インドネシア東部フローレス島にすむエンデの人びとの間で,著者は1979年以来人類学的調査をすすめてきた。1980年代の後半以降,調査地の村の若者がマレーシアへ出稼ぎにいくという現象が顕著となってきた。物理的な移動が,すでに確立された,伝統的な空間の秩序を混乱させるという近年の人類学的な「場所」議論を踏まえて,エンデの出稼ぎを考察するのが,当論文の目的である。出稼ぎ言説の比較の対象としたのが,インドネシアにおける近代学校制度を通じて学ぼれたあたらしい言説である。 後老,すなわち学校制度をつうじて導入された「近代」の言説は,エンデの語りの宇宙のなかで,伝統的言説と並ぶ位置をもっている。二つの言語システムは,おたがいを引用符にくくりながら,併用される。とくに「高学歴」とみなされる人びと(「アナ・スコラ」とエンデでは呼ばれる)は,とうぜんのこととは言え,学校教育を通じて学んだこの言語システムを頻繁に使用する。 アナ・スコラのこのような戦略に対して,出稼ぎを経験した人びとは,彼らの経験を通じて学んだであろう新しい言語システムを社会に導入しようとはしない。出稼ぎ者は語らないのだ。だが,出稼ぎそのものは,伝統的な言語システムの中に採り入れられていく。それは,貨幣が,エンデの親族・交換・場所の理論の中で,非親族・非贈与・非場所の地位を占めるのとおなじニッチに埋め込まれるのだ。出稼ぎは,伝統的言語システムを揺り動かすものではなく,システムを変動させることなく,その中に取り込まれてしまうのである。 「出稼ぎ」の伝統的言説への取り込まれ方は,政府の語りの中で「伝統」のあつかわれかたと同じである。後者を「構築された伝統」と呼ぶならば,前者を「構築された近代」と呼ぶことができるであろう。