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島村, 直己 SHIMAMURA, Naomi
本稿では,サブプロジェクト「日本語の基本語彙に関する研究」の概略を述べる。先ず,教育基本語彙のデータベースについて説明した。これは,厳密には,このサブプロジェクトに先行するプロジェクトの成果だが,このサブプロジェクトはこのデータベースに多くを負っているので,ここで説明した。次いで,日本語基本語辞典の話題を取り上げた。これは,基本2000語の意味分析を行うものである。すでに基本1000語の意味分析を終了し,2冊の報告書にまとめた。今年度中に第3冊目まで出す予定である。最後に,児童・生徒を対象にした基本語彙の理解度の調査の報告を行った。児童・生徒の属性別,語彙の属性別に分析したが,児童・生徒は,漢語名詞の理解に弱点を持っていることが明らかとなった。
田中, 牧郎 TANAKA, Makiro
本プロジェクトでは,通時的な日本語コーパスの一部として必要な近代語のコーパスを設計するための研究を実施した。本プロジェクトで作成した『明六雑誌コーパス』は,単語に関する詳細な情報が付与されたはじめての近代語コーパスである。また,2005年に公開した『太陽コーパス』に対しても詳細な単語情報を付与する試行を行った。明治期から大正期を対象とするこれら二つのコーパスデータを用いて,近代語彙の変化を概観する研究を行った。その結果,漢語の数が減少し,一部の漢語が基本語化していったことが明らかになった。さらにまた,基本語化した漢語は既存の基本語との間に,意味的に使い分けられることも明らかになった。これらは,明治から大正期に新しい語彙体系が形成されていったことを示している。
パルデシ, プラシャント PARDESHI, Prashant
本稿は,国立国語研究所で2009年10月から2012年9月にかけて実施した共同研究プロジェクト「日本語学習者用基本動詞用法ハンドブックの作成」の最終成果の一部を報告し,今後の展望を述べる。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
『日本語教育のための基本語彙調査』(国立国語研究所報告78)は,6,880項目からなる日本語教育基本語彙を選定しているが,このなかに複合サ変動詞の語幹部となりうる項目が,どのくらい含まれているか明らかではない。本稿では,この6,880項目から複合サ変動詞の語幹部となりうる項目をすべて洗い出し,結果として得られた1,080項目を資料として提示する。次に,それらの複合サ変動詞が,語幹部の意味分野や語種の違いによって,どのような分布をみせるのかを概観する。また,実際に作業をするなかで気づいた問題点を指摘し,今後の課題について触れる。
上野, 善道 UWANO, Zendo
岩手県と青森県の,旧南部・津軽両藩の6地点で調査をした北奥方言動詞のアクセント報告の続稿として,4~7拍動詞の374語を対象とする。基本は無核型と次末核型の2つからなるが,動詞の全体としてはn拍にn個の区別があるアクセント体系である。3拍までの基本的な動詞35語について,それぞれ8つの活用形のアクセント資料も掲げ,その地域差も指摘する。
下地, 賀代子 SHIMOJI, Kayoko
助辞-jaは現代共通語の助辞「は」に対応し,琉球語全体で広く用いられている助辞である。だが,その研究の多くが-jaの出現形式や承接関係など形態論的な内容を示すに留まっており,その文法的機能や「意味」についての具体的な記述,また,現代共通語の「は」との違いといった観点からの考察があまりなされてこなかった。このような現状を踏まえ,本研究では多良間島方言を対象に,-jaが現れる文の基本的なタイプを明らかにし,それぞれの文の構造や機能を記述・考察した。その結果,名詞述語文と形容詞述語文のNP-ja主語は基本的に「判断の主題」を,動詞述語文のNP-ja主語は基本的に「関連の主題」を表すことを示した。またその他のja構文として,存在動詞aL述語文,否定文,対比構文などがみとめられた。
日向, 茂男 HINATA, Shigeo
日本語においても重なり語形,あるいは重ね言葉と呼んでよいような表現形式がいろいろと目に付く。ここでは,日本語の一回語形,重なり語形の問題を広く考察し,また,日本語教育上,問題となる点を考察するための基本資料の一部として,以下のふたつの資料を作成した。
石本, 祐一
音声コーパス構築において韻律ラベリングを行うためには、音声波形の基本周波数を抽出することで声の高さを数値化し、上昇・下降の程度を観察することが必要となる。一般に、『日本語話し言葉コーパス』に収録されているような雑音がほとんど存在しないクリーンな音声に対する基本周波数推定は容易であるが、日常場面のような周囲に様々な音が存在する環境で収録された音声に対しては各種の雑音の影響や発話の重複により誤った推定がなされる場合がある。本稿では『日本語日常会話コーパス』モニター版を基に、推定エラーが生じやすい日常会話音声に対して雑音抑圧や音源分離といった音声信号処理を利用することで、音声コーパス構築に向けてどの程度の基本周波数推定を行うことができるかを示す。
堀, 一成 坂尻, 彰宏
大学学部初年次生向け科学技術系日本語アカデミック・ライティング指導教材を作成する際の基礎データとするため、学術文・技術文の長単位による形態素解析を行い、用いられている(基本語彙を除く)一般動詞の頻度情報を得た。長単位形態素解析に用いたソフトウェアは、小澤俊介氏らの開発したComainu-0.72 を採用した。学術文の代表として、大阪大学に提出された理学・工学・医学・薬学などの日本語博士学位論文の本文(107件でデータ量は、全角文字数で約450万字)を、技術文の代表として、大阪産業技術研究所が公開している技術報告文(486文書、データ量全角文字数で約35 万字) を、解析の対象として選定した。より専門的な語彙を抽出するため、国立国語研究所の国語研教育基本語彙のうち、特に基本的とされる2000語に含まれる動詞を除く処理も行った。本報告では、研究の背景、ソフトウェア実行手順、得られた成果に対する考察などを紹介する。
名嶋 義直
本稿では、まず日本語教育の必要性を、社会状況/保障教育/子どもの教育/複言語・複文化主義の観点から考察する。そしていわゆる「日本語教育基本法」の制定から日本語教育に対する社会的要請を読み取り、本学の日本語教育副専攻課程の存在意義を考察する。そして最後に、さらにその要請に応えるために取り組むべき課題を挙げ、本学の日本語教育副専攻課程における今後の教育のあり方についてその展開の道筋を整理して示す。
申, 媛善 SHIN, Wonsun
日本語におけるスピーチスタイルシフトの生起要因は多くの研究から指摘されているが,それがどういった仕組みで行われているのかについては未だ十分な説明がされていない。そこで,本稿では韓国語との比較を通し,日本語のスピーチスタイルシフトが「どのように」起こるのかを考察した。日本語と韓国語による大学院生二者間の初対面会話を,日時を隔て録音し,(1)回を重ねるにつれての変化(会話間),(2)1つの会話内での変化(会話内)の2つの側面から文末スタイル使用率の変化を追った。その結果,日本語会話の場合,会話間においては基本スタイルが敬体から常体に変わり,会話内においては相手のスタイル変化に合わせる「同調」という一定のパターンが存在することが分かった。このことから,日本語話者は基本スタイルをシフトさせる過程で「同調」という手段を取っている可能性があると指摘した。「同調パターン」は,韓国語会話でも一部見られたものの,傾向として認めるほどの数には及ばなかった。
浅原, 正幸 南部, 智史 佐野, 真一郎
本稿では日本語の二重目的語構文の基本語順について予測する統計モデルについて議論する。『現代日本語書き言葉均衡コーパス』コアデータに係り受け構造・述語項構造・共参照情報を悉皆付与したデータから、二重目的語構文を抽出し、格要素と述語要素に分類語彙表番号を付与したうえで、ベイジアン線形混合モデルにより分析を行った。結果、名詞句の情報構造の効果として知られている旧情報が新情報よりも先行する現象と、モーラ数が多いものが少ないものに先行する現象が確認された。分類語彙表番号による効果は、今回の分析では確認されなかった。
上野, 善道 UWANO, Zendo
岩手県田野畑村方言の形容詞につき,5モーラ語から9モーラ語までの資料を提示し,分析をする。前稿の2~4モーラ語と合わせた形容詞のアクセント体系は次の特徴を持つ。長さを問わず,次末核型は常にある。それに対して,無核型は少数派で3~7モーラ語にしかなく,しかも5モーラ語以上では語構造に偏りがある。この2つの基本型に加えて,3~7モーラ語には語頭核型もあり,5モーラ以上の例は強いマイナス評価の意味と連動しているという特徴を持つ。
真田, 治子 SANADA, Haruko
幕末から明治初期にかけて,西欧文化との接触や文明開化の影響によって数多くの新しい単語が生じた結果,日本語の語彙はその基本的な部分にまで大きな変動がもたらされた。この研究は,そのような語彙の中でも特に学術分野の専門用語の一般化の過程をとりあげ,現代の各種基本語彙表や,明治から現代までの雑誌・新聞・テレビなど各種メディアにおける変遷を主に計量的手法によって明らかにしようと試みたものである。その結果,一部の専門用語は基本語彙表や現代メディアの比較的高頻度の階級に見られるなど,現代日本語の中核の部分に深く浸透していることがわかった。このような学術漢語の一般化の現象は特に雑誌などでは,明治初期から急激に進行し,1900年前後には現代の様相の基礎が既に形成されていたと推定される。
豊田, 悦子 久保田, 満里子 TOYODA, Etsuko KUBOTA, Mariko
本稿では,英語を母語とする日本語学習者の漢字語と仮名語における学習ストラテジーの差異を明らかにするために行った実験を,語認識処理の観点から分析を試みた。その結果,英語話者学習者は,(1)漢字語でも仮名語でも,語を部分に分割して分析的に処理(分割分析処理)を行うが,漢字語のほうがその割合が多い,(2)漢字語と仮名語とでは,異なる処理経路で分割分析を行う,(3)漢字語でも仮名語でも,分析処理後に分析したものをより大きい意味概念の中で再構築することを示した。以上の結果は,基本的なアプローチは,第一言語の習得過程で身につけた語認識のスキルによって影響を受けるが,異なるタイプの文字に対しては,その文字の特質にあった語認識処理をすることを示唆している。
ホーン, スティーブン・ライト HORN, Stephen Wright
本論文では,オックスフォード上代語コーパス(OCOJ)を利用して,上代語の主節と従属節それぞれの述語の活用形を比較しながら,接続詞を介さず活用だけでできる,連用修飾関係(いわば,直接従属関係)を研究する。節の活用形と投射との関係を考える上での基本的データを紹介する傍ら,いくつかのパターンについて,OCOJのマークアップを再検討する必要性をも指摘する。
石井, 久雄 ISII, Hisao
本文批判は基本的には古代語文献に関するものであるが,現代語についても必要であることを示唆し,あわせて,「本文」の概念の規代における成長を指摘する。(1)古代語文献の本文批判は,池田亀鑑の業績によって期を画されている。それ以前の本文は,校訂者の主観的な改訂をともなって提示されるのがつねであったが,それ以後は,文献学の成果にもとづき,良質な翻刻および校訂本文が提示されてきている。(2)現代語文献の本文批判は,古代語のそれとことなるところがある。
宇佐美, まゆみ USAMI, Mayumi
本稿では、ポライトネスを敬語のような言語形式だけの問題としてではなく、あいづちやスピーチレベルのシフトなどの現象など、談話レベルの現象も含めて実際の「ポライトネス効果」を捉える必要があるとして、その基本原則を体系化した「ディスコース・ポライトネス理論」(宇佐美2001;2003;2008;2009,2011)の基本的概念を簡単に導入する。DP理論では、話し手と聞き手の「ある言語行動の適切性についての捉え方や期待値」(「基本状態(デフォルト)」)が許容ずれ幅を超えて異なることが、実際の「インポライトネス効果」をもたらすと説明する。ここでは、主に、フランス語圏における学習者が様々な状況で遭遇する異文化間ミス・コミュニケーション場面の事例を取り上げ、それらがこの理論でいかに解釈できるかを提示し、この理論の解釈の可能性と妥当性を検証する。また、このような分析や解釈が、ミス・コミュニケーションの事前防止にいかに適用できるか、また、それらの考察をいかに日本語教育に生かしていくことができるかについても考察する。
パルデシ, プラシャント 今村, 泰也 PARDESHI, Prashant IMAMURA, Yasunari
述語構造の意味範疇に関わる重要な言語現象の一つが「他動性」である。基幹型プロジェクト「述語構造の意味範疇の普遍性と多様性」では,意味的他動性が,(i)出来事の認識,(ii)その言語表現,(iii)言語習得(日本語学習者による日本語の自動詞と他動詞の習得)にどのように反映するかを解明することを目標に掲げ,日本語と世界諸言語を詳細に比較・検討し,それを通して,日本語などの個別言語の様相の解明だけでなく,言語の多様性と普遍性についての研究に貢献することを目指し,2009年10月から共同研究を進めてきた。さらに,日本語研究の成果を日本語教育に還元する目的で,基本動詞の統語的・意味的な特徴を詳細に記述するハンドブックを作成し,インターネット上で公開することを目指して研究・開発を進めてきた。本稿ではプロジェクトで企画・実施した共同研究の理論的および応用的な成果を概観した。理論的な成果としては,(1)地理類型論的なデータベースである「使役交替言語地図」(WATP),(2)日本語と世界諸言語の対照言語学的・類型論的な研究をまとめた論文集『有対動詞の通言語的研究:日本語と諸言語の対照研究から見えてくるもの』を紹介した。応用的な成果としては日本語教育に役立つ「基本動詞ハンドブック」の見出し執筆の方法とハンドブックのコンテンツについて紹介した。
宇佐美, まゆみ
本稿では、「総合的会話分析」(宇佐美2008)について、その趣旨と目的、方法について紹介する。またこの方法に適するように開発された文字化ルールである『基本的な文字化の原則(Basic Transcription System for Japanese: BTSJ)』、トランスクリプト入力支援機能や分析項目の基本的記述統計量が自動集計できる『BTSJ文字化入力支援・自動集計・複数ファイル自動集計システムセット』(講習会受講者に無償配布)、333会話を含む『BTSJ日本語自然会話コーパス(トランスクリプト・音声)2018年版』、及び、共同構築型多機能データベースである『自然会話リソースバンク(NCRB: Natural Conversation Resource Bank)』を使った「自然会話を素材とするWEB教材」の作成方法についても紹介し、『総合的会話分析』の方法が、「会話・談話の分析」という観点からだけではなく、「日本語教育研究」と「日本語教育実践」にとって、どのような意義を持っているかを論じる。
廉, 沢奇 LIAN, Zeqi
本研究は、日本語会話において頻出する基本的なABAB型オノマトペ(例:どんどん、そろそろ)の音象徴の解明を目指したものである。研究は母音と子音、そして併せた五十音、最後は清濁の差をめぐって検討する。手法については、まずはA・B 位置の音の要素を行・段で分解し、全体での行・段の傾向性を明らかにした。そして対応分析を用い、代表的な音象徴を持つABAB型オノマトペを選定し、その意味傾向を探究するために3:3共起語を調べた。最後は清音語と濁音語の共起語の差を分析した。これより、ABAB 型オノマトペはその音で「動作系」と「変化系」に2つ分けられる。これ結果は、先行研究で示された印象に基づくイメージとは異なり、オノマトペの意味と音のつながりの新たな視角となっている。
田中, 牧郎 TANAKA, Makiro
本論文では,『日本語歴史コーパス』を用いて,平安和文と室町狂言の語彙調査を行った。その結果,全体として漢語と混種語が大きく増加していることと,高頻度の基本的な語彙においてもそれらの語種が大きく増加していることがわかった。また,漢語はその数が増加しただけではなく,その意味の範囲も拡大させていた。この変化は,時代差だけでなく,ジャンル差によるところもあると考えられる。以上の結果をもとに,コーパスによる日本語史研究の意義と課題について議論した。
田邊, 絢 古宮, 嘉那子 浅原, 正幸 佐々木, 稔 新納, 浩幸 TANABE, Aya
日本語歴史コーパス中の単語には、現代語と同様の意味で扱われている単語と、古語特有の意味を持つ単語がある。本研究では、この現代語にはない古語特有の単語の語義(言葉の意味)を未知語義と定義して、日本語歴史コーパス中から、未知語義を検出するシステムの提案を行う。具体的には、日本語歴史コーパス中の単語を、(1)現代の分類語彙表でその単語の分類番号として登録されている語義をもつ語、(2)現代の分類語彙表にある語義をもつが、現在その語義は、その言葉の語義として分類語彙表は登録されていない語、(3)その語義の定義が現代の分類語彙表にないため、分類番号が振られていない語、の3種類にクラス分けする。実験では、各単語について、出現書字形や見出しなどの8要素を基本素性として用いた。また、別の日本語歴史コーパスからword2vecを用いて、3種類の単語の分散表現のベクトル(50次元、100次元、200次元)を作成し、素性として加えた。それぞれSVMを用いて正解率を比較したところ、日本語歴史コーパス中の未知語義の検出において、単語の分散表現のベクトルが正解率を向上させることが分かった。
長嶺 聖子 Nagamine Seiko
韓国語と日本語は語順がほぼ同じで、文法も類似しており、中高年層の韓国語学習者も少なくない。中高年層の多くが好きな映画やドラマの内容を韓国語で知りたいと望んでいるようだが、筆者が教えている大多数の大学生も会話主体の韓国語の学習を強く希望している。ところで、韓国語には、格式体表現と非格式体表現があり、映画やドラマなどでは、後者の非格式体表現、つまり会話体の打ち解けた言い方である「パンマル」体が非常に多く使われている。しかし、最近日本の一部の著書において、この韓国語の「パンマル」と日本語の「ためロ」がまるで同一であるかのように扱われていることがよくある。本稿では、この安易な同一視から生じる誤解や混乱を避けるため、まず韓国語における「パンマル」の概念を明確にし、次に日本語の「ためロ」に関する一般的概念を、筆者が実施したアンケート調査を基に明らかにして、その基本的な違いを比較する。その上で、「パンマル」を含めた待遇表現の指導方法を提示する。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
方言と地域共通語とでは,捉え方の方向性,観点が基本的に反対である。方言が,地域差すなわち変異の観点からみた各地の日本語であり,区画論的に言えば,ある言語的基準に関する差異性をもとに,広い地域から狭い地域へと日本語を地域区分した結果であるのに対して,地域共通語は,個人や地域ごとに多様な日本語を何らかの均一性の観点から見直し,その通用範囲の広がりによって統合していく過程の中に認知されるものである。本稿では,北海道の富良野・札幌における社会言語学的調査の資料にもとづき,主として後者のようなことばの共通性の視点から,両地点における都市化の程度差に注目しつつ,いわゆる北海道共通語の使用状況と,その背後にある話者の言語使用意識との関係について分析・報告する。
曹, 鋭 田中, 裕隆 白, 静 馬, ブン 新納, 浩幸 Cao, Rui Tanaka, Hirotaka Bai, Jing Ma, Wen
BERTはTransformerで利用されるMulti-head attentionを12層(あるいは24層)積み重ねたモデルである。各層のMulti-head attentionは、基本的に、入力単語列に対応する単語埋め込み表現列を出力している。つまりBERTは入力文中の単語に対する埋め込み表現を出力しているが、その埋め込み表現がその単語の文脈に依存した形になっていることが大きな特徴である。この点からBERTから得られる多義語の埋め込み表現を、その多義語の語義曖昧性解消ための特徴ベクトルとして扱えると考えられる。実験では京都大学が公開している日本語版BERT事前学習モデルを利用して、上記の手法をSemEval-2の日本語辞書タスクに対する適用し、高い正解率を得た。
朱, 京偉 ZHU, Jingwei
本稿に先立って,筆者は,朱京偉(2011a,2011b)で蘭学資料の三字漢語を考察し,在華宣教師資料の三字語との比較対照を行なった。また,朱京偉(2011c)で蘭学資料の四字漢語を取り上げ,できる限りその全体像を描いてみた。これらに続く作業としては,在華宣教師資料の四字語を検討し,蘭学資料の四字漢語との比較を行なうことである。このような日中対照を通して,19世紀当時の,日本語の四字漢語と中国語の四字語のそれぞれの特徴を明らかにすることによってはじめて,両者間の影響関係を正しくとらえることができると考える。結論からいうと,在華宣教師資料の四字語は,基本的な構成パターンで蘭学資料の四字漢語と大差がないように見えるものの,その中身をくわしく検討すると,語数が全体的に少ない上,語基と語基の結合関係の分布も異なる。こうした語構成上の相違は,多かれ少なかれ日中両言語の四字語の造語力に影響を与えたと思われる。
鄒, 双双 野田, 敦子
本稿は、林芙美子における戦前から戦時の中国での翻訳状況を、全体的に調査し叙述したものである。翻訳作品の特徴などの他、看過されてきた翻訳者と編集者との交流、全集年譜の検討すべき点を提示した。調査をするにあたり、中国のデータベース「全國報刊索引」と「大成老舊刊全文數據庫」を主に用いた。その検索結果の一点一点を中国語から日本語にし、原作とその初出を照査して「翻訳作品一覧表」にまとめた。また掲載雑誌に関する詳細な情報も「訳文掲載誌の基本情報一覧表」にまとめている。これらに基づき、時間の流れに沿って叙述した。
橋本, 和佳 HASHIMOTO, Waka
