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道田, 泰司 Michita, Yasushi
本稿の目的は,大学教員として中学生に心理学の授業を計画し,実施したプロセスを報告することである。授業は90分,18名の中学3年生を対象に行われた。テーマは盲点の錯覚を中心とした知覚心理学としたが,テーマをどのように設定し,授業をどのように構想し,実施したのか。生徒の反応はどうであったか。このような点について報告することで,今後の中等教育における心理学教育について考える基礎資料とするのが本稿の狙いである。実践を実施した結果,盲点を中心に実験体験を通し,自分たちでも考えながら心理学に触れることの有効性が確認された。今後の課題としては,講義時間の長さや考える時間の確保,意見表出の方法などの方法論的な部分が挙げられた。
中村, 完 Nakamura, Tamotsu
精神的安静や行動の変容を目指す仏教の修道論に関して、四諦説、八正道、三学、坐禅について心理学的立場から文献的に紹介する。その際、坐禅の構成要素である調身、調息、調心に関して、それぞれの意味を説明し、また、これまで行われた心理生理学的研究の成果の概要も紹介する。ヨーガ修行法についても、同様にその概要を紹介する。他方、身体的操作を通して身心の安静をもたらすという点で、東洋的行法と類似している漸進的弛緩法についても概観する。このような修行法や訓練法を体験する人々に共通する心理生理的機能状態についての関心事は、覚醒レベルの問題である。本稿では覚醒の心理生理学的機構についても言及する。また、スポーツや武道等の身体運動の効果についても述べる。
小川, 千里 Ogawa, Olivia C.
才能教育下にある大学生アスリートは,幼少期からライフスタイルと家族らとの関係が限定的であるという点で特異性がある。この特異性が,彼らの心の発達に影響し,心理的依存が生じる可能性が高い。本研究は,幼少期から才能教育下にある大学生アスリートを対象とし,その心理的依存と自立に対する支援について,関連する研究の動向についての検討することを目的とする。このため、スポーツ選手の心理的問題とその支援に関する先行研究について、主としてスポーツ心理学領域,臨床スポーツ心理学領域から概観した。競技力向上を主眼とした研究では,自己形成を支援しようとしていても,競技力向上とのバランスの難しく,選手の心の成長に欠かせない家族・家族的立場にある人(監督・コーチなどの指導者ら)との関係性が明らかになりづらかった。しかし,臨床心理学的観点から選手の内的世界を検討した小川(2013)の研究から,才能教育下にある大学生アスリートの依存と家族・家族的関係の関連性,心の発達の未熟さが鮮明になっていた。最後に才能教育下のアスリートの心の発達,研究の将来性,隣接分野への適用について議論した。
森, 浩平 田中, 敦士 Mori, Kohei Tanaka, Atsushi
近年、院内学級の子どもの心理的問題の重要性が指摘されているが、入院児のプライバシーや心理的安定を守るために現場の警戒心が強いことなどが要因となり、これまでの病弱児を対象とした心理学的な研究は多いとは言い難い。そこで、本稿では病弱児の抱える心理社会的問題に関する文献のレビューを行った。病弱児は年齢や発達段階、疾患の状況ごとに、不安の内容や自己認識、疾病の受容などについてそれぞれ特徴がみられた。また、精神的負担を軽減する要因については、対処行動や自己効力感、ソーシャルサポートなどが影響を与えていることが先行研究より明らかとなった。
藤原, 幸男 Fujiwara, Yukio
他大学教育学部または教育大学における教育学と心理学を統合した学校教育学科では,教育学の専門科目は理論ばかりでおもしろくない,という批判が学生にあり,そのために,専修に分化するときに心理学専修を選ぶ者が多いと聞く。教育学について一面的な理解しかないにしても,学生の批判はあたっているところもある。学生の批判を受けとめ,教育学の専門科目の授業を教育内容・方法面において再編成し,魅力あるものにしていく必要がある。今年の夏,「教育方法学」の集中講義をF教育大学で試みた。理論と実践の結合を意識して,実践事例を多く紹介したプリント資料とビデオ教材を準備したために,学生の隠れた教育学批判に結果的に応えることができた。現実の教育問題への関心の喚起,教育方法学の理論の実感的理解,教育像・授業像・教師像の変化,教育方法学観の変化などについて刺激を与えることができた。「教育方法学」集中講義の講義内容・方法を概観し,実践的試みを実施したあとでの学生の感想を中心にして,上記事項などでの影響について報告する。
道田, 泰司 Michita, Yasushi
本論文では,さまざまな研究者が挙げている批判的思考の定義を列挙することにより,批判的思考の定義を考えるうえでの基礎資料を得ることを目的とした。諸研究は便宜的に,初期の研究,その後に出された定義に関する研究,心理学者の定義,日本人の定義,心理学以外の分野における定義,という観点によって分類した。中には筆者なりのコメントもつけているものあるが,それは最小限とした。それらを大まかに踏まえ,現時点で筆者が,批判的思考の定義に関して,どのように考えているかを,最後に論じた。
道田, 泰司 Michita, Yasushi
「考える」(思考する)とはどういうことかについて,国語学者,哲学者,認知科学者,発達心理学者の論考を参考に考察した。それらの議論を暫定的にまとめ,各概念の関連およびその教育上の示唆を考察した。最後に,本稿に欠けているものとして,問いに答えるのではなく\n問いを問う思考について検討した。
小原, 愛子 仲黒島, 貴史 長浜, 勝直 金城, 馨 韓, 昌完 Kohara, Aiko Nakakuroshima, Takafumi Nagahama, Katsunao Kinjo, Kaoru Han, Changwan
本研究は、心理・生理・病理的側面を測定する尺度を開発し、授業成果を測定する特別支援教育成果評価尺度(SNEAT) のデータと照らし合わせて分析することで、①SNEAT には子どもの心理・生思・病原的側面が反映されているか、②SNEAT の基準関連妥当性を検証するツールとして心理・生理・病理尺度が活用可能か否かについて検討した。2014 年10~11 月に心理・生理・病理尺度の内容的妥当性の検証を行い尺度を開発し、2014 年1~2月に心理・生理・病理尺度とSNEAT を使用したデータ収集を行った。心理・生理・病理評価尺度とSNEAT の推移を比較した結果、総合点数は類似する推移を示し、SNEATには心理・生理・病理的側面が反映されていること、基準関連妥当性を検証するツールとしての心理・生理・病理尺度の使用が可能であることが示唆された。
茂呂, 雄二 小高, 京子 MORO, Yuji ODAKA, Kyoko
本論は2部からなる。第1部では日本語談話研究の現状を展望して,それぞれの研究が指向する方法論の違いを取り出してみた。第2部には日本語談話に関係する研究の文献目録を収めた。日本語談話研究は学際的に展開されており,言語学では言語行動研究および談話分析,社会学からはエスノメソドロジーに基づく会話分析とライフストーリー研究が,心理学・認知科学研究からはプロトコル分析およびインターフェース研究などが,広い意味での日本語談話分析研究を行っている。この研究の広がりからわれわれが取り出した研究指向の違いは以下の通りである。
小林, 稔 高倉, 実 小橋川, 久光 宮城, 政也 神谷, 章平 Kobayashi, Minoru Takakura, Minoru Kobashigawa, Hisamitsu Miyagi, Masaya Kamiya, Shohei
生体への通電刺激に関する従来の生理学的な知見を測定心理学的に追証するため,自律神経を安定させる手掌部における刺激の特異点に低周波皮膚電気刺激を与えることによって,刺激前後のストレス反応に変化が見られるかどうか。また,刺激様式の違いがストレス反応の変化の違いとなってあらわれるかどうかを検討した。主に指標として用いたPOMS日本語短縮版の事前事後得点を分析した結果,刺激様式の異なる3つの群においてすべての尺度の事後得点が事前得点より低くなっていた。しかし,リラックス群では「抑うつ」尺度において,また,アクティブ群では「活気」尺度において有意な変化が見られなかった。コントロール群については「抑うつ」「怒り」「疲労」尺度に有意な変化が認められなかった。実験条件に関する課題は残るものの,主観的な評価を含めると本研究の結果は総じて手掌部低周波皮膚電気刺激の心理的効果を示唆している。
古川, 卓
本稿では、大学生が大学生活に適応することを目的とした教養科目「適応の心理」のねらいと内容について述べた。集団心理療法を下敷きにし、大学生向けの心理教育として改変した教授方法は、受講者にとって体験を通して集団に適応していく過程を理解することが可能となることが伺えた。また、新型コロナウイルス感染症流行期下の遠隔講義形式でも、同様の目的を果たす可能性について言及した。
野網, 摩利子 NOAMI, Mariko
漱石『明暗』では、ウィリアム・ジェイムズ『心理学大綱』が考察したように、登場人物の身体感覚によって、小説内の事物、出来事に明暗を与える。登場人物に身体が持たせられているには理由がある。その身体によってまれる世界像が、登場人物の動いてゆく現在の局面で小説に生産されることが目指されているからである。
狩俣, 智
中学生の幾何の論証の問題解決を認知心理学の知見によって考察した。12人の被験者に問題を発語思考で解かせて言語プロトコルを採取した。言語プロトコルは,認知のプロセスモデルACTに照らして分析され,推論の軌跡を表す証明木,スキーマを表す宣言型符号化表現,手続き的知識を表すプロダクション・ルールに表現された。プロトコル分析によってうきぼりになった問題解決者の特徴は次の通りである。幾何の論証に有能に振る舞えた被験者は,後ろ向き推論と前向き推論によって推論をすすめ,両者を途中で行き合わせるという双方向の推論によって問題を解決した。また,彼等は,後ろ向き推論によってサブゴールを導き出して,サブゴール攻略を大局的な目標にしながら前向き推論を収束させた。他方,問題解決に有能に振る舞えない生徒は,サブゴールを導出できず,前向き推論を収束させることができなかった。考察では,これらの振る舞いの違いを認知心理学の知見にもとづいて議論した。
財部, 盛久 我如古, さゆり Takarabe, Morihisa Ganeko, Sayuri
本研究では12年間にわたり保育園で開催されている子育て座談会の参加者にとって,座談会に参加することにどのような意味があると考えているのか明らかにし,今後,座談会を展開するうえでの課題について検討することを目的としている。座談会の形式には変遷があるが,保護者は座談会に参加し,子どもの発達や対応について学ぶことができた。また,参加した保護者との交流を通して子育ての不安や負担感を解消して安堵感を得ていた。一方保育士は保育の振り返りや反省,新しい考え方を学ぶこと,保護者の悩みを知り不安や悩みを共有し共感している。そして,このことが子どもや保護者に寄り添おうとする対応に反映されていることが明らかになった。これを踏まえ,今後の座談会を展開するうえでの課題を臨床心理学的観点から論じた。
遠藤, 光男 Endo, Mitsuo
顔認識の諸過程の中で、顔検出過程に対する研究は比較的少なく研究の進展も認めにくい状況にある。本論文では、これまでの顔検出過程の心理学的研究を概観した上で、顔認識の特殊性を考察する際の枠組みが顔検出過程の研究にも有用であることを提案した。そして、それに沿った最近の研究を紹介した。さらに顔検出過程の生得性と神経基盤に関する最近の研究を概観した。
国立国語研究所は,1988年12月20日(火)に創立40周年をむかえた。それを記念して,同日,「公開シンポジウム『これからの日本語研究』」が国立国語研究所講堂でひらかれた。本稿はそのシンポジウムの記録である。 (ただし,集録にあたっては,本報告集の論文集としての性格を考慮し,あいさつ,司会の発言は省略し,発表内容に関する発言のみを集録した。)ひとくちに「日本語研究」といっても,その研究対象は多様であり,また研究の視点・方法も多様である。そして,近年その多様性はますます拡大する傾向にある。このような状況をふまえ,今回のシンポジウムでは,(1)理論言語学・対照言語学,(2)言語地理学・社会言語学,(3)心理言語学・言語習得,(4)言語情報処理・計算言語学という四つの視点をたて,それぞれの専門家の方に日本語研究の現状と今後の展望を話していただき,それをもとにこれからの日本語研究のあり方について議論するという形をとった。
宮田, 剛章 MIYATA, Takeaki
本稿の目的は,中国人・韓国人日本語学習者を対象に敬語動詞における中間言語を数量化し,その結果を基に,第二言語としての敬語動詞の習得状況を量的中間言語という観点から解明することである。概して,日本語学習者は日本語運用能力が日本語母語話者に近づくにつれ,量的中間言語が発達することが確認されたが,それを構成する正用的および誤用的中間言語の発達は学習者の属性により異なる。また,母語の影響については,韓国人学習者の謙譲語の一部に確認されたのみであった。言語的転移以外に心理言語的・社会心理的転移も考えられたが,どの敬語種・対応群でも心理言語的・社会心理的転移の可能性が低いと思われる。
服部, 洋一 Hattori, Youichi
本論は、筆者が担当している学生主導型授業「琉大ミュージカル(科目名「総合舞台芸術演習」及び「音楽と言語」)を受講する学生の青年期における心理の変化を統計的に調査し、そのうちリピート受講を続け制作部員として学生を教導する側に立つ青年が、この集団活動を通して心理的にどのように成長していくのかを、記述式質問回答の分析考察を通して明らかにしようとするものである。
笹澤, 吉明 平良, 柚果 森本, 一真 新城, 冬羽 三田, 沙織 増澤, 拓也 姜, 東植 小林, 稔 Sasazawa, Yosiaki Taira, Yuka Morimoto, Kazuma Shinjo, Towa Mita, Saori Masuzawa, Takuya Kang, Dongshik Kobayashi, Minoru
偏食の改善が幼児の心理面の発達に影響を及ぼすかを明らかにするため、沖縄県の保育園2園の5 歳児とその保護者38 組(介入群26 組、対照群12 組)を対象に偏食改善の介入研究を行った。園児への食育の介入は、約1 か月間に亘り、読み聞かせ、食材体験、調理実習の3 回を行った。保護者には偏食改善に向けたお便りを児童に介入後配布した。介入前後に偏食、食習慣、心理的側面、健康状態などの項目からなる質問紙調査を保護者に2 回実施した。事前調査の横断的解析結果は、偏食と心理的変数には関連がみられず、保護者が食事に気を使うほど児童の情緒が安定し、不安や抑うつが少なく、攻撃性が低いことが明らかとなった。事前事後の縦断的解析結果は、食育の介入による心理面の影響はみられず、ファストフードを摂らないようにするという食行動の改善が有意にみられた。
三原, 健一 MIHARA, Ken-ichi
長い研究史の中で,日本語動詞の文法的振る舞いがかなり明らかにされてきたのに対し,心理動詞は最も解明が遅れている動詞類の一つである。動詞の体系的分類における位置付けを初めとして,自動詞・他動詞の区分さえ十分に認識されているとは言い難い。そのような状況を幾分かでも改善するために,本稿では,日本語のES型心理動詞が活動動詞であること,そして自動詞・他動詞が明確に峻別されることを論じる。ひとことで言えば,日本語のES型心理動詞が,動詞の体系的分類の中で他の動詞類と同様の地位を有することを示すのが本稿の主論点である。
村山, 愛 神園, 幸郎 Murayama, Megumi Kamizono, Sachiro
自閉症スペクトラム障害のうち発達初期に自閉的退行と称される現象を示す一群のタイプがあり、一般に退行型自閉症と呼ばれている。本研究では退行型自閉症の原因として心理・社会的要因に焦点をあて、自閉的退行の出現前の発達状況、自閉的退行の出現時の状況、自閉的退行の出現後から現在に至るまでの発達経過、そして、自閉的退行についての親の意識などについて検討した。初期発達において自閉的退行現象を示した11名の自閉症スペクトラム障害者の母親を対象として、半構造化面接法による聞き取り調査を行った。その結果、対象者が元来持っていた生物学的な要因に、引っ越しや同胞の誕生、母親の就労など環境の変化や母親の育児ストレスなどの心理・社会的な要因が付加的に加わることで、自閉的退行の出現速度が加速することがわかった。今後の課題として、心理・社会的な要因が関与するか否かによって、その後の発達がどのような経緯を辿るかを比較・検討する必要がある。また、ADI - R のような標準化された尺度に基づく面接調査を行うことで、聞き取りの精度と信頼性を高めることを心がける必要がある。さらに、折れ線現象の背景には母親の重篤な悩みが存在していることが明らかになったことから、今後、母親の抱える悩みに焦点を当てた研究が望まれる。
西内, 沙恵 NISHIUCHI, Sae
本稿では多義語が有する複数の意味をどのように確認できるか,言語学的な方法に焦点をあてて検討する。多義語は同一の音形に意味的に何らかの関連を持つ二つ以上の意味が結びついている語と定義される。多義語の語義の粒度は研究の目的や研究者の立場によって異なるため,多義性を認める方法も言語学的なアプローチと心理実験的アプローチからさまざまに考案されてきた。本稿では先行研究で提案されてきた,多義性を認める言語学的な方法を,語彙テスト・文法テスト・論理テストに区分して一覧し,その有効性を検討する。それぞれのテストがどのような仕組みによって成り立っているかを分析し,どの程度の粒度で語義が認められるかという観点から各テストの特徴を論じる。現代日本語の名詞・形容詞・動詞を対象にそれぞれのテストが有効に働く品詞を検討し,その適用範囲を示す。
