本稿では,愛知県岡崎市で3次にわたって行われた大規模言語調査の中心部分,敬語行動に関する面接調査の回答を対象として分析し,この地の方言敬語に起こった変化について報告する。分析するにあたって,(1)まず,回答に出現した形式を標準語形・方言伝統形・方言新形・中間形に分類し,その全体的使用状況,(2)場面ごとの使用状況,(3)場面ごとの方言敬語形の使用状況を調査した。方言新形には,ミエル・チョーダイなどを含めた。中間形には,方言形と標準語が連続した表現や,要素の形態は標準語と同一で組み合わせや承接の仕方が異なる表現を含めた。中間形は標準語を指向しつつも方言の干渉により産出したと考えられる表現であり,丁寧語と関わる表現に多く見られた。分析の結果次のことが明らかになった。 1.全場面標準語形だけを使用する話者は大幅に増大し,逆に方言伝統形使用者は激減,中間形は第2次調査で微増,第3次調査で激減している。場面別分析により,標準語形ないし方言形は場面にあわせて選ばれていることが確認された。例えば,電報局のような公共機関や東京での道聞きといった非方言場面では方言使用が避けられる傾向にある。中間形は非方言場面で多く出現する傾向にあったが,第3次調査では方言自体の使用が激減し,それに伴いほとんど使用されなくなった。 2.方言敬語形は,第1次調査時は多様な形式を残しつつも出現数は少なく,第3次調査時には伝統形(ラ)レル,新形ミエル以外ほぼ壊滅状態であった。伝統形が使われる場合内輪の方言場面で多く使われる傾向にあった。敬意の低い形式であった(ラ)レルは上位場面に使用場面を広げ,ミエルともども他の尊敬語と重ねて盛んに使われるようになり,標準語的な用法への変化をうかがわせる。 3.中間形の存在は,一部の方言話者にとって丁寧語の習熟が意外に難しいこと,標準語の敬語運用能力は均質なものではないことをうかがわせる。