現在では,外来語の使用が拡大している。外来語の中には一過性の語や専門用語も多いが,語彙教育のためには,時間,分野をこえてよく使用される語群をつきとめることが必要である。そこで,本稿では,教育の場で使用され,多くの人が目を通す高校国語教科書を対象とした外来語の語彙調査を行った。1975年から1977年の間に文部省の検定を受けた9冊の高校国語教科書から,外来語をすべて抜き出し,語彙表を作成した。また,国語教科書を文学作品と学習欄に分類して考察を行った。文学作品には一般に広く使われる具象語が多く,一方,学習欄には国語教科書らしい抽象語が多いことが明らかになった。さらに,本調査における高頻度語彙,広範囲に出現する語彙,他の語彙調査と共通する語彙を選び出し,これらを本稿における基本的な語彙とした。無制限に使用されているように見える外来語であるが,高頻度語彙や広範囲に出現する語彙はごく少数であり,各資料の性格によっても異なることが明らかになった。
国吉 晃
社会の変化に主体的に対応できる力を育てるため,基礎的・基本的内容の指導が重視されている。しかし,教材内容に対する基礎的・基本的な関連構造の認識が充分ではないため,教育現場には戸惑いがあり,その指導の定着が課題となっている。県や市町村の教育委員会でも「基礎的・基本的事項事例集」などを発行し基礎的・基本的内容の定着に努めてはいるものの,発行されている事例集は限られた教科であるため全教科の事例集の発行が待たれる。本報告は,基礎的・基本的内容の定着を図るため,教材内容の関連を系統的に構造化し,基礎的・基本的事項の関連を明確にしようとする試みである。
小松原, 哲太 KOMATSUBARA, Tetsuta
『現代語の助詞・助動詞―用法と実例―』を表形式のデータベースとして電子化し,助詞と助動詞の用法の体系的な記述枠組みとして利用できるようにした。本論文では,その電子化の基本方針とデータベースの内容を概説した。著者は,このデータベースの応用例として,『日本語レトリックコーパス』に収録された直喩のすべての用例を対象として,その構文形に含まれる助詞と助動詞の用法のアノテーションを行った。アノテーションの対象となった助詞,助動詞のほとんどすべての用法について,一貫性のある分類を行うことができた。その結果,直喩には,特定の助詞と助動詞が生起しやすく,それぞれの語の用法の頻度にも著しい偏りがあることが分かった。本論文で示した事例分析の成果は,任意の日本語データに含まれる助詞・助動詞の用法分析を行う上で,このデータベースが汎用性の高い記述枠組みとして利用できる可能性を示唆している。
宮嵜, 由美 柏野, 和佳子 山崎, 誠
現在,国立国語研究所音声言語研究領域では,『日本語日常会話コーパス』(以下,CEJC)の開発が行われている。多様な話し言葉の会話行動の収録を目指す上記プロジェクトの理念と同様,本プロジェクトの目指す,書き言葉における会話場面の「発話」への発話者情報付与も重要な“日本語の会話”の一端を担うものである。すでに公開されている『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(以下,BCCWJ)の約6割を占める書籍のサンプルには,会話場面における大量の発話文が存在する。発話文は地の文とは言語的に異なる特徴を持つことが多いため,分析に当たっては別に扱うことが妥当であるが,現在の検索環境では難しい。そこで,本稿では,BCCWJ収録の小説を対象に,小説特有ともいえる発話部分特定の問題点(かぎ括弧で括られない例や非現実場面での発話など)を提示する。機械抽出のみでは同定の難しい発話箇所と発話者情報付与について,その基本設計の「発話認定箇所」基準を中心に提案する。
彦坂, 佳宣 HIKOSAKA, Yoshinobu
原因・理由の接続助詞について,『方言文法全国地図』と各地の過去の方言文献とを対照してその歴史を推定した。基本的には京畿から「已然形+バ」→カラ→ニ→デ→ケン類→ホドニ→ヨッテ→サカイの放射があったと考えた。西日本にはこれらの伝播が重なり,東日本ではカラ辺りまでで,西高東低の模様がある。それは京畿からの地理的・文化的距離やカラの接続助詞化の経緯差によるところが大きいと考える。カラの他にデ・ケン類・サカイなどもかなり地域的変容が想定され,上の放射順が必ずしも順当に受容されたとは限らない。また,標準語のカラとノデに似た表現区分をもつ中央部ともたない周辺部とに分析的表現に関わる差異があり,中央語と地方語との性格の違いも認められる。
山本, 真理 YAMAMOTO, Mari
本研究は「うん」「はい」に代表される「聞き手の短い反応」を対象とし,その使い分けを明らかにするものである。これまでの日本語学・日本語教育における研究では,「うん」と「はい」の違いは基本的には「丁寧さ」のみが異なるものとして提示されてきた。しかしながら,筆者が「日本語話し言葉コーパス(CSJ)」のインタビュー場面のデータを対象とし,分析を行ったところ,「丁寧さ」とは異なる基準で両者が使い分けられている可能性が示唆された。本稿では,会話分析(Conversation Analysis)の立場から,インタビュイー(説明者)が自己開始修復を用いて「聞き手に向けて特別に説明を差し挟み,修復の操作が完了する」とわかる位置において,聞き手はそれまでの反応とは差異化した形で反応をすることを例証する。
スルダノヴィッチ, イレーナ SRDANOVIC, Irena
近年,日本語のコロケーション辞典など,コロケーションを記載したリソースも現れてきたが,現代日本語の大規模コーパスを用いた記述的コロケーションデータはまだない。また,直感と経験に基づいて作成された日本語教科書などの教育用の教材においても,コロケーションに関しては注目度が低い。そこで本稿では,「形容詞+名詞」の組み合わせによるコロケーションに焦点を当て,BCCWJ・JpTenTenという2つの現代日本語コーパスからコロケーションを取り出し,1)「形容詞と名詞のコロケーションデータ」,2)「日本語教育のための形容詞と名詞のコロケーション辞書」の2種のリソースの作成方法を提示し,「高い」を記述モデルの一例として日本語教育への応用方法を示すことを目的とする。1)の「形容詞と名詞のコロケーションデータ」は,500語の形容詞を対象にして,シンタクスを考慮に入れて抽出した名詞とのコロケーションおよびその前後文脈をコーパスごとに整理し,比較できるようにするものである。現時点では,100億語のコーパスJpTenTenから取り出した500語の形容詞とその名詞とのコロケーションデータ(23247語)を取り出すことができ,BCCWJからの抽出は進行中である。2)の「日本語教育のための形容詞と名詞のコロケーション辞書」は,すべての形容詞の62%をカバーする25語の基本的な形容詞について詳細に記述することを目指す。そこで,高頻度の形容詞「高い」を取り上げ,コロケーションデータの分析結果を提示し,前述の「形容詞と名詞のコロケーションデータ」を基にした「日本語教育のための形容詞と名詞のコロケーション辞書」の基盤作りを示す。能力レベルによって分類された辞書項目は,被修飾名詞の語彙マップを作成したり,ジャンルごとの特有な情報を併記したりして,学習者の学習困難なコロケーションに焦点を当てて記述する。最後に,これらのデータが示唆する様々な理論的・応用的研究の発展可能性について検討する。このような形容詞のコロケーションデータが整備されることにより,従来,日本語を対象としては作成されてこなかったデータを提供し,今後の日本語学の語彙と文法の研究や資料作成,および日本語教育用教材・シラバス作成のために資することが期待できる。
Tohyama Nana Seraku Tohru 當山 奈那 瀬楽 亨
国頭語与論方言は鹿児島県与論島で話されており、広くは琉球語に分類される。本稿は主格助詞ga/nuの基本的な文法的性質を探ることで、同方言における格体系の包括的記述への一助となることを目的とする。主格助詞ga/nuの統語的性質は先行研究で既に取りあげられているが、これらの研究では関連する概念である〈格〉・〈意味役割〉・〈文法機能〉について一貫した定義がなされていない。本論文はこれらの術語を類型論的な視点から区別することで、ga/nuの統語的性質に関する体系的な分析を提示する。また、ga/nuなどの助詞が生じていない場合を調査し、それらは単なる〈助詞の省略〉か〈裸格の具現〉であるかという点も考察する。
浅原, 正幸 Asahara, Masayuki
ヒトの文処理のモデル化としてHaleによりサプライザルが提案されている。サプライザルは文処理の負荷に対する情報量基準に基づいた指標で,当該単語の文脈中の負の対数確率が文処理の困難さをモデル化するとしている。日本語において眼球運動測定を用いて文処理の負荷をモデル化する際に,統語における基本単位である文節単位の読み時間を集計する。一方,単語の文脈中の生起確率は形態素や単語といった単位で評価し,この齟齬が直接的なサプライザルのモデル化を難しくしていた。本論文では,この問題を解決するために単語埋め込みを用いる。skip-gramの単語埋め込みの加法構成性に基づき,文節構成語のベクトルから文節のベクトルを構成し,隣接文節間のベクトルのコサイン類似度を用いて,文脈中の隣接尤度をモデル化できることを確認した。さらに,skip-gramの単語埋め込みに基づいて構成した文節のベクトルのノルムが,日本語の読み時間のモデル化に寄与することを発見した。
Shibata Miki 柴田 美紀
日本語と英語の最も基本的な単文の文構造を比較すると、前者は文頭の名詞句に主題(topic)が、後者は主語が現われるという統語的相違点が見られる。日本語と英語の文では、異なる特徴を持つ名詞句が文頭に現れることになる。主題は、そこに現れる名詞句が後続の動詞から意味的制約を受けないため、比較的自由に多様な意味を持つ名詞句が現れる。一方、主語の位置に現れる名詞句は動詞から意味的制約を受けるので、そこに現れる名詞句は意味的に限定されることになる。本研究では、日本語母語話者の英語習得過程において、日本語の文構造の特徴がどのように彼らの英文の産出に影響するかを調査した。日本の大学で英語を学習する日本人母誇話者58名に毎日英語でジャーナルをつけてもらい、そこに轟かれた文をデータとし、NP (名詞句)-VP (動詞句)(-NP (名詞句)あるいは節)の文構造の点から英文とその日本語訳を比較・分析した。その結果日本人学習者が産出する英文は、 Last vacation has to enjoy の文のように文頭に名詞句があらわれているが、必ずしもそれは動詞と意味的つながりを持った主語でないことがわかった。この結果から日本語学習者がSVOという英語の語順を産出できても、文頭の名詞句を主語と認識しているわけではないと示唆される。
小磯, 花絵 天谷, 晴香 居關, 友里子 臼田, 泰如 柏野, 和佳子 川端, 良子 田中, 弥生 伝, 康晴 西川, 賢哉 渡邊, 友香 KOISO, Hanae AMATANI, Haruka ISEKI, Yuriko USUDA, Yasuyuki KASHINO, Wakako KAWABATA, Yoshiko TANAKA, Yayoi DEN, Yasuharu NISHIKAWA, Ken'ya WATANABE, Yuka
国立国語研究所共同研究プロジェクト「大規模日常会話コーパスに基づく話し言葉の多角的研究」では,『日本語日常会話コーパス』(CEJC)の構築を進め,2022年3月に最終公開した。CEJCは,(1)日常生活で実際に交わされる会話を対象とすること,(2)多様な場面における多様な話者による会話をバランスよく格納すること,(3)映像まで含めて公開することを特徴とする。日常会話を対象とする映像付き大規模コーパスの構築は世界的に見ても新しい取り組みである。コーパスの規模は,200時間,577会話,240万語,延べ話者数1675人である。本稿では,コーパスの設計・構築について,会話の収録法や収録機器,コーパスの基本構成,公開する音声・映像データのフォーマット,転記テキスト,各種アノテーション等などの観点から概観した上で,収録データのバランスについて検証する。
韓 昌完 小原 愛子 韓 智怜 青木 真理恵 Han Chang-Wan Kohara Aiko Han Ji-Young Aoki Marie
近年の障害者に閲する国際動向や国内における取り組みの進展を受け、2013年9月、第3次障害者基本計画が閣議決定された。一方、韓国においても特別支援教育における基本方針を示した最も新しい施策として、「第4次特殊教育5ヵ年計画」を2013年に策定した。制度・政策に対する批判的評価や今後の課題を提示する際には、日本と類似した制度・政策を実施している国を比較・分析し考察を行うことが有効的な一つの方法であることから、本研究では日本の「第3次障害者基本計画」と韓国の「第4次特別支援教育5ヵ年計画」を比較・分析し、「障害者基本計画」の考察を行うことで、今後の日本の特別支援教育施策についての発展的課題について提示することを目的とした。比較分析の結果、両国ともに、特別支援教育を取り巻く現状が大きく変化しているのに伴い、特別支援教育を必要とする児童・生徒の増加、インクルーシブ教育の強化、特別支援教育教員専門性の向上等の共通点があった。しかし、日本の特別支援教育に関する施策内容は、韓国と比較すると具体的な方針については示されていないことが明らかとなった。これは、日本における特別支援教育に関する施策が「障害者基本計画」の中の「教育分野」として位置付けられていることに対し、韓国は、「特殊教育5ヵ年計画」として特別支媛教育に絞った基本計画を策定し施策内容を示しているからであろう。今後、日本では「特別教育基本計画」として特別支援教育の具体的な施策を提示することが必要であろう。
石川, 慎一郎
大量のデータを集めやすい母語話者コーパスと異なり,学習者コーパスでは,集められる標本数に物理的な制約がある。ここで問題となるのは,調査対象とする言語項目ごとに,どの程度の標本数を集めればある程度安定した結果が得られるかということである。内外の主要な学習者コーパスは,学習者の国(母語)ごとにモジュール構成を取っているが,1モジュール当たりの標本数は,作文コーパスの場合,ICLE(英語・作文)で243-982,ICNALE(英語・作文)で200-800,日本語学習者作文コーパス(日本語・作文)で144-160また,発話コーパスの場合, LINDSEI(英語・インタビュー発話)で50-53,ICNALE(英語・独話)で200-600,I-JAS(日本語・インタビュー発話等)で50となっており,コーパスごとに大きな差がある。本論では,I-JASの母語話者および学習者データを用い,分析するサンプル数を変化させた場合の基本的言語指標値の変化を概観し,その収束のポイントを検討する。
山崎, 誠 YAMAZAKI, Makoto
1.引用の助詞とされる「と」には,発話・思考の内容をあらわすもののほかに,物事の客観的なありさまをあらわすものがある。この用法は,発話・思考をあらわすものと連続しているものと考えられる。この二つの用法は,相違点もあるが,その基本的な機能は同じであって,“情報を,その内容を示すことで客観的に提示し,その内容について語る表現へ結び付ける”ものであるといえる。提示部とそれを受ける述部との関係は,ちょうど対象言語とメタ言語との関係になぞらえることができる。2.提示部における情報内容は,物事をそのまま示したものという客観的な性格をもつが,それについて語る述部との意味的な関係をそこなわないかぎりにおいて,適当に内容を変更することができる。
ヤロシュ アレクサンドラ Jarosz Aleksandra
本稿では、2018 年に行われた現地調査の中間結果に基づき、宮古語来間方言の活用体系の部分的な記述を試みる。来間方言および本調査に関する基本情報を述べた上で、来間方言における強変化動詞の終止的形式について、確認できた範囲で紹介する。形式を重視した記述方法を取り、来間方言の動詞を強変化動詞、弱変化動詞、そして不規則動詞と3 つの活用グループに分類し、語幹中の音韻交替を基準に、強変化動詞をさらに3 つのサブタイプに分ける。それから、肯定・否定の区別を明記しながら、非過去叙述、過去叙述、受身・可能、意志、要求・希望、命令、そして禁止、あらゆる終止用法の接尾辞を紹介する。
滕, 越 TENG, Yue
異文化間の「断り」に関しては,中間言語語用論などの分野で,「言語や社会的規範の違いにより衝突が起きやすい」と論じられることが多い。本研究では,個人差に焦点を当て,評価 の視点から研究を進めた。『BTSJコーパス』から5つの「友人の依頼への断り」の音声データを選択し,日本語母語話者3名と中国人日本語話者3名に,断られる側の視点に立って,5つの音声の好ましさをプロトコル分析とインタビューを通して評価してもらった。その結果,録音ごとに評価が比較的一致しているものとばらけているものがあり,特に評価のばらつきが大きかった2つの録音は,評価者の「友人への断り」における基本的態度が,「合理性・効率性重視」か,「心情・気遣い重視」かで評価が分かれていた。また,今回のデータからは,評価のばらつきと評価者の母語との関連性は見いだせなかった。
中本 謙 Nakamoto Ken
琉球方言のハ行子音 p 音は,日本語の文献時代以前に遡る古い音であるとの見方がほぼ一般化されている。この p 音についてΦ>pによって新たに生じた可能性があるということを現代琉球方言の資料を用いて明らかにする。基本的 に五母音の三母音化という母音の体系的推移に伴って,摩擦音Φが北琉球方言では p,p^?へと変化し,南琉球方言では,p,fへと変化して現在の姿が形成されたと考える。従来の研究に従い,五母音時代を起点にするのであれば,ハ 行子音においても起点としてΦを設定しても問題はないと考える。そして,この体系的変化と連動してワ行子音においてもw>b,の変化が起こったとみる。また,ハ行転呼音化現象や語の移入時期という側面からもp音の新しさについて考察する。内的変化として(Φ>pが起こり得る傍証としてkw>Φ>pの変化傾向がみられる語も示した 。
岡部, 嘉幸 OKABE, Yoshiyuki
本稿はハズダとニチガイナイについて以下の主張を行う。1.ハズダとニチガイナイを全体として同一の意味類型に属するものと見なした上で,両者の置き換えの可否を「判断の根拠の確かさ」に求める議論には問題があること。2.ハズダとニチガイナイの置き換えの可否は,両者を異なる基本的意味と用法の広がりとをもつ二形式と見なした上で,その両者の用法の一致する条件を記述するという形で説明可能であること。3.具体的には,ハズダとニチガイナイは,(1)語られる事態が現実の世界で成立するかどうかを問題にする,(2)話し手は語られる事態が現実に成立しているかどうかについて未確認である,(3)ある状況Aと語られる事態Bの問に「A→B」という時間的先後関係がある,という条件を満たし,「その事態が現実に成立する可能性が高い」と予測する用法(〈みこみ〉用法)の場合にのみ置き換えが可能になり,それ以外の用法では置き換えが不可能であること。
仲地 博 江上 能義 前津 榮健 高良 鉄美 佐藤 学 島袋 純 徳田 博人 照屋 寛之 宗前 清貞 Nakachi Hiroshi Egami Takayoshi Takara Tetsumi Satou Manabu Shimabukuro Jun Somae Kiyosada
平成14年度~平成16年度文部科学省科学研究費補助金基盤研究(B)(2)第2年目研究成果中間報告書 / 研究概要:(平成15年度時点)前年度に引き続き、市町村レベルの自治基本条例を中心とする研究とモデル条例の作成が主目的であった。本研究には、自治基本条例の研究とそれにもとづくモデル条例作成というテーマから来る必要上、常に広く公開し、職員、議員、一般市民の研究参加を呼びかけている。本年もすべての研究会は、公開され、多数の参加が実現した。上半期に20会の会合がもたれ、その中で市町村モデル条例が完成し、8月末には、日本で最初に自治基本条例を制定したニセコ町の逢坂誠二町長をお招きして発表シンポジウムを開催した。
神崎, 享子 KANZAKI, Kyoko
「動詞+動詞」型の複合動詞は,使用頻度の面でも表現力の面でも,日本語に特徴的な語彙であるが,統語的,意味的情報を付与してデータベース化している研究はまだ少ない。そこで,本稿では,語彙的複合動詞の形態的,統語的,意味的情報にとって何が必要かを検討する。まず,研究書や辞書などから収集した約2500語の複合動詞について量的観点から構成をとらえる。次に,情報付与の検討にあたって,既存のデータベースの現状を調査し,どのような情報が不足しているかを探る。そして,現在の言語学の複合動詞研究と,既存の基本動詞辞書の両方の観点から,必要な情報をまとめ整理し,それらの情報を実際に付与するにあたり,どのような基準あるいは知見を参考にするかを述べる。最後に,第一段階で構築中のデータベースの一部を掲載する。
高良 富夫 大石 節 Takara Tomio Ooishi Takashi
研究概要:(平成18年度時点)高速コンピュータ及び高速通信網の発達により、音声や映像を用いた通信や処理、すなわちマルチメディア通信処理が進展しつつある。音声を用いた高度のヒューマンインターフェースとしての音声合成技術や音声自動認識も実用化されつつある。しかし、これらの技術は、主として西欧語、日本語、中国語などの主要な言語に対するものであり、必ずしも主要でない言語に対応した音声合成・認識の研究は進展しているとはいえない。そこで本研究では、琉球方言の音声合成システムを発展させた汎用音声合成システムを、アジアのいくつかの言語に適用し、これらの言語にも応用可能な、より汎用的な音声合成シェルを構成する。今年度は、以下のことを行った。 (1)ヴェトナム語の連続音声合成システムの構成平成17年度のプロトタイプを基にして、ヴェトナム語の連続音声合成システムを完成させた。特に、Broken Toneについてパワーの生成モデルを提案した。ヴェトナム出身の学生が本研究室に再留学したので、この研究を大いに推進した。 (2)バングラデシュ語の音声合成システムのプロトタイプの作製音声合成シェルを利用してバングラデシュ語の音声合成システムのプロトタイプを作製した。ここでは、バングラデシュ語の母音のすべてにある対応する鼻母音の規則化が研究課題である。この研究の中で、同じ一つの母音がバングラデシュ人と日本人とでは別の音韻に聞こえることを見出し、国際会議で発表した。 (3)音声合成スペクトルエディタの評価・改良前年度に構成された音声合成スペクトルエディタを評価し、これを改善した。また、これを用いて音声に含まれる個人性の要因分析を行った。まず、音声を、個人性の特徴と考えられるスペクトル、基本周波数、パワー、及びスペクトルのタイミングに分解し、いくつかの組み合わせで合成して、これがどの話者の声に聞こえるかを聴取実験により確認した。また、エチオピア語のストレスの物理的要因がパワーでなく、ストレス母音の直後の子音が長くなることによることを合成音声の聴取実験により示した。
