本民謡1,794曲と,Web上に公開されている大規模音楽データベースに収録されている中国民謡1,984曲から,それぞれ音楽コーパスを構築する。日本民謡の比較対象として,中国民謡を用いる理由は,中国音楽が日本音楽の形成に多大な影響を与えてきたにもかかわらず,音楽文化や旋律のもつ雰囲気などの点で違いが見受けられるためである。分析の手順としては,各コーパスに対してVLMCモデルを用い,旋律中に繰り返し出現する音程推移パターンを抽出する。そして地域・種目などの背景要因に応じて日本民謡の楽曲データをグループに分割し,計量的な手法を用いてその特徴を比較検討する。その結果,日本音楽の特徴は,民俗学や歴史学において提唱されている日本列島の東西二分論(社会組織論)のほか,方言研究やアクセントの分布図とも一致することがわかった。
狩俣, 繁久 かりまた, しげひさ Karimata, Shigehisa
狩俣, 繁久 島袋, 幸子 かりまた, しげひさ Karimata, Shigehisa
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