嘉数, 朝子 井上, 厚 當山, りえ Kakazu, Tomoko Inoue, Atushi Toyama, Rie
本論は、心理ストレスと対処行動に関する比較文化的研究の文献検索システムPsycLITを用いて論文概要を展望したものである。整理の観点としてAldwin(1994)が挙げるつぎの4点、(1)ストレッサーのタイプ、(2)ストレスフル度の査定、(3)対処方略の選択、(4)文化が提供する社会的資源を使って個々に比較考察した。最後に沖縄県における心理ストレスと対処行動の研究にむけて、環境要因や個人内要因の点から検討した。
浦崎, 武 武田, 喜乃恵 瀬底, 正栄 崎濱, 朋子 金城, 明美 大城, 麻紀子 瀬底, 絵里子 久志, 峰之 Urasaki, Takeshi Takeda, Kinoe Sesoko, Masae Sakihama, Tomoko Kinjyo, Akemi Oshiro, Makiko Sesoko, Eriko Kushi, Takayuki
琉球大学教育学部附属発達支援教育実践センターの、「トータル支援教室」で取り組んできた集団支援(TSG)について自閉症児に焦点を当てて、「他者との共有経験」を基軸とするTSGの支援の目的、支援構造、支援姿勢を整理した。さらに実践事例の集団支援の場での変容過程を通して、支援の意義や支援の在り方について自閉症児の直観的心理化への支援を含めて検討した。自閉症に関する直感的心理化が「欠損」ではなく、「ズレ」と考えた場合、TSGの集団活動の取り組みは、集団の場で「他者と過ごすこと」の経験を積みあげることで「他者と繋がっている感覚」、「他者との‘ズレ'に気づく感覚」、「他者との‘ズレ'を埋める感覚」を快の情動を伴いながら経験できる場として意味付けることが可能となる。特に意図の伝達や感情が伴った他者の言動を受け止め、自己の意図と感情をすり合わせ折り合いをつける「他者との‘ズレ'を埋める」行為は、意図や感情が異なる他者の存在を意識し、その他者の「心の存在」の理解へと繋がる経験になると考えられた。
宇佐美, まゆみ
「談話(discourse)」という用語がよく聞かれるようになってかなりの年月が経つ。「談話研究(discourse studies)」という用語は、1970年代頃でも、言語学のみならず、心理学、哲学、文化人類学などの関連分野でも使われてきたが、最近では、学際的研究のさらなる広がりの影響を受けて、政治科学、言語処理、人工知能研究などにおいても、それぞれの分野における意味を持って使われるようになっている。本稿では、まず、「談話」という用語が言語学に比較的近い分野においてどのように用いられてきたかを、1960年代頃に遡って、7つのアプロ―チに分けて、概観する。また、「談話分析」や「会話分析」と「第二言語習得研究」、「語用論」、「日本語教育」との関係について簡単にまとめる。さらには、1980年代以降のさらなる学際的広がりを受けての「政治科学」や「AI(人工知能)研究」における用語の用いられ方にも触れ、それらの分野との連携の可能性についても触れる。
盛島, 將太郎 道田, 泰司 Morishima, Shotaro Michita, Yasushi
本研究は,小学校算数科における深い学びについて考察することを目的とした。まず,第一筆者の授業経験として,深い学びができなかった例と深い学びとなった例について振り返りを行った。それを踏まえ,中教審答申および国立教育政策研究所の報告書において深い学びがどのように記述されているか検討した。最後に,心理学で行われている小学校算数における学びの研究をいくつか確認した。これらを踏まえ,深い学びについて,概念理解,概念の活用,見取りという観点から整理を行った。
大城, 麻紀子 浦崎, 武 Oshiro, Makiko Urasaki, Takeshi
病院内訪問学級に在籍する児童生徒は、学習の遅れ、前籍校の友達とのつながりが弱くなることなど、長期入院に伴うさまざまな不安を抱えて過ごしている。こうした長期入院している児童生徒のための訪問学級の役割のひとつとして、心理的安定への寄与がある。そこで本研究では、実際に長期入院している小学校低学年の児童に対する10か月間の病院内訪問での学習を通して、その心の動きを4つの時期に分けて報告し、必要な心理支援のあり方について検証する。
緒方, 茂樹 Ogata, Shigeki
本研究では、音楽に対する知的障害児の反応様式について、その大まかな傾向を知るための予備的な実験的検討を行う。その際、得られた生理学的資料に関する検討はもとより、知的障害児を対象として行う実験的検討に際して生じる課題の確認作業もまた重視した。得られた所見から知的障害児の場合、10名の被験者全般において脳波的意識段階及び心拍数の変動に関する出現様式はきわめて多様かつ複雑であり、個人的な差異が大きいことがわかった。さらに全般的に見て無音響条件に比較して音楽条件で覚醒水準が高く、さらに心拍数も多い傾向にあった。知的障害児にみられたこのような生理的な反応様式には、眠気による影響も無視できない一方で、先行研究で指摘した音楽を鑑賞することによってもたらされた特異的な心理的反応もまた含まれていたものと考えられる。また今回実験デザインの設定に当たっては最大限の工夫を行ったにも関わらず、実験中に知的障害児は健常者が受ける以上に大きな生理的あるいは心理的負荷を受けていた可能性は否めなかった。今後、障害児を対象とする実験的検討を行う際には実験デザインについてさらに格段の工夫を行う必要がある。
小川, 千里 OGAWA, Olivia C.
本研究の目的は,教育現場において教員やスクールカウンセラーが,教育者および心理援助職の立場であると同時に,児童・生徒・学生である才能教育下のアスリートに研究協力を得る際に生じる可能性のある多重関係について,その留意点およびベネフィットについて検討することである。本研究では多重関係に関する諸説,および才能教育下にあるアスリートの特徴を整理し,教育現場において教員が彼らに心理的支援を行い,研究協力を得る際の留意点とベネフィットについて議論した。諸説を集約した結果,倫理的配慮として多重関係を避けるのが望ましい。しかし,教育現場では,心理的支援や研究を実施する場合に,彼らとの多重関係が生じやすい。よって,多重関係に入る場合には,彼らとの信頼関係の構築の困難さや心理的発達の幼さ(小川 , 2013, 2015)を考慮して,彼らの人権の尊重を第一とし,多重関係を避けられない場合やベネフィットがある場合のリスクマネジメントを十分に行い,インフォームド・コンセントを得ていくことが重要である。
前, 明子 緒方, 茂樹 Susume, Akiko Ogata, Shigeki
本研究では「障害児教育における音楽の活用」について、汎用性のある効果的かつ一般的な教育プログラムとして確立することを目的とし、音楽が人間の意識状態に及ぼす影響を知るために主に脳波を指標とした実験的検討を行った。健康成人女性10名に対し眠気を除去する目的で仮眠をとらせ、その後に音楽を始めとする音響条件を設定して生理学的指標の記録を行った。各音響条件下における被験者の心理的「構え」については質問紙を工夫し、詳細な自覚体験を求めた。厳密な自然睡眠の統制を行ったにも関わらず、音響実験中の意識状態は多くの場合、入眠移行段階にあった。その際の「鑑賞態度」を詳細に分析したところ、音楽鑑賞時には「音楽が好きで集中」し、「分析しイメージしていた」というような自覚体験が多く得られた。このことから、被験者は音楽を単に「聞いている」のではなく、芸術性をもった有意味な音響刺激として「鑑賞」していたことが明らかとなった。すなわち、積極的に音楽を鑑賞していたという自覚体験を持ちながらも、脳波的な覚醒水準はゆったりとくつろいでいて入眠移行期に相当する意識状態を維持していたといえる。このような自覚体験に伴う脳波的意識状態の変動が生じた背景には、被験者の心理的「構え」が強く影響していたと考えられ、音楽鑑賞時には「有意味刺激」として捉えたことによる特異的な心理状態が存在し、そのことが生理的な脳波変動に影響を与えていたことが改めて示唆された。
赤尾, 健一 Farzin, Y. Hossein
経済主体や政府の合理的選択の結果、資源、枯渇が生じることがある。それは、持続可能な資源利用が可能であり、また、資源の利用者が十分な生態学的知識を持ち、さらに将来起きることを十分に予見できるとしてでもある。この研究では、非持続的資源利用が最適計画となる条件を明らかにする。それは、将来の便益を割り引く害IJ引率、社会制度や生態系の不安定さ、自然成長関数の非凸性、雇用の社会的心理的価値、そして資源利用者間の戦略的依存関係の存在に関係する。これらの条件を明らかにすることは、持続的資源利用を実現するための政策をデザインする上で、有用な情報を提供する。
道田, 泰司 Michita, Yasushi
教員免許状更新講習・必修領域「子どもの変化についての理解」のうち,細目「子どもの発達に関する課題」では,「子どもの発達に関する脳科学、心理学等における最新の知見(特別支援教育に関するものを含む。)」について教授することになっている。筆者は過去9年間この細目を担当する中で,特別支援教育を意識し,応用行動分析の基本的な知見について,実践例を交えながら講じてきた。その概要を紹介するとともに,それに対する受講生の反応を検討することで,免許状を更新する現職教員が,どのような学びを必要としているのかについて考察を行った。
笹澤, 吉明 喜屋武, 玲菜 姜, 東植 小林, 稔
沖縄県女子サッカー選手の競技力向上に向けて,全国強豪校とのスポーツキャリア・競技環境・心理的競技能力の三点の相違を明らかにすることを目的とする。対象は沖縄県予選大会の過去5年間に上位成績を収めた6校130名及び,全日本高等学校女子サッカー選手権大会の過去5年間に上位成績を収めた5校195名である。オンラインによるアンケート調査を行い,スポーツキャリア,競技環境,心理的競技能力(DIPCA.3)のデータを収集した。その結果,スポーツキャリアにおいては,沖縄は61%が高校からサッカーを開始しているのに対し,全国は97.5%が小学校からサッカーを開始し,中高と継続していた。競技環境は,沖縄は94%が土のグラウンドで練習を行っているのに対し,全国は43%が芝で練習を行っており,リーグ戦の試合数も沖縄は年間5~10試合が66.1%に対し,全国は10~15試合が32.1%,15~20試合以上が40.1%と公式戦も含め年間の試合数に大きな差がみられた。心理的競技力は,DIPCA.3の総合得点,競技意欲,自信については全国が沖縄より高得点を示したが,リラックス能力を含む精神の安定においては全国よりも沖縄が高得点だった。沖縄県女子サッカー選手の競技力向上には,小学校から継続できるサッカークラブの普及,芝のグラウンドでの練習環境の整備,競技意欲,自信などの心理的競技力の向上が示唆される。
當真, 綾子 緒方, 茂樹 Toma, Ayako Ogata, Shigeki
音楽が人間の心身に対してきわめて効果的な影響を与えることは、教育や医学の場面での応用をみるまでもなく経験的に知られている事実である。音楽が人間の心身に対してどのような影響と効果を及ぼすのかなどについての基礎的研究を行うことによって、広く誰もが使うことのできるような音楽を活用した一般的かつ効果的な教育プログラムを構築することができるものと考えられる。これまでに継続してきた先行研究から得られた所見に基づき、音楽が人間の心身にどのような影響と効果を及ぼすのかについて、音楽鑑賞時における人間の反応を脳波を指標とした意識状態の変化として捉えることを目的とした実験的検討を行った。得られた所見から1)音楽など有意味な音響刺激には、いわゆる覚醒調整効果をもたらす可能性があり、さらに2)心理的「構え」としては特に「鑑賞態度」と脳波的覚醒水準の変動が密接な関係をもち、3)心理的「構え」との関わりから音楽鑑賞時には変性意識状態と類似するような特異的な心理状態が存在する可能性があることを指摘した。今回心理的「構え」の要素として「好み」よりも「鑑賞態度」のほうが覚醒水準の変動に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった。このことから、障害をもつ子どもにとっては、環境音楽的な活用のみならず、直接的に興味や関心をもち、注意を喚起しやすいような音楽を用いた指導内容を考えることで、より有効な教育的効果が得られる可能性があることが明らかとなった。
笹澤, 吉明 小林, 稔 姜, 東植 Sasazawa, Yosiaki Kobayashi, Minoru Kang, Dongshik
R 大学の公開講座として行われた、2011年度から2015年度の5年に亘る小学生を対象としたビーチサッカー教室事業について、スポーツ経営学における、エリア・サービス、プログラム・サービス、クラブ・サービスの3つの観点から、事業内容を検討した。沖縄県の中部西に位置する西原きらきらビーチにてビーチサッカー教室は行われ、5年間の延べ400名の児童が参加した。砂浜で裸足にて行うビーチサッカーは、土踏まずの形成や体力向上に結び付き、児童の発育発達にとって大きな可能性のある教材であると考察された。事前事後のアンケート調査の結果からも、海やビーチで遊ぶ動機づけや、海やビーチのことを学びたい意欲や、ビーチスポーツ参加への動機づけや、ビーチサッカーの楽しさが増加するなどの心理面が向上した。ビーチクリーンを行うことで、スポーツの安全教育や、自然保護を養う効果も期待される。しかしながら、内陸での本事業の開催の難しさや、水難事故などの安全面のリスクなどの課題も考察された。概ね、本事業の成功が総括され、学校教育における裸足サッカーの教材化などが提言された。
米盛, 徳市 新里, 里春 Yonemori, Tokuichi Shinzato, Rishun
臨床心理学専門の新里は、交流分析理論によるパーソナリティーの査定道具としてエゴグラムの開発、その妥当性・信頼性の研究を報告してきた。今回、新里が作成した中学生および高校生を対象とした、琉大版「中・高校生用エゴグラム・チェックリスト」を米盛がコンピュータ・プログラム化した。すなわち1コンピュータによる質問・応答方式の導入、2その結果を棒グラフで表示、3エゴグラムのタイプ名の表示、4エゴグラムの説明文の表示、これをベースとした5自己開発技法の提示、さらにカウンセラーへの6カウンセリング技法の提案文の表示が可能な「エゴグラム診断システム」である。本システムは単に個人の診断結果を表示するだけでは、データの蓄積によって、データをいろいろな角度から統計処理ができるように学校の教師を念頭に開発したところが特徴的である。
道田, 泰司 Michita, Yasushi
本稿の目的は,学校教育において考える力を育てるための基盤が何かについて検討を行うことである。学校教育や思考力に限定せずに幅広く示唆を得るために,力をつける指導として,筋力トレーニング,ならびにクラブ活動等における指導を検討した結果,適度な過負荷を継続的に与えながら随所に考える場を作ること,学びや能力に関する考え方を伝え,変容を促すこと,安心感や自信を高めるための関わりを行うことの3つが見いだされた。これら各々について,指導のあり方や思考との関連について,適宜心理学的研究などを参照しながら検討した。これらを踏まえ,学校教育のなかで大きな視野をもって思考力を育成することについて論じた。
菊地, 礼 KIKUCHI, Rei
本稿は知覚動詞を用いた構文を直喩として運用する条件の解明を目的とする。たとえば「肌は雪のようだ」という直喩は,[肌は雪]という物理的に成立しない事態を提示し,これを話者の心理において真とすることで「肌」の様態を「雪」が持つ属性やイメージにより具体化する。知覚動詞は「ように+知覚動詞」「と+知覚動詞」「Aを感じさせるB」「Aを思わせるB」「AがBに見える」という特定の構文において直喩を表出する。「ように+知覚動詞」「と+知覚動詞」は命題を真と仮定する事柄目当ての心的態度を表し,「Aを感じさせるB」「Aを思わせるB」「AがBに見える」は事態を知覚経験において真とする。知覚動詞を用いたこれらの構文は偽の命題を話者の心理において真として提示することで対象の様態を具体的に表現する。このように命題を話者の心理において真とする知覚動詞構文の機能が直喩としての運用を可能にしていることを明らかにした。
河合, 隼雄
浜松中納言物語と更級日記は、菅原孝標女という同一人物によって書かれたと言われている。両者の特徴の共通点のひとつは、ともに多くの夢が語られていることである。私はそれらの夢を、現代の深層心理学の立場に立って、自分の夢分析の実際経験に頼りつつ比較検討した。一見すると浜松中納言物語と更級日記の夢の意味はまったく異なっているように見える。前者では、すべての夢は外的現実と関連しており、ときには未来の事象を告げたりする。物語は夢に従って展開する。夢は物語の筋に重要な役割を担っている。他方、後者では、作者は夢が彼女の人生において、最後のひとつを除いて、すべて役に立たなかったと嘆いている。
大城, 麻紀子 Oshiro, Makiko