井上, 史雄 INOUE, Fumio
この論文では,言語の市場価値を計最する手段を,日本語を例にして論じる。言語は現実に世界で売買されており,言語の市場価値を計算することができる。言語が市場価値を持つ適例は,「言語産業」に見られる。辞書・入門書・教科書などの出版物や,会話学校が手がかりになる。また多言語表示も,手がかりになる。戦後の日本語の市場価値上昇の説明に,日本の経済力(国民総生産)発展が指摘されるが,いい相関をみせない。外国の側の条件が,むしろ重要である。多言語活動の隆盛,実用外国語教育の成長,高等教育の普及である。言語の市場価値の基本的メカニズムに関する理論的問題をも論じる。言語の市場価値は特異な性質があって,希少商品とは別の形で決定される。ただ,言語はもう一つ重要な性質を持つ。市場価値の反映たる知的価値以外に,情的価値を持つ。かつ相対的情的価値は知的価値と反比例する。世界の諸言語には格差があり,そこに経済原則が貫徹するように見える。しかし一方で,言語の感情的・情的側面を見逃してはならない。
當山 奈那 Toyama Nana
本稿では首里方言の受動動詞の形式を述語にもつ受動文を対象に、意味構造の分析・記述を行った。ヴォイスのカテゴリーに含まれる他の構文との関係をふまえ、当該方言の受動文の特徴づけを利益性の観点を取り入れながら分析を試みた。首里方言は、シテモラウ相当形式が欠如しており、第三者主語の受動文を作ることができないことと関わって、受動文は利益性について基本的にニュートラルである。受動文は能動文と対立しながらヴォイスのカテゴリーをなすが、この特徴のため、当該方言の受動文は、現代日本語以上によく対立をなしているといえる。
一ノ瀬, 俊也 Ichinose, Toshiya
各市町村における従軍者記念誌は、日露戦争終結直後、戦死者が忘却されていくことを嘆いて作られた。だが第一次大戦後、主に在郷軍人会市町村分会によって作られた記念誌は、そのような後ろ向きの意図ではなく、ある積極的な政治的意図、すなわち過去の栄光の記録・記憶化を通じて軍人という自己の存在意義を再確認し、反軍平和思想の盛んだった社会に訴えていくために作られていった。そのような記念誌の中で日清・日露の追憶を語った老兵たちは、戦死者の壮絶な死を語って戦争の「記憶」に具体性を与えて、人々の共感を呼び起こす役回りを演じた。そうした語りのあり方は「郷土の英雄」を求める人々の心情にもかなうものだった。老兵たちが自己の従軍体験を語る際、確かに悲惨な体験も語ったものの、基本的には名誉心充足の機会として戦争を描いていた。そのような従軍者たちの「語り」を彼らの〝郷土〟が一書に編む時、彼らが国家の大きな歴史に占めた位置、役割の説明が熱心に行われた。それは戦死者の死の〝意味〟を明らかにし、ひいては戦争自体の持つ価値を地域ぐるみで再確認、受容することに他ならなかった。
鶴谷, 千春 TSURUTANI, Chiharu
日本語学習者の増加に伴い,初級以上のレベルでの円滑なコミュニケーションがより必要になってきている。学習者は,日本語の基本的な単語の高低アクセントを学んだあと,それをどうつなぐと母語話者の抑揚に近づけることができるのか,またイントネーションによってどう意図が変わるかという情報は,あまり与えられていない。初期段階のコミュニケーションでは,まず「失礼にならないように話したい」というのが優先される課題であると考え,本稿では学習者が初級段階から使っている丁寧表現「です・ます」に焦点をあてて,その韻律的特徴を考察した。まず,場面別の「です」「ます」表現を使い,東京在住の日本語母語話者に「です・ます」表現の同じ文を丁寧に話す必要がある場面とそうでない場面で発話してもらい,それを別の母語話者に聞かせ,丁寧度の評価点をつけ,音響分析の結果と照らし合わせた。丁寧であるかどうかの判断は,パラ言語情報や,状況などに左右されることから,イントネーションは重視されてこなかったが,母語話者間で丁寧だととられるイントネーションには共通のパターンがあることがわかった。
朱, 京偉 ZHU, Jingwei
本稿では,語彙史の視点から近代哲学用語の成立を考察するにあたって,明治以後の哲学辞典8種を選定し,基本的な哲学用語を抽出して検討を加えた。方法としては,西周の訳語と『哲学字彙』初版の用語が,明治前期においてどんな役割を果たしていたか,また,その後の哲学用語にどんな影響を与えたかを解明するために,検討の対象となる881語を「西周と『字彙』初版の用語」と「西周と『字彙』以外の用語」の二部類にふりわけ,その下でさらに10項目の下位分類を設けた。そして,この下位分類によってグループ分けした各種の語について,所属語のリストを掲げ,それぞれの性質を検討してみた。結論から言えば,「西周と『字彙』初版の用語」は,近代哲学用語の草創期にあたる明治前期に早く登場し,明治全期にわたって強い影響を持っていた。これに対して,「西周と『字彙』以外の用語」は,明治後期から急増し,明治末期に増加のピークに達して,大正期以後しだいに減少していくというプロセスを経ている。大正後期になると,哲学用語の創出は終焉期を迎えたといえる。また,抽出した哲学用語では,在来語と新造語の比率は大体4対6の割合になっていることも今度の調査で明らかになった。
李, 栄九
日本の古典詩歌では、伝統的に「心」と「詞」を最も基本的な要素としていた。
伝, 康晴 DEN, Yasuharu
話し言葉コーパスでは,音声収録・転記といった開発初期の負担が大きく,とくに会話に関しては大規模なコーパスは皆無である。国語研プロジェクト「多様な様式を網羅した会話コーパスの共有化」では,既存の会話コーパスの共有化というアプローチに着目し,コーパスに記述する基本情報を共通化し,共有するための方法論の構築を目指している。その手初めとして,プロジェクト内の会話コーパスの転記方式の違いを調査し,主要な転記方式である『日本語話し言葉コーパス』方式と会話分析方式の間の自動変換を試みた。変換精度はある程度高いものの,さらなる精度向上が必要な部分もあった。
周, 振 吉本, 啓 ZHOU, Zhen YOSHIMOTO, Kei
この論文は,統語・意味情報付きコーパスを開発するに当たって,中国語名詞句の解析を考察するものである。名詞句の解析をめぐっては,二つの課題がある。それは,名詞句の内部構造を明らかにし形式的に解析すること,および名詞句の担う類似した統語的役割を区別することである。名詞句は,もっとも一般的に使われている句の一つだが,様々な修飾部を持つゆえに,それに対して一貫した解析を与えることは容易ではない。本研究は,名詞句の修飾部を中国語の実情に合わせた形でより細かく分類し,本研究の採用しているアノテーション方式の枠組みの中で,各修飾部の含まれる名詞句のパターンを網羅的に考察していく。一方,名詞句は文の中で多彩な統語的役割を果たしているが,類似したものの見分けが困難な場合がある。形式的な手がかりに欠ける中国語にとっては,この問題が特に顕著だと思われ,主題と主語の区別はその典型的な例である。本研究は,主題と主語の定義をコーパス構築という視点からそれぞれ明確に行う。その上で,中国語の様々な実例を考察し主題と主語を決定する基準を明確にする。名詞句の解析は,コーパス構築作業および構築できたコーパスを基にする言語研究の基本的かつ重要な一環を成しており,それを明らかにすることによって,研究の基盤を固めることができると考えられる。
須永, 哲矢 堤, 智昭 SUNAGA, Tetsuya TSUTSUMI, Tomoaki
国立国語研究所で計画されている『日本語歴史コーパス』の構築にあたっては活字書籍化された古典資料のコーパス化を基本とし,その際には国内規格JIS X0213文字集合を用いて活字を電子化することが予定されている。本稿ではJIS X0213を古典資料の活字書籍に適用した場合の効果を検証するため,小学館新全集『今昔物語集』での漢字活字を調査し,のべ字数にして99.86%の活字がJIS X0213でカバーできることを明らかにし,JIS X0213の有効性を確認した。また,JIS X0213では表現できない活字に関しては,コーパスとしての利便性を鑑み,「〓」表示せずJIS X0213の範囲内の別字で代用しつつ,原資料での字形の情報を保持する方針を考案した。別字代用によりほぼ9割の外字は解消されるが,「〓」表示を完全になくすためには,文字レベルではなく,語の表記というレベルでの代用を考えなければならなくなる。末尾には小学館新全集『今昔物語集』で代用処理の対象となる特殊活字の一覧を付した。
安達, 文夫 Adachi, Fumio
人間文化研究機構では,機構を構成する各機関が公開する100を超える多種で多様なデータベースをまとめて検索できる統合検索システムを構築し,2008年4月よりサービスを開始した。このシステムは,個々のデータベースの所在や操作方法を意識することなく検索できることに特徴がある。多くのデータベースと同様に,検索語とのマッチング,検索結果の一覧表示と詳細表示を基本機能としているが,個別に作成されデータ項目がまちまちなデータベースをまとめて検索する上で,共通メタデータが主要な役割を果たしている。この共通メタデータに,個々のデータベースのデータ項目をいかにマッピングするかが重要な課題であった。統合検索の対象とした国立歴史民俗博物館の43のデータベースをマッピングする上での考え方を記した。
仲地 博 江上 能義 高良 鉄美 前津 榮健 佐藤 学 島袋 純 徳田 博人 照屋 寛之 宗前 清貞 Nakachi Hiroshi Egami Takayoshi Takara Tetsumi Satou Manabu Shimabukuro Jun
研究概要:本研究は、2001年より続いた3年間の研究であり、まず、その研究軌跡を記しておく。初年度上半期は、理念的・基礎的テーマについて研究成果の交流(報告書No1)を行い、初年度下半期は、市町村自治基本条例のモデル素案の作成(報告書No2)を行った。2年目上半期は、市町村自治の実態の分析とともにモデル条例の深化(報告書No3)をはかった。2年目下半期は、沖縄県レベルの自治の在り方に主たる焦点をあて、自治の理念と動態を広い視野から検討すべく、この分野の第一線の研究者を招き研究の交流を行った(報告書No4)。最終年度の上半期は、沖縄の自治構想の歴史的研究を集中的に行った。同時に研究会を3つの班(主として政治学研究者からなる班、憲法研究者からなる班、行政法研究者からなる班)に分けそれぞれの分野からの自治構想を研究した(報告書No5)。下半期は、その成果を受け、3つの構想を中心とするシンポジウム、さらに、それを踏まえ、「沖縄自治州基本法」の研究会が継続的に行われた。それは約半年の議論をへて、県レベルの新自治制度の構想案としてまとめ上げられた。他方で、研究者一人一人の自治基本条例及び自治基本法に関する研究成果を最終的な研究論文の取りまとめが行われた。それは、構想案とともに最終報告書(報告書No6)に掲載されている。本研究は、住民自治の基本原則を明文化するという目的を有する自治基本条例もしくは基本法であるという性質上、住民、自治体職員や議員の参加を広く呼びかけ、今期も広く一般に公開した。合併問題、財政危機のように自治の大きな転換期にあたって、本研究に関連する地元メディアの関心も高く3年間で約90本に及ぶ関連記事が掲載された。また、80回に及ぶ研究定例会等への学外者・市民の参加は、延べ5千人を超え、確実に自治に対する意識の転換をもたらした。そのような成果を、科学の地域貢献としても評価可能である。
曹, 大峰 CAO, Dafeng
多言語コーパスに焦点を絞って,まずこれまで多言語コーパスを分類するための基準が不足していたことを指摘する。さらに,多言語コーパスというものにおいては異なる言語がさまざまな関係によって関連付けられていることを示し,その関係を分類するための基準を提案する。その上で,多言語コーパスをどのように選定し,使い分けるべきかについての目安を示す。また,「中日対訳コーパス」の作成と利用経験を踏まえて,訳文データの特性に気付かず原語と対等に使うなどの利用上の問題点を指摘したうえ,筆者が提示した利用モデルを説明し,「可能だ」という可能表現,終助詞「だろう」の意味用法,日中同形語である「基本」の意味用法などに関する日中対照研究の事例を通して,対訳コーパスを適正に利用する方法とその効果を示す。
神庭, 信幸 Kamba, Nobuyuki
国立歴史民俗博物館が所蔵する上代裂に関して,裂に残る色彩の分光スペクトル測定により,各色彩の系統色名による分類を試みた。各色彩はBrown(黄赤),Olive(黄緑)の基本色名によってほとんどが表示される。青色に関しては,1点を除きGray(灰)の基本色名が対応する結果が得られた。肉眼では明らかに青色を示しているため,測定系に何らかの問題がある可能性もあり,今後検討を要する。
小森, 和子 玉岡, 賀津雄 近藤, 安月子 KOMORI, Kazuko TAMAOKA, Katsuo KONDOH, Atsuko
日中同形語には,中国語と日本語とで意味の一部が異なる類義語(以下,O語)や,意味が完全に異なる異義語(以下,D語)等がある。本研究は中国語を第一言語とする日本語学習者(以下,CNS)のO語やD語の認知処理過程が,日本語習熟度の向上に伴って,どのように変化するかを検討した。実験では,O語とD語を用いて,中国語義で解釈すると意味が通るが,日本語では非文となるような文(*パソコンに文字を輸入する)を作成し,CNS(n=50)を対象に文正誤判断課題を行った。その結果,(1)日本語習熟度に関わらず,反応時間は長く,誤答率も高い,(2) O語よりD語の方が判断が迅速である,ということが分かった。このことから,CNSは(1)日本語習熟度が高くなっても,O語やD語の同形語の認知処理の過程で,日本語義の活性化が効率的ではないこと,(2)共有義のあるO語の方が認知処理が困難であることが示唆された。
中田, 智子 NAKADA, Tomoko
談話の構造を考察する際の分析の単位や方法は,研究の目的によって様々な選択の可能性があるであろう。ここでは,談話を発話機能のやりとり,あるいは連なりとしてとらえる。そして,moveを分析の単位としながら個々の発話のはたらきや特徴を検討し,それを通して談話の姿を記述することを目指す。そのために,まず発話行為を表わす,または発話行為に関係する日本語の動詞・連語を分析し,発話を多角的に考察する際の観点を蓄積する。次に,それらの観点をもとに,①発話の誘発要因,②話し手・聞き手および両者の関係,③はたらきかけの仕方,④述べられる命題の種類,⑤談話の他の発話との関わり方,⑥その他,という基本的な軸に沿った分類項目リストを作成し,発話の特徴づけ作業の一つの手段として提案する。
Hijirida Kyoko 聖田 京子
ハワイ大学東アジア言語・文学科では2004年秋学期より新講座「沖縄の言語と文化」を開講した。それに先立つ2年間の準備期間中に,担当教員2人(聖田京子,Leon Serafim)が,ハワイ大学及びハワイ地域社会の支援を得て,沖縄へ赴き資料収集を行った。琉球大学等とのネットワークを形成すると共に,豊富な資料・教材を収集することができ,講座開講に向けて,教材作成を中心とするカリキュラムの準備を順調に進めることができた。 コース内容は文化を中心にした楽しい沖縄学と,聞き,話し,読み,書きの4技能の習得及び基本的な言語構造を理解する沖縄語の初級レベルを設定した。言語学習には,まず表記法と,言語と文化の教科書を決めることが重要な課題であったが,琉球大学と沖縄国際大学の関係者の支援により解決することができた。 文化に関するコース内容は,年中行事,諺,歴史上の人物,民話,歌(琉歌を含む)と踊り,料理,ハワイの沖縄コミュニティーなどの領域を取り上げた。特に,沖縄の文化的特徴や価値観などを表すユイマール,イチヤリバチョーデー,かちゃーしーなどは,クラスのプロセスで実践による習得を目指した。 基本的な学習が終わると,学生は各自のテーマで研究し,ペーパーを書き,発表することとし,それによりクラス全員が更に沖縄学の幅と深みを加え,沖縄理解に至ることを目指した。 学生の取り上げた研究テーマは,沖縄の基地問題や平和記念館,平和の礎,ひめゆり部隊,沖縄の祭り,行事,観光,エイサー,歌手,空手,三線,紅型,ムーチー(民話),紅芋など多岐にわたっており,学生の沖縄に対する関心の幅広さがうかがわれた。 当講座の全体の教育目標は以下のように設定した。1)沖縄語の言語研究上の重要性を理解すると共に,基本文法を習得し,初級レベルでのコミュニケーション実践をタスクで学ぶ。2)沖縄文化を理解し,その価値観や考え方をクラスでの実践を通して学ぶ。3)ハワイにおける沖縄県系人コミュニティーの文化活動に気軽に参加し,かつ楽しめるようになる。 当講座は,開講以来,受講希望者がコースの定員を上回る状況であり,当大学の学生の沖縄の言語や文化への関心の高さを示している。かちゃーしーやユイマール,沖縄料理などの文化体験は大変好評で,講座終了後のコース評価では,沖縄語をもっと学びたい,沖縄文化をもっと知りたいという学生からの声が多く寄せられた。
石本, 祐一 河原, 英紀 ISHIMOTO, Yuichi KAWAHARA, Hideki
本稿では,日本語話し言葉コーパス(CSJ)の音声波形から高精度な基本周波数(F0)抽出を行なった結果について報告する。CSJに現在付与されているF0値は,波形の自己相関に基づいた手法により推定されたものである。自己相関法は音声波形の周期性を利用するため,周期性が乱れた箇所では本来のF0とはかけ離れた値を誤検出したり,非周期区間とみなされてF0の抽出が全くできないことがある。実際にCSJに付与されたF0を確認すると,明らかな抽出誤りの箇所が見受けられる。F0はCSJに付与されている韻律ラベリングの基となっているため,F0抽出精度は韻律ラベリングの精度にも関わってくる。そこで,最新の高精度なF0推定法によってF0値を求め,現在付与されている値との違いを調べるとともに,韻律ラベルへの影響について述べる。
磯前, 順一 Isomae, Jun'ichi
亀ケ岡文化は,主な規定要素である材質・身体性・文様表現の共有性と排他性を操ることによって,各形式相互の関連性を考慮しながら各宗教遺物の形式属性を決定していた。このことは,当時の社会が各宗教遺物をつらぬく統一的な意図をもっていたこと,さらにはそこに何らかの構造が存在していたであろうことを暗示している。そして,亀ケ岡文化は東北地方全域に共通するような基本構造を前提としながらも,さらにその内部の各地域がそれぞれその基本構造の構成要素の改変をおこない,自地域特有の独自性をだそうとしていた。
朝岡, 康二 Asaoka, Koji
本稿は,身体に埋め込まれた文化的伝承の解明に画像・映像などの視覚的資料を用いる試みを紹介するものである。そのためには利用できる資源をデジタル化して活用可能な形でサーバーに蓄積する必要があり,また,これらの資源(静止画像におけるショット・動画像におけるシーン)の持つ基本的な性質,カメラの眼の特質,さらにはカメラの眼を通して人々はなにを見るかといったイメージの蓄積に関わる基本的な問題の検討が必要である。その上ではじめて画像・映像は身体に関わる文化的伝承の研究資料として利用可能になる。
永沼, 律朗 Naganuma, Ritsuo
本稿の目的は,成東町駄ノ塚古墳に関連して,印旛沼周辺の終末期古墳の様相を明らかにすることにある。そのため,基本的に印旛沼周辺の終末期古墳の紹介に主眼を置いた。
山内, 宏泰 Yamauchi, Hiroyasu
現在,日本国内においては巨大地震,大津波,巨大台風,低気圧などによる大規模自然災害が頻発する傾向が見られ,災害の記録,記憶を伝承する資料展示施設の社会的必要性が以前にも増して高まっている。しかし,その一方で同様の施設設置に係る基本的な理念,展示デザインの基本的な方法論は確立されておらず,設置された施設は管理運営,展示デザイン上の問題を多く抱えており,かつ,この状況を打開する具体的な試みが行われないままに新たな施設が設置されている。
野田, 尚史 高澤, 美由紀 NODA, Hisashi TAKASAWA, Miyuki
スペイン語アルファベットによる日本語音声表記というのは,スペイン語の文字と発音の関係に従って日本語の音声をスペイン語アルファベットで表記するものである。たとえば[ハガキ](葉書)は「jagáquí」と表記する。
南, 亜希子 Minami, Akiko
「ドラマが/車がヒットする」のような外来語サ変動詞についての研究は、サ変動詞化の基準を始め十分に解明されていない。本研究では、外来語サ変動詞における日本語母語話者の許容状況を明らかにするため、I-JAS(国立国語研究所)に出現した外来語サ変動詞に対する日本語母語話者の許容度調査を行った。I-JASから収集した73語のうち、BCCWJの出現状況や外来語辞典等の用例と照合し、まだ十分に日本語として定着していない外来語サ変動詞57語を選出した。その上で、大学・大学院生89名から容認度判定を得た。調査の結果、外来語名詞と同様に「意味の縮小・特殊化」が外来語サ変動詞の許容度にも大きく影響しており、日本語に借用された際に意味の縮小や特殊化が起こっていると、原語の意味でのサ変動詞の許容度が低下することが分かった。これらの成果は、外来語の動詞化や、「日本語の外来語/外国語」の判断に関する基準の明確化に貢献し得ると思われる。
相良, かおる 高崎, 智子 東条, 佳奈 麻, 子軒 山崎, 誠
本研究では合成語の語末により病名の判別が可能か否かを確認するために合成語の語末調査を行った。具体的には、病名を表す合成語5,465 語について語末のunigram、bigram、trigram を調べた。加えて、筆者等が着手している電子カルテに記載された合成語を対象とした語構成要素解析で定めた語単位で、合成語を分割した場合に語末となる語構成要素の頻度を調べた。
影山, 太郎 Kageyama, Taro
世界諸言語の中で日本語は特殊なのか,特殊でないのか。生成文法や言語類型論の初期には人間言語の普遍性に重点が置かれたため,語順などのマクロパラメータによって日本語は「特殊でない」とされた。しかし個々の言語現象をミクロに見ていくと,日本語独自の「特質」が明らかになってくる。本稿では,世界的に見て日本語に特有ないし特徴的と考えられる複合語(新しいタイプの外心複合語,動作主複合語など)の現象を中国語,韓国語の対応表現とも比較しながら概観する。