小児がん等で突然長期入院になり、かつ、治療や補装具等でADLが低下して病床での生活を送っている児童は、以前できたことができなくなったことや自由に活動することが困難になる。そのため、家族以外の他者との関わりを拒んだり、学習に対する意欲を持てなくなったりするなど、他者や学習、外界へ「向かう力」が低下し、長期入院に伴う心理的不安や苦痛を抱えて過ごすことが多い。このように、心身ともに不安定な状態の児童に対して病院内での教育的支援を行うのが病院内訪問学級である。そして、病院内訪問学級担任の役割のひとつとして、家族や医療スタッフとの連携を図って児童との関係性を築いて童のADLを高め、その後の他者や学習に対する「向かう力」を引き出し、児童の心理的安定に寄与することがある。そこで、児童の心理的安定を図るための手立てとして、瀬底らが提唱する発達障がい児へのトータル支援(TGS:トータルグループサポート)の理念を活用した。本研究では、1年間の長期入院中の小学校高学年児童のADLを高め、他者や外界への「向かう力」を高めた実践について報告する。
シャイヤステ, 榮子 Shayesteh, Yoko
国立療養所琉球精神病院の音楽療法は女子西病棟で看護師たちによる日課活動の一環として昭和48 年(1973年)に始まった「コーラス」が、その年に採用されてきた心理士島袋安行によって音楽療法プログラムへと発展していった。その成果は院内の看護師らによる病棟内研究として発表された。沖縄県内の精神科における音楽療法の研究発表第一号である。その女子西病棟でのプログラムは昭和56年(1981年)11月に幕を下ろした。しかし、新たなる病棟内での音楽療法のプログラムが同じ病院で、女子南I病棟で昭和60年(1985年)2月から始まった。その音楽療法のプログラムは精神科医石田芳子が心理士島袋安行と共に立ち上げたのである。県内で初めて医師が中心となって実践したプログラムであった。女子西病棟の音楽療法プログラムは、心理士が中心となり実践し看護師らが成果発表をしたが、女子南I病棟の実践は、看護師一人によって再び、病棟内研究として発表された。看護師新里美津子は、看護の視点から音楽療法の効用を分析し発表した。本論文では、新里看護師の研究発表を検証しながら、看護側からの音楽療法プログラムの意義を探求していく。
道田, 泰司 Michita, Yasushi
批判的思考教育が効果的に行われるために必要なものは何か。そのことを検討するのが本稿の目的であった。批判的思考と関わる先行研究からは,教師も教育方法も批判的思考も,絶対的に捉えるのではなく,かといってすべてを相対的にのみ捉えるのでもなく,常によりよいものを求め続けるという姿勢が重要であることが示唆された。批判的思考と直接的に関わらない教育心理学研究からは,教師の客観的態度,本来の自分でいられることで未来に対して楽観的な態度を保つこと,非随伴経験が少ないこと,保護者がネガティブな情動を受信していること,親や教師が安心感などのサポートを与える必要があることが示唆された。これらを踏まえ,批判的思考教育を支える基盤となるものについて考察を行った。
ハットトワ-ガマゲ, ガヤトゥリ HATHTHOTUWA-GAMAGE, Gayathri
本稿では,海外での漢字学習状況を代表する一例としてスリランカを取り上げ,スリランカの日本語学習者の漢字学習に対する態度や困難点を問う意識調査の結果を報告する。意識調査はスリランカの学習者にみられる全体的な傾向と教育機関別の漢字学習意識の差異という二つの点から分析した。分析からは,スリランカの学習者は一般的に漢字学習に対して楽観的な態度を持ち,漢字を学習するのは面白いと認識しているが,自立的な学習意識が欠けていることが明らかになった。また一般教育機関での学習者が,高等教育機関や中等教育機関の学習者より肯定釣な態度を持つことや,既習漢字数が増えるにつれて漢字学習の難しさを感じ,積極的な意識が欠落する傾向が見られた。今後,この調査結果を認知心理学的観点から検討するとともに,どうすれば漢字学習環境を豊かにできるかについて考えていきたい。
シャイヤステ, 榮子 Shayesteh, Yoko
沖縄県の精神科における音楽療法は、昭和58年(1983年)新聞に掲載された国立療養所琉球精神病院に始まる。石田芳子医師と島袋安行心理士が中心となった週一回の音楽療法プログラムが紹介されたのである。本論文は、新聞紙上で紹介された音楽療法プログラムに至る軌跡を記録する歴史的研究である。
廣瀬, 等 Hirose, Hitoshi
本研究は、SCS (Space Collaboration System) を利用した遠隔授業を取り上げ、遠隔授業に初めて参加する学生を被験者として、心理的な側面から捉えた臨場感(ライブ感)が、授業のイメージに及ぼす影響を検討することを目的とした。心理的な側面を検討するため、実験では実際の遠隔授業で映し出された内容のビデオを、現実には他の局とつながっていない以外には全く遠隔授業と同じにした状況で見せるビデオ条件を設け、授業に対するイメージが、実際に遠隔授業を受講するライブ条件とビデオ条件でどのように違うかを比較することにより、遠隔授業でのライブ感が授業のイメージに及ぼす影響を検討した。実験の結果より、ライブ感により良い緊張感が生まれ、それが授業の内容について自分でいろいろと考えるきっかけとなり、授業に参加してよかったという気持ちや、各参加局の参加者と実際に会って交流もしたいという気持ちにつながるのではないかと考察された。
中尾, 達馬 Nakao, Tatsuma
本研究の目的は,(1)個人の持つ愛着スタイルが,愛着スタイル尺度における自己評定や他者評定を行う際にどのようなバイアスをもたらすのか,(2)愛着スタイル尺度における自己評定と他者評定との間の不一致が心理的適応(精神的健康,大学環境への適応感)へどのような影響を及ぼすのかという2点を明らかにすることであった。調査対象は,大学・専門学校の一年生120名(60組)であった。調査の結果,(1)拒絶型は,愛着スタイルの他者評定を行う際に,相手をよりポジティヴに評定すること,(2)不安定型は,愛着スタイルの自己評定を行う際に,自己をよりネガティヴに評定すること,(3)「見捨てられ不安」では,自己評定が他者評定に比べてポジティヴであることが精神的健康へとつながることが示された。議論は,愛着スタイルに関わらず,自己評価が他者評価に比べてポジティヴであることが,心理的適応に繋がるかどうかを中心に行われた。
道田, 泰司 Michita, Yasushi
批判的思考を行うためには,「共感」や「相手の尊重」のような,soft heartが必要になることが論じられた。それは第一に,批判を行う前提として「理解」が重要だからであり,相手のことをきちんと理解するためには「好意の原則」に支えられた共感的理解が必要だからである。このことは,-聴して容易に意味が取れると思われる場合でも,論理主義的な批判的思考を想定している場合でも同じである。共感的理解には,自分の理解の前提や枠組みをこそ批判的に検討する必要がある。そのことが,臨床心理学における共感のとらえられ方を元に考察された。また,批判を行うためには理解の足場が必要であること,それを自分と相手に繰り返し行うことによって理解が深まっていくことが論じられた。最後に,このような「批判」を伴うコミュニケーションにおいては,「相手の尊重」というもう1つのsoft heartも重要であることが,アサーティプネスの概念を引用しながら論じられた。
狩俣, 智
数学の熟練者が自己の専門分野の問題をどのように解決するかについて情報処理心理学の知見に基づいて考察した。大学院で数学を専攻する学生が本研究の被験者になった。被験者に大学の専門課程の問題を発語思考で解かせて被験者の言語プロトコルを採取した。言語プロトコルは,認知のプロセスモデルACTに照らして解析され,推論の軌跡を示す証明木,スキーマを表現する宣言型符号化構造,手続き型知識を表現するプロダクションルールに表現された。プロトコル解析によって明らかになった被験者の問題解決の特徴として,後ろ向き推論を用いてサブゴール系列を作りだして問題を解決したこと,また,推論が行き詰まったときジャンプと呼ばれる直観的な閃き(ひらめき)によって問題を解決したことをあげることができる。考察では,サブゴールの導出がどのような知識に基づいて産出されるのか,また,数学の学習場面に於て,直観的な閃きがどのような知識に基づいて引き起こされるのかについてACT理論に照らして議論した。
Yogi, Minako 與儀, 峰奈子
ジェスチャー研究の歴史は長く、古くは17世紀にまで遡る。その多くは発話の代替物としてのジェスチャーがどのような意味を表すのかという研究に費やされてきたと言える。しかし1980年代に入ると研究者の関心はジェスチャーの表す意味体系の構築だけではなく、人間の思考と思考過程を探る手がかりとして、発話とジェスチャーの関係に注目するようになってきた。その代表的研究がMcNeill(1992)である。彼はジェスチャーを発話との関係において、手まね(pantomime)、表象(emblem)、映像的ジェスチャー(iconic gesmre)、暗喩的ジェスチャー(metaphoric gcsture)、指さし(pointing)、拍子(beat)、談話結束的ジェスチャー(cohesive gesture)の7つに分類し深い考察を加えている。本稿ではKendon(1980)とMcNeill(1992)で示された理論的枠組み及び7つの分類に焦点を絞り、データを分析・考察した。McNeillが実験心理学的手法を用いているの対し、本研究ではフィールドワークを伴う社会学・社会言語学的アプローチを用いた。分析対象として用いたデータは日本人教師とアメリカ人教師のジェスチャーで、共に小学校1年生の道徳/規範の授業をビデオ録画したものである。低学年対象ということもあって、日本人教師とアメリカ人教師のどちらの授業においても多種多様なジェスチャーが用いられており、McNeillの7分類の全てが観察された。授業内容が具体的であるという事実を反映して手まねや表象、映像的ジェスチャーが多く用いられ、クラス内だけで通用する表象なども見られた。また、低学年児の注意を引きつけるため、指さしや拍子も頻繁に使用されていた。ジェスチャーの効果的使用によって視覚的に豊かなコミュニケーション活動が展開され、活発な授業活動を支援していると言える。今後このような成果は広く教師間で共有し、実際の授業で活用される必要性を示唆する。
Taira, Katsuaki 平良, 勝明
Virginia WoolfのMrs.Dallowayではあたかも関係のない人物がお互いに影響を及ぼし、それが意識のレベルで様々な葛藤、融合となって物語の全体的なナラティブダイナミックを形成している。しかし時には意識の枠にはとらわれない、あるいはその枠を超越するような心的、物理的展開も見られる。この論文ではその精神的、意識的枠を超えたところにみられる登場人物の心理的、物理的動きにも焦点を当ててconsciousnessの展開の過程を分析、考究してみた。
メイナード, 泉子・K MAYNARD, Senko K.
本論文は指示表現の談話レベルの表現性を問うものであるが,認識論の中の視点という概念を用いて(具体的には「見え先行方略」を解釈過程の根底に据えて)語り手の態度や情意を伝えることを論じる。指示表現は,いわゆる現場指示のコソアの指示条件を基盤として,談話レベルでは(1)コ系は,言語行為を性格付けるメタ表現となったり,対象となるものを近距離の視点から描写し,心理的に近距離感を促す機能,(2)ソ系は,先行する情報の一部を受けて,またはそのように装って,対象を距離を置いて捉えながら談話を展開していく結束性の機能,(3)ア系は発話時点の談話の世界から遠く隔たった,情的に関心のある対象を共に見つめる共感を促す機能,があることを論じる。さらに,語り手と語られる内容との位置関係,物語の場面転換,ソ的な世界とコ的な世界の並列や内包,人間関係を考慮に入れたコミュニケーションの実現など,複数の機能を果たす。指示表現とは,最終的には,その表現を選んだ語り手の場における位置関係を指標し,語り手と対象との心理的・情意的な距離をも含むことを論じる。
早川, 聞多
本研究ノートは、ある美術作品とそれを観る者の間に生まれる「魅力」といふものを、生きた形で記述するための一つの方法を提起する。私がここで提起する方法は、スタンダールが『恋愛論』の中で詳細に生き生きと記述した「結晶作用」といふ、恋する者の心の中で起こる現象の記述方法に倣はうとするものである。「結晶作用とは目前に現れるあらゆることから愛する相手の裡に新しい美点を次つぎと発見する精神の作用のことだ」とスタンダールは述べてゐるが、かうした心理現象は恋人に対してだけ生じるものではなく、愛好する美術作品に対しても起こつてゐるのではないかと、私は考へる。そこで本文では、この「結晶作用」といふ心理現象に従つて美術作品の「魅力」を記述する具体例を示すために、私が長年興味を覚え続けてきた美術作品の一つ、與謝蕪村筆『夜色樓臺図』を例に採り、私の裡で生じた「結晶作用」の発展過程を記してみようと思ふ。そこには私の勝手な思ひ込みが幾重にも重ねられてゐるが、私にとつてはそれこそが「魅力」というふものの真の姿のやうに思へてならない。
鈴木, 美加 SUZUKI, Mika
本稿では,日本を含む世界各国における教育改革が進む中で,学校教育に位置付けられた日本語教育の目標設定を行う際に,認知領域だけでなく,情意領域と精神運動領域にも目を向ける提案を行った。まず,最近の教育改革を推進するATC21S(Assessment and Teaching of 21st Century Skills)が打ち出した21世紀スキル(Griffin et al. 2012)と,教育心理学において1950年代から続く教育(学習)目標の3領域(Bloom (ed.) 1956, Guilbert 1987)について概観した。次に,日本語教育のCan-doリスト2種から,Can-do記述を例として取り上げ,それらの特性について,ブルーム他の教育(学習)目標の3領域を参考に検討を加えた。検討結果から,各レベルの到達目標としてのCan-do目標は認知領域,精神運動領域に関する記述が見られること,Can-do目標を支える下位Can-doでは認知領域,精神運動領域,情意領域の全領域とのかかわりがあることを示した。結論として,現在のアカデミックな日本語運用能力を育てる意図で行う日本語教育において,その目標設定を教育(学習)目標の3領域を活用して行うことが有用であると述べた。
川原, 繁人 佐野, 真一郎 KAWAHARA, Shigeto SANO, Shin-ichiro
本研究では,実験によりローゼンの法則と強いライマンの法則についてその心理的実在を検証した。ローゼンの法則に従えば,複合語前部要素が2モーラよりも3モーラの方が連濁が起こりやすくなる。また,強いライマンの法則に従えば,複合語前部要素に濁音が含まれている場合,連濁が起こりにくくなる。しかしながら,無意味語を用いた実験の結果,両法則の影響は確認されなかった。統計的に有意でない結果から負の証明は不可能であるものの,他の実験結果と比較しても,両法則の影響は本質的なものではなく,現在の日本語話者の知識においては機能していないと思われる。
福田, アジオ Fukuta, Azio
考古学と民俗学は歴史研究の方法として登場してきた。そのため,歴史研究の中心に位置してきたいわゆる文献史学との関係で絶えず自己の存在を考えてきた。したがって,歴史学,考古学,民俗学の三者は歴史研究の方法として対等な存在であることが原理的には主張され,また文献史学との関係が論じられても,考古学と民俗学の相互の関係については必ずしも明確に議論されることがなかった。考古学と民俗学は近い関係にあるかのような印象を与えているが,その具体的な関係は必ずしも明らかではない。本稿は,一般的に主張されることが多い考古学と民俗学の協業関係の形成を目指して,両者の間についてどのように従来は考えられ,主張されてきたのかを整理して,その問題点を提示しようとするものである。
上村, 幸雄 Uemura, Yukio
筆者がこれまでに係わった日本の方言学と言語地理学について概観する。
長田, 俊樹
筆者は、主に言語学以外の自然人類学や考古学、そして民族学の立場から、大野教授の「日本語=タミル語同系説」を検討した結果、次のような問題点が明らかとなった。
浦崎, 武 武田, 喜乃恵 Urasaki, Takeshi Takeda, Kinoe
「自分はどうみられているか」、他者との違いが不安になる自閉症スペクトラム障害児の学齢期は発達的に重要な時期である。現在、自閉症スペクトラム障害児への支援として社会適応のスキルの獲得を目的とする訓練は多く見られるが、障害の中核とされる「他者との関係性」の発達的課題を基盤とする「私とは何ものか」を問う、「自己同一性の形成」の解明に真正面から取り組む研究や学齢期の心理的安定を支援する方法の研究は極めて少ない。そこで浦崎ら(2011)は学齢期の心理的安定をもたらす「他者との関係性」を基軸とする「関係発達的支援」を行ってきた。そして現在、支援体制の充実と複数の支援事例により「自己同一性の形成」の過程を整理する段階に研究が進んできた。そこで本研究では「自己同一性の形成」の過程の解明および「関係発達的支援」における学齢期の支援方法やその効果を詳細に検討し、「学齢期の関係発達的支援」の開発を目指した。その開発には多様な実践事例を検証すること、学齢期のみに限定せずに幼児期や青年期も含めた他者との関係性の支援法を検討すること、支援の場における状況や文脈をも視野に入れた関係発達的支援の方法を検討すること等の今後の課題の解決を目指すことが必要となる。
浦崎, 武 武田, 喜乃恵 Urasaki, Takeshi Takeda, Kinoe
「自分はどうみられているか」、他者との違いが不安になる自閉症スペクトラム障害児の学齢期は発達的に重要な時期である。現在、自閉症スペクトラム障害児への支援として社会適応のスキルの獲得を目的とする訓練は多く見られるが、障害の中核とされる「他者との関係性」の発達的課題を基盤とする「私とは何ものか」を問う、「自己同一性の形成」の解明に真正面から取り組む研究や学齢期の心理的安定を支援する方法の研究は極めて少ない。そこで浦崎ら(2011)は学齢期の心理的安定をもたらす「他者との関係性」を基軸とする「関係発達的支援」を行ってきた。そして現在、支援体制の充実と複数の支援事例により「自己同一性の形成」の過程を整理する段階に研究が進んできた。そこ で本研究では「自己同一性の形成」の過程の解明および「関係発達的支援」における学齢期の支援方法やその効果を詳細に検討し、「学齢期の関係発達的支援」の開発を目指した。その開発には多様な実践事例を検証すること、学齢期のみに限定せずに幼児期や青年期も含めた他者との関係性の支援法を検討すること、支援の場における状況や文脈をも視野に入れた関係発達的支援の方法を検討すること等の今後の課題の解決を目指すことが必要となる。
瀨底, 正栄 Sesoko, Masae
発達障害のある子どもは、幼い時期から集団適応に問題を示すことが多い、仲間からの受容の低さや否定は、子ども時代の問題に限らず、子どもたちのその後の適応困難や、学校や社会からのドロップアウト、孤独感などに結びついていることが指摘されている。人との関わりから生じる彼らのトラブルの要因を一方的に発達障害児だけの問題と捉えがちになることもあるが、一方で原因をどのように理解するかによっても対応の仕方がわってくる。つまり、彼らと関わりをもつ他者の側の関わり方を工夫することにより彼らの行動が変わるという観点を持つことは大切である。そこで、本研究では発達支援教育実践センターにおける、発達障害児に対する関係性を重視した個別支援の事例をもとにどのような変容が見られたかを検討することを行った。本事例も当初、適応スキル獲得からの支援であったが、個別支援を重ねることで、重要な他者との安定的な関係構築の必要性と、本児が受容されることに対する期待によって、心理的安全基地へと変化していく。このことから、発達障害児に対する関係性を重視した個別支援は、心理的安全基地の形成と共に彼らの関係性の世界や意味世界を広げることができるものであると示唆された。
稲村, 務 Inamura, Tsutomu
柳田国男が自らの学問を民俗学と認めるのは彼が日本民俗学会会長になった1949年の4月1日であり、それ以前は日本文化を研究対象とした民族学(文化人類学)もしくは民間伝承学(民伝学)を目指していた。柳田が確立しようとした民俗学は自分以外の人々に担われるべきものであり、柳田自身を含んでいなかった。本稿ではこのことを検証するために、それ以前のテキストととともに、1948年9月に行われた座談会「民俗学の過去と将来Jを中心に検討する。柳田国男は本質的に民族学者である。
青木, 慎恵 伊禮, 三之 Aoki, Norie Irei, Mitsuyuki
算数・数学教育における「楽しい授業」の発見は,1970年代,遠山啓のキャラメルの空き箱を使った「数あてゲーム」による一次方程式や連立方程式(箱の代数)の授業が端緒である。これ以降,次々と「楽しい授業」のための「ゲームの算数・数学」の授業が開発されていった。当初,ゲームの意義は,「授業=儀式」という儀式的授業観を打ち破り,子どもたちが「自分の発意や工夫をつくり出す自由」の体験として位置づけられ,その役割は,主に計算スキルの習熟をたやすくすることにおかれていたが,ゲームの蓄積とともに,「規則・法則の発見」,「重要な概念の理解」,「学習内容の定着化」などの役割も明らかになっていった。 本稿では,比較的小学校低学年の子どもたちに歓迎されるという「学習内容の定着化をはかるためのゲーム」と「重要な概念をうえつけさせるためのゲーム」のタイプを中心に,認知心理学における熟達化研究を参照しながらゲームの役割を検討し,位置づけ直した。その結果,低学年の子どもたちにとっても,「定型的熟達化」より,概念的な理解を基盤とした「適応的熟達化」を指向したゲームの教材化が望ましいとの示唆を得た。なお,上記3タイプのほかに,「ゲームそのものの数理を対象とするゲーム」の存在も指摘した。
シャイヤステ, 榮子 Shayesteh, Yoko
日本で初めて音楽療法に関する文献が出版されたのは1958年精神科医の蜂矢英彦によってであった。1959年、山松質文が自閉症児に対する音楽療法の実践を始め、1966に『ミュージックセラピー』を出版し、1967年の英国人の音楽療法士ジュリエット・アルバン来日によって日本は音楽療法の創成期を迎えることとなる。その年には、山松は障害児教育の加賀屋哲朗とともに日本音楽療法協会設立、1976年には櫻林仁が日本音楽心理学音楽療法懇話会を発足、1977年には赤星建彦が財団法人東京ミュージック・ボランティアを設立することとなる。1980年代には、医師を中心に音楽療法の効果の客観性や科学的な効用が問われるようになり、1986年には日野原重明や篠田知璋らが日本バイオミュージック研究を設立、1987年には村井靖児が東京音楽療法協会を設立した。1990年代に入ってからは、理論と更なる実践の量的・質的研究を求め日野原重明を代表とする日本バイオミュージック学会が1991年に設立、1994年には松井紀和・村井靖児によって臨床音楽療法協会が設立された。音楽療法への興味・関心は首都圏から地方都市へと広がり、時を同じくして、1994年に岐阜県音楽療法研究所が設立、そして奈良市では音楽療法検討委員会が発足し、音楽療法士養成や認定へ向けての養成コース開講や講習会等が始まっていた。1996年には岐阜県音楽療法士、1997年には奈良市音楽療法士の第一期生が認定された。1995年、日本バイオミュージック学会と臨床音楽療法協会は全日本音楽療法連盟へと統合され、音楽療法の啓発と普及活動と同時に会員の資質向上を目指して活動を継続し1996年には100名の音楽療法士の資格認定をした。同連盟は音楽療法士の国家資格を目指し組織を発展させて2001年には日本音楽療法学会を発足させ日本国内では最大の学会員を持つ組織として現在に至っている。
かりまた, しげひさ Karimata, Shigehisa / 狩俣, 繁久
琉球列島全域の言語地理学的な調査の資料を使って、構造的比較言語地理学を基礎にしながら、音韻論、文法論、語彙論等の基礎研究と比較言語学、言語類型論、言語接触論等の応用研究を融合させて、言語系統樹の研究を行なえば、琉球列島に人々が渡来、定着した過程を総合的に解明できる。言語史研究の方法として方言系統地理学を確立することを提案する。
山城, 真紀子 上地, 亜矢子 嘉数, 朝子 Yamashiro, Makiko Uechi, Ayako Kakazu, Tomoko
本研究は、今日の保育ニーズの増加、多様化している保育者の職務内容の変化と健康度、心理的ストレスについて考察することが目的である。\n本稿では、那覇市と浦添市の認可保育園と公立保育所の保育者について考察を行った。結果は、同じ認可施設であっても年齢構成は50歳以上は公立保育所が多く、認可保育園は25歳以下の層が多い。また、公立保育所の方が勤務年数の長い保育者が多く、職務内容の変化などの受け止め方に差異があることが明らかになった。
田中, 寛二 Tanaka, Kanji
本研究の目的は、大学生の交通規範意識と集団ロールシャッハテスト(以下、集団ロ・テストと略す)の結果との間に関連性があるかどうかを検討することである。大学生43人に対して、交通規範に関する質問紙調査と同時に、集団ロ・テストを実施し、それらの結果を分析したところ、集団□・テストで問題ありと判定された学生の交通規範に関する得点は、全体的に高く、公道及び構内での違反許容得点、構内での違反行動得点では、統計的に有意に高いことが明らかとなった。このことから、集団□・テストで確認される全体的な問題性と交通規範意識との間には関連があると考えられる。さらに、集団ロ・テストの問題性識別のための項目別に交通規範に関する得点を比較し、交通規範の基底となる心理的特徴が検討された。
本書の原著は,東海大学海洋学部の学生実験を主な対象とした「魚類学実験テキスト」として日本語で出版されました。今回,対象読者としてアジア・アフリカ域等の学部学生を念頭に,汎用性のある章を選んで翻訳出版いたしました。本出版は,総合地球環境学研究所エリアケイパビリティープロジェクトおよび東海大学海洋学部の助成を受けて行いました。
本書の原著は,東海大学海洋学部の学生実験を主な対象とした「魚類学実験テキスト」として日本語で出版されました。今回,対象読者としてアジア・アフリカ域等の学部学生を念頭に,汎用性のある章を選んで翻訳出版いたしました。本出版は,総合地球環境学研究所エリアケイパビリティープロジェクトおよび東海大学海洋学部の助成を受けて行いました。
本書の原著は,東海大学海洋学部の学生実験を主な対象とした「魚類学実験テキスト」として日本語で出版されました。今回,対象読者としてアジア・アフリカ域等の学部学生を念頭に,汎用性のある章を選んで翻訳出版いたしました。本出版は,総合地球環境学研究所エリアケイパビリティープロジェクトおよび東海大学海洋学部の助成を受けて行いました。
本書の原著は,東海大学海洋学部の学生実験を主な対象とした「魚類学実験テキスト」として日本語で出版されました。今回,対象読者としてアジア・アフリカ域等の学部学生を念頭に,汎用性のある章を選んで翻訳出版いたしました。本出版は,総合地球環境学研究所エリアケイパビリティープロジェクトおよび東海大学海洋学部の助成を受けて行いました。
本書の原著は,東海大学海洋学部の学生実験を主な対象とした「魚類学実験テキスト」として日本語で出版されました。今回,対象読者としてアジア・アフリカ域等の学部学生を念頭に,汎用性のある章を選んで翻訳出版いたしました。本出版は,総合地球環境学研究所エリアケイパビリティープロジェクトおよび東海大学海洋学部の助成を受けて行いました。
林, 正之 Hayashi, Masayuki
柳田國男著作中の考古学に関する箇所の集成をもとに、柳田の考古学に対する考え方の変遷を、五つの画期に整理した。
張, 平星
2022 年6 月12 日(日),日文研共同研究「日本文化の地質学的特質」の初めての巡検を,京都の名石・白川石をテーマに,その産出と加工,産地の北白川地域の土地変遷と石の景観,日本庭園の中の白川砂の造形・意匠・維持管理に焦点を当てて実施した。地質学,考古学,歴史学,宗教学,哲学,文学など多分野の視点から活発な現地検討が行われ,比叡花崗岩の地質から生まれた白川石の石材文化の全体像を確認できた。
児玉, 望
筆者は十五年間、ドラヴィダ語学を学んできた。そこでドラヴィダ言語学の立場から、大野説を検討した結果、次のような問題点が明らかとなった。
Taira, Katsuaki 平良, 勝明
Virginia Woolf の Mrs. Dalloway においては意識の流れが多種多様な物理的事象や心理状況を巻き込み、その過程が時間的経過とともに叙述的に展開することによりそれぞれのscene の complication、そして evolution が(記述的に)表層化するという現象が見られる。しかしこの作品ではそれぞれの scene の component を構成する言語的要素は必ずしも passive な要素ではなくそれぞれが readerly consciousness に対応して(厳密に言うと readerly consciousness が言語的要素に対応してということだと推測されるが)多種多様に意味的変化を潜在的に許容する可能性を秘めた narrative ingredient ということができる。この論文ではその narrative ingredient の多様な潜在的意味の表出過程を narrative の展開に沿って追及し意味的展開から起因する narrative complication、そしてその ramification を考究する。
山村, 奨
本論文は、日本の明治期に陽明学を研究した人物が、同時代や大塩の乱のことを視野に入れつつ、陽明学を変容させたことを明らかにする。そのために、井上哲次郎と教え子の高瀬武次郎の陽明学理解を考察する。
長田, 俊樹
さいきん、インドにおいて、ヒンドゥー・ナショナリズムの高まりのなかで、「アーリヤ人侵入説」に異議が唱えられている。そこで、小論では言語学、インド文献学、考古学の立場から、その「アーリヤ人侵入説」を検討する。
Kobayashi, Masaomi 小林, 正臣
本稿はMartha WoodmanseeとMark Osteenが提唱する「新経済批評(The New Economic Criticism)」を検証しながら、文学と経済学の新たな学際性を模索する。社会科学としての経済学は数式を多用した限定的な意味における「科学」を標榜する傾向にあり、人文科学としての文学は経済学-多数の学派に基づく経済学-をマルクス経済学に限定して援用または経済学の専門用語などを誤用する傾向にある。これら問題点を考慮しながら、本稿は両学問の類似性と相違点を認識することの重要性を強調する。例えば、Donald McCloskeyが指摘するように、経済学は数式を用いながらも言語による論証を行うことにおいて修辞的である。またPierre Bourdieuが指摘するように、言語と貨幣は機能的に類似する点が多くあり、それゆえ文学と経済学の「相同関係(homology)」が考えられる。しかし相同関係を発見する一方で、それら学問間の絶えざる緊張関係を維持しながら新たな相互関係を構築する必要があり、その際の媒介を果たすのが新経済批評である。換言すれば、文学は経済学を始めとする諸科学の理論を導入しながら、それら科学に新たな返答をすることが可能な「場」であると認識することで、両学問は相互的な知的活性化を永続できる。かくして本稿は、文学と経済学の学際性の追求は「未知(notknowing)」の探求であると結論する。
村石, 昭三 MURAISHI, Shôzô
大城, 房美 島袋, 恒男 Oshiro, fusami Shimabukuro, Tsuneo
岡田, 浩樹 Okada, Hiroki
この論文の目的は,近年盛んになりつつあるかのように見える「老人の民俗学」という問題設定に対する一つの疑問を提示することにある。はたして「老人の民俗(文化)」という対象化が有効なのかを,比較民俗学(人類学)の立場から検討する。その際に韓国の事例を取り上げることにより,老人の民俗学の問題点を明らかにする方法をとる。
尾本, 惠市
本論文は、北海道のアイヌ集団の起源に関する人類学的研究の現況を、とくに最近の分子人類学の発展という見地から検討するもので、次の3章から成る。
丹野, 清彦 杉尾, 幸司
職員間の人間関係に不信感を抱いた事をきっかけに,心身の不調を招いて病気休職に至った教員と,クラス運営や荒れる子どもへの対応に悩み,病気休職寸前まで追い詰められた教員への聞き取り調査を行った。聞き取り内容は,どのようにして職場に復帰することができたのか,休職に至らずに持ち堪えることができたのはどうしてか,という観点から事例分析を行った。その結果,職場の同僚や上司の適切なサポートが重要であることや,困難さを抱えた教員の心理的ケアが必要である事が示唆され,同様の聞き取り調査を継続して行い,事例の蓄積を進めて行くことの重要性が明らかになった。
淡野, 将太 浦内, 桜 Tanno, Syota Urauchi, Sakura
粟津, 賢太 Awazu, Kenta
戦没者の記念追悼施設やその分析には大まかにいって二つの流れがある。ひとつは歴史学的研究であり、もうひとつは社会学的研究である。もちろん、これらの基礎をなす、死者の追悼や時間に関する哲学的研究や、それらが公共の場において問題化される政治学的な研究も存在するが、こうした研究のすべてを網羅するのは本稿の目的ではない。
岡村, 秀典 Okamura, Hidenori
漢鏡は,年代を測る尺度として大いに活用され,中国考古学と日本考古学との接点のひとつとなっている。本稿は,中国考古学の立場から,前漢鏡研究の続編として,後漢代の方格規矩四神鏡,獣帯鏡,盤龍鏡,内行花文鏡の4つの鏡式をとりあげ,型式学的研究法にもとついた編年を試みるものである。
荒木, 和憲 Araki, Kazunori
本稿は、中世日本の往復外交文書の事例を集積することをとおして、その様式論を構築しようとするものである。従来、日本古文書学においては研究が手薄であったが、様式論を構築することで、日本古文書学、そして「東アジア古文書学」のなかに中世日本の往復外交文書を位置づけようとする試みである。
中村, 完 国吉, 和子 島袋, 恒男 名城, 嗣明 Nakamura, Tamotsu Kuniyoshi, Kazuko Shimabukuro, Tsuneo Nashiro, Shimei
中村, 哲雄 伊藤, 歌苗 Nakamura, Tetsuo Ito, kanae
本研究で我が国における学習障害及びこれに類似する児童生徒を対象とした過去10年間の個別指導事例に関する文献から抽出した指導事例343件を対象に、対象児の知的水準、実施された心理検査、指導形態、具体的な指導方法等の22項目を設定したデータベースを作成し、各項目について集計・分析を行った。本研究の成果は、学習障害及びこれに類似する児童生徒の個別指導事例に関する文献のデータベースを作成したこと、指導の現状を明らかにしたこと、指導方法を類型化したことの3点である。また現状及び類型をふまえて、多角的な視点から指導プログラムを計画し、柔軟なアプローチ方法で指導を展開していくことの重要性について考察した。
楊, 暁捷
日本の平安、中世から伝わる膨大な数の絵巻について、これまで美術学、民俗学、歴史学などの見地から多彩なアプローチがなされてきたのに対して、これを文学の作品として追求する研究は、いまだ十分に行われていない。この小論は以上の考えに立脚するささやかな試みであり、絵巻『長谷雄草紙』から一つのシーンを取り上げる。
伊藤, 謙 宇都宮, 聡 小原, 正顕 塚腰, 実 渡辺, 克典 福田, 舞子 廣川, 和花 髙橋, 京子 上田, 貴洋 橋爪, 節也 江口, 太郎