渡辺, 由貴 WATANABE, Yuki
本稿では,『虎明本狂言集』における動詞「と思ふ」および「と存ず」の使用状況について,主として話者や場面の側面から,国立国語研究所の『日本語歴史コーパス 室町時代編』の一部として公開されている『虎明本狂言集』のデータを利用して調査した。『虎明本狂言集』では基本的に話手の立場が聞手と同等以下の場合は「と存ず」が,話手の立場が聞手と同等以上の場合は「と思ふ」が用いられる。これは中世軍記物語と同様の傾向であるが,『虎明本狂言集』では目上の聞手に対しても「候」を伴わない「と存ずる」の形が用いられる点が異なる。また,観客への配慮表現として,名乗りや独白等の場面においても「と存ず」が用いられることが多い。男性話者に比べ女性話者は「と思ふ」を使用する傾向があり,これも『虎明本狂言集』における「と思う」の特徴といえる。
吉國, 弘之 YOSHIKUNI, HIROYUKI
資料の内容や性格、状態、数量等、全体像を把握する手法の一つとして概要目録を作成する場合、出所の組織体や機能に着目して、分類項目を設定することが基本的な流れとなっている。
玉岡, 賀津雄 宮岡, 弥生 林, 炫情 TAMAOKA, Katsuo MIYAOKA, Yayoi LIM, Hyun-jung
本研究では,シャノンの通信の数学理論で知られる「エントロピー」と「冗長度」という指標を使って,韓国語系日本語学習者を対象にペーパーテストで測定した知識と,インタビューで測定した運用の差異について検討した。使用された尊敬表現と謙譲表現の種類と頻度を,それぞれ知識と運用とに分けて集計し,表現の種類と頻度のデータから,エントロピーと冗長度を算出した。まず,ペーパーテストとインタビューにおける表現の正答という観点からみると,尊敬と謙譲にも知識と運用にも違いがなかった。本研究では,あくまで基本的な10種類の動詞を扱っており,これらの動詞の知識を基にした運用では正答に大きな違いが無かったのであろう。本研究は,敬語表現の多様性をエントロピーと冗長度で考察することを目的としているので,正答における違いがないことが望ましい。さらに,エントロピーについて分析した結果,尊敬表現と比べて,とりわけ運用における謙譲表現の多様性と不規則性が明らかになった。また,冗長度の分析では,エントロピーが示すほど顕著ではないが,尊敬は知識でも運用でも,同じ表現が繰り返される傾向があるが,謙譲は知識よりも運用の方が表現のバリエーションが多かったことが示された。これらエントロピーと冗長度の二つの指標で描いたプロッティングは,知識と運用における尊敬と謙譲の違いを鮮明に示した。
仁藤, 敦史 Nito, Atsushi
本稿では,百済三書に関係した研究史整理と基礎的考察をおこなった。論点は多岐に渉るが,当該史料が有した古い要素と新しい要素の併存については,『日本書紀』編纂史料として8世紀初頭段階に「百済本位の書き方」をした原史料を用いて,「日本に対する迎合的態度」により編纂した百済系氏族の立場とのせめぎ合いとして解釈した。『日本書紀』編者は「百済記」を用いて,干支年代の移動による改変をおこない起源伝承を構想したが,「貴国」(百済記)・「(大)倭」(百済新撰)・「日本」(百済本記)という国号表記の不統一に典型的であらわれているように,基本的に分注として引用された原文への潤色は少なかったと考えられる。その性格は,三書ともに基本的に王代と干支が記載された特殊史で,断絶した王系ごとに百済遺民の出自や奉仕の根源を語るもので,「百済記」は,「百済本記」が描く6世紀の聖明王代の理想を,過去の肖古王代に投影し,「北敵」たる高句麗を意識しつつ,日本に対して百済が主張する歴史的根拠を意識して撰述されたものであった。亡命百済王氏の祖王の時代を記述した「百済本記」がまず成立し,百済と倭国の通交および,「任那」支配の歴史的正統性を描く目的から「百済記」が,さらに「百済新撰」は,系譜的に問題のあった⑦毗有王~⑪武寧王の時代を語ることにより,傍系王族の後裔を称する多くの百済貴族たちの共通認識をまとめたものと位置付けられる。三書は順次編纂されたが,共通の目的により組織的に編纂されたのであり,表記上の相違も『日本書紀』との対応関係に立って,記載年代の外交関係を意識した用語により記載された。とりわけ「貴国」は,冊封関係でも,まったく対等な関係でもない「第三の傾斜的関係」として百済と倭国の関係を位置づける用語として用いられている。
野田, 尚史 島津, 浩美 NODA, Hisashi SHIMAZU, Hiromi
中国語漢字による日本語音声表記というのは,中国語の表記方法における文字と音声の関係に従って日本語の音声を中国語漢字の簡体字または繁体字で表記するものである。たとえば[コーカ](効果)は「扣喔咖」と表記する。日本語の音声を中国語漢字で表記することは一部の旅行者向け日本語会話集に見られるが,長音や促音が表記されないなど,問題が多い。そこで,中国語漢字の表記に従った日本語音声表記を提案することにした。中国語漢字による日本語音声表記を提案するために,2つの調査を行った。1つは書き取り調査である。日本語を知らない中国語母語話者に日本語の音声を聞いてもらい,それを簡体字または繁体字で書き取ってもらう調査である。もう1つは読み上げ調査である。書き取り調査によって絞られたそれぞれの音声表記の候補を読み上げてもらい,日本語らしく発音される可能性の高い表記を確認する調査である。この音声表記の主な特徴は,(a)から(e)のようなものである。(a)1モーラを中国語漢字1文字で表記する。ただし,日本語のモーラの音声に近い中国語漢字がない場合は,子音を表す漢字と母音を表す漢字を組み合わせて表す。(b)長音[ー]は,前のモーラと同じ母音の中国語漢字を使って表す。(c)促音[ッ]は,[ ] を使って「骂[ ] 透」(マット)のように表す。(d)撥音[ン]は,前のモーラと撥音を合わせた音声を中国語漢字1文字で表す。(e)日本語のアクセントを中国語漢字が持つ声調を使って表す。
高良 倉成 Takara Kurashige
研究概要(平成18年度時点):この課題における本年度の具体的研究内容は、(1)「国家及び社会」という表現またはその類似表現の使用頻度を調べ、(2)その表現がどのような理論的脈絡(国家論や社会論)から派生したものかを確かめることにあった。 (1)使用頻度については、教育基本法制定時の論議に関しては日本近代教育史料研究会『教育刷新委員会・教育刷新審議会会議録』や鈴木・平原『資料教育基本法50年史』などを、戦前の教育関連の法律・省令・訓令・詔書・勅語に関しては近代日本教育制度史料編纂会『近代日本教育制度史料』などを点検した。また、戦前の修身教科書や公民教科書およびそれらの教師用指導書での用例も確認した。 (2)理論的脈絡としては、「国家」・「国体」・「国運」などの語を乱発する家族主義的国家論に対して、それへの違和感を婉曲的に表明したと思われる「国家社会」がわりと使われてきたという感触を得た。ただ、「国家社会」と「国家及び社会」とのあいだの距離はまだ大きい。「国家及び社会」という表現を使っているか、あるいはほぼ同内容の表現を使っているのを確認できたのは、まだ田中耕太郎、長谷川如是閑、尾高朝雄、高田保馬、作田壮一にかぎられる。多元的国家論がどう影響しているのか、田中の自然法論の特性、作田の世界経済学の特徴などを整理しなければならない。以上の2点をさらに整理しつつ、現在の公民科教育や社会科教育にとっての「国家及び社会の形成者」という表現の意義を明確にすることが、当研究課題の最終年度である次年度の具体的テーマである。
松井, 真雪 ホワン, ヒョンギョン MATSUI, Mayuki HWANG, Hyun Kyung
置換反復発話とは,直前の発話の分節音を別の分節音に置き換えてプロソディー特徴を反復する発話である。置換反復発話はプロソディー研究の方法論として注目されているが,その性質については未解明の問題が多い。この小論では,疑問文の文脈(句末境界音調の1つである上昇音調がアクセントと共起する条件)で,通常発話と置換反復発話の音声特徴を比較した結果を報告する。とりわけ,アクセントの弁別にとって主要であると考えられる基本周波数(F0)特徴は,上昇音調が共起する場合でも,置換反復発話に遜色なく反映されることを示す。この結果から,置換反復発話は,アクセントパタン,即ち,語のプロソディーの研究において有用であるという先行研究の見解が支持・補強される。その一方で,イントネーション,即ち,文のプロソディーに関わるF0特徴の一部は置換反復発話に正確に反映されないことが明らかになった。
宮内, 拓也 プロホロワ, マリア MIYAUCHI, Takuya PROKHOROVA, Maria
『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(の一部のデータ)には,既に英語,イタリア語,インドネシア語,中国語の翻訳データが構築されているが,新たにロシア語の翻訳データを構築した。対象となる起点テキストは『現代日本語書き言葉均衡コーパス』新聞(PN)コアデータ16サンプル(総語数は短単位で全16,657語)とし,ロシア語目標テキストの総語数は13,070語となった。本データの構築にあたっては,日本語からロシア語へ人手による翻訳を行ったが,日本語とロシア語の言語構造の違いや表現の違い等により,翻訳に困難が生じた箇所もあった。本稿では,翻訳データの構築方法,翻訳の際の留意点の詳細を述べる。また,原文の日本語テキストと翻訳先のロシア語テキストは人手で文単位のアライメントを取り,各文にはIDを付与した。その作業方法についても記述する。翻訳データの構築,アライメント作業により,起点テキストと目標テキストは簡易的な日露パラレルコーパスとして利用可能となり,日露対照研究や類型論研究に活用できると考えられる。本稿では,このような活用の可能性を示すために,ケーススタディとして日本語の文末表現を取り上げ,ロシア語と対照させて同異を議論する。
宮城, 紀美 MIYAGI, Kimi
現在ミクロネシア連邦の首都がおかれているポンペイ島は,他のミクロネシアの島々とともに1914年から1945年まで日本の統治下にあった。その間多くの日本語がポンペイ語に取り入れられた。1979年に出版されたポンペイ-英語辞典には,スポーツ・ゲーム用語,生活用品用語,食料品名などを含め300語を超える日本語からの外来語が収録されているが,若い世代のポンペイ人が現在実際に使っている日本語からの外来語の数は急激に減少している。本稿では,ポンペイ語に取り込まれた日本語からの外来語について,以下の二点に関し研究報告をおこなう。(1)これらの外来語がポンペイ語に取り入れられる過程でおこった言語上の音形同化,意味の推移,また形態的な変化を分析する。(2)辞典のためのデータが収集された1970年代の初めから現在までの約30年間に,これらの外来語にどのような変化が起こったかについて,1998年夏,19歳のポンペイ人大学生をインフォーマントとして調査した結果を報告する。
Shimabukuro Moriyo 島袋 盛世
本稿はアイヌ語、韓国語、日本語の超音節的特徴を類型論的に共時的そして通時的観点から比較分析したものである。アイヌ語、韓国語、日本語は高低音調を分別するピッチアクセント言語であると言われているが、本論文ではそれらの言語の方言がすべてピッチアクセント言語ではなく、音調の高低が分別的機能を持たない方言も存在することを指摘する。さらに、ピッチアクセントではない言語・方言間の超音節的特徴を上げ、アイヌ語、韓国語、日本語間で相違点を比較考察する。
上野, 善道 UWANO, Zendo
奄美群島徳之島の浅間方言アクセントとして,今回は外来語を取り上げる。比較的よく使われそうなもの,音韻構造上から注目されるものを1000語あまり調べた報告である。外来語同士の複合語,外来語と和語・漢語との組み合わせによる混種語も含む。外来語のアクセントは,浅間方言のアクセント体系・音節構造のもつ性質を明らかにするのにも役立つ。
Miyahira Katsuyuki 宮平 勝行
超多様性が日常化する現代社会において、社会言語学の基本的概念である「ことばの共同体(スピーチ・コミュニティ)」をどのように捉えるべきなのか。本稿ではハワイの沖縄ディアスポラ共同体が発信するYouTube ビデオシリーズ“ Yuntaku Live!”のインタビュー談話に注目して考察を行った。スピーチ・コード理論に基づいて、舞台芸術家を対象としたインタビューの談話を分析した結果、沖縄ディアスポラ共同体の個人像、社会的人間関係、そしてコミュニケーション行動の特色について次の点が明<br/>らかになった。舞台芸術家はその演舞を通して自らの内にある混成性(ハイブリディティ)と沖縄との歴史的連続性を重視し、演目に込められた、記憶の断片から想像した祖国の物語を聴衆と共有することで沖縄ディアスポラの社会的人間関係を構築して<br/>いる。舞台芸術に込められたこうした物語は、日常会話において「ユンタク」という固有のコミュニケーション儀式を通して広く共有され、国境を越えて人と人を結ぶ役割を担っている。舞台芸術の演舞とオンラインの仮想空間を媒介としてもたらされる人と人のこうしたネットワークは、超多様性を享受する現代における新出の「ことばの共同体」であり、この共同体創造の基盤をなすのが沖縄語語彙、メタ言語としての沖縄語、そしてそれらを契機として創造される物語である。
田野村, 忠温 TANOMURA, Tadaharu
外来語のアクセントは原語のアクセントから独立しているとする見方が一般的であるが,多数の外来語を観察してみると原語アクセントの関与を示唆する状況証拠が外来語アクセントのさまざまな局面に見出される。また,外来語アクセントに影響を与える原語の発音の要素はアクセントにとどまらず,原語の分飾音レベルの事実もまた外来語アクセントの重要な決定要因として働いている。この小論では,『大辞林CD-ROM版』に見出し語として立てられた外来語のうち4モーラ以下の語を中心にそのアクセントを詳細に分析し,外来語アクセントに対する原語のアクセントや分節音の関与の諸相を明らかにする。
ダニエルス, クリスチャン Daniels, Christian
本稿では、生態環境史に対する基本的な見方を述べた後、雲南南部生態史の時期区分をして、18・19 世紀において地域住民が人口増加と土地開発に対して採択した環境保全措置について論じる。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
東京語で現在進行中のアクセント変化において,語の長さが変化の進行度に関与的であることを,大量の調査資料によって実証する。分析対象とする事例は,名詞の尾高型アクセントの衰退動向である。『東京語アクセント資料 上・下』から採集した名詞832語(3拍303語,4拍428語,5拍101語)を計量的に分析した結果,拍数の多い長い名詞ほど変化が先行していることが確認された。話者による違い,語による違いはあるが,全体的な変化の流れが平板化に向かっている確証も得られた。
真田, 信治 SANADA, Shinji
日本による,いわゆる南洋群島の植民地統治は1914年から1945年までの30年間にわたった。その間の日本語と現地語との接触は,必然的に現地語への日本語の借用を招くことになった。そしてその中には日本ですでに使われなくなった(一般的でなくなった)ことばも多く生きている。本調査報告では,現ミクロネシア連邦のチュウック(かつてのトラック)諸島で話されているチュウック語に焦点を当てて,日本からの伝播語のリストを掲げ,その音的特徴,すなわち日本語の音がチュウック語のフィルターによって置き換えられる音の代用について分析した。
古市, 由美子 FURUICHI, Yumiko
本研究は,多言語多文化共生社会を目指して行われた日本語教育実習を取り上げる。22名の実習生の語りから,個々の実習生が新たな理念である共生日本語教育にどのように対峙し,それをどう意味づけるのか,彼らの学びの実態を解明することを目的とする。実習生の語りを質的に分析した結果,実習生の多くは,共生日本語教育を〈日本語を教えない日本語教育〉,〈周辺的な日本語教育〉と意味づけ,規範的な日本語教育との矛盾を感じたり,理念と実践を区別したりしていた。一方,共生日本語教育を〈地域を結ぶ日本語教育〉と意味づけた実習生は,自身の具体的な経験と共生日本語教育の理念を統合することによって,教師の役割や日本語教育の意味を拡張していることが窺われた。
下地 敏洋 城間 盛市 Shimoji Toshihiro Shiroma Seiichi
本報は、教職科目の「教職指導」と「学校教育実践研究」の指導内容に工夫・改善を図ることが、教師を希望する学生にどのような効果があるのかについて報告することが目的である。最初に、「教職指導」においては、教師の基本的な資質である教科指導技術を養成することに加えて、学校現場で突施される「学校一日体験プログラム」を通して教科指導、学級経営、そして部活動などを総合的に関連させることができる。そのことにより、教育に対する視点が学生から教師としての立場へ移行することで、将来の教師像を客観的に見つめる機会となるばかりでなく、課題などの把握にも寄与していることが明らかになってきた。次に、「学校教育実践研究」においては、教師の現状や課題などを理解することで、教師としての使命感を高め、教育実習の事前指導として「模擬授業」を実施した。そのことにより、教科指導に必要な基本的技術の習得、学習指導案の作成を通して、教科書の活用方法、生徒の学習活動、板書計画の在り方などの研究に加え、教育基本法など教育関連法規や学習指導要領の理解に寄与していることが明らかになった。昨今の教育基本法の改正、学習指導要領の全面改定などに象徴されるように教育環境は常に変化しており、教師に求められる力量も実践的コミュニケーション能力や組織マネジメントなど多様な変化に対応するものとなってきている。従って、教職科目においても教育墳境の変化を見据え、教師の力量を高めるための指導内容となる一層の工夫・改善が必要であると考えられる。
村山, 実和子
本研究は『日本語歴史コーパス』に出現する合成語に対し,その内部構造に関する情報を新たに追加することで,日本語の語形成研究に使用可能なデータの構築をめざすものである。その方法として,各種コーパスに紐付いた解析用辞書「UniDic」の見出し語に対して,構成語情報を付与することを試みる。その設計方針と有用性を述べるとともに,現状の課題について報告する。
島崎, 英香 SHIMAZAKI, Hideka
本発表では『多言語母語の日本語学習者横断コーパス』(I-JAS)を用いて、中国語を母語とする日本語学習者と韓国語を母語とする日本語学習者の書き言葉における副詞の使用実態を量的に調査し日本語母語話者と比較したうえで、副詞の過剰使用、過少使用の実態を分析する。調査の結果、以下のような点を明らかにした。
ナガノ・マドセン, ヤスコ 杉藤, 美代子 NAGANO-MADSEN, Yasuko SUGITO, Miyoko
日本語の談話におけるあいづちの種類やその運用の実態を把握するために,東京(山の手,下町)および大阪(船場,河内)で収録された中・高年者による座談の音声資料に現れたあいづちを分析し,考察を行った。まず両方言であいづちとして使われたことばを調べ,一見多様にみえるあいづちの表現形式には反復による類型規則に従うものが多いこと,またその規則性は,基本周波数曲線(ピッチ曲線)にも認められることを明らかにした。次に,反復形を持つあいづちの表現形式は東京と大阪の両地域において違いがなく,表現形式にみられる方言差,地域差,男女差,丁寧度の差などは,「アソーデスカ」系のような反復形を取りにくいあいづちにみられた。あいづちの種類に関しては,ほとんどの話者が8~11種のあいづち系を持ち,それを親疎の関係や男女差などの要因により使い分けていることが明らかになった。
野田, 尚史 NODA, Hisashi
イギリス,ドイツ,フランス,スペインの上級日本語学習者40名と日本語母語話者20名を対象に,日本語で書かれたウェブサイトのクチコミを読んでもらい,その解釈を母語で語ってもらう調査を行った。その結果,ヨーロッパの日本語学習者と日本語母語話者では違う解釈をすることがあることが明らかになった。次の(a)と(b)のような違いである。
青木, 睦 AOKI, Mutsumi
本稿では、アーカイブズの基本的機能を前提としたアーカイブズ建築固有の建築計画の問題や施設のあり方ついて、海外の事例を比較検討し、その結果をもとにアーカイブズ建築・設備の特性について考えてみたい。
石原 嘉人 Ishihara Yoshihito
ベトナム語話者が日本語を学ぶ際の特徴として、母語の漢字語棄(漢越語)の知識が有利に働くことが挙げられるが、その半面で母語の干渉による誤用が生じやすいことも見逃せない。中国語や韓国語も同様の特徴を持つのであるが、これらの言語に比べるとベトナム語は日本ではなじみが薄く、教材や辞書などの学習ツールが不足している。本稿では、ベトナム語話者に対する漢字語彙の指導を効果的に進めるためにいくつかの提言を行う。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
2009年10月に始まった共同研究プロジェクト「日本語レキシコンの音韻特性」の中間報告を行う。このプロジェクトは,促音とアクセントを中心に日本語の音声・音韻構造を考察し,世界の言語の中における日本語の特徴を明らかにしようとするものである。促音については,主に外来語に促音が生起する条件およびその音声学・音韻論的要因を明らかにすることにより,日本語のリズム構造,日本語話者の知覚メカニズムを解明することを目指している。アクセントについては,韓国語,中国語をはじめとする他の言語との比較対照を基調に,日本語諸方言が持つ多様なアクセント体系を世界の声調,アクセント言語の中で位置づけることを目指している。本論文では本プロジェクトが明らかにしようとする問題点と近年の研究成果を総括する。
松森, 晶子 MATSUMORI, Akiko
本稿では,日本語・琉球語の諸方言の複合語アクセント規則の類型的考察を行ったうえで,前部要素の韻律的特徴(式,型)が複合語全体の韻律的特徴となる,という規則が,日琉語を通じてもっとも古い複合語規則ではないか,という仮説を提示する。現代の東京方言は,「後部要素」の型が複合語全体の型を決定する,あるいは「後部要素」のモーラ数に応じて複合語型の種類が決まる,という「後部要素支配型」のアクセント規則を持っている。しかし,このようなタイプの方言の中にも,かつてはその前部要素が複合語の型を決定していた時代があったことの痕跡が残されている,ということを,本稿では現代東京方言を例にとりながら論じる。