日本では江戸時代、「奇石」趣味が、本草学者だけでなく民間にも広く浸透した。これは、特徴的な形態や性質を有する石についての興味の総称といえ、地質・鉱物・古生物学的な側面だけでなく、医薬・芸術の側面をも含む、多岐にわたる分野が融合したものであった。また木内石亭、木村蒹葭堂および平賀源内に代表される民間の蒐集家を中心に、奇石について活発に研究が行われた。しかし、明治期の西洋地質学導入以降、和田維四郎に代表される職業研究者たちによって奇石趣味は前近代的なものとして否定され、石の有する地質・古生物・鉱物学的な側面のみが、研究対象にされるようになった。職業研究者としての古生物学者たちにより、国内で産出する化石の研究が開始されて以降、現在にいたるまで、日本の地質学・古生物学史については、比較的多くの資料が編纂されているが、一般市民への地質学や古生物学的知識の普及度合いや民間研究者の活動についての史学的考察はほぼ皆無であり、検討の余地は大きい。さらに、地質学・古生物学的資料は、耐久性が他の歴史資料と比べてきわめて高く、蒐集当時の標本を現在においても直接再検討することができる貴重な手がかりとなり得る。本研究では、適塾の卒業生をも輩出した医家の家系であり、医業の傍ら、在野の知識人としても活躍した梅谷亨が青年期に蒐集した地質標本に着目した。これらの標本は、化石および岩石で構成されているが、今回は化石について検討を行った。古生物学の専門家による詳細な鑑定の結果、各化石標本が同定され、産地が推定された。その中には古生物学史上重要な産地として知られる地域由来のものが見出された。特に、pravitoceras sigmoidale Yabe, 1902(プラビトセラス)は、矢部長克によって記載された、本邦のみから産出する異常巻きアンモナイトであり、本種である可能性が高い化石標本が梅谷亨標本群に含まれていること、また記録されていた採集年が、本種の記載年の僅か3年後であることは注目に値する。これは、当時の日本の民間人に近代古生物学の知識が普及していた可能性を強く示唆するものといえよう。
松田, 睦彦 Matsuda, Mutsuhiko
小稿は人の日常的な地域移動とその生活文化への影響を扱うことが困難な民俗学の現状をふまえ,その原因を学史のなかに探り,検討することによって,今後,人の移動を民俗学の研究の俎上に載せるための足掛かりを模索することを目的とする。
稲村, 務 Inamura, Tsutomu
本稿はC・ギアツの解釈人類学的理論を沖縄の大学生向けに解説するための教育的エッセイである。ギアツの解釈人類学は今日の文化人類学において様々なパラダイムの基礎と考えられるものであり、是非理解しておくべきものである。本稿ではゼンザイ、桜、ブッソウゲ、雲南百薬、ニコニコライス、墓、巫者といった沖縄・奄美の身近な事例を検討することでその理論を理解させる目的をもっている。
大村, 敬一
本論文の目的は,イヌイトの「伝統的な生態学的知識」に関してこれまでに行なわれてきた極北人類学の諸研究について検討し,伝統的な生態学的知識を記述,分析する際の問題点を浮き彫りにしたうえで,実践の理論をはじめ,「人類学の危機」を克服するために提示されているさまざまな理論を参考にしながら,従来の諸研究が陥ってしまった本質主義の陥穽から離脱するための方法論を考察することである。本論文では,まず,19世紀後半から今日にいたる極北人類学の諸研究の中で,イヌイトの知識と世界観がどのように描かれてきたのかを振り返り,その成果と問題点について検討する。特に本論文では,1970年代後半以来,今日にいたるまで展開されてきた伝統的な生態学的知識の諸研究に焦点をあて,それらの諸研究に次のような成果と問題点があることを明らかにする。従来の伝統的な生態学的知識の諸研究は,1970年代以前の民族科学研究の自文化中心主義的で普遍主義的な視点を修正し,イヌイトの視点からイヌイトの知識と世界観を把握する相対主義的な視点を提示するという成果をあげた。しかし一方で,これらの諸研究は,イヌイト個人が伝統的な生態学的知識を日常的な実践を通して絶え間なく再生産し,変化させつつあること忘却していたために,本質主義の陥穽に陥ってしまったのである。次に,このような伝統的な生態学的知識の諸研究の問題点を解決し,本質主義の陥穽から離脱するためには,どのような記述と分析の方法をとればよいのかを検討する。そして,実践の理論や戦術的リアリズムなど,本質主義を克服するために提示されている研究戦略を参考に,伝統的な生態学的知識を研究するための新たな分析モデルを模索する。
田中, 弥生
本発表は,選択体系機能言語理論における談話分析手法の一つである修辞ユニット分析(Rhetorical Unit Analysis)によって,相談談話の構造を分析するものである。「修辞機能」と「脱文脈化程度」という,従来相談談話分析にない観点からその構造を確認する。『談話資料 日常生活のことば』(現代日本語研究会編)に収録され,「場面1」 が「相談」である発話文を分析対象とする。先行研究では,ラジオ番組の医療相談や心理相談,またインターネット上の相談コーナーともいえるQ&AサイトYahoo!知恵袋などの談話構造の分析が行われてきたが,日常的な相談場面の分析はまだあまり行われていない。日常の生活における相談場面における談話構造を明らかにすることを検討する。
主税, 英德 後藤, 雅彦
本報告は、地域に貢献する人材の育成を目的とした考古学関係授業の取り組みを紹介するものである。また、コロナ禍において、仲間とともに遺跡を実地調査(巡検の意味を含む、以下、「実地調査」と表現する)を行うことで、考古学専攻生が何を学び考えたかについても報告する。
朱, 京偉 ZHU, Jingwei
本稿は,本誌12号に掲載した筆者の論考(朱京偉2002)の後を受け,明治初期以降,つまり,西周と『哲学字彙』初版以降の哲学用語と論理学用語の新出語を特定し検討することを目的とする。そのために,考察の範囲を明治期の哲学辞典類から哲学書と論理学書に拡大して,選定した31文献の範囲で用語調査を行い,個々の用語の初出文献をつきとめた。また,新出語の特定にあたり,抽出語を「哲学書と論理学書共通の用語」と「哲学書のみの用語」「論理学書のみの用語」に3分類した上,その下位分類として,さらに,「出典なし」「『漢詞』未見」「出典あり」「新義・分立」の4タイプに振り分けた。それぞれの所属語の性質を検討した結果,明治初期以降の新造語として,191語をリストアップしておいた。ただし,本稿で用いた方法は,哲学と論理学にしか使われない専門性の強い用語については,その初出例を求めるのに有効であるが,一方,哲学と論理学以外でも使われるような汎用性の高い用語については,哲学書と論理学書の範囲で初出例が明らかにされたとはいえ,他の分野でも使われている可能性があるため,今後は,その初出例の信憑性を検証しなければならない。
木田, 歩 KIDA, Ayumi
人類学・民族学における学術的資料が、2000 年に上智大学から南山大学人類学博物館に寄贈された。これらは、白鳥芳郎を団長とし、1969 年から1974 年にかけて3 回おこなわれた「上智大学西北タイ歴史・文化調査団」が収集した資料である。本報告では、まず、調査団の概要について、白鳥による研究目標をもとに説明し、次に寄贈された資料を紹介する。最後に、今後の調査課題と研究の展望について提示する。
石田, 一之 Ishida, Kazuyuki
本稿は、ドイツ語圏における新自由主義の基盤を形成した論者のなかで、みずからの主張を歴史-文化社会学の視点から基礎づけようとしたアレクサンダー・リュストウ(Alexander Rüstow)の代表著作『現代の位置づけ』並びにその他の著作の検討を通して、歴史-文化社会学的立場に立脚した視点から人間の自由、並びに彼の主要概念である支配を考察し、それとともに、現代における人間の文化的・社会学的状況に関して実質的自由の視点から重要な示唆を得ようとするものである。
森, 力 兼本, 清寿 Mori, Chikara Kanemoto, Kiyohisa
新学習指導要領において,「主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」が示された。また,現職の教師との談話の中で,「算数の授業で,主体的に学ぶ子どもはどのようにすれば現れるのか」という問いが出て来た。本研究では,算数科において,「主体的に学ぶ子どもが現れるには,どのような工夫をするといいか」ということを課題とし,授業者のイメージする「主体的に学ぶ子どもの姿」を共有した。授業実践においては「主体的に学ぶ子どもの姿」を見取り,授業リフレクションにおいては,事前にイメージした子どもの姿と比較しながら子どもの姿を共有し,授業構想を見直してきた。その結果,「解法及び答えが明確でない問題を提示する」「数学的な見方を促す操作的活動を取り入れる」といった工夫を行った授業については主体的に学ぶ子どもの姿が数多く見られた。本稿は,「主体的に学ぶ子どもの姿」に基づく算数科の授業づくりのあり方について考察を中心に報告するものである。
本村, 真 Motomura, Makoto
米国においては、児童虐待への対応において解決志向アプローチ (Solution Focused Approach) の適用が広がりを見せている。心理・社会療法等の従来の医学モデルを基盤としたソーシャルワーク援助技術にはみら\nれない解決志向アプローチの特徴を明確にするために、従来の技法における持続的支持技法との比較を試みた。\n解決志向アプローチにおける「クライエントが専門家である (Client is expert)」という理解や援助者の\n「何も知らない姿勢 (Posture of not-knowing)」への強調を中心とした理念や人間観の違いからくる、クライエントに対する具体的な質問や援助者の態度の違いについて、米国California州San Luis Obispo郡のDepartment of Social Servicesで実際に使用されているClinical Desk Guide等を用いながら分析・考察を行い、その特徴についてまとめた。
草野, 智洋
離婚して親権を失い子どもと一緒に暮らせなくなった女性1 名(A さん)にインタビュー調査を行い,その苦悩と葛藤のプロセスを複線径路等至性アプローチによって分析した。公的機関や社会システムはA さんと子どもが会うことのできる方向に働く力にはなっておらず,子どもが母に会いたいという思いと子どもの成長が,A さんと子どもを結びつける力となっていた。また,別居親が社会からも同居親からも抑圧を受け,強い精神的苦痛を感じていることが明らかになった。アドボカシーの観点から,心理支援者は被支援者の内面的な変容のみを目指すのではなく,周縁化された人々を疎外している社会構造そのものにも働きかける必要があることが示唆された。
山崎, 剛 YAMAZAKI, Go
南山大学人類学博物館は、2000 年に上智大学より西北タイに関するコレクションの寄贈を受けた。このコレクションには、西北タイの生活に関わる資料だけでなく、多くの写真資料が含まれている。この報告では、特に人類学的資料として、これら写真資料についての解説をおこなう。
鈴木, 寿志
令和4年度に国際日本文化研究センターにおいて共同研究「日本文化の地質学的特質」が行われた。地質学者に加えて宗教学・哲学・歴史学・考古学・文学などの研究者が集い,地質に関する文化事象を学際的に議論した。石材としての地質の利用,生きる場としての大地,信仰対象としての岩石・山,文学素材としての地質を検討した結果,日本列島の地質や大地が日本人の精神面と強く結びつき,文化の基層をなしていることが示唆された。変動帯に位置する日本列島では地震動や火山噴火による災害が度々発生して人々を苦しめてきたが,逆に変動帯ゆえの多様な地質が日本文化のあらゆる事象へと浸透していったとみられる。
島袋, 俊一 Shimabukuro, Shun-ichi
この報文は沖縄に関係ある日本植物病理学者13氏即ち平塚直治、宮城鉄夫、平塚直秀、岡本弘、内藤喬、平良芳久、向秀夫、藤岡保夫、宇都敏夫、平塚利子、小室康雄、村山大記、日野厳の各氏につき御来島時期と滞島期間、沖縄に関係のある植物病理学上の文献などについてのべた。
菅, 豊 Suga, Yutaka
柳田国男は,民俗学における生業・労働研究を狭隘にし,その魅力を減少させた。それは,民俗学の成立事情と大きく関わっている。その後,民俗学を継承した研究者にも同様の研究のあり方が,少なからず継承される。しかし,1980年代末から90年代にかけて,新しい視点と方法をもって,旧来の狭い生業・労働研究の超克が模索された。この模索は,「生態民俗学」,「民俗自然誌」,「環境民俗学」という三つの大きな潮流に区分できる。
吉田, 安規良 山口, 剛史 村田, 義幸 原田, 純治 橋本, 健夫 八田, 明夫 河原, 尚武 立石, 庸一 會澤, 卓司 Yoshida, Akira Yamaguchi, Takeshi Murata, Yoshiyuki Harada, Junji Hashimoto, Tateo Hatta, Akio Kawahara, Naotake Tateishi, Yoichi Aizawa Takuji
長崎大学教育学部で開講された「複式教育論」の講義に琉球大学教育学部の「複式学級授業論」担当者が出張し,沖縄県のへき地・複式教育を概説し,長崎県で実際に行われた複式学級での授業実践を追体験しながらその内容を分析するという2つの取り組みを行った。受講学生の講義内容に対する評価は有意に肯定的であった。とりわけ模擬授業分析については「もっと学びたい」という意見が多かった。
吉田, 安規良 山口, 剛史 村田, 義幸 原田, 純治 橋本, 健夫 八田, 明夫 河原, 尚武 立石, 庸一 會澤, 卓司 Yoshida, Akira Yamaguchi, Takeshi Murata, Yoshiyuki Harada, Junji Hashimoto, Tateo Hatta, Akio Kawahara, Naotake Tateishi, Yoichi Aizawa, Takuji
長崎大学教育学部で開講された「複式教育論」の講義に琉球大学教育学部の「複式学級授業論」担当者が出張し,沖縄県のへき地・複式教育を概説し,長崎県で実際に行われた複式学級での授業実践を追体験しながらその内容を分析するという2つの取り組みを行った。受講学生の講義内容に対する評価は有意に肯定的であった。とりわけ模擬授業分析については「もっと学びたい」という意見が多かった。
石垣, 悟 Ishigaki, Satoru
「国民的生活革命」と呼びうる高度経済成長について正面から取り上げた民俗学的成果は必ずしも多くない。しかし,統計等の資料とともに,聞き書きも重視して歴史を描き出す学的営為を民俗学の方法の一つとすれば,高度経済成長は必然的に聞き書きの対象となり,そこから描かれる「生きた歴史」は,現代に深く関わるものであり,未来を考える有用な材料を提供する可能性もある。
石田, 一之
本稿では、第1節では、ドイツの社会学的新自由主義のアレクサンダー・リュストウ(Alexander Rüstow)の主要著作である『現代の位置づけ』の内容の検討を中心としながら、歴史的、文化社会学的視点からみた現代の位置づけという問題を検討する。第2節では、リュストウの現代の位置づけを巡る社会学的分析とそこから導かれた政策論の今日的意義に関連した事柄を中心に取り上げる。現代の位置づけの議論に関連して、人間の社会学的状況の分析を表すものとして用いたVitalsituationの概念や、その政策分野への応用としてのVitalpolitikの考え方が、今日、欧州を中心として社会的包摂や社会的統合ををめぐる政策の議論が活発化する中で、新たな政策的意義を持つものとして捉えられるようになった。
井上, 史雄 金, 順任 松田, 謙次郎 INOUE, Fumio KIM, Soonim MATSUDA, Kenjiro
この稿では,対人関係調節のための新表現が実時間の100年間でどのように増加したかを論じる。具体的には,敬語に関わる新表現「ていただく」における進行中の言語変化をみる。岡崎市の55年にわたる計1000人規模の大規模社会言語学的調査に基づき,年齢という見かけの時間を利用する。間隔の異なる3回の調査結果を,時間軸を忠実に反映できるグラフ技法によって提示したところ,「てもらう」「ていただく」が着実に普及しつつあることを,確認できた。これは日本語の補助動詞の発達,授受表現の普及と一致し,岡崎という東海地方の都市の変化が日本語史全体と深く結びついていることが分かった。この背景には敬語変化の普遍性がある。ヨーロッパの二人称代名詞の用法における「力関係から連帯関係へ(from power to solidarity)」と並行的な変化が,現代日本語の敬語でも起こりつつある。つまり地位の上下による使い分けから,親疎による使い分けに変化しつつある。コミュニケーションの民主化・平等化が進んだと考えられる。また,場面による使われ方の違いをみると,依頼表現に伴って多用されるようになった。つまりかつての身分,地位による敬語の使い方と異なった基準が導入され,場面ごとの心理的負担や親疎関係がからむ。このメカニズムも,敬語の民主化・平等化として解釈できる。新表現が個人の一生の間にいかに獲得されるかをみると,若い世代が最初に採用するわけではない。対人関係にかかわる現象に関しては,社会的活躍層が使いはじめる。ポライトネスや敬語などで,30代以上の壮年層が最初に新表現を採用する例,成人後採用の実例が認められた。
武田, 和哉
中華世界においては,権力者や貴族など有力者の墓に,墓誌と呼ばれる石刻物を埋納する文化が存在した。墓誌が出土すると,被葬者や墓の築造年代の特定が可能となるので,歴史学・考古学分野においては極めて重要な副葬品と認識されてきた。