方, 美麗 FANG, Meili
形式面からみれば,日本語の「N格+V」構造は中国語の"V+N"に当たるが,日本語の「国を出る」(「Nを+V」)形式は中国語の("出"国)("V+N")に当たり,同じ意味的な結びつきの「田舎を 出る」の場合は,中国語では「"離開" 郷下」("V+N")になる。このように,日本語で同一の出発動詞を用いた「空間名詞を+出発動詞」という構造に対応する中国語の"V+N"において,"V"が別々の動詞によって表現されることがある。本稿では,日本語の「N+V」構造と中国語の"V+N"構造との結びつき方の相違を中心に考察した。その結果,中国語の動賓構造における"移動動詞+空間名詞"の組み合わせに表現される意味関係の下位区分が明らかになったり,格が存在する日本語より格が存在しない中国語の動詞と名詞との結びつきのほうが,その組み合わせがより限定的な下位のカテゴリカルな意味を要求することが明らかになった。また,日本語と中国語で同じようなカテゴリカルな意味の動詞が使われる場合でも,動作の結果性の表現に違いがあって,その点からも日本語の「N+V」と中国語の"V+N"の文法的な意味が同一でない場合があることも明らかになった。なお,本稿は日本語の連語の研究を深めることを直接の目標としたものではないが,日本語の名詞と動詞の組み合わせ及びその結びつきの特徴のうち,日本語の連語現象だけをみていたのでは明らかにならなかった側面を,中国語との対照によって明確に浮かび上がらせることができた点で,日本語の連語の研究にも寄与する可能性をもつであろう。
今村, 桜子 IMAMURA, Eiko
首都圏の公立小学校のお便り文(3年分712部)からコーパスを作成し,学年ごと(4年生から6年生)の語彙の違いを分析した。本研究は,学校お便り文に用いられる語を縦断的に観察することで,外国人保護者の日本語支援に役立てることを目的とする。KH Coderで形態素解析を行ったところ,総語数は4年56,968語,5年106,084語,6年77,167語。異なり語数は4年7,420語,5年9,935語,6年9,395語であった。①頻度グラフにより少数の高頻出語と多数の低頻出語が観察される。高頻出語の学習が次年度以降の読取りに効果的であると考えられる。②品詞ごとの高頻出語を抽出し,4年生の上位100語が5、6年生の上位100語に含まれる割合を分析した結果,名詞・サ変名詞・動詞で74%から83%に上ることが分かった。③サ変名詞「卒業」は、4年生で32回,5年生で66回,6年生で104回(20位)出現する。6年生に多いが,高頻出語の学習が他学年の保護者にとっても,学校文化理解や内容スキーマ活性に役立つと示唆される。
德島 武 Tokushima Takeshi
2014 年の国際収支統計の変更は、マクロ経済政策を論じる基本モデルであるマンデル=フレミング・モデルとの整合性という点では、後退と言わざるを得ない。旧版は完全に対応していたが、新版は部分的にしか対応していない。
古宮, 嘉那子 田邊, 絢 新納, 浩幸 KOMIYA, Kanako TANABE, Aya SHINNOU, Hiroyuki
語義タグ付きコーパスを用いた現代日本語の語義曖昧性解消の研究は数多い。しかし,入手可能なタグ付きコーパスが少ないため,日本語の古典語の語義曖昧性解消を高性能に行うことは難しい。そのため,現代日本語文を用いて通時的な領域適応を行うことは,古典語の語義曖昧性解消の性能を高めるひとつの解決方法であると考えられる。本研究では,日本語の古典語の語義曖昧性解消において,領域適応手法のひとつである,分散表現のfine-tuningの効果について調べる。現代文の分散表現であるNWJC2vecの古典語によるfine-tuningや,古典語によって作成した分散表現の現代文によるfine-tuningなど,様々なfine-tuningのシナリオを検証した。さらに,NWJC2vecを古典語でfine-tuningする際には,時代順に段階的に分散表現をfine-tuningする手法についても試した。語義曖昧性解消の対象語の前後二語ずつの単語の分散表現を素性とし,Support Vector Machineの分類器に用いて分類を行った。シナリオは(1)現代文のコーパスの全用例と古典語のコーパスの用例8割を訓練事例とし,残りの2割の古典語の用例をテストとして利用する場合,(2)古典語の用例だけを利用して五分割交差検定を行った場合,(3)現代文のコーパスの全用例を訓練事例とし,古典語全用例をテストする場合の三通りを比較した。最高の精度となったのは,(2)古典語の用例だけを利用したシナリオで,古典語によって作成した分散表現に現代文によるfine-tuningを行った場合であった。
藤本, 灯 北﨑, 勇帆 市村, 太郎 岡部, 嘉幸 小木曽, 智信 高田, 智和 FUJIMOTO, Akari KITAZAKI, Yuho ICHIMURA, Taro OKABE, Yoshiyuki OGISO, Toshinobu TAKADA, Tomokazu
現在,『日本語歴史コーパス』「江戸時代編」の一環として「人情本コーパス」を構築中である。2015年10月には『比翼連理花廼志満台』を対象とした「人情本コーパス」の試行版(全文検索システム『ひまわり』版)を公開した。人情本のコーパス化は,(1)原本表記に忠実な翻字テキストの作成,(2)(1)に最小限の校訂を加えた『ひまわり』版XMLテキストの作成の段階である。XMLテキストの作成では,基本的に「洒落本コーパス」のタグセットに準拠し,合字や校訂にかかわるタグを追加した人情本用タグセットを用意した。また,『花廼志満台』初編上巻の形態素解析を行った結果,解析精度は約87%であった。人情本に特徴的なイレギュラーな訓の多さが,精度の低さと関係している。今後,形態論情報付きコーパスを構築するにあたっての課題は,イレギュラーな訓を含む漢字に振られた「ルビ」を,どのように扱っていくかである。
狩俣 繁久 Karimata Shigehisa
琉球語は、日本語と同系の言語であり、日本語の歴史の研究に重要な位置を占めることが知られるが、これまでの研究は、奈良期中央語と琉球語の一部の下位方言の比較研究が主であり、琉球語研究の成果が日本語の歴史研究に十分に活かされていなかった。琉球語の下位方言間の変異は、日本語諸方言のそれを超えるほど大きい。その多様性がどのように生成されてきたのかを明らかにすることが求められていた。琉球語、九州方言、八丈方言が日琉祖語からどのように分岐して現在に至ったか、琉球語内部でどのような分岐があったかを明らかにするため、言語地理学の研究成果に照らして検証しながら、音素別、意味分野別、文法項目別等、目的に応じて選定した複数の単語を組み合わせて系統樹を作成する。それぞれの系統特性を解明しながら重層的な変化過程を可視化させるための可能性と課題を提示する。
酒井 彩加 Sakai Ayaka
「共感覚的比喩」の「一方向性仮説」(五感内の意味転用にみられる左から右への一方向性)は、これまで人間が生理学的に普遍であること等を論拠に、世界の言語共\n通に認められる「言語普遍性」の現象のひとつとされてきた。しかし研究が行われたのは英語と日本語のみであり、日本語の調査についても不十分なものである。従って、英語と日本語をはじめ他の言語についても本当に言語の違いを越えて共通に認められる現象であるのかどうか、十分に調査し検証する必要がある。酒井(2003)では、現代日本語における共感覚的比喩について多数の実例に基づき検証し、日本語においては比喩の一方向性が認められないという結論を得た。そこで本調査では、この酒井(2003)での結果を踏まえ、7つの言語(中国語、アラビア語、英語、スペイン語、韓国語、タガログ語、ロシア語)を対象とし「各言語の共感覚的比喩体系には、様々な多様性が認められる」という仮説を立て検証した。要点は、以下の5点にまとめられる。1.今回の調査で最も多く一方向性仮説に反する例が認められたのはタガログ語である。しかし、2番目に多い日本語、そして3,4番目の中国語、英語までは数値的に大きな差は無く、日本語だけでなく複数の言語においても多数の反例が存在することが明らかになった。2.「視覚→触覚」表現については、日本語と韓国語が7言語中、最も少ないのに対し、中国語においては多くの反例が存在する可能性がある。しかし「視覚→味覚」および「視覚→嗅覚」表現と比較すると、「視覚→触覚」表現は他の言語においても用例数が少ない可能性がある。3.「視覚→味覚」表現については、日本語が目立って多い。次いでタガログ語、英語、中国語にも比較的多くの反例が存在するが、スペイン語とアラビア語を除く他の言語においても、多くの反例が存在する可能性がある。4.「視覚→嗅覚」表現については、タガログ語および日本語に多く用例数が認められる。英語、中国語、アラビア語、ロシア語、韓国語にも用例が認められるが、スペイン語だけは極端に少ない可能性がある。5.7言語中、「うすい」「こい」「あわい」に相当する語においては、どの言語においても多数の転用例が認められる。一方、「あかるい」「くろい」「うつろな」「くうどうの」「ピンクの」といった語においては、今回の調査ではどの言語にも全く用例が認められなかった。本稿全体の結論として、日本語以外の7つの言語においても数多くの反例が認められる。従って、今後他の言語についてもさらに調査すべき必要性があることが確認できた。なお本調査は、今後予定されている20言語を対象とした言語調査に先立つ予備調査である。
大滝, 靖司 OTAKI, Yasushi
本研究では,子音の長さが音韻論的に区別される6つの言語(日本語・イタリア語北米変種・フィンランド語・ハンガリー語・アラビア語エジプト方言・タイ語)における英語からの借用語を収集してデータベースを作成・分析し,各言語における借用語の重子音化パタンを明らかにする。その結果から,語末子音の重子音化は,原語の語末子音を借用語で音節末子音として保持するための現象であり,語中子音の重子音化は原語の重子音つづり字の影響による現象であることを指摘し,純粋に音韻論的な現象は語末子音の重子音化のみであることを主張する。
柴崎, 秀子 玉岡, 賀津雄 高取, 由紀 SHIBASAKI, Hideko TAMAOKA, Katsuo TAKATORI, Yuki
本研究の目的は,(1)英語を使って作られた和製英語の意味を英語母語話者が推測した場合,どのような語の推測が容易で,どのような語の推測が困難かを調査すること,及び,(2)日本語学習経験のある者が未知の和製英語の意味を推測した場合,日本語学習経験が生かされるかどうかを調査することの2点である。日本語学習者36名と非学習者36名に,30語の和製英語を刺激語として与え,各語の知識を問う二者択一問題と,各語の意味を選ぶ四者択一問題を行った。その結果,日本語学習者は和製英語の知識において非学習者と差がないにも関わらず,意味推測において優れていることが示された。また,(1)英語と形が良く似ている和製英語,(2)後項の語が複合語全体の意味的主要部となり,前項の語が後項の語を修飾している和製英語は意味推測が易しく,反対に,(1)英語の語順規則に則っていない和製英語,(2)英語の概念に共通する部分が少ない和製英語,(3)前項の語も後項の語も,それが構成する複合語の主要な意味とならない和製英語は,英語母語話者にとって意味推測が難しい傾向があることが示された。
前川, 喜久雄
現代日本語の大規模な自発音声データベースである『日本語話し言葉コーパス』を紹介する。まず話し言葉研究におけるデータベースの必要性を指摘したのち,『日本語話し言葉コーパス』公開版の仕様を紹介する。締めくくりとして,日本語のコーパス言語学について簡単な展望を述べる。
狩俣 繁久 Karimata Shigehisa
北琉球語と南琉球語は文法、語彙の面で大きな違いが見られる。南琉球語と北琉球語と九州方言を比較し、(1)南琉球語には南九州琉球祖語に遡る要素が存在すること、(2)南琉球語に存在し北琉球語に見られない要素がかつては北琉球語にも存在したこと、(3)北琉球語と九州方言に共通するが,南琉球語に見られない要素があることを確認した。そのことから、南北琉球語の言語差は九州から琉球列島への人の移動の大きな波が2 回あったことに由来することを主張する。考古学等の研究成果を参考にすれば、南琉球に南九州琉球祖語を保持した人々の移動の時期は、10 世紀から12 世紀である。2 回目の人の移動によって北琉球で貝塚時代が終わり、グスク時代が始まった。南琉球にもグスク文化は伝わったが、その言語体系を大きく変化させるほどのものではなかった。
緒方 茂樹 城間 園子 津波 桂和 佐和田 聡 Ogata Shigeki Shiroma Sonoko Tuha Yoshikazu Sawada Akira
本研究ではこれまでに提唱してきた「システム教育学」の中核をなす図形モデルの再構築を行なった。まず特別支援教育におけるネットワークシステム構築に関する図形モデルとして「基本モデル」を提案した。従来提案してきた「空間モデル」は結果的にこの基本モデルと同一のものとなった。さらに時間軸に沿った連携のあり方について、基本モデルに時間情報を付加した上で「時間モデル」を再提案した。さらに本稿では、特にコーディネーターの役割に焦点を当て、システム論に基づいて今回再構築したモデルに当てはめを行った。得られた所見から、例えば関係諸機関間の連携については、コーディネーターが境界関係システムとして位置付けられること、その具体的な役割として「つなぐ」ということが主眼とされるべきことなどについて指摘した。さらに境界関係システムに関わる具体的な課題の一つとして、学齢前における保育所(園)、認定こども園におけるコーディネーターの不在などの課題についてもまた明らかにした。認定こども園の設置数増加に見られるような保育制度の改革の中、いわゆる気になる子の早期発見と早期対応についてもまた、時間連携の観点から今後重点的に取り組むべき課題の一つであることを指摘した。
朱, 京偉 ZHU, Jingwei
本稿は,先に発表した小論「蘭学資料の三字漢語についての考察─明治期の三字漢語とのつながりを求めて─」(朱2011)の続編である。現代日中両国語では,三字語の語構成がほぼ同じで,同形語も数多く存在している。その背後に,どのような日中語彙交流の歩みがあったかを解明するのが,先の小論と本稿の目的である。先の小論に続き,中国語側の三字語の状況を明らかにしようと思い,宣教師資料をとりあげたのであるが,日中双方の対照研究がしやすいように,蘭学資料の場合とほぼ同じ調査方法やデータの集計・分類方法を用いた。宣教師資料の三字語については,前部二字語基と後部一字語基に分けてそれぞれの性質を検討した上で,蘭学資料との比較対照を行なった。その結果,中国語では,近代以前から,少なくとも宣教師資料において,2+1型三字語の造語機能がすでに備わっていたこと,蘭学資料の三字語は,語構成パターンの面で中国語からの影響を受けながらも,後部一字語基の機能が強化され,同一語基による系列的・グループ的な三字語の創出へ進化を遂げたことなどを明らかにした。
金, 宥暻 KIM, Yu-kyeong
本研究の目的は,「日本語と韓国語の文構成は杉田(1994b)が主張するように異なっているかどうか」と「韓国人日本語学習者の日本語能力と日本語の文構成能力の関係」を明らかにすることである。そのため,日本人16名,韓国人64名を対象に12の論説文を配列する課題を課す方法で調査を実施した。その結果,次のことが明らかになった。(i)杉田(1994b)の研究とは違って日本語と韓国語の文構成はよく似ている。(ii)韓国人は日本語能力の向上につれ日本人と非常によく似た文構成パターンを示すようになる。(iii)習得に関しては,結論部より冒頭部の文構成の習得が容易である。
久屋, 愛実 KUYA, Aimi
本稿の目的は,外来語「ケース」を事例としてその共時的分布を明らかにし,外来語使用における言語外的要因を特定することである。本稿では国立国語研究所が2011年に公開した『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)を利用し,外来語と既存語の語彙バリエーションの研究を経験的に行う。分析の結果,書き手の生年代,最終学歴,媒体種,共起述語の種類について統計的有意差が認められ,これらの要因が外来語の生起に影響していることがわかった。若年層ほど「ケース」の生起率が上昇していることから,既存語(「事例,場合,例」)から外来語への語彙使用の変化(言語変化)が起こっていることが確認された。また,外来語の生起率は書き手の学歴の上昇に伴い低下し,より公共性の高い媒体として特徴づけられる書籍において低いことがわかった。このことは,ある社会的カテゴリーや環境ではまだ浸透度が低いという,日本語における外来語の現状をあらわしていると思われる。
宮岡, 弥生 玉岡, 賀津雄 林, 炫情 池, 映任 MIYAOKA, Yayoi TAMAOKA, Katsuo LIM, Hyunjung CHI, Youngim
日本語と韓国語はともに漢字文化圏にあるといわれているが,現在,韓国ではハングル専用が完成されており,日常生活で漢字が用いられることは少ない。そのため,韓国語母語話者は,漢字の音韻的表象は持っているが書字的表象は持っていないと考えられる。そこで本研究では,韓国語を母語とする日本語学習者がどのような漢字想起と書字のメカニズムを用いているのかを明らかにするために,漢字二字熟語の書き取りテストを実施し,漢字二字熟語の記憶に対する(1)語彙使用頻度,(2)学習者の日本語能力の高低,(3)日本語と韓国語の語彙の音韻的類似性の影響を検討した。分析の結果,(1)漢字二字熟語の記憶に対する語彙使用頻度の影響が見られた。このことから,韓国語を母語とする日本語学習者は,日本語母語話者と同様に,日本語の漢字二字熟語を一字単位ではなく二字単位で捉えて記憶している可能性があると考えられる。(2)学習者の日本語能力については,語彙力の高いグループのほうが,低使用頻度語彙の記憶において特に優れていた。(3)音韻的類似性は,漢字二字熟語の記憶に対する影響が見られなかった。
大野, 晋
第一段階として、大野はタミル語と日本語の間の、音韻法則に支持された五〇〇語の対応語と二〇語の文法的morphemesのリストを提示し、タミル語と日本語とは同系であるという仮説をたてた。第二段階として、その対応語の内容を分析して、農作物名・農地・金属・機織・墓制に関係する三〇語が含まれていることを示した。これらの文明が日本で初めて出現したのは弥生時代(B.C.五〇〇~A.D.三〇〇)である。南インドではMegalithic Culture (B.C.一〇〇〇~A.D.三〇〇)の時期にそれらと同じ文明がすでに行われていた。考古学的調査によると、Megalithic ageの墓制と、日本の北九州の弥生時代の墓制とはほぼ共通である。これらによって日本とタミルとに関係が生じたのは、B.C.五〇〇~A.D.三〇〇の間のことと推定した。
窪薗, 晴夫 KUBOZONO, Haruo
「ストライキ」から「スト」,「テレビジョン」から「テレビ」というように,多くの外来語が2~4モーラの長さに短縮される。この短縮語形成についてはこれまでもいくつか出力条件(制約)が考えられてきたが,一つの入力に対して唯一の出力を予測するまでには至っていない。本稿は「短縮語は短いほど良い(the shorter, the better)」という前提に基づく従来の分析に対し,単語分節という全く別の観点からの分析を提案する。この分析では,5モーラ以上の長さの単純語は音韻的には実は複合語(疑似複合語)であり,その後半部分が削除されることにより短縮形が生成されると分析する。この分析により,長い単純語の短縮パターンが説明できるだけでなく,単純語の短縮と複合語の短縮(携帯電話 → ケータイ)を同一のプロセスとして一般化できる。さらには,4モーラと5モーラの境界が関与する他の言語現象と短縮語形成の共通性もとらえられるようになる。
高橋, 太郎 鈴木, 美都代 TAKAHASHI, Tarō SUZUKI, Mitsuyo
(1)日本語の指示代名詞には,主としてものをさすコレ,ソレ,アレ,ひとやものをさすコイツ,ソイツ,アイツ,主として場所をさすココ,ソコ,アソコ,主として方向をさすコチラ,ソチラ,アチラなどがあって,それらの語頭音節コ一,ソ一,ア一に注目してまとめると,システムをなしている。そのシステムはさらに指示的な形容詞(いわゆる連体詞),副詞にもひろがっていて,これらの指示語の全体系はコソアドとよばれている。(2)このシステムは,従来,コ系,ソ系,ア系が話し手と聞き手によってつくられる場のなかで,どのような緊張関係をもち,どのようにさしわけられるか,という面から研究されてきた。しかし,コレ,ソレ,アレがなにをさし,ココ,ソコ,アソコがなにをさすかといった語尾形式の共通性とさすものの関係に注目した研究はなかった。(3)本研究は,一レ系,一イツ系,一コ系,一チラ系が,どのような存在論的なカテゴリーをさすのにつかわれているかについて,おもにシナリオを材料にしてこまかくしらべたものである。(4)調査の結果,カテゴリーの基本的な分担がかなりあきらかになり,また,さし方やコ・ソ・アのちがいなどの条件で変化が生じることもわかった。この研究は,名詞のカテゴリカルな分類にも寄与することになるだろう。
東条, 佳奈 黒田, 航 相良, かおる 高崎, 智子 西嶋, 佑太郎 麻, 子軒 山崎, 誠 Tojo, Kana Kuroda, Kou Sagara, Kaoru Takasaki, Satoko Nishijima, Yutaro Ma, Tzu-Hsuan Yamazaki, Makoto
医療記録データには、複数の単語が連結された合成語が多く存在する。そのため、自然言語処理を効率的に行うためには、合成語の語構成や、それらの構成要素の意味に着目し、合成語の構造を明らかにする必要がある。しかし、医療記録は非公開という資料的特質のため、言語学的な調査があまり行われてこなかった。また、医療関係者における意味のある言語単位も定まっておらず、整理の必要があった。こうした背景に基づいて作成した言語資源が『実践医療用語_語構成要素語彙試案表 Ver.2.0』である。本試案表は、『実践医療用語辞書ComeJisyoSjis-1』より抽出した合成語より作成した『実践医療用語_語構成要素語彙試案表Ver.1.0』を更新したもので、7,087語の合成語について、それぞれを構成する語構成要素6,633種と、語構成要素に付与した意味ラベル41種を収録している。本発表では、Ver1.0からの変更点と、本言語資源の特徴、意味ラベルに注目した語構成要素について概観を行った。
中山, 恵利子 NAKAYAMA, Eriko
1997年,1998年に厚生省(当時〉がカタカナ語の適正化を図るための通達を出したにもかかわらず,2000年に導入された介護保険制度の用語にはカタカナ語が目立つ。そこで,実際の現場で高齢者に対してどの程度カタカナ語が使われ,高齢者がどの程度理解しているのかを,高齢者と介護サービス提供者双方へのアンケート調査ならびに聞き取り調査により調べた。その結果,次のようなことがわかった。(1)介護現場では,カタカナ語のほかにカタカナ略語,カタカナ語の辞書的説明,生活場面に即した言い換え語などさまざまな言葉が併用されている。(2)高齢者に対する介護サービス提供者のカタカナ語の使用には配慮が見られるものの,高齢者が理解していないのにカタカナ語が使われている可能性も高い。(3)厚生省が通達した言い換え語は介護現場ではあまり使われていない。(4)カタカナ語に拒否反応を示す高齢者は少なくない。
ポッペ, クレメンス POPPE, Clemens
日本語と韓国・朝鮮語は共に高低アクセント方言が存在し,その中には類型論的に見てよく似たアクセント体系がある。しかし,両言語の諸方言における形態構造とアクセントの関係の類似点と相違点についてはまだ詳細に解明されていない。本稿では,その解明の第一歩として,日本語の東京方言,京阪方言,韓国・朝鮮語の慶尚道方言,咸鏡道方言を取り上げ,複合語と接辞・助動詞・助詞などの付属形式のアクセント上のふるまいを中心に形態構造とアクセントの関係を比較し,それぞれのアクセント体系に見られる共通点と相違点について考察する。主な相違点として,次の点が挙げられる。まず,韓国・朝鮮語の方言に比べて,日本語の方言においてアクセント・トーンに関わる形態音韻過程の種類が多い。また,これに関連して,韓国・朝鮮語の二方言ではアクセント型の決定において句と語の区別がほとんどされていないのに対し,日本語の二方言では句と語の区別がはっきりとされており,形態構造や接辞の種類等によって様々な過程が見られる。この相違点を説明するにあたり,類型・機能論的観点の議論を進める。
スルダノヴィッチ エリャヴェッツ, イレーナ 仁科, 喜久子 SRDANOVIĆ, ERJAVEC Irena NISHINA, Kikuko
近年コーパス構築と利用に関してのさまざまな研究が展開しているが,本稿ではコーパス検索ツールSketch Engineの日本語版作成と利用方法について報告する。標準的なコーパス検索ツールと異なる点は,コンコーダンス機能以外に語に付随する文法とコロケーション情報をWeb上の1頁にまとめる"Word Sketch"機能を持ち,シソーラス情報や意味的に類似する語の共通点と差異を示す"Thesaurus"と"Sketch Difference" 機能を含むことである。現在のSketch Engine 日本語版はJpWaCという4億語の大規模Webコーパスを有しており,他のコーパスを搭載することも可能である。本稿では,Sketch Engineによるコーパス利用の例として日本語学習辞書に焦点を当て,さらに日本語学研究,日本語教育などへの応用の可能性について述べる。
須永, 哲矢 SUNAGA, Tetsuya
中古和文において,どこからどこまでを一語と認めるかという語認定には,従来明確な尺度がなく,既存の辞書の見出し語をあたっても,立項基準は感覚的・主観的なものであると言わざるを得ない。語と語の結びつきの強さ(コロケーション強度)を具体的な数値で示すダイス係数を取り上げ,「名詞+あり/なし/よし/あし」の組み合わせを例に,語認定の一つの客観的基準として,ダイス係数が有効であることを論じた。
田中, 章夫 TANAKA, Akio
方言の語法と,いわゆる標準語のそれとを比べてみると,両者の間には,「団塊型/累加型」「多能型/単能型」「微差保有型/微差消滅型」といった対応を認めることができる。方言と標準語の,こうした語法上の差異が,方書は味わいがあるとか含蓄に富むとか評され,標準語は理屈っぽくて,うるおいがないなどとされる一因になっていると考えられる。しかし,標準語の表現にみられる,上記の語法上の性格は,方言の差異を乗り越えたコミュニケーションに用いられる言語として,標準語が当然備えるべきものでもある。この論文は,このような,標準語の語法的性格が,江戸語・東京語をベースにして現代の標準日本語がかたちづくられてきたプロセスにおいて,どのように形成されてきたかを考察したものである。
Ishihara Masahide 石原 昌英
本稿では、複合語形成と接辞添加は表示(representation)が異なるというInkelas(1989)等の仮説に着目し、日本語動詞の分節音規則の適用に見られる接辞語と複合語の違いの説明を試みる。例えば、過去を表す接尾詞(-ta)の接辞が起こると、二つの子音が隣接するという環境で様々な規則が適用されて音の変化が起こる。しかし、似たような環境を造りだすと思われる複合語では、接辞語に見られるような音の変化が起こらない。これには、二つの異なる要因がある。まず、接辞語と複合語では造りだされる(音韻規則が適用する)領域の数が異なるという形態型表示の違いがある。つまり、接辞語は一つの領域を持ち、複合語は二つの領域を有する。次に、問題の音韻規則が一つの領域内で隣接する二つの子音にのみ適用されるという規則の特質がある。つまり、子音の隣接という条件は、領域を一つしか持たない接辞語でのみ満たされる。複合語内で隣接すると見られる二つの子音は、厳密の意味では(規則適用の観点からは)隣接していない。従って、問題の規則は接辞語でのみ効力を発し、複合語では適用されない。本稿ではまた、この問題に関する語彙的音韻論(Lexical Phonology)的な説明の問題点を指摘して適当ではないことを論ずる。
内山, 清子 岡, 照晃 東条, 佳奈 小野, 正子 山崎, 誠 相良, かおる
医療現場で用いられる電子カルテなどの記録文書(医療記録)に専門用語としての医療用語が大量に含まれている。医療記録に記載された言語情報を正確に理解・活用するためにはこれらの医療用語の理解が必要となる。医療記録に含まれる語には、複数の語からなる複合語や臨時一語も多く、これらは、病名、身体の部位名、処置名、薬剤名等、様々な用語から構成されている。しかし、現在はこの語構成要素の組み合わせのパターンや語構成要素間の関係などが曖昧である。そこで、本研究では複数の語からなる実践医療用語の語構成要素の抽出を試みた。語構成要素の条件を独自で定義した後、ComJisyoV5、と今後公開予定のV6の登録候補語に対象として、MecabMeCab0.996とUniDic-cwj-2.2.0を利用して形態素解析を行った。分割された単語の品詞情報を手がかりにして、単一単位となり得る品詞列を抽出した。次に抽出した候補リスト以外に語構成要素となる品詞列があるかについて検討を行った。
山崎, 誠
日本語には漢語を中心に同音異義語が多いと言われる。国立国語研究所(1961)『同音語の研究』は同音異義語に関する総合的な研究であるが,実際の個々の文脈において同音語がどのくらい出現するかという調査は管見の限り見当たらない。本研究では『現代日本語書き言葉均衡コーパス』を利用して,1サンプル中に漢語の同音異義語がどの程度現れるかを調査したものである。調査単位は短単位である。結果は,調査した図書館書籍(LB)の10551サンプルのうち,95.4%のサンプルに同音異義語の組が少なくとも1つ現れていた。同音異義語の組み合わせで多かったもの(頻度10以上)1082組を見ると,7割弱は「方・法」や「社・者」のような一字漢語が多く,「以上・異常」「自信・自身」のような二字漢語同士の組み合わせは約3割であった。またテキストに出現する同じ読みを持つ二字漢語の組み合わせを調べると,少なくとも約6割のサンプルに同音二字漢語の同音異義語が現れていることがわかった。
波多野, 博顕 王, 可心 陳, 凱僑 林, 良子 Hatano, Hiroaki Wang, Kexin Chen, Kaiqiao Hayashi, Ryoko
日本語母語話者および学習者による疑問・非疑問発話を対象に、韻律の定量的な比較・検討を行なった。科研「三重データコーパスを用いた日本語韻律の習得・評価に関する多面的研究」によって構築中の音声コーパス「KANI-J(Kobe Archive of Nonnative Intonation in Japanese)」を用い、中国語・イタリア語・韓国語・ロシア語母語話者による動詞一語の発話を分析した。韻律データに階層的クラスター分析を行なうことで典型性を捉えるとともに、学習者の日本語学習歴からその要因を検討した。また、疑問発話の韻律を日本語母語話者と学習者で比較し、学習者韻律の特徴を分析した。その結果、学習者では非疑問・疑問の別によってアクセント核の現れが異なることや、疑問上昇に至るまでの韻律動態に違いが見られた。
鄭, 惠先 JUNG, Hyeseon
本稿では,方言を役割語の一種として定義した上で,日韓両国での方言意識調査を通して,役割語としての両言語方言の共通点と相違点を具現化した。最終的には,日韓・韓日翻訳の上で,両言語方言を役割語として有効活用することが本研究の目的である。考察の結果,以下の4点が明らかになった。1)両言語母語話者の方言正答率から,韓国の方言に比べて日本の方言のほうで役割語度が高いことが予想される。2)「共通語」対「方言」の対比的な役割語スタイルは,両言語母語話者の方言意識の間で共通している。3)「近畿方言」と「慶尚方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,一部のステレオタイプの過剰一般化が役割語度アップを促進していると推測される。4)「東北方言」と「咸鏡・平安方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で,「東北方言」に比べて「咸鏡・平安方言」の役割語度がきわめて低い可能性がうかがえる。以上の結果をもとに,両言語方言の役割語としての類似性を巧く生かすことで,より上質の日韓・韓日翻訳が実現できると考える。
早川, 勇 HAYAKAWA, Isamu
近年,英語に持ち込まれた日本語語彙の数は激増しているが,ヨーロッパ諸言語の比ではない。The Oxford English Dictionary (OEDと略す)に限って述べるならば,初版では日本語語彙は派生語を含め60余語に過ぎなかった。その後の日本経済の発展もあり,第2版(1989)では約400語に達した。英語における語彙の歴史はOEDにその研究成果が集約されている。この辞書にはその語が文献のうえで最初に使われた年(初出年)が示されている。本調査はOEDに収録されている語を中心に約900の日本語語彙の初出年を確定するのが目的である。これまでOEDの記述に遺漏はないと思われてきたが,日本語語源の語彙に関する限りかなりの不備があることが筆者の研究で明らかになった。第2版以降の追加(Additions)分も加えかつJapanの派生語も含めると, OEDには約550語が収録されている。筆者の調査で,このうち約260語について初出年を早めることができた。この初出年書き換えにより,日英(日欧)の文化交流の歴史も同時に書き換えることができたと筆者は信じている。
藤井, 聖子 佐々木, 倫子
日本語教育センター第二研究室では、現在、英語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語それぞれの言語に関して、日本語との対照研究を進めている。日英対照としては、現時点では、談話・語用論上の対照を押し進めるため、会話スタイルの分析を行っている。日西では、統語現象と意味の問題を取り上げている。日葡対照としては、ブラジル人と日本人との言語接触の局面を、社会言語学的アプローチで調査している。日仏では、音声、特にアクセント、イントネーション、音声言語コミュニケーションに付随するジェスチャーを取り上げ、音声及びパラ言語の領域における対照を進めている。
鄭, 惠先 JUNG, Hyeseon
本研究は,文学作品と意識調査結果を資料として分析を行い,韓国語と日本語の複数形接尾辞の使用範囲の特徴を明らかにすることを目的とする。考察の方法としては,小説の対訳資料と両言語話者に対する意識調査結果を分析する。まず,前接する人名詞による共起領域の違いと関連して,つぎの2点を明らかにする。(1)普通名詞が不特定多数を指示する場合,韓国語では頻繁に複数形接尾辞を後接するが,日本語では複数形接尾辞を後接しない。(2)集団名詞や準集団名詞に,韓国語ではよく複数形接尾辞を後接するが,日本語ではあまり複数形接尾辞を後接しない。つぎに,意味解釈における用法の違いと関連して,つぎの2点を明らかにする。(3)韓国語の複数形接尾辞「들」は近似複数を表せないが,日本語の複数形接尾辞「たち」は,同質複数と近似複数の両方を表すことができる。(4)近似複数を表す日本語の「たち」に似通った性質を持つ韓国語の複数形接尾辞に「네」がある。
島袋 恒男 喜久川 美沢 Shimabukuro Tsuneo Kikukawa Misawa
「健康な子とは?」という刺激語に対する連想語を教師に対する予備調査で収集し、それをKJ法に準じた形で整理し「児童の健康自己概念調査票」を作成した。そして児童を対象とした健康自己概念に関する調査を実施した。結果にクラスター分析を施し、人とのつながりを示す「連帯感」、自分の生活や学習のコントロール力に関係する「生活習慣・自己統制」、友達との関わり・活動を示す「屋外集団遊び」と心身のストレスを示す「心身の不健康」の4つの健康自己概念の特徴が明らかにされた。「屋外集団遊び」は「連帯感」を高め「生活習慣・自己統制」につながる可能性がうかがえた。健康の自己概念の4つのクラスターを学習意欲の指標である学習CAMI尺度との相関を求めた。健康自己概念の高さは、学習における「教師の援助の保有感」、「努力の保有感」「達成への統制感」と正の相関を示し、健康自己概念が学習意欲の高さにつながっていることが示された。健康自己概念の発達は「人とのつながりの中で規範に基づく行動と生活習慣の確立が、心身の健康に影響して意欲・やる気を喚起し,学習面の意欲につながること」が考察された。具体的には、集団活動・遊びの時間を日課に設け、保護者と連携して基本的生活習慣を確立すること、健康教育を充実しながら個々の児童生徒に健康の自己概念を育む必要のあることが提案された。
宇佐美, 哲也 Usami, Tetsuya
武蔵野台地東辺における縄文時代中期の主要集落遺跡について,土器の細別時期ごとに住居分布を検討した。その結果,いずれの集落遺跡においても,一時的に住居軒数が増加し,住居が環状に分布するような景観を呈する時期が認められるものの,基本的には1~数軒の住居が点在するような一時的景観を基本として,住居数の増減を繰り返したり,途中断絶を挟みつつ,変遷していることが確認できた。大規模集落跡,環状集落跡とされる集落遺跡も,住居が環状に分布するような景観が途切れなく継続する姿は復元できない。また,住居数が増加する時期は,各集落遺跡により違いがあることから,その要因は,各集落遺跡,各地域ごとに異なる可能性が高いと想定した。
郭, 永喆
日本語と韓国語とは、漢字使用や文法的構造の類似性などから他の国の言語より親密性を持っている。これらの漢字使用と文法的構造の接点は古くからあり、日韓両国語は互いに間接影響しあうようになったと見られる。韓国語における日本語との交渉という面は、歴史的には非常に古いと言えるが、その具体的接触は朝鮮通信使の使行記録からであると言ってよい。
セリック, ケナン 麻生, 玲子 中澤, 光平
本稿では、明治期の八重山語(石垣島方言)の語彙資料の手書き原稿の翻刻を提示する。『海南諸島單語篇』(副題『沖縄懸下八重山島單語』)と題する本資料は植物学者の田代安定が1880年代に実施した実地調査に基づいて作成したもので、現在、東京大学理学図書館で保管されている。この資料は収録語数が800語を超えており、また、表記が八重山語の重要な音韻的対立を反映している。このように、八重山語の纏まった正確な語彙資料として最古のものであると考えられる。このため、八重山語の研究および研究史にとって極めて重要な価値がある。
フレレスビッグ, ビャーケ FRELLESVIG, Bjarke
本論文は「オックスフォード上代日本語コーパス」の用例に依拠して,上代日本語における動詞「する」の主要な用法を記述しようとするものである。主要な論点は,上代語の「する」は語彙的な用法をもたない純粋に機能的な要素であって,語彙的用法をもつ現代語の「する」とは相違していることを示すことにある。あわせて上代語の「する」を軽動詞(light verb)とよぶことの適否と,印欧語におけるdo動詞がそうであったように,上代語の「する」もまた語彙的な用法をもつ「重たい」動詞が文法化されることによって生じたとみなすことの適否についても簡潔に論じる。
鄧, 牧 DENG, Mu
先行研究では,大正期に入ってから,外来語は本格的に増加し始めたとされる。本研究では,日本初の外来語辞典及び新語辞典を含めた,大正期に刊行された10種の新語辞典を調査対象に17911語を抽出し,大正期を初期・中期・後期に分けてこの時期の外来語の増加について計量的考察を行った。新語辞典による調査を通して,大正初期の新語辞典に見られる外来語は,抽出語全体の8割近くを占めていることが明らかになり,その多くは明治期,及び明治以前の時代から日本語に入ったものだと考えることができた。そして,大正初期・中期・後期という時代ごとにそれぞれの特徴が観察された。
相澤, 正夫 AIZAWA, Masao
2007年10月に中国北京日本学研究センターで開催された国際シンポジウムにおいて,最近の日本語研究の新動向の一つとして,「言語問題への対応を志向する日本語研究」の事例を紹介した。国立国語研究所の「外来語」言い換え提案を取り上げることにより,日本語の体系や構造,あるいは日本語の使用実態に関する調査研究を基盤としながらも,さらにその先に日本語の現実の問題を見据えた総合的・実践的な「福祉言語学」の一領域が既に開拓されていることを示した。
ヴォヴィン, アレキサンダー
最近日本祖語、琉球祖語と日琉祖語の再構が非常に進んだとは言え、まだ不明な箇所が少なからず残っている。特に、日本語にない琉球語の特別な語彙と文法要素、また、琉球語にない日本語の特別な語彙と文法要素が目立つ。それ以外にも、同源の様でも、実際に説明に問題がある語彙と文法要素も少なくない。この論文では、そうしたいくつかの語彙を取り上げる。結論として次の二つの点を強調したい。先ず、琉球諸言語の資料を使わなければ、日琉祖語の再構は不可能である。第二に、上代日本語と現代日本語の本土方言には存在しない韓国語の要素が琉球諸言語に現れていることを示そうとした。私の説明が正しければ、ある上代韓国語の方言と琉球祖語の間に接点があったことを明示する事になるであろう。
渡辺, 友左 WATANABE, Tomosuke
オトウサン・オカアサンという語はもともと江戸語にはなかった,明治に入ってから文部省が国定教科書を編纂したときに新しく作った語である,ということが巷間よく言われている。しかし,江戸語と近世上方語,それに江戸期から明治期の全国各地の方言を調べてみると,そうではないことがわかる。オトウサン・オカアサンという語は江戸語にも存在していたし,各地の方言の中にも存在していた。文部省がしたことは,当時全国各地に広く分布していたに違いないトウおよびカアを語基とする方言(たとえば,トウ・カア,トウヤー・カアヤー,トウヤン・カアヤン,オトウサ・オカアサ,トウチャン・カアチャンなどなど)の中から,オトウサン・オカアサンという語形を標準語として取り立て,国語教科書に採用したというだけのことである。
張, 元哉 CHANG, Won jae
現代韓国語において,日韓同形漢語が多いことの理由の一つに,近代以降,多量の日本製漢語が韓国語に取り入れられたことがあげられている。しかし,近代語におけるその実態は明らかにされていない。本稿は,日韓語彙交流史の19世紀末に焦点をあて,同形漢語や日本製漢語の実態を調査したものである。1895・6年の『国民小学読本』(近代最初の国語教科書)と,『独立新聞』(近代最初の民間新聞)における漢語(3621語)のうち,同時期の日本語の資料に見られる同形漢語は,2393語で66,0%を占めている。そのうち,同義である2290語の各語において中国・日本・韓国の資料を調べ,それぞれの用例の有無を確認し,出自の判断を行った。その結果,日本製漢語と思われる語は,229語であり,10%を占めていることが明らかになった。
石井, 久雄 ISII, Hisao
現代語のある表現・意味を,古代語ではどのように表現していたか。その問題にかかわる研究領域は,表現史として設定されうるであろう。そうして,その研究の成果の集約として,現代語=古代語辞典の編集を想定しながら,どのような作業がかんがえられるかを,のべる。(1)語彙研究の成果を検討する,(2)古代語作品の現代語訳を検索する,(3)古辞書を利用する,(4)古語辞典の記述を参照する,というような作業である。
桑原, 陽子 山口, 美佳 KUWABARA, Yoko YAMAGUCHI, Mika
本研究では,中国語系初級日本語学習者が日本語で書かれたホテル検索サイトの情報をどのように読み,その過程にどのような困難点があるのかを明らかにするために,中国語系初級日本語学習者11名にホテル検索サイトの2つのホテル情報を読んでもらい,その読解過程を学習者による内省報告とインタビューによって調査した。その結果,次の(i)から(iii)のようなことが明らかになった。(i)中国語系初級日本語学習者は,ホテル検索サイト内で出現頻度の高い,「ツイン」「フロント」のようなカタカナ表現や,ホテル検索サイトに特徴的な「貸し切り風呂」などの表現を理解するのが困難である。(ii)中国語系初級日本語学習者は,漢字に頼りすぎる傾向があり,ひらがなで書かれた「ない」などの活用語尾,「のみ」などの助詞を見落として正しく意味が理解できないことが多い。また,漢字の意味だけをつなぎ合わせて,本来の意味を無視した,勝手な解釈をすることもある。(iii)中国語系初級日本語学習者は,辞書サイトや翻訳サイトなどの補助ツールを積極的に使用するが,それらのサイトは必ずしも正しい意味を提示せず誤訳も多い。そのため,辞書・翻訳サイトを使用した結果をうまく利用する技術が必要である。