赤嶺, 達也 中尾, 達馬 Akamine, Tatsuya Nakao, Tatsuma
本研究の目的は、大学生を対象に開発された失敗観尺度(池田・三沢,2012)の児童版を作成し、その信頼性と妥当性を確認することであった。調査対象児は、沖縄県にある公立A小学校に通う小学4 - 6 年生330 名(平均年齢11.0 歳、男児154 名、女児175 名、性別不明1 名)であった。探索的因子分析の結果、池田・三沢(2012)と同様に、「失敗のネガティブ感情価」「失敗からの学習可能性」「失敗回避欲求」「失敗の発生可能性」という4因子を抽出することができた。本研究では、これら4 因子の信頼性と妥当性に関して、(1) 内的整合性、(2) 再検査信頼性、(3) 自己知覚尺度との関連性を検討した。その結果、児童版失敗観尺度は一定程度の心理測定的属性(信頼性と妥当性)を備えた尺度であることが示唆された。
飯田, 経夫
ケインズ経済学と大衆民主主義とが「野合」するとき、深刻な事態が生じる。大衆民主主義下で、得票極大化行動を取らざるを得ない政治家は、選挙民に「迎合」するために、たえず政府支出を増やすことを好み、その財源たる税収を増やすことを好まない。したがって、財政規模の肥大化と、財政赤字を生み出す大きな原因である。これらは大衆民主主義の本質的な欠陥であり、その是正策は、基本的には存在しない。このきわめて常識的な点を、経済学者(や政治学者)は、これまで十分に議論してきたとはいえない。
照屋, ひとみ Teruya, Hitomi
2009年2月6日(金)に開催された「沖縄地域学リポジトリ試験公開記念講演会」におけるデモンストレーション用のスライド。
山下, 博司
国語学者大野晋氏の所謂「日本語=タミル語同系説」は、過去十五年来、日本の言語学会やインド研究者たちの間で、センセーショナルな話題を提供してきた。大野氏の所論は、次第に比較言語学的な領域を踏み越え、民俗学や先史考古学の分野をも動員した大がかりなものになりつつある。特に最近では、紀元前数世紀に船でタミル人が渡来したとする説にまで発展し、新たなる論議を呼んでいる。
呉, 佩遥
近年の宗教概念研究によってもたらされた「宗教」の脱自明化から、近代日本における宗教学の成立と展開を考察することは、宗教学なる領域に対する理解を反省的に把握するために重要である。しかし、アカデミックな場に成立した「宗教学」において、「宗教」に隣接した概念であり、「宗教」の中核的な要素とされる「信仰」と、「宗教」の身体的実践の一つである「儀礼」がいかに語られたかについては、まだあまり考察されていない。
宮里, 未希
本研究の目的は中学校音楽科鑑賞授業において「芸術的構成活動」を実現するための環境構成の具体を明らかにすることである。実践分析を通して,「芸術的構成活動」における過程的側面,心理的側面,社会的側面を視点として,(1)子どもの衝動が特定の対象を得て興味になるような抵抗の検討,〈表現〉の成立条件の点検を意識した中間発表や新たな価値づけを見出す作品発表の場を意識した単元構成が必要であること,(2)音や音楽に対する知覚・感受を核とした相互作用の中で,目論見や実験が為されるような活動や教師の問いかけを意識すること,(3)個々の内的素材を顕在化させ,それらを生かす共同活動を行うことで,質的関係や質的意味を見出せるようにしていくことが重要であることが明らかとなった。
森岡, 正博
二十世紀の学問は、専門分化された縦割りの学問であった。二十一世紀には、専門分野横断的な新しいスタイルの学問が誕生しなければならない。そのような横断的学問のひとつとして、「文化位相学」を提案する。文化位相学は、「文化位相」という手法を用いることで、文化を扱うすべての学問を横断する形で形成される。
西村, 明 Nishimura, Akira
本稿は、アジア・太平洋戦争期の宗教学・宗教研究の動向、とくに戦時下の日本宗教学会の状況と、当時の学会誌に表れた戦争にかんする研究の二つに焦点をあて、当時の宗教学・宗教研究のおかれた社会的ポジションの理解を試みるものである。
李, 婷
本稿では,クラウドソーシングの発注文書における動詞の出現傾向を文書評価の観点から検討する。閲覧回数に対して応募者数の割合が高い文書を正例,低い文書を負例とし,正例と負例の発注文書における動詞の出現数の和に対する正例の発注文書における動詞の出現数をポジティブ率(以下,「pos率」)とする。正例グループとして,「ポジティブ件数100以上」かつ「pos率75%以上」を条件に25動詞を抽出した。負例グループでは,「ネガティブ件数100以上」かつ「pos率の低い順」に25動詞を抽出し,pos率25%以下の10動詞を「上位」とし,11~25位の動詞(pos率26.7%~37.2%)を「下位」とする。動詞の言及する内容によって,正例グループの動詞を「業務内容」「業務条件」「求める人物像」「サポート体制」「心理的負担の軽減」の5種類,負例グループの動詞を「注意事項」「業務指示」「対象限定」の3種類に分け,実例を挙げながら両グループの特徴を分析した。正例グループと負例グループにおける動詞の特徴から,発注文書の作成に示唆できることとして,3点が挙げられる。1)「業務内容」「業務条件」「求める人物像」の3項目は記載する必要がある。2)よりよい「業務条件」の整備,「求める人物像」の明示,「サポート体制」の構築と「心理的負担の軽減」に言及するなど,新規参入者でも安心して応募できるようにワーカー視点から考える必要がある。3)「注意事項」と「業務指示」を説明する際に,高圧的な態度,一方的な押し付け,読み手に嫌悪感を与えてしまうような「指示・命令」や「注意・警告」にならないように心がける必要がある。ワーカーにとって不利益になるような注意事項やルールがあるかどうかを点検しなければならない。その上で,対等な姿勢とワーカーに対する配慮が発注文書を作成するための基本となる。
島袋, 恒男 井村, 修 Shimabukuro, Tsuneo Imura, Osamu
米谷, 博 Kometani, Hiroshi
江戸時代末期の下総地方における大原幽学の農村指導は、農業技術や日常生活にとどまるものではなく村の伝統的習俗にまで及んでいる。しかし、内容によっては古くからの習慣と対立するものもあり、門人たちの活動はそうしたさまざまな問題を乗り越えて実践されたものだった。そうした習俗改変の形跡は門人たちの墓制にも見ることができる。性学関係者の墓地は各地に設立された教導施設に付随して形成されたが、そこでは在地の墓制とは異なる彼等独自の墓制が行われ、現在まで続いている場所もある。しかし明治期後半以降の性学活動の沈滞化にともなって、各地に残るそれらの墓地も開設当所の意味は薄らぎ、現代的な墓地へと大きく変更されつつあるのが現状である。本稿はそうした性学門人の特徴ある墓制を性学墓として捉え、現状および聞き取り情報も含めて関連する資料をできるだけ紹介することを第一の目的とした。併せてこれまで研究対象とされてこなかった性学墓を、幽学研究の舞台へはじめて登場させようとするものである。
中村, 俊夫 Nakamura, Toshio
タンデム加速器と質量分析計を組み合わせた加速器質量分析(AMS)技術による天然の極微量元素測定の方法は,アメリカ合衆国とカナダを舞台にして1976年から1977年にかけて開発され,1980年代には早くも実用の段階に入った。その一つが放射性炭素¹⁴C測定による年代測定であり,考古学・地質学の年代測定に関連して新たな応用研究の分野が開拓されている。
山元, 淑乃 Yamamoto, Yoshino
本研究は、文型積み上げ式シラバスにより初級日本語学習を修了した学習者の課題遂行能力を測定し、その教育効果や問題点を検証することを目的とする。文型積み上げ式シラバスによる4ヶ月間の初級日本語集中コース修了生20名に対し、「JF 日本語教育スタンダード準拠ロールプレイテスト」を実施し、その課題遂行能力を評価した。また質問紙とインタビューにより、受講生たちの学習に対する態度や志向を調査した。ロールプレイテストの結果、20名の研究参加者のうち、5名がB1レベル、9名がA2レベル、5名がA1レベル、A1に達しない者が1 名という判定であった。質問紙の回答結果とインタビューの質的分析からは、【学習目標の変質】【全理解志向】【知識と実践の乖離】【媒介語の希求】【絶対的文法理解】といった受講生達の志向や心理が浮き彫りになった。
真柳, 誠 友部, 和弘
江戸時代、中国の知識は多く書籍を介して伝えられ、日本文化の各面に受容されてきた。日本の伝統医学、本草学、博物学も例外ではない。日本文化の江戸期における発展と深化に、中国書が果たした役割は考慮されるべきである。
鈴木, 淳 SUZUKI, Jun
小宮山木工進昌世は、将軍吉宗に抜擢された逸材として、享保年間、代官に任じて令名を馳せたが、享保末年には、年貢の金穀延滞を責められて、罷免されるに至った。学芸家としては、和歌、有職学を京都中院家について修め、漢籍は太宰春台の門に学んでおり、雑史、随筆類から尺牘学にわたる、和漢の著述若干をなし、学芸史上特異な足跡を印した。本稿は、昌世の出生から、代官職を追われるまでの、前半生の年譜考証である。
上野, 和男 Ueno, Kazuo
最近とくに一九七〇年代以降、社会人類学・日本民俗学・社会学・宗教学などにおいて祖先祭祀研究が極めて活発に行われるようになってきた。一九七〇年以前の研究はフォーテス・Mのアフリカ研究がそうであったように、単系出自集団と祖先祭祀との関係であった。日本においてもこの時期の研究は、単系出自集団である同族組織や家と祖先祭祀の研究が中心であったが、一九七〇年以降の研究は、単系出自集団以外の親族組織と祖先祭祀との関係に関心があつまってきた。
田中, 寛二 Tanaka, Kanji
本研究は、大学生の交通規範意識と享楽的運転志向との関連性を投影法心理検査のひとつであるP-Fスタディを用いて明らかにすることを目的として行われた。交通規範意識の測度として、田中(2003)と同様、公道と大学構内での各種の交通違反に関する許容性と行動傾向を用いた。大学生71人分のデータの分析結果から、享楽的運転志向と公道での違反行動傾向及び大学構内での違反公道傾向の間に有意な相関係数が求められた。また規範意識各変数とP-Fスタディの変数との関係を検討した結果、享楽的運転志向が実際の違反行為に至る傾向と結びついたような場合は、P-Fスタディは無責的な傾向の低さ、自我防衛的傾向の高さ、障害優位傾向の高さなどが統計的に明らかにされた。これらの結果が、P-Fスタディの各得の意味から解釈された。
鳥越, 皓之 Torigoe, Hiroyuki
民俗学において,「常民」という概念は,この学問のキー概念であるにもかかわらず,その概念自体が揺れ動くという奇妙な性格を備えた概念である。しかしながら考え直せば,逆にキー概念であるからこそ,民俗学の動向に合わせてこの概念が変わりつづけてきたのだと解釈できるのかもしれない。もしそうならば,このキー概念の変遷を検討することによって,民俗学の特質と将来のあり方について理解できるよいヒントが得られるかもしれない。
遠藤, 徹 Endo, Toru
現代日本の音楽学は欧米の音楽学の輸入の系譜をひく研究が支配的であるため、今日注目する者は必ずしも多くはないが、西洋音楽が導入される以前の近世日本でも旺盛な楽律研究の営みがあった。儒学が官学化し浸透した近世には、儒学者を中心にして、儒教的な意味における「楽」の「律」を探求する学が盛んになり独自の展開を見せるようになっていたのである。それは今日一般に謂う音楽理論の研究と重なる部分もあるが、異なる問題意識の上に展開していたため大分色合いを異にしている。
後藤, 雅彦 Goto, Masahiko
本稿では農業に関する考古学研究(農業考古)の中で収穫具について、中国漢代の画像石(磚)(「漁猟収穫画像磚」) と琉球列島の『八重山蔵元絵師画稿集』の「八重山農耕図」という図像資料に描かれている稲の収穫についてとりあげ、図像資料の有効性を検討した。そして、図像資料は対象(作物) ・方法・道具(収穫具)の同時代での相関関係を示すものであり、さらに図像資料を媒介して考古学資料、文献史料、そして民族・民俗学事例の研究上の接点が浮かびあがってくると考えた。
吉田, 安規良 柄木, 良友 富永, 篤 YOSHIDA, Akira KARAKI, Yoshitomo TOMINAGA, Atsushi
平成22年度に引き続き、平成23年度も琉球大学教育学部附属中学校は「体験!琉球大学 -大学の先生方による講義を受けてみよう-」と題した特別講義を、総合的な学習の時間の一環として全学年の生徒を対象に実施した。「中学校で学んでいることが、将来どのように発展し社会や生活と関わるのか、また大学における研究の深さ、面白さを体験させる」という附属中学校側の意図を踏まえて、筆者らはそれぞれの専門性に裏打ちされた特別講義を3つ提供した。そのうちの2つは自然科学(物理学・生物学)の専門的な内容に関する講義であり、残りの1つは教師教育(理科教育学)に関するものである。今回の3つの実践は、「科学や学問の世界への興味、関心を高める」と「総合キャリア教育」という観点で成果が見られ、特に事後アンケートの結果から参加した生徒達の興味を喚起できたと評価できる。しかし、内容が理解できたかどうかという点では、全員が肯定的な評価をしたものから、評価が二分されたものまで様々であった。
益岡, 隆志 MASUOKA, Takashi
複文構文プロジェクトの目的は,日本語複文構文研究のさらなる発展の可能性を提示することである。考察対象に連用複文構文と連体複文構文の両方を掲げるとともに,歴史言語学,コーパス言語学,対照言語学などからの広範なアプローチを試みる。本報告では,複文構文プロジェクトの研究成果のなかから,2つの話題を紹介する。1つは連用節と連体節における接続形式の現れ方に関する言語類型の問題であり,もう1つはテ形節の定形性/非定形性の問題をめぐる話題である。
今里, 悟之 Imazato, Satoshi
日本の農山漁村集落の小地名については,これまで民俗学・地理学・社会言語学などで研究が蓄積されてきたが,耕地における,より微細なスケールの通称地名である「筆名(ふでな)」については,ほとんど研究が行われてこなかった。本稿では,その基礎的研究として,1960年代の長野県下諏訪町萩倉(はぎくら)(農山村)と京都府伊根町新井(にい)(漁村)を事例に,水田と畑地の筆名における命名の基準と空間単位について検討した。
石黒, 圭
日本語教育の目的が学習者による日本語運用力の獲得にあり、日本語教育学の目的がその獲得を支援する日本語習得支援研究であると考えると、日本語教育学では、学習者が日本語という言語をどのように身につけていくのか、その習得過程を記述・分析する基礎資料、すなわち学習者コーパスの構築が必要になる。ところが、新型コロナウィルス感染症の世界的流行により、JFL 環境で学ぶ海外の学習者のもとを訪れての現地調査も、JSL 環境で学ぶ国内の留学生との対面調査も困難になってしまった。そこで、本稿では、現地調査や対面調査を行うかわりに、オンライン環境を活用して収集する作文コーパス、会話コーパス、ゼミ談話コーパスの収集法を紹介した。たとえコロナが終息したとしても、パンデミックの状況下で急速に発展したオンライン・コミュニケーションが今後衰退化することは考えにくく、むしろポストコロナ時代にあっては、オンライン・コミュニケーションにおける学習者の日本語運用のデータ蓄積が重要になる。その意味でも、本稿で示したようなオンライン環境を活用した調査法の試行錯誤と研究者間での情報共有が、日本語教育学の発展のカギとなると見込まれる。
友寄, 全志
令和3年度プロフェッサー・オブ・ザ・イヤーの受賞対象となった物理学実験で工夫したこと、特に実験の動画およびレポートの評価で心掛けた点を紹介する。
藤田, 義孝
サン= テグジュペリが地球と人間のあり方を新しい視点で捉える上で飛行機が大きな役割を果たしたことはよく知られているが,当時の地質学もまた作家の自然観・人間観の形成に寄与したのである。『夜間飛行』(1931 年)にはウェゲナーの提唱した大陸移動説の知識が見て取れるし,『人間の大地』(1939 年)には地質学的考察が主となるエピソードが存在している。本研究では,これらの作品の記述を分析した後,『星の王子さま』(1943 年)を視野に入れてサン= テグジュペリの自然観と人間観を概観し,地質学の知見が彼の思想と文学に何をもたらしたかを検討する。
北川, 浩之
日本文化は日本の自然や社会と親密に結びついている。日本文化をより深く理解するには、その歴史的な変遷を明らかにする必要がある。そのためには正確な時間目盛が必要不可欠である。さらにそれは、国際的な比較から日本文化の研究を進める場合、世界的に認知された共通の時間目盛である必要がある。そのような時間目盛の一つに「炭素14年代」がある。炭素14年代は考古学、歴史学、人類学、第四紀学、地質学などの日本文化に深く関係する研究分野に有益な情報を与えてきた。これらの研究分野に炭素14年代を適用する際、年代測定に用いることができる試料の量が限られ、試料の量の不足から年代測定できないことが往々にある。したがって、少量試料の炭素14年代測定法の確立が望まれている。
宮本, 友樹 片上, 大輔 重光, 由加 宇佐美, まゆみ 田中, 貴紘 金森, 等 吉原, 佑器 藤掛, 和広 Miyamoto, Tomoki Katagami, Daisuke Shigemitsu, Yuka Usami, Mayumi Tanaka, Takahiro Kanamori, Hitoshi Yoshihara, Yuki Fujikake, Kazuhiro