陳, 毓敏 CHEN, Yumin
これまで中国語母語の日本語学習者の日本語の漢語習得研究に主に文化庁(1978)の枠組みが応用されてきた。この枠組みでは,日本語と中国語の意味関係がどのように対応しているのかによって,意味関係が同じ(Same),一部重なっている(Overlap),著しく異なっている(Different),同じ漢語が存在しない(Nothing)に分類されている。この枠組みのOverlapは日中で共通する意味が一般的に使用されているものと,ほとんど使用されていないものが混在している。また,Nothingには中国語の漢字知識を使って推測が可能なものと不可能なものがある。このため,中国語母語の日本語学習者の漢語習得の難易度の検証に適さない。本研究はこの点を解決するため,共通する意味の母語話者による使用一般性と意味推測可能性を考慮した新たな枠組みを提案し,その枠組みの分類に必要とされる意味使用の一般性と意味推測可能性の調査方法及び,試行例を紹介する。
間淵, 洋子 MABUCHI, Yoko
近代語と現代語の形態論情報付きコーパス『日本語歴史コーパス 明治大正編I 雑誌』と『現代日本語書き言葉均衡コーパス』を用いて,近代と現代との漢語語彙の比較を試みた。コーパスから網羅的に漢語を抽出・調査した結果,近代と現代との漢語語彙の差異および変化について以下の実態が明らかになった。
森 雅生 Mori Masao
大学評価に関連する大学情報の収集と管理、活用の効率的方法について、既存のデータを再利用する観点から考察する。実践例として、学校基本調査のアーカイブデータをデータベース化した取り組みを紹介し、中規模の大学情報の収集管理について、活用を視野に入れた一般的な方法を論じる。
渡辺, 守邦 WATANABE, Morikuni
啓蒙とは、学殖の落差に基く営為であり、倫理的価値観を介入させることによって、そこに教訓的姿勢が生ずる。教訓的言辞を弄する仮名草子にとって、作者の知識教養の実態を解明することは、作品の思想性や文学性を考えるための基本である。
丸山, 岳彦 田野村, 忠温 MARUYAMA, Takehiko TANOMURA, Tadaharu
現在国立国語研究所において構築が進められている「現代日本語書き言葉均衡コーパス」が2011年に完成し,日本語初の大規模な均衡コーパスを誰もが利用できるようになる。これにより,諸外国,諸外国語に大幅な遅れを取っていた日本語のコーパス言語学的な研究は,新たな段階を迎えるものと期待される。「コーパス日本語学の射程」と題した本特集の巻頭論文として,本稿では日本語研究におけるコーパスの利用の歴史を振り返り,将来の展望やコーパスの利用をめぐって注意すべきいくつかの問題について述べるとともに,特集に収めた各論文について簡単に紹介する。
渡邊, ゆかり WATANABE, Yukari
近代以降に見られる付属語の「きり」の用法には,付属語の「きり」が現れたとされる近世前期上方語に存在しない用法があり,逆に,近世前期上方語において存在していた付属語の「きり」の用法の中には,近代以降見ることのなくなった用法も存在するが,付属語の「きり」の用法がどのようにして近世前期上方語に見られる用法から近代以降に見られる用法へと変遷していったのかについてはこれまでのところ具体的に考察されてはいない。従って,本研究においては,文学作品等から収集した表現例をもとに,付属語として用いられる「きり」の用法の変遷について考察を行った。その結果,付属語「きり」は,近世前期においては,主に体言句に後接して修飾成分を構成し,被修飾成分が表す事物の存在が許されている,あるいは義務付けられている期限を表すのに使用されていたが,時代が下るにつれて意味が拡張していき,近代以降には,限定の意味を含んだある種の属性を表す用法が現れたことなどが明らかとなった。
山崎, 誠 相良, かおる 小野, 正子 東条, 佳奈 麻, 子軒
本発表では、電子医療記録に含まれる実践医療用語の語構成を明らかにするために、独自に設計した語構成要素への分割とそれに対する意味ラベルの付与を行い、意味ラベルによる語構成のパターンを調査した。調査対象は、ComeJisyoSjis-1(111,664語)から、『分類語彙表 増補改訂版』に収録されている語を含む約7,000語から抽出した1,000語である。これらを短単位よりやや長めの語構成要素に分割し、意味ラベルを付与した。意味ラベルは、石井(2007)の複合名詞の語構造把握のための意味分類を参考にしたが、実践医療用語のために独自に設けたものも多い。分析結果から、以下のような点が明らかになった。(1)語構成要素数が2個と3個のものが全体の8割以上を占める。(2)意味ラベルは、「疾患」「身体部位」「状態」「症状」「医療行為」「時間」「生理」の7つで全体の約8割を占める。(3)意味ラベルは、語頭により多く出現するもの(「身体部位」「時間」)や語末により多く出現するもの(「医療行為」「症状」「障害」)などがあり、分布に偏りが見られる。
小川, 雅貴 岸山, 健 OGAWA, Masataka KISHIYAMA, Takeshi
「塗る」のような壁塗り代換を起こす日本語の動詞には,「動作によって移動する移動物」を目的語で表す移動物目的語構文(「壁にペンキを塗る」)と「動作の生じる場所」を目的語で表す場所目的語構文(「壁をペンキで塗る」)がある。両構文に共起する結果述語は,移動物目的語構文内で斜格語を修飾したり(「壁にペンキを【赤く】塗る」),場所目的語構文内で目的語を修飾したり(「ペンキで壁を【赤く】塗る」)して,「場所」の変化を表せる。しかし,同じ叙述対象の状態変化を表す2つの構文がどのように使い分けられるのかは明らかでなく,2つの内いずれが選ばれるのかを機能的に説明する必要がある。そのため,両構文での結果述語が,場所と移動物のどちらの変化を表する傾向が強いか調査する。ここでは,結果述語として形容詞連用形を取り上げ,形容詞が壁塗り代換動詞に係る文を分析する。さらに,「現代日本語書き言葉均衡コーパス」データに係り受け解析器KNPを適用し,統語構造に基づいてデータを抽出した過程も詳述する。
小河原, 義朗 金田, 智子 笠井, 淳子
各教育現場に応じた適切な支援を行うためには,多様化している日本語学習の現状を把握する必要がある。国立国語研究所では,国内外で学ぶ日本語学習者がどのような学習環境・手段で学習しているのかに関する調査を実施している。その結果,日本語環境にはない海外においても,学習者は日本語の授業以外の日常生活において,身の回りにある様々な人・物・場(機会)をリソースとして,日本語と様々な接触をしていることが明らかになった。
上野, 善道 UWANO, Zendo
琉球方言の一つ,奄美喜界島方言のアクセント資料として,今回は173語の複合語を取り上げ,その前部要素によって複合語のアクセントが決まるという規則は成り立たないことを示した。
奥野, 由紀子 金, 玄珠 OKUNO, Yukiko KIM, Hyonju
本研究は「の」の脱落による誤用をターゲットとして言語転移の様相を探ろうとするものである。日本語学習者の名詞句における「の」の脱落は,複数の母語を対象とした作文及び発話データから,母語にかかわらず生じる誤用であることが明らかとなっているが,上のレベルになるにつれ漢字圏学習者により多く見られることが指摘されている。そこで本研究では韓国語と中国語を母語とする上級日本語学習者に対して文法性判断テストによる調査を実施し,日本語と同様に修飾部と被修飾部をつなぐ働きをする「의 (韓国語)」「的(中国語)」の有無が,日本語でも母語でも必要な「一致」か,日本語では必要であるが母語では不要な「不一致」か,母語ではあってもなくてもどちらでもよい「任意」かという観点から,「の」の脱落に対する正答率の差を検討した。その結果,中国語母語話者は,「一致」が「不一致」「任意」よりも有意に高く,母語との対応関係が一致しているほど正しく判断していることが明らかとなった。一方,韓国語母語話者は「任意」が「一致」「不一致」よりも有意に高く,母語との対応関係以外の要因が関与している可能性が示された。韓国語では「任意」であるケースが日本語と比較して非常に多く存在することから,韓国語で「任意」の場合には日本語では「の」が必要であるとする,学習者なりの認知的判断が関与している可能性が示された。従来の「正と負の転移」の枠組みでは説明しきれない言語転移のメカニズムの一端として報告する。
落合, いずみ
アタヤル語(オーストロネシア語族アタヤル語群)において「要求する」を表す語məsinaについて、その起源をセデック語(アタヤル語群)との比較から考察し、アタヤル語群祖語を*əsaと再建し、本来は「言う・要求する」を表す語であったことを主張する。アタヤル語のməsinaは2通りの形態分析ができ、m-əsinaまたはmə-sinaであるが、いずれも語根と推定される**əsinaまたは**sinaは、セデック語の同源語が見つからない。一方セデック祖語に再建される「言う」は*əsaであり、同時に「要求する」という意味でもある。アタヤル語の特徴として最終音節のオンセット直後に挿入される特殊な接尾辞(化石中央接尾辞と呼ばれる)があり、形式は<in>である。アタヤル語では祖形*əsaに<in>が挿入され、əs<in>aが派生され、さらに「要求する」の意味のみに特化したのではないか。だとすればアタヤル語の「言う」を表す形式kayalの由来が問題になる。これはアタヤル語のkai「言葉」(アタヤル語群祖語*kari)に化石接尾辞-alが付加して、kai-alからkayalとなったのだろう。アタヤル語群祖語*əsaにはブヌン語asa「好む、必要とする、望む」やサイシヤット語oSa’「言う」などの同源形式もあり、これらからオーストロネシア祖語は*əSaと再建されうる。
謝 福台 金城 尚美 Xie Futai Kinjo Naomi
本稿は、日本語学習者にとって習得が困難だとされる助詞の中でも特に「は」と「が」の使い分けに関する論考である。とりわけ、助詞があるという点で、日本語と統語論上、似た体系を持つとされる韓国語の母語話者と、日本語の文法体系とは異なり、格助詞や係助詞がない中国語の母語話者に調査を行い、「は」と「が」の誤用の分析を行った。その結果、「は」と「が」の使い分けについて中国語母語話者と韓国語母語話者を比較すると、韓国語母語話者は誤用率がかなり低いことが明らかになった。これは母語からの正の転移がかなり寄与していると推察される。しかし「は」や「が」が出現する条件によっては、誤用率が高くなることから、「は」と「が」の出現条件に関する知識が不足している部分もあることがわかった。一方、中国語話者にとって「は」と「が」の使い分けは誤用率がかなり高いことが示された。この結果から、中国語話者にとって「は」と「が」の使い分けは予想以上に複雑な言語処理を要求することが推察された。本研究によって、「は」と「が」使い分けに関する条件や規則など、指導に生かすべき点がいくつか明らかになった。
張, 培華 Zhang, Peihua
日本で古典中の古典と言われている『源氏物語』は、世界文学の名著として、英語、フランス語、ドイツ語、中国語などの多くの外国語に翻訳されている。しかも同じ言語の中でも様々な訳者の新たな翻訳が出版されている。そのうち、翻訳の種類が最も多いのは中国語である。現時点で見られる四種類の英語訳より、倍以上となる十数種類の中国語訳が見える。周知の如く、中国経済発展のおかげで、中国の書籍の装丁も以前より良くなっている。しかし、翻訳の中身はいかがであろう。続々と出版された新たな翻訳はどういうものなのか。
小林 俊道 伊禮 三之 Kobayashi Toshimiti Irei Mitsuyuki
Researcher-Like Activity(RLA)を中学校数学科の図形領域「平面図形の移動」へ適用した。RLAとは,研究者のような活動という意味であり,研究者の縮図的活動を基本的なコンセプトとする。本実践では,生徒が「問題を発展させて課題を設定し,その探究活動の成果を発表し,相互批評・相互評価する」過程をRLAと見做した。実際の授業においては,基本図形を設定しその合同変換(平行・回転・対称移動)によってデザイン(作品)を作りあげる課題を,「問題を発展させる」過程,作品の発表会を「成果の発表」及び「相互批評・相互評価」の過程と捉えて実践を展開した。 本稿では,合同変換によるグループでの作品づくりから,その発表会(ポスターセッション)の様子を中心とした報告を行い,RLAによる実践の考察を行い,その意義を確認する。
金城 満 杉尾 幸司 Kinjo M. Sugio K.
CT技術の進展によって,作曲と演奏という専門性の高い技能が無ければイメージを形にする事が難しかった「音楽」を,専門知識が無い高校生でもDTMの技術を学ぶことによって,身近な表現手段にする事が可能になっている。筆者らは工業高校デザイン科において,DTMに手軽に取り組むためのデジタル教材の開発と,それを使用した実践を行った。内容は①基本実習(基本原理と操作),②課題曲実習(MIDI音源の使用),③応用発展(琉球音階を素材に),④まとめ(出力/発展)の4段階である。このデジタル教材の効果として,楽曲を自作できるため著作権の問題を気にする必要がなくなり,映像制作での使用や学校行事への応用等,発表の機会が増した。また様々な授業形態との組合せ効果についても述べる。
間淵, 洋子
本発表は,本来漢字で表記されるはずの漢語が平仮名や片仮名で表記される事象を取り上げ,『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(以下,「BCCWJ」と表記)を用いて,その実態と背景を明らかにすることを目的とする。BCCWJ の網羅的な漢語の表記実態調査に基づき,個々の語の仮名表記率から,仮名表記が,主たる表記である語,ある程度一般的である語を特定した上で,仮名表記の定着度合いに,字体特徴(常用漢字表外字・音を含む語は仮名表記率が高いが,表内字でも仮名表記率の高い語がある),語の出現状況(語彙レベルが高い語ほど仮名表記率は低い),音声変位形の有無(「格好」に対する「カッコ」のような音転訛形を持つ語は仮名表記率が高い),意味分野(動植物や食物の分野では仮名表記率が高い),品詞(副詞用法を持つ語は仮名表記率が高い),レジスター(Web 媒体は仮名表記率が低い)等との関連性が見られることを示す。また,字体特徴にかかわらず,意味分野や品詞において特定の語彙群に同様の傾向が見られるのは,表記選択に類似性に基づく合理化作用が働くことによると主張する。
杉本, 貴代 SUGIMOTO, Takayo
先行研究から,日本語モノリンガル幼児の連濁には,複合名詞主要部(N2)のピッチアクセント(韻律要因)と単語の長さ(形態要因)が関与していることが示されてきた。日本語と外国語のレキシコンを発達させている子どもではどうだろうか。本事例研究では,バイリンガル児2名を対象に複合名詞産出課題を行った。その結果,日英バイリンガルと日中バイリンガルはモノリンガルと同様に,平板型3モーラ語の連濁が先行し,2モーラ語の獲得へと進むことが分かった。また,縦断研究から,日英語同時バイリンガル児は,平板型アクセント語の連濁を先に獲得し,頭高型アクセント語の連濁が後から完成してくる過程が確認された。モノリンガル児は,平板型と頭高型アクセントの2モーラ語の連濁を徐々に獲得していくのに対し,日英バイリンガル児はアクセント型に沿った規則に忠実で,一気に獲得していく過程であることを論じた。
朱, 京偉 ZHU, Jingwei
本稿は,『哲学字彙』初版・再版・三版の訳語の性質を明らかにしようとして,初版訳語の調査(1997)に続き,再版と三版の訳語をとりあげて検討したものである。再版については増補訳語の字数別で,また,三版については収録語の急増をもたらした四つの面,つまり,見出し語と訳語の増加,小見出しの増加,注脚付き語の増加,および哲学者人名の増加から,それぞれ検討した。再版の増補訳語の中で,とくに日中の現代語でともに現存するC類語とD類語に注目するほか,現存する一部の三字語・四字語にも留意すべきであろう。一方,三版の改訂が幅広く行なわれたため,増補訳語も,専門語に偏るものと一般語に偏るものとが混在していて,『哲学字彙』の専門語辞典としての性質を多様化するとともに,曖昧化してしまった。明治末期における三版の位置付けといえば,かつて初版が持っていた先進性が失われ,単なる対訳辞書の一種に過ぎなかったのかもしれない。
山元 淑乃 金城 尚美 Yamamoto Yoshino Kinjo Naomi
本研究は、ハワイ在住の沖縄県系人に焦点を当て、日本語学習意欲と学習目的、留学に対する意識、沖縄文化に対する関心度を調査することにより、沖縄県系人にとっての日本語学習ニーズ、継承言語または外国語としての日本語学習の位置づけ、沖縄文化に対する興味と留学希望との係わりを明らかにし、沖縄県系人の沖縄留学促進のための課題を探った。アンケート調査により、世代の推移に伴い日本語運用能力の低下がみられる反面、日本語学習や沖縄留学に対する意欲は若い世代の方が高くなる傾向があるという結果が得られるとともに、今後の沖縄留学促進に向けた課題が浮き彫りになった。
西内, 沙恵
日本語非母語話者は,形容詞用法の習得過程において形容動詞との活用の混同,時制の間違いなどを経るが,これらの文法規則こそが日本語形容詞使用における特性といえるか。本研究では,次元形容詞「高い」を題材にその構造と意味表出の関係を分析し,I-JAS で得られた日本語非母語話者の使用への観察から,日本語らしい使用の特性を明らかにする。
渡辺, 美知子 外山, 翔平 WATANABE, Michiko TOYAMA, Shohei
筆者らは,言い淀み分布の日英語対照研究のために,『日本語話し言葉コーパス(CSJ)』中の模擬講演データに類似した『英語話し言葉コーパス(COPE)』を構築している。本稿では,まず,アメリカ英語話者20名のスピーチからなるこのコーパスの概要を紹介した。次に,その中でのフィラーの分布を日本語のフィラーの分布と比較した予備的考察について述べた。100語あたりのフィラーの頻度は,英語が4回/100語,日本語が6回/100語だった。しかし,単位時間あたりの頻度に有意差はなかった。また,日本語の方が英語よりも,頻度に男女差が大きかった。さらに,文境界と節境界におけるフィラーの出現率を両言語で比較し,それに関係する要因を調べたところ,日本語では性別の影響が最も大きいのに対し,英語では,文頭か非文頭かの要因の影響が最も大きかった。今後も,個人差を考慮して,対照研究を進める予定である。
石井, 正彦 ISHII, Masahiko
ある程度の規模の語彙調査を行うと,得られた語彙(語の集合)は少数の高頻度語と大多数の低頻度語とに分離することが知られている。しかし,文章においてなぜ多くの低頻度語が用いられるのかという問に,いまだ明確な解答は与えられていない。それは,計量語彙論の主要な関心が高頻度語に注がれたためであり,また,より本質的には,低頻度語を語彙論的に特徴づけることが困難であるためである。小稿は,低頻度語の出現(使用)を規定する「機構」は,語彙にではなく,文章の側に存在すると仮定した上で,そのような文章上の「機構」を明らかにするためには,当面,大きな文章の全数語彙調査によって得た低頻度語を対象に,その使用を具体的な文章表現の中で見ていくことが必要であると主張する。この主張の妥当性を確かめるために,国語研究所が実施した「高校教科書の語彙調査」中の『物理』教科書における頻度1の語に注目し,その出現に有意に関与する文章上の諸「特徴」を見出す。さらに,それら諸「特徴」をもとに低頻度語の出現を規定する文章上の「機構」を解明する見通しと,そのための課題について述べる。
張, 瑜珊 穆, 紅 野々口, ちとせ CHANG, Yusan MU, Hong NONOGUCHI, Chitose
地域日本語教育を中心に外国人と日本人が共に学ぶ日本語教室づくりが広がりを見せている。こうした双方向的な学び合いをコンセプトとする教育実習に実習生として参加したとき,日本語非母語話者実習生はこの新規学習体験をどのように受け止めるのだろうか。本稿は,個人別態度構造分析(PAC分析)の手法を用いて,ある中国語母語話者実習生の受け止め方を探ったものである。具体的には,この実習生の日本語教師に関するイメージ構造を実習参加の前後で分析し,教師イメージとそれまでの経験の交差を見た。その結果,《実用的な日本語を授ける教師》から《多様な学習者ニーズに応える教師》へと教師イメージの質的な変容が見られ,実習後には,共生社会における日本語教師の役割や,学習者との学び合いに関する気づきが観察された。
長田, 俊樹
筆者は、主に言語学以外の自然人類学や考古学、そして民族学の立場から、大野教授の「日本語=タミル語同系説」を検討した結果、次のような問題点が明らかとなった。
長野, 泰彦
アンガー, J. マーシャル UNGER, J. Marshall
日本語はこれまで,韓国語や満州語,タミール語などの言語と比較されてきたが,これらの言語と日本語との間の系統関係について説得力のある説はこれまでに提示されていない。このことを,日本語には「同じ系統に属する言語がない」という意味にとらえれば,日本語は孤立言語であるということになる。孤立言語とは,共通祖語から共に発達した他の言語が全て絶滅してしまい,一つだけが生き残ったと考えられる言語のことである。日本語を孤立言語として扱ったとしても,例えば日本語話者の祖先がいつどこからこの地域にやってきたのか,というような,日本語の発達経緯に関するさまざまな疑問を解明することにはならない。だが,日本語と他の言語との系統関係を探り続けることで得られる知識は,たとえ不完全なものであるにしろ,日本語が孤立言語であると結論づけてしまうよりも,言語学的に貢献するところが大きい。多様性に富み規模が大きないくつかの言語族(例えば,インド・ヨーロッパ語族,オーストロネシア語族,中国語族)は,その共通祖語が話されていた年代がいつごろであるかについてかなり正確にわかっているが,これらの言語の存続が五千年を超えるものは一つもない。それゆえに,日本語が厳密な意味での孤立言語であるという主張は,同時に,日本語が非常に古い言語であるということ,また,日本語が発達してきたと考えられるその途方もない長い時間の中で,同じ祖語から派生した日本語以外の全ての言語が絶滅する運命をたどったのだと主張することになる。そのような状況に至った経緯をさまざまに想像するのはたやすいが,本論文において詳しく検証するように,いかなる仮定的状況についても,言語学的あるいは非言語学的側面から立証することは難しい。日本の先史について言えば,関連する言語以外の情報がかなり豊富に存在するので,言語の発達経緯の研究過程で,そのような情報を,言語学的仮説の範疇を特定したり修正してゆくために大いに利用すべきである。