本稿では,自動車運転者の属性と運転状況に応じて発話戦略をポライトネス理論に基づいて選択し,音声合成発話によって運転を支援するエージェントを提案する。提案するエージェントシステムは,運転者の年代,性別,性格,運転歴,運転特性などの属性情報を考慮したうえで,受容性の高い発話戦略を選択し,支援を行う。ここでは,提案システムの開発に向けた調査として,運転支援場面を映した動画を用いて運転支援エージェントに対する印象評価実験を行った。特に,日本語会話における特徴的な心理的距離の表現方法である文末スタイルの違いに着目した。実験の結果,非敬語を用いるエージェントは,親密度の向上に有効である可能性が示唆された。一方で,敬語を用いるエージェントは慎重であるという印象を与え,正確に情報を伝えていると感じさせる可能性が示唆された。
藤尾, 慎一郎 Fujio, Shin'ichiro
本稿は西日本における縄文時代後・晩期から弥生時代前期にかけて,植物質食糧獲得の手段がどのように変化するか検討したものである。後・晩期には雑穀・穀物を対象とした栽培の存在が主張されてきたが,考古学的にも自然科学的にも決め手にかける状況が続いている。原因はこの時期にみられる考古学的な変化が,水稲栽培が始まるときにみられる変化ほど直接的でないことにあるので,後・晩期における考古学的な変化が縄文文化の枠内だけで説明できるのか,説明できないのか調べる必要がある。
橋本, 章 Hashimoto, Akira
宮座に関する研究は、かつては歴史学や民俗学、そして社会学など数々の分野がその研究対象として注目してきた課題であった。それは、ひとつには宮座を題材とした研究について、歴史学や社会学など数多の分野の研究者が取り組むという、学際的な雰囲気のなかでその議論が醸成されてきたこととも深くかかわっているようにも見受けられる。しかしながら、研究課題の細分化が進んだ昨今の状況では、宮座を主題化した研究がさほどの進展を見せないまま沈滞するに至っている。しかし、民俗として各地に伝承されている宮座事例は、村落史や村落共同体のあり方を解明する指標として有効である。宮座という課題を今一度各分野それぞれの研究の俎上にのせるためには、これまでの議論がどのような背景を持つ研究者からどのように提示され、またその議論が展開されてゆく過程で、その対象となった事例がどのように取り扱われてきたのかを検証する必要があるものと思われる。
佐藤, 健二 Sato, Kenji
本稿は近代日本における「民俗学史」を構築するための基礎作業である。学史の構築は、それ自体が「比較」の実践であり、その学問の現在のありようを相対化して再考し、いわば「総体化」ともいうべき立場を模索する契機となる。先行するいくつかの学史記述の歴史認識を対象に、雑誌を含む「刊行物・著作物」や、研究団体への注目が、理念的・実証的にどのように押さえられてきたかを批判的に検討し、「柳田国男中心主義」からの脱却を掲げる試みにおいてもまた、地方雑誌の果たした固有の役割がじつは軽視され、抽象的な「日本民俗学史」に止められてきた事実を明らかにする。そこから、近代日本のそれぞれの地域における、いわゆる「民俗学」「郷土研究」「郷土教育」の受容や成長のしかたの違いという主題を取り出す。糸魚川の郷土研究の歴史は、相馬御風のような文学者の関与を改めて考察すべき論点として加え、また『青木重孝著作集』(現在一五冊刊行)のような、地方で活躍した民俗学者のテクスト共有の地道で貴重な試みがもつ可能性を浮かびあがらせる。また、澤田四郎作を中心とした「大阪民俗談話会」の活動記録は、「場としての民俗学」の分析が、近代日本の民俗学史の研究において必要であることを暗示する。民俗学に対する複数の興味関心が交錯し、多様な特質をもつ研究主体が交流した「場」の分析はまた、理論史としての学史とは異なる、方法史・実践史としての学史認識の重要性という理論的課題をも開くだろう。最後に、歴史記述の一般的な技術としての「年表」の功罪の自覚から、柳田と同時代の歴史家でもあったマルク・ブロックの「起源の問題」をとりあげて、安易な「比較民俗学」への同調のもつ危うさとともに、探索・博捜・蓄積につとめる「博物学」的なアプローチと相補いあう、変数としてのカテゴリーの構成を追究する「代数学」的なアプローチが、民俗学史の研究において求められているという現状認識を掲げる。
大畑, 孝二 Ohata, Koji
著者は自然科学の分野における鳥類学及び保全鳥類学の立場で共同研究者として参加した。水田は様々な鳥類が生息,繁殖の場として利用するとともに環境保全の立場からもどのような水田環境が望ましいのかという研究がされ,その保全活動が各地で実践されている。
下地, 敏洋 Shimoji, Toshihiro
本事例報告は、観光産業科学部の提供科目である「長寿の科学」において、著者が担当した「老年学への招待-サクセスフル・エイジングを通して-」の講義内容に基づくものである。
神里, 美智子 岸本, 恵一
本研究は,「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実へ向けてより効果的な指導に寄与するため,多様な学び方を経験し自分に必要な学び方を選択する学習に取り組んだ85 名の生徒を対象に,学習への興味等と,学び方に関する質問紙調査を実施した。その結果,①友達と一緒に考えながら取り組む楽しさについて9割を超える生徒が肯定的に捉えていること,また,答えは自分で考えて探していくものだと思うことについて8割以上の生徒が肯定的に捉えていることが示唆された。多様な学び方を経験し自分に必要な学び方を選択する学習の中に,他者と協働しながら学びを進めることの楽しさやよさを実感する要素や,学びを自分自身の力で獲得するといった学習観をもつことができる要素が含まれていることが示唆された。②学び方について,9割以上の生徒が友だちと勉強を教えあうことを,また,7割以上の生徒が自分に合った勉強のやり方を工夫したり,考えても分からないことは先生に聞いたりすることを選択しながら学習を進めていることが示唆された。③授業の内容が理解できていると感じている生徒は,考えても分からないことは先生に聞いたり,問題を解いた後ほかの解き方がないかを考えたり,授業で習ったことを自分でもっと詳しく調べたりしながら学習を進めている可能性が示唆された。
安藤, 広道 Ando, Hiromichi
「水田中心史観批判」は,過去四半世紀における日本史学のひとつのトレンドであった。それは,文化人類学,日本民俗学の問題提起に始まり日本文献史学,考古学へと拡がった,水田稲作中心の歴史や文化の解釈を批判し,畑作を含む他の生業を視野に入れた多面的な歴史の構築を目指す動きである。その論点は多様であるが,一方で日本文化を複数の文化の複合体とし,水田中心の価値体系の確立を律令期以降の国家権力との関係で理解しようとする傾向が強く認められる。そして考古学の縄文文化,弥生文化の研究成果も,その動向に深く関わってきた。
宇佐美, まゆみ 張, 未未 USAMI, Mayumi ZHANG, Weiwei
日本語学習者にとって終助詞の適切な使用は,日常のコミュニケーションを円滑に行う上で重要である。本研究では,『BTSJ日本語自然会話コーパス(2020年版)』に収録されている,日中接触場面の雑談における日本語母語話者と上級・初級日本語学習者による終助詞「ね」「よ」「よね」の使用実態を場面別に調査した上で,学習者による不自然な用例を中心に考察した。その結果,①母語話者は初対面会話と友人同士の会話とで終助詞の使い分けが明確であるのに対して,上級学習者は場面による使い分けが不明確であった。②上級学習者は,初対面会話と友人同士の会話のいずれにおいても,「よ」を多用する傾向にあった。③初級学習者は,母語話者のみならず,上級学習者と比べても終助詞の使用率が低く,その中でも「よ」と「よね」に関しては,不自然な使用が多かった。④学習者による不自然な終助詞の使用は,「文」としては問題がなくとも,前後の文脈や状況を考慮すると不自然になるものも多く,不自然になる原因を一要因に特定することが困難であること,そのため,学習者の終助詞を使用する際の心理を考慮することも重要であることが明らかになった。これらの結果から以下の4点が明らかになった。①からは,人間関係による終助詞の使い分けと配慮を会話教育に取り入れる必要性があること,②に関しては,「よ」の多用は相手に押し付けがましい印象を与えてしまう恐れがあるため,教育上注意する必要があること,③に関しては,文脈を提示して終助詞を経験的に習得させる必要があること,④に関しては,学習者のコミュニケーション能力の育成につなげるためには,単文レベルではなく,文脈と発話時の心理も考慮した終助詞の指導方法の開発が必要であることである。理論的には,今後,各終助詞の機能を談話レベルの文脈と関連づけて,体系的に説明する方法を探る必要があることが示唆された。
呂, 政慧
本論文は、清朝末期の中国湖北省師範留学生が編纂した音楽教科書『音楽学』(一九〇五年)を取り上げ、近代における曲の越境をめぐる受容と変容の問題を論ずるものである。まず先行研究を参照しつつ、中国・日本・西洋それぞれにおける「唱歌」の概念とその変遷及び中日における唱歌教育の歴史を振り返ったうえ、『音楽学』の編纂者や出版情報の分析に基づき、本書が中日音楽交流史における重要な位置を占めることを明確にした。次に、『音楽学』所収の四十二曲の唱歌が参照した元歌を可能な限り検証し、『音楽学』の唱歌と日本、更に西洋の曲との受容関係を表で示した。最後に、日本の曲に新たに中国語の歌詞が付された唱歌を歌詞の変化の度合いにより「翻訳唱歌」と「翻案唱歌」に分類し、それぞれ元歌との比較分析を行った結果、日本人の民族精神を高揚させる日本の唱歌から中国の民族精神を高揚させる中国の唱歌に変貌をとげたことも指摘できた。
松木, 武彦 Matsugi, Takehiko
AMSによる放射性炭素年代測定法の高精度化によって,型式学を基礎として把握されたさまざまな考古学的現象の時間幅を精確に把握することができるようになった。それにより有効性が増した作業の一つに,土器型式ごとの遺構・遺物量の算定などからする人口変動の復元がある。
中村, 完 新里, 里春 島袋, 恒男 井村, 修 Nakamura, Tamotsu Shinzato, Rishun Shimabukuro, Tsuneo Imura, Osamu
千葉, 康成 島袋, 恒男 Chiba, Yasunari Shimabukuro, Tsuneo
横山, 詔一 石川, 慎一郎
オープンサイエンスの推進に必要不可欠なプレプリントの公開に着眼し、それが言語系研究の成果発表や大学院教育の在り方にどのような影響を与えつつあるのか、また、そこにどのような可能性と問題があるのかを概観する。第2節では日本語対応プレプリントサーバーであるJxivが誕生した背景について述べる。第3節ではプレプリントの倫理面における諸問題を取り上げる。著作権法等に関する法律的側面には立ち入らず、研究者同士の信頼関係に影響するかもしれない心理的側面について議論する。第4節ではプレプリントサーバーを言語系大学院教育で活用する意義を示し、授業実践の例を紹介する。そして、第5節では研究者SNSであるResearchGateを公刊済み論文のプレプリントの公開プラットフォームとして使用する可能性と課題について概観し、機関レポジトリとの関係についても言及する。最後に、第6節において本稿の議論を総括する。
小川, 由美 上地, 完治 上村, 豊 道田, 泰司 村上, 呂里 浅井, 玲子 小田切, 忠人 加藤, 好一 藤原, 幸男 吉田, 安規良 Ogawa, Yumi Uechi, Kanji Uemura, Yutaka Michita, Yasushi Murakami, Rori Asai, Reiko Kodagiri, Tadato Katou, Yoshikazu Fujiwara, Yukio Yoshida, Akira
琉球大学教育学部学校教育教員養成課程小学校教育コース教育実践学専修は、教育課程の理念として、「早期から系統的な教育実践経験を継続的に積ませ、実践と理論とを往還的に学ぶ機会を繰り返し提供する」ことをめざしている。教育実践学専修の概要とその特色あるカリキュラムについては『日本教育大学協会研究年報』第30集にも掲載されている。本報では、その特色あるカリキュラムの中から、専修専門科目で必修の実習科目でもある「小学校教育フィールドワークⅠ」(以下「FWⅠ」と略記)及び「小学校教育フィールドワークⅡ」(以下「FWⅡ」と略記)に焦点をあて、このFWⅠならびにFWⅡが従来の教育実習体系の間隙を時系列的にも内容的にも埋めて、体系的・継続的な教育実践経験を通した教員養成のために非常に有意義であることを示したい。
吉田, 安規良 中尾, 達馬 Yoshida, Akira Nakao, Tatsuma
「自分はどうみられているか」、他者との違いが不安になる自閉症スペクトラム障害児の学齢期は発達的に重要な時期である。現在、自閉症スペクトラム障害児への支援として社会適応のスキルの獲得を目的とする訓練は多く見られるが、障害の中核とされる「他者との関係性」の発達的課題を基盤とする「私とは何ものか」を問う、「自己同一性の形成」の解明に真正面から取り組む研究や学齢期の心理的安定を支援する方法の研究は極めて少ない。そこで浦崎ら(2011)は学齢期の心理的安定をもたらす「他者との関係性」を基軸とする「関係発達的支援」を行ってきた。そして現在、支援体制の充実と複数の支援事例により「自己同一性の形成」の過程を整理する段階に研究が進んできた。そこ で本研究では「自己同一性の形成」の過程の解明および「関係発達的支援」における学齢期の支援方法やその効果を詳細に検討し、「学齢期の関係発達的支援」の開発を目指した。その開発には多様な実践事例を検証すること、学齢期のみに限定せずに幼児期や青年期も含めた他者との関係性の支援法を検討すること、支援の場における状況や文脈をも視野に入れた関係発達的支援の方法を検討すること等の今後の課題の解決を目指すことが必要となる。 本研究では,平成27年度の実践が受講学生の受講前後段階での自己分析にどのような影響を及ぼしているのか,教員として求められる4つの事項の修得状況をどのように自己評価しているのか,一連の実践後の自己評価と他者評価の結果の差を検証するとともに平成24年度から平成27年度まで一連の実践で得られた学生の変容の経年変化や差異を検証した。 平成27年度の実践は,教育実践学専修に所属する7名の受講学生で実施された。これまでの実践よりも受講学生が少ないこともあり,受講学生はそれぞれ1つの企画を独自に担当し,担当した企画に対する全責任を自分1人で担う形で活動した。自己評価・他者評価に特徴が見られた3名はいずれも「協働すること」からそれぞれに学びを深めていた。自己評価(事前)が最低の者は,同期や目上の立場の人間から自分の意見を否定されるのを恐れており,そこに課題があると認識していた。自己評価(事前)が最高の者は「仕事をこなす力」が身についたと認識する一方,もっと他人を頼ればより高いものに迫れたと「頼れなかった自分」を反省していた。他者評価(事後)が最高だった者は「頼ること」で高い目標に迫れたと認識していた。どの年度でも沖縄こどもの国と連携した教職実践研究・教職実践演習を履修することを通して,受講学生は教員として必要な能力をおおむね身につけていたと評価しており,概して他者評価の方が自己評価に比べて高い傾向が見られた。また,受講学生が単一専修・コースだけで構成されるよりも,複数の専修・コースで構成された方が,教育効果は高いこと,受講学生が企画・運営の表舞台に立つ機会が多いと責任感や使命感に対する認識に高まりが見られることが示唆された。
河辺, 俊雄 山内, 太郎 大西, 秀之 KAWABE, Toshio YAMAUCHI, Taro ONISHI, Hideyuki
本研究ユニットは、ラオス国内における生態学的環境を異にする複数の地域において、地域住民の生活環境への生物学的適応と社会文化的適応を同時に評価することを目的とする。特に「身体」に焦点を当て、人びとの形態と行動(活動)を規定している要因について、生物学的側面から社会文化的側面に至るまでを射程に入れ、さらにはその相互作用について検討する。また、開発や市場経済化などの「近代化」に起因するライフスタイルの変化が身体の形質や活動に及ぼしている影響を把握するとともに、その現在までの歴史的変遷を世代間や地域間などの比較を通して考察する。
大西, 拓一郎 ONISHI, Takuichiro
言語地理学は,その学術的展開とともに語形分布の2次元空間的配列関係を基盤とした歴史的解釈に目的を焦点化させるに至ったが,そのような方法では,例えば待遇表現のように地域が持つ社会的特性と言語が関連を持つ事象の分析に十分対処することができない。また,配列関係に基づく解釈においても,その背景にある地理的情報を検討することは必要である。本来,言語地理学は言語外の情報と言語情報を空間的に照合することで,言語=方言と人間の実生活との関係を見ていくことに,そのダイナミズムがあった。そのような出発点に立ち戻るなら,地理情報システム(GIS)は,言語地理学を再生させるための大きなキーとなるものである。
大門, 哲 Daimon, Satoru
民俗学における稲作特化保障論の近年の関心は,内部資源の多面的利用,いいかえれば家の個別生計状況に集中しているが,いうまでもなく,家をとりまく政治力学を看過することはできない。今回とくに注目したいのは,民俗学で旧来等閑視されてきた耕地整理事業の意義である。
末吉, 敏恭
令和元年度大学教育改善等経費にて採択された微分積分学等の数学的素養不足者に対する学習サポート事業について,実施目的,実施方法とその成果を報告する。
浅原, 正幸 小野, 創 宮本, エジソン 正 Asahara, Masayuki Ono, Hajime Miyamoto, Edson T.