島崎, 英香 Shimazaki, Hideka
本発表では、中国語を母語とする日本語学習者(以下中国人学習者)による副詞の使用状況について習熟度別に分析する。I-JASの話し言葉タスクを用いて、日本語母語話者と比較し中国人学習者による副詞の過剰使用、過少使用の傾向を調査した。調査の結果、以下の点が明らかになった。
Shimoji Michinori 下地 理則
本研究の目的は伊良部方言のクリティック(付属語)を記述することである。通言語的にみて、クリティックという用語は音韻的に従属した単語ないしそれに類似した形式に対して用いられるが、それに準じたうえで本研究では伊良部方言の以下の形式をクリティックに認定する: 格助詞、とりたて詞、副助詞、終助詞。形態統語的にみると、これらの形式は句に接続する点で接辞とは明確に異なり、一方でその出現環境の単純さ(句末)および統語規則(移動規則・削除規則)の適用状況から語とも区別される。音韻的には、ホストと同一の音韻語をなす内部付属語と、ホストが形成する音韻語の外側にある外部付属語の2種に区別できる。
中俣, 尚己 麻, 子軒 NAKAMATA, Naoki MA, Tzuhsuan
『日本語会話話題別コーパス:J-TOCC』の語彙表を公開する。表は2種類で、15ある話題間での特徴度を比較するための粗頻度ならびにLLRの表と、各話題ごとに、240名の調査協力者がそれぞれ何度その語を使用したかというデータを収めた表である。前者の表はどの話題に特徴的かという偏りを表し、後者の表は、ある話題を与えられた時に母語話者の何%がその語を使用するかという「使用者割合」を取り出せる。本プロジェクトの最終目標は日本語教育に役立つ「話題—語彙情報サイト」の構築であるが、現場に役立つ形で情報を整理するにはこの2種類の情報が必要であることを主張する。語の使用者の幅を見る指標としてはtf-idfなども存在するが、検討の結果、本データでは使用総頻度の影響が大きすぎることがわかった。一方で、LLRは語の特徴語を効率よく抽出できるが、多義語など、他の話題の影響で値が低くなることもある。使用者割合はその点をカバーすることができる。
伊禮 三之 龍田 智恵美 青木 慎恵 Irei Mitsuyuki Tatsuta Tiemi Aoki Norie
高校数学の授業は,数学の内容(知識)の伝達に重点が置かれがちであり,数学における「活用・探究」の学習経験をもつ生徒はきわめて少ない。数学学習における能動的な探究活動を促し,数学的活動の楽しさに触れる学習活動の事例としてResearcher-Like Activity (RLA)に着目した。RLA とは,研究者のような活動という意味であり, 「研究者の縮図的活動」を基本的なコンセプトとする。RLAでは,生徒たちが自ら設定した課題を追及し,その発表や相互批評を通して,意欲的な学習にアプローチする。本稿では,フィボナッチ数列の周期性を背景とした「17段目の不思議」を基本問題とし,その条件変更等の問題づくりを通した解の協同探究活動と,ポスターセッションによる発表会(模擬学会)の授業実践の概要を報告し,主体的・能動的で意欲的な学習活動を促すRLAの意義を考察した。
本多, 由美子 三枝, 令子 Honda, Yumiko Saegusa, Reiko
本研究では医学書テキストにおける「たとえる表現」の一端を明らかにする目的で接尾辞「状」に注目し、用法を分析した。調査には医学書5冊(約450万語)のデータを用いた。分析の結果、前接する語には「S、線」など形そのものを表すもの、「粥、海綿」など質的な様子も表す語、「嚢胞、結節」などの部位が変化した形を表す語が多く、後接する語には「血管、結腸」などの体の部位や「陰影、硬化」など病態を表す語が多かった。「状」の後は名詞が最も多いが、3割程度は「の」を介した名詞修飾や「に、と」などを介した動詞修飾用法であった。『現代日本語書き言葉均衡コーパス』の書籍に付与されたNDC情報を用いて比べたところ、「状」は医学において多用される語であることが示唆された。また、同じ「たとえる表現」の接尾辞「様(ヨウ)」と比較した結果、「様」の前には疾患名のような状態全体を表す語が見られ、用法の違いが観察された。
呉, 寧真 WU, Ningchen
本稿は,中世語における複合動詞の主体敬語形の実態を明らかにした。中古語には前項と後項が敬語独立動詞になる「両項敬語形」がみられるが,中世語にはそのような形がみられない。中世語には,「敬語独立動詞+動詞+る・らる」のような,複合動詞の前項が敬語独立動詞になり,更に後項に敬意を表す助動詞を用いる「両項敬語形」があるが,中古語にはその形がみられない。従って,中古語と中世語では複合動詞の敬語形の用い方に差があると考えられる。そこで,中世語を中世前期と中世後期に分け,中世語にもみられる,中古語と同じ形の「一項敬語形」が中古語と同じ使い方であるかどうかについて確認した。その結果,中世語の複合動詞が敬語形になる場合,異なる形で敬意差を表し分けていることが分かった。中世前期では,2種類の敬語独立動詞を有する動詞は,より敬意が高い敬語独立動詞を用いる形と,一般的な敬語独立動詞を用いる形で敬意差を表す。1種類の敬語独立動詞しか有さない動詞は,「敬語独立動詞+後項」に更に尊敬の助動詞を後接させる形と,「敬語独立動詞+後項」や「前項+後項+る・らる」の形で敬意差を表す。中世後期では,2種類の敬語独立動詞を用いる複合動詞がみられない。1種類の敬語独立動詞しか有さない動詞は,「敬語独立動詞+後項+る・らる」や「前項+後項+せらる・させらる」と,「前項+後項+る・らる」の形で敬意差を表す。ただし,中世語の複合動詞の例数は多いが,複合動詞の敬語形の例数は少ない。複合動詞を敬語形にすることが減少したものと考えられる。
Delbarre Franck デルバール フランク
筆者はこれまでに、フランコプロヴァンス語域における諸方言の書記法の歴史について論文で取り上げた。本稿では新たな試みとして、ビュジェー地方南部で話されている(いた)フランコプロヴァンス語の諸方言の書記法、文字の特徴、多様性について、現代フランス語との比較を行う。結果として現れた特徴の内、現代フランス語にも存在するリエゾンが、ビュジェー地方のフランコプロヴァンス語の諸方言においてどのように記されているかを検証する。それにより本研究は、フランコプロヴァンス語の諸方言研究の一助となろう。
蔵藤 健雄 Kurafuji Takeo
平成16年度~平成18年度科学研究費補助金基盤研究(C)研究成果報告書 / 研究概要:初年度は、OTの基本的問題の1つである、随意性の問題を考察した。まず、Otani and Whitman (1991)の「日本語にも動詞移動がある」ということを前提にして議論を構築し、OTで随意性を扱うためには「中和化」という慨念を用いたアブローチが経験的に優れていることを示した。次に、Otani and Whitmanの動詞移動分析に対する反論等を外観し、日本語に動詞移動がないと仮定した場合どうなるのかを議論した。結果的には、中和化を用いるべきであるという結論に至った。\n次年度は、OTのもう一つの問題である表現不可能性の問題を扱った。これは、統語論と意味論の接点に関わる領域である。具体的には、英語とイタリア語の多重wh疑問文をとりあげ、Lgcndrc、 Smolcnky and Wilson (1998)で提案されたPARSE(wh)という制約を用いた解決案が妥当でないことを、単方向的OT統語論と単方向h的OT意味論、及び、双方向的OTの観点から議論した。\n最終年度は、意味論と語用論の接点に関わる問題を扱った。ここでは、いわゆるロバ文における代名詞の解釈を論じた。ロバ文代名詞は、普遍量化的に解釈される場合と存在量化的に解釈される場合がある。Chicrchia (1995)の「意味論ではどちらの解釈も生成できるようにしておいて、どちらの解釈が得られるかは語用論が決定する」という主張に従い、意味論で生成された2つの解釈が候補となり、どちらがより好ましい解釈であるかは語用論的な要請を含む制約のランキングによって決定されるということを示した。そして、語用論制約の1つとして、文が記述する出来事の中で、目的を達成するための手段は最小でなければならないという「最小努力制約」を提案した。
近藤, 明日子
明治前期の語彙の特性を明らかにすることを目的として、明治前期の書き言葉を代表する資料『明六雑誌』『東洋学芸雑誌』と明治中期以降の書き言葉を代表する資料『国民之友』『太陽』との語彙の頻度を比較し、『明六雑誌』『東洋学芸雑誌』に有意に高頻度な語(特徴語)を抽出し、その特性を考察した。その結果、①文語体・漢文訓読文由来の語、②一字漢語、③新しい事物・概念を表すための新語で後に別語に置き換わった語、④新しい事物・概念を表すための新語で後に事物・概念の衰退とともに衰退した語、⑤『明六雑誌』『東洋学芸雑誌』で特にとりあげられた話題と関連する語、という主に5種の類型の特性を有することが明らかになった。
西内, 沙恵 NISHIUCHI, Sae
次元形容詞として,日本語には「高い」が,スペイン語には「alto」がある。「あの弁護士は背が高い」のように,日本語では次元的意味を表出するために二重主語文の構造が必要となる場合がある。一方,「alto」は興味深い通時的意味変化を遂げた多義語であるが,「高い」のような文法的制約を持たない。これらの形容詞の多義の表出について,文法と意味の関係から考察をまとめ,その使われ方の相違を対訳本の調査から分析する。一方の言語で高さを表す形容詞表現が,叙述用法ないし修飾用法で使われている場合に,もう一方の言語でどのように表されているかを観察し,日本語とスペイン語の高さを表す表現の違いを明らかにする。調査の結果,「高い」の使用には叙述用法が多く数えられた。対して「alto」は,修飾用法による次元性以外の意味表出の使用が目立った。日本語の次元的な意味の表出に,二重主語構文にかかる換喩の特性が関わっていることを指摘し,様々な文法現象の成立にかかる換喩現象が,日本語とスペイン語の形容詞の意味表出にも関わっていることを提言する。このことから,それぞれの言語の異なる語彙で,共通の枠組みが表現に反映されていることを考察する。また,形容詞の類型論的分析には研究の蓄積があり,日本語の叙述傾向と印欧語の修飾傾向が示されている。本研究では多義性の観点からこの傾向の成立を再考する。
黄, 均鈞 霍, 沁宇 田, 佳月 胡, 芸群 HUANG, Junjun HUO, Qinyu TIAN, Jiayue HU, Yiqun
本稿では,中国から来日した一人の日本語専攻生Iさんを対象に,彼女が来日前及び来日後に参加した複数のコミュニティへの参加過程を分析した。調査はIさんに対して一年半に渡り,5回の半構造化インタビューを行い,そのデータをSCAT(Steps for Coding and Theorization)を用いて分析した。分析の結果,中国の大学の日本語授業とゼミ,日本の大学(院)の授業とゼミ,また,より大きな研究者コミュニティや学術コミュニティに参加することを通して,Iさんは学術コミュニティへの参加姿勢が能動的になったことが確認された。分析の結果に基づき,筆者らは学術コミュニティ間の移動が中国人日本語専攻生に何をもたらしたのかをアイデンティティ変容の側面から考察した。その結果,中国人日本語専攻生の持つ固有のアイデンティティに加え,日本語学習者と日本語使用者が統合された「日本語話者」,さらに大学院に進学することによるキャリア転換がもたらす「〇〇専門家」という多層なアイデンティティの獲得があったことが分かった。最後に,本調査結果を踏まえた日本語教育への提言として,「学習者と接する際の見方の転換」,「キャリア形成を踏まえた上での日本語教育」,及び「学びの実感を生み出す授業の工夫」という三つを指摘した。
ライマン, オバタ・エツコ REIMAN, Obata Etsuko
1993年出版のアメリカの雑誌34種(主に9月号)を共時的に調査し,渡米語の状況を報告する。普通名詞,固有名詞,疑似英語の3カテゴリーに分類して,一覧表を作った。それぞれの分野からののべ総合計は3,462語(454+1,948+1,060)となった。この抽出した渡米語の存在有無を調べた辞書4冊(1987~1988)-アメリカ出版-の渡米語も比較しながら,さらに一般の人々の生活のレベルでの渡米語をアリゾナ州首都フィニックス近辺を中心に調査した。出版資料を補う意味での現実の実態をマルチでとらえる方法を指摘した。この生活の中でのアクティヴな語彙(active vocabulary)をも含めた将来の辞書の形をさぐる。
迫田, 久美子 小西, 円 佐々木, 藍子 須賀, 和香子 細井, 陽子 SAKODA, Kumiko KONISHI, Madoka SASAKI, Aiko SUGA, Wakako HOSOI, Yoko
本稿は,共同研究プロジェクト「多文化共生社会における日本語教育研究」が進めている多言語母語の日本語学習者の横断コーパス(通称I-JAS)について概説した。
梶原, 滉太郎 KAJIWARA, Kōtarō
日本語においてく温度計〉を表わす語は江戸時代に出現する。そして江戸時代と明治の10年ごろまでは「験温器」を中心として他に多くの異語形があった。明治10年代の後半からは新しく「寒暖計」が中心的存在となり,さらに勢力を強めて昭和40年ごろまで広く使われた。しかし,それ以後は「温度計」が中心的存在となって現在に至っている。〈温度計〉を表わす語には異語形がずば抜けて多い。そして,昭和の後半に至って,すでに定着していた「寒暖計」にかわって「温度計」が中心的存在となったことも,他の漢語に比べて非常に珍しい例である。「温度計」が「寒暖計」よりも優勢になった理由として,「寒暖計」という語のもつ意味領域の狭さがあると思われる。すなわち,「寒暖計」という語は人間の皮膚感覚の受け付ける範囲を基準にして命名した語なのである。
上野, 善道 UWANO, Zendo
奄美徳之島浅間方言のアクセント資料の続きを提示する。今回は,上野(1983, 1985)の5~8モーラ語,および上野(1987b)の4モーラ語の2種類の語彙リストを用いて調査をした結果を掲げる。本稿で扱う調査項目は1400語あまりとなる。
呉, 佩珣 近藤, 森音 森山, 奈々美 荻原, 亜彩美 加藤, 祥 浅原, 正幸 Wu, Peihsun Kondo, Morine Moriyama, Nanami Ogiwara, Asami
『分類語彙表』の見出し語と『岩波国語辞典第五版タグ付きコーパス2004』に含まれる国語辞典見出し語との対応表を作成した。分類語彙表は統語・意味に基づいて見出し語を分類したシソーラスであるが、その語義を規定する語釈文を含んでいない。そこで、岩波国語辞典の見出し語と対照させることで対応表を構築し、統語・意味分類と語釈文を結びつける作業を行った。作業は、見出し語表記による2部グラフを構成し、対応する見出し語対を抽出することによる。本作業は5人の作業者により平行して進めた。本作業結果により、『現代日本語書き言葉均衡コーパス』に付与された2種類の語義情報(分類語彙表番号・岩波語義タグ)との対照比較ができるようになった。本発表では、情報付与作業の方法と基礎情報を報告する。
迫田, 久美子 蘇, 鷹 張, 佩霞 SU, Ying ZHANG, Pei-xia
「念押し」表現とは,「今,週三日働いていますが,二日にしたいです。いいですか?」「昼食を食べるなら和食が好きです。よろしいですか?」の「いいですか?」「よろしいですか?」のように,話し手の意向や要望などのまとまりのある文の後に,聞き手に是非を確認する疑問文形式の表現を指す。本研究は,多言語母語の日本語学習者横断コーパス(I-JAS)のロールプレイに見られる「念押し」表現が中国語話者に多く見られたことから,母語の影響を考え,その可能性を探ることを目的とする。日本語学習経験のほとんどない中国語母語話者同士12組および日本語母語話者15組を対象として,同じロールプレイを実施し,「念押し」表現の出現を比較した。その結果,日本語母語話者には出現しなかったのに対し,中国語母語話者同士では,12組中8組(67%)の割合で「念押し」表現が使用されており,中国語の母語の影響の可能性が高いことが明らかになった。
松田, 陽子 前田, 理佳子 佐藤, 和之 MATSUDA, Yoko MAEDA, Rikako SATO, Kazuyuki
本稿は,日本で大きな災害が起きたとき,日本語に不慣れな外国人住民に,必要な情報をどう提供すべきかについての検討を進めてきた研究成果の一部である。95年に起きた阪神・淡路大震災以来,社会言語学や日本語教育学を専門とする言語研究者が集まり,日本語にも英話にも不慣れな外国人居住者に対して,災害時には「どのような情報を」「どう流すのか」について考えてきた。本稿は,最後の課題である「どういう手段で」について論じたものであり,「簡単な日本語での日常会話ができる程度の外国人にも理解できる日本語を用いた災害情報の表現のしかた」および「その有効性」について記した試論である。今回提案したやさしい日本語の表現を用いて,日本語能力が初級後半から中級前半程度の外国人被験者へ聴解実験を行ったところ,通常のニュース文の理解率は約30%であったが,やさしい日本語を用いたニュースでは90%以上になるなど,理解率の著しく高まることが確認された。
山本, 光正 Yamamoto, Mitsumasa
旅行史研究は多様化しているが、基本史料である旅行案内書の総合的研究はこれからの分野のようである。本稿では旅行案内書を分類して通史的に捉え、その成立と変容について述べた。なお本稿では近世から明治中期までの徒歩による移動を旅、交通機関による移動を旅行とし、両者を合わせて旅行とした。
淺尾, 仁彦
本研究では,形態素解析辞書『UniDic』への語構成情報の付与について紹介する。語構成情報とは,例えば名詞「招き猫」は,動詞「招く」と名詞「猫」の複合語であるといった情報を指す。日本語について語構成の情報が付与された公開データベースは,複合動詞など特定のカテゴリに限定されたものを別とすれば,管見のかぎり存在しない。このデータベースでは,『UniDic』に対して語構成情報をできるだけ網羅的に付与し,品詞・語種・アクセントなど『UniDic』に元々含まれている情報と組み合わせることにより,「名詞+動詞の複合名詞」,「アクセントが無核の動詞の名詞化で,アクセントが有核のもの」といった複雑な条件での検索を行うことができ,語彙論・音韻論・形態論などの多様な分野で言語資源として活用可能である。合わせて,開発中の検索インタフェースの紹介を行う。
井上, 優 生越, 直樹 INOUE, Masaru OGOSHI, Naoki
本稿では,日本語と朝鮮語の過去形「-タ」「-ess-」に見られるある種の用法のずれが「どの段階で当該の状況を発話時以前(過去)の状況として扱えるか」という語用論的な制約の違いに由来することを論ずる。具体的には次の二つのことを示す。1)日本語では,発話時において直接知覚されている状況が知覚された(あるいは開始された)瞬間だけをきりはなして独立の過去の状況として扱うことができる。2)朝鮮語では,当該の状況が直接知覚されている間は過去の状況として扱うことはできず,日本語のような「状況の最初の瞬間のきりはなし」はできない。
生越, 直樹 OGOSHI, Naoki
本稿は,朝鮮語と日本語のテンス・アスペクトに関わる諸形態のうち,特に朝鮮語の했다haissda形,해 있다hai 'issda形・하고 있다hago'issda形と日本語のシタ形,シテイル形について論じたものである。上記の諸形態の用法を調べてみると,多くの場合,朝鮮語の했다haissda形に対して日本語のシタ形,해 있다hai'issda形・하고 있다hago'issda形に対してシテイル形が対応する。ところが,現在の状態に対する発話においては,했다haissda形とシテイル形が対応する場合がある。本稿では,このような日朝両語間の対応関係のずれがどのような要因によるのかを明らかにした。考察の結果,①朝鮮語では,変化の成立と変化結果の持続性,つまり変化の完了が話者にとって重要な情報であるとき했다haissda形が使われ,変化の完了が重要な情報でないときには,해 있다hai'issda形 が使われること,②ただし,했다haissda形の文の中にも変化の成立そのものが重要な場合と,変化の結果状態の持続が重要な場合があること,③一方日本語では,話者が直接獲得した情報に過去と現在で差がある場合にはシタ形,過去の情報を持たないか無視する場合にはシテイル形が使われることがわかった。
李, 慈鎬 LEE, Jaho
『附音挿圖 英和字彙』(1873年刊,以下『英和字彙』と略称する)には,「衣服」や「建物」のように容易に読みを確定できる語のほか,「黜職」のように読みの確定が難しく,『英和字彙』以外に用例の確認できない語が載っている。また,『英和字彙』に見える振り仮名は「衣服」「建物」に対する「イフク」「タテモノ」のようにその漢字表記の字音や字訓に対応している語もあるが,「税関」に対する「ウンジヤウシヨ」のようにその漢字表記の字音や字訓に対応しているとは考えにくい語もある。このような理由から,『英和字彙』の漢字表記語についてはその読み方や語種などを確認する必要がある。そこで,本稿では『英和字彙』の二字漢字表記語を取り上げ,その読みを確定するとともに,語種や初出時期による性格の分類を試みた。その結果,(1)『英和字彙』では,漢語を中心にした訳語の付け方をしていること,(2)漢語の場合,漢籍に典拠を有する語が大部分(88.0%)であること,(3)近世後期以後,日本で造語された新語である可能性が高い語は全体の4.2%であることなどが明らかになった。
陸, 留弟
「茶芸」は、中国の茶文化のうちで秘やかに育まれてきたものである。古来飲茶は渇きの癒し、精神高揚、友との交わり、縁結びなど「楽」という文化的要素として親しまれてきたが、茶芸の命は、良い茶、好い水、佳い器という基本的要素によって基礎付けられている。
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