Kennedy et al. (2003)は,英語・フランス語の新聞社説を呈示サンプルとした母語話者の読み時間データをDundee Eye-Tracking Corpusとして構築し,公開している。一方,日本語で同様なデータは整備されていない。日本語においてはわかち書きの問題があり,心理言語実験においてどのように文を呈示するかがあまり共有されておらず,呈示方法間の実証的な比較が求められている。我々は『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(Maekawa et al. 2014)の一部に対して視線走査法と自己ペース読文法を用いた読み時間付与を行った。24人の日本語母語話者を実験協力者とし,2手法に対して,文節単位の半角空白ありと半角空白なしの2種類のデータを収集した。その結果,半角空白ありの方が読み時間が短くなる現象を確認した。また,係り受けアノテーションとの重ね合わせの結果,係り受けの数が多い文節ほど読み時間が短くなる現象を確認した。
種村, 威史 TANEMURA, Takeshi
近世の文書社会については、近世史料学やアーカイブズ学の進展によって、その特質が解明されつつあるといってよい。ただし、文書のライフサイクルについていえば、作成・授受、管理・保存、引継ぎについては研究成果が蓄積されているのに対して、廃棄に関しては立ち後れている。中世史料学において、政治組織の特質との関連で廃棄の問題を論じていることを考えれば、近世史料学においても、近世社会の特質との関連で検討する必要がある。そこで、本稿では、幕府によって「民間」より回収された徳川将軍文書の焼却を事例とし文書焼却を検討した。その結果、焼却が将軍文書の効力を抹消する唯一の方法であること、焼却方法が喪葬に酷似した作法を伴うものであったこと、その背景には文書に対して将軍のイメージを投影するかのような文書認識が存在していたこと等を明らかにした。
奥野, 由紀子 リスダ, ディアンニ OKUNO, Yukiko RISDA, Dianni
本研究は,日本語学習者を対象として収集したストーリー描写の「話す」課題と「書く」課題のデータに違いが見られるか,その要因は何かを探索的に分析するものである。作業課題による中間言語の変異性(variability)は70年代から調査されており,Tarone(1983)は,中間言語の作業課題による共時的な変異の原因は,注意量の差であると主張している。今回使用するデータは,現在進行中の学習者コーパス構築のためのプロジェクトの調査データの一部であり,5コマ漫画の描写を使用する。日本語能力に差のないインドネシア語,英語,タイ語,中国語,ドイツ語を母語とする5か国の学習者15名ずつ計75名を対象として分析する。分析の結果,対象箇所の描写には,大きく以下の4パターンが見られた。(犬に食べ物を)(1)「食べられてしまいました・食べられてしまった」など「受身+しまった」を使うパターン,(2)「食べられました」と受身を使用するパターン,(3)「食べてしまいました」と「動詞+てしまう」を使うパターン,(4)「食べました」と単純過去を使用するパターン。また,「話す」課題と「書く」課題でそれらのパターン使用にどのような違いがあるかを分析し,「書く」課題で「話す」課題よりも複雑なパターンになるケースが多いものの,違いがないケースもほぼ同数存在したこと,また,複雑な形式であるがゆえに正確さが落ちる場合もあること,正確さを高めるためにより単純な形式を使用する場合もあることなどが明らかとなった。これらの事例を通し,課題の違いに見られる中間言語変異性には学習者の言語的知識,自らの運用を客観視するメタ言語的知識,運用に至る構成的処理過程を支える心理言語学的知識という各知識レベルが関与している可能性を指摘する。
春成, 秀爾 Harunari, Hideji
縄文・弥生土器の編年体系は,世界の先史土器の中でもっとも細密なものである。その基礎をつくった一人である山内清男は,層位学と型式学を駆使して縄文土器の編年に取り組み,1937年に,縄文土器型式を細別すると同時に,早期・前期・中期・後期・晩期に大別した。各時期は,関東・東北地方では平均5土器型式から成っていた。
岩本, 通弥 Iwamoto, Michiya
本稿は「民俗の地域差と地域性」に関する方法論的考察であり、文化の受容構造という視角から、新たな解釈モデルの構築を目指すものである。この課題を提示していく上で、これまで同じ「地域性」という言葉の下で行われてきた、幾つかの系統の研究を整理し(文化人類学的地域性論、地理学的地域性論、歴史学的地域性論)、この「地域性」概念の混乱が研究を阻害してきたことを明らかにし、解釈に混乱の余地のない「地域差」から研究をはじめるべきだとした。この地域差とは何か、何故地域差が生ずるのかという命題に関し、それまでの「地域差は時代差を示す」とした柳田民俗学に対する反動として、一九七〇年代以降、その全面否定の下で機能主義的な研究が展開してきたこと(個別分析法や地域民俗学)、しかしそれは全面否定には当たらないことを明らかにし、柳田民俗学の伝播論的成果も含めた、新たな解釈モデルとして、文化の受容構造論を提示した。その際、伝播論を地域性論に組み替えるために、かつての歴史地理学的な民俗学研究や文化領域論の諸理論を再検討するほか、言語地理学や文化地理学などの研究動向や研究方法(資料操作法)も参考にした結果、必然的に自然・社会・文化環境に対する適応という多系進化(特殊進化)論的な傾向をとるに至った。すなわち地域性論としての文化の受容構造論的モデルとは、文化移入を地域社会の受容・適応・変形・収斂・全体的再統合の過程と把握して、その過程と作用の構造を分析するもので、さらに社会文化的統合のレベルという操作概念を用いることによって、近代化・都市化の進行も視野に含めた、一種の文化変化の解釈モデルであるともいえよう。
池上, 大祐
本稿は、教員養成を意識した大学における歴史教育の在り方を考察することを目的とする。具体的には、琉球大学歴史学講義科目「歴史総合」を事例に、非教育学部系における歴史学専門カリキュラム構成、科目特性、講義内容、講義方法、講義に対する学生の反応を分析する。2022年度から新高等学校学習指導要領にもとづき、知識・技能、思考力・判断力、主体的に学びに向かう姿勢といった、いわゆる「学力の三要素」を涵養する「歴史総合」「世界史探究」「日本史探究」が順次新設されることを受けて、これらの新科目を担当できる教員の資質とは何かを、教員養成課程を設置している歴史学専門教育はどのような講義構成の工夫が必要になるのか、改めて考察する必要があることを指摘する。
福嶋, 秩子 FUKUSHIMA, Chitsuko
アジアとヨーロッパの言語地理学者による各地の言語地図作成状況と活用方法についての国際シンポジウムでの発表をもとに,世界の言語地理学の現状と課題を概括する。まず,言語地図作成は,方言境界線の画定のため,あるいは地図の分布から歴史を読み取るために行われてきた。さらに言語学の実験や訓練の場という性格もある。地図化にあたり,等語線をひいて境界を示すこともできるが,言語の推移を示すには,記号地図が有用である。また,伝統方言の衰退もあって社会言語学との融合が起き,日本ではグロットグラムのような新しい調査法が生まれた。情報技術の導入により,言語地図作成のためのデータは言語データベースあるいは言語コーパスという性格が強まった。コンピュータを利用した言語地図の作成には,1.電子データ化,2.一定の基準によるデータの選択・地図化,3.他のデータとの比較・総合・重ね合わせ・関連付け,4.言語地図の発表・公開,という4段階がある。最後に,言語地図作成の課題は,言語データの共有・統合,そして成果の公開である。
道田, 泰司 吉田, 安規良 浅井, 玲子 Michita, Yasushi Yoshida, Akira Asai, Reiko
琉球大学教育学部が「質の高い小学校教員養成を強化すること」を目指して学生教育組織を改組した結果として誕生した学校教育教員養成課程小学校教育コース教育実践学専修の1期生が大学教育に何を求めているのかについて調査することを通して、教員養成学部の学生が大学教育に何を求めているかについて検討し、「教員として最小限必要な資質能力を確実に身に付けさせる」「学び続ける教員像」に対応した大学のカリキュラム改革の一助となる基礎資料を作成した。学生の声を分析した結果、小学校教員志望の学生は実践や教育実習、学校現場や教員の実際に関わる科目や実践とのつながりが見える授業を求めている傾向が見られた。科目区分ごとにみると共通教育科目では楽しく分かりやすく学習内容を、教職科目では教員として指導する立場になったときのことを考える授業を、教育学部科目では公立小学校や離島を体験したり、他者の体験を聞いたりすることを、専修専門科目では、実際の現場や実践記録など、教育実習に役立つことを学生はそれぞれ求めている傾向が見られた。
金城, 克哉 Kinjo, Katsuya
本論文は、近年注目を集めているコーパス言語学の概要を示し、同時に言語教育への応用とフリーソフトウェアを用いた分析方法を紹介するものである。コーパス言語学は、コーパスを利用して言語分析を進める研究方法の分野として近年盛んに議論され、様々な論考もすでに多くある。ここでは短いながらもどのような研究分野があるのか、それが日本語教育と英語教育にどのように応用できるのか、また実際の分析はどのようにすればよいのかを論じる。
木村, 慶太 山田, 幸生 中牧, 弘允
南米発祥のエケコ人形について文化人類学的な視点を提示し,それにもとづき製作を行った。
後藤, 雅彦 主税, 英德 仲程, 祐輝
本報告は、2023年度に実施した琉球大学考古学研究室の研究活動として、①久米島銭田貝塚周辺の調査、②久米島の蔵元跡の研究、そして大学院生の実施した③台湾調査について報告する。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
2007年10月に中国北京日本学研究センターで開催された国際シンポジウムにおいて,最近の日本語研究の新動向の一つとして,「言語問題への対応を志向する日本語研究」の事例を紹介した。国立国語研究所の「外来語」言い換え提案を取り上げることにより,日本語の体系や構造,あるいは日本語の使用実態に関する調査研究を基盤としながらも,さらにその先に日本語の現実の問題を見据えた総合的・実践的な「福祉言語学」の一領域が既に開拓されていることを示した。
山本, 英二 YAMAMOTO, Eiji
本稿は、幕藩前期(17世紀前半)の三河国山間部を事例に、年貢割付状・年貢皆済目録・年貢小請取といった年貢文書について、史料学的な検討を試みたものである。
琉球医学会事務局
2010年10月8日(金)に開催された、琉球大学附属図書館・広島大学図書館ShaRe2共催研修会「共同リポジトリの現状と今後 ~沖縄地域学リポジトリ正式公開を迎えて~」における講演スライド。
栗田, 則久 Kurita, Norihisa
大原幽学によって、天保年間に下総地方東部の農村を舞台に展開していった性学という思想については、先学諸氏によって研究されてきたところであるが、この思想が在地の伝統的習俗である墓地にどのように反映しているか、山田町府間地区に所在する帰命台地区・小日向地区二か所の性学墓の測量調査を通してみてみると、村の伝統的墓制に適合していくという意識はなかったようである。両地区に共通する長方形を意図した規模の大きな土塁築造、性学型墓石の採用、男女を区別した埋葬など、それまでの村の伝統的な墓地にはみられない独自の新しい葬制を採り入れている。そこには、村の中での性学の合理的思想の浸透とはまた違った意味で、墓制という伝統的習俗までは踏み込むことができなった一側面が存在していたことが考えられる。
安室, 知 Yasumuro, Satoru
水田漁撈に用いられる漁具のひとつに魚伏籠がある。その先駆的研究として八幡一郎が注目されるが,彼はいち早く魚伏籠の分布と稲作文化圏の一致を示唆した。本稿では,八幡の研究の後を受けて,主として民俗学的アプローチにより,魚伏籠と水田稲作との関係について考察し,水田漁撈具としての魚伏籠の持つ民俗学的意味を明らかにすることを目的とした。
佐藤, 雅也 Sato, Masaya
ここでの問題意識は、民衆・常民の視点、民衆・常民の側に立った史学、文化史が民間伝承の学(民俗学)の本質とするならば、語りの部分、語られた部分を基礎に、戦争をとらえていくこと。日本の民衆・常民にとって、近代の戦争体験とその後の人生を明らかにしたうえで、戦争体験の記録と語りを継承していくことを目的としている。
長田, 俊樹
小論の目的はこれまでのムンダ語族の比較言語学研究を概観することである。まず、ムンダ語族の分布と話者人口、およびそれぞれの言語についてのこれまでの研究を紹介する。そして比較言語学研究のうち、さいしょに音韻論について述べる。とくに、母音についてはいろいろと議論されてきたので、母音を中心にみる。次に形態論、統語論、語彙論について述べる。その際、インドの他の語族との関連を中心に論ずる。さいごに、オーストロアジア語族とムンダ諸語について、ドネガンらの研究を中心に述べる。
新里, 里春 市井, 雅哉 富永, 大介 金城, 昇 服部, 洋一 平田, 幹夫 シャイヤステ, 榮子 Shinzato, Rishun lchii, Masaya Tominaga, Daisuke Kinjo, Noboru Hattori, Yoichi Hirata, Mikio Shayesteh, Yoko
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